白い朝顔

白い朝顔

※2007年ソニーデジタルエンタテイメント「三人十色」で配信して頂いていました作品です。
加筆&修正をしました。

いつかは…
気がついてくれるのかな?

ずっと見ていたよ

ずっと見ているよ

いつも…傍にいるよ

だから
もう

そんなに悲しまないで

そんな風に
泣かないで…  

「あぁ…また…ダメだった…。」


つい声に出してしまっていた。

また 生理が来てしまった。
…悔しい。


トイレで声を殺して泣いた。


なんで?
なんで、私たちには子供ができないの?

なんで、私はママになれないの?

大好きな人と結婚して
普通に暮らして
子供ができて…


それが“普通”だと思っていた。


子供なんかすぐにできると思っていた。


子供は、彼も好きだから
たくさんの子供たちに囲まれて
賑やかに暮らすのが夢だった。

すぐに実現できると思っていた。



なのに…

叶いそうもないなんて…。


後から結婚した友達が
次々に

【ママ】や【パパ】になっていく。

ショックだった…

友達が子供に恵まれて
嬉しくて祝ってあげたい気持ちは嘘じゃないけど

ショックだった。


「まだ、若いんだし。
焦ることもないんじゃない?」

実家の両親も彼の両親も
私を気遣って
優しい言葉をかけてくれる。

彼も…
私と同じように悲しいはずの彼さえも
私を優しく元気づけてくれる。


【私と同じように悲しい?】

悲しくて
悔しくて
独りで泣いている…。

…ママが
ママが…泣いているよ?

なんで?
なんでママのお腹に入れないの?

なんで
まだダメなの?


光のむこうから聞こえてくる声にむかって

何度も
なんども聞いてみたよ。

だけど
答えてくれないんだ。


いつもなら
なんでもすぐに教えてくれる
光の向こうからする声。

光の向こうにいる誰か…

ママが…泣いてるよ?

悲しくなった

ママの心の痛みが伝わってくる。

痛いね…ママ
代わりに泣いてあげるから…

だからもう…
泣かないでよ…。

手が届きそうなところにいるように見えるのに

ママの近くにいけないよ?

なんで?

なんで ママの傍にはいけないの?

ママがパパと一緒に埋めた
小さな希望の種。

可愛い花を咲かせるはずだった
小さな種。

毎日話し掛けていた。
優しい声で

「今日はいいお天気だね。
気持ちいいね。」


「今日は雨が降ってるよ。
お家にはいってようね。」


毎日
まいにち
パパと楽しそうに
笑いながら

大切に育てていたから

ある晴れた日に
パパが一緒にいる時に

小さな芽をだして
パパとママを喜ばせていた。

それなのに…

ママは疲れちゃったんだって。

悲しくて
つらくて

小さな芽をだしていた事も
忘れてしまったんだ。


もう
声もかけてくれない。


どんどん力がでなくなって
とうとう茶色くしおれてしまった。

ママは気がついて
ちょっと悲しい顔をして

ベランダに無造作に置いたまま
忘れてしまったようだった。

パパはそれに気がついて
とても悲しい顔をしていたけど
カーテンを閉めて
もう…見ないようにしていたんだ…。

パパとママの小さな希望だったのに…。

花が咲く頃
ママのお腹に入れるのかも?

密かに
一緒に期待していたから

とても悲しくて
泣いていたよ。

そしたら
光のむこうの声の人が
優しい声で言ったんだ。

≪ あのママが好きなのかい? ≫


好きだよ!
大好き!!

なんで 傍にいけないの?

なんでママのお腹に入れないの?


でも
答えてくれないんだ。

そっと
教えてくれたのは


先にママの傍に行った子の話。

その子のママは病気で
お腹の揺りかごを無くしてしまったんだって。

どんなに祈っても
もうその子は

ママのお腹には入れない。

その子は悲しみ
泣き叫んだ。



ずっと待っていたのに
ずっとママだけをみていたのに…


もうママに会えないの?


