追放から復帰する100の方法
プロローグ~追放
妹が僕の喉元にレイピアをつきつける。
「これで家督は私の物ね」
妹が微笑む。
「勝負あり。より強い者が家督を継ぐ権利を有する。よって家督はリンダに譲るものとする。」
「勝った者が負けた者の生殺与奪を好きに出来る。リンダ、レイをどうする?」現当主である父親が言う。
「私にとって彼は兄です。ですのでお兄様には生きるチャンスを与えようと思っております。この魔法薬を飲み性別を変え記憶を消した上で転移魔法でランダムにどこかへ飛んでもらいます」妹は微笑みをたたえそう言う。
物は言いようだ、妹は僕を手を下さずに僕を殺す気だ。ランダムで転移した先が深海の場合、転移した瞬間に死んでしまう。砂漠の真ん中に転移してしまっても生きて砂漠を出る事は出来ないだろう。運よく人間が活動出来るところに転移したとしても、性別を変えるという事は戦闘能力がなくなるという事だ。街中に転移しない限りはモンスターに襲われ命を落とす。そして、街中に転移する可能性はほとんどない。つまり転移させるという事はそこで命を落とす事を意味する。
話はその日の朝に遡る。
妹が突然食事終わりに宣言した。
「お兄様が家督を継いだらこの家はおしまいです。私、お兄様と家督を賭けて決闘したいと考えております」
「何を馬鹿な事を言っているのか、突然すぎるだろう」という僕とは違い、父親は決闘をさせる気だった。
「お前は奇襲をかけてきた敵に『まだ準備が出来ていないから少し待ってくれ』というのか?家督を継ぐという事は『常在戦場』の心構えでいる、という事ではないのか?この家には一族郎党と使用人を合わせて50人以上が生活しているんだぞ?『家督を継ぐ』という事は、いつでも有事に備え覚悟を持っておく、いつでもこの家に住む者達を護るつもりで鍛え上げておく、ということではないのか?」と決闘を強行した。
「家督を継ぐのは僕しかいない」と思っていた僕は、自分を磨く事もなくのほほんと生活していた。その間、妹は自己研鑽を怠らず、剣の腕を鍛え上げていたのであろう。
力任せに剣を振るう僕の剣筋をレイピアでいなし、剣を巻き上げ僕から奪うと、その勢いで僕を引き倒し喉元にレイピアを突きつけた、その後は知っての通りである。
妹は「男しか家督を継ぐ事は出来ない」と思い、魔法薬で性別を変えようとしていたのだろう。しかしそんな決まりはなく女でも家督を継ぐ事が出来るとわかった為、女のまま僕に挑戦してきたのだ。魔法薬は未完成で何度動物やモンスターで実験をし、試作を繰り返しても、投薬された個体は記憶を失ってしまう。
出来る事であれば、魔法薬は服用したくない、と妹が思っていた時、女性でも家督が継げる事があきらかになったのだ。
男性が家督を継ぐのには意味があった。
女性が一度に子供を一人しか産めないのに対して、男性は側室を増やせば何人もの世継ぎを同時に残す事が出来る。
決まりはなくても、男性が家督を継ぐのは通例というか当たり前だったのである。
何故妹が家督を継ぐ気になったか、何故父親が妹に家督を継がせる気になったのか?・・・情けない話ではあるが妹が言った通り「コイツが家督を継いだら、この家はおしまいだ」と父親も思ったのかも知れない。剣を喉元に突きつけられながら気付く。
「ここに僕を助けてくれる味方はいない」
どうせ死ぬなら男として死にたい。僕は後手に縛られながらも必死で抵抗した。
「そう抵抗しないで下さい。思わずお兄様の首を斬り落としてしまったらどうするんですか?」
妹は困った声で言うがやる事はえげつない。
僕の頬を鷲掴みにすると、口を開けさせ魔法薬をねじ込んだ。
それでも僕が薬を飲まず吐き出そうとすると、妹は僕の口に水を入れると鼻をつまんだ。口の中の水と魔法薬を吐き出そうとするも、口を無理矢理閉じさせられ吐き出す事が出来ない。
しかし、水と魔法薬を飲み込まないと息が吸えない。
ついに僕は魔法薬を飲み込んでしまった。
魔法薬を飲み込むと同時に意識が遠退いていった。
次に目を醒ました時、僕は大草原にいたのだ。
放浪
・・・ここはどこだ?
