*星空文庫

月の領主

如月 康志 作

旧約というのがあるのですが、それに付随して書いたものを、書いたことさえ忘れていたのですが、この前思い出したのでアップしてみました。

はい。なんとなく書いた感じです。

月の領主   

 『神々の時代』
 私たちが想像するよりも遥かな昔、私たちが神々と呼ぶものが光と闇を用いて、私たちが住む多くの空間を創造した時代。その数多の空間の根源とも言える光と闇の力を、神々の意向と反し、自らの力として使用するものが現れた。そのものたちは、自らの力をより強力なものにしようと考え、光の力を使うものは光と融合し、闇の力を使うものは闇と融合した。そして、そのものたちは神々をも凌ぐ力を持つようになった。しかし、そのものたちはそれだけでは飽き足らず、多くの神々の力とも融合し、自らを光の神・闇の神と称するようになった。しかし、それでもなお、そのものたちは神と呼ぶにはあまりにも未熟な存在だった。
 やがて、神と称するものは、自らの力を誇示するために小競り合いを始め、しだいに神々が創造したすべての空間を巻き込む大規模な光と闇の争いへと発展した。同じコインの裏と表が互いに共存し依存しているように、激しさを増すことはあっても、それが静まることはなかった。争いが激化する中、残った神々は空間を再編成するため、空間内の全てのものを破壊する目的で光と闇との争いに挑んだ。全てのものを破壊しようとする神々、それを阻止しようとしつつも互いに争いを止めない光の神と闇の神、永遠に近い時が流れてもその争いに決着がつくことはなかった。
 永遠に続くかと思われたその争いに、あるとき意識を持った“無”が現れた。“無”の目的は文字通り全ての根源ともいえる空間、そして神々を無に返すことであった。“無”にはその性質上、神々の力も光の力も闇の力も通用しなかった。“無”の参戦により、争いは急速に終焉へと向かった。“無”の力により、神と称するものから光と闇は解放され、争いに生き残った神々は、残された唯一の空間で世界の再構築を開始することとなる。かつて神と称したものは“無”により、完全に力を失い、固体としての永遠に近い時間を失い、その記憶も存在意義もあやふやなまま再構築されたひとつの星に地を這うよう義務付けられた。それは神と称したものが世界に対して犯してしまった罪の償いであるとともに、神々の審判と、“無”からの監視を受けるためでもあった。これが、私たちの記憶の最も深い部分にある最初の争いと、その償いである。しかし、かつて神と称したものは、その多くのものがその記憶すら呼び戻せずに今日では日々を暮らしている。いがみ傷つけあい、依存と所有欲を愛と称し、不毛で虚ろなまま生き、いつかは救われる日をただ待っている。記憶を呼び戻し、自分たちの存在理由に気づくことができたならば、そこから何をすれば救われるのかを見出せるものを・・・・。かつて神と称したものは、いつの日からか自らの名称をヒトと呼ぶようになった。



