*星空文庫

outside

紺 作

  1. 赤1
  2. 黃1
  3. 灰1
  4. 赤2
  5. 黃2
  6. 灰2
  7. 赤3
  8. 黄3
  9. 灰3
  10. 赤4
  11. 黃4
  12. 灰4
  13. 赤5
  14. 黄5
  15. 灰5
  16. 黃6
  17. 灰6
  18. 赤6
  19. 黃7
  20. 赤7
  21. 灰7
  22. 黃8
  23. 赤8
  24. 灰8

登場人物
久芽健志(16)
関矢美紅(16)
園田由紀(16)

久芽雅人(13)
久芽春樹(5)

赤1

闇の中に手を伸ばしてるみたいに彼の記憶に私は映らない。自画像が破裂して赤い選挙カーが潰していく。丸めたカタチは地球のカタチ。ビリビリに引き裂いて孤独の注射を体に注ぐ。
髪を巻いてピアスをつけうっすら化粧をしてしまえば私という人間の年に似合った麗しさが漂う。満ち足りている世界に気づくのは何かのサインなのだろうか。人と比べるなと無茶な宗教観に囚われた聖職者達は単なるホラ吹きだ。頭ごなしに間違いを批判して穢れない者を尊んでいる。臭い。ここは。ドブの香りしかしない。


朝目を覚ますと関矢美紅はいつもそんなことを思う。メイド達に朝食の用意が出来たと言われ席についた。クロワッサンにスクランブルエッグにウインナーにレタスにトマトにミルク。馬鹿みたいに教科書通りの朝食だ。食べる気が起きない。食欲というものが自分の中から消えたのはいつのことだったか。形だけ済ませてさっさと家を出た。大袈裟な門をくぐって晴天に見下されると脚のあたりに虫唾が走った。ムカデに這われているような錯覚がする。もうじきこの脚はもげて義足になるのだろうか。そんなことをただひたすら考えて歩いた。考えないと学校というゴミ集積場には行くことが出来なかった。
ぴぴ。
ケータイの音。
「今夜19:00に渋谷駅前で。B8もお願いします。」
こいつ常連になったな。関谷は思った。
「わかりました。よろしくお願いします」
コピペの返事を5秒で打ち再び歩き出した。夜に私は生き返る。朧月の下で泡肌を舐められ日中の泥を拭うのだ。相手の殿方はどんな人間であっても構わない。最早、人間でなくても良い。毒の虫に襲われて自分が女王蜂になる想像をした。

教室に入ると灰色の集団がまばらに動いている。関矢の目から見ると人間はいつも彼か彼じゃないかの二択にしか映らなかった。彼は今日もいない。唯一の楽しみがあっけなく消え失せた。あとはいつも通りに優等生という人形になるだけだ。自分を吊らす糸が動くのを感じる。この糸に従って動けば終始何事もなく終わるのだ。一挙手一投足全て決まりごとに沿って動くことは世界の生きる約束のようだと思った。約束を破る私は既にこの世界で生きる意味などない。自分を捨て未来などという劇場に靴を投げ迫害されてしまいたかった。

黃1

春。桜が咲き乱れ景色は淡い恋心のように弾んで見えた。今日から新学期だ。弟を保育園まで見送った後いつもの道に咲く桜を見上げ、今日を無事に迎えられたことに安堵した。この桜のように朗らかに優しい季節の喜びを味わいたいと思ったが、久芽健志はお金の心配しか出来なかった。今月はあと10日を2000円で過ごさなければならない。誰かが病院にでも行けば吹っ飛ぶお金だ。先週の取り立ても、とにかくしつこかった。バイト代が来週入ると言っているのに日を越えても彼らは玄関のチャイムを鳴らし続けた。弟達に手を出されなかっただけまだ良しとしよう。そろそろ限界だな。足元に落ちる桜の花びらを虚ろな目で見つめていた。今年中に学校を辞めてわりのいい仕事を探さなければ。これはもう自分の逃れられない運命なのだと思った。歯車は最初から狂っていたのだ。

久芽にとって学校とは、自分の子供らしさを取り戻してくれる居場所だった。友達と笑い合いサッカーボールなどを蹴っている時間はすべてを忘れさせてくれた。彼らは今だけ仲間でいてくれるのだろう。部活に勉強、恋の話、将来の夢、本気で悩める彼らを友達と呼ぶのは間違っていると思った。だがもう少しだけ、この遊戯に付き合っていたい。学校の門をくぐって、久芽は自分の甘さを引きずりながら許されたいと思った。



新しい教室の席は窓側だった。桜散る校庭を見渡せる場所に、すでに一人、ぽつりと座っている人が居た。見覚えのない顔だ。顎の方まであるボブショートの髪は細くもつれ、窓辺からの風に揺れている。考え事をしているような黒い瞳には長い睫毛が重なり、雪のような白く細長い手首で頬杖をついている。絵の様な憂いに満ちた光景に一瞬息を呑んだが、次の瞬間つい口に出してしまっていた。
「ほんとに男…?」
首元には男子生徒指定の青いストライプのネクタイがついている。言われた本人はびっくりしたように振り向いたが慣れている質問なのか、ああ、といった顔をしていた。
「うん。そう。よく言われる。隣の席?」
変なことを聞いてしまったと久芽は一瞬後悔したが、相手の反応も想像以上に呆気なかった。
「あ、うん。よろしく。初めまして、だよね?」
「うん。俺、園田由紀。わりかし女子に勘違いされがちだけど、ちゃんと男だから。よろしく。」
あっけらかんとやや早口に話す儚げな少年は、意外と話しやすそうな人だと思った。久芽は相手に促されるように、生徒という役割に自分を溶かしていった。

灰1

あの人といた季節に、桜の花を見たことがない

手の中で小さく思い出をなでた


美人だと呼ばれる女の子が席について
みんな騒ぎ始めた


せきやさんせきやさん
本当にキレイ
おにんぎょさんみたいね

ザワザワ、


女の子みたいな男の子が窓辺に座ってる

フワフワ、
ザワザワ、


テスト。席替え。選択授業。自己紹介。笑い声。

ザワザワ、


なぞっていくうちに、なにかになれるかな

きょうはかえる
ゆっくり、ゆっくりと

赤2

邪魔なもの全てを消し去る能力の無い世界に生まれた意味など皆無だ。汽笛の合図で一斉に射殺された囚人を眺める曹長は血の臭いで一生呪われるのだろう。緑色の肌でザクロの実を食べた中毒患者は明方飛び降り自殺をする。白黒の可愛さ。白黒の肉親。全員人質を取られて怯えながらくだらない命を踊っている。カラスだけが本当の事を知っている。あなたの故郷はとうの昔に燃えました。


目が覚めた。関矢はまた、酷く不可思議な夢を見ていた。現実の形がわからずしばらくぼんやりしていたが、チャイムと共に広がる生身の声に聴覚が唸りをあげる。鼓膜が破裂しそうだ。青白い顔でゆっくりと、関矢は教室を出ていった。


関矢美紅が自分は恵まれていると気づいたのは、10歳の頃だった。財力も、学力も、運動神経も、洞察力も、発想力も、美貌も、親からの愛情も、何一つ自分を苦しめることはなかった。生真面目で謙虚で熱心で心の優しい少女だと、自分自身で気がついた。怖いものがなくなった。苦しくない。いつまでもいつまでも私を愛する人間は尽きない。事実を細部まで確認し、確約された未来に、遠くまで見える青空に、待っててと手を振った。
否定されたのは彼が初めてだった。しゃがみこんで動けないままでいる彼に、私は優しい、私には余裕がある、私は声をかけるだけ、言い聞かせて心配というクッキーを差し伸べた。触れた手はぬるりと冷たく、見つめられる目は底無しの穴だった。自分と他人の違いというものを浮き彫りにされ、物言わぬ態度は怒鳴るように否定を叫んでいた。



誰にも話すことは出来ないが、関矢はこの頃からなにかに取り憑かれたように自分を貶めることをやめられなくなった。飲酒、タバコ、リストカット、薬、売春、思いつくものから手を付けた。中でも一番没頭したのが、売春だった。そこには自分を引きずり込んだ「彼」という人間が溢れるようにいた。抱かれることで、否定された自分が、束の間満たされる思いがした。

掃き溜めのような街を彷徨う。空気が濁りすぎているが歪に明るいこの場所は私の汚れを歓迎してくれているようだ。彼の心を満たせなかった自分を、関矢は今もまだ、終わることなく責め続けている。会いたい。



少女のような願いを胸に、彼女の意識はショートした。

黃2

ラーメン屋のアルバイトが終わるのはいつも夜の23時頃だ。久芽は手際良く締め作業を行って店を出た。夜の渋谷は一向に眠りそうもない。捨てられたゴミと欲望で溢れている帰り道は、まだ少し寒い。落ちているチラシが足元に絡まった。拾い上げると風俗嬢の募集のようなことが書いてある。時給が今の久芽の3倍はあった。女はいいよな、脱げば金になるから…。毒ついた言葉が自分から出てきたことに嫌気が差した。しかし男にしたって、こういったところで働けばもう少しマシな給料が貰えるはずだ。高校生はさすがに門前払いだろうか…そんなことを考えつつ、明日のお弁当を作るためにスーパーに寄って帰ろうかとぼんやり考えていると、見覚えのある制服がふいに前を通った。どこかで見たことのある顔をしていた。夜の街で、40歳ぐらいの男性と、腕を組んで歩き、狭い路地に入って行った。ドクンと心臓が鳴る。え。あれは、つまりそういった光景なのだろうか。まさか自分の高校でもそういうことをする人間がいるとは思わなかった。本当に?早まる鼓動と共に、なるべく自然な歩みでゆっくり通り過ぎるようにして、横目で中を確認した。二人の男女は、舌を入れて激しく口づけをしていた。女子生徒の指は男性の股間を慣れた手付きでまさぐり、髪を乱して胸を揉ませていた。咄嗟に目を逸らした。変な汗が出てきた。まずいものを見てしまった。夜の街ではああいう光景が珍しくはないが、まさか自分と同じ高校生のソレに出くわすとは思わなかった。久芽は早足でこの場から立ち去ろうとしたが、足がもつれ、派手に転んでしまった。

