詩集(第1期)
イントロダクション「小さな詩」
詩への思い。
小さな詩
学校で"詩"をならった
先生がいくつかの詩をよんで
よくわからない感想を言った
そのあと詩を書く宿題が出て
家に帰ったぼくは紙を前にし
はたと困ってしまった
"詩ってなんだろう??"
自分で考えてみたけどわからない
詩ってなんだろう?
僕は分厚い辞書をひらいてみる
"文字の表面的な意味だけでなく
美学的・換気的な性質を用いて表現される
文学の一形式。
多くは韻文で一定の形とリズムを持つが
例外もある"
と、物識り顔で辞書は答えた
いったいぜんたい何のことだろう
僕の知りたいことはこんなことじゃない
詩ってなんだろう?
僕はキッチンにいたママに聞いてみる
"詩? 宿題のことじゃないの
明後日までなんでしょう
ちゃんとできるよう計画を立てなさい"
まったく! 聞くんじゃなかった
ママは"スウガク"が得意なんだから
"ブンガク"のことは知らないんだ
詩ってなんだろう?
僕は隣に住む中学生のエイミーに聞いてみる
"詩? それはね、本命の人にだけは
少し文章を変えて送るものなのよ
あなたも中学生になったらわかるわ"
と、エイミーは遠くを見ながら答える
まったく意味がわからないし
中学生になってからでは遅すぎるよ
期限は明後日なんだから
詩ってなんだろう?
僕は7番街のキャスおばさんに聞いてみる
"詩? そんなもの書いて読んでくれたって
アタシも子供らも少しもお腹はふくれないさ
それよかパンのひと欠片のほうが
ずっと人のお役に立てるよ"
そう言われたらそうかも知れない
詩は何のために書くのだろう?
詩ってなんだろう?
僕は86丁目のジムおじさんに聞いてみる
"詩? たしかにそれを書いていた友もいた
けどみんな敵の弾に当たって死んじまったさ
詩が弾から守ってくれることはないし
ましてや戦争を終わらせてくれることもない"
そう言われたら確かにそうだ
詩は何のために書くのだろう?
僕はどうして詩を書くのだろう?
宿題だから?
今までに詩を書いた人たちは
どうして詩を書いたのだろう
詩ってなんだろう?
僕はだんだん哀しくなってきて
夕暮れの家路を急いだ
あと2街区のところで呼び止められた
振り返ってみると三毛猫のアリー
"詩になにができるか、なんて考えているのかい
何にもできっこないさ"
その言葉に僕はまた落胆する
あくびをしながらアリーは続けた
"うちのメイばあさんは90さいだ
1日ひとつ詩を書くのを欠かさない
おじいさんに毎日聞かせていたよ
ふたりは毎日幸せだった
それからひとりになっても
メイばあさんは毎日詩を作り
おじいさんの写真に聞かせているよ
このささやかなことの美しさがわかるかい"
詩ってなんだろう?
僕は家の前の石段に腰かける
道端の石ころがなにか言っている
"ぼくはただのいしころだ
けれど詩のなかでは
ときにとてもかがやくことができる
ときに大空を舞うことも
ときに深海を漂うことも
詩は可能にしてくれるんだ
ただのいしころなんだぜ?"
僕はその石ころを拾い上げ
さまざまな角度から眺めてみた
石ころはくすぐったそうに身をよじる
大それたことなんて考えなくてよかった
詩は詩でしかなかった
世界を救うことなんてできないけれど
身近な誰かを幸せにしたり
石ころに命を与えられる
僕は詩を書いてみよう
ママやエイミーやこの石ころのこと
そしてみんなに聞いてもらおう
ほんの小さな幸せのために
下りにて
トラックの荷台が何度も
ガツンガツンと僕たちの尻を打つ
鋼鉄の荷台に腰を下ろし山路を下る
「親方」はSの字に何度もハンドルを切り
その度に僕たちは荷台の上を転がらぬようしっかりと柵を掴んだ
