*星空文庫

恩寵

倭文 作

気ままに書いた掌編ですので、お気軽に読んで下さると嬉しいです。

気ままに書いた、掌編です。ちょっと聖性がありますかね。

 私の村には神様がいる。
 もちろんどの村にも神様は奉られているだろうが、この神様は少し違って、生きているのだ。
 私は明日、上京する。もうこの村には当分戻ってこないつもりだ。その前に一度、神様に会っておきたかったのだ。

 神様は村全体を見下ろせる、山奥の崖に座っている。それは村の人間全員が知るところだった。神様は村の人間から本当に「神様」としての扱いを受けており、神聖不可侵といっていい存在だった。いわば、それを冷やかしに行こうというのだ。
 山の急な勾配を越えてしばらくすると、小さな小屋があった。本当に、必要最低限のものしか物を置くことの出来ない位の、小さな物だった。そこに、神様は、居た。
 神様は痩せこけた老年の男性で、右手を天高く掲げたまま、じっと街を崖から見下ろしていた。その姿は、どこか古代の彫刻を感じさせる様であった。
 「こんにちは」
 私が声をかけると、神様は柔和な表情を私の方に向けた。右腕は、天を突いたままだった。
 「なにをされているんですか?」
 そう私が言うと、神様は、「祈りを捧げているんだよ……」、と静かにまるで水面に波紋が広がるような口調でそっと言った。どこか、その神様の居る世界は、特殊な大気によって切り取られた空間に包まれているように見え――私は、思わず数歩後ずさりしてしまった。
 それでも私は、神様の隣にまで行き立って、その崖からの村の様子を眺めた。村全体が一望できるが、風が強くややもすれば滑落してしまうのではないか、と思えた。
 「いつも、そうして祈りを捧げていらっしゃるんですか?」
 「――私には、それしか出来ることがないからね……」
 しばらくそうして、二人で景色を眺めていた。この神様は、毎日のようにこうして飽きず、祈りを捧げているのだろうか?
 ふと、私は素朴な疑問が浮かんだので、口にしてみた。
 「お食事とかはどうされているんですか? お風呂とかは?」
 「村の人が、差し入れに来てくれるんだよ。身体も拭いてくれる、ありがたいことだよ」
 それを聞いて、私は本当に村の人達にとって、この人が神様――神格的な存在なのであると、改めて思った。自分も聞かされてはいたものの、正直眉唾だったのだが……。
 「どうして、そうして祈りを捧げるようになったんですか? 右手を挙げているのは?」 私がそう言うと、神様はにっこりを微笑み、肯き、そして何も語らなかった。私は何か、悪いことをしているような――良心の呵責のようなものが、胸に刺さった。
 それでも私は、ここに来た理由を肯定したく、その場に座り込んで、神様との時を過ごした。数時間、そうしていたが、神様が右手を下げることはなかった。
 
 しばらくすると、雨がぽつぽつと降り始めてきた。それは次第に大雨となり、私は傘を出して雨をしのいだ。
 神様は、身じろぎもせず右手を挙げたまま、村を見守っていた。それはまさに、村を天災から守っているかのような姿に見え――私は知らぬ内に自分よりも神様に傘を差しだしていた。
 ふっと、神様が私の方を見る。その表情は、慈しみに溢れており、私はもう想いが堪えられなかった。「ごめんなさい……」
 漏れ出た声は、雨にかき消され――、「ごめんなさい!」と、もう一度大きな声で叫ぶようにして神様に向かって言った。
 すると――そっと頬に何かが添えられるのが分かった。それは今まで神様が挙げていた右手だった。私の無意識の底から溢れ出る涙が、その手を伝う……。
 それは、まさしく祈りであった。まるで村全体の想いが一つの柔らかい固まりとなって、私の全身を駆けめぐり、満たすような――そんな感触が、私の中で起きた。私はこの村によって、生かされて、育まれ、それを一生胸の中に抱いて生きていく――……。激しく雨の降りしきる中、私は膝をついて、神様の右手に、そっと小さく口づけをした……。


 
 ――東京での生活にもすっかりと慣れた。だが、私の中では「あの瞬間」から田舎の村の気概を持って生きることが、自然と出来ていた。私はいつどんな時でも、あの村に守られているんだ……。そう思うと、どんな困難を前にしても、超越的な何かが自分の内側から沸いてくる気がした。

 村の・私の神様……たとえ村が消えようとも、神様が居なくなろうとも、私の中でいつまでも生き続けていますよ。私は、いつだって一人じゃない。ありがとう……――

『恩寵』

読んで下さって、ありがとうございました。これからも積極的に習作は載せていきたいと思います。

『恩寵』 倭文 作

上京する前に、村の現人神である「神様」をからかいに行こう、とする女性のお話です。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2018-01-12
Copyrighted

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