音に驚いたのか、女子生徒に連れ立っていた男性がそそくさと帰っていくのがわかった。後ろから静かな視線を感じる。見つかってしまった。そう思った。こちらも同じく学校の制服を着ているので、誰かはわからずとも同じ生徒だということはわかるだろう。久芽はどうしようかと逡巡した。逃げ出そうと決意した時「あの」と声をかけられた。
「はいっ…!」
思わず振り向くと、黒くて大きな瞳がこちらを見つめている。面白いものを見るような目つきでそっと立っている。遊び慣れていると言われると確かに頷けたが、同時に彼女からは十代特有の無邪気さと壊れそうな危うさを併せ持つ、少女の輝きの様なものも感じた。夜の光が妖艶さを増して彼女を照らしている。
「このこと、誰にも言わないで欲しいんだけど」
そう言って近づいてきた。?あ、俺に言ってるのか。理解が追いつかずしどろもどろになる。
「あ、あ、も、もちろん、だよ。ごめん、俺こそ…」
そう言っているうちに手を握られた。はっとして言葉を失ってしまったが、彼女は薄く微笑んだまま顔を近づけてきた。
「これで、約束ね?」
そう言ってパッと離れた。ゆっくり掌を確認すると、金を握らされていた。
「え…………」
「口止め料。わかりやすくてごめんね。でもこれが一番確かだから。」
女子生徒は恥ずかしがることも、慌てることもなく、業務のように淡々と述べた。現実にこのようなことをしている女がいることに、久芽は絶句した。
「…別に珍しいことじゃないでしょ。君だって、女の子がそういうことする店に興味あるみたいだし。」
ポケットに入れていた先程のチラシをちらりと見て、彼女は笑った。慌てて隠そうとすると、くるりと後ろを向いて彼女は帰って行った。颯爽と歩く後ろ姿に、他人に見られてしまった恐怖などは微塵も感じていないようだった。久芽はしばらくその場から動けなかった。そのままぽつりと、あ、と言葉が漏れ、彼女が今日から同じクラスになった関矢美紅であることに気が付いた。

灰2

生意気な態度ね

また、いわれた


天井のとつとつとした穴の数を端の方から順に数えている


髪がまとわりついて、汗の臭いが二人分



ゆらゆらゆれて
きょうもこぼれてくる


出口のない迷路で
ひたすらひたすら
砂のお城を作る


なにもしてないよりはまし

なにもしてないよりは、きっと


ぼこぼこにこわされても

きっと

赤3

火曜日。ヂクヂクした傷口が膝を這っている。記憶に無いがいつの間にかそこに出来ていた。可愛い生物のようにまだ血を含んで動いているようだ。晴れた風と朝の光に照らされて、関矢美紅はベットの上で変形した自分の皮膚とわずかに感じる痛みをもてなした。

コンコン。ドアが2回、しっかりと鳴る。
父だ。
「美紅、おはよう。昨日は帰りが遅かったようだね。おや、その傷はどうしたんだい。」
「…父さん。おはよう。私ったら寝相が悪くて、どこかにぶつけちゃったみたい。昨日は塾で質問してたら遅くなっちゃった。」
「そうかい。早く手当を。」
メイド達が慌てて駆け寄った。ガラスの人形に触るみたいに慎重に手当をしている。
「今日の夜は母さんと3人で食事だ。19時にグランドホテルのロビーに集合だよ。」
「うん、わかった。」
それじゃあ、行ってきます。父は礼儀正しく挨拶をして微笑みながら出て行った。毅然として、聡明、物腰も柔らかい。娘の私にも気遣いを忘れず、照れくさいこともはっきりと言ってくれる。優しく、自慢の父、だと、思っていた。昔は。


通学路のゴミ置き場にカラスがとまっていた。羨ましい。平熱。自分の居場所が消える時間。つまらぬレールに爆薬を撒いて歩く気分。今日は夜も退屈だ。

昨夜の相手からメールが届いた。関矢は一度寝た相手からその日のことを掘り起こされる事をとにかく嫌っていた。私にまた会いたいなら今後一生今日のことを口に出さないで、というのが、客との唯一のルールだった。メールの内容を気だるげに眺めると、昨夜は途中で終わってしまったからまた続きを楽しもうという内容が書いてあった。そのままそのアドレスを削除した。くだらない。お前と話や思い出を作るために会っているのではない。現実の会話は陳腐さを浮き立たせて自らの行いを客観的に疑わせ、その神秘性を剥き出しの日常という地に引きずり降ろされるようでとにかく嫌だった。女の恥部を真夜中に見るのと、昼間に蛍光灯の下でまじまじと見るのとでは天と地ほどの差がある。加えて、気高く汚れたいという関矢の不調和な願いも相まっていた。息もできないほどに、溺れていたかったのだ。


ふと、昨日最後に見られた男子生徒のことを思い出した。関矢の目からはゴミの中に一匹、白い綿のようなものが混ざっているように見えた。こちら側の行いを見られたということに関してなんの感情も沸かなかったが、今になって少しの高揚感がある。彼が高校生だったということに関して、何かの繋がりを直感したのだろうか。珍しく、嬉しさのようなものが顔を覆った。角度の変わった世界に新鮮味を感じながら、そのままゆらゆらと学校に向かった。

黄3

「久芽は部活とかしてないの?」
体育という人が丸とか三角になる時間、久芽は園田とペアを組んでストレッチをしていた。
「うーん。俺はしないなぁ。…バイトとかしてる方が楽しいから」
「へー。バイト。いいね。なんのバイトしてるの?」
「ラーメン屋。」
今は。と心の中で付け足した。この学校でバイトをしている生徒は珍しくなく、お小遣い稼ぎ程度の気持ちが大半の生徒達の理由だったため、これによって家庭の事情が浮き彫りになることはまずなかった。
「ラーメンか。似合うね。でも久芽は運動神経良さそうだからサッカー部とか入ってるのかと思ってた。」
全く前に伸びない前屈をしながら園田は言った。園田のジャージは、まるで女の子が着ているようなぶかぶかなサイズ感だった。半ズボンから伸びる白く細い脚は筋肉から遠のいた生活をしていることを物語っている。髪は一つに結び、女の子と見間違えても仕方なく思えた。運動はあまり得意ではなさそうだ。
久芽と園田は妙によく話す仲になっていた。これといって昼食を一緒にとることやお互いの趣味を共有することはないが、何かのタイミングが合えば疑問も躊躇いも持たず会話を始めるのだった。園田は続けた。
「俺も部活はしてないんだ。悩んだけど、特にやりたいことがなかった。」
何か園田には自分の決めたことをはっきり行う潔さのようなものが見えたため、部活動などで自分の好きなことに没頭するタイプなのかと思ったが、違うようだった。じゃあ家で何をしているのだろうと思ったが、聞こうとしたタイミングで笛の音が鳴った。ジャリジャリと生徒達が集まる。今日の男子の体育は短距離走だったが、グラウンドの反対側では女子生徒がバレーボールを行っていた。そこで久芽は、口元をジャージに埋めぼんやりと審判をしている関屋の姿を見つけた。昨夜の残像がちらつき戸惑いが足を止めた。確かに、少し不良めいた雰囲気を漂わせているが、品の良さも垣間見えるように思えた。容姿にも恵まれているようで、思えば一年生の頃から美女と噂されていた生徒だった。久芽は人の顔と名前を覚えるのが苦手だったが、関矢のことは薄っすらと覚えている。モデル体型のお嬢様だと誰かが言っていた。まるで困ったことなど何一つなさそうに見えるのに、なぜ昨夜のようなことを行っていたのだろうか、と、真っ当な疑問が頭をもたげた。他人に言えない何かがあの人にもまとわりついているのだろうか。心に黒いものを感じる。まるで自分を見ているみたいだと、勝手な思い込みと知りながらその闇の深さに自らを重ねた。
「どうかした?」
立ち止まってる久芽の視線を追いながら園田が話しかけてきた。いや、別にとはぐらかして歩き出す。 

夕方弟を迎えに保育園へ向かった。一番下の弟、雅人はまだ5歳だった。教室のドアから顔を覗かせるとお兄ちゃんと明るい顔をして向かってくる。帰りはいつも手を繋いで歩いて帰った。雅人には両親の記憶がほとんどない。2階建ての古く錆びれたアパートに帰ってくると、二番目の弟、春樹が待っていた。眼鏡をかけた物静かな中学生で、よく勉強し気配りの出来る弟だった。兄ちゃん、おかえりと言いながら洗濯物をたたんでいた。多くのものに興味を持ち敏感になる年頃にこんな状況にさせてしまい久芽は常々申し訳なく思っているが、それを知りつつもあえて無視して兄の心が折れないようそっと支える春樹には頭が上がらなかった。
「ただいま、晩飯ニラもやしな。すぐ作るわ。」
「うん。腹減った。雅人こっちおいで。」
兄弟3人、小さく、協力しながら生きていた。