夏の真昼の陽射しに曝された鋼鉄の荷台は
玉子が焼けそうなほど熱い
ゴムの滑り止めのついた手袋をして
その手袋から汗が煙のように蒸発していくのをただ黙って見ていた
僕たちはまるで探究心を欠いた学生だ
つい5時間ほど前
僕たちは山の麓の製材所に集まった
みな派遣で集まったアルバイターだ
顔見知りなどもちろんなく
ただ歳が近いようだったから安堵して
打ち解けるのも早かった
どんな仕事かは詳しく教えられていなかった
丸太を運ぶのだと言われていた
誓約書なるものにサインをした
仕事の内容について口外しないことを約束した
荷台の上では
皆うなだれて座っている
もう
山を登った時のような
少しく興奮気味の
緊張感の混ざった笑顔はどこにも見当たらない
それは僕も同じことだ
もうすぐ
確かもうすぐ
麓の製材所に到着する
そこで僕たちは
今回の仕事の対価を手渡される
時給千円の
締めて五千円だ
僕たちは
五千円を貰って山に大量のゴミを投棄した
丸太を運んだのは最初のおよそ半時間
あとはひたすら不法投棄の手伝いだ
どこの誰の持ち物か知らない山の
道なき道を歩き
穴を掘る
乗ってきたトラックが
何台も入るようなバカでかい穴を
どこの誰の持ち物か知らない山に開けて
そこへ廃材だの
重い鉄線だの機械工具の部品だの
果ては生ゴミやプラスチックの容器まで
山を登る前まで仏のように笑いかけた親方は
山を登ってから身も心も赤鬼のように僕らを威嚇し続けた
ただ運び、穴を掘り、捨てた
陽射しにやられて何度も眩暈がし
穴に足を踏み外しかけた
全身は噴き出る汗と砂埃にまみれ
着ていた服はすっかり色が変わった
作業が終わり
親方は僕たちを早々にトラックの荷台に載せ
お前らも、これで一緒やけん、誰にも言わんとけよ、と
僕らを一人ひとり睨むように見て言った
真っ赤に日に焼けたその顔は
この悪行をどれだけ重ねてきたか
今になって僕らに教えているようだった
茶封筒を受け取り
僕たちは無言のままそれぞれ帰途についた
登った山が誰の山かなど知らない
もう登ることもない
ただ
僕はもう
タバコを道ばたに投げ捨てることは
二度としないだろうと思う
それは皆もきっと同じだ
エアコンを切り窓を大きく開けた
生温い風が頬に当たる
どうか今日の行いが
綺麗に拭われてくれるように
そう祈ってみて
結局これも
自分の罪悪感を
車外へ投棄しているような気分になって
僕はまた窓を締めた
疲弊
歩いていた
ただ歩いていた
顔を深々と伏せ
ふたつの目はまるで
いまさっき盗みを犯してきたかのように
敵意と戦慄に満ち
虚しくぐるぐる動いている
(変わらないものは変わらないのだ、いつまでも)
十字路に辿り着き
わっと頭をかかえた
右へ曲がればプロキオン
敬虔な悪魔たちが手を差し伸べる
左へ向かえばアーク・トゥルス
死者たちの彷徨う臨界
真っすぐ行くならGRB090429B
業の始まり
(それにしてもあまりにも遠い道のりだ)
そばを赤いユリが三輪
あら、ごめんなさい
帽子が落ちましたよ、ほら
拾った帽子を手渡されても
足元から視線を逸らしてはいけない
ユリたちはその奔放な若さを
全身にまとって駆けていく
(いまのは、よかった)
鳥が啼く
つられてツツジも咲いた
いよいよいい陽気だ
影がどんどん濃くなってきて
初めて僕は空を見上げる
とたん、
消えてしまった
(これでいいのかもしれない、もうなにも怖がらなくていい)
水も空気も木も土も
みなここにこうしてあるのだ
四方はただ暗澹たる夢幻
際限なく続く思考のひも
思い出せ
思い出せ
思い出せ
どうしてこうなったのか
いまなぜここにいるのか
(いっしょにいたいんだろう?)