変わりの無い日常。

 今日はここのところずっと続いている雨により、私は気分が優れず頭痛に悩まされていた。しかし、最近なにもやる気が無く、人づきあいも職場以外では殆どすることが無くなっている自分を奮い立たせるように、私は頭痛薬を飲み、梅雨の雨の中をバスに乗り西へと向かった。行き先はどこでもよかった。目的もなかった。ただ、誰も来る当ての無い暗くて湿度の高い京都市内のワンルームマンションに一人でいるよりは気が紛れるように感じた。私の中の何かが変わったせいなのか、それとも私が何かの原因で社会に適合できなくなったのか、理由はよくわからないままであるが、社交的であったはずの私の周りには友人と呼べる人物は今や一人としていなかった。学校卒業後好きで選んだ今の職業に対しても、何の魅力も仕事に対する責任も感じなくなってしまっている。すべてがつまらなく感じ、自分の命ですらくだらないものに感じている自分をただ客観的に見ていた。しかし、それでも尚私には周囲の人に『この無気力感から誰か私を助けてください。』とはどうしてもいえなかった。言ったところで理解してもらえるとも思わなかったし、助かるとも思わなかった。京都駅初のバスは、多くの客とその中の一人である私を乗せて、まとわりつくような湿度を含んだ風とともに嵐山へと向かった。
 バスは常盤を過ぎたあたりの信号の手前で、エンジンの故障によりその場からうごかなくなってしまった。運転手はしばらくの間何度もエンジンをかけなおしたり、故障箇所の点検をしたりしていたが、やがて諦めたように携帯電話を取り出しバス会社に電話を始めた。電話終了後、運転手は客に向かって深々と頭を下げて、もうしばらくすると代わりのバスが来ると言った。とくにあての無い私であったが、待つ時間が惜しく感じ、その場でバスを降り、傘を差して歩くことにした。
 私は丸田町通りを少し西に歩き、2つ目の信号で南に下がり、右手に映画村を見つつ、しとしとと降り続ける雨を避けるように程近くにあった図書館に入った。その図書館は、どこの地域にもある、ごくありふれたものであった。私は時間つぶしにまず哲学コーナーの本を手に取りパラパラと読んでみた。確かに哲学には人をひきつけて止まない魅力があり、そこには人が人として生きるための真実が隠されている様に感じる。しかし、同時にそれは体現することが難しいものであることも理解していた。なぜなら、自分も含めて人は、救われたいと願いつつも、それは他人や自分の身の回りに起きる事柄に期待しているのみであって、実際には自分自身を自分自身で救おうともしない。にもかかわらず、それは時として快楽への渇望にも似た感情として各々の身を焦がす。それが本当の救いといえるのであろうか?また、生き方・考え方・宗教の違いの問題もある。救いとはすべての人がすべての人を哀れみ慈しみあうことにより始めて体現できるのではないかと私は感じる。しかし、それが極めて難しいことであることも、他人に言ったところで理解してもらえないことも知っていた。それ故私は沈黙する以外の方法を知らない。
 続いて私は、考古学関係コーナーで一冊の古びた本を見つけた。背表紙には『神々の時代』に関する伝承と碑文。とあった。一度も聞いたことの無いタイトルであった。本を手に取り開いてみたところ、その内容は考古学者である著者自身が世界各地を旅する中で、アフリカの未開のジャングルに行き、そこで発見したとされる、象形文字で書かれた碑文『神々の時代』を、著者自身が残りの生涯をかけて解読し、独自の解釈をつけたものであるようだった。読みふけるうちに閉館間際になってしまったため、この本を借りるため図書カードを作り、そこに住所を書き、次いで藤井音雪と自分の姓名を記入した。図書館を出ると、雨はいつの間にか上がっており、傘を差す必要はなくなっていた。私は来たときと同じようにバスに乗り込み家路に着いた。京都御苑前でバスを降り、近くにあったファーストフード店でハンバーガーと飲み物を買い、我が家である日のあたらない暗い部屋へとたどり着いた。遅めの夕食を摂り、その後シャワーを浴びて私はいつの間にか眠りについていた。

