*星空文庫

待つことには慣れている

やまなしレイ 作

待つことには慣れている
  1. 一.恋-こい-
  2. 二.情-なさけ-
  3. 三.鍵-かぎ-
  4. 四.解-かい-

一.恋-こい-

一.恋-こい-

 待つことには慣れている―――

 現在は午前10時47分。

 桂木潤一との待ちあわせは11時だ。

 待ちあわせ場所の時計塔にすこし早く着いてしまった私は、自分自身に言いきかせるようにつぶやく。鏡を出して、前髪を確認したところで……「すごい、気合入れて来たみたいに思われないか」と、ちょっと焦る。


 鏡に写っているのは、買ったばかりの赤いコートに、フリルのスカート、お気にいりのブーツを履いた自分だ。
 ふと周りを見てみると、私と同じようにここで待っている人達はみんな、男の人も女の人も、上から下までクローゼットの中から一番のものを選んだ全身最強装備でここに来ているみたいだった。私もきっと、周りから見れば似たようなものだろう。

 吐く息がすぐに白いモヤモヤに変わってしまう寒空だというのに、みんな幸せそうに相手が来るのを待っている。


「定番の待ちあわせスポットってそういうことか―――」

 顔が赤くなるのを感じる。
 駅前のどこで待ちあわせるのかを潤一から訊かれ、ちょっと前に友達から聞いていたこの場所をついつい指定してしまったのは私だ。

 ここで待っている人達を見ると、どうもみんな「恋人同士の片割れ」のように見える。潤一と私はもちろん恋人なんかじゃない。それなのに、こんなところで待ちあわせていることがクラスメイトにでも知られたら―――思わず顔を伏せてしまう。



 時計を見ると10時55分。
 見回してもまだ潤一は来ていない。5分前行動のできない男だ。私は13分も前からここで待っているのに……と思ったが、それを潤一に言うと調子に乗られるかもと思い、黙っておくことにした。

「何? 何? そんなに早くから待っていたなんて、睦っちゃんたら俺に会うのがよっぽど楽しみだったんだな」
 想像の中の潤一がニヤニヤしているのが腹立たしかった。

 ◇

「よぉ」

 私の右隣に座っていた女性の前に男が現れた。
 女性も立ち上がる。どうやら待ち人が来たらしい。

 こうして同じ場所で同じように人を待っている私達だけど、一人また一人と迎えが来て、ここを去っていく。幼稚園の後、母親が迎えに来てくれるのを待っているのに自分の母親だけが来ない、あの寂しさに似ているな―――

 でも、私は 待つことには慣れている―――

 だから自分は平気だと言いきかせていたら
 女性がまた、私の隣に座った。


 ????????

 男の方はというと、こちらからちょっと見えづらい位置まで離れていって一人で座った。
 待ちあわせ場所にようやく相手が来たというのに、女性の方はスマートフォンを出してそちらに集中している。

 ????????????

 私がちょいと幼少期の寂しい出来事を思い出している間にこの男女がどんな会話をしたのか分からないのだが、その一瞬でケンカでもしでかしたのだろうか。しかし、それだったらその後もここで待ち続けるというのはおかしい気がする。


○待ちあわせをしていたのは2人ではなく、3人だったのでは?
 私は勝手に、ここにいる全員「恋人同士の片割れ」だなんて思っていたが、私と潤一だって恋人なんかじゃない。ここを「友達グループ」で待ちあわせに使うこともあるだろう。

 しかし、その場合は2人で一緒に「3人目」を待つような気がする。わざわざ離れて座る理由は何だ?


