*星空文庫

海茸(うみきのこ)

草片文庫(くさびらぶんこ) 作

海茸(うみきのこ)

 昔話、幻想系茸短編小説です。PDF縦書きでお読みください。


 朝早く、漁師の五平が沖に仕掛けておいた網をあげた。
 腕にぐっと重さがのしかかってくる。
 「こりゃ、大漁じゃ、なんとおめえこと」
 独り言を言いながら、網を持ち上げると、舟の上に転がったのは、たくさんの真っ黒な茸であった。しかし、茸に混じって、いつもは掛かったことのないような大きな鯛、平目、蟹や海老が跳ねている。豪華なことだ。確かに大漁には違いがない。
 五平の顔がほころんだ。
 茸は海に捨てちまおうと思ったが、いつもとれない上等な魚が揚がったのは、茸のお陰かとも思い、とりあえず家に持って帰ることにした。この茸も食えないだろうか、ちょっとばかりそう思ったこともある。
 ほかの網を揚げたが、いつもと同じ魚が入っていただけである。もちろん茸も入っていない。
 意気揚々と戻った五平は船を浜にあげて、獲れたものを家に持ち帰った。
 家の前で獲れた魚を仕分けしてしようとした五平は黒い茸が変な匂いを出しているのに気付いた。
 魚に匂いが移っちゃなんねえ、と五平は茸を家の前に放り出した。
 家に向かって「大量だったでよう」と声をかけた。
 「そりゃあ、よかったな」
 裏で洗濯物を干していた妻のオコメがでてきた。これからオコメが魚をかついで、町に売りにいくのだ。
 「鯛や平目は料理屋にもってけや」
 「ああ、そうする」結構な値段で売れるだろう。
 オコメは家の脇に転がっている黒い茸を見た。五平がうっちゃった茸だ。
 「どうしたんかね、この茸」
 「ああ、鯛や海老といっしょにひっかかった。変な匂いがしたんで放っちまった、鯛や海老が入っとったんは、茸のあった網だけじゃ」
 「そうか、魚たちの好きな匂いじゃったんだろう」
 オコメは茸を一つ手に取ってみた。
 「やな匂いじゃな、魚の糞の匂いも混じっている」
 「ああ、それで捨てたんじゃ、どこぞから流れてきたんだろう」
 二人とも茸のことはそれで忘れてしまった。