右も左も前も後ろもなく
あるのは足元のただ一点
どこかに光るpulsarさえ見つかれば
そこに向かって走っていく
けれどやっぱり何も見えない
右腕の時計は
確かに時を刻んでいる
時間が流れていくのがわかる
けれどそれに意味はない
ねえ、あいつも迷っているだろうか
僕はじぶんのことよりも
あいつのことが気にかかるんです
右も左も真っすぐも
どうなってもよい
いますぐあいつに応えることができるのなら
僕はただこの一点にとどまっていてもよいのです
(変わらないと思えば変わらない、変わろうとすれば変わるのだ)
また鳥が啼く
世界はここにあった
右は冥界の入り口
どうしても足を踏み入れなければいけない
左は過去の清算
そうだ、あるがまま世界はあるのだ
前を向けば
光る一点の星が見える
(きっとそこへたどり着くには時間が足りない)
あいつはきっとうまくやっている
聡明なやつだ
だれからも愛される気高い人だ
案ずることはない
つま先からどんどん腐って溶けてゆく
これでいいのかもしれない
こうしていつしか僕という一個の物体は
風がそよぐように川がせせらぐように
美しく儚く消えていけばよい
けれど足元を見ろ
腐ったところを蛆が這っている
こんなものさ
(こんなものさ)
(あまりにも遠かったのは自分の心だったのだ)
(だれからも愛されなくてもよい)
(ただ愛すればよかったのだ)
中央区
こうして今日も僕は半日
そう
半日も座ったままでいるのだ
窓の外はレトロ感たっぷりの雨
もう七日間も降りつづいている
よく見れば
降っているのは雨ではない
それは雲の欠片のひときれひときれなのだ
きっと雲の上では
楽隊や踊り子たちが
せわしなく歌を歌っているのに違いない
そうして僕はやはり座っている
窓ガラスを通して聞こえてくるのは
雨が鋼板を叩く音と
警笛と怒声
いったい何をやっていやがる
小さな男の子だ
それと背中の丸い老婦人
横断歩道を渡りきれずに
道の真ん中で立ちすくんでいる
幼い子は
彼なりに危険を察知して
おばあさんの手を引く
進むべき方向に
おばあさんは戻ろうとする
前へ
後ろへ
一陣の風が
ふたりの傘を持ち去ってゆく
赤い傘は灰色の景色に飲み込まれてしまった
楽隊や踊り子たちの歌が
ふたりの体に降り注ぐ
けれどおばあさんも
そのおさな子さえも
歌を歌うことはなかった
僕は座ったままで
それを見ている
たばこの火が
吸い口近くまで接近し
慌てて僕はたばこを消す
そしてまた新しくたばこに火を点けるのだ
雨の中に目を遣ると
そのおばあさんと子どもの姿はなかった
きっと
空の楽隊や踊り子たちが
彼女らを招いたのに違いない
雨はますます強くなり
僕の心までを濡らす
じとじとするのは嫌いだ
僕もあの傘のように
風に運ばれて
灰色の空気に融けてしまえば
どんなにか楽だろう
キーを回す
鉄の管の中で赤々と燃える火が
湿った僕を追い立てる
ああ
赤い傘だ
消えたのではなかった
それは風にあおられて
車の前へと落ちてくる
底辺の戯言
なにわ筋を南に下りて
長堀通りで左折
御堂筋を越えたら
三休橋を右
そのまま傘屋筋を周防町まで行ってください
周防町で右に曲がったら
サンクスの前で停めてください
はい
ここでいいです
ありがとう
ランドセルを背負った
眼鏡の真面目そうなその小学生
1,300円です
1,500円取ってください
お釣りはいりません
領収書だけ頂けますか
いったいどんな教育を受けているのだ
親はここいらで働くホステスには違いない
なんとまあ
お世話になりました
それではお気をつけて
しっかりと育ったものだ
きっと偉い人間になるだろう
そのときになっても今のような
こんな底辺の人間すらも
等しく扱うような
良い人間であってくれ
教え子を訪ねる
へい いらっしゃいやて
元気か
へい いらっしゃい
ゆうちゃるやんか
すごいな
教室ん中まで単車でかよちゃったお前が
シュッとして
笑ろてまうな
笑ろたらあかんか
あのな
イクラとな ハマチ 赤身 アジあるか
コハダ? 食うたことないな
ほなひとつ
せやけど立派や
感動するわ
そのハチマキ
それだけは昔の面影あるわ
おまえ大工方やっちゃった時
ハチマキよう似あっちゃったさかい
ウニ トロももらお
カッパとな 野菜も食わなあかんやろ
祭り?
そない無理して帰ってこんでええ
こんな東京で
店持つんは並みのことやあらへん
まずは集中して頑張りや
こっちのことは気にせんでええ
落ち着いてからな 好きなとき
遊びに帰ってきたらええねん
皆んなにゆうとくさかい
ああ うまかった