○ここは待ちあわせ場所ではなく、こここそが目的地だ
 ここが待ちあわせスポットの定番になっていると言っても、待ちあわせ以外の用途で使われることだってあるだろう。
 ここに来るのが目的だったら、二人で会った後もここに居座るのも分からなくはない。

 問題は、ここには何の変哲もない時計が1本建っているだけで、ここに来て何か楽しいこともなさそうということだが……
 そう言えば、私は遊んだことがないが、最近はスマートフォンで遊べる「位置ゲー」が人気だという。スマートフォンが世界の「どの位置にあるのか」を検知してくれる機能を使って、その場所にしか出ないモンスターをつかまえるために歩きまわったりするみたいだ。

 ひょっとしたら、この時計塔の周りにしか登場しないレアモンスターでもいて、それをつかまえるために2人はここに来たのかも知れない。後ろに伸びをするフリをして、右隣に座っている女性のスマートフォンの画面をのぞきこむ。Y○U TUBEで子猫の動画を見ていた。うん、 、 、子猫かわいいもんね。


 そもそも、この推理でも「わざわざ離れて座る」理由にはならない。
 隣に座って一緒にゲームをすればイイだけだし、この2人はどうもさっきから「他の誰か」が来るのを待っているように思えるんだ。


○実は彼女は身代金を運んでいる
 やはりカギは2人が離れて座っているところだと思う。

 「一緒にいるとは思われていけない」と考えるなら……例えば、彼女が「誘拐犯に身代金を渡す」役で、男の方がやってきた犯人を取り押さえる捜査官だとか。


 ………


 だめだ。いつもの妄想ぐせが出てしまった。

 昔からこうして一人で待つことの多かった私は、そこにいる見知らぬ人達を使って壮大なドラマを考えてしまうのだ。彼女はきっと大企業の社長令嬢で、小学生の妹が誘拐犯に捕まり、指定されたこの場所に身代金を持ってきたのだ。うっかり話しかけてしまったことから察するに、さっきの男はまだ若手の新人刑事だな。あだ名はソーメン。
 彼の右側にいる体の大きな男の人も、犯人を抑えるためにこのチームに加えられた一人だ。学生時代はラグビーをやっていて、気の優しい力持ちで、あだ名はジョッキ。いつも大きなジョッキでビールを飲むから。
 時計塔の右にいるメガネをかけたスラっとした美人は、この作戦の現場指揮官だ。女だけどあらゆる武術を極めた達人で、頭も回るエリートだが、実は犬が苦手。あだ名は、本人のいないところでだけインテリと呼ばれている。


 さあ!!
 身代金を取りに犯人はどこから現れるのかな!!


 と思ったところで、ソーメンの前に新たな女性が現れた。
 二人は楽しそうに手をつないでどこかに行ってしまった。あれ? イイの? まだ誘拐犯を捕まえていないよ?

「はぁ……同じ待ちあわせ場所を使うなよ……」

 隣で子猫の動画を見ていたはずの女性がつぶやく。


 あぁ……そうか。

 現実は妄想のようには面白くはない。
 しばらくすると、女性の方にも別の男性が迎えに来てどこかに行ってしまった。


 真相は恐らくこんなところだ。
 男女の関係は「元・恋人同士」。

 以前はこの定番の待ちあわせスポットを「恋人同士」として使っていたのを、「次の恋人」とも同じ場所を使っていたため鉢合わせてしまったのだろう。そりゃ、離れて座るしかない。ただ、それだけの話だ。


「面白くもなんともない結末だなぁ……」

 現実はちっともドラマチックじゃないし、ハッピーエンドにもならない。
 恋なんていつか終わるものだし、そうしたらまた次の恋が始まるだけだ。

 ふと潤一のことを思い浮かべる。
 時間は11時6分。遅刻してやがる。

  to be continued...

二.情-なさけ-

二.情-なさけ-

「睦っちゃん、好き好き。超愛してる。」

 潤一がそんなことを言っていたのは、いつまでだったか。私が露骨にイヤな顔をしていたからか、しばらくそんなことも聞いていない。

 時計を見たら11時20分。こんな風に時間にルーズな人ではなかったのに。
 潤一はあの頃と同じように今でも自分を愛しているのだろうか。さっきの2人のように、いつかは心が離れて、別々の方向に進むことになってしまうのだろうか。


