*星空文庫

友達

紺 作

通りすがりに黒いジャンパーを着た男が舌打ちをした。
ゆっくり前を見ても歩いている人はほとんどいない。舌打ちは自分にされたのだと分かると、ガーッと心が乱れ始める。いつからか、ゆりかは自分でも気づかないくらい左右にふらふら揺れながら歩くようになった。不規則な歩みは不気味で多くの通行人の邪魔だった。ほどよい風はぬるく感じた。道端の草を思い切り踏み潰し、心を落ち着かせた。病院に行く途中、ゆりかはいつも悲しくなった。道の途中でこんな事がしょっちゅう起こる。だが病院以外の約束が今の彼女にはなかった。自分は真っ直ぐ歩いているつもりなのにいつも非難されているみたいだ。今日も病院でそのことを話そうと思ったが、医者はまた単なる被害妄想ですと言うだろうと思った。違う。被害妄想だと言うあの医者はヤブ医者の給料泥棒だ。私が邪魔者なのは正しいことなのだ。


彼女は多くのものを許せない人間だった。細かなことも大きなことも、正しいものを好み、正しいことを言った。正しさは自分を支え守るものであり、曲がったことや卑しいことや醜いことは憎悪すべきものだと思っていた。大人は正しい人間を愛し、間違っている人間を鬱陶しがる。と、信じていた。それこそが彼女の間違いだと気づいたのはいつのことだったか。年齢と共に複雑になる自我や人間関係に追いつけなくなり正しさだけでは身を滅ぼすことを知った。罪やずる賢さや欺きでしか守れないものがあることを、沈む水の中、ゆっくりと噛み締めていた。17歳の春、彼女は自殺した。


夢を見た。
子供の声が聞こえる。

「なんでもきれいなものすべてをたべてるうちに、わたしはふくらんでうごけなくなった、こころがくるしいならあいにいくよ、きみはわたしのやさしさだから、ひとつとしてまちがったことはなかったんだよ、ころしにいこうころしにいこう、さんはいせーのでころしにいこう、わたしをおかしいというやつはわたしをわかっていないやつ、ころしてもなにもわるくないよ」


甘えた声のうただった。誰かが私に言っている。自殺は未遂に終わり彼女に後遺症は残らなかった、が、以前以上に酷くふさぎ込み人を信頼出来ないでいた。それでもこの歌を聞くとしばらく元気になれた。朝に目が覚め、約束を守れ、人を笑わせ、しゃべるのが好きになった。彼女はこの夢のことを友達と呼んだ。友達は時々会いに来ては彼女が言えないようなことをちゃんと言ってくれるのだった。嬉しかった。友達が会いに来ない日が続くと不安定さは激しくなった。多くのものを壊し多くのことがどうでもよくなり自分を傷つけ日常をぐらつかせた。明日が来ることを信じられず今日で全ての感情が決定されると思っていた。絶望の一色だった。
友達はこうしゃべった。

「わたしのくるしみはわたしだけのものだから、わたしはちっともかなしくない、みんなはあたまがおかしいね、あたまをもいでつめをはごう、かぞくのまえでりんかんしよう、あかごをはらませころしてしまおう、みているやつはしけいにしよう、まだまだたくさん、たのしいこといっぱいあるね」


彼女の日常は死への興味でいっぱいになった。死の縁に立つ人間をいつまでもいつまでも眺めていたかった。そしてそういう人間にじぶんもなりたかった。ともだちにちかづきたかった。




病院と家を通う生活を繰り返し送る生活は3年目に入った。頭が冴えると自分の症状が病気であることを理解出来た。他人と自分の境界線を理解し、世の中からどう見られているのかも把握した。友達のことも彼女なりの分別で非現実的な幻聴だと理解出来た。それらは世界の正しさだと思った。

友達とはもうここ一年会っていない。
回復の兆候だと医師は言う。



だが、友達は既に夢ではなくなっていた。

『友達』

私の友達の話です。(嘘)

『友達』 紺 作

  • 小説
  • 掌編
  • 成人向け
  • 強い暴力的表現
更新日
登録日 2018-02-17
Copyrighted

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