導き手との出会い

 翌朝、いつもより速く起床した私は、早速本の続きを読み始めた。すぐに仕事に行かなければならない時間になったが、それでも私は続きが気になり、職場に仮病を使って休日を取り、読み耽った。著者によると、その碑文は大きな一枚の黒色の岩石に刻まれていて、光が当たると文字が銀色に輝いて見えたという。しかし、残念ながら、深いジャングルに飲み込まれてしまったかのように、他に文明が在ったと思われる痕跡は碑文以外何一つ見つからなかったとのことであった。それ故、その碑文の信憑性自体が学会では疑わしいとされ、その話すらタブーとなっているのが現状であると著者の嘆きによって本は締めくくられていた。残りの文を夢中で一気に読んだところで、もうすぐ正午になろうとしていることに気づいた。きしむ玄関の扉を開くと、とても心地よい春の日差しが私と暗い部屋を照らした。私は日の光を求めるように身支度をし、特に当ての無い散歩へと出かけた。
 烏丸通から丸太町通りを東に歩いていると、バス停の前にちょうど平安神宮行きのバスが停車していたので、私はあわててそのバスに乗り込んだ。バスは昨日のようなトラブルを起こすことなく、乗客を目的地まで無事に運んだ。平安神宮でお参りした後、私は南禅寺に向けて歩き始めた。歩きながら、私は『神々の時代』について考えていた。それ自体は世界各地に点在する神話に共通する部分があるように感じたが、それよりももっと自分自身の中の深い部分で、言い知れぬ懐かしさと哀しみを覚えてしまっていることに気づいた。碑文の信憑性など取るに足りないくだらないことのように思えた。南禅寺についた私は、水路閣を眺めながらあれこれと考えていると、目の前に白髪で長い髪の毛を結わえた紳士風の老人が急に視界に入り込んできた。その老人は私を見て、いきなり話しかけてきた。
 「君は謎を解く鍵に出会ったのだね。」 
と唐突にいった。いきなり不躾な人だと私は感じた。
 「何のことでしょうか?」
と私が切り返すと、老人は、
 「あれだよ、形は出会う人物によってそれぞれ違うが、おおむねそれは私たちの最も古い共通の記憶を呼び戻すものであり、大体は『神々の時代』と呼ばれるものだ。」
「あなたは?」
「私も以前それに出会った。それによって私の人生のすべてが変わった。しかしそれに出会えるのは、それに気づけるものだけだ。人生とは何か、救いとは何か、私たちが生きることにどれだけの価値と意味があるのだろうか? と君は考えていたのではないかね?私は、そういう人物をかぎ分けて、その中でも『神々の時代』に触れた人物たちを適材適所に導く導き手として生きている。」
正直、この老人は胡散臭い人物に思えた。しかし、老人の言葉に非常に惹かれている自分がいることにも気づいた。そこで私は、この老人にある質問をしてみた。         
「あなたにとって神とは何ですか?」
老人は間髪おかずに答えた。
 「それに答えるためには、まず、君自身が神についてどう思っているのかをおしえてほしいが?」
と老人はいった。
 「私にはわかりません。神が存在するのか、存在しないのか、それ以前に自分の存在意義さえわからない私たちには、それには答えることはできないように感じます。また、神について発言するとき、私たちは自分の中の都合のよい存在を作ってしまいます。だから、私にはそれについては答えられません。」
と私は思ったままのことを言った。すると老人は、
 「良い答えだ。やはり私の目に狂いは無かったようだ。私もその通りだと思うよ。だが、一つの例えとして聞いてほしい。まず、とてつもなく大きな実験室のような場所がある。そこで行われる実験は、いきとしいけるもののために、よりよいものを作り出すための目的で行われている。そして、そこでは私たちがいる空間内の宇宙や銀河系などは、すべてを集めても、極小のウイルス一つ分の大きさにも満たない。その空間は、一つのフラスコに入れられている。そして、一つのウイルスよりもはるかに小さい私たちもその中にいる。実験を続けるためには、その容器であるフラスコは絶対安全でなければいけない。そのため、フラスコは管理者としての自我を持つようになった。それが神である。しかし、そのフラスコの内容物の実験結果次第によっては、フラスコ自体が内容物とともに破棄される可能性もある。そこで、この実験が終わっても、いずれ種としてフラスコの外にすべての記憶を運ぶものとして、神は実験者に気づかれないように、ひそかに自分の似姿を創った。それが人の始まりである。