 ◇


 しばらくぼーっとしていて気がつかなかったが、周囲がちょっとざわついている。
 ジョッキ(私が勝手につけたあだ名)が、ここで待っている人達に次々と声をかけているのだ。みなが恋人を待っているであろうこの場所でナンパとは恐れ知らずか……ということではなく、ジョッキ(仮)の彼女と思しき女性も気まずそうに後ろに立っている。



 聞き耳を立ててみると、ジョッキ(仮)の下には11時10分くらいに彼女が到着して、ここを発ったとのこと。しかし、彼女にもらったお守りがなくなっていることに気づき、落としたんじゃないかと慌ててここに戻ってきたらしい。

「青と……黒の、こう、大の文字……みたいな……」

 ジョッキ(仮)はどうも口下手らしく、説明がイマイチ分かりづらい。後ろにいる彼女も恥ずかしいのか赤くなってうつむいている。
 どうやらそのお守りは彼女の手作りだったようだ。警察官は言いすぎにしても、ジョッキ(仮)は大学生くらいかと思っていたけど、この様子だと高校生カップルが部活の試合の前にお守りとしてプレゼントした―――みたいなところか。


 ふむ……

 そこに居合わせた人達も、一応は立ち上がって自分の座っていたあたりに落ちてやいないか確認してあげているのだが、何も出てこない。
 10分ほど前までジョッキ(仮)が座っていた場所に今座っている男の人が、意地悪そうに「家に置いてきたとかじゃないんすかー」と言う。口下手なジョッキ(仮)は押し黙ってしまった。急に恥ずかしくなってしまったのか、うつむいて立ち去ろうとするジョッキ(仮)の後ろ姿を見て、流石にこのまま終わるのは夢見が悪いと思って手を挙げた。

「あの……私、その人がここで待っている間、フェルトで出来たみたいなものを握っているのは見ていましたよ」

 ジョッキ(仮)が目を見開いてこっちに戻ってくる。

「だよね!? それ、どこにいったか見ていない!?」

 肩をガッツリつかんでガンガン揺さぶってくるのだけど、一応こっちは女の子なのでやめてほしい。
「そこまでは見ていませんけど……」
 私がそう言うと、ジョッキ(仮)は残念そうに手を放す。

「ですが、ジョッ…じゃなかった。あなたが座っていた場所、今はその男の人が座っていますけど、その間に女性が2人ほど座っていました。」

 話を聞いていた人達がみな驚いてこっちを向く。
 こんなことを言えば注目されるのも当然だ。少し後悔したが、もう今更引き返すこともできない。

「あなたの彼女が迎えに来てここを離れたのが11時10分。今座っている男の人が来たのが、確か11時18分くらいだったと思います。
その間にその場所がどうだったかというと……11時10分にあなたが離れたのと入れ替えに大学生くらいの女性が座ったのですが、2分ほど経ったあたりで席を立っていましたね。その3分後……大体11時15分くらいに別の女性がそこに座ったのですが、その女性はその後に場所を移動して、今私の左隣に座っています。」

 えっ と周囲がざわつく。
 私に注目していた目が、一斉に私の左隣に移る。ジョッキ(仮)に至っては、つかみかからん勢いで彼女を見ている。

「まっ、待って! 私、そんなの盗んでないよ!」
 焦って女性が反論する。
 この人は高校生くらいだろうか。黒髪をポニーテールにしている活発そうな女性だ。このままじゃ彼女が犯人扱いされそうなので、フォローしておこう。

「そりゃそうです。申し訳ないですけど、手作りのお守りなんて当人達以外には価値がありませんから、誰かが盗んだなんてことはないと思います。何人かが席を立って空白地帯ができたので、間を詰めて場所を移動しただけだと思います。」

 ほーーーーとも、ヒューーーーとも言えない歓声が、その場に広がる。

「なんで、そこまで周りを見てんだよ。名探偵さんよ。」
 ジョッキ(仮)が座っていた場所に今座っている男性が、茶化すように言ってきた。この人こそ大学生くらいだろうか。私が年下だからか、小馬鹿にするような言い回しで正直イラッとする。小学生ならともかく、大学生くらいでも、こんな男っているんだなぁ。