 その日、かなりの銭を手に入れたオコメは、珍しく五平のために酒を買ってきた。
 「今日の鯛や平目は、他のものとちと違うと、料理屋のじいさんが言っておった。あれなら、城にも持っていけるとも言っていたで、城に出入りしている知り合いに話してみるとよ、もし、高く売れたら、もう少しくれるとよ」
 「そうか、そりゃよかった」
 五平は金には興味がなかった。今日のおまんまが食えればそれでよかった。しかし、酒とは嬉しい、久しぶりである。
 五平は気持ちよく酔って床に入った。
 その夜のことである。
 生臭い匂いがして、目を覚ますと、枕元になにかがいる。
 目が慣れてきた。そこには黒い茸が一つ、ぽつんと立っていた。
 「おい」
 隣に寝ているオコメを揺すって起こそうとしたが、まったく目を覚まそうとしない。
 黒い茸はぶるっと身震いをした。
 五平は鳥肌を立てながらも、あぐらをかいて黒い茸を見た。茸の姿がかすんでいくと、そこに白装束の男が現れた。知った男だった。
 「留八じゃねえか、おめえ、ど、どこで死んじまったんだ」
 留八は子供の頃からのだちである。同じ漁師になり、よく一緒に舟に乗った。それぞれが自分の舟をもつようになると、一緒に漁にでることはなくなったが、それでも、獲物をお互いに交換したりして助け合っていた。その留八は五年前の嵐に巻き込まれ帰ってこなかった。
 「面目ねえ、おまえに行くなと言われたのに舟を出した俺が悪いんだ」
 「それで、どこに沈んでいるんだ、おめえは」 
 「いや、今は海の底じゃねえ、俺の骨は尼が岩の洞窟に流れついている」
 「そうか、おまえとわかるのか」
 「ああ、かかあが作ってくれた貝の腕輪が残っている」
 「ああ、左手首にはめてたやつだな、おまえのかあちゃん、あれから大変だったんだが、いまはお花ちゃんの赤ん坊の面倒で忙しそうだ」
 「花に子どもうまれたのか」花は留の一人娘で、十五で嫁いでいた。
 「ああ、生れたばかりだ。女の子だ」
 「会いてえなあ」
 「そうだろうな、だがな、なんで黒い茸になって、俺の網にかかったんだ」
 「海に沈んで魚に食われ、魚の糞が海の底の男岩(おいわ)につくと、黒い海茸に育ち、大きくなると、ゆられゆられて、岩から離れ、浮かびながら誰かの網にかかるのを待つのだ」
 「あの黒い茸はみんな溺れて死んだ奴か」 
 「そうだよ、みんな男だ」
 「溺れた女はどうなる」
 「女を食った魚の糞が、女岩(めいわ)につくと赤い茸になる」
 「ふーん」
 「その岩はどこにある」
 「海の深い深いところだ、とても潜れるところではない」
 「あの茸は魚の糞か」
 「糞だが、魚が俺の肉を食って、魂を糞としてだしたのだ、それが海茸に育つ」
 「そうか、あの黒い茸は死んだやつらの魂なのか」
 「そうだよ」
 「それで、おめえは何の魚に食われたんだ」
 「仏(ほとけ)鯛(だい)だ」
 「そんな魚知らねえな」
 「溺れ死ぬと必ずそいつがきて食うんだ」
 「網にかかったことがねえな」 
 「仏の使いよ、ぎんぎらしたやつだ」
 「そうか、それで、あんなにたくさんの黒い茸を拾っちまったが、ほかの茸もおまえのように、夜になると俺の枕元に出てくるのか」
 「そうだよ、溺れて、死体が見つかっていない連中だ、これから毎晩おまえのところにきて、沈んでいるところを言うから、家族やら知り合いに教えてやってくれ」
 「そりゃあいいが、毎日こられちゃ睡眠不足だ、どうだ、筆を用意しておくから、明日の夜に、みんな一緒に出てきてくんねえかな」
 「そう言っとくよ」
 「それで、おめえ、かみさんや花ちゃんのところにゃでられないのかい」 
 「うん、拾い上げた奴のところだけだ」
 「そいじゃ、おれが、おまえの骨を拾って、かみさんに届けてやらあ、まあ、成仏しろや」
 「ああ、すーっとした、これであの世でゆっくりくらせら、ありがとよ」
 と、留八は消えていった。
 次の日の夜中になった。
 なかなか眠りにつけない五平のもとに、溺れ死んだ男どもが列をなしてやってきた。
 「さあ、おめえたち、名前と、住んでいた所と、どこで溺れて、どこに沈んでいるか書いてくれ、知らせてやるやつの名前と所もな」
 「だんな、あっしは、身寄りがないもので、どういたしやしょう」
 「そうだな、俺の知り合いの寺の無縁仏の墓じゃいやか」
 「いや、ありがてえ、お願いしやす」
 「そこの坊主は生臭だが、とても人がいい、成仏するさ」
 「なんて言うお寺で」
 「上物寺(じょうぶつじ)てんだ、上等じゃないがな」
 「でも、成仏そのもので頼もしい限りで」
 「そうだな、そうだ、俺が書くのは面倒だ、自分で書いてくんねえか」
 「おりゃ、字が書けねえ」
 「そりゃ、こまった、実は俺もあまり書けねえ、ほんのちょっとだ」
 五平もこれには困った。こんなにたくさんじゃ、覚えていることもできない。
 「そうか、それでは儂が代わりに書いて進ぜよう」
 髷をゆった立派な侍の幽霊が前に出てきた。
 「どなたさまで」
 「新左衛門と申す」
 「え、あの、確か釣りがお好きで、釣り舟が沖に流されて行方が分からなくなったご家老様で」
 「そうじゃ、儂は尼が岩の洞窟におる」
 「え、あっしの友達もおりますが、仲良くしていただけてますでしょうか」
 「骨では回りが見えん」
 「ああ、さようで」
 「ほれ、字の書けないものは、名前を言いなさい」
 男どもは、みんな家老様の前に並んだ。
 「なんじゃ、誰一人として、字が書けんのか」
 みんなうなずいた。
 「しかたない、一人ずつ申せ」
 家老が皆の沈んでいる場所を書き留めたのである。
 それを見た五平は言った。
 「こりゃ、潮の流れがよくわかりやすな」
 「そうじゃな、同じようなところに流れ着いておる、さて、五平どの、よろしくたのむな、これでわれわれは成仏できる」
 「へえ」
 ということで、男どもは消えていった。