 人は当初永遠に近い時間を持ち、フラスコ内で起こった全ての記憶を外の世界に運ぶ種としての性質上、フラスコ内の他のものと精神的に融合する力を与えられていた。さまざまなものと融合する中で、人は争いの意識と劣等感の意識とを自らの中にとり入れた。そこまでは良かったのであるが、争いの意識と劣等感の意識は人の正常な判断力を完全に麻痺させてしまった。その後、人は光と闇に分かれ争いを始め、フラスコ自体の存続にも影響を及ぼし始めた。人はこの時点では、全てを受け入れる器として、まだまだ未熟であり、あまりにも純粋な存在であった。
 その争いの結果、神は人の魂の未熟な部分を矯正するために、一つであった人の魂を
分割し、それぞれに肉体を持たせ輪廻転生させることにより、喜びや痛み、死の苦しみを与えることにより、より浄化された存在となるようにした。いつの日か、いずれ一つの魂として再構築されるための神の意向であった。
 と・こんな感じだね。」
と老人は一気に話を聞かせてくれた。それは、『神々の時代』の彼なりの解釈であるように思えたが、そこには真実があるように感じた。しかし、その場合、一つの疑問が残る。“無”とは何であるのか?それは老人の口からは語られてはいなかった。老人は、私の疑問を察したかのように口を開いた。
 「全てを私の口から語ることはできない。真実が目の前にあっても、それが本物であるかどうかを注意深く見極めるだけの洞察力を持たなければならない。それに気づき、その道を歩むのは自分自身に他ならない。自分を救えるのは自分自身でしかないこととおなじようにね。それぞれの道を見つけるのは、他人ではなく、自分自身なのだから。」
と、老人は全てを悟った哲学者のような発言をした。
 「あなたは一体何者なのですか?」
私は純粋にこの老人に興味を持ち始めた。
 「今から時間にして、約10.000年前、この星の人は機械文明を築いた。その文明はこの地上で栄華の頂点を極めた。しかし、それは星の限りある資源と命を過剰に使った結果であり、そうすることによって人は栄華とは別の悪をも作り出した。大地は腐り、風は生物にどんな薬を使っても癒されることの無い疫病を運び、生命の源であった水は、生命を削り落とす毒素を含んでしまった。人は汚れの無い新しい土地を求めてあらゆるところに移動した。しかし、それは再び同じことを繰り返しているに過ぎなかった。そこで、新しい土地を求めるとともに、自分たちの領土を守るために、人は人同士で争いを始めた。それは結果的に人が築き上げた文明をも衰退させ、そしてついに人は星自体を滅ぼしてしまう兵器を作り、それを使用するに到った。
もちろん、それに対抗しようとする勢力も現れた。彼らは、禁断の方法を使用し、光と闇の力を得て、人々からその並外れた体力と生命力から、最強の魔法剣士と呼ばれた。闇の力を得た魔法剣士は、兵器や汚れた大地や風や水を自分の中に取り込み吸収し、エネルギーに変換した。そのエネルギーは光の魔法剣士に託され、光の魔法剣士は、そのエネルギーを基に清浄な大地と風と水を紡いだ。浄化された星で人は初めからやり直すこととなった。光と闇の魔法剣士は、同じ過ちを二度と繰り返さないために、人々から機械文明の記憶を消した。そして、月日を経て、衰退と栄華を繰り返し人は現代にたどり着いた。
私は、そのときの光の力を得た剣士だよ。」
と老人は言った。にわかには信じがたい話であったが、それと同時に、この老人はなぜ私にそのようなことを打ち明けるのかが気になった。老人は続けた。
「この世界には人々の行く末を案じ、非常に注意深く物事に気づくことができる、いわば人々を導く道標となる存在がいる。それはそのものが統率者になるということではなく、一人ひとりが自分自身を救えるように、気づきと慈愛を人々にもたらせる存在であり、そのような存在がどうしても必要なのだ。」
と老人は、やや切迫した様子で続けた。気がつくと、日は西の空に消えようとしていた。
「私は光の力を得てしまったため、光の無いところでは活動ができない。また会うこともあると思うが、今はこれまで。」
と言い、老人は日没とともに跡形も無く消え去った。