「私、ここでもう40分待っているので……」
 潤一への怨念をたっぷり込めてそう言い放ったら、同情からなのか周りはちょっと笑ってくれた。他の人は大体スマートフォンで時間をつぶしていたけど、私は携帯電話も持っていないし、時間をつぶすための本も今日は持ってこなかったので、周囲を観察して妄想することくらいしかやることがなかったのだ。



「誰も盗んでいないというのなら、一体どこに……」
「盗みはしないでしょうが、善意で拾ったということはあるかも知れません。えっと……すみません。11時15分にその場所に座ったときには見ていないんですよね?」
 私が訊くと左隣のポニーテール女性は黙ってうなづく。

「ということは……拾った可能性が一番高いのは11時10分~12分の間に座っていた大学生くらいの女性ですが、周囲の場所に座っていて11時15分までの間に席を立った数人にも可能性はありますね。帽子を被った男性が1人と、ショートカットの女性が1人いました。」

 それまで黙っていたジョッキ(仮)の彼女が、光明が見えたからなのか突然しゃべりだす。
「善意で拾ったってことは交番に届けてくれたとか!? たしか、ちょっと行ったところに交番あったよね」

 確かにその可能性もなくもないけど……

「誰かが、ゴミ箱にでも捨てちゃったんじゃねーの?」

 空気を読まずに茶化男(今私が付けたあだ名)がニヤニヤしながら言う。
 ジョッキ(仮)がムッとしてそちらをにらみつける。年齢は茶化男(仮)の方が上だろうが、体格がちがうのでケンカになったらジョッキ(仮)の方が強そうだ。茶化男(仮)がぼこぼこにされるのも見てみたい気もするが……

「でも、多分その可能性が高いでしょうね」

 私がそう言うと、みんな黙ってしまった。
 仕方がないことだ。当人達には大切な手作りのお守りでも、当人達以外には価値のない……こう言ってしまうのは彼女には申し訳ないが、当人達以外にはゴミでしかない。親切心でゴミ箱に捨てる人がいたというのが一番ありそうだ。


「だけど、この辺にゴミ箱なんてなくない?」
 私の左隣のポニーテール女性がつぶやく。
 確かに……景観の問題か、安全上の問題か、時計塔の周囲にはゴミ箱がない。ということは、拾った人はまだその“ゴミ”を持って歩いているかも知れない―――なんて考えていると、ジョッキ(仮)が私に言ってきた。

「キミ! 悪いけど、ここにいたというその数人を一緒に探してくれないかい?」

 ………

 えー、そうなるのか。
 ジョッキ(仮)は今にでも私を脇に抱えて駅前を走り回りかねない勢いだ。それはイヤだなぁ……

「私、ここで人を待っているんで……」

 ここで潤一を待つついでに知恵を貸すくらいならやってもイイが、ここを離れるのは本末転倒だ。たかが他人のお守りのためにそこまで犠牲にできない。いくら私でもそこまでお人よしではない。
 そう断ると、ジョッキ(仮)も彼女も残念そうだったが「仕方ない」とも言ってくれた。後味の悪い結末だが、現実なんてこんなものだろう。ドラマチックじゃないし、ハッピーエンドにもならない。


 だが、


「あ、ここにいた。」

 走ってここまで来たのか、息を弾ませて頬を赤らめた女性が現れた。
 彼女を見た瞬間、私は驚いて声を失ってしまった。だって、この女性は……

「おー、遅い遅い。今、11時30分か……15分の遅刻だぞ。
ん? “ここにいた”ってどういう意味だ? 最初からここで待ちあわせてただろ?」
 立ち上がったのは茶化男(仮)だった。
 どうやらこの2人は11時15分にここで待ちあわせていたらしい。茶化男(仮)も3分くらい遅刻していたことは置いといて……そうか、そういうことか。

「ごめん、まーくん。私はちょっと前にここに来てたんだけどさ。
この人達がこれを落としていたのに気づいて、きっと大事なものだろうから追いかけたんだけど見つからなくて走り回っちゃった」