新香と鉄火二つずつだけもらお
あがりとな
おおきにな
またくるさかい
稲荷山/帰京
稲荷山には
今年こそ咲くかも知れぬ花があり
今年こそ啼くかも知れぬ鳥がある
稲荷山には
今日こそ吹くかも知れぬ風があり
今夜こそ出づるかも知れぬ月がある
茶屋のおばあちゃんは
わたしの顔も子供の名前も覚えていてくれた
はるちゃん、大きゅうなったねえ
こないだ逢うたときは
まだママの背中に揺られとったのにねえ
はるかはきょとんと日に灼けた顔を傾げる
無理もない
それでもはるかは
ちゃんとおばあちゃんに笑って見せた
おばあちゃん、冷やしあめ
冷やしあめ、飲みたい
前に来たときみたいに
わたしが
この伏見に暮らしていたのはたったの三つき
その三か月のあいだ、毎月のはじめに
この稲荷山を登拝した
それから七年経って
こうしてやっと
また稲荷山の鳥居をくぐる
七年
はるかは九つになり
背はわたしと変わらないのに
足はずっと長い今どきの女の子になった
私をおいてずんずん鳥居をくぐってゆく
千本鳥居と言うが
実際千本などという数ではない
はるかは無限に続く赤い鳥居を
きょう初めて見るに等しいその鳥居の列を
一本いっぽん手で感触を確かめながら
慈しむようにして撫でてゆく
その後ろ姿を追いながら
わたしはどうにも涙が止まらなかった
わたしは
東京の生活で身体が鈍ったのか
それとも単純に老いたのか
以前のような足どりでは登れなかった
七年というのは長い
茶屋のおばあちゃんが
まだ元気でやっているか
ずっと気にかかっていた
なにしろ七年
果たしておばあちゃんは元気だった
以前にも増して
肌に張りがあって
声も大きく活発にみえて
わたしはとても安心した
おばあちゃん
いま東京に住んでいるの
次また
いつ伏見に来られるかわからない
でもまた来るから
元気でいて
おおきにおおきに
気長に待っとるから
なんも気にせんでええんよ
あんたの暮らしを大事にしよし
おきばりやす
稲荷山には
今年こそ咲くかも知れぬ花があり
今年こそ啼くかも知れぬ鳥がある
今日こそ吹くかも知れぬ風があり
今夜こそ出づるかも知れぬ月がある
おばあちゃんは
何十年もこの山にいて
花の咲くのを
鳥が啼くのを
風が吹くのを
月が出るのを
ずっと
ずっと
待ち続ける
毎日千人もの参拝客
その一人ひとりが
花であり鳥であり
風であり月である
わたしとはるかも
そのなかのひと組にすぎない
けれどおばあちゃんは
わたしたちを待っていてくれる
東京の生活は
良くもなく悪くもない
けれどもう馴染んでいるのかも知れない
そして東京は
はるかにとっては大切な場所で
これからもあの街で生きていくのがいいだろう
ねえ、はるか
あなたは
どんどん大きくなってゆく
いつかわたしの手をはなれて
たくさんの愛するものを見つけたとき
それでもあなたが
伏見を
稲荷山を忘れないでいてくれたら
わたしはどんなに嬉しいだろう
帰りの新幹線で
となりに眠るはるかの顔は
窓に映るわたしの顔に
苦笑いするほどやっぱり似ていた
つぶつぶ
ずっと君のことを考えている
なにか別のことを考えていても
ふと君のことが頭を過る
それで信号待ちでも僕はフリーズして
後ろからクラクションを鳴らされた
けれどその音にすら愛情がこもっていて
信じられないだろうけど涙が出たよ
ほんとうにじわっと出たんだ
思いとどまれ、と
言われているみたいだった
千回のおはようやおやすみ
数え切れないくらいの愛のしるしが
たったひとことのさよならに
きれいに洗い流されてしまった
僕たちの棲家に残されたのは
この世のシアワセを全部抱え込んだみたいな
君と写るたくさんのスナップと
ペアと名のつくあらゆる生活雑貨
いったい僕はこれまで
なにを大事にしていたんだろう
考えても
答えが出てこないんだ
燃えないゴミを出せる日だとか
トイレットペーパーの特売日
野菜の一番安い店
紅茶の美味しい淹れ方や
ポインセチアの色づかせ方
角質の正しい取り方だとか
一番ぐっすり眠れる方法
おいしいご飯の炊き方や
アルダマなんとかってヨガのポーズ
公園の桜がいつほころび始めるか
君との暮らしという
ゆったりとした大きな川を
ごく自然に流れていたたくさんのこと
あの頃必要ないなんて思っていたことを
いまは砂金を探し当てるみたいに
ひとつひとつ思い出している
けれど残念ながら
街を去る僕にはもう
そのどれひとつ必要でない
君のことを考えよう
君とのことを思い出そう
輝くつぶつぶがたくさん流れる
この広い川の底
深く深くもぐって漂い
いつか流れにとけて消えよう
いや、ラリッてるから!
