振り向いてデイジー

hayo_seeyo 作

暗闇が街を支配する午前一時、街で唯一営業している喫茶店『ウィンター』のネオンの看板がちかちかと点滅している。
店はガラス張りで店の外がよく見える。もちろん外からもよく見える。
店の一番奥のガラス際の一人席には少女がぽつり。
ブロンドの綺麗な髪をくくってポニーテールにしている。
明るい色のデニムジャケットと黒のスキニーパンツ、スニーカーは瞳と同じ水色。
彼女はいつも、そこから頬杖をついて外を眺めている。
注文する飲み物はいつも決まってアイスティー。
シロップとミルクを一つずつ、必ず入れる。
マドラーでよくかき混ぜてから、ストローで少しだけ飲む。いつも同じ味のはずなのに必ず味を確かめる。
それからシロップをまた一つ入れる。
最初から二つ入れればいいのに。
それから、アイスティーをテーブルの右奥まで遠ざけて鞄から雑誌を取り出して読み始める。
いつものルーティン。
雑誌には、都会の最先端のファッションが散りばめられている。
感性の遅れたこの街では、その服はどのように評価されるのだろうか。
彼女は、その服たちを、その服を纏った美しい女性たちを、愛おしげに見つめていた。
彼女が着ている服は、雑誌の中の輝かしい女性たちとは異なった街の雰囲気に合わせるように、控えめな、けれども街の中ではお洒落だと云われるような無難な服。

勇気がない。
だから、好きな服は着れない。
笑われたくないから。
でも、この人たちみたいに格好いい服を着て堂々と街を歩きたいな。
ああ、都会に行ったら街を歩く人がみんなこんな風に格好いい人ばかりなんだろうなぁ。

窓の外を見つめながら、彼女は頬杖ついてそんなことを考える。

この雑誌を置いているのお店も一軒だけ。
『ハウス マザー』小さな本屋さん。
そこの本屋の娘デイジーがすっごいお洒落でこの雑誌に写ってる女の子たちみたいに格好いい。
それなのに、街のみんなは『あの子のファッションはなんか変。』『ダサい。』って。
デイジーの感性にみんなが追いつくのに何年かかるかしら。十年?二十年?それ以上?
この街で本当にお洒落なのはデイジーと私だけ。
デイジーからすると、私も他のみんなに合わせた服を着てるからそんな風には思ってもらえてないのかな。
そうだとしたら、最悪ね。
私もあなたの服好きだよって伝えたい。一緒に都会の子が着るような格好良くて可愛い服を着たい。
でも、私の彼氏のスコットがデイジーの服を見て『変わってるね。』って一度言ったのが、忘れられないわ。
だから、その一歩が踏み出せない。
スコットは優しいから、きっと受け入れてくれる。
けれど、スコットは友達に何て言われるか。
『お前の彼女、ダサい。』きっと笑われるんだわ。
そんなスコット可哀想。
だから、私は今のままでいいの。

彼女は、そっと雑誌を閉じた。
ストローを甘噛みしながら、ガラスの向こうに停車している一台の車を何となく見つめていた。
その車は水色のフォードのエドセル。

あの車イカしてる。
きっとあの車に乗っている人は、デイジーや私の感性を理解してくれるかもね。

エドセルには男が一人、乗っていた。
首からぶら下げたペンダントが店の光に反射して時折きらりと輝く。
『S・C・O・T・T』とペンダントの側面に小さい字で彫られている。
スコットは爽やかな短髪の青年。
紺色のライダースにジーンズパンツ、そしてあの子と同じ水色のスニーカー。
彼はエンジンをとめて車を後にした。
店の扉には目もくれずに彼女の元へ。
お互いに見えてはいるのに触れられないのはガラスの障壁のせいだ。
コンコンと右手の甲でガラスを軽く叩くとガラスの向こうの少女は頷いた。
それから、やっと店の扉にご挨拶。
カランコロンと来客を知らせる音がなってカウンターでグラスを拭いていたマスターが顔を上げる。
『コーラを一つ。』
カウンターを通り過ぎながらあくまでスムーズにごく自然に違和感なく滞りなく。
そして青年はあの席についに辿り着いた。

