夢見心地

気がつくと、何処か見たことのない部屋にいた。壁は一面赤色だが、真っ赤ではなく少し暗い赤さで、目に優しく配色されている。模様もなく、どこからかきている明かりに反射して、自分の体も赤く見えるほどだ。どこからかの明かりはすぐにわかった。天井にはシャンデリアが吊るされていたからだ。ロウソクが付いているものではなく、電気でも引いているのであろう安定した明るさが絶えることなく部屋を照らしていた。さて、下を向けば椅子があった。アンティーク調な物で、背もたれは外枠を抜けば三本の木で等間隔に間を空けて固定され、木の曲がり具合から自然とそうなっているのか、体から少し反るようになっており、座り心地は良くなさそうだ。椅子があるということは、当然のように、テーブルも用意されていた。反射した光によって赤みがかっていたが、白い布が被せてあり、汚れを防ぐ目的で使われているらしい。ひとまず椅子に座る。周囲の状況は一刻を争わない、どころか、時計がないためか、時間の流れが随分ゆっくりと流れている気がした。そのため安心してゆっくりと今のこの状況を整理するべきだと判断した。椅子に座った直後は気づかなかったが、テーブルにはポットが置いてある。テーブルの中心に置かれているポットに手を伸ばして中身を確認しようとする。
「喉が渇いているのですか。」
その行動は声によって中断された。
ポットの先、向こう側で同じ様に椅子に座るその人はこちらを見ずに、ポットを見つめながら話したようだ。
「なかなかに度胸のある行動です。それはこの光景を俯瞰すればすぐにでもお分かりになりましょう。
しかし、人間は主観でしか見れず、観れないものですので、現在の状況を確認するには、自らの目で見るしかない。周知の事実でしょう。」
話しながらこちらをゆっくりと見やるその人は、スーツらしき服装だった。現代風のものではなく、中世、もしくは近代の初期か、貴族的な衣装で、服の色は赤。いや、それも反射して見えていただけで、白だ。頭にはドラマなんかで見たシルクハットを深々と被り、髪型はわからない。まるで・・・
「例えばそれはアリスの話に出てきた、変人のようだった。よく言われるのです。しかし貴方は一風変わっておいでです。先ほどの私の発言を介さず自らの主張を最優先に、まるで私が見えていないようです。しかし本当の非常時には、そのような行動は危険です。幸い今回は非常時ではありますが、命の危険など一切ないことを保証します。」
・・・よく喋る。話したがりなのか、はたまたこちらを試しているのか、いや、こんな部屋にいる人間が理知的であるとは思えない。すくなからず変人の類に入るだろう。いや、これは言い過ぎたか。
「それもよく言われます。ああ、貴方の話す内容は実に愉快なのです。それはこちらの饒舌さを増幅させる程に。いえ、貴方の口からは何も話されてなどいませんでした。いえいえ、混乱はこの場ではさらに混沌と化すスイッチとなりえます。その為に、失礼ながら私からご説明させていただきたく思います。」
異存はなかった。確かに確認したいことなど山ほどある。が、混乱は混沌と化す、などと言われては、落ち着くように慎重に行動せざるをえない。まして、この部屋でのその発言は妙に説得感を感じさせた。だが、敵ではなく、まして害を加える物でないのなら、むしろこちらと同じ状況の人間かもしれない。そうならば助け合わなくてはやっていけない。
ともかく、そう判断したのだ。
「沈黙は了承、とはよく言ったものですが、是非使わせていただきます。さて、こんな場所にようこそおいでくださいました。便宜上、あなた様と呼ばせていただきますが、あなた様は、ここがなんだと思いますか。夢、現実、様々な意見がおありでしょうが、大方この二つに分類できるでしょう。さて、これは夢でしょうか。はたまた、現実なのか。」
質問の傾向から、こちらを気遣っているのがわかった。状況の整理を本人に確かめさせながら行うことで、知らず知らずのうちに冷静さをえられる、のだろうと思う。だが、こちらが一言も話さないのに会話が成立するこの状況は、さっきの質問よりも気になるのだが。
「残念ながらそれは前提が必要なことです。ぜひともその為にも質問にお答えください。夢か現実か。
二つに一つしか道はありませんので。」
