デート・ア・ライブ 精霊トゥエンティエス[20's]

 デート・ア・ライブの二次創作シリーズです。人生の晴れ舞台である成人式を精霊たちが体験してみたというテーマとなっております。
 彼女らの賑やかさをありありと描き出していきたいと思います。

1、成人式と妹の愛情表現

 成人式といえば、二十歳を迎えた人々が参加する一生に一度の大切な晴れ舞台として知られている。
 男性はスーツや袴、女性は着物や振袖を着て臨む晴れやかな式典だ。
 さて。今回、精霊の面々が成人式を体験するという話が持ち上がっていた。
 その顛末を、少し前に遡って振り返って行きたいと思う。

 お正月から数日後のとある休日。士道とテレビゲームをしていた四糸乃が、その場にいた琴里に話しかける。
「琴里さん」
「ん、どうしたの四糸乃?」
 名前を呼ばれた琴里は、口にくわえたチュッパチャプスをぴこんと立てて反応した。
 四糸乃は恥ずかしそうにスカートの裾を触っていたが、決心したのか、琴里の瞳を真っすぐ見て、
「――私、成人式に行ってみたいです……!」
「ふえ?」
「え?」
『どったの四糸乃?』
 その場にいた全員が思わず、頭上にはてなマークを浮かべる。琴里は藪から棒な状況に、思わず素が出てしまっていた。
 四糸乃は全員の視線に耐えかねて俯いてしまう。士道がよしよしと頭を撫でながら言った。
「……ほら、四糸乃。ちゃんと話してごらん?」
 士道に優しく諭された四糸乃はこくんと頷くと、その理由を話し始めた。
――――つまりこういう事らしい。
 以前テレビで成人式の特集を目にしたそうで、映っている女性が着ていた振袖に四糸乃はとても感動して、それを着てみたいと思ったそうだ。
 でも、四糸乃はまだ二十歳には到底満たないため、泣く泣く諦めようとしたところで、今回思い切って相談した……というものだった。
 四糸乃が話終わるのを待って、琴里は腕組みを解いて口を開いた。
「……良いんじゃない? ちょうど、あと一週間くらいで成人式だし。精霊の要望を出来るだけかなえてあげるのが、私たちラタトスクの仕事だから」
 そう告げて琴里はばちっとウィンクを決めて見せた。さすがラタトスクの司令官だなと感心してしまう士道。
 四糸乃は何度も頭を下げて「ありがとうございます……!」を言っていた。
 ここまでお礼を言われると、逆に恥ずかしくなってしまうのが司令官モードの琴里で、「……別に、それくらいなんでも無いわよ」と恥ずかしそうに視線を逸らしている。
 琴里はこほんと気を取りなすように咳ばらいをして、話を再開した。
「それで、四糸乃。何かアイディアはあるの?」
「はい。それは考えてあります」
 四糸乃の自信満々といった瞳に、琴里は笑みを浮かべると、グッとサムズアップして、
「――そう。じゃあ任せたわよ」
 
 というわけで四糸乃はとある精霊の元へ向かっていた。
『ねえねえ四糸乃。本当に大丈夫?』
「大丈夫……だと思う。私が言いだした事だし……それに、士道さんや琴里さんの手を煩わせたくないから」
 よしのんはふぅむと腕組みをすると、唐突に四糸乃に言った。
『――四糸乃って、昔と比べて大分大人になったよねー』
 突然の誉め言葉と共によしのんに頭を撫でられ、えへへと頬を赤くする。
 そして、まるでかけがえのない想い出がしまってある大切なアルバムをめくるかのように、そっと呟く。
「……それは、士道さんや琴里さんがいてくれたからだと思う」
『そっかー』
 それから“とある精霊”が住んでいる部屋に到着するまで、一言も会話は無かった。
 しかし、それは険悪な雰囲気だからではない。むしろ、お互いの付き合いが長い事を物語るものに他ならなかった。
 部屋に到着した四糸乃とよしのん。四糸乃がインターホンを鳴らすと、しばらくして扉が開いて、中から女の子が出てきた。
 今回四糸乃が手を借りようと考えていた人とは、同じ精霊マンションに住む七罪の事であった。
 心の友の来訪に、七罪は心底嬉しいのか、がばっと四糸乃に抱き着く。
「きゃっ……七罪さん!?」
『おぉ。七罪ちゃんったらダイターン!』
 四糸乃の胸元で頬ずりをした後、目元に涙さえ見せて、七罪は言った。
「……インターホンが鳴った時、誰か怪しい人が来たんじゃないかと思って。それで勇気出してさ、玄関の小さい窓から覗いたら四糸乃とよしのんがいて――もう、心臓がバクバクしてたわ…………」
 七罪は極度の対人恐怖症で疑心暗鬼なのである。基本的に、精霊マンションに住む精霊は一人で暮らしている。七罪も御多分に漏れず一人暮らしだ。
 そこに先ほどの事情を加味すれば、彼女が怖がるのも無理なかったのである。
 玄関先にずっといるのもアレなので、四糸乃は七罪を慰めつつ部屋の中に入る。マフラーを解いて、畳んでおいたコートの上に置いた。
 未だに気持ちが乱れている七罪に変わり、四糸乃はコップを二つ用意してオレンジジュースを注ぐ。そして、勝手知ったる手つきでキッチンの棚を開けて、カントリー〇―ムを取り出してお盆に載せる。
「七罪さん、ジュースとお菓子をどうぞ……私が言うのも変ですけど」
「あ、ああ。ありがとう四糸乃。悪いわね」
 しばらくは七罪の様子を伺いながら、雑談をする四糸乃。
 やがて「もう大丈夫」と七罪が告げたのを聞いて、四糸乃はお菓子の封を開けながら口を開いた。
「実は、今日来たのは七罪さんにお願いがあったからなんです」
「んー? 私に?」
 七罪がオレンジジュースをストローでお行儀よく飲みながら返す。その二人の様子をただじっと見守るのはよしのん。今は邪魔するまいと必死に静かにしているようだ。
「……実は、私成人式に行ってみたいなって考えてるんです」
「へえ。面白そうじゃん」
「七罪さん、人ごみとかお嫌いじゃないんですか?」
「まあね。だけど、四糸乃が一緒に来てくれるなら別に良いかなって。むしろ四糸乃と一緒に行きたいし!」
「そ、そうですか」
 食い気味に答える七罪に、四糸乃は頬に汗を一筋垂らす。だが、四糸乃も七罪が自分の事をどれだけ好きでいてくれてるかは理解しているので、気に留める事なく話を続ける。
「――そこで七罪さんにお願いがあるんです」
 七罪はそう切り出された時点で、何かを察したようで、
「あっ。もしかして私の能力を使って大人の姿にしてほしいとか?」
「えっ。どうして分かったんですか?」
「……何となくよ。成人式に行くには、私と四糸乃は若すぎるから。ある程度見た目をごまかさないといけないってなったら、私の贋造魔女[ハニエル]しか無いよねって話」 
 七罪の驚くべき洞察力に、四糸乃とよしのんはただただ驚くしか無かった。四糸乃は目を真ん丸に見開いて驚いている。
「……七罪さん、凄いです」
『ねー。七罪ちゃん探偵になれると思うよー』
「そう? そう言ってもらえると嬉しいんだけどね」
 一方の七罪は満更でも無さそうであった。