灰3

ああ、こんなにも、ことばはこころをとおらない。

しらないひとのなまえをはんすうするけど、

私は彼らと、何一つ通じることができない。


いつ死ぬのかもわからないこの命に、
自分の思い出をダビングする。



写し鏡で痣の位置を確認する。
今日も誰にも気づかれることの無い、隠される場所。

行く場所も帰る場所もないまま、
彷徨い続けている、わたし。

赤4

家族との食事は退屈を絵に描いていた。眩しいほどデタラメな言葉が放り出される。嘘なんて軟弱なものでもない。ザラザラした会話に耳を塞ぎたいと思っていた。
「美紅ちゃんは〇〇大学の医学部が一番良いと思うのよね。あそこなら家からも近いし、〇〇先生は私の友達の旦那様で、とても信頼のおける権威あるお方なのよ。」
「うん、それも悪くないね。私の知り合いもあそこの大学出身だが、通う学生も向上心があって変な家柄の人も少ないらしい。だがこっちの大学もどうだろう。研究に力を入れていて実習制度も整っているから…」
フォアグラのど真ん中をフォークで突き刺した。ホテルのレストランはどこもかしこも豪華と丁寧さでもてなされている。美容院帰りの母は美しい髪の色で柔らかなパーマをかけていた。化粧も着るものも綺麗に整えられ、娘の私と姉妹と言われてもわからないほどの容姿で、本人もそう言われるのが嬉しい様だった。
両親二人はここ最近顔を突き合わせるといつも関矢の進路の話を始めた。本人はこんなにも上の空で気が重いということも知らずに。知らないことが多すぎる他人に、自分の将来の話を延々されることは可笑しくて仕方なかった。内にある批判性をどこまで腹に留めて置けるのか、関矢は家族と過ごす時間いつもむず痒くて仕方なかった。

欲望が身体を駆け巡っている。早くここから抜け出してどこか遠くに行きたい。最近、自分のこの思い込みや追い込まれる感覚が病的になってきたという自覚があった。そもそも、健康的という感覚にかちりとはまるものを持っていたとして、私がそこに寄り添ってあるいたらこの痛みは一生誰にも気づかれない。なかったことのように全てが押し出され、流され、気づいたら忘れているんだ。


今この瞬間にも、両親に自分の全てを明かしてしまいたかった。両親だけではない、何かを見ないようにして批判して自分がさも最高であるかのように、無自覚な人間に、このやるせなさをぶつけたかった。

黃4

ごみ捨て場に今日の燃えるゴミを捨てに行った。分別が事細かに指定されてこれはあっちに捨てて下さいと保険委員が指示を出している。教室に戻ろうとすると彼女の姿が見えた。長い髪を今日は結わえている。あれから気がつくと関矢の姿を見かけると目で追いかける癖がついた。彼女は一人で過ごしていることが多い人だった。誰か女の友達と楽しく話している姿を一度も見たことがなかった。男達は遠巻きに彼女に見惚れて通り過ぎる者が多くいた。会話といえば先生からの話しかけに淡々と応えているぐらいだった。学校での彼女は久芽の目から見れば何かをじっと我慢しているようにしか写らなかった。あの夜のように、唯一自分を開放出来る場所はああいった時間だけなのかもしれない。喉が乾いていることに気づく。彼女を見ていると、飢えのようなものを酷く感じることがあった。そして時々、彼女の方も久芽の視線に気づき、黒い澄んだ目でこちらをじっと見つめるのだった。微笑むことも、眉をひそめることもなく、ただ能面のように真っ直ぐとこちらに顔を向けられると、久芽の方から目を逸らしてしまうのだった。お互いが、お互いを認識していることに、彼女の秘密を共有していることに、何かしらの一体感を感じていた。話しかけたいという内側からの欲望に、彼は気づき始めていた。


夕方、今日は雅人の迎えは春樹に任せてあった。久芽は家に帰って一通りの家事を済ませてからバイトに向かうつもりだった。風呂場の掃除の後、部屋に戻ると真っ暗な部屋の真ん中に幽霊のようにスッと春樹が立っていた。ひりついた空気を感じてどうした?、と、静かな声で話しかけた。弟は、振り向いてなんでもないよと言う。雅人はどうしたと聞くと、これから着替えて迎えに行ってくると言い風呂場に向かった。シャワーを浴びるなら浴槽の湯を沸かし中だと言いに仕切りののれんをくぐると、Yシャツを脱いだ白い肌に赤い痣だらけの春樹の姿がそこにあった。後ろ向きのまま、肩を震わせている。弟は静かな人間だった。泣くときもこんなに静かなのかと思うくらい声を出さずに立っている。いじめという文字が脳内を過ぎった。いじめ。誰かに蹴飛ばされたのだろうか。殴られたのだろうか。

心の痛さを想像し、自分を含めた春樹の環境全てがそのいじめの原因の様に感じ、久芽はただ呆然と、泣いている弟の後ろ姿を見続けることしか出来なかった。

灰4

めがあうと、うわっといったかおでそらされた

がんたい

つけてあるく


生徒指導の先生に、呼ばれた


ぎゃくたい、を、うけているのではないですか


よく聞き取れない


昨日、あの人に触られた部分が痒くなる


なんのことですか
なんのことですか


窓の外に雨が降っていた

こんな綺麗な日に、この人は、何を言っているのだろう


早く帰らなきゃ

赤5

埋め込んで冷えた喜びを既になんの意味もなく引き裂いて思い出せなくなるまで形を保てず溶解した下水道の奥底に私の見たい目印があるから私のフリをしてどうかあなたがその場所から呼びかけて欲しい。叶わぬ思いだとしても痺れ薬で騙されるから黙ったままで抱きしめて。

血の海を泳いだ気分で今日の相手が終わった。こんな世の中に生まれなきゃ良かったと呟いて自殺するみたいに私とイッた。空洞。空の味がする。息をしていることがわかる。まるで蘇生のようだと笑いながら関矢は宙を見つめていた。
帰り道にまた、久芽という男子生徒の姿を見つけた。ああ、そういえばあの日以来だな、と思ったが必ずまたここで会うと関矢は確信していた。学校の人間でまともに形が把握できるのは「彼」以来二人目だと思った。今日は関矢も客と別れて一人でぶらぶら夜の街を歩いていたので迷わず側に近づいていった。久芽はこちらの姿に気がつくと半分驚いたような、予感が的中したような顔をしていた。
「こんなところで何してるの?」
関矢から話しかけた。
「…バイト…の、帰り。」
「ふーん………バイト……楽しい?」
「……いや、別に…。」
「…。」
ここ最近学校で見かけることが多かったが今日はまた新しい陰りのようなものが久芽の目の奥に潜んでいるように思えた。むせた匂いが立ち込めている。
「…ん。」
久芽はおもむろに手を前に出してきた。
「これ、前に貰った金。…こんなのいらねーから返すよ…。」
「…。」
「別に、こんなのなくても、誰にも言わないからさ…。」
手が触れない距離で受け取って、しばらく眺めた。久芽は目を逸らして下を向いている。
「…私も別に、要らないんだよね。」
そう言って関矢は一万円札を真っ二つに破いた。久芽はえっと言って驚いた。
「ちょっと、何やってんだよ。」
「ふふ、何って、要らないから。やっぱりお金欲しかったの?」
「いやそういうことじゃ」
「じゃあ、私が君を買ってあげようか?」

久芽の動きが固まった。
「さっき客から貰ったお金がまだあって、これで君のこと買ってあげるよ。お金、欲しいんでしょ?」
「…………何の話。」
「ふ、変な顔。」
関矢は笑った。久芽は明らかに侮辱されたことに怒ったようだった。白い人だ。変な毒で犯されたような白さを保ってる人だ。
「…孤独の遊び場にいる人間は、誰にも本当のことを言わないんだよ。」
関矢はそうポツリとつぶやいた。
「…え…」
嘘はつかないけど本当のことは何一つ言わない。寧ろ、言えないのだ。言葉を知らない私達は、寂しさを反射し合う。瞼の裏がヒリヒリした。
「……君は、どうしてそんなに自分を……」
久芽はそのまま、何か言いかけながら黙ってしまった。
「………また話そーね…。」
含み笑いのまま、関矢はそう言って久芽の側を離れていった。

黄5

小学生の頃、両親は仲が良かった。週末には家族でドライブに出かけ、母の手作り弁当を食べ、父とはキャッチボールをした。遊園地や水族館、子供の好きそうな場所に多く連れて行って貰い、まだ小さかった弟と並んで写真を撮り、カラフルなアイスクリームを食べた。当たり前のように優しく、楽しい日々達が向こうからやって来てくれていた。ある雨の日、平日の夕方は酷い雷雨に襲われ弟たちと家で戦闘ごっこをして両親が帰ってくるのを待っていた。くたびれても、お腹が空いても、二人共、突然帰って来なかった。事実を知ったのは翌朝、警察がコンコンとやって来て両親は死んだと言った。いつの間にか見たことのある親戚が集まって、勝手に葬儀が開かれた。誰一人泣くことはなく、終始残された子供達3人をどうするかで揉めていた。母の妹夫婦のところに3人とも預けられることになったが、迎え入れるような雰囲気は一切なく、朝から晩まで一言も会話をしなかった。そんな時に、彼らが来た。頭に傷のある男や、唇にピアスをつけた男達。闇金融の取り立てだった。父親は誰にも言わずそんなものに手を染めていた。妹夫婦は抵抗し、目の前でボコボコにされた。次の日、夫婦は今日からあなた達はここに住みなさいと言って久芽達3人を今の家に連れて来た。最低限の生活費はここに振り込むからと30万入った通帳を渡され、連絡先も告げず夫婦は行方を消した。久芽は中学生になっていた。闇金融の取り立ては結局1年後、自分達の元にやってきた。父親の返済義務があるのは子供なのだと聞かされ、脅され、幼い弟たちは割れるほどに泣いた。ひとまず最初に振り込まれてた30万円を渡してその場をしのいだ。そして夫婦から振り込まれる生活費は毎月半分ほど貯めて、その金額を返済にあてることにした。だが闇金融の利子は法外に高く、返しても返しても終わる気配はなかった。久芽は途方に暮れた。せめて妹夫婦のことだけでもと思い学校の先生に相談すると、しれっと夫婦は学校にやってきた。きちんと世話をしておりますと嘘を顔面に貼り付け、肩に手を置かれ、その日は久芽の家に一緒に帰った。そうして毎月の額を減らされたいのかと散々怒鳴られた。だが怒りが収まったかと思えば、今度は久芽だけは高校に進学させてやるから、その後は自分で弟二人の面倒を見るようにと、頼むからこっちに迷惑をかけないでくれと、謝られた。すまないが、他人なんだと、謝られるのだった。


