【La Pianista】

楪 花梨

 夏休みのある日のこと。都内で、少女が少女を撲殺するという、ショッキングな殺人事件が発生した。被害者も加害者も、高校を卒業して間もない十八歳の女子大生。それだけでも、社会で好奇の目に晒されるには十分過ぎる条件を満たしているのだが、少しずつ事件の概要が解明されていくに連れ、この出来事は歪な報道へと移行されていった。
 先ず、二人が隣家とも言えるような近所で育ち、姉妹のように毎日を過ごした幼馴染みだったことが判明した。そして、共にピアノを習い、全国レベルのコンクールでそろって入賞するなど、同じ指導者の元、切磋琢磨して研鑽を積んでいた同志だったのだ。二人の子どもの頃の演奏動画は、様々な配信サイトから発掘され、ソーシャル・ネットワークなどを通じ、瞬く間にネット上に拡散された。
 また、加害者の父親は、誰もが見聞きしたことのある有名人であることが突き止められた。日本を代表する外食産業グループの創業者で、よくテレビにも出演している事業家だ。視聴者からの好感度も高く、尊敬も集める人物だったのだ。つまり、加害者の少女は、超が付く程のセレブな家庭に生まれ、何不自由なく育ったのだ。この事実は、後に重大な事件を起こすことと、全く無縁とは言い切れない。
 こういったスキャンダラスなキャラクタやバックグラウンドは面白おかしく取り上げられ、報道はいつしか殺人事件の本質から目を背け、ワイドショー的な取扱いに終始するようになった。しかし、少女が少女を殺した事実は動かせない。そのことに蓋をして、野次馬的な内容だけに焦点を当てた報道に切り替えたのは、おそらく視聴者の興味や関心を擽ぐることだけが目的だろう。だが、それだと真相は決して解明出来ないのだ。
 では、二人の少女に、一体何が起きたのだろうか?何故、少女は幼馴染みを殺害したのだろうか?
 事件の本質を探ってみると、様々な数奇な運命の連鎖が垣間見えてくる。ピアノ、音楽、コンクール……これらが、二人を強く結び付けるキーワードであることには間違いない。それに、悲劇が起きた現場もピアノの防音室だ。前述した通り、幼少時の二人は、同じ指導者にピアノを習っていた。しかし、その指導者は世界的に著名な人物であり、演奏指導よりも運指の指導に特化した、特殊な形態の“トレーナー”だった。しかし、その指導者特有の、奏法に対する異常なまでの強い拘りが、間接的に悲劇のきっかけにもなっていたことはあまり知られていない。
 何故、それ程までに、指導者は弾き方に強く固執したのだろうか?その発端は、三十年も前にイタリアで行われたコンクールにまで遡る。ある日本人ピアニストに降り掛かった残酷な出来事が、約三十年の時空を越え、少女達の悲劇の遠因となったのかもしれない。では、天賦の才を授かる日本人ピアニストに、イタリアの地で何が起きたのだろうか?三十年前のイタリアと現在の日本……両者を繋ぐ少女達の指導者。
 この物語は、様々な視点から一つの事件の真相に迫る、三十年の時空を跨ぐ歴史絵巻だ。全ては、悲劇に向けて堕ちていく。