 彼女の手のひらの上にあるのは、青いユニフォームを着たジョッキ(仮)に似た人形だった。



 すごいお人よしが存在した。
 この人はジョッキ(仮)が座っていた場所に次に座った女性だ。ジョッキ(仮)と入れ替わりにそこに座ったため、人形が落ちていることに気づいたのだろう。それを交番でもゴミ箱でもなく、本人達を探して走り回るだなんて、そんな人がいることは流石に推理できなかった。


 ◇


 ジョッキ(仮)と彼女は、人形を拾って届けてくれた女性にはもちろん、その場にいた一人一人にもお礼を言って去って行った。
 茶化男(まーくん)だけがちょっと気まずそうだった。あんな女神みたいな女性がよく茶化男(まーくん)の彼女になんかなったなと思ったが、逆に考えると女神みたいな女性だからああいう男を受け入れられたのも知れない。


 茶化男(まーくん)と女神(仮)が去った後、左隣のポニーテールの女性が「あんな人がいるんだねー」と私に声をかけてニコリと笑った。私も笑った。
 その後、その女性のところにも迎えが来て、別れ際に「じゃーね」と手を振ってくれた。「聞いて聞いて。さっきこんなことがあってさー」と楽しそうに彼氏に話をする彼女を見て、私もほっこりした。


 時計を見ると11時45分。
 まだ潤一は来ない。

  to be continued...

三.鍵-かぎ-

 時刻は12時00分。

 流石におかしい。
 いくらなんでも1時間の遅刻は尋常ではない。「私のことをもう愛していないのでは」みたいな話ではない。何かトラブルがあったとしか考えられない。こういう時は、携帯電話を持っていない自分の身がもどかしい。

 考えられるパターンを幾つか推理してみる。


○ 電車が止まっている
 潤一が住んでいる町からこの駅までは電車で数駅だが、その交通機関がいつも通りに動いていなければここまでたどり着くことは出来ない。その場合、潤一が私にそれを伝えたくても、携帯電話を持たない私にはそれを伝える手段がない。

 そんな時、私が潤一の立場だったらどうするだろうか?

 電車の復旧を待つか?
 それとも、急いで家に戻り、バイクか車でここに向かうことを考えるだろうか―――そうすれば1時間もかからずにここに着けそうだが、電車が止まっていることで道路も渋滞しているとも考えられる……


 いや、おかしい。
 もし仮に電車が止まっているとしたら、影響を受けるのはもちろん潤一だけではない。ここで待ちあわせをしている他の人達にも影響があるだろう。
 しかし、例えばさっきの茶化男(仮)なんかは3分の遅刻しかしていなかったし、電車が止まっている状態でなんとかここにたどり着いた人がいるのなら「いやー、電車が止まっていて大変だったよ」と言う人がいてもおかしくない。だが、1時間以上ここで人の会話を聞いている私のところにも、そんな会話は聞こえてこなかった。


○ 潤一の身に何かあった
 潤一は朝が弱いタイプではなかった。いつも私より早く目覚めていたような人だ。寝坊で1時間遅刻するなんて考えられない。

 そうすると……起き上がれないような重い病気で寝込んでいて、ここに来られないという可能性は……昨日、電話で話した時は元気だったな。一晩でそんなに急変することがあるのだろうか。


 病気でないとしたら、ケガとかだろうか?
 階段から落っこちて足を骨折とかしたら、潤一はどうするだろう。ここには来られないが、私がここで待っていることも分かっている。私の家に電話をして、そのことを伝えているかも知れない。今日は一日中ずっと母が家にいると言っていたので、家に電話してみようか……?