光の向こうから声がした


≪ あのママが好きなのかい? ≫ 

大好き!!
大好きだよ!

ママに会いたい…
会いたいよ!!


≪ あのママの事をちゃんと見ていたかい? ≫


見ていたよ!!

ずっと、見ていた。

ママの笑った顔が大好きだったのに…

最近ずっと
ママは泣いてばかりだよ?

傍に行って、慰めてあげなきゃ…
傍に行きたいんだ!!



≪三回…

三回チャンスがあるんだよ。

三回しかチャンスがないんだ。

それでも行くかい?≫


三回?


≪そうだよ…。

ママが気づいてくれるまで

傍にいるチャンスは三回。

気づいてくれたら
キミはずっとママの傍にいられる。

でも…
もし、気づかなかったら

もう…
二度とキミはあのママの傍には行けないんだよ。≫


迷って

悩んで

でも
その子は決心したんだ。

ずっとママを見てきた。

だから
きっとママが気づいてくれる!


一度目は
ママの大好きな人からもらった指輪になった


無くしても

なくしても

かならず戻ってくる

ママは不思議そうに友達に話していた。

でも…

そのうち
引き出しにしまったまま
忘れてしまったんだ。


…気づかなかった。

とても悲しんだ。


そしたらまた声がした。


≪残念だったね…
どうする?もう終わりにしようか?≫


いいえ…

揺りかごをなくしたママのお腹には…
もう…どっちにしたって…
あのママのお腹には入れないんでしょ?
だったら…

もう一度、頑張るよ。


二度目はママの大好きな曲になった


悲しんでいると
どこからともなく聞こえてくる。


そのたびに
笑顔になって

元気を取り戻す。


だけれど…


それも
そのうち

効果がなくなった。


どんなに元気づけようとしても

ママには聞こえなくなった。


心が…
その曲を求めなくなったからだ。



≪ さぁ…残るのは…最後の一回だ。


  どうする? ≫


しばらく考え込んだ。


ママがもしも笑っていたら
きっともう止めてしまって

光の向こうに帰って行ったに違いない。

でも…
ママは悲しんでいた。


「私には…もう…
赤ちゃんは来ない。」


そう呟いて
夜ひとりで泣いていた。

決心して光に向かって叫んだ。



最後…
これで最後だけど


ママのところに行きたい!!


三度目は子犬になった。

ママが小さなころ
大好きだった犬がいた。
その犬は、いつもママを元気づけていた。


ママは犬が大好きだから

だから
もしかしたら…

気づいてくれるかな?

初めてママが
犬になったその子をみつけたとき


とても不思議な感じがしたんだって。

どうしてもお家に連れて帰りたくて

会社の帰りに抱いて連れて帰ったんだって。

悲しい時も

嬉しいときも

ずっと一緒にいた犬とママ

ある日ママが呟いた。

「お前は…私のところに来たかったの?

なんでかなぁ…そんな気がするよ?
だとしたら…
嬉しいな。

赤ちゃんには会えなかったけど…
お前は私の大切な家族だから。」



光の向こうで声がした。

≪おめでとう。
最後に気づいてもらえたね。

キミは大好きなママと
ずっと一緒に暮らせるよ。

そして…
キミはこれから先
何度でもママと出逢えるだろう。

ママはそのたびに
キミに気がつくだろう。

それから…いつかは本当に、
キミはママのお腹のなかに入れる時がやってくる。

いつかママの本当の赤ちゃんとして
抱かれて眠る日がくるんだよ…。≫


その子と同じ気持ちになったのか


嬉しくて

うれしくて

涙があふれてきたよ。



そして…光の向こうの声は
同じように聞いてきたんだ。


≪ チャンスは三回。どうする? ≫


迷わず答えたよ
だって
ずっと見てきたんだ

ママのこと

パパのこと


だから気がついてくれるよ

きっと気がついてくれる!!



≪そうか…

では…

何になる?≫



あの花に

ベランダで枯れてしまった
あの花になりたい。


≪枯れてしまった花?