住之江の港のデカい倉庫で
デカいダンスイベントやるって
後輩のマサキはそこのスタッフで
俺とユカを呼んでくれた
かなりデカいイベントめっちゃ来てる
ホールはデカいしステージのスピーカーヤバい
ホールに入ったとたんにすげー振動
ホール中の空気が揺れてるのがわかる
楽しい
マサキはガムをくちゃくちゃやりながら
すれ違うカップルとか黒服の四人組
はては長身の黒人たちにまで
ハイタッチかグータッチか知らねーけど
やたらと愛想を振りまく
いやそんなん真似できねーから
フツーに踊りてーだけなんよ俺ら
マサキのあとをついてくのはほんとだりー
人ゴミん中ずかずか進むし
ランダムに挨拶すっから俺らにまで被害が及ぶ
おいコラ黒人
俺にはいいけどコイツにはハグやめろ
俺はさりげにユカをかばう
やっとステージの前まできて
マサキはデニムに両手突っ込んで立ってて
その隣にはまた黒いヤツ
例のヤツ例のヤツ出せよ
マサキがそう言うと
黒いヤツは小さいビニール袋に入った
シメジみてーなキノコを出しやがった
なにコレ
マジック・マッシュじゃん知らねーんすか
へーどーすんの
味噌汁に入れて食うんすよ
マサキが指差した先には
寸胴でなんか煮てる奴らがいるよ
マジか
これ食うために味噌汁作ってんすよ
合法合法ダイジョーブ
ひとり一袋っすよ
ちょっと沈めて汁を吸わさねーとマズイから
いやマジーよなにこれ
まあ見てて見てて時間差あるんすよ
そういってマサキは味噌汁を飲み干した
鼻がかいー
おっ鼻かいーっすか
かいー
アタシもかゆい
来た来た
鼻かゆくなるんすよ来てる来てる
えへへ
うっわ俺も来ましたあはは
あははは
なにコレやばいマジ
スピーカーの大音響は
むしろスゲー遠くに聞こえて
それよりなんつーか
会場全体がプリズムみてー
ギラッギラのギラッギラ
ユカどこだユカあははは
ここここあたしここえへへ
いたいたうっわユカ遠い
だよね手えつないでんのに超とおい
うはははすげーおもしろすぎる
酒買いにいこーぜビール売ってる
生ふたつーあははは
あれ
財布どこだ財布ねーよ
あった
あははは金が!!!
金が遠いんだけど!!!
この財布どんだけ奥行きあんだ
ちょおにーさん金とってこっから
あーやべー飲めっかな
まじラリってる
あはははは
そっから先は全然覚えてねーけど
起きたら自分ちで11時すぎ
俺もユカも全裸だったやったんかな
でもってユカは鼻血出して寝てるし
うける
おいユカおめー起きろ仕事だろ
えなにこの血なに
えもーいい仕事休む電話とって
鼻血とかまじむり
あーなんかまだ鼻がかいー
腹へっただりー
あとで吉牛いこーぜ吉牛かマック
アタシ吉牛
外はめっちゃ晴れてたいい天気
おめーユカ彼氏にバレんなよ
いや中野くんもだから
マサキほんといらねーことするよな
ほんとそれ
公園はいつもよりなんかさわやか
池の水もあったかそーだし
スワンスワン
乗る?
乗ろーあはは
俺らアタマおかしーね
うんまだラリってる
ほんとそれ
先端恐怖症のカノジョ
ユリは尖ったものが怖いみたい
エンピツの芯や包丁の刃先
そういうものを直視できなくて
もしちょっとでも見てしまったら
目頭を押さえてかがみ込んで
回復にはけっこう時間がかかる
トウフの角にだって目を伏せるんだ
そうして目を背けたまま
トウフを潰してから食べる
そんなだから
僕は彼女を責めようがない
どんなに僕が彼女のことを悦ばせても
おんなじように応えてくれることはない
でも愛してるからね
いいんだ
そうだ!
トウフを食べるときのように
目を閉じて頬張っちゃえば…
…そんなことは言わないさ
愛してるからね
いいんだ
そんなに尖ってないんだけどなぁ。
1000回目の彷徨
すぐ前をゆく若い三人組
大きな声で笑いあって
足取りもフラフラしてやがる
あはははは
お前なんだその点数
うるせー本気じゃねーよ
僕は邪魔に感じている
しばらくして彼らは
いっせいになにかを指差し
そこへ向かって駆けて行った
右手には老夫婦が
手に地図のようなものを携え
くるくるくるくる回っている
こっちじゃないですよあなた
でもあっちでもないだろう
ここはさっき通りましたよ
僕は道を教えたりしない
しばらくして二人は
目当ての何かを見つけて
笑いあって向かっていった
左手にはベビーカーの若いママ
たくさんの荷物を抱えて
向かい合わせに見つめる赤ん坊に
絶えず話しかけながら歩いている
ほらくまさんがいるよ
あのお花真っ赤だねえきれいだねえ
どうしたのお目めかゆいのあらあら
荷物を抱えながら赤ん坊を抱き上げる
僕は荷物を持ってあげることはない
しばらくして彼女たちは
見つけた店に入っていった
後ろから追い越していく営業マン
スーツで固め時計を見やり
颯爽と身をひるがえす
ええ、なるほど
御社の財務状況をですね
本日1時にお伺いします
電話がひっきりなしに鳴るようだ
しばらくして彼は
電話の相手に誘導されて
風のように去っていった
チラシを配っている
つまらない気持ちで受け取る
美容室のキャンペーン
女性限定30%オフ
なんだこれは
どうして受け取ってしまったのか
まったく用がない
またつまらない気持ちになった
僕も
どこかに向かって歩きたい
どこにも行くところがない
なにかに向かって進みたい
なにもやることがない
このまままっすぐ歩いても
右や左に曲がっても
どこかに行き当たるわけじゃない
僕はどうして
歩き続けているんだろう
たった一人で
どうして歩き始めてしまったんだろう
誰かを助けるわけでもなく
救いを求めるわけでもなく
なんのために
僕は歩いているんだろう
意味もなく家を出て
何も為さず帰ってくる
もう何度それを繰り返しているだろうか
歩道のわきに
金色に光るものがあった
近づいてみると
這いつくばったカナブン
ここは危ないですよ
僕が拾い上げると
予想外の力強さで指に抱きつく
街路樹に登らせてやる
お前の行くべきところへ行くといい
わずかな生涯でも
行くべきところがあることは
幸せなことだよ
赤信号で止まる
向かいの歩道にはたくさんの
それぞれ行くべきところがある人たち
僕は対峙に耐えられなくなって
ついに踵を返す
釣り銭で缶コーヒーを買う
妻から金を預かった
20,000円♫
息子の五歳の誕生日の
祝いの品を買うという
こりゃまためでたいお役目である
ナニ?