いじめというものがどんなものかは知らないが、雅人の姿を見てそれは自分達の境遇では仕方のないことのように久芽は思った。そういう悲惨さは次から次へと流し込まれてくる。飲み込む痛さも忘れるほどに、苦しみは濃さを増す。

バイトの帰りに関矢美紅と再び会った。彼女の方から話しかけられ、自分を「買ってあげる」と言われた。最初は侮辱されたと思い嫌悪したが、彼女の笑った顔はとても悲しそうだった。わけがわからなかった。わけがわからなすぎた。そうして久芽は反射的に彼女の後を追った。濃霧のような日常の暗さに、彼女の非日常は妖しく光って見えた。

灰5

どいつもこいつもしょうもなくこりずにあいをさがしてはみつからないあいをあいのあいをきにしないふりをしてじつはずっとここにいてとさけんでふりしきるほどにわたしのこのてをつかんではなさないまっすぐみつめるひとみはこのまえみどりいろになったずいぶんとわたしたちはかいわをしていないけれどこのひとはわたしのことをきらいでいるしわたしはわたしのことをよくおぼえていないきまりごとってどこからまもるものなのありきたりなえがおがぜんぜんかんけいないけどありきたりなえがおがさくのはむずかしいことをかんがえていないからなのぱぱぱぱここにいるよきょうはどうしてびんをもってないのぱぱままめんどくさいことぜんぶなげてぱぱだってわたしたちはかぞくだしだってわたしはおまえたちのこどもなのになのにくびしめてめがねわれたよあれはいらないのねえめがねわれたのにちはでてないんだねほんとだがっかりどうしてわたしはのぞんでるのおわることのぞんでるのしらないけどどうしてねえふきとんだきおくになぞるようにおもいでなんてかざるのまだまだまだまだまだぜんぜんぜんぜんたりないちをもっとちをふきだすほどのものをだってなんでなんでうまれたときからずっとなんでやさしくしてくれなかったのなんでなぐってくるのぜんぜんわからないよきもちわるいきもちわるいきもちわるいきもちわるいきもちわるいきもちわるいきもちわるいきもちわるいきもちわるい



雨。雨が降っている。

黃6

関矢美紅の長い髪は潤いをなびかせている。ネオン街は彼女の誘惑を助長している様で、久芽は嫌気がさした。健全さをなくす彼女の姿に少しうんざりしてきた。もっと退屈なことで息をする女子高生の影を重ねたいと思ったが、そんな平凡さはまるで罪のようだと、孤独に染まる息遣いを敏感に感じた。
彼女のあとを追って歩き出したものの、声をかける気にもなれずただ尾行しているような形になった。まるでその気はなかったのに、確かに彼女は一体どこで生活をし、どんなふうに過ごしているのか、疑問のような好奇心が内側から滲み出てきた。時刻は夜の12時近くになっている。こんな時間に帰ったら相当両親に怒られるのではないかと、その様な常識からは遠い場所にいる家庭なのだろうかと久芽は散々想像した。彼女が迷うことなく入っていった家は、予想とは真逆の豪邸と呼ぶにふさわしいほど立派で厳かな佇まいをしていた。東京にこんな家が建つのかと思うほど広く、格調高い和風の門を構えている。召使いのような人間がそそくさと彼女を迎えに来たが、ばつが悪そうな顔をして彼女の荷物を持ち、急かす様に彼女を奥へと連れて行った。そこで黒々とした重厚な門が締まった。二度と開くことのないような、檻の様にも見える。彼女が自分の様に貧困で悩んでいるようにも見えなかったため、なるほどこの家は彼女が住むに相応しい場所の様に思えた。妙に漂う気品の面影もここからきていたのだなと納得できた。一万円札を躊躇うこともなく破いた行動も、これだけお金に困ることがなさそうなら、なんとも思わないのかもしれない。それではなぜ彼女は売春などしているのだろう。親などに言っているとは到底思えない。目の前にそびえ立つ城は彼女を幽閉しているのだろうか。


俯いて歩く帰り道、久芽は家に帰るのも億劫に感じていた。雅人に何を話せばよいのかわからない。何か心配しなくて良いよと励ますセリフでも吐けばよいのだろうが、自分にその様な言葉をかける資格はないと感じた。高校は辞めようと久芽は思った。働いて、もっとマシな給料を貰って、お金を稼いで、裕福な暮らしがしたい。借金の返済も、親せきからの仕送りも、全て無くしてしまいたい。ただただ普通の暮らしがしたい。それなのに、それなのにあの女はどうして自分は絶望の淵にいるみたいな顔をしているんだ。絶望なフリをしたいだけではないのか。自分に酔って、この世はつまらないと嘆いて、可哀想な自分を演じたいだけではないのか。急激に久芽は怒りを感じてきた。孤独なんて知ったことではない。何不自由なく暮らせる生活があるだけで十分ではないか。健康さも、不健康さも、全て腹が立つ。本当の惨めさを彼女は知らない。どうにもならない運命を、彼女は一ミリだって知り得ないではないか。雑音が耳を這ってくる。何かが歪む音の様だった。

灰6

ジージジ

『昨夜午前10時頃、豊島区のマンションで、男二人が殺害されているのが発見されました。警察の調べでは、二人はこのマンションの一室で同棲しており、近隣の住民に兄弟だと説明していましたが、実際は全くの他人だったということが明らかになりました。また、この二人と共に十代の少年が出入りしていたことも明らかになりましたが、その少年に繋がる手がかりは見つかっておらず、警察はその少年を事件の重要参考人として行方を追っています………』



蒸せるような漫画喫茶の一室。


あざだらけの脚を放り投げてポテトチップスを食べる。


ピコンピコン
『この二人同性愛者だったのかな?』
『亡くなってる人のセクシュアルな部分を公開しなくてもよくない?』
『死人にプライバシーはないのか』
『てかこの少年謎すぎ』
『周りの人変に思わなかったのかな』
『え?ホモの養子?』
『悲惨すぎて言葉でねぇ…』
『少年ならどこの学校とかわかんないの?』
『その子が殺したのかな?』
『誘拐かもよ』


やっと息が出来るようになってきた。

砂のお城はこわれてしまった。


ふうふう。
あざの位置に息を吹きかける。



どくどく。興奮している。
こんなにもこんなにも。
どうしよう。にやけてしまう。


ふうふう。
自由なのだ。

これで、自由なのだ。


ピリリリリ…
携帯の鳴る音。

学校からだ。

赤6

パイの中に山分けにされた贅沢が溢れ出てくる。欲望を欲望で覆ったとき人の命は軽くなるのだ。私の腕から何億もの大金が流れ落ちていくとしたら私は愉快に感じるだろうか。
「話したいことがある」
久芽健志から学校で話しかけられたことは初めてだった。今日の夜21時にあの場所で会いたいと言われた。彼はほとんど誰にも気づかれないような素振りで簡潔に要件を伝え、ちらりとこちらに合わせた目は意思を固くしていたようだった。関矢美紅は黙って表情も変えず相手を見つめたまま、何も聞こえなかったかのように次の授業の準備をして席をたった。

ドブ川のような天気を見つめたまま、関矢は久芽のアルバイト先近くの交差点にあるビルの入り口に夜の21時ぴったりに現れた。今日の客とは相手の希望もあってベッドでただ寄り添って眠るだけだった。キョドキョドと怯えたような仕草をするサラリーマンはしばらく眠っていないようで疲れが顔全体を覆い目が窪んで濁っていた。会社は残業続きで上司はすぐに声を荒げ同僚は自分の失敗をなすりつけるような人ばかりで、たまに家に帰ってもボケた父親に母親が虐待するのをただ眺める毎日なのだと、彼は申し訳なさそうに言っていた。頭を撫でてやると、彼は涙を流して子供のように眠った。関矢はリップクリームを取り出して塗った。乾いている表情はそこかしこに列をなしている。真っ黒なパーカーにスウェットパンツを履いた久芽が静かに歩いてきた。表情は固く、目はこちらを見据えている。立ち止まり、向かい合うと彼はうつむき、しばらくじっと黙っていた。
「………じゃあ、行こっか。」
関矢の方から話しかけた。え、どこに?っといった様に咄嗟に相手が顔を上げる。
「なんだ、行くんじゃないの?私はてっきり、君はそういう気になって来たんだと思ったよ。」
相手の顔が赤くなり動揺していた。童貞なんてみんなこんな反応をする。
「違うんだったら帰るよ。お説教とか聞いたところで無駄だから。」
「いや、ちが、わない…、その………。」
そう言って悔しそうな顔で少し躊躇った後に言ってきた。
「金が無いんだ……本当に、俺を買ってくれるのか…?」
しばらく久芽をじっと見つめた。彼は自分の意志で自分を貶めている。それを勇気と呼ぶかはわからない。
「……いや、ごめん。前はあんなに言ったのに…変だよな、男の方が買われるなんて…ごめん…」
「うん。もちろん。買うよ。」
久芽は改めて驚いた顔をしていた。
「前払いがいい?」
えっ、と取り乱す久芽をよそに、関矢は財布からサッと5万円取り出した。
「別にこういうことってあると思うよ。君、顔も整ってるし、金持ちの主婦なんかでも買ってくれると思う。逆に私でいいのって感じだけど、バレてもお互い学生だったら援助交際してるなんて思われないしね。はい、これ。」
そう言って、胸元にお金を突きつけると、久芽は黙って受け取った。
「私が買う方だから、今回は私が注文していいんだよね。とりあえずのルールは、他言無用ってことと、お互いのことを詮索しないこと。それでどうかな?」
「………。」
「君の方から何かお願いはある?」
「……いや、……ない……」
「じゃあとりあえず歩こう。あ、それと今日みたいに来るときは制服はやめてね。ホテルに入れなくなるから。あとこれもしもの時に使って。身分証明書。」
そう言って、誰から貰ったのか関矢は他人の顔が写った運転免許証を寄越した。
「あとはマスクして。うん、君背が高いからこうするとあんまり高校生には見えないね。」
久芽はなんと言って良いかわからず、そのまま黙って関矢の後をついて行った。