枯れてしまったのに…

大丈夫なのかい?≫


大丈夫だよ。
頑張って咲かしてみせる。


ベランダに放り投げてあるけれど

ママもパパも
忘れてしまったわけではないんだから!



≪ そうか…チャンスは三回。

  頑張るんだよ。≫



優しい声が遠くに聞こえる

響いてどんどん遠くになる


眩い光に包まれ
目をあけていられない


暖かい風に運ばれて


気がつくと


ベランダの隅で
倒れていた


雨の日には

なんとか腕をのばしてお水をのんで


晴れた日は
ママの声を思い出して

太陽から栄養をもらう


何日も
何日も

必死にがんばって


そして
やっと

芽を復活させたんだ

まだママは気がつかない


それからは慎重に
ゆっくりと…

でも早く育たなきゃ!

焦る気持ちをおさえて

なんとか蕾をつけれたよ!!

ママ!!
パパ!!


お願い!
気がついて!!

ここだよ!


ここにいるんだ!!


ママのお腹には
まだ入れないけど


ここにいるんだよ!!

「もう…治療やめようか?

そんなに辛い思いをしてさ
お金もこんなにかかってさ

治療する意味…本当にあるのかな?
そこまでして…
子供を手に入れる必要が本当にあるのかな…?」

彼の言葉がつらかった
子供があんなに好きで、欲しがっていた彼が

諦めようとしてる?

「なんで?
私がダメだから?」


「違うよ!!
でも、きみが…
そんな顔のきみは
もう見たくないんだ。

二人だけの生活でもいいんじゃない?」


なにも言い返せない。


生理が来るたびに
塞ぎこんで
泣いて
喚いて


彼だって疲れている。


わかっている…
わかっているのよ…。

『でも、赤ちゃん欲しいのよ。
私だってママになりたいの!』

言えない…
言えなかった。


諦められないのに…

彼に言えない。

頬を何かが撫でて行く

風?


風が吹いてきた?


あぁ…
窓があいていたんだ。

空気の入れ替えしようって思って
急に違和感でトイレに駆け込んで…
だから、そうだ…
窓が開けっ放し…

閉めなくちゃ…肌寒い…身体冷やしたらダメなのに…。


ベランダ…

最近何もする気になれなくて、汚れて散らかっている
片付けようかな…

ふと目をやると

転がっている小さな鉢
枯れてしまった小さな芽


まだ…捨ててなかったんだっけ?
枯れてしまった小さな…

「えっ?!」

枯れてしまった?!


「ねぇ!!これ!!みて!!」


思わず大声で彼を呼んだ。


「ん?どーした?」


「こ…これ!!」


ベランダに出て
小さな鉢を大切そうに抱えて微笑んだ彼女
喜びと
驚きで
手が震えている。

「花が…小さな花が咲いてるのよ!!」

それは
小さなちいさな
真っ白い朝顔だった。

ママは言ったんだよ。

嬉しそうに微笑んで
悲しい涙ではなくて

あたたかい涙をながして
そっと言ったんだ…。

「ありがとう。
少し休んで、また頑張るから。

だから絶対に、
ママとパパの子供で生まれてきてね。」



ありがとうママ!

ありがとう!

気づいてくれて
ありがとう!


ずっと傍にいるよ

いつかは
必ず
パパとママの子供でうまれるから

だから待っていて
もう少し、待っていて!!



光の向こうから声がした。

≪…おめでとう。
気づいてもらえたね。
よく、がんばったね…。≫


優しい風が、
小さな小さな
真っ白な花を揺らしていた…。

白い朝顔

白い朝顔

記憶鮮明に想いは残るはずなのに何故消えてしまうのでしょう?気持ちに余裕がないと見失ってしまう奇跡は日々の小さな出来事にあるはずなのに。 親になる意味、なろうとする意味、生まれてくる意味…そんな事を考えていました。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-02-18

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 1
  2. 2
  3. 3
  4. 4
  5. 5
  6. 6