薄荷

辛くて、おいしくない。もう吐き出してしまいたい。
繰り返す呼吸さえも仄かな白に遮られて苦しくなって。
そんなときだけ、あなたは優しくするのですね。
こんなときだけ、甘い部分をちらりと覗かせるのですね。

もう二度と来ないと決めたあなたの寝室に迷い込んだのはもう何度目でしょう。
目を吊りあげた日々に追われて、誰からみても弱くなった私は
まるであなたの香りに縋るようにここに来てしまうのでした。
薄荷の飴玉のような色をしたベッド。
いつもと変わらないシャンプーの香りはわたしの精神安定剤。
だけどずっとここにいると、脳のすべてが麻痺したように動けなくなり、
数秒前まではあんなに落ち着く場所だったのに、ただここでこわいものが
通り過ぎるのを待つわたしを軽蔑したような、そんな場所になってしまう。
そのくせまたここに来てしまうのは、わたしが一種の中毒者だからでしょう。

傘をさしていたのにずぶ濡れで、母親とはぐれた子供のような目をしたわたし。
あなたはそんなわたしを捨て猫を見るようにして頭を撫でた。
もっとわたしが強い子だったら、健全な恋だったのでしょうか。
あなたが甘い人だったら、不謹慎なんていう言葉はとっくに蟻に蝕まれていたのでしょうか。

おいしくないはずの薄荷をわたしが食べるのは、きっとあなたに似ているから。
今すぐ噛み砕いてしまいたいのに、なくなってしまうのが惜しくて、悲しくて。
来たくないはずの寝室に来てしまうのは、あなたが好きだから。
今にも溺れそうな粉砂糖の海で、唯一人辛いあなたを見つけてしまったの。

朝になったら帰ってしまえと言うくせに、朝のあなたが誰よりも甘いのはどうしてですか。
わたしがさらさらと風に飛ばされてしまいそうな時だけ優しくだきしめてくれるのは同情ですか。

嫌いな薄荷をまた一つ。ああ、やっぱり辛すぎる。
わたしが泣いたら甘いあなたは来てくれる?
こんなときだけ、あなたは優しくするのですから。
こんなときだけ、とびきり幸せなキスをするのですから。

薄荷

薄荷

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-01-07

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