クリスマスに散った戦士たちに捧ぐ

宮下珠洲

 冬。
 この街は白に閉ざされる。
 辺りは猛吹雪。道を歩く人など誰もいない。
 人々のうち半分は冬に街を離れ、もう半分は家に籠ると春まで出てこない。
 そうして街は静まり返り、風が空を切る音だけが鳴り響く。

 時計は夜の七時、そろそろ夕飯の支度。暖炉でポタージュを温め、カンパーニュを切る。この時期はずっと部屋に籠らないといけないせいか、あまり食欲がない。動かなくなるし、外の空気も吸えない。
 ポタージュをちびりちびりと飲みつつ、カンパーニュをかじる。ただでさえ時間は有り余っているのだから、ゆっくりゆっくり、寒い冬の数少ない娯楽を味わう。
 手元のマグカップからポタージュが空になる。もうこれ以上食べる気はしない。昨日と同じように小鍋に蓋をして、食器を片付ける。そうして壁のカレンダーにバツを一つ付けてからベッドに向かい、分厚い布団の中にもぐり込む。
 なかなか眠れない。食事、読書、睡眠くらいしかすることが無いのだから当たり前だろう。少しずつしか過ぎていかない時間。早く春が来ないか布団の中でじっと待ち続けている。
 朝。起きてすぐに暖炉に火を入れ、一昨日のポタージュをまた飲む。晩にはようやく鍋が空になりそうだ。カンパーニュは食べなかった。
 やるべき家事も特に無く、今日も暖炉のそばで本を読む。昨日で哲学の本は読み終えたので、今日からは小説、
 本棚を漁ってはみたが、もう読んだ話ばかり。それも何回も。今まで物語ばっかり読んできたせいでもう読む小説がない。
 仕方なく歴史の棚を探すと、右から四番目にある本を手に取った。入れる棚を間違えたのだろう、一昔前の小説が紛れていた。
 それは過去にあったという大戦の物語。世界中が戦火に包まれた時期の物語。初めはすぐに終わると誰もが思っていた戦闘はずるずると長引き、全く先行きの見えない、終わりの見えないものになっていた。三週間で終わるはずの戦争は続き、とうとう寒い冬が訪れた。
 十二月の一日。ある国のある兵士が塹壕の中で溜息をつく。戦友を何人も失い、それでも死力を尽くして前線を守り抜いてきたが、もうそれも限界に近い。周りを見回しても元気な顔をしている兵士などいない。皆終わらない戦闘に希望を失い、最早何も感じられないような虚ろな顔をしている。
 哨戒をしていた彼のもとに別の兵が駆け寄ってくる。駄目だ、撤退だ、と。彼はその兵に怒鳴り散らした。自分は凱旋するために戦争に来た。お前はどうだ。勝つ気はないのか、英雄になりたくはないのか。同時に彼は思い出していた。半年前、都を出たときの高揚感、期待感を。
 まくしたてていたのを止め、彼は詫びる。そして大人しく銃剣を納め、悲しい顔で撤退の支度を始めた。彼は気付いた。あれからもう半年も経っていたことに。そしてまだ、前線で戦い続けていることにも。
 前線を離れる道程で想う。故郷を。残してきた人達を。ある人は肉親を、またある人は恋人を、そしてまたある人は幼い娘を。まだ帰れない。何も残さず、何も得ることができずには帰れない。けれど。
 線路に辿り着いた時にはすでに夕暮れだった。迎えの汽車が煙を上げている。各員とも素早く乗り込む。そして瞬く間に出発。汽車はだんだんと速度を上げていく。
 途中、大きな川を一つ渡る。渡った先が次の戦場だ。ここでやって来る敵軍を迎撃することになるのだ。対岸は鬱蒼とした森で、隠れるのにも向いている。夜通しで塹壕を掘り、カノン砲を設置して迎撃の準備を整える。ここまで連れてきた汽車はまた遠くまで去ってしまった。
 翌朝の迎撃は、結論から言えば成功した。橋の上を越えようとする敵軍を、銃とカノン砲でばしばし叩き落としていく。そうやって多くの敵兵を川底に沈めることができた。
 昼になり、突撃してくる兵もいなくなった。けれども祝杯にはまだ早い。撤退した分を挽回しなければ。