自転車を下見してあると
それを買ってこいと
ケーキを予約してあると
それを買ってこいと
釣りとレシートを手渡せと
はいわかりました
(おい待て
私はいまの一瞬間で
どれだけ想像力を逞しゅうし
我が息子の興味のあるもの
あれやこれや
喜ぶ顔を考えたことか)
行ってまいります
ただのパシリであった
まあいい
息子よ
誇らしげに自転車を持ち帰る
父の勇姿を見届けるがよい
ポキポキ♩
妻からのLINE
(持って帰るとバレちゃうから
明日の昼過ぎに持ってきてもらうように
自転車屋さんに言っといて)
はい
妻の命令は絶対である
これも幸せの一形態
母のいる場所
私の恥は親の恥
私の恥は親の恥
私の恥は親の恥
母が嫌いだ
いつまでもわたしにすがる
弱い母
だからわたしは恥をかく
母を苦しめるために
(ここでお客さんの背中の下にまわるの)
(湯舟を足でぐっと押したらいいよ)
(滑り込むようにするの)
(そう、そこで仰向けになって)
(ローションもっと溶いたほうがいいよ)
丸いフライパン
(キノコが入った鮭のホイル焼き)
四角いフライパン
(甘ったるい玉子焼き)
片手鍋
(ほうれん草のおひたし)
寸胴
(少し薄味の豚汁)
雪平鍋
(豆腐が主役の水炊き)
女優のハナシを勧誘された
また恥を晒せる
台所に立つと
調理台の上にあるあれこれが全部
母の姿を思い出させる
(リカさんてナマナカはOKでした?)
(いいですよピル事務所負担ですよね)
(アナルは?)
(ヤリマス)
(ウンコとか出せます?)
(ヤリマスヨ)
(里佳子はほんとうに
思いやりのあるいい子です)
(あの子が人様のものを取るなんて
考えられません!)
(もう一度確かめてください!)
取ったんだよ
私が取ったんだよ
どうしていい子だなんて思ってるの
いつまでそんなふうに
私に夢を見ているの
二度と私のことを
いい子だなんて思わせない
母は
わたしがどんなに恥をかいて帰ってきても
わたしから逃げなかった
里佳子はほんとうにいい子だから
どんなことでも応援すると
母はまっすぐそう言った
わたしは何を間違えている?
月日
わたしは結局
同じ仕事を続けている
ただひとつ違うのは
今の仕事を誇りを持って
やると決めたことだ
こんくり
わたしの家は、きちゃない
ボロボロで、ふるい
わたしの家の前は、砂と石のみち
だから新しい靴もすぐ汚れる
みんなの家の前は、黒いみち
小さな石が固まっている、道路
アスハルトっていうんだって
いいなあアスハルト
ところどころ四角く切り取られて
新品のアスハルトにかわっている
新品のアスハルトは
とても黒くていいにおい
白い線も分厚くてつやつや
いいなあ家の前がアスハルトの人は
そういう人は家もきれい
マンションの人もみんなアスハルトだ
学校から帰ってきたら
家の前が工事
お母さんがこっちから入りなさいって
家のうらぐちから入って外を見てた
死の工事なんだって
なんかこわい
砂のみちを掘って黒いかたまりを
黒いかたまりを
あれって
アスハルト?
お母さん、あれアスハルト?
