*星空文庫

5 雨

デザート トリップ 作

「知らーん。気づいたらここにいた。」その丸坊主の足はドロドロで裸足だった。彼の瞳は虚空を見つめ続けた。その笑いは引きつっていて、かつ開け放たれたように笑った。

その笑いにおじさんはかすかに後ずさった。

おじさんには掌のマメや割れた爪が痛々しく思えた。

「なんなんすか、おじさん。おじさん、誰?」


彼にはおじさんが棘がなく、隙間で丸くなりながら外を歩いているような小さい人に見えた。おじさんはでっかいサングラスをかけ、表情が見えなかった。
彼はおじさんの殺気にすら気付かないまま、敬意も払わずにぼけっと独り言のように質問をした。

(なんじゃこいつ)おじさんは再び思った。

「お前金払った?」おじさんは変わらぬ軽やかな口調で聞いた。

おじさんは重心である腰にぬらりと重さを預けながら、無いかのようにひょいと片方の足を少し前に出した。

彼はどうやら店長が寝ている間に勝手に野良猫のように入り込んだらしかった。
「あ?」彼は首を傾げた。

「まあ…いいか」おじさんは彼の隣に座り、とりあえず彼を無視し、煙草をふかしながらテレビに見入った。

彼はとりあえずおじさんを無視し、変わらず突っ立ったまま手をひらひらさせながら虚空を見つめ続けた。

「あああ…、、また、きちゃったああ…!」彼は苦しそうに笑いながら息を止めては吐き出し、止めては吐き出しを繰り返しながらぐぐぐと背中を丸め両手で思い切り胸を掻きむしった。

おじさんは驚き、口をすぼめ、目玉を見開いて横目で彼を見た。

彼は悲しかった。また煙が胸から出てきた。変哲のない雀荘にずらあと煙は出続け、天井をすり抜けていった。

「これ、どうにかしてくんないすか?」彼は胸の内側がえぐられたような感触だった。毎回のようにそうだった。

「どうしたの?」おじさんは心配そうなそぶりをした。
「いいや。単純だけど説明めんどくさいんだ。ただ理不尽なだけさ」彼は早口で言った。はっとした。余裕をなくしていた。
「どうしよう、どうしよう。もう、今日で壊しつくしちゃったんだ!ねえ!」

「何を?」

「きっと花束、どっかに忘れてきちゃったんだ…」

「は?」

彼は何事かぶつぶつ呟きながら変わらぬ体臭で胸を搔きむしり続けた。

おじさんは少し分かったような気がした。不安と刺激の匂いだと思った。
「まあ落ち着け。これでも飲め」おじさんは手にしていたお酒をお猪口に少し震えながら注ぎ手渡した。

彼は搔きむしる手を止め、ピタリとお猪口に目の焦点を合わせ、奪うようにして飲んだ。とろりとした冷たい液体が体に堕ちていった。

「っぷはあ!!」彼は目をキラキラさせておじさんを見た。

「これ、うま!」



(こいつでしばし楽しむか)おじさんは思った。

『5 雨』

『5 雨』 デザート トリップ 作

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2018-02-14
Copyrighted

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。