――――というわけで今に至るわけであった。
 現在、五河家のリビングには精霊が大集合していた。その様はまるで『八時だよ!全員集合!』のようであった。
 招集を掛けた琴里がぱんぱんと手を打って話を始める。ちなみに、今の琴里は髪を白いリボンで括っている。
「はーい。今回は皆で成人式に行くぞー!」
 琴里の異様なハイテンションぶりに、一同は“成人式に行く”という事より。よほど目を丸くしている。
 腰下まであろうかという長い髪をした六喰が、頬に一筋汗を垂らして尋ねる。
「……むん。妹君よ、どうされたのじゃ?」
「どうしたって、何が―?」
「いや……そなたのそのテンションじゃ。普段の冷静沈着なイメージと大分違うのじゃが」
 合点が行った様子で琴里はぽんと手を打つと、
「――ああ、そういう事か。リボンを付け替えて、ラタトスクの司令官モードとプライベートモードを使い分けているんだぞー」
 再び一同から「へえ……」と分かったような分からないような感嘆が漏れる。
「まあ、私のリボンの事は置いておいて――今日皆を集めたのは、成人式に行く計画を話すためだったんだー」
「琴里。私たちは全員成人式に行ける年齢ではないはず。その辺はどうするの?」
 折紙が冷静に指摘する。そう。普通に考えれば、ここにいる全員二十歳では無いのである。しかし、琴里はちっちっと指を振って答えた。
「……これが、実は策があるの。四糸乃、説明お願いするぞー!」
「は、はい……」
 名前を呼ばれて緊張した面持ちで皆の前に立つ四糸乃。その視線を一心に受けて、彼女は今回の計画を説明する。
 普段は自由奔放な精霊たちも、この時ばかりは真剣に耳を傾けていた。時々相槌を打ちながら、興味深そうに四糸乃を見つめている。
「――というわけです。最後まで聞いていただきありがとうございました」
 四糸乃がぺこりとお辞儀して――ついでに、よしのんも行儀よく頭を下げて――から、元の場所に戻る。
 四糸乃の話を聞き終わり、美九が口を開いた。
「四糸乃さんのアイディア、とても良いと思いますー。変身してそうした大人の場に潜り込むのって、何だかドキドキしませんか、七罪さん?」
「えっ⁉ いや、私は別に……」
「あら残念……」
 しょんぼりとした美九だったが、すぐに気を取り直して、
「どうせだったら、私は士織さんと行きたいですねぇ」
「それだけは絶対勘弁してくれ!」
 士道が反論すると、美九はあははと笑い、
「冗談ですよだーりん。そんな事、琴里さんが許さないでしょうから」
 そう言われて意味ありげな視線を向けられた琴里は、むぅぅ……と唸り、士道に言った。
「……おにーちゃんのばか」
「ホワイ⁉」
 士道は琴里の考えている事が分からず、ただただ驚くばかりだ。妹にここまで明確な“ばか”を言われた事は無かったから。
 どうやら機嫌を損ねてしまった事は確かである。士道は、そっぽを向いて取り付く島もない琴里に代わり話を進める事にした。
「……まあ、というわけだ。何か分からない事があったら、俺か琴里に聞いてくれ」
「「「「はーい‼」」」」
 その場にいた精霊全員が、未知の体験に心を躍らせているようだった。その場にいた全員が賛成とばかりに声を上げた。