 しかし、そんなことで母に電話をしたら余計な心配をされるかも知れない。


○ どちらかが待ちあわせ時刻か待ちあわせ場所を間違えている
 昨日の夜、電話で潤一と待ちあわせについて直接話している。
 だから、待ちあわせの日を間違えたとか忘れたとかの可能性は低いだろう。

 となると、間違える可能性がありそうなのは時間と場所だ。

 11時を指定したのは潤一だ。「その後ちょっと早めに昼食をとろう」と言っていたのを覚えている。なら、少なくとも12時より後の時間と勘違いすることはないはずだ。
 場所を指定したのは私だ。だから、私がこの場所を間違えるワケがない。とすると、潤一が待ちあわせ場所を間違えているというのが一番ありそうだ。


 仕方がない。
 これは、なるべく使いたくなかった手だが……背に腹は代えられない。


 潤一の携帯に電話をかけよう。

 ……

 いや、最初からやっておけよって話なんだけどさ。私の方から電話をしたら、私が待ちあわせをものすごく楽しみにしてたみたいになっちゃうじゃない。そう思われたらイヤなので、この手は使いたくなかったんだ。

 最近は減ったと言われるけど、駅前だからか1つ生き残っていた電話ボックスに飛びこむ。リュックから手帳を出して、メモしてあった潤一の携帯番号にかける。



 …………出ない。

 これはいよいよ異常事態だと考えざるをえない。



○ 何かの事件に巻き込まれた?
 ひょんなことから組織の秘密を知ってしまったことで、潤一は自宅で寝ているところを襲撃され、そのまま拉致監禁されてしまう。

 そのことに気がついているのは、今日待ち合わせをしている私だけだ!! どうする私!?


 ………


 いつもの妄想癖が出てしまった。
 何なんだ、「組織の秘密」って。何なんだ、「ひょんなこと」って。そんなことで漏れる「組織の秘密」なんて大したものではないだろう。


 ふと、この間に潤一が時計塔に来てやいないかと心配になる。
 この位置からは待ちあわせていた場所がよく見える。私が座っていた場所は、既に中学生くらいの女子2人に陣取られていた。おのれ……この位置から待ちあわせ場所はよく見えるが、待ちあわせ場所からこちらは見えづらいみたいで、当の2人は遠巻きに私に見られているなんてことには気づかずに無防備に談笑していた。


   … … … !?


 外からこうして待ちあわせ場所を眺めていると、この1時間ちょっとに起こった出来事を思い出していく。

・恋人の片割れが集まる時計塔
・モンスターを捕まえるゲーム
・子猫の動画、かわいい
・身代金の受け渡しと、犯人を取り押さえる捜査官
・ソーメン、ジョッキ、インテリ……
・他の人にはゴミでしかないが、当人にとっては大切なお守り
・それを走り回って届けた女神
・その彼氏である茶化男
・止まったのか分からない電車
・昨日の夜に話した待ちあわせ時刻と待ちあわせ場所
・出ない電話
・謎の組織による襲撃と拉致監禁
・そして、この位置から見える待ちあわせ場所


 そうか、そういうことか……分かってしまった。
 大半は関係のないことだが、いくつかは真実につながる「鍵」だったのだ。

 恐らく潤一は、あの場所にいる。

 電話ボックスを出た私は、颯爽とその場所へと向かう。
 潤一を救い出すために。

  to be continued...

四.解-かい-

「お父さん、何してるの」



 交番には警察官が3人。
 1人が入口のそばに立って周りを見ていて、1人が机をはさんで“男”と向かい合って話していたようで、もう1人が横に立ってそれを聞いていたみたいだ。そして、その“男”というのが――――


「睦っちゃん!! おまわりさん達に話してくれないか!」
 そこで警察官から取調べを受けている男が、潤一だった。
 いや、この場合は任意同行だっけ? ま、どっちでもイイや。潤一を監禁している謎の組織とは、警察のことだったのだ。

「君は……?」
 入口に立っていた若い警察官に道をふさがれる。

「冴島 睦(さえじま むつ)です。
そこにいるのが桂木 潤一。一応は血縁上の父親です。
苗字がちがうのは、二年前に両親が離婚していて今は一緒に暮らしていないからです。」

 3人の警察官は、現れた私に驚いて、事情を説明するか迷っているみたいだった。だから、先に私の方から言っておく。

「あー、多分、事情は分かっているので説明しなくてイイです。
その男が遠くから私を隠し撮りしようとしているのを、警察の方々に見つかって交番まで連れてこられたってところでしょう。」