闇の魔法剣士との出会い

自らを光の魔法剣士と名乗った老人と別れた後、私は、彼の言葉が真実であるかどうかを未だに疑問に思っていた。そこで、私はある試みを行うことにした。もし、あの老人が本当に光の魔法剣士であって、私の存在に気づいたとするならば、闇の魔法剣士にも同様に会えるかもしれないと言うことである。つまり、光の魔法剣士が存在するならば、闇の魔法剣士も存在し、もし本当に闇の魔法剣士がいれば、老人の発言に確信が持てるということである。私は急いで家に帰り、闇の魔法剣士に会えそうな場所を検討した。その人物に会うためには、闇であるゆえに、光の当たらない場所に行かなければならない。私は、マンションのガレージに、購入してから殆ど乗っていない50ccのスクーターがあることを思い出し、それにまたがってセルを回したところ、問題なくエンジンがかかった。路上にでてセルフのガソリンスタンドで給油し、私は京北町へ向かった。闇の魔法剣士に合うには、人口の光や星の光が当たらない場所で、しかも、手付かずの自然が多く残る場所での純粋な闇であると感じたからだ。
私は162号線を北に向けて走り、常照皇寺前の山道を、美山町に向けて走った。山道の暗さは、それだけで私に恐怖感をもたらした。私は恐怖感に駆られ、スクーターを運転しながら途中何度も何度も後ろを振り向いた。しかし、そこには、闇夜に消えていく木々が見えるだけであった。しばらく走ると。木々に覆われ、町の光も星の光も届かない場所にたどり着いた。私はスクーターのエンジンを切り、携帯電話の電源をオフにして、闇の魔法剣士に会えることを心の中で念じて、ただひたすらその場で待った。時折、夜鳥の鳴き声や木々のこすれあう音がするのみで、あたりは完全な闇であった。
目が暗闇にようやく慣れてきたころ、ようやく私の中の闇に対する恐怖心も薄れてきた。そして、ただ私自身が疑心暗鬼になっていただけであり、実際には何も怖いことなど無いと感じた。確かに山奥である故、猛獣に襲われる危険はあるものの、それ以上に、自分自身に暗示をかけ、自分自身を限定してしまっている自分自身のほうがよっぽど自分にとっては危険な行為なのではないかと感じた。本当に自分の身の回りに注意深く意識を集中して気づいていれば、猛獣に襲われる等の危険は未然に防げるのではないかとも感じた。
しばらくの間、そのようなことを考えていると、目の前に漆黒のマントを纏った黒髪の女性が現れた。伝わってくる威厳や、そのとても優しそうな表情から、直感的にこの人物が闇の魔法剣士であると感じた。これであの老人の発言に確信が持てると感じた。
「君は、光の魔法剣士にあったのね。それから君は私を探した。」
と彼女は私に尋ねた。
「はい。その通りです。このような静かな場所であれば、闇の魔法剣士に合えると思いました。」
と私は答えた。
「私は、光の魔法剣士と違って賑やかなところが苦手でね。あの喧騒に比べれば、ここはなんと静かで美しいことか。」
と彼女は夜風に耳を傾けるようにいった。
「あなたは闇の魔法剣士なのですか?それとも、そのようなものとは全く異なるものですか?」
「確かに闇の魔法剣士と、そう呼ばれてはいるわね。でも君はどう思う?読み方など大して意味の無いものよ。大切なのは何を見てどう感じるかの方がよっぽど大切よ。その上で、君は私の存在をどう思う?」