 あくる日、五平は漁を休み、まず、家の前に放っておいた黒い茸を集めると、近くの地蔵さんの脇に埋めた。そうしておいて、舟をだし、尼が岩にいくと、潮の引くのを待った。潮が引き始めると、尼が岩の砂浜に舟をつけた。ここの洞窟には三人の骨があるはずである。袋を三つもって舟からおりた。洞窟に入ると、丁度、日の光が洞窟の奥まで入り込んでいる。
 五兵が洞窟の奥に進むと砂が吹き寄せられた場所に、白骨が三体ころがっていた。
 三体とも体の形のまま骨が残っている。
 五兵は左の手首に数珠をつけている骨を探した。すぐに見つかり手を合わせ、骨を袋に詰めた。留八の骨である。真ん中の骨のそばに脇差しが落ちている。釣りをするときにも脇差はもっていたのだろう、これが家老の骨である。最後の一つは、遠い国の旅人の骨だ、この骨も無縁仏として葬っておこう。五平は丁寧に骨を拾うと、三つの袋を担いで舟に戻った。
 留八の骨は留のかみさんのところへ持っていき、いきさつを話した。留八のかみさんは大いに喜んで、墓を造ることにした。送りどころのない一体は上物寺の住職に渡し、家老の骨は脇差とともに番所に持っていった。
 枕元で水死人たちが書き残したものは、寺の和尚の伝で送り届けた。
 そんなことがあって、一月もすると、礼状がたくさん届いた。お礼のため訪れる人もあり、五平は忙しかった。家老の屋敷からは、丁重な礼状と、なんと、金一両もの金子が礼として届いた。
 偶然のこととはいえ、五平のきまじめさが幸いした。
 「ねえ、おまえさん、今度は赤い茸がかかるといいねえ」
 オコメが五平に言った。
 「どうしてでえ」
 「だって、お礼にきれいなおべべがもらえるかもしれないじゃないか」
 「なにをいってんだ、いただいた一両で買えばいいじゃないか、そういう金はろくな金じゃねえ」
 「そうかい、でも着ていくところがないねえ」
 「そうだよ、ふつうにおまんまが食えればいいのさ」
 と五平は網の繕いに出かけた。

