異世界に転生したので魔物を倒してみた結果

 轟音を立てながら、大型のトラックが俺の目の前に迫る。
 轢かれる――!
 そう思った瞬間、全身に衝撃が走った。
 痛みを感じるよりも前に、俺の意識はぷっつりと途切れた。

 死後の空間と思われる無感覚の闇の中に、穏やかな女性の声が響く。
「目覚めなさい、選ばれし者よ――」
 来た。トラックに轢かれて死んで異世界に転生するやつだ。それじゃあこの声の主は美しい女神様に違いない。
「貴方は不幸にも若くして命を落としました。しかし、気付いていらっしゃらなかったでしょうが、貴方の魂には大いなる力が宿っているのです。その力を必要としている世界があります。どうか、私たちの世界でもう一度生を受け、魔物どもの手から私たちをお救いください――」
 なるほど、平行世界に蘇って「大いなる力」とやらで魔王を倒せというわけだ。ベタな設定だがそこが良い。これが小説ならつまらないかもしれないが、自分が転生するとなったら話が別だ。勇者、イケメン、チート性能、そして可愛いヒロイン。俺に有利な条件は全て盛り込んでほしい。
 俺は舞い上がりそうになる心を抑え、強大な力を持つ者らしくもったいぶって女神に答えた。
「お話はよくわかりました。そうまで乞われては仕方ありません。できるだけのことは致しましょう」
 ありがとう、という女神の囁きと同時に、俺は目蓋の裏に光を感じた。手足にも徐々に感覚が戻ってくる。女神様の神々しいお姿は拝見できなかったな、と口惜しく思いながら、俺は目を開いた。
 ぼんやりと霞む視界にまず飛び込んできたのは、眩しい陽の光だ。目を細めて光量を調節すると、遥か上方に破れた天井が見えた。その下には剥き出しの鉄骨や錆びたパイプが張り巡らされている。どうやら廃工場のようだ。
「良かった、気が付かれたんですね! 痛いところはありませんか?」
 少し甘ったるい声と同時に目の前に頭が突き出され、俺の視界を遮った。心配そうに俺の顔を見つめているのは、深窓の令嬢といった雰囲気の銀髪の美少女だった。服装はゲームで回復呪文の使い手がよく着ているような感じだ。序盤で白魔導士美少女と出会えるとは幸先が良い。
 俺はゆっくりと上体を起こした。頭が多少くらくらするが、どこにも怪我はないようだ。
「あっ、私、お水持ってきますね!」
 俺が声をかける暇もなく、少女はぴょんと立ち上がって大きな機械の向こうに走って行ってしまった。
 前の世界では可愛い女の子にこんなに心配されたことなどなかった。そう思うと、不覚にもじんわりとこみ上げてくるものがあった。やっぱり異世界転生は最高だ――
 俺が感慨に浸っていた時、不意に甲高い悲鳴が響いた。あの少女が向かった方向だ。
 俺は猛然と走り、大型の機械と古びたコンテナに挟まれた袋小路で少女と魔物が対峙しているのを見付けた。
 声をかけると少女は駆け寄ってきて俺の後ろに隠れた。
 相手の魔物は見るからに野蛮そうで醜悪な、RPGに出てくるゴブリン系のモンスターのような恰好をしている。筋骨隆々ではあるが、幸い大きさは普通の人間の背丈ほどしかない。
 魔物はすぐには襲ってこず、こちらの様子を伺っている。俺の放つ勇者のオーラに怯んでいると見える。
「旅のお方、これをお持ちください」
 少女が差し出したのは、一振りの剣だった。俺は全身に走った緊張を悟られないよう重々しく頷いて剣を手に取り、記憶を頼りに何となくそれらしい構えを取った。
 これは最初の試練だ。魔物を倒し、少女を助ける。格好良く決めてやる。
 振りかぶった剣を、俺は魔物に向けて振り下ろした。
 剣が当たると同時に、ぞっとするような重い手応えを感じた。

「いやぁ、最高でしたよ。リアリティも抜群で、トラックに轢かれた時なんかほんとに死んだかと思いました」
 VR――仮想現実――体験用のスーツを脱ぎ、ヘッドセットを外した後、俺は先ほどのVRゲームの製作者である先生のところへ行って感想を述べた。
 白衣の先生は椅子を回してこちらを向き、顎の無精ひげを片手でちょっと撫でた。
「それは良かった。具合は悪くありませんか? たまに酔う方もいるんですが」
「全然平気です。それより先生、新作の試験にはまた呼んでくださいね」
「ええ、準備ができたらまたお声がけします」
 先生はにこやかに答え、くるりと背を向けてコンピュータで何かの計算を始めた。
 俺は助手の女性の指示に従っていくつかアンケートに答え、開発段階のVRゲームのテストに参加した報酬を受け取って家路についた。