 私は、潤一が待ちあわせ場所に来ない理由をずっと考えていたが、そうではなかったのだ。待ちあわせ場所には来ていたのだ。しかし、私には見つからないように私の写真を撮ろうとしていた。私こそが、あの時計台でしか現れないレアモンスターだったのだ。

「うん、大体はそんなところだね。お父さんのスマホを見せてもらったらこんな様子だったから、ちょっと見過ごせなくてね」
 ずっと立っていた年配の警察官が潤一のスマホを見せてくれた。私が電話をかけても出られなかったのは、警察官に押収されてたからってところか。この場合は押収でイイんだっけ…?

「げ」

 スマホの画面を見たら思わず声が出てしまった。
 私の写真がズラリと並んでいる。しかも、これ、隠し撮りだ。離婚した時の取り決めで、私と潤一は1ヶ月に1度だけ会う約束なのだけど、どうもその度に隠し撮りされていたみたいだ。これじゃ事情を知らない警察官から見れば犯罪者予備軍だし、事情を知っている私からしても相当キモチワルイ。

 思いっきり潤一をにらみつける。

「だって、睦っちゃん。写真を撮らせてって言っても撮らせてくれないし……」
 にらみつけられた潤一は、子供のように口をとがらせる。
「私、写真撮られるの嫌いって言ってるじゃん!
お正月に撮ったヤツを送ったんだからそれでガマンしてよ!」

 思わず声を荒げてしまった私を見かねたのか、年配の警察官が仲裁に入ってくる。

「まぁまぁ、冴島睦さん……だっけ。何年生かな?」
「5年生です」
「へぇー、使う言葉が大人っぽいから中学生くらいかと思ったよ」

 それは言いすぎだろう。
 同学年のコと比べられても小柄なので、私はいつも下に見られる。

「お父さんのしていることは褒められたものじゃないってオジサンも思うんだけどね。
父親にとって、子供の写真って何枚あっても足りるものじゃないんだ。先月の写真と今月の写真と来月の写真、全部大切に残しておきたいものなんだよ。他の人には全部一緒に見えても、ね。」

 他の人にとってはゴミみたいなものでも、当人にとっては何より大切なもの――――
 ふとジョッキ(仮)と、その彼女と、女神(仮)の顔を思い浮かべる。もう会うこともないだろう、あの人達。


「分かったよ、お父さん。このことはお母さんには言わないであげる。でも、隠し撮りはもうやめて。警察の人達にも迷惑だし。」

 タメ息とともに許しの言葉が出た。

 ◇

 ようやく警察の人達から解放されたのは、1時だった。歩きながら潤一が言ってくる。

「ごめんな。お腹ペコペコだろ? 何食べる?」

 結果的に2時間も遅刻しておきながら、謝り方も軽い。

「別に何でもイイ。こないだのファミレスでイイよ。」

 ぶっきらぼうに言いながら歩いていると、横目に時計塔が見える。
 今もそこでたくさんの人が誰かを待っている。吐く息がすぐに白いモヤモヤに変わってしまうような寒空だというのに、みんな幸せそうな顔をしている。ひょっとしたら……と、潤一を見上げて訊いてみる。

「隠し撮りしたとき、私ってどんな顔してた?」
「世界一幸せなお姫様みたいだった」

 イラッとする。
 私はきっと一生この男の軽さにイライラしながら大きくなっていくのだろう。

 でも、
 それでも、

 ずっと変わらないものがあっても悪くないのかなとも思った。

『待つことには慣れている』

『待つことには慣れている』 やまなしレイ 作

吐く息がすぐに白いモヤモヤに変わってしまう寒空だというのに、みんな幸せそうに相手が来るのを待っている――― そんな待ちあわせスポットで、男を待つ少女の物語。 【毎週水曜夜~木曜朝くらいに更新します】 【この本は2018年4月末日までの限定公開とします】

  • 小説
  • 短編
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2018-01-10
Copyrighted

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