そうよアスファルト
これで洗濯物汚れないわ嬉しい
お母さんわたしも嬉しい
綺麗なみちになるのね
そうよよかったわね
次の朝
家の前はまっ黒なみち
アスハルトいい匂い
しかもしかも
家の玄関のまえは
綺麗な白い石の段
固まるまで踏んだらダメなんだって
こんくりって言うんだって
こんくりへんな名前
白くてすべすべできれい
おとうふみたいに四角い
歩くのもったいないね
わたしアスハルトとおんなじくらい
こんくりも好きになっちゃった
お母さんもごきげんよい
家もきれいになるといいな
行かない
そうかい
そんなに楽しいのかい
ほかに友達を呼べばいいだろう
君と同じく
その無意味に値段の高い液体を好み
使いようによっては
一歩自分の価値を高めることもできる
金より大切な時間を浪費し
社会の一翼を担っている自負と
その理想とは裏腹な現実に苛まれ
ブラストレーションの捌け口を探し
そうして同じ顔してただ集まる
口をついて出てくるのは
組織や上役への果てしない誹謗と中傷
そうして傷を舐め合うのだろう
なんの生産性もないその"飲み会"とやらに
僕はなにひとつ意義を見出せない
悪いが勝手にやっていろ
路傍の蒲公英を見ろ
たった一輪
頼らず腐らず凛として立っている
誰を貶すこともない
僕はその黄色い花を
摘んで持ち帰りたい衝動を抑え
夕暮れの家路を急ぐ
文章について
文章というのは
きっと音楽と同じだと思うのだ
書いてある内容による
読後の感慨とは別に
書かれた文字の連なりが持つ旋律やリズム
音そのもの、つまり
愛される音楽が
何度も何度も聴きたくなるのと同じように
愛される文章とは
読んだときに頭の中に生まれる或る種の音楽
それが
読んだ人に快いエクスタシィを感じ得させる
その快感をまた得たくて
何度も何度も読み返したくなる
それが愛される文章ではないか
よい文章はよい音楽でなければならない
それを忘れてはいけないと思うのだ
稲荷山/絆
旦那と離婚してすぐ
お母さんを京都に誘った
自分でも
出来の悪い娘だと思ってる
女手ひとつで育ててくれて
結婚のときには大金を用意してくれた
それが結局十年ももたず
九つのひなただけが残った
稲荷山に行かなければ、と
ずっと考えていた
お母さんは今年六十二になる
足腰も強い方じゃない
あの石段を登るのは
そろそろきついだろう
もう今しかない
今までの蓄えとわずかな慰謝料と
本当に今しかなかった
稲荷山に行かなければ
お母さんとここに来るのは五度目らしい
ただ
私が覚えてるのは一度だけ
今のひなたと同い年のときだ
二十六年も前のことなのに
この景色をはっきり覚えていた
無限に続く赤い鳥居と石段
鳥居に書かれた不思議な文字の列
今見れば何でもないことがわかる
ひなたはすごい
まるでバネみたいな体をつかって
すごいスピードで登っていく
あのときの私もあんなふうに
つむじ風の如くどんどん登ったはずだ
気がつくと
お母さんはずいぶん下の方にいた
鳥居にすがるようにして
一本、一本、
一段、一段、
登っては止まり
先を見上げ
私の顔を見つけて
ぱっと笑った
その顔に
私も笑って返そうとして
涙でぐしゃっとなる
お母さん
いつまでも元気でいて
顔をごしごし拭いて
私は石段を戻る
お母さんの手を引いて見上げると
ひなたはちゃんと待っていた
ひなちゃあん
お母さんが手を振ると
ひなたは風のように駆け下りてきて
おばあちゃあん
ママと三人で写真撮ろう
ひなたは自撮りなんてお手の物
ちゃんと最高の写真を撮ってくれた
茶屋はそこにあった
二十六年前と少しも変わらず
参道の脇に佇んでいた
お母さん
ほらお茶屋さん
わたし覚えてるよ
おばあちゃんいたよね
そうよ
おばあちゃんはすでにいなかった
聞けば十年ほど前に山を下り
少しの間病気をして亡くなったという
今やっているのはその娘さんだった
母の菩提がすぐ上の塚にあります
もしよろしければ会ってやって下さい
その人は訛りのない話し方で
とても丁寧にそう言った
山を下りるときも
ひなたが先頭をゆき
私はお母さんの手を引いてゆっくり下りる
お母さんがふいに
はるか、ありがとうね、と
小さくけれどはっきりと
私の背中ごしに言った
私は振り向かずに
大きく二回頷いた
二人でいるときは必ず
早く早くと急き立てるひなたが
今日はただの一度も急かすことはなかった
優しく育ってくれていたひなたの
細くぴんと張った背中が
とてもとても凛々しくて頼もしい
からだ中の細胞が成長していて
エネルギーに満ちあふれている
どんなことでもやっていける
どんなことでもやりなさい
この愛しく若いいのちに
私が募らせる思いはきっと
お母さんが長い間私に思ってきたことと同じ
こんなにも私を愛してくれていた
ありがとうお母さん
私たちは
親子というまどろっこしいいとなみを経て
生物としての根源的で普遍的な感情を
ずっとずっと紡いでいく
お茶屋さんがそうだったように
お母さんから私
私からひなた
そしてひなたからその子供へ
順番におもいをつないでいくんだ
だから
私はまた稲荷山を登るだろう
もしかしたらその時には、と
そこまで考えて
今は今を精いっぱいに生きるんだ、と
私はそう思い直すことにした
マジキチ&クソビッチ
ね、ユキ
なに?
