或る童話
あるところに、人形が住んでいます。
人間にお母さんとお父さんがいるように、 お月さまとお星さまと暮らしています。
「ただいま帰りましたお月さま」
人形は浮かぶ白い面輪に云います。お月様の尖った優雅な顎が人形を迎えます。肘掛け椅子に腰かけて、人形は、板チョコのエキスをアルコールランプにくべ、銀紙から摂取します。午後から少しきしむようだったまぶたが滑らかになり、セラミックの空洞の胸がほっとします。
「おかえりなさいませお星さま」
無数の光が影を濃く形作り、人形の向かいの椅子の脚にベルベットの部屋着の裾が掛かります。くつろいだ雰囲気。お月さまは静かに微笑み、お星さまは牛肉のうまみエキスを琥珀のパイプに詰めて摂取します。お月さまは細い白金の煙管を用います。人形はいつもガラスの匙で頂くことが多いのですが、明日にすることにしました。戸棚に人形のぶんを仕舞います。
人形の眠る時間になると、人形の汚れなき光輪を持ったポリエステルファイバーの髪は暗闇になり、お月さまとお星さまは髪にそっと宿ります。ふかふかのベッドに、犬や猫、兎、怠けもの、羊のぬいぐるみに囲まれ、一人の人間の腕の中で、閉じたクォーツのレンズの嵌まった瞳で夢を見ます。明日、また、レジンの虹色の爪をして、栗鼠の皮の靴を履き、磨いたトルコ石の青天井の街角に出かけるまで。明日はどの色の靴で、開いた瞳でいったい何を見るのでしょう。
家の外は10月。金木犀の香りが漂い絶えることはありません。公孫樹の金箔のような葉は梢から落ち続けています。永久にです。
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