私は正直どう答えて良いかわからなかった。闇の魔法剣士の言葉は深い哲学性を含んだなぞかけのように感じた。ただ、闇とともに生きてきた彼女には、私にはわからない悲しみや苦しみがあったのではないかとも感じた。しかし彼女の笑顔は限りない慈愛を含んでいた。彼女は続けた。
「沈黙こそが最高の英知って感じね。言葉にした思いは、言葉以上の効力を持たないし、それが言葉を通して相手にどこまで理解してもらえるかもわからないしね。でも人は、言葉を使うことに慣れすぎて、言葉以外の方法で感じたり気づいたりすることを忘れてしまったようね。だから、あなたにも言葉を使って話すわ。私とあいつが最強の魔法剣士と呼ばれた時代から現代に至るまで、人は人同士で幾度となく破滅的な争いを行った。その後始末のために、その度に私とあいつは星の浄化を行った。浄化の必要性がわからない人の中には、私たちのことを、全てを破壊する魔王と呼ぶ者までいたわね。で、長い年月を経た今、結局のところ人は、あのころと未だに変わらずにいて、相変わらず愚かな争いを続けている。そしてあの時と同じように大地や風や水が腐り始めている。私とあいつがしてきたことは、結局人の愚かさを助長していただけで、人が導かれるべき方向へは何ら進んでいないということだった。そして、おそらくこのままではその愚かさゆえに、神が人を見捨てる日も近いことも私とあいつは感じていた。そこで、何をすれば人が現状の愚かな状態から変容することができるかを、私とあいつは長い間考えた。そして、一つの結論に行き着いた。それは、人が人を救うこと、一人ひとりが自分自身を救うことを始めなければ何も変わらないということであった。その救いが人の中で芽生えたならば、人は自分たちにとって何が必要で何が必要ではないのかを自ずと見出し、愚かな争いはなくなるのではないかと考えた。それを実現するためには、私とあいつが魔法剣士としての力を一切使わずに、人の行く末の見守りに徹することが必要であった。」
と闇の魔法剣士はいった。つまり、私たちの行く末は、神でも最強の魔法剣士でもなく、いまや私たちが行う全ての行動に対して、私たち一人ひとりが全責任を取らなければいけないということであり、助けも救いも自分たちで実現しなければならないということであり、それができなかった場合、神による審判は私たちから種としての役目を失くしてしまうかも知れない。その場合、私たちは本当の意味で存在意義をなくしてしまうのではないだろうか。ふと気づくと、東の空がほんのりと明るみ始めていた。闇の魔法剣士は続けた。
「もうすぐ朝になる。今はひとまずお別れだけど、一つ忘れないでほしいことがある。それは宇宙も空も神も、君が気づかなければ、それは意味の無いものに等しい。どう生きるかは君次第であるけれど、ありのままに気づくことによりきっと全てが変わるはず。そして、“無”に会ってちょうだい。“無”は光や闇の性質に極めて近いけど、全く異質のもの。そこで謎が解けるはずよ。君ならきっと会えるわ。」
と闇の魔法剣士は言い、朝日とともにどこかへと消え去った。私は再びスクーターに乗り、京都市内へと帰った。スクーターを運転しつつ、私は闇の魔法剣士の言った言葉の意味を考えていたが、あまりにも規模の大きな内容であったため、容易には理解できなかった。しかし、光と闇の魔法剣士の存在は、紛れもない存在であった。