第1章 序奏~introduction~

 夏休みに都内で発生した女子大生殺人事件は、様々な意味で世間に強烈な衝撃と影響を与えた。その主な理由の一つとして、被害者、加害者共に、大学生とは言え、高校を卒業して間も無い十八歳の少女だったことが挙げられる。しかも、事件の動機や両者の心理状態などを解明する以前の話で、結果として記録される殺害方法だけを鑑みても、この事件は特殊なケースにカテゴライズされるだろう。女性殺人犯が実行した殺害方法の中で、圧倒的多数を占めるのは毒殺と言われている。しかし、この事件は、毒殺でも次に多い刺殺、絞殺などでもなく、何と撲殺だと判明したのだ。これだけでも、大きなインパクトを与えるのに十分過ぎる事実だろう。つまり、少女により少女が殴り殺されたという事件のショッキングな特異性が、先ずは大きな話題となったのだ。
 しかし、直ぐにもっと重大な要因も取りざたされた。その一つとして、事件の関係者について、続々とスキャンダラスな出来事が判明したことが挙げられる。連日の報道は、加熱した。直ぐに、事件そのものよりも、被害者と加害者の人物像に焦点を当てた、言わば「ワイドショー」のような取扱いに移行され、無責任に面白おかしく報道されるようになったのだ。
 始めに格好のネタになったのは、被害者だ。概ね、どのような事件でも、被害者のプライバシーは保護されにくいもの。この事件も例に漏れず、被害者の女子大生は、顔写真と共に実名も報道されたのだ。
 やがて、在籍していた大学が明らかになると、彼女が平均的な学生でないことぐらいは容易に想像出来た。そう、彼女は都内の音楽大学に通う、将来を嘱望されたピアニストの卵だったのだ。当初は、「女子大生殺害事件」と報じられていたのに、いつしか「音大生(ヽヽヽ)殺害事件」へと名称を変えて報じられるようになった。もちろん、表紙を差し替えただけで、事件の本質は何も変わらない。分かり易いという大義名分の元、変更の真意は、視聴者に刺激と興味をより抱かせる為に過ぎない。まさに、「ワイドショー」のような取扱いなのだ。

 さておき、被害者は、幼少より数々のコンクールでの入賞歴があり、動画配信サイトでもたくさんの記録が残されていた。それぐらいは、最低限のネット環境さえ整っていれば、誰でも容易に突き止められるのだ。様々なSNSや個人ブログなどを通じ、これらの動画は瞬く間に拡散された。そして、同情や追悼だけでなく、揶揄や冷やかし、単なる荒らし行為など、沢山のコメントで賑わった。
 やがて、加害者にもスポットが当てられるようになった。おそらく、加害者と被害者の関係ついて、新たな事実が判明したことが一つのきっかけになったのだろう。当初は被害者の友人と報じられていた加害者だが、実際は「友人」の一言で収まるような間柄ではなかったのだ。
 つまり、両者の関係はもっと深かったのだ。幼少時より数ヶ月前に上京するまでの彼女たちは、敷地の一部が接するぐらいのごく近所で暮らし、毎日のように互いの家を行き来していた幼馴染みだったのだ。活発で利発的な加害者は、幼い頃より身体も大きく、小柄で大人しくて引っ込み思案な被害者と一緒にいると、傍目には姉妹のように映ったそうだ。
 また、まだ未成年である加害者は、新聞やテレビなど旧媒体のメディアでは、当然ながら匿名で報道されていた。しかし、ネット上では所謂「鬼女」達により、少しずつ本人を特定する活動が開始された。鬼女の情報ネットワークと調査力は、他の様々な事件でも証明されてきた通り、公的な調査機関を遥かに凌駕する。あっという間に、名前や顔写真、実家の住所、SNSのアカウントなど、加害者のプラバシーの何もかもが晒された。その後は、一定量の推測や悪質なデマを交えて情報は膨れ上がり、瞬く間に拡散されたことは言うまでもないだろう。
 とは言え、まだここまでだったら、飽きっぽい現代ではそのうち風化したかもしれない。だが、この事件の風評は延々と続き、収まる気配はなかった。それは、一つには、被害者も加害者も芸能人並みの美貌とルックスを具えた、十八歳の少女だったことが大きく影響していたのだろう。