 家に帰り、洗面所で手を洗っていると、血の固まったようなものが頬に赤黒い筋を作っているのに気付いた。
 試験中、どこかにぶつけたか? 仮想現実空間とはいえ結構暴れたし――
 試しに顔を洗ってみると汚れは綺麗に取れ、鏡に顔を近付けても傷は見当たらなかった。
 ま、いいか。機械の油でも付いたんだろう。
 洗面所を出ると同時に、俺はその汚れのことをすっかり忘れてしまった。

***

「先生、警察の方がお帰りになりました」
 部屋に入ってきた助手は告げ、コツコツとハイヒールの音を立てて私に歩み寄った。
「そう。君もご苦労様」
 私は彼女の顔から目を逸らした。助手は立ち去ろうとしない。レンズ越しに私をじっと見つめているのを感じる。
 気配が更に近付き、耳元に吐息がかかる。
「それにしても、実機テストを装ってライバルを殺させるなんて、先生ってやっぱり天才なのね」
 女は顔を近付けたままくすくすと笑った。
「……まあね」
 人を殺したのだと実感して声が震えそうになるのを必死に抑え、平静を装ってできる限りキザな仕草で髪をかきあげた。彼女の夢を壊さないように。
「君のお陰だ。彼を誘導したのは君なんだからね。大したものだ」
「あれくらい簡単よ。あの男、自分が見ているものの中に現実が混ざっているかもしれないなんて、これっぽっちも疑ってなかったんだから」
 ゲーム内で主人公を導く少女を演じていたのが彼女だ。
 体験者の男には、ゲームは全て仮想空間内で進行し、専用のスーツを通じて身体に刺激を与えることで走ったり戦ったりしている感覚を生み出すと説明してあった。つまり、見ているものは全て幻であり、ゲーム内でどれだけ暴れても、現実にはその場に留まったままということだ。しかし、男の装着したヘッドマウントディスプレイには、実際は現実の景色と予め用意された映像とが重ね合わせて表示されていた。彼が見たのは拡張現実であり、少女も魔物も現実にその場に存在していた。もちろん、彼が振り下ろした凶器も。――もっとも、そのままの姿では映していないが。
 彼は自分が人を殺したと気付くことすらないだろう。したがって自白の心配はない。その上、犯人の身元の特定に繋がるような証拠は助手が注意深く消したはずだ。ここに警察が来たのだって、単に被害者が同僚だったからというだけだ。
 計画は順調だ。私は捕まらない。
 その結論に達し、私は自信と落ち着きを取り戻した。
「一段落したことだし、一服しよう。コーヒーを淹れてくれるかい?」
「もちろん」
 女は唇に微笑を浮かべ、部屋を出た。

 助手はなかなか戻らなかった。痺れを切らして様子を見に行こうと腰を浮かせかけた時、ようやくノックの音が響いた。「どうぞ」と招き入れると入ってきたのは、しかし助手の女ではなく、先ほど帰ったはずの刑事だった。
「まだ何かご用ですか? 知っていることは全てお話ししましたが」
「いえ、改めて伺いたいことが出てきましてね」
 刑事の男は勝手にパイプ椅子を引いて座った。その間も獲物を狙うような視線を私から外すことはなかった。脇の下を冷たい汗が流れた。
「あなたがどうやって同僚を撲殺させたか、助手の方が全て話してくれましたよ。ただし、あくまで仮想現実内の出来事としてですが。――頭脳を駆使して邪魔者をやっつける、スパイ映画のような設定が気に入っていたようですね。実に楽しそうでした」
 刑事は言葉を切り、私の反応を確かめるように間を置いた。私はじっと座っているだけで精一杯だった。気を抜くと叫び出しそうだ。こんなはずじゃない。こんなのはあり得ない。
「あなたは自分では手を下さず、助手と被験者を拡張現実で操って犯行に及んだ。しかし、我々は必ずあなたを有罪にしますよ」
 男はふと戸惑ったような表情を浮かべ、私の顔を指差した。
「とりあえず、その妙なゴーグルを外していただけますか?」

異世界に転生したので魔物を倒してみた結果

異世界に転生したので魔物を倒してみた結果

「異世界トラック」が王道と聞いて。 カクヨムさんに上げたのと同じものです。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-12-22

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