ホテルは関矢がよく客と利用するところだった。特に疑われもせず中に入れ、あまり派手ではない部屋を選択した。部屋に入ると久芽は黙ったまま立ち尽くした。緊張しているらしく、固まったままでいる。関矢はベッドに寝転がり、テレビをつけてチャンネルを変え、つい最近まで公開していたサスペンス系の映画を見出した。そのまましばらく時間が流れた。
「…え、あの……。」
久芽が話しかけてきた。
「……その…どうしたらいい…?」
「私今日はそういう気分じゃないんだよねー。今日は一緒に映画だけ見てくれないかな。」
久芽はぽかんとしていた。
「あ、それともしたかった?」
「い、いや!違う!」
「あはは。そんな否定しなくてもいいじゃん。結構こういうことって多いよ。みんながみんなヤりたいわけじゃない。寂しさを埋めて欲しいだけの時だってあるんだよ。」
「あ…そうなんだ……。でも、なんか……、こんなので5万も貰っていいの…?」
「そんなもんだよ。」
久芽は呆気に取られていたが、ようやく落ち着いたのか力を抜き、カバンを置いて入り口近くにある椅子に座った。そのまま二人で一時間半ある映画を観た。と言っても、久芽は途中、緊張の糸が切れたからか強い睡魔に襲われ、少しだけ眠ってしまった。

黃7

夢を見た。その気配は訪れることを前から知っていたように話しかけ、判断のつかない手足を押さえつける。ややもせず余所見をした彼は恨まれ、退廃の焼け焦げた臭いがした。そんな漠然とした、不安な夢。目を覚ますと指先が冷たい。久芽は自分がどこにいるかを把握するのに少し時間がかかった。薄暗闇の中に、彼女の姿が見える。関矢美紅は暗がりに足を放り投げてもたれるようにベットに座っている。そういえば数カ月前に放送されていた外国のやたら海ばかり映る映画を観ていたのだった。今日は、自分でも呆れるくらい恥ずかしいことをした。いや、そうしようと思ってここまでやってきたのだ。久芽は先日関矢と別れた後、彼女への感情が次第に怒りと不満に変わっていくことが自分でもわかった。あの女はただ面白おかしく自分に酔って人を見下す愚かで傲慢な人間だ。本気で苦しむ人達をただ笑って暇つぶしの道具にしているのだ。それなら、それで、これは何かのチャンスではないのか。目の前に金をくれる自己陶酔する人間が現れたのだ。それを自分は何としても利用する必要がある。と、追い込むように説得していた。それは最早暗示に近く、今までのんびりと過ごしていた自分に罪の意識を感じるようになったことへの焦りでもあった。家族が虐げられていることに気づかず、またそれを救い出す方法もわからないため、自分を汚すという犠牲の方法で解決しようと思い至ったのだった。それは生贄のような、義憤のような、祈りのようなものでもあった。安易な結論だということにはあえて目を塞ぎ、関矢への憎悪の念を膨らませることで、遂に彼は一縷の望みを賭けて行動に出たのだ。しかし、そんな決意とは裏腹に、今夜はなんの行為もなさなかった。指一本ふれず、映画を見るだけで終わるようだ。そういえば、彼氏代行サービスのようなものも最近流行っていると聞いたことがあるから、そんなものかと拍子抜けした。それはそれで、こちらには都合のいいことだ。これで自分は自分を売って、金を手に入れたのだ。目的は遂行された。5万も入れば今月は随分と楽になる。壊れかけて買えなかった家具などを揃える事ができる。弟達のボロボロの靴も買おう。そんなことを考えながら関矢の投げ出したつま先の方をなんとなく見つめる。彼女は靴下を履いていなかった。綺麗に爪が切りそろえられた形のよい指がすっと伸び、それに続く白い土踏まずが滑らかな曲線を描いている。華奢で長いふくらはぎにひざの窪み、ふっくらとした太ももが無造作に交差され、短いスカートは波打ち、その下の形を想像させてくる。
咄嗟に目を逸らした。
今、ここはラブホテルで、自分がこれまで目で追いかけていた相手と二人きりになっていることを急に生々しく感じた。先程までは自己犠牲やら嫌悪やらで渦巻き覆い隠していたものがぺらりと剥がれ、自分の中の欲望がムクムクと育っていることに気がついたのだ。心臓の鼓動が早くなるのがわかる。もちろん女性経験などなく、二人きりになったことさえ片手で数えきれるほどしかない。薄暗い明かりも、この部屋がその目的のために作られたものであることを再確認させてくる。
「起きた?」
彼女がこちらに気づき話しかけてきた。映画はエンドロールをゆっくり流している。
「あ、……うん………」
声がかすれている。どのくらい寝たのだろうか。彼女はそのまま黙って下を向いていた。長い髪が伏せた目の横で揺れた。このアンニュイで訳がありそうな雰囲気に魅入っていた気持ちを思い出す。彼女に漂う不幸な面影は、明らかに彼女を美しくさせていた。それでも、と久芽は思い出した。そういえばここのホテルに入る前、彼女はやたらと手際もよくスパスパと物を言い、初めてこんなに喋る子だったんだと思った、と同時に、かなりの常習犯で、本当にこんなことを独り長く続けてきたのだというモラルの低さとそこに身を委ねた心境の歪みにゾッとした。いや、もしやこんなことを思うのは自分だけで、女という生き物は案外知らない場所でみんなこうやってお小遣い稼ぎをしているのかもしれない。年齢としては性別など関係なく性に関して興味を持つ年代なのだし、若さに任せてそれなりの方向や遊び方でスリルを味わっているのかもしれない。もしそうだとしたら、関矢も結局、そういった日頃の憂さ晴らしにちょっと足を踏み入れてるだけなのかもしれない。形は違うがこんな簡単に自分にも出来るのなら、案外、みんなやってるのかもなぁ、、。そんなふうに、久芽はぼんやりと自分の無知さを思い、一点を見つめて呆けた顔をした。映画のエンディング曲が終わり、部屋の中に無音が流れ込む。自分がこれ以上変な気を起こさないように、帰る準備を始める。
「……帰るの?」
ドキリとした。体が固まる。
「え……映画見るだけって……」
「まだだめ。」
硬直した。これ以上何をするというのだ。いや本当の目的は果たされていないからすることがないわけではないが、これは今日することなく終わると始めに言っていたではないか。あれは、あれはうそだったのか。
ギシッとベットが軋む音が鳴る。彼女が自分の真後ろに来たことがわかった。指で背中をすーっと撫でて来る。心臓が飛び出そうだ。
「君……なんで今日ここに来たの。」
彼女はポツリといった。
「え…」
「何か、あったの?」
え。と思った。固唾を飲み込む。
「なん、で?」
「………君に初めて会った時、なんとなく君はゴミの街に自然に溶け込んでる白い綿みたいに見えたの。珍しい人だなって思った。でもね、次にまた夜に会った時、君の目が濁ってみえたの。だから君を買うなんて言ったけど、明らかに嫌そうな顔してたでしょ。君はなんとなく他の生徒とは違う方向見てたからどんな反応するのかなって思ったけど、当たり前に健全で、普通に普通をしてたから、違うんだって思ったの。でも次に話しかけて来た時、君の目の濁りは迷いがなかった。だから私も今日ここに来たの。」
目の濁り…?なんのことだ?と久芽は思った。そもそも、今日は関矢が憎くて、利用しようと思ってやってきたのだ。それが伝わったのか?どう返事して良いかわからず、久芽は躊躇った。
「……お互いのことを詮索しないんじゃなかったの…。」
絞り出すように久芽は言葉を発した。関矢はフフッと笑う。
「そうだね…。じゃあこれは、料金に含んで貰えるかな。」
そう言って関矢は久芽を振り向かせ、唇を重ねた。

赤7

メヌエットの旋律がか弱く響いている。土曜日。関矢は自分のベッドで目を覚ました。母が階下の広間でピアノを弾いているようだった。涼しい窓辺から柔らかな光が差し込んでいる。今日は朝から寝てばかりだ。仰向けに寝転がり、天井を見つめる。ずくりと腹の下辺りが痛んだ。生理痛が年々酷く重くなっている。滑らかなピアノの音に殴られたような痛みのある腹部というアンバランスさに、関矢はしばらく身を委ねた。
久芽とラブホテルに行ってから一週間経った。あの日依頼、学校で彼の姿を見かけることは無かった。別れ際彼は俯いて、じゃあまたと弱々しく言った。関矢自身はその姿を見て、愉快だとも、不愉快だとも思わなかった。それでも確かにまた会うのだろうと思っていた。それは彼がお金を求めているという理由に基づく予感かもしれないが、拭いきれない寂しさともどかしい距離感が相手の心に横たわった時、再び誘われるのだという経験値からも予想していた。しかし、今回のそれは、関矢自身にも当てはまることだった。歳の近い異性の目の暗さや闇に嵌っていく様子はまるで自分を見ているようで、更にあの人を見ているような気にもなり、関矢は久しぶりにもどかしいと思った。いや、もどかしいのはそれだけだろうか。
関矢は本来、久芽がこちらに寄り掛かってくるような自立心の無い人間であれば、あの人の情報をするりと聞いて二度と会わないと決めていたのだった。関矢がキスをした時、彼の初めてにつけ込んで、そのままなだれ込むように体を触り合うのだろうと予想していた。何もしないなんていうのはただの嘘で、相手に安心感を与えた後に自分の身体を見せ、近寄り、肉体関係をもつということが女を初めて経験する警戒心の強い男性には最も効果的だと踏んでおり、意図的にそのように行動していた。それが存外、彼は正直者で、臆病者だが、自分の殻をきちんと守り抵抗する人間だった。関矢が舌を動かし中に入れようと試みた時、彼は口を開かず、そっと唇を離した。その動作は女性に拒否をはっきりと示すのは悪いとでもいうように、優しく繊細な動きだった。それがまた、関矢の記憶を刺激した。そうだ自分はこうやって、あの人に離れられるのが怖かったのだ。