 小柄で可憐な少女がニコニコしながらステージに出てきて、お上品に愛らしくお辞儀をしたかと思いきや、ピアノに向かうと表情は豹変し、激しくダイナミックにショパンのバラードを演奏する……被害者が六年生の時に出場したコンクールの動画は、瞬く間に拡散され、ネット上ではファンクラブまで結成された。それぐらい、少女の映像には魅惑的な吸引力があった。鬼気迫る迫力とあどけない表情のコントラストは、微笑ましく受け取る大半の大人に混じり、ごく一部、性的な魅力として刺激を受ける者もいた。何より、素人が聴いても明確に伝わるその音楽センスは、誰もが虜になった。感情の奥深くを揺動され、幼気なビジュアルと相まって、純粋で無垢な演奏は万人に受け入れられたのだ。

 一方の加害者の少女は、高校生の頃からモデル事務所に所属しており、ほんの少しだったとは言え、メディアにも露出していたことが判明した。当然、それらの画像や動画は、瞬時に拡散された。まだ駆け出しのキャリアながら、あるSNS上に公式サイトが設置されている程度には売れていたようだ。
 更に数日後には、加害者も本格的にピアノを習っていたことが突き止められ、まだ小学生の加害者が演奏する古いコンクールの動画も、続々と採掘された。過去の様々なコンクールのデータを掘り起こす者も現れ、何と、被害者と一緒にコンクールに出場し、二人揃って全国大会で入賞したという記録も幾つか見つかった。どうやら幼馴染の二人は、幼少より仲良くピアノを学び、切磋琢磨して全国レベルのステージで競い合っていたようだ。そのまま音楽の道に進んだ被害者と、全く別の道を選んだ加害者。コンクール、音楽、ピアノ……これらは、二人を強く結び付けるキーワードかもしれない。決定的なのは、事件の現場もピアノの防音室だったことだ。幼少時の二人の体験が、事件の遠因になっていることを示唆している気がしてならない。

 事件の翌週には、加害者の父親にまでスキャンダルは飛び火した。実は、彼は日本を代表する外食産業グループの創業者だったのだ。テレビにもよく出演していた、誰もが見たことがある有名な実業家だ。世間から認知され、尊敬を集めていた人物だけに、その分、実娘が殺人を犯したとなると反動は大きくなる。「ざまぁ見ろ!」とばかりに、批難や糾弾の声が怒涛の如く押し寄せた。やがて、グループの不買運動が巻き起こり、株価は暴落し、インターネットを中心にあらゆるメディアは大賑わいを見せた。
 時を追うごとに、事件への風潮は歪なベクトルを示すようになった。被害者に対する野次馬的な関心のみならず、加害者さえもアイドルのように偶像視され始めたのだ。両者の生い立ちから現在に至るまでの履歴は、時に興味本位にあることないことデフォルメされながらネット上に晒された。たくさんの写真も流出し、たくさんのファンが発生した。誰ともなく作成された、いかがわしい卑猥なコラージュ写真なども大量に出回った。中には被害者と加害者が、同性愛者によるSMプレイに興じているように演出した悪質な合成写真もあり、二人の人権やプライバシーは完全に踏み躙られたのだ。

 少年法の見直し論やネット規制の問題、被害者や加害者の人権問題なども絡めつつ、インターネットの世界は、所謂「お祭り」状態が続いた。そうなると、いつしか事件の真実には、誰も目を向けなくなっていた。情報が溢れる程に、事実から遠のいていく……正に本末転倒だ。事件そのものよりも、世間の興味はキャラクタとバックグラウンドに限定されたのだ。殺し殺された二人の少女は、勝手にたくさんのタグを飾り付けられ、歩んできた道を好きなようにアレンジされ、一部では偶像化された。それは、生身の人間の問題ではなく、バーチャルな出来事のように認識され始めたのだ。

 さて、改めて確認してみたい。二人の間に、一体何が起きたのだろうか? 何故、少女は幼なじみを殺害したのだろうか?
 今一度、二人に貼り付けられた不要なタグを、全て取り除いてみようと思う。そこから浮かび上がる本質のみを抽出し、真実を見つめ直してみるべく筆を取ることにした。