『『シティ ヴァイス』、僕もよく買うよ。メンズ版だけどね。』
スコットはそう話しかけると、隣の座席の椅子をそばに持ってきて少女の向かいに座った。

『街でこの本を置いてるのは小さな本屋『ハウス マザー』だけ。それも読者は私とそこの本屋の娘さんの二人だけだから仕方ないの。』

少女は閉じられた『シティ ヴァイス』の表紙をそっと見つめる。
表紙のワンピースを着た女性が微笑んで少女を見つめてる。
ミルクで白く染まったアイスティーをストローでかき混ぜる。
ふと、その時少女はスコットのスニーカーに目がいった。

『そのスニーカー。私と同じだわ。』
そう言われてから、スコットはそれに気付いた。
『本当だね。俺はスコット。よろしく。』
『私はエマ。』

お互いに初めて会ったというのに十年来の旧友のように打ち解けていた。
水色のスニーカーのおかげだろうか。

『エマは彼氏、いるの?』

『いるよ、貴方と同じスコットって名前。』

面白いことを聞いた。俺と同じ名前の奴か、どんなやつか一度会ってみたいな。

『貴方は?』

『俺もいるよ。さっき君が言ってた『ハウス マザー』の娘さん。』

『えっ?あのデイジーと?』
エマは少し取り乱した様子だ。

デイジー、彼氏いたんだ…。彼氏もやっぱりお洒落。私の彼氏のスコットに似てるかも。優しいところ、甘い声も。メガネをかけてないから顔がはっきりとは分からないけど。

『デイジーの友達?』

『いや、私一度だけ『ハウス マザー』で店番してるデイジーと話してそれからずっとデイジーに憧れてるだけ。友達なんて関係じゃない。』

スコットは、悲しそうにそう話すエマをじっと見つめていた。

『そうなんだ。じゃあ、今度デイジーと三人でご飯でも行かない?』
その誘いにエマは間髪なく頷く。
『うん!いいの?行きたい!』

やった!デイジーと友達になれるかも!

嬉しさのあまり活き活きと目が輝き出したエマをみてスコットは不思議な感情を抱き始めていた。

元気で可愛いなぁ。よく見たらこの子デイジーにそっくりだ。二人が並んだ姿を写真に撮りたいぐらいだよ。

『じゃあこのメールアドレスにまた連絡して。』
スコットは、そう言うと自分のメールアドレスを店にあった紙に書いてエマに手渡した。
そして、そのタイミングでやっとコーラを持ったマスターがテーブルにやってくる。

スコットはマスターに10ドル札を渡して席を立った。

『お客さん、コーラとお釣りは?』
マスターは店の扉に向かって歩き出したスコットに戸惑い気味に問いかける。

『マスターに、あげる。』

カランコロン。
マスターとエマは目を合わせてお互いに首を傾げあった。

このスコットも格好いいかも。

エマは嬉しそうにスコットがくれたあの紙を見つめている。

スコットは、エドセルのエンジンをかけてから携帯電話を手に取る。
エドセルのアクセルを踏んで走り出すと同時にデイジーに電話をかけた。
1コール、そして2コール目に電話相手が電話に出る。

『もしもし?スコット?』

ネオンの点滅する看板の前を綺麗なブロンドの長髪をなびかせて彼女は通り過ぎて行く。
着ているデニムジャケットのポケットに右手を突っ込んで誰かと電話しながら歩いている。
少女の鞄の中には『シティ ヴァイス』。
ふと彼女が振り返って店を見ると、ガラスの向こうにはマスターがカウンターの向こうでコーラを飲んでいるだけで他には誰もいない。
店奥の一人席にはミルクの混ざったアイスティーのグラスがある。
ついさっきまで誰かが居たようだ。

そんなことには気にもくれないで彼女は駐車場を歩き終えて、ようやく道路に足を踏み入れる。

『あ、ほんとだ。はやいね。』
水色のエドセルがやってくるのが見えた。
『さっきまでそこの喫茶店にいたんだ。』
スコットは、少女の前にエドセルを停車させる。
『え?私もいたよ。』
『すれ違いかな?デイジーにそっくりの女の子がいたよ。君と友達になりたいって。』
『私とそっくりな女の子?そうなんだ。』

助手席にデイジーを乗せてエドセルはまた走り出す。
デイジーのデニムジャケットのポケットから一枚の紙くずが座席下に落ちた。
二人はそのことには気付くこともなく他愛もない会話を進めている。


紙くずにはスコットのメールアドレスが書かれていた。

振り向いてデイジー

振り向いてデイジー

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更新日
登録日 2018-01-25

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