白い月と黒いリンゴ

白い月と黒いリンゴ

1

月が…

…白い


≪ 昼間に見える月は白いね…
なんでなの?≫


私は…
いつも優しくて
なんでも教えてくれるアナタが大好きだった。

笑顔が可愛くて
優しくて
憧れていた。


なんでも知っているアナタなら、教えてくれると思っていたから
聞いてみたんだよ。

そしたら、
アナタは目を細めて月を仰ぎ見て
こう言ったんだ…

『なんでそんな事を聞くの?
おかしな子ね…』

2

ピピッピピッピピピピピピピピッ

目覚まし時計を止めて時間をみる。

AM 5:30

『お…起きなきゃ…』

保育士になって二年目

だいぶ仕事には慣れてきたけど、
やっぱり大変。

子供は今でも大好きだけど
それだけじゃ…
この仕事は続けていけないんだと痛感する毎日。


8時から始まる幼稚園に、7時には着いて準備しないと不安だから
毎朝起きるのは5時台。

空はまだ薄暗い。

でも…月はもう…白い?



自分が幼稚園に通ってた子供の頃
大好きだった先生がいた。

優しくて
可愛くて

憧れだった。

先生と何でもいいから話したくて
私にだけに
その優しい笑顔を向けて欲しくて…
必死だったなぁ…


保育士になりたかったのは、子供が好きだったからと、
先生に憧れていたから…かな?

久しぶりに夢に見ちゃった。
この夢みると…ちょっと目覚めが悪い。


幼い記憶

喉の奥が少し熱い。

私…あの時泣いたのかな?


記憶はあやふや。

ただ
ちょっと
心にシコリを残している。


だけど、
今ならちょっとだけ
あの時の先生の気持ちがわかる気がする。


私…このまま続けていけるのかな…?

そんな事を考えながら毎朝登園している自分にちょっと苛立った。

3

「さぁ!みんな。紙を半分に折ってね♪
片方だけに好きな色をのっけてみようね!

そしたら
こ~やって

パッタンって閉じて
ゴシゴシ…って優しく
いい?やさ~しくよ?

できたらそぉ~っと机において

まだ開けちゃダメね。
お楽しみだよ~!

お手ては膝において待っててくださ~い!」


ハァ~い!!

可愛らしい声と同時に、楽しそうに、真剣に、
画用紙に絵の具をたらしていく子ども達。

綺麗な明るい色を次々に選ぶ子どもや、
1つ1つ時間をかけてじっくり選んでいく子ども。

適当に手に掴んだ絵の具を次々にたらして行く子ども。

本当に
1人1人みんな違うから不思議。


「みんな?
できたかな?
まだの人ハァ~い!

……?

いない?大丈夫?」


【デカルコマニー】

白い紙に半分だけ色をたらして半分に折って

滲んだ色や模様で

素敵なこの世にたった1つのデザインができあがる。


〈とても素敵ね…センスあるね〉


大好きな先生に誉められた。

先生は何気なく言っただけかも知れないけど、
私の一番好きな思い出。


お気に入りの服を汚すと嫌だから
絵の具やクレヨンを使うのは嫌だった私。

うまく出来なかった初めてのデカルコマニー。


絵の具が大好きになって
絵が得意になった大切な思い出。

だけど今、目の前にいる子ども達にとっては
ただの色遊び…。

そこまで深く考えなくてもいいかな…?
なんて正直チョッピリ思ったりもする。



「じゃあ…どんなのができたかな?
みんなに発表しようね!
何にみえるか…みんなも考えててね!」


左右対称に色がつき
色々な模様に見える

みんなは

『チョウチョみたい!』

とか

『わかった!虹色の傘だ!』

とか想像を膨らましていく。

みんな楽しそう。

可愛らしい答えと
誇らしい笑顔で、
私の気持ちも和む。

最後の1人になったとき

【しまった!!】

と後悔した。


最後にみんなの前に出された子どもの作品は、
黒や茶色が混ざり合った、お世辞にも
「綺麗」とか「可愛い」とかは言えない作品に仕上がっていた。


子ども達は騒ぎだす。

『うわぁ!汚い!』

『何これ!ゲロ?』

『違うよ!ビリビリうんちだよ!』

笑いが起こった。

ヤバい。
笑いながら
どんどん批判的な意見になってくる。

作品を広げ
黙ってうつむくその子が、
みるみる泣き顔になってきた。

こんな時に、大丈夫な子もたしかにいる。

舌を出して
笑える強い子もいる。

でも…
目の前の子どもは泣きそうだ。

例えばこの子が笑っていたとしても
心の中では泣き出したい気持ちかもしれない。
だって…
私がそうだった。

…そうだったじゃない?