第2章 序曲~ouverture~

 世界有数のピアノ普及率を誇る日本だが、それがそのままピアノ文化の普及に結び付くとは限らない。
確かにこの国では、親戚や友人、ご近所などをちょっと見回すだけで、ピアノを所有している家庭や実際に弾ける人、習った経験のある人が沢山思い当たるだろう。なるほど、普及率が間違いなく高いことは分かる。しかし、大抵のユーザーは趣味の域を超えることはなく、そのままプロのピアニストに……いや、ピアニストに限らず、音楽家や指導者など、どんな形であれ音楽に携わる職業に就く人は稀である。周囲の人を観察しても、殆んどのピアノユーザーは、数年でピアノを止めてしまったのではないだろうか? その結果、ピアノは不要の長物として部屋の片隅で眠り、放置され、物置と化している家庭も珍しくない。これをもって、ピアノ文化とはとても言えないのではないだろうか?
 楽器業界は、そんな現実を憂慮しながらも受け止めざるを得ず、何とか事業に転じないといけない。そこで捻出した答えは、中古市場の開拓だ。その足掛かりとして必須になる買取業は、1990年頃から参入する業者が激増し、瞬く間に一大産業へと発展を遂げた。一般家庭から買い取ったピアノは再生され、大半が海外に輸出された。安価で高品質な日本製の中古ピアノは、世界中でヒット商品となったのだ。爆発的に中古ピアノの需要は増え、家庭で眠っているピアノは挙って買い漁られるようになった。
 いつしか、この国外への流出量は、新品ピアノが新規で流通する台数を逆転した。即ち、年々国内に存在するピアノの台数が減少しているのだ。その為、ピーク時には30%に迫った(超えていたというデータもある)と言われている日本のピアノ普及率も、現在は25%以下にまで減少しているそうだ。それでも、今尚、世界に僅かしか例がないぐらいの高水準である。裏を返せば、これだけ所有台数が減少しても、まだまだ飽和状態からは脱していない。単純に、それまでがキャパシティを大きく超えていただけだろう。そう思うと、買取業はまだしばらくは健在だ。しかし、いつか普及率の減少が底をついた時、買取業は衰退するしかない。同時に、ピアノの普及率も、その後は頑張っても現状維持が精一杯で、少なくともそこから上がる見込みはない。
 一方で、どれだけ普及率が下がっても、家庭で眠っているピアノがなくなるわけではないことも予想されている。つまり、ピアノを手放す人ばかりではないのだ。もう何年も使っておらず、この先使う予定もなく、寄贈するつもりもない。しかも、部屋の一角を占領し、不便な物置と化して居る。それなのに、手放すつもりはない……不思議なことに、そういう家庭は思いの外、多いのだ。

 島崎愛も、かつて長期に渡り、ピアノを習っていたことがあった。愛が使用していたグランドピアノは、今ではもう、弾かれる機会を喪失している。だが、音を出し、音楽を奏でるという、ピアノにとって最低限のポテンシャルすら閉ざされているとはいえ、今尚、現役の楽器であることには違いない。
 では、大きくて使い途のないその物体は、邪魔な存在なのか? と問われると、なかなかそうも言い切れない。愛にとって、長年連れ添ったピアノは、良くも悪くもたくさんの思い出を共有している同士であり、戦友でもあるのだ。
 これは、ピアノに限った話でもないが、幼少よりずっと身近にあった物を、処分するか否かの決断を下す際は、どうしても生じてしまう躊躇いとの綱引きになる。愛の場合は、処分しないという考えが、圧倒的に支配していた。なので、結婚してからも、新居にピアノを持ち込ませてもらっていた。旦那の理解に感謝しつつ、それでも愛がピアノを弾くことはない。リビングの片隅で、静かに佇んでいる。楽器としての能力を閉じ込めたまま、自宅の一部分として、単なる風景と化していた。

