星が溶ける

冬遠 ノバ 作

「星が溶ける」「朝まだき」「無声映画の悪夢」の三編

肉となり、骨となり、記憶となる「星が溶ける」


「星が溶ける」

きみは冬 星を見上げ美しいと褒めた つられ見上げれば幾百 幾千の星が燃えている
白々と燃える星をあの瞬間 きみの目はとらえていた

彼方からやってきた 過去の閃光を
何億光年 きみとわたしが生まれる前からやってきた光たちは
今きみの目の中に溶けている

はじめましても言ってくれなかったきみと 握手を交わした春
夏 きみは眩しい太陽の下を歩いた 歩みの遅いわたしを待ちながら
唇の皮膚が向けて痛いと、きみは不機嫌だった 見かねたわたしがきみにリップクリームを貸した秋

星はすべてを窓際から見ていた すべてがきみの目の中に溶けている

溶けだした閃光はきみの全てをめぐり、肉となり 骨となり 記憶となる 
かしこいきみは とるにたらないこれを きっとすぐに捨ててしまうのだろう
代わりに 星の誕生日や分子のあれそれを詰めこんで 隣にいるわたしに語り出す

天体の存在を
分子の規則性を
科学の観察と実効性を
芝居かかった低くつややかな声で

きみの声はわたしの耳に溶けすべてをめぐり 肉となり 骨となり 記憶となる
かしこくないわたしは 星も分子も覚えていられない 
溶けだしたきみを拾い 抱きしめることでいっぱいいっぱいだ

今は冬 
星を見上げ美しいと褒めるきみ 幾百 幾千の星の名がきみの言葉となってわたしに降ってくる

シリウス
ベテルギウス
プロキオン

何億光年先の星々に混ぜて 名前を呼んで わたしを見て
きみの目の前に存在するものとなって きみのすべてに溶けだしたい




「朝まだき」

朝まだき わたしときみが眠るベッドの外は いまだ眠っている
静かに息をくりかえし とろりとした空気の中で眠っている 空には夜が残っている

非現実的な時間 生物も建物も死んでしまい
わたしときみ以外がとり残されたようだ 

白く清潔な枕に頭をあずけ きみは静かに横をむいている

カーテンの隙間から白い光が一筋 眠るきみの頬にさしている

睫毛の先は鋭く輝き 髪は光を含み ふうわりとしていた
触れれば粒子となって 朝がまだ来ないあちこちに散らばってしまいそうだ

捕まえるのはさぞ むずかしいだろう

頬にさす光をなぞる きみを覆う皮膚がわたしの指の下にある
生きているものの温度だ むきだしの肩に鼻を近づければ きみの生きている匂いがする
 
とり残されるのならば 枕に頭をあずけたまま
きみが生きている匂いに安らかな思いを抱きながら 朝を待つ




「無声映画の悪夢」

きみに抱かれる夢を見た
ふたりとも裸で わたしの足の間に きみの大きな体があった

見たことがないはずの体は 見たことがないなりの作りをしていた
首から下があやふやで 手と顔だけがはっきりしている 

背中の下にあるベッドもあやふやで 天井もあやふやだった
見たことがない景色だ
もしかしたらあれは きみの部屋だったのかもしれない

わたしの体はきみの体の下にあるはずなのに
わたしときみがお互いの体を触り 頬をよせ くちづけを落とすのを見つめていた 

大きな手が わたしの輪郭を確かめるように腰をなぞり
鋭い言葉を突きつける唇が わたしの瞼に触れ
色の白い頬をぴったりと わたしの左胸に押しつけて

匂いはない
色もない
きみの感触もない

すべての境が曖昧な夢の中で きみがわたしの名前を何度も呼ぶ

なんども なんども

聞いたことのない声で 
難しい言葉を操り支配し 自分のものにするきみの口から

わたしの名前を求めるように
慈しむように
それだけしか知らぬ子どものように

きみの声が おかしな夢のなかで一番はっきりと輪郭を保っていた

目を閉じても開いても
口を開けても閉じても
きみから逃げようとあがいても

きみの声はわたしの名前を呼ぶ 軽々とわたしを捕まえ 自分の体の下に隠してしまう

とんだ悪夢だ
見ていられなくて ひたすら天井を睨む 甘い小麦粉の匂いがしそうな霧が天井かわりだ

視界の隅にうつる髪が揺れている つむじを見下ろすことなんて滅多にない
黒い髪に指をさしこむ 白く浮きだった指に黒い髪が絡みついている

きみが顔をあげる 白と黒だけの顔は古めかしい芸術品のように品のある顔
無声映画の役者のように きみはわらった 

とんだ悪夢だ
胸の奥という奥が痛む 呻き 気が狂うのならまさに今 シーツでは到底隠せない

きみがいっそうやさしく わたしの名前を呼ぶ

目で愛を語るだけなら飽き足らず
名前を呼んで愛を語るなど 無声映画じゃご法度だ

星が溶ける

星が溶ける

「星が溶ける」すべてがきみの目の中に溶けている 「朝まだき」とり残されるのならば 枕に頭を預けたまま 「無声映画の悪夢」きみに抱かれる夢を見た

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2018-01-07

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