 その日の夜、夕食の時。いつも通り家族で食卓を囲んでいるのだが、あの時から琴里の機嫌が直らず、ただ今の食卓はどんよりとした空気に包まれている。しかし、遥子と竜雄夫妻はそんな雰囲気にも関わらず、素知らぬ様子で黙々と食べている。
 問題は琴里と士道であった。琴里が士道の方をちらりと見て、それに気づいた士道が反応すると、琴里がぷいと顔を背けるという流れが繰り返されていたのだ。
 果たして何回目の繰り返しに入った時だろうか――堪りかねて遥子が琴里に話しかけた。
「……ねえことちゃん。しーくんと何かあったの?」
 琴里はお箸を置いて、口にしているものを飲み込んでから答えた――年相応の可愛らしく怒ったような表情で。
「別に……おにーちゃんとは何も無い」
 ただそれだけを言って、再びお箸を動かし始める。その様子に遥子と竜雄は、琴里に見えないように肩をすくめて見せて、再び食事を再開する。
 それからしばらくして、琴里が席を立った。どうやら食べ終わったようである。
「ごちそうさまでした」
 一言告げて、琴里は食器を洗面台に片付けてリビングを出て行った。
 それを見送る士道と遥子・竜雄夫妻。士道は廊下に消えた妹の姿が見えなくなると同時に、はあ――と深いため息を落とした。
 そんな士道の様子を見て、遥子が尋ねる。
「しーくん。ことちゃんとけんかでもしたの?」
「ああ、まあな……何と言うか、琴里が一人でもやもやしてる感じだけど」
 そう切り出して、士道は先ほど精霊全員で集まった際の詳細を話して聞かせた。そして、琴里がどうして機嫌が悪いのか合点が行った遥子は、思わず笑みを見せた。
「――全く。理由がことちゃんらしいというか」
「本当にな……琴里は、昔から士道の事が大好きだったからな。他の女の子にちやほやされていると気に入らないのかもな」
 遥子の言葉に賛同した竜雄は、そう言って笑うと、缶ビールを口にした。
 缶を置くと、いつもの気弱そうな竜雄ではなく、子供を想う父親の表情を浮かべていた。
「――昔の琴里は本当に泣き虫で、いつも士道の後ろに隠れていたからなあ……こうして、士道と仲良くしているのを見ると、ちょっと感慨深いよ」
「それは私も同じよ、たっくん」
「はるちゃん……」
 士道がその場にいるのを忘れて、熱っぽく見つめ合う夫妻。もう一押しでキスまで行きそうになったので、士道はそろそろ釘を刺す事にした。
「あのー、父さん母さん。ラブラブなところ悪いんだけど」
「なに、しーくん?」
「なんだい士道。女性の口説き方なら、お父さんが手取り足取り教えるぞ?」
「教えなくてよろしい……」
 遥子がそう言って竜雄に軽くチョップを入れる。それを受けた本人は「こりゃ失礼!」とリアクションを取っている。さすが陽気な夫婦である。
 士道は自分の両親がつくづくおしどり夫婦である事を痛感して、その様子を見守る事にしたのだった。

 今日はとにかく色々あったので、士道は気分を落ち着けるためにお風呂に入る事にした。
 体などを一通り洗い終えて湯船に浸かっていると、脱衣所と風呂場を隔てるドアが開き、誰かが入ってきた。
 まさか父親と母親が入ってくるはずもない。
 両親以外にこの家にいる人物となれば、あとは琴里しかいないわけで……士道は咄嗟にくるりと反対側を向く。
 程なくして、お風呂場に人の気配がした。
「琴里、どうやって入って来たんだ⁈」
「……別に。鍵が開いてたから入って来ただけだぞー」
 琴里は士道が他を向いているうちに、体を洗い、髪を洗い終えていく。その間、士道は心臓が高速で鼓動しているのをひしひしと感じていた。
「よいしょっと……」
 タオルで体を覆っている琴里が湯船に入ってきた。二度目の十四歳の妹との入浴に、士道は、理性が急激に沸騰する錯覚に陥っていた。
 湯船の中で背中合わせの状態の二人。しばらくの無言の後、琴里が切り出した。
「――ねえおにーちゃん……さっきはごめんね」
 琴里の落ち込んだ声音に、士道は至って優しく反応する。
「……なんの事だ?」
「……さっき、おにーちゃんが美九に“士織さんとデートしたい”って言われた時、私がばかって言って……その後も機嫌は悪かった事とか……」
「その事か」
「うん……」
 士道は一拍間を置いて、そして口を開いた。
「別に気にしてねえよ。兄妹げんかなんて今までに何度もあっただろ? 今更それで琴里を嫌いになんてなったりしないって」
「おにーちゃん……」
 琴里の湿った声がお風呂場に響く。
 すると、湯船に張られたお湯が動く音がした。士道は、背中越しに琴里が体勢をこちらに変えたのを感じた。
 そして、ぴとっ……と、琴里の肌が背中に密着する。突然の妹のハグ。しかし、士道は驚かなかった。何故なら、これが妹なりの愛情表現だから。
 士道はそっと、優しく語り掛ける。
「……大好きだぞ、琴里」
 果たして自分の言葉が琴里に伝わったかは分からなかったけれど、士道は、ハグの力がその瞬間強まったのを確かに感じ取っていた。
 琴里が恥ずかしさを含んだ声で士道に告げた。
「大好きよ、おにーちゃん……」
――そしてこの後、今回のお風呂の件は二人の内緒にしようと誓う兄妹であった。

2、心模様

 翌朝。士道と琴里は、自室を出たところで顔を合わせた。二人とも昨日の事が頭を離れなくて、実はあまり眠れていなかった。互いにあくびをしながら朝の挨拶を交わす。
「おはようだぞー、おにーちゃん……」
「ああ、おはよう……」
 二人はそのまま階段を下りて、洗面所に行き顔を洗いリビングに向かった。
 ただ今、朝の六時半。いつもなら遥子がキッチンで朝食の準備をしている頃だが、土曜日という事もあり、まだ寝室で寝ているのだろう。
「そっか。今日は休日だから、おかーさんとおとーさん寝てるんだ」
 琴里はそう呟くと、おもむろにキッチンに足を運び、冷蔵庫から牛乳パックを取り出して、中身をマグカップに注ぐ。そして、レンジで温め始める。
 レンジの前でかがみ、マグカップがくるくると回る様を鼻歌混じりに眺める琴里。そんな妹の様子を、士道は微笑ましそうに見つめていた。
 手にマグカップを持って、琴里はソファに座る士道の隣に腰掛けた。
 ――時折聞こえてくるのは、新聞配達のバイクと、付近の街道を走る車のエンジン音と――お互いの鼓動。
 特に何を話すわけでもなく、ただゆったりとした空気に包まれるリビング。
 時計が午前七時を指し示した頃。リビングに遥子がやって来た。自分の息子と娘が仲良くしている様子に、何故か意地悪な笑みを浮かべる。
「相変わらずことちゃんとしーくんは仲良しねぇ。お母さん、ちょっとやきもち焼いちゃうな」
「私は、おにーちゃんの事大好きだぞー!」
 琴里のいつもと変わらない、士道への愛情。士道は琴里が自分の事を“愛してる”と表現する事に、時々疑問を感じてはいたが、幼い頃から兄妹として生活していればそんなものか――というくらいに考えている。
 しかし、当の琴里は“そのように”は考えていなさそうだが……。士道は苦笑して、琴里の頭を優しく撫でた。
「俺も大好きだぞ、琴里」
 その燃えるような髪の色のように、頬を真っ赤に染めた琴里は、ホットミルクを飲み干すなりマグカップを置いてリビングを出て行ってしまった。
 呆然と見送る士道。それに対して、遥子はさして気にも留めていない様子で士道に言った。
「本当にことちゃんはしーくんの事が大好きなのねぇ」
「俺としては、妹にそう言ってもらえるのは嬉しいけどな」
 そう照れる士道が、遥子がぽつりと漏らした“そういう事じゃないの……”という呟きを聞くことは無かった。