 やがて、愛にも子どもが出来た。幸いなことに、手の掛からない大人しい女の子だ。愛は、生活の全てを娘に捧げるようになった。ピアノに見向きする機会はますます減少し、邪魔か否かの議論以前の「無関心」という位置付けにまで降格されたのだ。
 外務省勤務の旦那は、娘が三歳になる頃、アフリカでの勤務を言い渡された。娘には父親が必要だとは思ったが、不安定な政治情勢や衛生問題の懸念は拭えず、尚且つ、文化も言葉も違う地に、わざわざ幼い娘を連れて行く気にはなれなかった。
 旦那が不在でも、子どもの成長は止まることがない。幼稚園に通うようになると、娘には仲良しの友達が出来た。しかも、家もすぐ近所……いや、裏庭の一部が隣接している為、「お隣さん」と呼んでも間違いではないぐらいのご近所さんだ。もっとも、敷地は愛の家の三倍以上はありそうな、とても大きな邸宅なので、対等なお付き合いをしようにも、どうしても気後れしてしまうセレブなご家庭だ。父親が有名人のようで、時折テレビにも出演している。それでも、ご夫婦共傲ることなく、それなりに親しい近所付き合いをして頂いていた。やがて、娘同士が同じ幼稚園に通うようになったのを機に、その距離は一気に縮まった感じがした。
 娘が、四歳になったばかりのある日のこと、突然ピアノを習いたいと言い出した。話を聞いたところ、隣家に住むお友達の影響のようだ。と言うより、その子に、一緒に習おうよ、と誘われたらしい。彼女は、親の意向もあり、かなり本気で取り組むことになったらしく、その為にグランドピアノも購入したのだとか。どうやら、同じ町内のすぐ近くには、全国的に名の知れた指導者が住んでいるらしく、その方にレッスンを頼み込むつもりらしい。

「ねぇ、楓ちゃんも一緒に習わない?」
 松永恭子に声を掛けられた時、愛は一瞬何のことか分からなかった。そう言えば、娘が「彩音ちゃんと一緒にピアノを習いたい!」と言っていたっけ……そのことを思い出すのに、数秒を要したのだ。
「そうねぇ、お誘いは嬉しいけど、直ぐには返事出来ないわ。今は主人もいないし」
 愛は、旦那の不在を言い訳に、返事を先延ばしにした。実は、娘にピアノを習わすことに消極的だったのだ。自身が、かつて挫折した身であることも一因だが、逆に、のめり込んでしまうことを最も恐れたのだ。当然ながら、直ぐに飽きて止めてしまう可能性もあるだろう。それはそれで、決していい気分ではない。では、もし本格的に長く続けることになると……その結果、娘はどうなるのだろう?

「気持ちは分からなくもないけど、ご主人、数年は帰国出来ないのでしょ? 愛さんは、信用されて任されてるのよ。ピアノだけじゃないわ。ご主人の帰国を待ってると、何をするにもタイミングを逃すだけじゃない」
 恭子は執拗に誘ってくる。実は、その理由も知っていた。近所に住む著名な指導者は、多忙過ぎる為、一人のレッスンの為だけに時間を割いてくれないのだろう。でも、二人まとめてならまだ可能性はある。少なくとも、頼みやすくはなるかもしれない。
「確かにそうね。私が決めないといけないのでしょうけど、実はね、私も昔ピアノを習ってたんだけど、結局続かなかったのよ。まぁ、そのおかけでピアノはあるんだけどね。楓もやりたいとは言ってるけど、直ぐやめることになったら先生に合わす顔ないしねぇ……」