 そうして指揮官は前進の指示。再び川を渡り戦線を押し上げるとのこと。順次、橋を渡る。今日は渡ったところで野営。皆先を争うように橋を渡り、対岸へと一気に突撃する。
 そこに突然の爆発音。橋が壊れる。恐らく爆弾が仕掛けてあったのだろう。橋こそ完全に壊れることはなかったものの多くの兵が橋から沈んでゆく。結局、我先にと争った兵が皆命を落として、戦意を失くしその場にとどまった兵のみが生き残った。
 日が暮れ、戦闘が中断される。兵の間に漂う閉塞感、無力感。人は命を落とした兵を名誉とするのだろう。けれど、そうして得られた名誉など望んではいなかった。
「どうすればいいんだよ、どうしたら終わるんだよ…。」
 そう呟いたのはいつか撤退命令を告げられて怒鳴った兵士。クリスマスもすぐそこに迫っていて切迫感よりもはや諦念が漂う中、彼もまたそうした空気
に呑まれていた。
 それから戦線は一週間以上膠着した。お互いに塹壕を延ばし、土嚢を高く積み、守りを固める。このまましばらくはこの状態が続きそうだ。
 迫るクリスマス、約束の日。
 戦争はまだ、終わらない。
 十二月二十一日。未だに何も動かない。けれども動き出すための準備が始まっていた。クリスマス前までに決着をつける、少なくともこの戦いは。そんな意思のもとに行われるようだ。
 そして日が暮れ、決戦前夜となるであろう夜がやってくる。遅い初雪もあり冷え込む中、焚き火を囲む兵たちが語り合う。
「これさえ終わればクリスマスだな」
「ああ、故郷帰るのは厳しそうだけれども一杯やりたいな」
「ああ、敵なんかさっさとやっつけてパーティーしようぜ」
「そうだな、ちょっとくらい食糧余分に食っても大丈夫だろう。毎日乾パンなんてもう飽きちまったしな」
「今日のところはしっかり休んで、明日はあいつらをぶっ飛ばしちまおうぜ」
 ささやかな宴はやがて終わり、辺りは異様なまでの静けさに包まれる。
 十二月二十二日、決戦。支援を受けながら橋を一気に渡り接近戦に持ち込む。しかし橋を渡り切れた兵はそう多くはなく、やや勢いに欠ける。攻め手を欠きながら時間ばかり過ぎ、負傷者だけが増えていく。夜になり戦闘は中断、結局対岸の敵勢力を崩すまでの戦果は挙げられなかった。
 焚き火の下、負傷者の治療と戦果、被害状況の確認を行う。結果、敵の土嚢を崩し塹壕を機能不全にすることは出来たが犠牲者の数はこちらが圧倒的に多く、下手に襲撃を受けたらどうにもならない。かといって攻め上がることのできる戦力はもう残っていない。クリスマスまで果たして持つのか、という状況だ。
 そして翌朝、事態は悪い方向に転がった。敵が攻めてきた。夜のうちにある程度守りを固めていただけあって動揺こそなくとも、必死に塹壕を守る兵たちに漂う苦しみ。これを耐えればクリスマスはもう目前でも、もう既に皆度重なる戦闘で疲弊しきっていた。
 お互いに思うような戦果が上がらず、再び夜になる。昨日ほどの犠牲者は出なかったが、それでも被害は無視できない。塹壕や土嚢が崩されなかったのは幸いと言うべきか。けれども頭数ではこちらが不利と言って良さそうであり、敗走も時間の問題だ。
 そしてついに夜が明け、十二月二十四日。辺りは霧に包まれた。日が暮れたらクリスマス。敵はその前までに決着を、と、総攻撃。あえなく前衛が崩れ去り、最早敗色濃厚と言ってもいい状況。しかし残った兵にも未だ士気を失っていない者もいた。数人の兵が銃剣を手に敵の集団に突っ込む。その中にはいつか撤退命令に怒鳴りつけた彼もいた。彼らの突撃はあまりに安直だったが、前衛を崩したことで油断が挟まった敵には効果覿面だった。
 陣形が崩れ、統率がままならない敵を、腰の軍刀で斬り捨てていく。瞬く間に混乱は拡がり、倒れた兵は増えていく。しかし、彼らも一人、また一人と撃たれてしまう。けれどもそう簡単にやられてたまるかとばかりに倒されても周りに落ちた銃を拾って撃つ者もあった。
 そして