気づいた時には思わず声を出していた。


「わ…わぁ~すご~い!
先生わかっちゃったもん!」

とっさに大きな声で騒ぎをかき消したかった。

何か言わなきゃ!

焦れば焦るほど
頭が真っ白になる。

『何?なに!?先生!教えて~!』

みんなが期待の目で見つめてる。


泣きそうだった子もパッと顔をあげた。


「え…え~と…
そ…そう!そ~だよ!
森だ!!
これ、トトロの森でしょ?!
先生わかっちゃったよ!
すごいね~!素敵だね!』

少し大袈裟すぎたかな…?

それでも
その声で
子ども達の批判は歓声にかわった。


『すげー!本当だ!』

『うわ~!トトロはどこにいるの?』

『見つけた!これだよ!
トトロだ!そうだよね?!』

泣き顔がパァ~っと明るい誇らしい笑顔に変わった。

…セ…セーフだよね?

危ない危ない、
気をつけなきゃ…。
作品を確認してからみんなに発表させればよかったかな?

とにかく
次回からは違う方法にしよう…。


子供って凄く傷つきやすい。
そのくせ、けっこう残酷だ。

私の不注意で
一生懸命作った作品を破り捨ててしまうかもしれない。


もしかしたら、
絵を描くことすら嫌いになってしまうかも…。

深い反省と共に
ため息が出る…。

子供たちは元気に帰っていった。

教室を片付けながら、壁に貼った。
折り紙で作ったトトロを見ながら、
ちょっと落ち込んだ。
別に、誰かに責められたわけでもないし
上手くいったと思う。

でも…
なんとなく…

「気分転換に…
教室…模様替えしようかなぁ…」

画用紙を広げて
折り紙をおって

私って
引きずる性格だなぁ…とつくづく思っていたら
年長組の先輩先生から声をかけられた。


「今日お休みの子供、虐待疑惑でセンターから様子みられてるんだって?」

胸の端が痛い。

虐待疑惑…まではいかないけど
“ 育児放棄疑惑 ”は私のなかでもかなりあった。

4

年少組には時々いるが四歳になる年中組なのに
紙オムツをしたまま登園して来た事があった。

夏の遠足なのに“子供が好きだから”と牛乳を持たされたりもしていた。

お弁当がコンビニの袋に入ったままのコンビニ弁当だった時もある。

昨日はお風呂に入れてもらえなかったとか
夕飯がポテトチップスだったとか

普通なら笑って見過ごせる子どもの話も
気にはなっていた。

なっていたけど…
どうしていいか
分からなかった。

園の通報なのか
近所の通報なのか

児童相談センターの人が様子を見に来て
洋服で見えないところの怪我を発見。

そして、“疑惑”は虐待に
【決定】されそうになっている。


子どもにきいても

『お母さんはすごく優しいよ。』

と頑なに真実は言わない。


言わない?
いや
真実はわからない。

母親は否定するし
子どもも否定する。

そして
『お母さん大好き』をくりかえす。


真実はわからない
…わからないけど
何かがおかしい。


しばらくして
両親に離婚の話が持ち上がった事を知った。


まわりは母親から子供を引き離そうとしたけれど
母親は裁判を起こしたらしい。


母親はいつも私に

「あの子がいなければ生きていけない!

あの子がいるから私は死なないだけなんだ!

なんで?
どーして、あの子を取り上げようとするの?

先生!お願いします!
あの子を私から奪わないようにみんなに言ってよ!」



何度も何度も
時にはヒステリックに泣きつかれた。

だけど、
母親からは明らかにアルコールの香り…
昼間からお酒?