 変わって時刻はお昼過ぎ。五河家でお昼を食べた精霊は全員フラクシナスへと場所を移した。ここで、来週行われる成人式の段取りを確認するのだ。
 フラクシナスの応接室。部屋中央に置かれたテーブルの最奥に、黒いリボンで髪を括り軍服を肩掛けにした琴里が座る。
 そして琴里から時計回りに、士道、十香、四糸乃、八舞姉妹、美九、七罪、折紙、二亜、六喰の順に座る。
 精霊全員が揃ったのを確認して、琴里が口を開いた。
「今日皆に集まってもらったのは、他でもない、いよいよ来週に迫った成人式に潜入する段取りを確認するためよ。
 成人式というのは、本来二十歳を迎えた人だけが参加する、人生において特別な行事なの。
 それで、今回四糸乃の希望で、七罪の能力を借りて成人式を体験してみようというわけ。
 皆、ここまでは良いかしら?」
 各々にはーいと返答があった。何故か、美九は七罪を抱きながらの返事だ。
 七罪は美九にがっちりホールドされていて、身動きが取れないようだった。
「こら、美九。七罪を離しなさい」
「えー。良いじゃないですかー、琴里さぁん。七罪さんは丁度いい抱き心地ですしぃ」
「……琴里、助けて」
 七罪が懇願するように琴里に視線を向けるが、ここまで百合パワーを増幅させた美九に太刀打ち出来ない事は分かっているので、そちらは無視して話を進める事にした。
「――えーと。成人式当日は振袖を着ていく事になるわ。そして、移動はラタトスクが用意するマイクロバスよ。フラクシナスで会場周辺に降ろすわけにもいかないし、かといって、電車でというのも特に七罪が快くないだろうし」
「そうね。出来るならば電車は避けたいわ……自分でも抑えているつもりだけど、時々霊力が逆流するから……」
 いつの間にか美九のホールドから抜け出した七罪がそう漏らした。ちなみに、美九からは離れて心の友である四糸乃の隣に座っている。
「成人式の会場に到着したら、皆、出来るだけ“それらしく”振舞ってちょうだい」
「質問。琴里、“それらしく”とはどういう意味ですか?」
「そうよね。それらしくと言われても、二十歳のイメージってなかなかつかないし」
 八舞姉妹の言葉をきっかけに、精霊たちが二十歳とはどんなものか話し始めた。しばらくして、琴里が手を叩いて場を静める。
「――まあ。要するに、“大人の場に相応しいように、お淑やかな女性を演じなさい”というところかしら」
 琴里の単純明快な答えに一同は「おぉー‼」と声を上げた。
 このような鋭い思考はさすがラタトスクの司令官といったところか。
「当日の詳しい日程は、日を改めて話すわ。とりあえず、これで解散しましょう。
 この後フラクシナスに残って遊びたい人は残っても良いし、帰りたい人は送って行くわ」
「あ、妹ちゃん。私この後用事あるから、悪いけど送ってもらえないかな?」
「あら、二亜。何かあるの?」
「まあね――ほら、私の本業って漫画家じゃん? それ関連の事でどうしてもやらなきゃいけない事があるんだよねー」
「分かったわ。他にはいないかしら?」
「あ、妹君。むくも送って行ってもらえないだろうか?」
「分かったわ。そういえば六喰の家ってどこだったかしら?」
「恐らく、妹君はまだ知らないと思うのじゃ。むくがガイドするのでな」
「了解。よろしく頼むわ」
――――二人の送迎を終えて。
「悪いけど神無月。少しばかり席を外すから、あなたに任せるわ」
「了解しました、司令。行ってらっしゃいませ」
 びしっと敬礼を決める神無月。いつものド変態ぶりとは打って変わって、真面目に職務を全うするその姿に、士道は感動したのだった。
「悪いけど、士道も一緒に来てくれないかしら。ちょっと話したい事があるわ」
「ああ、分かった」
 士道は神無月に会釈してから琴里の後を追った。
 琴里に連れられてやって来たのは、普段琴里がフラクシナスに滞在している時に使う専用の個室だった。網膜認証・音声認証・指紋認証・暗証番号――厳重なロックを解除して中に通される。士道でさえこのような部屋があるという事さえ初めて知ったほどである。
 しかし、あの時妹が裏で司令官をやっていると知った驚きに比べれば、ちっぽけにさえ思えてしまう士道だった。
 士道以外の人物が入室していないのを確認して、琴里が扉を閉めてロックを掛ける。
 今まで髪を括っていた黒いリボンを解く琴里。そしてポケットから白いリボンを取り出して、髪を括り直す。そして、振り向いた時、士道を見つめる彼女の表情は、凛々しい司令官としてのものではなく、士道の妹としての無邪気な女の子の表情だった。
「やっと二人きりになれたね、おにーちゃん!」
「琴里……」
 たとえ五河家では見慣れた妹の姿でも、ラタトスクで見せる彼女の無邪気な姿はとてもギャップを感じて、それもそれで可愛いと感じる士道。
 琴里は戸惑いを隠せない兄を見て、ふふっと笑い、言葉を続ける。
「驚いた、おにーちゃん?」
「……ラタトスクで、琴里がリボンを付け替えるとは思ってなかったからな」
 すると琴里は士道に近づいて、そっと手を繋いで、言った。
「――黒いリボンを付けている時、押しつぶされそうになったら、この部屋に来て、リボンを付け替えて気持ちを落ち着けているんだぞー。その時、おにーちゃんの事を考えたりしてね……」
「……えっ⁉」
 二人はソファに腰掛けた。琴里は士道にもたれかかる。
「私だって疲れたりする事はあるんだぞー。おにーちゃん、私が黒いリボンをつけているからって、本当の意味で強くなれると思ってるのー?」
「……いや。そもそも、最初に黒いリボンをあげたのは“琴里がもっと強い女の子になれますように”って思ったからだぞ?」
「分かってるよ――だけど、それは私にとっては自己暗示……マインドセットに過ぎない。
 やっぱり私は弱虫で、泣き虫で、どうしてもおにーちゃんに頼ってばかり。だから、精霊の皆の前では黒いリボンを身に着けた私しか見せられない――とてもじゃないけど、白いリボンを着けた私は見せられない……その時は何を思われるか――考えただけで怖い」
 部屋は心地よい暖房が効いているが、琴里は肩を抱いた。きっと、恐怖に由来する“寒さ”に耐えているのだろう。
 そんな妹の様子を見て、士道はそっと頭を撫でた。
「――琴里が変わりたいと思ったら変わればいいさ。
 おにーちゃんは今の琴里も好きだし、未来の琴里もきっと好きになる――俺は琴里の事が大好きだ。だから、心配するなって」
 目元に溜まる涙を指でそっと拭って、琴里は士道の目を見て言った。「ありがとう、おにーちゃん」と。