 どれだけ努力したところで、ピアニストになれる人間なんてそういるものではない。娘にそんな才能があるなんて、思ってもいない。一方で、やってみないと分からないのでは? という考えも否定しない。だが、現実的には、類稀なる才能を秘めた人間が何年もの努力を継続して、初めて開花出来るか否かが判断出来る世界だ。そもそもあるのかどうかすら分からない才能を信じ、人生の大切な時期の十年以上をピアノに捧げ、結果、ピアニストになれなかった人間もたくさんいる。そうなると、ピアノしかしてこなかった為、人生の経験値が大幅に不足したまま社会に投げ出されることになるのだ。愛自身がそうだったように。
「加納先生に限っては、そんな心配要らないわ。まだ教えてくれるって決まったわけでもないのに、こう言っちゃなんだけど、途中で止める分には、先生は内心ホッとするんじゃないかしら? ものすごく多忙な方なの。見て貰えるのか分からないけど、もし見て貰えるとしても渋々には違いないわ」
「他の先生じゃダメなの?」
「ダメよ! 加納先生じゃないと意味ないじゃない。すごい方なのよ。先生は、指導者として世界的な権威ですからね、お弟子さんのリストを見ても、ビッグネームがズラッと並んでるわよ。そんな方が折角近くに住んでるんだから、強引にでもお願いすべきだわ」
 いかにも恭子らしい発想だ。良い道具を使うことは、良い仕事をこなす為の担保にはならない。道具や環境、状況などは、効率を高める要因にこそなれ、本質の向上とは結び付かない。それと同じで、有名で実績がある人に頼めば、一流に育つわけでもない。
 一方で、恭子の話に一理あることも認めざるを得ない。ピアノを始めるにあたり、何よりも大切な選択は指導者だろう。その点は、愛も同じ考えだ。人間的な相性の問題もあるだろうが、子どもは指導者次第で、成長速度と到達点が違ってくると思っていた。

「実はね、来週の土曜日に、加納先生が面談してくれることになったの。彩音も楓ちゃんも、二人で一緒に習いたがってるんだから……こんな機会ないわよ。ねぇ、習いましょうよ!」
「そうねぇ、あの楓が長く続けるとは思えないんだけど……でも、最初からそんなこと言ってたらダメよね。いいわ、その先生が見てくれるのなら、習わせてみようかしら」
 ついに、恭子の説得に負けてしまった。もう後には引けないだろう。実際のところ、楓が真剣にピアノを習いたがっていることは、子どもなりの本心だろう。ただ、その結果を愛が過剰に恐れているだけなのだ。すぐにやめてしまうことではなく、本格的にのめり込み、必死で長く続けた挙句、ピアニストに成れずに終わることが一番怖かった。そうなると、学業も情操教育も人生経験も、全てが不足気味になるだろう。たまたまかもしれないが、愛の周りには実際にそうだったのでは? と思える人が数人いたのだ。
 考え過ぎだ、と言われると、確かにそうかもしれない。単なる趣味でいいじゃないか……それも理解している。すぐにやめたとしても、何か身につくものだよ……うん、それも分かってる。だけど、愛はピアニストを真剣に目指し、結果ピアニストになれなかった為に、大人になって苦労している人がいることも知っていた。

第3章 前奏曲~prelude~

 島崎楓は、念願だった音大生活を謳歌していた。いや、それは客観的な見解に過ぎず、本人の感覚は全く別物だった。幼少期よりピアノを習い、いつしかピアニストを夢見るようになった楓にとって、音楽大学への入学はようやくスタート地点に立てたに過ぎず、だからこそ毎日毎日を懸命に生きていたのだ。
 楓は、何かと制限された家庭環境の中で、不足がちな練習量を補って余りある類稀なるセンスと繊細な感受性を武器に、小学生の頃は数々のコンクールで結果を残してきた。残念ながら、最後まで一番になることはなかったものの、全国規模での上位入賞も何度か経験した。その結果、演奏技術以上に、その日、その一瞬にピークを持ってくる調整力が養われたのだろう。また、場数を踏んで培った一発勝負でのメンタルの強さも、大きな武器となった。都内の音大に特待生として入学出来たのも、過去に何度も出場したコンクールの経験の賜物と言えよう。