自分の前に再びその景色が流れるとは思わなかった。

自分の方が、身体を求めているのだろうか。もどかしく感じているのだろうか。関矢はおぼろげに自分の胸のあたりを触った。じりじりとむず痒いものが手の中に渦を巻いている。性欲に溺れる人間は愚かだ。

自分は常に、求められたいという、ただ一輪の花になりたかったのだと、痺れる意識の中、思った。

灰7

なんにもわかってない

僕は普通に普通をしているのに

あいつら、なんにもわかってない


今日だってちゃんと
帰る場所がある

ゆらゆらと
引きずるように歩く



ボールが足元に転がってきた

僕より小さい男の子

じっとこっちを見つめている

きっと僕にもこんな時代があった

きっと僕にも大切にされていた時代があった


なんにもわかってない
僕だって、愛されていたのだ

それを破ったのはそっちじゃないか

黃8

彼女を知ったのは、初めて一緒に夜を過ごしてから3度目のことだった。手に触れる肉質は柔らかすぎて、細い体にしては女性らしい筋肉と脂肪の重なりが贅沢に、精密に織りなし、滑らかな弾力は頭を痺れさせた。記憶を飛ばすとはこういうことかと、向こう側でやや冷めた自分がいつも見ていた。規則的に僕と彼女は2週間に一度、木曜日の深夜に出会うのだった。そして、僕は学校に行かなくなっていた。


知れば知るほど、久芽の中でこれまで揺るぎなかったものは消えていた。弟のいじめは過激さを増し、腰のあたりにコンパスで削られた跡がちらりと見えたこともあった。それでも久芽は何も言わなかった。不安を埋めるように、久芽は働き始めた。学校に行かなくなって1ヶ月ほどしか経っていないのに、久芽の中からは、既に少年の面影は消えてしまっていた。兄弟達には学校に行っていると嘘をついていたが、久芽は昼夜問わず、自分の体を売るという仕事を定職にしつつあった。若い女性ほどの需要は無いのかもしれないが、それなりに途切れる事なく若い男性というものにも需要はあった。相手は様々だが、年上の女性が圧倒的に多かった。キャリアウーマンの処女を奪うこともあれば、半世紀近く年上の主婦の相手をすることもあった。また、意外にも男性からの注文も多かった。最早久芽に躊躇いはなかった。気持ち良いとかどうとかの感覚は麻痺していたが、それなりに相手が誰であっても久芽は性行為を行えた。それが自分にも不思議でならず、逆に天職のようにも感じた。働きのかいあって、借金の減りは以前の5倍も早くなった。この調子だと20歳になる頃には完済出来るのではないかと思った。呆気なかった。自分はこれまで何を悩んでいたのだろう。続けていたラーメン屋のバイトも辞め、学校からの連絡も無視し続けた。

2週間前に流石に叔父さんの方に学校側から連絡があったのか、久しぶりに叔父さんが電話を寄越した。久芽は淡々と、学校はもう辞めると伝えた。向こうも少し黙った後、特に理由を聞くこともなく「そうか」と一言言っただけで、細かな手続きの話をして終わってしまった。こんなもんだ。どうにも、自分の命が重いと思っているのは本当に自分だけのようだった。

既に自分で客を取れるようになったので、関矢に会う必要性は無くしてしまっていたが、それでも久芽は定期的に彼女に会っていた。彼女には恩のようなものを感じ始めていた。この世界を教えてくれたのは紛れもなく彼女だったからだ。それに、彼女は自分の学生だった時も知っている唯一の人間だ。なんとなく繋がりを断ってしまうと、本当の自分を見失ってしまうような怖さもあった。久芽は自分の弱さに呆れていたが、ずるずるとこのまま商品としての自分を必要として欲しかった。

彼女とはあまり会話をしなかったが、時々彼女の方から、何か意味深な言葉を漏らすことはあった。その事にも次第に慣れてきた。そのテンポが、久芽には心地良かった。だが彼の方から彼女に自分のことを話すことはなかった。惨めだという気持ちは依然としてあった。学校を辞めたということも、普段何をしているということも、何一つ話すことはなかった。彼女との関係はこれでいいのだ。ただ時々目が合い、少しだけ笑って、抱き合う。それだけで、久芽は自我を取り戻し、同時に壊してしまった日常を蔑む事ができた。久芽の現実は非常に曖昧になり、自分がどこにいるのかも、どこに向かっているのかもわからなくなっていた。ただ増えていく金額が彼の心を満たした。お金があれば全て解決するような気がしていた。弟達には気づかれない程度に、前よりも良いものを食べさせた。雅人には訝しい顔で見られたこともあったが、バイト代がちょっと上がったのだと言って誤魔化した。春樹がすくすくと育っていくのも喜びの一つだった。休日には公園に遊びに出掛ける時間も出来た。春樹は無邪気に兄に飛びかかり、童心に返って3人でクタクタになるまで戦隊ごっこをしたりもした。雅人も束の間笑顔を見せ、久芽は暇さえあれば3人で遊ぼうと言うことにした。

このまま、全部が全部、良い方向に向いてくれるように思った。自分をこの世界に沈めるのと比例して、生活が、兄弟が、好転してくれることを願った。それは当たり前のようにも思った。自分がここまでやっているのだから、良いことがあるのは当然のことだと思った。



そんな時だった。


雅人が自殺し、
春樹は誘拐され、殺された。


久芽が、関矢と寝ている時だった。

赤8

「関矢さん、久芽のこと何か知らない?」
学校の帰り際に話しかけられ、関矢は今日初めてまともに人と喋るハメになった。女性みたいに肌が白く、ボブショートの髪には艶が光っている相手は、名前は覚えてないが確か男子生徒だったはずだ。関矢は退屈そうに相手を見据える。
「……なんで?」
無愛想に答える。そういえば、久芽がこの人と一緒にいるところを見かけたことがある。友達とかいうやつだろうか。
「いや、なんとなく。もう二週間も学校来てないし、周りの奴も先生も誰も知らないっていうからさ…。あいつ時々、関矢さんのこと気にかけてたから、何か繋がってないかなと思って…。」
相手は心配そうに答えていたが、少しこちらのことを疑っているようにも見えた。確かに久芽健志は、自分と初めてホテルに行ったあの日から、学校に来なくなっていた。自分のせいかどうかなんて一ミリも考えたことがなかったし、そもそも興味もなかった。寧ろ学校に来ないで良いなんて羨ましい限りだと思っていたため、こうやって心配する人間が現れることが、関矢には新鮮に写った。自分が消えたとしても、誰もこんな風に言う人間はいないだろうと、一瞬思った。
「別に。何も知らないけど。」
そう言って関矢は鞄をぶら下げ教室を出て行った。


本当は今夜、久芽に再び呼び出されていた。これで会うのは2回目になる。そのことはさっきの彼には言わない方が良いと思った。実際関矢にも知らないことの方が多いのだし、久芽自身が秘密にして欲しいのだろうと思ったからだ。学校は辞めるのだろうかとぼんやり考えた。

久しぶりに見た久芽は、少しだけやつれていた。それでも、引きこもっているという感じはなさそうで、むしろ関矢に会う直前までラーメン屋のアルバイトをしていたようだった。緊張感は依然としてあったが、お金の為を思ってか、前回よりもさっさとホテルの中に入って行った。一度目に、関矢は口づけを断られたことを思い出す。

中に入って、関矢は5万を渡しながら
「今日は5分で帰るから。」
と言った。えっと久芽は振り返って立ち尽くす。
「今日は聞きたいこと聞いたら帰る。お金は渡すからそれでいいでしょ?」
「あ…も、もちろん。何だっていいよ。」
関矢は一瞬沈黙を挟み、続けた。
「目白悠って男性、聞いたことない?」
「…めじろ、ゆう…?さあ…どんな人…?」
「…髪の毛がなくて、片方の目が潰れて見えない、私達と同じくらいの年の男。」
「…いや、知らない…かな…。…友達か何か…?」
「……いや。前の客にそういう名前の人がいて、脅迫めいたメールが送られてくるから、警察につき出そうかと思ってて。」
「え、危ないんだね。…でもそんなことしたら、こういう…お金貰ったりしてこういうことしてるの、いろんな人にバレるんじゃ…。」
「その辺は上手くやるから、絶対バレない。まあ知らないなら、もういい。じゃあ今日は帰るね。」

そう言って関矢は外に出た。置いていかれた久芽はえっと短い声だけ残して呆然としているようだったが、すぐに扉は締まりどんな顔をしているかは見えなかった。こんな短い会話だと、ホテルに入るまでもなかったが、人に聞かれたくはなかった。そして、先程の一部分は嘘の内容だった。目白悠という男性は、本当は迷惑な客などではなく、関矢が探し続けている「彼」本人だったからだ。久芽に聞いたところで今は知らないと言われるのがオチだと思っていたが、名前を与えておくと、いつか何かのきっかけで情報が入るかもしれない。目白が今どんな世界で生きているかはわからないが、きっと関矢の足をつけている世界の延長線上にいることは想像出来た。そしてそれはまた、久芽がこれからしばらく歩いていく世界だとも思った。久芽はきっとこのまま学校を辞める。そして、金儲けのためにこちらの世界を歩くことになるはずだと、関矢は考えていた。自分が誘い込んだようなものだが、遅かれ早かれ、彼はこっち側に来ていた。誰だって条件さえ揃えば、こういうことに足を踏み入れるのだ。

そして、一度目は彼が断り、二度目は関矢が断ったことで、久芽はもう一度自分を呼び出すと思った。そしてそこから、肉体関係が始まるのだ。

その予感は的中して、三度目、久芽は関矢を自分から抱きしめていた。

灰8

僕のことを不自由にする人間

僕を嫌う人間

僕の嫌いな人間


そんなもの、もう全部消えちゃえばいい

たとえば、僕は灰色が嫌いだ

僕は灰色の色が嫌いだ

あれは僕のものだったのに、

みんなみんな奪われていった


みんなみんな誰かのものになった


君はどうして灰色の帽子を被っているの?