3、潜入!天宮市成人式!

 数日が過ぎ、いよいよ成人式当日を迎える。精霊の一同は朝早くからフラクシナスに集合して、着物の着付けを行っている。
 士道は、前日に琴里に用意してもらったスーツに身を包み、今はフラクシナス内にあるレクリエーションルームで朝の静かな時間を過ごしている。
 さすが高度一万メートル以上の上空だけあって、特大の窓からは、遥か遠く、山の間から昇ってくる日の出がよく見えた。
 時刻は午前七時。琴里から告げられていた、準備のための『三時間』を一時間ほど過ぎていた。しかし、今回のような晴れ舞台は女性にとって気合の入れる場であるからして、準備に念を入れるのはごく自然の事であった。
 でも、そろそろお腹が空いてきた事は否めなかった。ひとまず状況を確認しようと席を立ち、スライドドアに近づいたところで向こうから誰かが入ってこようとする。
「あら、士道。早速私たちの着物姿を拝みに来たのかしら?」
 その人物とは、士道の妹であり、このラタトスクの司令官でもある琴里であった。
 もみじのような映える赤を基調とした着物を纏い、巾着袋を手に提げている。そして、何より目を引くポイントといえば、琴里の姿がまるで“琴里が二十歳になったらこんなになるだろうな”と言えるくらいに成長した姿である事だろうか。
 今はリボンを解いて、長い髪は自然な形で下ろしている。
 琴里は士道の視線を気にしてか、髪の毛先をいじったりしてもじもじとする。
「……どうかしら。着物とか、今の私の姿とか」
 自信なさげに、上目遣いに、琴里は士道に問う。士道は琴里の頭をそっと撫でてやると、優しく声を掛ける。
「――似合ってるよ。それに、今の琴里の姿は大人の女性って感じで、“琴里が二十歳になったらこんな姿になる”んだろうなって思うよ。だから自信持てって」
 はっと頬を赤くし、琴里は士道から視線を逸らすように背を向けた。
 士道からは見えなかったが、長い髪の下では、彼女の耳は真っ赤に染まっていた。
 しばらくの沈黙を経て、琴里が口を開いた。
「……ありがと、おにーちゃん」
 その声音は凛とした司令官のものでは無く、無邪気な年相応の少女のそれだった。
 そう言って、琴里はスライドドアの方に歩いていく。
「どこ行くんだ、琴里?」
「ん……皆のところに行ってくる」
 やがて琴里の姿はスライドドアの向こうに消えた。その背中を見送る士道は、妹はある意味で不器用だと感じるのであった。

 すべての準備が整い、一行はまず五河家に戻ってきた。そして玄関を出ると、そこに止まっていたのは大型のマイクロバスであった。
 興奮する精霊たちをいさめるように、琴里がパンパンと手を打って注意する。
「はいはい。はしゃぐのもいいけど、時間が無いから早く乗ってちょうだい」
 ちなみに、精霊たちは七罪の能力・贋造魔女により二十歳らしい姿に変身している。しかし、姿が大人になっても、精神までは比例していないらしく、各々のテンションによるところが大きかった。
 耶倶矢、美九、十香たちのテンションが高いのに対して、折紙、夕弦、四糸乃、七罪などは至って冷静であった。特にいつも冷静でクールな夕弦でも、眠たげな表情がやや明るくなっている事が分かる。
「夕弦」
 士道に名前を呼ばれて、きゃあきゃあとはしゃいでいる一部の精霊から視線を外して、士道に向き直る。
「応答。何でしょうか、士道」
「いやな。夕弦が、目に見えて楽しそうにしてるから、どうなのかなって」
 士道にそう言われて、最初は首を傾げていた夕弦だったが、すぐに頬を膨らませてじとーっとした視線を士道に向ける。
「……士道はデリカシーがありません。夕弦だって楽しいときくらいあります。本当にぷんすかです」
 そう言ってそっぽを向く夕弦。どうやら彼女の機嫌を損ねてしまったらしいと察して、士道は慌てて言葉を掛ける。
「俺の言い方が悪かったよ、夕弦……でも、楽しそうにしてるからさ」
 その言葉を聞いてか聞かずか、夕弦は再び士道に向き直ると、
「謝罪。夕弦もちょっと意地悪でした。……士道の言う通り、今日の成人式が楽しみです」
 ちょうどその時、ささやかな風が吹き、彼女の髪をなびかせる。夕弦はそれを手で軽くおさえて、未だにテンションの高い美九たちを眺めながら、ふっと笑顔を見せるのだった。