どうやらここは街の外のようだ。
僕は転移魔法で飛ばされてきたと考えて間違いない。記憶はしっかりある。あの怪しげな薬は効果はなかったのだ、妹は記憶がある僕が再び現れて力をつけて妹に再挑戦するのを恐れて記憶を消すつもりだったのだろう。記憶が消えなかったのは僥倖と考えねばならない。
取り敢えず僕は生き延びねばならない。
生き延びねば人間が生活出来るところに転位出来た幸運も、記憶が消えなかった僥倖も意味がなくなる。
転位からそれほど時間は経っていまい。長い時間気絶していたなら、僕はモンスターの餌になっていたはずだ。餌になっていないどころか、僕の周りにモンスターが一匹も集まっていないのは、僕がそれほど長く気絶していなかった事を意味している。そう考えると僕が生き残ったのは本当に天文学的な確率なんだな、と思う。
妹は本気で僕を殺す気だったんだ。ゾッと身震いするが、今は生き残った事を喜び、生き残る対策を練ろう。
朝の出来事からそれほど時間が経過していないなら今はまだ午前中のはずだ。
・・・と言うことは太陽の位置から考えると、あちらが東のはずで、時間があまり経過していないなら、ずいぶん北西に来たらしい。
頭の中で地図を思い浮かべる。住んでいた街の北西は海のはずだ。
つまりここは海の向こう側、大陸の向こう側という訳だ。
歩いて南東へ向かっても住んでいた街には着かない。海辺に着くだけだ。
今はとにかく近くの街を目指さなくてはならない。そこで生き残るための装備を整えなくてはならない。今は布の服の上に皮の鎧を装備しているだけなのだ。しかも布の服も皮の鎧もブカブカでサイズが合っていない。
よくもまあこんなサイズが合っていない装備で決闘したものだ、勝つ負ける以前の問題だろう、いや普通にやっても負けただろうけど・・・それくらいは未熟な自分でもわかる。それくらい実力差があった。
とにかく近くの街でサイズの合った鎧と、そして何より武器が必要なのだ。
鎧は剥ぎ取られなかったようだが、武器は剥ぎ取られたようで丸腰の状態であった。
頭の中で思い浮かべた地図では北西にある大陸で見渡す限りの平原が広がっているという事は、ここはアロケル平野であろう。
アロケル平野はモンスターが少ない事で知られているが、モンスターが少ないという事は「生命の源たる川がない」という事だ。大文明はチグリス・ユーフラテス川、ナイル川、黄河、インダス川など大河の側で発展するが、アロケル平野にはその川がないのだ。
だが強いモンスターがおらず、モンスターが少ないという特徴が駆け出しの冒険者に向いており、オアシスの街にある冒険者ギルドは冒険初心者で溢れている、という話だ。
そんな牧歌的な平和な平野がアロケルなどという獅子の首を持った悪魔の名前をつけられているのには訳がある。
別に敵は生き物ではない。「タクラマカン砂漠」に敵になる生き物はほとんどいない。いないが「タクラマカン」とは「生きては戻れない」という意味なのだ。
アロケル平野に迷いこんだ旅人は、食べる物がなく飲む水もなく衰弱死するしかないのだ。しかも砂漠のように一気に脱水症状にはならないので少しずつ衰弱していく。
僕はそうならないように南に歩を進めた。
三つ取るべき選択肢はあった。
1.北上し平野を抜け、山路を川沿いに東に下れば小さな街がある。
2.東を目指すと港町に着く。そこから僕が生まれ育った街まで船で行く。
3.南に歩を進めてオアシスを目指す。辿り着けなかった場合は海沿いに東を目指し港町へ行く。
山路を行くには体力がそれまで持つとは思えないし、お金を持っていないので街へ行ってどうなる訳でもない。そして何より山路の川沿いにはおそらく僕では対処出来ない強いモンスターが出るだろう。武器があっても対処出来ないだろうし、武器がない状態でそこを目指すというのは自殺行為だ。
港町へ向かっても上に書いた理由と同じで何も出来ないし、それより今生まれ育った街に戻って妹に挑戦しても、悔しいけどもう一度負けるだけだろうと思う。
生き残るためにはオアシスの街で冒険者ギルドに所属し、実力をつけて生きていかなくちゃいけない。それで妹に挑戦出来るくらい実力がついたなら、港町から生まれ育った街に帰れば良い。