頭を振って教えてくれない

その帽子を被ってた時は、みんな僕のこと

大事にしてくれてたのになぁ

ねえ、ちょうだい

そうしないと、僕君のこと嫌いになっちゃうからさ

ねえ、ちょうだい

頭を振って教えてくれない


どうしてどうしてどうして

僕君のこと嫌いになっちゃうからさ!


気がついたら、頭を押していたんだ

その日、ニュースでは豊島区のマンションで男性二人が殺害され、さらにその1ヶ月後、5歳の男児を殺害した容疑で、田端徹(16)が逮捕されたことが話題となっていた。田端は俺の学校の同級生で、クラスメイトだった。何かと問題行動の多い奴で、授業中にいきなり奇声を発したり、休み中は30分ずっと一人で机に座ってぶつぶつ何かを言い続けるような奴だった。気味悪がって他の生徒は近付こうともしなかったが、恐らく軽度の障害があったのだろうと推測できる。彼の生い立ちなどはみるみるマスメディアやネットに溢れていき、見ず知らずの他人の推測はまことしやかに囁かれ、校内でも話題のタネだった。どうやら、彼は5歳の時に両親が離婚し、父の方に引き取られていった。そしてその離婚後、父は同性の相手と住むようになった。彼の父親を知る周囲の人間はこの同棲のことを知らなかった。隣人にも弟だと紹介していたが、二人に血縁関係は認められなかった。二人の関係は、田端徹の身体の傷によって推測されていった。恐らく田端徹は、実の父親と、そしてその同棲相手に、三人での性行為を要求させられているようだった。そして時にはその行為は激しさを増し、精神的にも肉体的にも、彼は恐怖を募らせていた。だが、彼は周囲への助けの求め方がわからなかったようで、周りの人間に誰一人として彼からそのような悩みを聞いた人間はいなかった。いや、話すような友達がいなかったという方が正しいのだろうか。だが不思議なことに、警察から二人を恨んで殺したのかと聞かれると、彼は恨んではいないと答えた。ではなぜ殺したのかと聞かれた時、彼は「痛いのが嫌で、そこからただ自由になりたくて、恨むとか、そういうのはよくわからないけど、とりあえずやっつけて、痛いんだってことを知ってほしかった」と語った。事件の経緯は、その日、田端徹が持っていたナイフで、三人で首を少しだけ切って血を流すという「遊び」を含めた性行為をしていたようだが、田端徹はその痛さと恐怖に耐えきれず、二人を刺し殺したようだった。殺害後は、1ヶ月ほど連絡もなく彷徨い歩いていたようだ。どういう経路を辿って1ヶ月も行方をくらましていたかは彼自身の説明も曖昧で解明できていないが、そんな途中に、一人で歩いている男の子を見かけたそうだ。久芽春樹という5歳の男の子は、その時自宅近くでボール遊びをしており、転がってきたボールを拾い上げた田端に誘拐され、殺害された。この男児を殺した理由については、灰色の帽子を被っており、それは自分のだと思ったから返してくれと言ったが、抵抗されたので首を押したら折れてしまった、と供述しているようだった。
田端徹には恐らく精神鑑定の結果、責任能力の欠如を判断されるだろうと思っていた。3人の命を殺しながら、減刑処分の扱いになるだろう。父親と同棲相手の二人を殺害した罪に関しては、田端徹に対して世間では同情ムードまで流れていたが、どちらかというと同性愛者への批判や、その性行為のやり方に非難や好奇心の目が向けられていた。だが小さな男の子の命まで奪ったことは、やはり彼の抱える障害の「おかしさ」について、世間からは自分達とは違う恐ろしい魔物として認識されているようだった。


その一方で、不可解な偶然も起こっていた。ちょうど久芽春樹(5)が誘拐されたその日、ある一人の命もまた失われていた。それは久芽春樹の兄、久芽雅人(13)だった。彼は自宅で首を吊り自殺をしていた。どうやら春樹が一人で遊んでいたのは、兄に外に行って遊んでおいでと指示されていたからではないかと思われた。田端徹の殺害も疑われたが、彼本人はその事件への関与は全否定しており、部屋や遺体の状況などから自殺で間違いないと判断された。雅人の身体には無数の痣や傷の痕があり、彼は同級生から激しいいじめにあっていたと、彼の通う中学校で証言されていた。いじめの原因は、彼の貧困が根本にあったらしい。事の発端は彼の真面目すぎる性格を茶化すために、上履きを隠されたことにあったが、彼には上履きを新しく買うお金が無いようだった。しばらくは学校から借りたスリッパで過ごすようになったが、先生に何度注意されてもそれを無視し続け、ようやくトイレの便器の中で落書きだらけの上履きを発見したら、躊躇いもなくそれを洗って再び使いだしたのだ。女子達には気持ち悪いと言われ、男子生徒は面白がっていじめはエスカレートしていったようだった。
確かに上履きをもう一度買い換えるのは面倒くさいかもしれないが、あまりに不衛生なものは使う方が億劫だ。保護者と学校側の対応に世間は激しいバッシングを行っていたが、どうやら彼の家もまた少し複雑な形をとっていた。久芽兄弟の両親は死別し、叔父夫婦の家に預けられていたようだが、結局は面倒を見きれないと言って、距離が離れた古いアパートに兄弟3人だけで住まわせているようだった。叔父夫婦は金銭の工面は施しているようだったが、その額は闇金融の借金の返済に消えていたようだった。その事を打ち明けたのが、そう、つい最近まで一緒のクラスで俺の隣だった、久芽健志(16)だった。

彼は田端徹事件の被害者として事情聴取を受けているようだったが、彼自身が、事件のあった前後に学校を不登校となっており、不審な行動を疑われてもいた。その事を警察に問われた時、彼は正直に「援助交際で金を儲けていた」と打ち明けた。どうやらお金に困っていたのは本当のようで、その稼ぎ方を売春という行為でやりくりしているようだった。以前に俺がアルバイト先を聞いた時、彼はラーメン屋だと答えておりそれは本当のようだったが、その後暫くして突然退職し、学校にも不登校になってお金を稼いでいるようだった。
そして、事件当日、彼は関矢美紅(16)というクラスメイトとホテルで会っていた。この女性もまた、俺の同級生だった。彼女は見た目はとても美人で、更に親は大企業の社長で、日本経済を牽引している存在として名前を知らない者はいないほどだった。そんな彼女がなぜこんな平凡校に通っていたのかはわからないが、彼女はあまり身体が強くなく、自宅の近さで学校を選んだようにも思われた。そのため、学校では常に大人しく、大人しいというよりは人を引き付けないでいるといった方が正しいかもしれないが、身体が弱いから会話をすると疲れてしまって、なるべく一人にしてほしいと同級生の女子生徒に話しているようだった。美人なお嬢様に頼まれると案外子供でも立場を推し量って、言われた通りにそっとしておくものだった。取り巻きのようなものはいなかったが、信者やファンみたいなものは隠れて存在していたようだ。そんな彼女が、何故久芽健志とホテルなんかにいたのか。信者達はその事実を知って落胆しているようだったし、当の本人達も恋人同士だったと説明しているが、俺には二人が恋人だったとは到底思えなかった。確かに久芽は関矢のことを好いていたようにも見て取れたが、久芽の援助交際のことを考えると、関矢が彼氏に久芽を選ぶとは考えにくかった。そして、久芽が学校に来なくなってから二週間後、関矢に久芽の存在を聞いた時、彼女は全く動揺もせず「知らない」とだけ言って去って行った。恋人の苦労を思って隠していた、という切実さがそこにあった様には見えなかった。二人にもまた、お金の関係があったのではないかと、俺は睨んでいた。だが関矢の詳細は、ほとんど闇に包まれてしまった。恐らく父親の権力で、情報を握り潰すよう圧力をかけられたのだろう。関矢自体は事件と殆ど関係性は無かったが、少しの芽でも潰すのが彼女の今後の未来の為だと、親は判断したのだろう。

久芽一家の闇についても、度々ワイドショーで扱われていた。闇金融の違法な取り立てや、叔父夫婦の育児放棄、そして何より、久芽本人の売春行為についてだった。事情が事情とはいえ、自分達の同級生が、それも男子生徒が売春を行っていたことはショッキングな内容だった。さらに、久芽はクラスの中でも人と打ち解け合うのが上手で、健全な男子生徒というイメージをクラスの殆どの人間が持っていた。誰もそんなことで悩み、苦しんでいるとは思わなかった。俺自身、久芽は話しやすくて、こんな自分にも気さくな優しい奴だったと思っている。久芽は今回の事件のことを「どう言葉にしていいかわからない。すべてがうまくいくはずだったのに。」と答えているという。クラスメイトに加害者と被害者がいて、友達だと思っていた人間が家族を全て失ってしまったなんて、当の本人は四六時中苦しんでいたなんて、事実が恐ろしすぎてまだ飲み込めないが、父親が警視庁捜査一家で勤務している身としては複雑で残酷な事件は後を絶たないので、次第に受け入れるようになるだろうも思った。田端徹が逮捕され、事件が明るみに出てからちょうど1ヶ月ほど立つ。久芽も関矢も学校には来ていない。夏休みが近付こうとしており、若者にとっては衝撃的だったこの事件も、その期間に熱は冷めてしまうだろう。夏休み明けには二人共退学と転校をするだろうとも噂されていた。