 かくして、精霊全員を載せたバスが五河家を出発した。のどかな住宅街の坂を下って行き、やがて市街地に出る。
 大通りを走る事十五分ほど。成人式の行われる会場に到着する。会場の前には大勢の新成人が集まっており、バスの中からもその喧騒が伝わってくるほどだ。
「わぁ……すごいです」
『すごい人だねー。四糸乃、士道くんと一緒に行動したほうがよくなーい?』
 よしのんにそう言われて、四糸乃は琴里と談笑している士道をちらりと見た。士道と目が合うとぱっと視線を逸らし、頬を赤く染めた。
「……そんな。士道さんにご迷惑だよ……」
 まるで恋する乙女のような事を呟く四糸乃。よしのんはやれやれという仕草を見せて、よしよしよしのんと彼女の頭を撫でてあげるのだった。

 到着したマイクロバスは、会場裏手にある駐車場入り口に入って行く。
 皆とは違う方向に向かっているのを気にしてか、十香が声を上げる。
「時に琴里。このバスはみなとは違う方へ向かっているようだが」
「ああ。それなら問題無いわ十香。私が主催者に根回ししてあるから」
 十香はなるほどと頷き、六喰と話していた『美味しいきなこパンについて』の話題に戻る。どこまでもグルメな彼女らに士道は苦笑した。
 マイクロバスを下りた後、会場に足を踏み入れる。成人式が行われるのは、普段は合唱コンクール等に使用されるという大ホール。琴里はその大ホール二階席の一角をラタトスクの力で押さえたのである。
 貸し切りではないため、辺りには新成人の姿がちらほらと見受けられる。周囲の視線を気にすることなく、精霊たちはこれから待っている未知の世界に心躍らせて、談笑に華を咲かせている。
 
 開始時間に近づくにつれて、席を埋める新成人の数もその数を増していた。そして、その中で目を惹くのは、やはりその衣装だろう。
 女性は振袖や着物で着飾り、晴れの舞台であるためかどこか煌びやかな印象を受ける。対して、男性は袴やスーツといったフォーマルな格好である。中には黄色一色、ピンク一色というアバンギャルドな若者もいたが、一生に一度の機会だからこそ、それを咎める者はいないようだった。
「ほう。みなの恰好は凄いな! なんというか、目がちかちかするぞ」
「……十香さんの言う通りだと思います。なんだか、私も目が痛くなってきました……」
 十香と四糸乃がそう言って目を押さえていると、二亜が「目が! 目がああああ!」と叫んでいた。一体誰の物まねなのだろうか。妙に迫真に迫っているようだ。
 さて。そんな一幕も挟みつつ、刻一刻と開始時間が迫る。
 開始五分前、ブザー音が鳴りアナウンスが流れた。
「ご来場の皆様、本日は第三十回・天宮市成人式にご出席いただき、誠にありがとうございます。
 間もなく開始のお時間となりますので、ご着席下さいますようお願い申し上げます。」
 アナウンスを受けて琴里が精霊たちに声を掛けた。
「はいはい。じゃあ皆座って」
 琴里の号令に素直に従い、精霊が各々の席に着く。それを見て琴里は満足げに頷くと、どかっと腰を下ろした。普段の(白いリボンを身に着けた)彼女であれば到底考えられない仕草だが、司令官モードであれば、それさえも妙に様になっているのだから不思議である。
 
 かくして成人式が幕を上げた。序盤は市長や地域のお偉いさん、はたまた教育委員会の重役などのお祝いの言葉があるのだが、新成人はとても退屈そうであった。
 士道の目の前に座る新成人は、盛大ないびきをあげて寝ている。琴里は嫌そうな顔をしていたが。
 序盤は退屈なうちにプログラムが進行し、中盤へと入る。しかし、ここから会場の雰囲気が一変する。
「続きましては、会場の皆さんにご参加いただくミニビンゴ大会です。受付の際に、プログラムと一緒にお配りしたビンゴ用紙をご用意ください」
「へえ~。今の時代の成人式ってビンゴ大会なんてするんだー」
「二亜の時はこういう事やらなかったのか?」
 彼女の言葉に自然に質問したつもりの士道だったが、何故か二亜は遠い過去を回想するかのような目で呟いた。
「――私の若い頃ねぇ。覚えてないなぁ、あはははは……」
 士道は彼女の目元にきらきらと光る雫を見つけてしまったため、しばらくそっとしておく事にした。
 二亜から視線を逸らすと、これまたどこからか刺すような視線を感じた士道。その主は琴里だった。
 彼女はどこか軽蔑を含んだ眼差しで言った。
「……サイテー」
「ホワイ⁉」
 士道が思わず声をあげると、琴里はふんと鼻を鳴らし腕組みをした。そして、ステージに目を向けたまま士道と目線を合わせようとはしなかった。
 取り付く島もない士道を見かねて、四糸乃が右手で士道の頭を撫でた。それに続けてよしのんも『よしよしよしのん』と言って頭を撫でる。
「元気を出してください、士道さん」
『そうだよー。愛する四糸乃とよしのんがついてるからさー』
「ちょっとよしのん……!」
 よしのんの思わぬ発言に、四糸乃は熟れたトマトのように顔を真っ赤に染めて、ちらちらと士道を上目遣いに見上げる。
 何だか妙な空気になってしまった。士道は取り繕う様にこほんと咳ばらいをすると、四糸乃の頭を優しく撫でて言った。
「ありがとうな四糸乃」
 士道の包容力に、遂に四糸乃がダウンした。よしのんがあららとばかりに頭を撫でる。
 士道はそのまま四糸乃を放っておくわけにはいかないと思い、ひざ掛けを収納し、四糸乃を膝枕させるように腿の上に寝かせた。鮮やかな水色をした髪をそっと撫でる。くすぐったそうに四糸乃が身じろぎをした。
 