まあ南を目指すと言っても、位置がズレていてオアシスに辿り着かない可能性は否定できない。というか辿り着ける可能性のほうが低いだろう。だからそういった場合は一旦港町を目指すのだ。「じゃあ最初から港町を目指した方が良いじゃないか」・・・もしかしたらオアシスに辿り着くかも知れないし、もしかしたら港町に辿り着くまでにすごい距離を歩くかもしれないのに、目的地ではない港町を目指すの?それは余りにも酷ってもんじゃないか?あくまで港町を目指すのはオアシスに辿り着けなかった場合の保険だ。
・・・案の定うまくいかないものだ。三時間ほど歩いたが海沿いに出てしまった。三時間というのはだいたいだ。太陽が真上に来たのでおそらく正午ではないか、という目測だ。
だが平野の草原でモンスターと遭難せずに海辺についたというのは「最悪のケースではない」と言えるだろう。
だが一つの可能性を失念していた。
「海辺にいるモンスターは内陸部の平野にいるモンスターと強さは同じだが、数が多い」という事だ。当たり前だ、内陸部には川がないからモンスターは暮らしていけないだけだ。海には海の生態系があるのはモンスターも同じだ。そして海辺には海の生物をエサとする「海辺のモンスター」が存在し、人間をエサにする事はないが縄張りに入ってきた人間に攻撃をしかけるのだ。
僕は巨大化したフナ虫のようなモンスターの攻撃に強く目を瞑り来たるべき衝撃に備えた。
もしかしたら一度攻撃してこちらに攻撃の意思がないのがわかれば、そのまま通りすぎてくれるかも知れない。たしかこのモンスターは人間を食べない。とにかく相手の体当たり攻撃のショックに耐えねば・・・と思っているのに一向に攻撃のショックがない。そーっと目を開けると一人の女性戦士が巨大フナ虫を切り伏せ、僕の前に立ちふさがっていた。
見たところ2~3歳年上の二十歳前の冒険者のようだった。
浅黒い冒険者風の少女は鞘に片手剣をしまい肩に担ぐと、しゃがんでいる僕を見下ろすと茶化すように言った。
「お嬢様がパパの鎧を着て、冒険の真似事をしたくなっちゃったのかな?」
弟子入り
「お嬢様」?誰の事だろう?
僕は女に間違われるような容姿ではない。
でも女戦士は間違いなく僕の方を向いて僕に向かって言っている。
「あれ~?最近のお嬢様は助けてもらっても感謝の言葉をパパから教えてもらわないのかな?」女戦士は冗談めかして言う。
慌てて感謝の言葉を女戦士に言う。
「助けてもらってありがとうございます。お陰で生き延びました」深々と頭を下げる。
だが声を発してみて更に驚いた。この甲高い声は一体誰の声だ?
「冗談、冗談!怖くて何も言えなかっただけだよね!でも女の子が一人でこんなところに来ちゃダメだよ!今回はたまたま私が通りかかったから良かったけど・・・」女戦士は真顔になりたしなめる。
本当はわかっていた。認めたくなかったのだ。
妹は僕に「性別を変える」と言った。
記憶が消えなかった事で「何も変わらなかったと思った、いや思いたかった」のだ。
記憶が消えるのは魔法薬を飲んだ時の副作用だ。
副作用を消すように妹は動物実験を繰り返していたが実験は上手くいかなかった。そうこうする間に「女性でも家督を継ぐ権利を有する」という事がわかり実験は破棄された。
だが最後の魔法薬製造時、実は薬は完成していたのだ。魔法薬は僕から記憶を奪わず性別だけを変えた。
おかしいとは薄々思っていた。
歩いて南を目指している時、「僕ってこんなに体力なかったっけ?こんなに歩くの遅かったっけ?」と思ってたし、布の服や皮の鎧が体のサイズに合ってないって言っても「ちょっとこの服と鎧キツいなぁ。まぁ妹は女だし、合わなくてもどうにかなるだろう」と思ってたんであって「何でキツかったのに急にブカブカになったんだろ?」って思わなかった訳じゃない。
僕は皮の鎧を脱いだ。本当はそこら中を締めてあり、そこを緩めないと脱げないはず・・・だが皮の鎧はブカブカ過ぎてどこも締まっていないので洋服を脱ぐように脱ぐ事が出来た。さすがにそれを見ていた女戦士もビックリしたようだ。皮の鎧は固さもあり「着るというよりはめる」ものなのだ。相当小柄で筋肉がない女性でないとスポッと頭から脱ぐ事は出来ない。
「よくこんな小柄で筋肉がない少女がモンスターと出会わずここまで来たな」と女戦士は思った。