SNSの連絡ツールから、スタンプが送られてくる。下田さんは連日事件の詳細を掴むため、あちこち駆け回っているようだった。実は田端徹事件の加害者、被害者の詳細は、親父から、というよりは、親父の部下の下田さんにこと細かく聞いていた俺は、改めてありがとうございますというスタンプを送った。


部活動に打ち込んでないため、学校が終わるとさっさと帰路に着いた。家に帰る前、いつもの公園の公衆トイレに入り、軽い化粧をして女性用のスカートに着替えた。夏は紫外線対策のため日焼け止めが3日で一本はなくなる。露わになった膝下に入念に日焼け止めクリームを塗りながら、出費がかさむ季節になったと思った。新しい日傘も買わなくちゃ。
家に帰ると、母さんが猫を撫でて、薔薇の刺繍をあしらったフェミニンなアンティーク調のソファに腰をかけている。
「あら由紀ちゃん、おかえりなさい。」
母さんは目を細めて、可愛らしく微笑んだ。この人の周りでは時間がゆっくり流れている。
「ただいま。お母さん、今日は体調良いみたいだね。」
「うん、すごく元気よぉ。お庭の薔薇も咲いてきたしね。」
そう言ってピアノの側にある花瓶を見ると、赤と黄色の薔薇が活けてあった。
「ほんとだ。綺麗。」
「由紀ちゃん、あなた最近、もっと可愛くなったわねぇ。」
母さんはじっと俺を見つめる。今日は合格みたいだ。
「…そうかな。嬉しい。照れちゃうよ。」
「ううん…。母さんね、由紀ちゃんの身体を男の子に生んじゃったこと、本当に本当に後悔しててね……。だって…男の人ってみんな野蛮でしょ……手とか、足とか押さえつけて、みんなで、みんなで私のこと……。」
そう言って母さんは震えだした。始まった。俺は母さんを抱きしめる。
「お母さん、わかってるよ。大丈夫。私は女の子だよ。男の子はこの家に居ないよ。大丈夫だよ。」
発作が収まったのか、母さんの震えは治まり、代わりにくすくす笑い出した。
「今日ね、お母さん由紀ちゃんにプレゼントあるのぉ。」
そういって後ろに隠していた小さな箱を俺の方に寄越した。ジュエリーボックスのようにも見えるが、化粧品メーカーの名前が刻まれていた。中身は、発色ピンクの口紅だった。
「わぁ、可愛い。お母さんこれ高かったでしょ?」
「ぜーんぜんそんなことないよぉ。由紀ちゃんが綺麗になるのが、お母さん一番嬉しいからね、大切にしてね。」
母さんはそう言って、もう一度俺を抱きしめた。そろそろ胸パッドも買わないと不味いかもしれない。

父さんと結婚して俺が4歳の頃、母は警察である父を恨んだ連中に拉致されて、大勢に輪姦された。それから母は心を病んでしまい、重度の男性恐怖症に陥った。父さんとは別居し、息子の自分にも14歳になるまで殆ど会ってくれなかったため、俺は思い切ってこんな格好をするようになった。心は女の子なんだと打ち明けた俺は、次第に母さんに受け入れてもらいつつある。長く時間がかかったが、俺はこれで良いと思っている。自分の性別がどうだとか、今は考えないようにした。記憶は朧だが、昔の母さんはとにかく優しかった。優しい母さんが喜んでくれる方が、何よりも大切だった。


そして、俺はもう一つ、使命を果たさなければならないと思っている。母さんを襲った犯罪者組織は、まだそのほんの一部しか捕まっていない。父さんも躍起になって追い回してはいるが、仕事のためにそう時間も割いてはいられない。そのため、息子の俺が犯罪者グループを追跡するようになった。手がかりはその捕まった組織の一人が漏らした情報だが、彼らが30人規模の10〜20代の少年達であること、またそのグループのリーダーが「目白」という、隻眼の少年である事までを吐いた事だった。だが自白した少年は、その後すぐに舌を噛んで死んでしまった。


今回の田端徹の事件とは殆ど無関係だと思うが、同じ少年犯罪として、もう一度その周辺を洗い直してもいいかもしれない。都内で起こる少年犯罪は常に追い回して、彼らのしっぽが掴めないか探っていた。

俺は部屋に戻って、スカートを巻く仕上げ、自分のパソコンを起動させた。

「これ、落としたよ」

そういって、僕のハンカチを拾ってくれた

「あ、ありがとう」

振り返ると、ニット帽を被った男の子が立っている

片方の目が、傷で見えないようだった

「きみ、こっちの目見えないの?」

「うん、そうだよ。君も、こっちの目、眼帯つけてるんだね?」

「そうなんだ…殴られちゃって…」

「そうなの?痛かったでしょ?」

「うん……ほんとはすっごくすっごく痛かった…」

「誰に殴られたの?」

「それは…言えないんだぁ…」

「そっかぁ。僕もね、これ人に切られちゃったんだ。でも僕はもう平気なんだよ。」

「平気って何が?」

「僕はね、僕の目を切っちゃった人たちを、やっつけちゃったんだ。」

「え、そんなことしていいの?」

「当たり前じゃん。だって、僕達が痛いんだから、相手も同じように痛くないと、不平等でしょ?それに、僕達はこんなに痛かったんだぞって教えてあげないと、相手は一生わかんないよ。ちゃんとやっつけたらね、相手もごめんなさいって言ってくれたし、二度と僕達は会わなくて良くなったんだ。」

「そうなんだ…すごいね…。」

「君も、一緒に自由になろうよ。このナイフ、あげるからさ。」

そう言って彼は僕に白いナイフをくれた

「ほんとうに、こんなことしていいのかな…」

「そうだね。あんまり周りの人は良くないって言うかもしれないけど、僕は君に自由になって欲しいな。君の目が、二度とこんなことにならないように。怖いなって思ったら、自分で自分のことを守るんだよ。」

そう言って、彼は去って行った


本当にやっつけちゃったあと、漫画喫茶を出ると彼にまた会った

「あ…!ぼ、ぼく、ほんとに…ほんとに…」

「ほんとにやったんだね!すごいよ!尊敬しちゃう!」

「ほ、ほんとに…?」

「当たり前じゃない!君は勇気ある行動をしたんだよ!英雄さ!」

「そ、そんな…」

「でもきっと、ここにいると、君は辛い思いをしてしまうだろうね。僕ね、誰にも見つからない秘密の場所知ってるんだ。よかったらついておいでよ。」

「え、ほ、ほんとに…?」

「うん、もちろん。僕は英雄が大好きなんだ」

そういってくれたから、ついて行ったら、

目隠しで車に乗った

暗くて、何も無い場所についた

「どこ、ここ…?」

「ここはもう、普通の世界じゃないんだよ。」

「普通の世界じゃない…?」

「そうなんだ。人をやっつけた英雄達の入れる、秘密の場所なんだよ。人をやっつけるのって大変でしょ?僕らにはその疲れを癒やす場所が必要だからね。」

そういうと、わらわらと、何人か人が出てきた

みんな僕と同じ少年だった

見た目が怖いとかいう人は、あんまりいなかった

どちらかというと、みんな優しそうな顔をしている

「安心して。この人達はみんな僕の友達だからさ。君を守るためにいるんだ。」

よろしくね、とみんなが挨拶する

あんまり人と話したことのないぼくは緊張する

「…ほんとにココにいていいの?」

「もちろん。ただしね、ここにいるには条件があって…君にも守ってもらいたいんだ。」

「…じょうけん…?」

「僕達は英雄だからさ…これからも、嫌だなって思う人を、やっつけて欲しいんだ」

「え…。ま、また人を刺しちゃうってこと?」

「ううん、刺さなくてもいいよ。ぽこんと殴るだけでもいいし、えいって突き飛ばすだけでもいい。みんなちょっと押したり引いたりしただけでも、案外簡単にやっつけられるよ。僕はね、この世の中で嫌いなものは、全部やっつけちゃっていいと思ってるんだ。例えば嫌いな食べ物とかさ、捨てちゃっていいと思うし。嫌いな人は、消しちゃっていいと思う。だってそうしないと、僕達みたいに嫌だなって思う人、いっぱい増えてくるでしょ?」

「う、うん…。」

「そしたらさ、やっつけちゃおうよ。僕達にはその素質があるんだ。世の中の人のためにも、もっとずっと自由になれるよ。」

「自由…」

たしかに、僕はずっと自由になりたかった

もっと、もっとこの苦しさから、自由になりたい

「でもね、君はきっと優しい人だから、大きな人はやっつけられないと思うんだ。だから最初は、出来るだけ小さな人を狙ったらいいよ。君の、嫌だなって思うことをしてる人とか、嫌だなって思うことを思い出させてくる人を、狙えばいいと思うよ……。嫌だなって思う小さな人はね、大きくなると必ず悪い人になるんだから…。」



僕たちは、普通の世界ではお互いのことを知らんぷりする約束をして、

普通の世界から出てきたら、

いつでもここに帰ってきていいと約束をした


安心した

僕にはまた、帰る場所がある

本当に良かった

それに、みんな、僕と同じように

普通の世界では生きられない

外側の人間なのだ

『outside』

どこまで続くか私も知りませんが試しに連載してみます。
どんどん付け足してるから普通に矛盾点ありそう…てかあります…かるーく見て下さい…。(3/30)
しばらく春樹と雅人がごっちゃになってました。←
更新しました。笑(4/12)
ひとまず、全て書き終えました。内容が内容で、重たい部分しかありませんが、書き終えることが出来てよかったです。め、めっちゃ難しかった……。(5/15)

『outside』 紺 作

  • 小説
  • 短編
  • 成人向け
更新日
登録日 2018-02-18
Copyrighted

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