ところ変われば

仁科 哲夫 作

 南宮崎の南郷町にきてから13年目に入っております。最初は戸惑うこともありました
が、今ではすっかりご当地風にそまっております。ただ、言葉だけはどうにもなりません。
地の人同士で話しているのをそばで聞いていても、ちんぷんかんぷんです。

 私は交通マナー・ワーストワンの大阪で、30年間運転しておりました。たとえば信号が
変わっても出ようとしない前の車に、「ぼやぼやせずに、サッサと出せ」という警告の意味
をこめて、「ぶっ」と鳴らすまでの思いやり時間が、一番短いのが大阪だと言われておりま
す。

 車には素振りがあります。隣のレーンの前を走っている車が、こちらのレーンに入ろうと
している素振りは、経験を積めばわかります。こういう時、私は前の車にくっつかんばかり
に、バンバーを詰めて割り込ませないようにします。譲ったばかりに、その車は信号を抜け
たが、後ろの私は止められた。次の信号でも引っかかり、思いがけない渋滞に巻き込まれ、
開かずの踏切で20分以上も待たされる。とうとう約束の時間に30分も遅れてしまい(当
時は携帯はありません)、商談がはかばかしくなかったというようなことを何度か経験する
と、このようなせこいドライバーになってしまいます。

 もっとも私の免許証はゴールドです。といっても決して優良ドライバーではりません。駐
車違反やスピードオーバーの常習犯、レーン変更のスイッチ運転大好き人間です。だがコツ
をつかんでいたので摘発をまぬかれていました。ところがこちらにきて3月ほどで引っかか
りました。あまりにも道が空いているので、いい気になって飛ばしていたので、一時停止標
識を見落としていました。

 ブルー免許に格落ちする更新の時が来ました。警察署の隣にある交通安全協会の2階で行
われました。その時にはまだ視力検査器がありませんでした。担当の警官が葉書ほどの紙を
示し、丸の中で上下左右のどこかが欠けているところを答えてくださいと説明しました。

 ある婦人が「まる」と答えました。もう一度やっても答えは同じです。警官は苦笑いしな
がら説明を繰り返し、その後の答えもまた「まる」でした。この強情な婦人の片方の視力は
ほどんどなく、反対の目の視力と、視野計でかろうじて合格していました。

 ホームセンターで女店員に買い物を持たせ、杖を手にした老婦人が駐車場に向かっていま
した。付添いの人も見当たらず、運転席で待っているのかと思いました。敬意をこめて老婦
人と呼びましたが、その実態は買い物袋さえ持てない、杖だけが頼りのよぼよぼ老婆です。
助手席には向かわず、運転席側に回り、杖を軽トラの荷台に置き、扉を開けて「ヒラリ」と
いいたいところだが、「よっこらしょ」と乗り込んだのにはオッたまげた。

 女房は大正琴を習い始めた。通り道なので軽自動車で送り迎えしてくれる老婦人は、70
歳を超えている。運転歴は30年以上になるというが、片目はほとんど見えず、片足も悪く
て正座できないそうだ。残りの目も悪くなりだして、もうすぐ白内障の手術を受けるらしい。
神仏に手を合わせる時には「お金は要りませんから目を下さい」と祈っているそうだ。親切
をむげにも断れないので乗せてもらっているが、助手席のドアーの手すりをきつく握りしめ
ている。降りる時にはホッとして、手はじっとりと汗ばんでいるとこぼしている。

 こちらでは駐車する時は頭から突っ込む。アメリカ人の停め方と同じだ。あちらのスーパ
ーのカートは日本の3倍は入るので、トランクに積みかえる時はこの方が合理的だが、それ
意外の時も同じように頭から停める。最初は宮崎の県民性はアメリカ人と同じく、先憂後楽
の気風が乏しいのかと思った。

 大阪の駐車場では隣の車に当たらないようにドアーを細く開けて、体を斜めにして降りて
いた。頭から入れると出すときに苦労する。しばらくしてこちらの通路や一台当たりの駐車
スペースが格段に広いことに気付いた。駐車ラインもダブルになっているところが半分以上
あるので、頭から突っ込んでも楽々と出せるのである。駐車料金を払うのは空港に迎えに来
て構内に駐車する時ぐらいのものである。空港の近くに私設の一泊駐車場が幾つもあるが、
競争が激しいのか、最初は横並びに500円だったが、今は400円のところも少なくなり、
少し奥まったところは一泊200円である。

 運転マナーには頭が下がる。交差点の少し手前の駐車場から、横切って右折れしようとす
ると、信号が赤になり車の列が出口にきた時に出してくれるものだ。ところが大阪では知っ
手か知らずか塞いでしまい、頭にくることがある。こちらではそこのけのダンプでもちゃん
と譲ってくれる。交差点で右折れの場合、対向車があると待つのだが、宮崎では対向車がは
るか向こうで、今なら3台も4台も曲がれると思うのだが、辛抱強く待っている。はじめは
イラついていたが、今はアパートの駐車所から出る時、遠くからこちらに向かう車があると、
過ぎ去るまでのんびりと待っている。

 郷に入れば郷に従絵のごとく、ところ変われば運転マナーも変わるものである。

ところ変われば

ところ変われば

大阪でせこい運転をしていた私は、こちらのおおらかなマナーに洗脳されました。

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2012-09-12

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