8月31日

季節外れに思いついた夏のある日の2人
きっとこれからも幸せに進む2人

「終わる時はいつなんだろうね」

「終わる時はいつなんだろうね」
近所の花火大会
金魚が泳いでいる浴衣を着た彼女は独り言のように呟く
「花火が終わったら終わりでしょ」
「花火大会のことじゃないよ、この季節のことだよ」
「夏のこと?」
「そう、夏」
何故、人は夏の季節を特別に感じているのだろう
花火を見ている時、彼女は何を思っているんだろう
今も、きっとこれからも、わからないのだろうか
「私は四季の中で夏が一番好き、あなたは?」
「どれも普通だよ、丁度いい、暑い、寒い、それに特別は付けられない」
「あなたはいつも冷たいから冬だと思ってた」
風鈴を鳴らすように彼女は笑う
わずかな風で揺れ
小さい音にもかかわらず
力強い存在感とわずかな清涼を持つ音
「うるさいな、黙って花火を見てろよ」
「はーい」
この花火大会を見るのは、今年で4回目だった
どちらとも見に行こうとは言わない
自然に決まる
明後日だね、そうだな
それだけのやり取りで毎年この花火大会に来ている
「来年も、きっと」
「見に来ようね、だろ」
「えへへ」
彼女は笑う
夏が終わることには、正直何の寂しさもなかった
気が付けば長袖を着ていて、コートを着て
そしてまた半袖になる
季節の境目をはっきりと捉えたことはない
それなのに、夏の終わりには必ず
何かを知らないうちに無くしてしまったような気持ちは
どこから生まれるんだろう
君と付き合えば少しはわかるかな
と思って今年で4年
ずっと、わからないままだった
「あなたは今楽しい?」
毎年同じ事を聞かれる
「君は今楽しい?」
「とっても楽しい」
「じゃあ同じ気持ちだよ」
そして毎年こう返す
嘘なんかじゃない
心からそう思っているんだけど、言葉に出せなかった
本心は共感で伝える
言葉で伝えたのは「好きだ」と伝えたあの日だけだった
夏の花火大会だけは特別だった
クリスマスのイルミネーション
春の桜見
秋の紅葉
どれも見て楽しむ物だけど
彼女と同じように、特別に楽しい
それも全部夏のおかげ、夏のせい
「あなたは本当に私の事を好きなの?」
「君は」
「それ、禁止」
困った、止められてしまった
「ちゃんと、言葉で、伝えてください」
初めて彼女に好きと言った時はダメ元だった
伝えないとダメな気がする
だけど、きっと無理だ、付き合えるわけがない
それなのに、付き合えてしまった
以前、彼女に何で付き合っているかを聞いた時
「あなたは夏の終わりみたいに寂しくて、冬のように冷たい
そんな人と一緒にいたら、どんな気持ちになるんだろうって」
好奇心でOKしていた
その後聴くと、丁度いい、らしい
仕方ないので、好きだよ
と言おうとした時
ふと、時計を見た
「ほら、今59分だよ、最後の花火だ」
花火は21時丁度で終わる、助かった
「ほんとだ!大変!」
すかさず花火を見る
彼女が花火を見た時、一緒に音が鳴った
花火の光に照らされた彼女はとても悲しい顔をしていた
悲しい顔をしている彼女を美しいと思った
「終わっちゃったね」
少し、夏の終わりの寂しさを感じる事が出来た気がした
何かを誤魔化す訳ではないけど言葉が自然と出る
「来年も、また」
「見に来ような、でしょ」
得意げな表情をしている彼女は花火のように笑う
「そう言ってくれると思った」
やはり、彼女には敵わない

彼女と帰路を歩く
カランカランと乾いた音を鳴らす下駄
ミーンミーンと鳴くセミ
カサカサと鳴る葉
夏の匂いは薄くなり、音はやがて消える
しかし、彼女はずっといる
それが何よりも嬉しかった
今この時、彼女と死ねるのなら
夏の終わりの薄い虚無感に包まれて
きっと怖くはないんだろうなと思った
一年後、もう一度彼女のあの顔を見たい
あぁ、やっぱり好きなんだ
簡単で単純で、そんな好きが頭を埋めていた
「好きだよ」
溢れるように言った言葉
込められた全てを受け止めてくれた彼女は
「そう言ってくれると思った」
夏の寂しさなんてどこにもない
子どものような笑顔で、そう言った

8月31日

夏の終わりに何か特別な気持ちを持つ人は
きっと多いのではと思う
春、秋、冬にはない
特別な何かを夏には感じる事の出来る
それが夏の魅力なのではないのだろうか

8月31日

今年で4回目の花火大会 今までとは違う彼女の雰囲気 夏の特別を知らない人生だったけど 少しだけ、わかった気がした日だった

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更新日
登録日
2018-02-07

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