 音大に入ってからの楓は、好きなだけピアノを弾ける環境に歓喜し、水を得た魚のように、連日ピアノを弾き込んだ。
 元々が、努力よりも持って生まれた才能で高い評価を得てきた楓だ。実際、楓が紡ぎ出す音は、とても純粋で無垢なのだ。この濁りのないピュアなサウンドは、どれだけ練習しても、技術で出せるようになるものではない。その特異な音色でもって、伸びやかによく歌い、繊細な感情をトレースする。演奏スキルはまだ未熟な面もあり、(アラ)も目立つのだが、天性の響きと表現力は突出していたのだ。そして、音楽を読み解く感性も優れている。つまり、平たく言えば天才肌の演奏家だ。その楓が、好きなだけピアノを弾ける環境を得たのだから、正に鬼に金棒。入学以降の僅か数ヶ月で、楓は教授陣ばかりでなく、同期の仲間達からも一目置かれる存在になっていた。
 しかし、楓はそういった自分の評価には、全く興味を示さなかった。人との交流は極最低限しか持たず、ピアノ演奏以外の学業は疎かにしがちで、個性の強い学生が集う音大の中でも、殊更風変わりな学生という印象を持たれていた。
 また、楓はピアニストの卵とは言え、年頃の女の子でもある。しかも、小柄でアイドルのような愛くるしい容姿を持つ。その上、大人しくて垢抜けしていない素朴な印象を与える為、周りの男性が放っておくわけがない。実際、街を歩けば必ずと言ってもいい程の確率でナンパされ、学内でも連日のように様々な誘いを受けてはいた。しかし、その全てを素っ気なく突き返していた。楓は、恋愛はおろか、ファッションや流行にすら無頓着で、女性との交流さえ殆んど持たなかったのだ。
 と言うのも、現在の楓の目線は、一つの方向にしか向けられていなかったのだ。四年に一度、オリンピックイヤーの十一月に、イタリアで開催されるピアノの祭典。

《マルトゥッチ国際ピアノコンクール》

 これは、年齢制限が二十二歳までという、若者だけに、いや、実質的には学生に限定したピアノのコンクールと言えよう。ショパンやチャイコフスキー、ロン・ティボーといった「超」が付くぐらいのメジャーなコンクールほどではないが、マルトゥッチ国際ピアノコンクールも、過去にたくさんの名ピアニストを生み出した権威と歴史のあるコンクールとして周知されている。ただ、余りにも厳しい年齢制限と、技巧的なピアニズムに特化したコンクールは、決して日本人向きとは言えないだろう。また、マルトゥッチという作曲家自体、それほどメジャーな存在ではない。なので、このコンクールは、日本国内では殆んど知られていなかった。
 知名度はどうであれ、現実的に楓がこのコンクールに出場出来るチャンスは、もう来年の大会しか残されていなかった。その次の大会では、年齢制限に引っ掛かるのだ。四年に一度、二十二歳までという制限は、当事者になるとその厳しさをより実感出来る。
それでも、楓は日本では無名に近いこのコンクールに、どうしても拘りたかったのだ。いや、出場するだけではない。何より、絶対にそこで結果を残すという目標を打ち立てていた。そう、今の楓がピアノを弾くモチベーションは、その為だけにあると言っても過言ではない。
決して技巧派ではない楓のスタイルから考えると、マルトゥッチ国際ピアノコンクールは最も不向きな大会かもしれない。だからこそ、一層の準備が必要だし、自身のステップアップにも繋がるだろう。兎に角、照準をそこだけに合わせ、計画的なプログラムの元、全霊を注いでいたのだ。
 そんな折、ちょっとしたサプライズがあった。
 大学生になって初めての夏休みも、楓は連日大学に通い、ピアノの練習に明け暮れていた。しかし、その日は初めて自身に休暇を課していた。と言うのも、海外へ単身赴任している父が二年振りに帰国することになった為、母より緊急帰省命令が発令されたのだ。勿論、大学生になってから、楓はまだ父と会っていなかったので、何も母に命令されなくても帰省するつもりではあったし、楽しみにしていた。
 それに、独り暮らしを始めて数ヶ月経っており、そろそろ実家が恋しくなっていたのも事実だ。実家にある、幼少時よりお世話になったボロピアノも弾きたい。そして、数年前に嫌な決別をしたピアノの先生にも、久し振りに会いたくなっていた。なので、その日はお土産を買いがてら、都内をブラブラと散策していたのだ。

