空中熱帯魚

「へえ、最近の熱帯魚って飛ぶんですね」

 空中をまるで水槽の中みたいに浮遊する熱帯魚を見ながらつい漏らしてしまった。
 しかし、店員は言われ慣れているのだろう。

「最近出た新種なんですよ。この辺で扱ってるのはまだうちだけです」

 と応えた。
 値段を見ると一匹、七万八千円。ゼロの数を数え間違えたかと目を凝らすが、そんな客の反応にも店員は慣れているようだった。

「いやでも、他の熱帯魚は水槽やポンプ、電気代なんかも掛かる訳じゃないですか。長い目で見ると空中熱帯魚の方がお得ですよ。飼育も楽ですしね」

 そう言うと霧吹きを取り出して熱帯魚にふりかけた。空気中のなんやらと結合してなんやらを作り出し、それをエラで吸収して呼吸しているらしいが説明されたところでよくわからなかった。
 どうやら、その霧吹きに含まれるなんちゃら成分とやらが存在する空気中でしか生きられないらしい。

「放し飼いとは違います。大体四畳くらいですかね、自由にできるのは。ここでは多少制限してるんでそんなに泳ぎませんけど」

 そうか泳いでいるのか、と空中熱帯魚を見ながら思った。
 正直なところ、熱帯魚を買う気なんて微塵もなかった。ホームセンターの端に熱帯魚コーナーがいつの間にかできていたから、なんとなく、本当になんとなく寄ってみたところ暇そうな店員に捕まってしまっただけだ。
 それに、うちには既に熱帯魚がいる。水槽の中を泳ぐふつうの熱帯魚だ。近所のペットショップが閉店する時、一匹十円で買った熱帯魚。品種も知らない。最初は五匹いたが、今では一匹になってしまった。一匹でひたすら泳ぐ熱帯魚。

 結局、空中熱帯魚は買わなかった。というよりも七万八千円なんて衝動買いできる金額ではない。
 家に帰ると暗闇の中、水槽がぼんやりと光を放っていた。泳ぐ熱帯魚が見える。
 空中を浮遊する熱帯魚を思い出して重ねてみたが、水中だろうが空中だろうが全く変わらなかった。

「なあ、おまえ飛びたい?」

 もちろん返事はなかった。

空中熱帯魚

空中熱帯魚

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-01-02

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