そう思われているとは知らない僕は自分の体を見て「あぁ、女になってしまったな」とショックを受けていた。自分が「女として筋肉があるのか、大柄なのか、力があるのか」と言った事は知らないし、考えられない。
「僕をあなたの弟子として冒険者として育てて下さい!僕には帰るところがないんです!冒険者として生きて行くしかないんです!」
僕は女戦士にすがりつき頼んだ。
「弟子入りさせないにしてもこのままここに放置して帰るのは寝覚めが悪いよね。しばらく戦い方とか野宿のしかたとか・・・生きて行く方法を教えるよ。弟子入りさせるかどうかはそれを見て判断するからね」面倒見が良い女戦士は僕をなでながらそう言った。
訓練
女戦士はオアシスの冒険者ギルドに所属する冒険者だった。彼女はギルドからの依頼をこなし、薬草を集め終わって帰る途中、襲われている僕を偶然発見したらしい。
僕を襲っていたモンスターはゲゲと言い、見た目や動きだけでなく名前も気持ち悪いが、食べると結構美味しいらしい。
ギルドの側に居をかまえる彼女の家に招待され今更の自己紹介が始まった。
「そう言えば名前、名前聞いてなかったし名乗ってなかったね。私の名前はパラス」女戦士は言った。
「僕の名前はレイ。よろしくお願いします、パラスさん」僕は頭を下げた。
「よろしくね、レイラ」パラスさんは言った。アレ?と思ったがこの時否定しなかったせいで周りから「レイラ」と呼ばれる事になる。
そしてパラスさんは人に紹介する時「レイラは僕っ娘なのよ?可愛いでしょ?」と言うようになるが、ここまで信用してくれた人に今更「実は男です」とは言えるはずもなく・・・というか何度も僕の裸を見ているパラスさんが僕の事を男だと思うはずもなく、裸を同性に見せていると思って平気な顔をしているパラスさんを見て罪悪感を感じるだけだった。いつか本当の事をパラスさんに言わなくちゃ・・・と思いつつも、「今は言うタイミングじゃないな」とか、一緒に風呂に入った後に「隅々まで裸を見た後に『実は男だ』って言ったら何て言われるか怖いな」と思ってなかなか言う機会がなかった。
筋力が低い僕は「う~ん、剣士には向かないね」とパラスさんに言われた。戦士と言ってもタイプが沢山あるらしい。
僕にパラスさんが渡してきたのが短槍だった。
東の国では長刀、薙刀と言って女性向きの武器として知られているだけじゃなく、青龍円月刀などとして武勲をあげている部将もいるらしい。
「槍は短くて3メートル、長いと6メートル以上だからね。モンスター退治よりは戦場向きかな?敵を近付けないようにするのが槍の役目なの。モンスター退治では普通、槍って言ったら短槍の事を言うんだよ」パラスさんは説明した。
パラスさんが僕に口を酸っぱくして言った事は一つ。
「力任せに槍を振り回してはダメだよ。力が弱い女が冒険者としてやっていくんだから、柔らかさ、しなやかさを武器にしなきゃダメ。その上で速さを磨くの。そうすれば百回に一回くらいは男に勝つチャンスが来るからね。相手が油断してたらチャンスは倍になるよ。相手が慢心して訓練してなかったら勝てる確率は更に倍になる。こうやって勝つ可能性を上げていくの、わかった?」耳が痛い。まさに妹はこうやって僕を倒すために訓練してたんだ。そして僕は妹に負けるべくして負けたんだ。
父親は妹の努力を知っていて「レイが継いだらこの家は終わる」と思って、あの決闘を承諾したんだ。
僕が恨むべきは「己の怠惰さ」であり、妹を恨むのは余りにも筋違いだ。
よし決めた!僕はこの先冒険者としてやっていこう!
こうしてパラスさんと僕は師弟関係を築きながらパーティを組む事になった。
パラスさんはヘルプでスポット的にパーティに入る事はあっても、誰かと継続的にパーティを組むのは初めてだと言っていた。
僕も当然パーティを組むのは初めてなので「お互い初めてですね」と言うとパラスさんは「レイラが私の相棒ぶるのは10年早い!」とプリプリしていた。
どうしたんだろう?と思っているとギルドの受付のお姉さんが「パラスさんは照れてるだけなのよ」と言ってパラスさんに追いかけ回されていた。
別に大司祭になりたいと思った事はなかった。
だけど周りは私を大司祭候補だと言った。
権力とは無縁の人生を送ってきたつもりが気付いたら権力争いの中心にいた。
特別扱いを嫌うほど大事になり、反感を買った。
追放から復帰する100の方法