“無”との出会い。

自宅に着いた私は、昨夜寝ていなかったこともあり、そのままベッドに倒れこむように眠りについた。目が覚めて気がつくと、まもなく夕方の5時になろうとしていた。マンションの外に出てみると、まだ明るい空に満月が昇っていた。闇の魔法剣士は、“無”は、光や闇の性質に極めて近いが、全く異質のものと言っていた。光の性質を持つ魔法剣士には日の光の下で出会え、闇の魔法剣士には闇の下で出会えた。つまり、そのどちらでもないとすれば、それは月の明かりの下ではないのか?そう考えた私は、京都の地図を開き、月に関係のありそうな場所を探した。古都である京都にならば、月の存在を何らかの形で祭ってあるのではないかと感じたからだ。そして私は地図上に、松尾大社の南に月読命を祭った月読神社という神社を見つけた。月読命とは、古事記に登場する伊邪那岐神が黄泉の汚れを落とすために禊祓えをした際に右目から生まれた神で、夜の食す国の統治者であり、
紛れも無く月神として信仰されている存在である。私は、リュックに京都地図を入れて、早速スクーターに乗って出かけた。烏丸丸田町を南に進み、四条通に出たところで松尾大社に向かって西にスクーターを走らせた。松尾大社に着いたところで南に曲がると、その場所はすぐに見つかった。思っていたよりも小規模な社であったが、威厳と神聖さが鳥居をくぐる前からも感じることができた。鳥居をくぐると、その威厳と神聖さがより増して伝わってきた。夜空には満月がかかっていた。お参りを済ませ、境内にある舞殿から本殿を眺めていると、私の頭の中に直接声が聞こえてきた。
 「君の事は、かつて最強の魔法剣士と呼ばれたものから聞いていたよ。もうそろそろ来る頃かなと思っていたよ。君は『神々の時代』に出会った人物であるから、もはや言うまでも無いと思うが、私が“無”と呼ばれた存在だ。」
と、直接頭の中に語りかけてきた声は言った。今までであれば、疑念を抱いていたかもしれないが、今は全てを受け入れることができた。すると、月の光が目の前に伸びて、そこに銀髪で少女とも少年とも判別しがたい人物が現れた。その姿を見た瞬間、私はとてつもない神聖さを感じ、圧倒されてしまった。“無”は再び頭の中に直接語りかけてきた。
 「私は、この星ではあの月と呼ばれる天体に宿っている。私はフラスコの外から来た存在であり、それ故、この世界の干渉を全く受けないものである。神々の時代に君たちは、いずれフラスコの外に光と闇の争いをもたらす種となってしまった。そこで、それを阻止するものとして私がこのフラスコ内に派遣された。」
と“無”である月神は言った。月神はさらに続けた。
 「君たちはいずれ全ての記憶を運ぶ種となる。しかし、その記憶に君たち固有の意識が飲み込まれてしまった場合、争いであれば争いの、劣等感であれば劣等感の、嫉妬であれば嫉妬に支配されてしまい、そこから一歩も動けなくなり、周囲のものを傷つけてしまう。君たち人は、長い年月をかけてここにたどり着いた。星を汚染し、同胞を傷つけ、いつかはこの苦しみから救われることをただ祈って・・・。」
と月神は言った。光と闇の魔法剣士の話を聞いた後であることもあり、月神の言葉は紛れもない真実であるように思えた。しかし、その場合、私たち人間はこれからどうすればよいのか、全く検討がつかなくなっていた。そこで、
 「では、これから私たち人間はどう生きていけばよいのでしょうか?」
と私は尋ねた。
 「この世界の中に君はいるが、その世界と同じものが自分の中にもあることに気づきなさい。記憶の感情に飲み込まれないこと。記憶の感情に支配されないこと。そして、よく見て気づきなさい。君たちが記憶の種としての性質を持っているということは、今までこの世界で起きた全ての記憶が君たち一人ひとりのなかに備わっているという事実に気づきなさい。それから、もともと一つであったのであるから、他人を攻撃して傷つけることは、ひいては自分自身を傷つけることと同じであると気づきなさい。そして愛を持ちなさい。愛とは、所有欲でも支配欲でも嫉妬でも依存でもないものであり、それは全ての人に対する哀れみと慈しみから生まれるものである。その愛を持ってこの混沌とした世界の中で生きなさい。一人の人間が変容すれば、いずれ全ての人が変容するきっかけとなることを忘れずにこれからの人生を生きなさい。」
と言いのこして、月神は月の光とともに天へと昇った。

日常にて。

その後、私は有給休暇を使用して7日間仕事を休み、あれこれと考えて、自分自身がこれから何をするべきかを考えていた。私にどこまで出来るかは解らないが、自分に出来ることから始めてみようと考えた。7日後仕事に復帰した私が見たものは、普段となんら変わらない日常であった。しかし、私の中で何かが確実に変容していた。それと同時に生きる意味を失っていた私の中に生きる希望が見出せた様に感じた。
 

『月の領主』

『月の領主』 如月 康志 作

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2018-02-13
Copyrighted

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