 琴里は先ほどの言葉が少々荒かった事を反省して、士道に謝ろうとそちらを振り向く。
 あろうことか、士道は四糸乃を膝枕していた。
 その状況に疑問を感じ、そして――いくら同じ精霊といえども――嫉妬のようなものを感じずにはいられなくて、すぐに顔を背けるのであった。

――ステージでは景品の発表が行われており、いよいよ今回の目玉を発表するところだ。
「さて。今回のビンゴ大会の目玉となる景品の発表です! 今回の景品は……」
 司会者の横に待機していた係員が、被せていた布を取り払い、司会がその内容を発表する。
「『天宮極楽温泉 一泊二日無料招待券 二人一組様ご招待』となっております!」
 “ざわ・・・ざわ・・・”。会場が騒然とする。
「二人一組とは大層な景品だ。ねえ、夕弦?」
「返答。耶倶矢と一緒に行ったら何だか大変な目に遭いそうなので、当たっても行きたくありません」
「ちょっとそれどういう意味よ⁉」
 ぎゃあぎゃあと言い合う八舞姉妹を横目に、折紙がクールに呟いた。
「たかがそんな事でけんかするとは、レベルが低い証。招待券を獲得するのは私。そして、士道を誘う。それでオーケー?」
「いや。ここで聞かれても……それに、折紙と行ったらそれこそ悲惨な目に遭いそうだから遠慮するよ」
「それはどういう意味、士道? 詳細な説明を求める」
「そーですよ、だーりん! 例え折紙さんがダメでも、私がいるじゃないですかぁ!」
「美九はもっとダメだ!」
 エキサイトする折紙と美九に優しくチョップを入れて、琴里が半眼で睨む。
「全く。“三億円の宝くじを当てたら何に使うか”みたいな事を話していても仕方ないでしょ? それと、士道もまともに受けなくていいから」
 そう言い残して去って行く琴里の後ろ姿を見送りながら、夕弦が呟いた。
「呆然。司令官をしている琴里は、今更ながらとても怖いです……」
 彼女の言葉に、その場にいた他の精霊も同意するしか無かったのであった。
 
 その頃舞台上では、司会者がボックスの中から紙切れを取り出し、番号を読み上げている。当選する人数は一人。つまり、番号が一つでも合わなかったら落選という事になるので、先ほどから悲鳴が至る所から上がっている。
 逆に、当選まであと一つというところで数字を外す事もあり得るので、油断は禁物なのだが――。
 精霊の中でただ一人、発表された全ての数字が用紙に存在する者がいた。
「……琴里。あと一つだな」
「ええ、そうね……期待しないでおくわ」
「何を言っているの、琴里。ここまで来たら是非景品を勝ち取ってほしい。そして、士道と――」
「分かった! 分かったから! 期待に胸を膨らませておくから!」
 薄暗いホール内でもはっきりと分かるほど、琴里が顔を真っ赤に染めて答えた。
 その時、司会がアナウンスした。
「さて。いよいよ最後の数字を発表します! 最後の数字は――」
 その時、会場全体が湧いた。会場のそこかしこから落選した事に対する嘆きが聞こえてくる。
 景品獲得に王手を掛けていた琴里。手元の用紙を確認した。
「……最後の数字、あった」
 その瞬間、精霊全員のボルテージがマックスに達し、お祝いの言葉を掛けたり、琴里の頭をわしわしと撫でる者もいれば、琴里に抱きつく者もいた。
 美九に抱き着かれた琴里は、百合パワー全開の彼女の前に成すすべもなくされるがままの状態だ。
 こうして、大興奮のうちにミニビンゴ大会は幕を下ろしたのであった。

 式の最後、成人式を主催する天宮市の市歌を斉唱する場面があった。各々が配られたプログラムの後ろに掲載されている歌詞を見ながら歌う。
 その中でも美九の歌唱力は群を抜いていた。美九が歌っている最中、二階席にいた人々はみな彼女に釘付けにされていたのだ。それ以外の精霊も自分の思うように歌っており、市歌斉唱の時間は和やかなうちに終了した。
 成人式がお開きとなり、人々が会場を後にするべくアリの大群よろしく移動する。出口から続く階段を下りたその付近では、たった今成人式を終えたばかりの若者がわだかまっていた。その様子をよく観察すると、どうやら旧友との再会を喜ぶ者が多いようだ。口々に喜びの言葉を掛けて抱き合う者さえいる。
「なあシドー、私たちで記念撮影をしないか?」
「ああ、いいぞ」
 士道は琴里に声を掛けて精霊全員を招集した。そして先ほどから写真撮影の舞台になっている巨大な噴水の前に行儀よく並ぶ。
 琴里がそばにいた人に声を掛けてカメラマン役をお願いした後、駆け足で戻ってきて士道の隣に並んだ。
「撮りまーす」
――カメラマンが合図したその時、琴里がにやっと笑う。
「恋してマイリトル?」
「「「「シドー!!!!」」」」
 その時撮影した写真には、サプライズに驚く士道の姿と、ドッキリを成功させて満足げな琴里、そしてそれに喜ぶ精霊の姿が写っていた。

4、夢の中で

 その後、五河家に戻った精霊の面々は、マンション組と自宅組に分かれてそれぞれ家路に就くこととなった。
 ただ、精霊と言えども一人一人女の子である事には変わりないので、結局全員をフラクシナスで送り届ける事となった。
 精霊をそれぞれの場所に返した後、士道と琴里は寝る準備をした。なにせ、午後十一時を回っていたからだ。普段であればとっくに就寝している時間帯である。
 準備を終えて、士道と琴里はリビングにやって来た。琴里は長い髪をリボンでは括らず、自然に流している。
 一見すると、彼女が"どちらの性格”か分からないが、今の琴里からは司令官の時の刺々しさは感じられなかった。
「おやすみだぞー、おにーちゃん」
「ああ、おやすみ、琴里」
 琴里が眠たげに目元をこすると、士道はその様子を微笑ましそうに見守り、琴里の頭をそっと撫でた。――ちなみに、これが兄妹の日常である。
 撫でられた琴里は頬をほんのり赤く染めて、その感触を楽しんでいるようだった。
 一しきりの触れ合いを経て、兄妹はそれぞれの自室に入ってベッドに横になるのであった――――。