・・・礼儀正しくて何よりだ。しかし、真剣に考えると難しい。夢か、現実か、いったいどう答えたものか。
「直感で答えるのも一興、とも言えます。ですが納得した答えを見つけ出したいと見えました。すこしお話ししましょう。」
「今の状況を簡潔に申しますならば、これは夢ではなく、貴方は夢を見ておられる、ということです。
時に、矛盾をご存知と思います。一方が全を貫く矛、もう一方は全を防ぐ盾。この話を興じる所は盾が矛を弾くのか。それとも矛が盾を貫くのか、にあります。しかし教訓として伝わるのは、辻褄が合わないという事です。実に素晴らしい喩えと言えます。が、あなた様はこの先を問われているのです。私が思うに、この話は存在しない喩えだからこそ成立する教訓と思います。そもそもこの喩えは喩えとして起用される話です。ですのでこの先を考える事は、お門違いと言われるでしょう。ですが、非常によく似た事で、夢と現実の違いとは何か。それは目で見るか、頭の中で、脳で見るかということです。
科学的には判明しているのでしょうけど、それはここでは意味を成し得ません。万が一、あなた様が科学者であるのなら、科学を信用なさってください。もしそうでないのならば。あなた様は自らの考えを出さなければならないのです。矛と盾が、あなた様の手にあるこの状況。試してみないこともないでしょう。そうすると、残るのは結果と真実です。
一方は滅び、もう一方は残る。はたまたどちらも壊れる、なんて説もありましょうが。その場合は、矛盾という言葉自体を疑うのみです。何物をも貫くはずの矛は、ただ一つを貫かず壊れ。何物をも防ぐはずの盾は、ただ一つを防げず壊れ。では、その矛と盾は、そもそも本当にそのような代物だったのか、と。ですが、そのようなら考えては、話は進みません。何故ならこれは一方的な追求で、反論など飛んではきませんから。ですので、二つに一つ。矛と盾。どちらが真実なのか。確かめようではありませんか。これに同じく、夢と現実。今はこのどちらか、ハッキリと、あなた様は見極めなければなりません。」
なるほど。つまり今の状況が夢なのかどうなのかが重要なわけだ。その為にも判断材料が足りない。だがわかっているのは、部屋が赤く、シャンデリアが吊られ、椅子に座っていて、真ん中にポットがあること。そして、目の前には何者か知らないその人がいる、ということだけだ。では、なにをもって夢とするのか。この場合・・・ポットの中身か。
「非常に惜しい考えです。が、残念ながらこのポットには何も入ってなどおりません。お望みでしたら中をお見せしますが、今この場でつまらない嘘を吐く理由もまた、私にはありませんことをご理解ください。」
・・・するどい。だが、つまらない嘘とは、どういうことなのか。つまりこの選択にはさほど重要な理由はない、ということなのか。はたまたそれすらも嘘か。まずい、混乱しそうだ。
「では、決断を下してしまいましょう。今の状況、今までの経験、それらから、あなた様は今、夢の中なのか。それとも現実なのか。決心しなければなりません。時間も有限です。お答え願いましょう。」
この部屋に時計がない理由がわかった。時計があれば時間に囚われて、ますます混乱しただろう。その為に無駄な、心を惑わす物がこの部屋にはない。窓も、本も、ベッドも、カーテンも、そして扉さえも。だが決断しなければならないのだろう。意味もなく催促することはないだろうから、おそらく本当に時間がないはずだ。幸い答えは二択だ。
夢か
現実か
震える手をテーブルの下に隠しながら、興奮か恐怖かも知らず、鼓動を早めた心臓を体感しながら、
決断を下した。

夢見心地

これで終わりではありません。これは言う所の分岐系です。現実なのか。ただの夢なのか。どちらか選んで頂き、夢、現実の両方を書きますので、ぜひ選んだ方を先に。気が向いたら反対の方も読んでみてください。

夢見心地

ちょっと哲学的な小難しい話です。落ち着いてゆっくり読める時にぜひ。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-12-09

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