 そうして、一年がたった、天気の良い日である。五平が仕掛けた網に、それは大量の立派な鯛や平目、海老、蟹、それに鮑まで入っていた。
 五平は一年前の黒い茸を思い出していた。
 その網だけで舟の上はとれたもので一杯になった。しかし、黒い茸は入っていなかった。
 浜に戻り、とったものを家に運ぶと、それをみたオコメが驚嘆の声を上げた。
 「また、黒い茸かね」
 「いや、大漁だが、黒い茸はなかった」
 「こりゃ高く売れるなあ、早速町さ行ってくる」
 オコメは魚の仕分けを始めた。
 「大きな鯛が三尾、平目は五尾、こりゃなんだ」
 オコメが持ち上げた。
 「そりゃ、竜宮の使いのこまいやつだろう」
 「食えるのかね、ほら、まだ元気だ」
 「そんなもん、食えねえだろう、逃がしちまえ」
 五平は竜宮の使いの尾っぽをつかむと、浜にかけていって海の中に放った。
 「あれえ、海老と鮑がこんなにたくさん、あ、これなんだい、五平」
 オコメがつまみ上げたのは真っ赤な茸であった。
 「赤い茸じゃないか」
 「おまえさんが言っていた、女の土左衛門だよ」
 「そうだな、どうする」
 「神棚に供えるのがいいだ」
 「そうしよう」
 ということで、その日も鯛や平目は大きなお金になり、五平は晩酌にありついて、気持よく床についた。
 そして、その夜、案に違わず、五平の枕元に女がたった。
 幽霊が出たら起せと言っていたオコメは揺り動かしても起きる様子がない。
 五平は床の上に起きあがると、赤い薄絹を着た女を見た。
 「どなたさんで」
 五平はあまりにもきれいな女に度を失っていた。肌のきめが細かく白い頬のふくらみ、切れ長の眼がこちらを見る。オコメとは天と地の違いだ。
 五平はどぎまぎした。 
 「わちきは、泡姫と申します、京の町で育ち、殿に囲われていた身でございました」
 「それでなぜ、この海で土左衛門になったんで」
 「はい、殿と舟遊びをしておりましたところ、いきなり船がぐらっと傾き、わちきは海の中におりました、泳げないわちきはそのまま、ぶくぶくと」
 女が両腕を広げて海に沈んでいく様子をすると、薄い着物しか着ていないこともあり、胸元がはだけ、白いふくよかな胸がのぞいた。
 五平は腰の辺りが落ち着かなくなってきた。
 「殿は泳ぎが達者、海の中から見上げると、殿がぷかぷかと浮いて、漂っていかれたのです」
 「そいで、おまえさんは、そのまま、土左衛門かい」
 「はい、蛸に吸い付かれ、最後は仏鯛に食いちぎられて、海の底におりまする」
 「そりゃ、どのあたりで」
 「尼が岩の近くでございます」
 「そいで、どうしたらいい、深い海じゃとても、骨を拾うこたあできねえ、あんたさんの親兄弟にそのこたあ知らせてやるがなあ」
 「あちきには親兄弟はおりません、京の都で捨てられていた赤子のわたしを舞のお師匠さんが育てて下さいましたが、その師匠も今は亡くなって居りません」
 「そうかい、それじゃ、その殿に伝えてやらあ」
 「いえ、もういいのでございます」
 「そんじゃ、なぜ、ここに出てきたんでえ」
 「いえ、偶然にもお前様の網にかかったことでもあり、このように、殿がたとお話が少しばかりしたかったのでございます」
 女が足を崩した。白いふくよかな太ももがちらりとのぞいた。
 「尼が岩の海の中をのぞいていただきますと、わちきが見えるのでございます。そちらのほうにいらした時はのぞいて見てくださいましな」 
 泡姫はそう言うと、着物をするりと脱ぎ去り、五平の前でその美しい肢体をさらすと、すーっと消えて行った。
 真っ赤な着物は、消えることなく、枕元に残っている。
 五平の目に焼きついた泡姫はなかなか消えていかなかった。五平は眠れなくなり、あくる朝早く、まだオコメが寝ている間に、浜に行き舟を出した。
 急いで尼が岩に漕いでいくと、海の中をのぞいて回った。しばらく探していると、海の底に白くうごめく物があった。目を凝らすと、白い女の体が海底でくねくねと動いている。あまり深いところではない。海に潜るのはお手の物である。五平は海に飛び込むと潜っていった。
 海底の岩場に着くと、なんてことはない、少し大きめの蛸が這っているだけである。がっかりして、戻ろう、とふと脇を見ると、岩の陰から白い手が差し出されている。息を我慢して、のぞいてみると、岩と岩の間の砂の上で横座りの泡姫が真っ白な肌をさらして、五平を見ている。
 「来て下さいましたのね」
 泡姫に声をかけえられた五平は天にも昇る気持ちで、
 「へえ」
 と返事をした。
 そのとたん、五平の胸の中に海の水が流れ込み、五平は泡姫のからだに覆いかぶさって息絶えてしまった。
 五平は溺れ死んだ女の魂である赤い茸が、男を誘いたぶらかすことを知らなかったのである。溺れ死んだ男の黒い茸とは大違いである。
 五平のからだを仏鯛が突きはじめた。
 
 朝日が昇り、家の中に日が射してきた。目が覚めたオコメは、枕もとの赤い着物に気がついた。「ありゃ、五平が買ってくれたんだべ」
 オコメは大喜びで赤い着物を着てみた。
 そのとき、仏鯛が男岩に糞をしていた。
 五平はすでに黒い茸になろうとしていたのである。

(「茸女譚」所収:2017年自費出版 33部 一粒書房)

『海茸(うみきのこ)』

『海茸(うみきのこ)』 草片文庫(くさびらぶんこ) 作

幻想系茸の小説、昔話風です。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2018-02-09
Copyrighted

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