君と夜空と、缶コーヒー。

「ごめんなさい」
放課後の教室。窓からは、綺麗な夕焼け空が見える。
そんな位置で、2人は深刻な話をしていた。

「.....」
「浮気したくてしたわけじゃないのよ。でも...でもさ...付き合ってるっていう雰囲気しないんだもん」
「.....」
「一緒に居ても笑ってくれないし、喋ってもくれないから...」
「そっか」
「だから、正直に言うとね...飽きちゃったの」
「うん」
「月夜はさ、イケメンなのに損してるよ...そういう態度、本気で直さないと彼女できないよ?」
「別に彼女なんかいらないけど」
「....はぁ。もういい、疲れた」
「ごめん」

学年で一番のイケメン、月夜(つきや)
彼は今、彼女に振られた。
浮気をしていた彼女に、何故か説教されながら。

「.............あっ」

そんな様子を、教室の入り口から見てしまった子がいた。彼女の名は、星海(ほしみ)
忘れ物を取りに教室に入ろうとしたところだった。

「じゃあ、さよなら」
「うん」
「...はぁ、本当につまんない人っ...」

そう呟いて、イラつきながらもうひとつの入り口から出て行った。
教室には、月夜だけ。空を眺めていた。
とんでもない時に、忘れ物を取りに来てしまったと後悔してる星海。
でも取りに行かなくちゃと、ゆっくりドアを開けた。
その音に気づき、月夜が星海の方を見た。

「よう」
「あ、あぁ!月夜くん!ま、ま、まだ残ってたんだね!?」
「まぁ、何となく残ってた」
「そ、そっかー!私、忘れ物しちゃってね!へへへっ!あははっ!」
「そんなに動揺しなくても」
「へ!!!!!」
「みっともないところ見せて悪かったな、教室入れなかっただろ」
「え!!!!!」(見てたのバレてたんだ...)
「知らねぇうちに彼女できて、知らねぇうちに浮気されて、知らねぇうちに振られたぜ」
「あ、え...?」
「俺、彼女とかいらないって言ったんだけどさ。あいつは、そういう考えもかっこいいとかわけ分かんねぇこと言ってさ」
「う、うん.....??」
「気づいたらみんなに俺のこと彼氏って紹介してたんだよな」
「な、何か凄いね...」
「だろ?言ってることめちゃくちゃすぎて笑えるな」
(!?...何も笑えない)
「...はぁ」

ため息をついて、また空を眺める。そんな月夜の後ろ姿を見た星海。
今まであんまり月夜と喋ったことはないが、学年一番のイケメンの噂は毎日のように耳に入っていた。
もちろん彼女ができたことも。
でも、本当はこんな感じだったんだ...と真実を知って可哀想な気持ちになってしまった。
すると、星海は急に教室から飛び出していった。

「つ、月夜くんっっ!」
「あ?」
「これっ!飲みなっ!お、美味しいよ!!」
「缶コーヒー?」
「これね!私のおすすめの缶コーヒーなのっ!落ち込んだ時とか、疲れた時にいつも飲んでるのっ!」
「別に落ち込んでるわけじゃねぇけど」
「落ち込んでなくても美味しいよ!!いつでも美味しいよ!!」
「...ふっ」
(あ、笑った)
「ありがとう」
「えっ!いえいえ!温かいからすぐ飲んで~!」

月夜は小さく頷いて、缶コーヒーを飲んだ。
甘くて、ミルクたっぷりで、温かい。

「あんまり甘いの好きじゃねぇけど、これ美味しいな」
「ね!!でしょ!?美味しいよね!!私の大好きな飲み物なのー!!」
「めちゃテンション上がってんじゃん」
「はっ!ご、ごめんっ!好きなものの話するとつい上がっちゃって!」
「いいんじゃない?そういう性格」
「え!あ!ありがとうっ」
「俺は、好きなものとかそういうの何にもないから羨ましいぜ」
「そう、なの?好きな食べ物とか...ないの?」
「あんま考えて食べたことない。美味しいとは思うけどな」
「そうなんだね...」
「でも、俺もこれ好きな飲み物にしていいか?」
「え?もちろんだよ!!気に入ってもらえたんだね!!良かったぁ」

ニコニコしながら、星海は拍手をした。
それを見ながら、月夜はまたふっと笑って缶コーヒーを飲んだ。
気がつけば、夕焼け空から夜空に変わるくらいまで時間が経っていた。

「ねぇ月夜くん、まだ時間ある?もうすぐ星が見えるから、屋上行かない?」
「星?ここからでも見えるんじゃね?」
「屋上ならもっといっぱい見れるよ!ねぇ、少しだけ行こうよ!私の好きな星いっぱい見せてあげるから!」
「...おう、じゃあ見せてもらう」

屋上に着くまで、月夜は楽しそうに歩いてる星海をずっと見ていた。
後ろからでも分かる。星を見るのが本当に好きなんだなぁと。
たまに出る不思議なステップが、月夜は少し面白くて、ふっと笑っていた。

「屋上到着~!見て~!月夜くん!!」

夜の屋上は、星がたくさん見えた。近くに感じた。
「手を伸ばせば届きそう」なんてよく言うけど、本当に言いたくなるくらいだった。

「今日は、いつもよりかたくさん見える気がする!!やったね!!」
「お前いつも見てんの?」
「うん!いつも見てる!さっきの缶コーヒー飲みながら、ゆっくり見てる!」
「そうなんだな」
「どう?私の好きなもの~!」
「最高だな」
「でしょ~!!えへへ、嬉しいな!!」

ニコニコ笑いながら喜んでいる星海。
それを見ながら、缶コーヒーを飲んで、また空を見上げた。
さっきまでのよく分からないモヤモヤは、星海と話しているうちにどこかへ消えていた。
優しい雰囲気が、月夜をたくさん包んでくれていた。

「俺も、缶コーヒーと星が好きなものになりそうだ」
「本当!?好きなものが増えてきたね!」

そう言いながら、星海はまた拍手をした。
そんな星海の行動に、少しずつ反応するようになった月夜。
その反応は、星海に対してどういう想いを抱いているのだろう。

それは、まだまだ。月夜は、気づかない。
でもひとつだけ。








君と夜空と、缶コーヒー。








好きなものが増えそうな、そんな気持ちになっているのは確かだった。

君と夜空と、缶コーヒー。

君と夜空と、缶コーヒー。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-12-06

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