五月の扉
窓の風は強く床板は冷える。かといって星の乏しい坂道を昇り帰宅すると汗ばむので薄いストールとカーディガンを脱ぎ捨てる。しかしすぐに肩は寒くなる。茂り切らない緑があちこちでさわさわと低く鳴っている。夜中は短い嵐がこの小部屋を揺さぶる。闇は漆黒ではなく紫を含み甘い。昼日中は曇りがちで晴れると陽は明るいはずなのにどこか空に灰色の影が掃かれている。扉が音もなく開いている。幽冥界に通じ、往還がある。この世のものならぬものが自由に歩く。眠っているときに気配がする。そして夢に滲む。空気のようなかれら。鈴のような声を持ち玩具のような乗り物で滑るかれら。知り人に似たものもいるかれら。四月や六月ではこういうことはない。五月だからだ。早く六月になり扉が閉まりこの奇妙な季節が去らないか。この恐ろしさは悲しみに近い。私は心を動かしたくない。
五月の扉