これ聞いて
なに?
ボイメモ。こないだのカラオケの
え? 録ってたん?
だからさー、おまえらみてーウェーイなパリピはマジ嫌いなんだってそーゆーノリでくるやつホント勘弁なんだって、ってゆってるまになんで酒のますかなもーいいいらねーからいらねーってオエっウェーイ!! ウェーイじゃねーよコイツラマジえ、なに?あーはいはいしないしない、しねーよバカ、テメーでぶっこいて屁えこいて寝とけってテメーとヤるくらいだったらホントそこらへんの犬に犯されたほーがまだマシだからね、ちょっともー触んないで触んないであーしんどいもー帰るタクシー呼んでよ帰るからマジ帰る帰る帰るもーやーだー帰るんだってやーやー! あーもーやだっつってんのにサイテーもーいーマジムリやめてよやめてチンポ切んぞてめーらほんとむりだってあーーーあーちょ、待って、あっ、いい、うん、やだ、あーああーそれヤバイちょっと、それ待ってやだすごいあーあーあーーーーーーーうあーーーーーーーーやだ見ないで見ないで見ないであああああーーーーーーいくいくいくもっともっともっと
……マジ?
マジ笑
で、アタシあんたと今つきあってんだ
そそ
マジキチだね
オマエもクソビッチな
たはは返す言葉なーし
なーしウェーイ
ウェーイくっそ
贖罪
3番どこから?
ああ、あそこ
随分とおいのね
ロングホールだな20メートルくらいか
3回で入るかしら
カツン、と小気味よい音
母の打った真っ赤なプラスチックボールは
草むらへと姿を隠す
あらいやだ
また草の中
真っすぐ打ててないんだよ
テイクバックはも少し小さく
フォロースルーはしっかり止めてだな
こう
こう?
そう
じゃあ僕の番だ見てろ
勢いよく打ち出したボールは
やっぱり草むらの中
なによあなた一緒じゃない
おかしいな
おかしいのよあなたも
楽しそうである
良かった
老いた父母がグラウンド・ゴルフとやらに興ずるのを
僕はスコアラーとしてついて行く
四月の暖かな日曜
今までならば孫も一緒に
この行楽についてきた
もうそれは叶わない
せめて
僕のこれからの休日全てを
この愛すべき親たちに使ってやろう
それがこの僕にできる
ほんのささやかな罪滅ぼしだ
雨音
集中治療室にいたのは結局僕だけだった
誰も彼女の臨終に間に合わなかった
冬の雨の海は
君の自由を奪い
生命さえも奪った
僕は冷たい海岸で
なかなか火のつかない木炭を
苛立ちのままに串で突いていた
海原に人影のなくなったのを
どうして気づくことができなかったのか
あれほど海に入る君を
勇敢だ、偉い、と囃したて
長いあいだ手を振っていたのに
君のたましいというものが
目に見えているその身体をはなれ
僕が認識することのできない
ここではないどこかへ行ってしまうあいだ
僕は窓の外のトタン屋根が
酷い雨に打たれて騒めくのを
ただひたすら聞いていた
今日海に行かなければ
海へ行くという君を引きとめ
僕の暖かい居室でもどこでもいい
つまらない映画でも無理やり流し
なにこれ最悪なもの観せて、なんて
どんな罵声を浴びてもいい
こんなところで
トタンを打つ雨音を聞くよりは
本当にどんなことでも
今ここにいることよりいい
せめて
この音が一生続けばいい
このまま君の傍らにいればいい
眠るように横たわる
君の隣に座るこの時間が
僕のあとの生涯全てであればいい
きっとそうだ
僕は雨の音に聴覚を集中させ
いつか目の前の君が目を覚ます
その瞬間を待つことにする
いつか いつか
いつか いつか
いつか
詩集(第1期)
この第1期は、ふと思い立ってmixiの詩のコミュニティに参加して、2017年4月〜5月の間に投稿した作品です。この詩の創作がもとでもう一度小説を書きたくなり、小説学校に通うようになりました。
(それで詩の創作はやめてしまいましたけど…)