 気が付いたらもう日が暮れていた。すっかりお腹が空いてしまったので、私は残りのスープを温めてパンを切る。暖炉に薪を継ぎ足すのを忘れていてなかなか温まらなかった。
 パンを囓り終え、スープを飲み干そうとする時、扉が叩かれる音がする。それも激しく、何度も。鳴り止まない打撃音に怪しさを感じつつ扉へ向かったその時、扉が壊され人影が転がり込んできた。
 それは十四、五の少女。防寒具さえまともに漬けず薄手の軍服しか着ておらず、身体を震わせていてまともに立てていない。それでも彼女はかじかむ手で銃を私に向ける。
「劣等人種…死ね!」
 弱々しい声で彼女が言う、けれど最早引き金を引く力が指になく、私が銃を蹴り飛ばすと糸が切れたようにばたりと倒れてしまった。
 ひとまず扉を閉める。鍵こそ壊れたが蝶番は生きていたのでとりあえず重たい箱で扉を押さえておくことにする。それから彼女の治療。恐らくこのままでは彼女はそう長く持たないだろう。服を脱がせてみると目に見えて痩せこけているし、指先や足先が凍傷になりかけている。
 暖炉の火を強め、急いでお湯を沸かす。その間に暖炉のそばに軍服を干す。水が人肌くらいに温まったところで桶に移し、まずは凍傷の酷そうな足を浸けてあげる。それからタオルにお湯を染み込ませ、丁寧に彼女の全身を拭く。そしてそのタオルで手を包み、暖めてあげる。できることはこれくらいしかないが、ただ何もせず彼女が弱っていくのを見ているだけよりはよっぽどいい。
 代わりの服を着せ、お湯を二回替えたところで彼女が目覚める。弱々しく辺りを見回す彼女。けれどもよほどの疲労のせいか、すぐにまた目を閉じてしまった。
 彼女の眠っている間に、彼女の持ち物を漁ってみる。手に持っていた小銃の他、軍服のポケットに濡れた手帳、安物の懐中時計、携帯食料の包み紙、それくらい。懐中時計は中で針が凍り付いていた。
 手帳のページをめくる。中身は作戦の内容、持ち物が簡潔に書いてあった。どうやら冬、私が籠り始めた後に戦争が始まったようだ。けれどもここから戦地まではかなりの距離がある。彼女はどうやら部隊からはぐれ、何日もかけてたった一人で歩いてきたようだ。今の季節、辺りはずっと吹雪。ここまで生きて辿り着けただけでも奇跡だろう。
 手帳を暖炉のそばで乾かしつつスープを作っていると彼女が起き上がった。手足の具合を見ようと彼女に近付く。すると彼女は私を振り払うように手を動かした。
「鬼畜の施しを受けるつもりはない。銃はどこ。」
 そうして暖炉のそばに向かい、軍服を手に取ろうとする。手足は思うように動かないようで、もう回復の見込みはないだろう。そんな彼女を抱え、椅子に座らせる。痩せ細った彼女はとても軽く、女にしても華奢な方である私ですら軽々と持ち上げることができた。
「いいからそこにいなさい。今ここを出たら、間違いなく死ぬよ。それにそんなに弱っていたら、私を殺すこともできない。」
 その言葉に圧され、彼女は下を向く。きっと彼女自身も、自分の身体がもう正常でないことが分かっているのだろう。
 そうこうしているうちにスープが出来上がったので、マグカップに注いで彼女に渡す。けれども彼女は口を付ける素振りも見せなかった。きっと彼女は死ぬつもりだ。自分の意思を貫き通して。けれどもその意思は歪なままに。
 夜遅くなってしまった。動こうとしない彼女を無理矢理ベッドに寝かせ、自分は椅子で仮眠する。彼女は何度か眠っていたとはいえこれまで余りに疲れすぎていたせいか、またすぐに寝てしまった。彼女の眠りが深そうなのを確かめて、私も眠りにつく。
 浅い眠りから覚めた翌朝、昨晩のスープを温めているとベッドから布団の擦れる音。彼女が目覚めたようだ。起き上がろうとしない彼女に昨晩と同じようにスープを渡すも、受け取る気配すらない。半ば諦めようかという時、寝不足のせいかよろけてスープを一、二滴、彼女の顔にこぼしてしまった。
「ごめん、大丈夫?」
 慌てて彼女に聞く。しかし、彼女の顔を見ても表情が全く変わらなかった。慌ててスープを机に置いて彼女の肩を揺するも、彼女の弱々しい瞳は何も動かなかった。
 ほどなくして、その微かに開かれた目が完全に閉じてしまった。名前も知らない彼女に何度も呼び掛ける。終いには悲鳴のように。けれども彼女の首に触れてみると、首筋はぴくりとも動かなかった。そして服の間に手を通し、胸の辺りに触れても反応は全くない。それどころか少しずつ身体が冷たくなっている。
 その死は、呆気ないものだった。
 吹雪は止むこと無く今日も吹いている。土葬というわけにはいかないのでひとまず彼女の亡骸を藁袋に入れる。そして手帳と懐中時計も。そして外に出て、藁袋に長めの紐をくくり、片方の端を扉に繋いでから藁袋本体を雪に埋めてあげる。春になり、雪が解けたらまたちゃんと土葬しよう。
 部屋に戻る。ふとカレンダーを見て今日が十二月二十五日と気付く。そうしたらふと天井を見上げたくなった。
 どうか、この哀れな少女のために救いを。

クリスマスに散った戦士たちに捧ぐ

再公開。某所にて出した時には初出時と比べて修正した部分があるけれどこちらはそのまま再公開します。
こちらを修正したか、また某所がどこかの2点を覚えていないせいです。記録って大事。

最近はハイファンタジーをあまり書いてないなと思い、それからこの作品をしばらく非公開にしてたことを思い出しました。
せっかくなのでまた公開するのもいいかなと。
(2019.04.29)

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去年の前半にちょっとファンタジーっぽいのを何本か書いていたのですが最近はさっぱり書いていなくて、それで今回クリスマスっぽいものを書かなきゃという気分になりこんな小説が出来ました。
全体的に静かで暗い印象になってしまったとは思いましたがこういうクリスマスも(創作として見る分には)ありかなと。
もうちょいちゃんと時間を掛けられればとも思いましたが結局はこの位しか書けないのだろうなという思いもあったり。
(2017.12.20)

クリスマスに散った戦士たちに捧ぐ

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