私は曖昧な言葉しかかけてあげることができなかった…。


先輩先生たちに

『家庭が不安定な時は気をつけてあげてね』

と言われていたある日


「みんなぁ!リンゴの絵を描いてみようね!」

クレヨンや色鉛筆や絵の具をつかって
真っ赤なリンゴを描いていく子どもたちのなかに
さっきまで、可愛らしい小さなリンゴをたしかに描いていたその子が、
必死にクレヨンを動かし画用紙を真っ黒に塗りつぶしている。


正直、焦った。

黒く…
真っ黒に塗りつぶしたその画用紙を、さらに黒くしたいのか
手を止めることなく、汗をかくくらい必死に
クレヨンをこすりつけている。

やっぱり…家庭不和だから?
それとも虐待で心に傷が?

児童心理学の教科書でも
あまり黒く塗りつぶしているのは良い事ではないとあった気がする。

心が不安定な…

それでも…
その子をみると、何やらとても楽しげだった。

なんだか…
ウキウキしているように見えた。

どうしたものか…と悩んでいたら

通りかかった先輩先生に小声で耳打ちされた。

「あれ…まずいんじゃない?
描きなおしさせたほうがいいんじゃない?

一応…展示会用のだしさ…

他の親もみるしね…真っ黒って言うのはさすがにさぁ…」


「ですよね…。」

と答えたが

『描きなおしさせたほうが…』

にちょっと引っかかった。
なんか…うまく言えないけど
違う気がする。

『他の子と同じようにかいてみて』

…なんて言えないし

『リンゴは赤でぬってね』

その声かけは絶対違う!

リンゴは「赤」って決め付けは大人の
ガチガチな頭で言った言葉になってしまう!

先輩先生だから反論はしなかったけど…
従う気にはなれなかった。

私はその子に近づきそばにそっと座って話しかけてみた。


「可愛らしいリンゴ…黒くぬっちゃっていいの?」

「うん!」

嬉しそうな笑顔。

「リンゴ…どこに消えちゃったの?」

「ここにあるよ!」


指さしたところは、かろうじて赤い色が所々に潰れて混ざり合った黒だった。


「リンゴ…黒い下なの?」

「違うよ?

カバンの中なの。

カバンのなかは暗いでしょ?

リンゴはママにあげたいから持って帰るの!!」


あ…そーか…
そーなんだ…


【ママにあげたい】

専門家がなんて言うかわかんない。

ベテランはなんて言うかわかんない。

でもいいじゃない?それでいいじゃない?

そう思ってしまった。


「素敵な絵だね!題名をつけてママにプレゼントしようね!」


真っ黒な絵の下に


【カバンの中のリンゴ~ママにプレゼント~】


と題名をつけて教室に貼った。


お母さんに伝わりますように…

喜んでくれますように…

と願いをこめて。

5

しばらくして
その子の親は離婚が成立。

もめにもめて親権は母親に。

『先生!ありがとうございました!
本当にありがとうございました!』

と何度も頭を下げる母親。

何もしてない私は戸惑いを隠せないまま…。

笑顔で複雑な気持ちを隠して
その子のそばに立つと
空を仰いでつぶやいた。



「先生…昼間の月はなんで白いと思う?」

え?

私は子供の頃の私に聞かれた錯覚に陥った。

その子は笑顔でこう続けた。

「夜は電気をつけてるでしょ?
夜の月は電気つけてるんだよ。

それで
朝になったらウサギさんが消すからだよ。

月にはウサギさんが住んでいるんだって。
ママが言ってたよ!」


母親の仕事の都合で、
2人だけで遠くの街に引っ越していくことになった親子は
楽しそうに笑い合いながら
とても仲良く
しっかりと手をつないで
幼稚園を去った。


正しかったのかわからない
何が真実だったのかも分からない
だけど…


空を見上げて
白い月を見つめた。


もう…私はあの夢はみない気がした。


とても素敵な答えを
手に入れたから。


今年もまた、季節の挨拶のハガキが届いた。


写真にうつる2人の顔は、
笑顔でとても幸せそうに見える。


あの子が笑っている。

すごく嬉しそうに
大好きな、ママのそばで…。

白い月と黒いリンゴ

白い月と黒いリンゴ

※2007年ソニーデジタルエンタテイメント「三人十色」で配信して頂いていました作品です。 加筆&修正をしました。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-02-21

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 1
  2. 2
  3. 3
  4. 4
  5. 5