 その晩、琴里は夢を見た。
 琴里は晴れやかな赤を基調とした着物を身に纏っている。辺りを見回すと同じように女性は着飾り、男性もその場に相応しい衣装を着用している。
 その光景から察するに、どうやら、琴里は成人式の会場にいるらしかった。
「……私、どうしてここにいるんだろう」
 そんな疑念が湧き再度辺りを見渡してみるが、士道、父と母などの姿も見えない。
 ひとまず歩き出そうとしたその瞬間、突然場面が切り替わり、琴里はどこかのパーティ会場に立っていた。
 周囲には見覚えのない人々が、ディナーを食べながら雑談に華を咲かせていた。
 言い知れぬ恐怖を感じ、琴里はその場から立ち去ろうと踏み出した。その時、誰かが琴里の肩を叩いた。
 恐る恐る振り返ると、肩口をセクシーにさらけ出した、淡いピンクのドレスを纏った女性が立っていた。
「……あの、どちら様ですか?」
 琴里が問うと、その女性は目を真ん丸に見開き、すぐに堪え切れなくなったと言わんばかりに笑い出した。
「何言ってるのよ。私だよ。中学の時――」
 彼女の話を聞いた琴里は、その声と表情に残る面影から、一人の人物を思い出した。
「あー! もしかして……!」
 それからというもの、琴里は彼女との話に耽るようになった。
「それにしても琴里も綺麗になったわよねぇ。中学の時はあんなに子供っぽかったのに、すっかり大人びたわ。何か心境の変化でもあったの?」
「いや、別に……」
 否定しようとして、琴里ははっとした。
 夢の中とはいえ、このまま話の流れに乗るのも面白いと考えて、琴里は言葉を続けた。
「――実はね私、小さい頃から好きな人がいてね」
「ははぁん。要するに“恋”というやつですな?」
「うん」
 琴里の満更でもない様子を見た同級生は、にんまりと笑い、こう続けた。
「……その人って、もしかして義理のお兄さん?」
「えっ⁉ どうして知ってるのだー⁈」
「どうしてって言われても……琴里、中学の時に話してくれたじゃない」
「ああ……そうっだったっけ」
 この(夢の)世界では、どうやら琴里は士道の事を友人に話しているらしかった。
 と、突然同級生が真剣な口調で琴里に告げる。
「ねえ琴里――その人を大切にするんだよ」
「えっ?」
 琴里がその真意を問いただす前に、視界が暗転した。

 目を覚ました琴里。見慣れた自室の様子を確認すると、胸にそっと手をあてる。
 今も鼓動を続ける琴里の心臓。そのリズムが、いつもより速い気がした。
 先ほどの夢の内容が徐々に蘇ってきて、無性に恥ずかしくなり、ひとまず顔を洗って気持ちを落ち着ける事にした。
 自室を出て、士道の部屋の前を通り、階段を下りて右手に進み洗面所に入る。
 ただ今の時刻は午前五時、半ば。
 蛇口を捻って手のひらで水をすくう。その冷たさに一瞬身を縮めたが、思いっきり顔に打ち付ける。身を切るようなひんやりとした感覚が、今の琴里にはちょうど良かった。
 タオルで顔を拭き、ついでに髪の乱れも整える。
 変な時間に起きてしまったので、まだ眠気が残っていた。要するに眠り足りなかったのである。
 自室に戻った琴里はベッドに入り、目を閉じた。

 カーテンから差し込む朝日に誘われて、琴里は夢の世界から戻ってきた。
 寝ぼけ眼で枕もとの時計を確認する。
「……八時半か。おにーちゃん、朝ご飯の用意してくれてるだろうな」
 洗面所で顔を洗う。そして、櫛で丁寧に髪を梳いてから、白いリボンで括る。
 髪は琴里のチャームポイントであり、いわば命ともいえる部分だ。
 仕上がり具合に満面の笑みを浮かべて「よしっ!」と声を出す。
 リビングに入って台所の方を向くと、案の定士道が朝食の準備をしていた。
「おはようだぞー、おにーちゃん。ごめんね。ちょっと寝坊しちゃった……」
「気にするなって。俺も今起きたばかりだから」
 そう言って士道は朝食の支度に戻る。
 食卓の椅子に座り、手際よく準備をする士道を眺めていた琴里。
「……ねえ。おにーちゃん」
「ん、どうした?」
 忙しいのか、野菜に包丁を入れながら、声だけで応える士道。
……『その気持ち』を言おうと、琴里は唇を動かそうとした。
「――何でもない。お料理の邪魔してごめんね」
「全然大丈夫だぞ」
 琴里はその場を離れて、居間にある電気こたつに入る。ふと、空を見上げる。
 真っ青な空に、琴里の白いリボンと同じような、真っ白な雲がぷかぷかと浮かんでいる。
 二羽のすずめがじゃれ合うように窓の向こうを飛んで行った。
 その様子を見た琴里の胸のうちに、ある思いがあらわれた。
「……まだ、言うには早いよね、きっと。だって、私中学生だもん」
 その時、台所の方から琴里を呼ぶ声がした。
 その想いにそっと蓋をして、琴里はその人の元に駆けていくのであった。

                             ~END~

デート・ア・ライブ 精霊トゥエンティエス[20's]

2018/2/3 : 『The cute sister who wears the white ribbon』から独立させて掲載しました。

デート・ア・ライブ 精霊トゥエンティエス[20's]

デート・ア・ライブの登場人物たちが、成人式という人生における晴れ舞台を体験してみた、というのがテーマとなっております。 どうぞよろしくお願いいたします。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-02-03

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

Derivative work
  1. 1、成人式と妹の愛情表現
  2. 2、心模様
  3. 3、潜入!天宮市成人式!
  4. 4、夢の中で