「えっ? ウソ! 楓じゃん!」
 目の前の綺麗な少女に突然話し掛けられた楓は、相手の顔をマジマジと見返し、そして喜びと驚きの入り混じった表情を浮かべた。
「え? 彩音なの? ウソでしょ! なんでここにいるの?」
 幼馴染みで、かつては毎日のように一緒に遊んだ友人と、遠く離れた大都会でバッタリ出会う確率なんて、限りなくゼロに近いだろう。驚き以外の何物でもない。そして、この奇跡的な再会が後に悲劇を生むことになるとは、その時の二人は考えもしなかっただろう。話を聞くと、彩音もこの四月から都内の大学に通い、この近くで独り暮らしを始めたそうだ。
 二人は、彩音が私学の中学校に通うようになってから、すぐ近所に住んでいながらも滅多に顔を合わすことすらなくなった。必然的に、親同士の交流も最低限に縮小されていたようだ。同じ地域の住民同士として、顔を合わせば挨拶は交わすが、互いのプライベートに踏み込む会話はいつしかなくなっていた。
二人が高校生になる頃には、ますます関係は薄められていき、互いに全く関心がなくなっていたので、東京に出て来ていることさえ知らなかったのだ。いや、おそらく親同士は、第三者から耳にしていた可能性は高いだろう。でも、それを敢えて自分の娘に伝えることはしないぐらいに、両家の関係は疎遠になっていたのだ。
 とは言え、少なくとも楓は、そんな関係を望んだことはなかった。そして、何故そうなってしまったのか、分からないでいた。表立って喧嘩したことなければ、何かを言い争った記憶もない。思い当たる節はないのだが、彩音が少しずつ楓から距離を取るようになったのだ。
当時、微妙に冷えた空気を察知した楓は、敢えて彩音に纏わりつかないように心掛けた。一過性のもので、直ぐに元に戻ると思っていたし、逆に今距離を詰めようとすると、全てが一気に崩壊する気がして怖かったのだ。しかし、結果的には、そのことがより一層二人を疎遠にしたのかもしれない。少なくとも、彩音は帰ってこなかった。

 遡って思い起こすと、彩音の態度が変化し始めたのは、おそらくあのコンクール……二人が最後に出場したコンクールが終わってからだ。二人揃って予選を勝ち抜き、全国大会への出場が決まった時、決勝に向けてのモチベーションは対照的だった。元々コンクールが好きでなく、まだやらないといけないの? とうんざりした楓に対し、何事も勝ち負けに拘る彩音は、絶対に賞を獲るんだと気合いが入っていた。その言葉の裏に、同門の楓だけには負けたくないという意味合いが含まれていたことは明らかだ。
そして、実際に彩音はそのコンクールの決勝で、楓に圧勝した。逆ならまだしも、勝った彩音から離れていくのも不自然に思える。だが、何があったのかは定かでないが、コンクールの直後に大きな変化があった。その日を最後に、彩音はピアノを止めたのだ。
 まさか、常に優秀な結果を残し、将来も嘱望されていた彩音がピアノをやめるなんて、誰も思いもしなかったことだ。楓も先生も彩音の両親も、この決断には非常に驚いた。真意は誰も理解出来ないものの、どうやら一時的な燃え尽き症候群でないことは伝わった。中学受験に専念するという、表向きの分かり易い理由は掲げていたものの、彩音が確固たる決意を持ってやめたことは明白だった。
 楓に対する態度に変化が見られるようになったのは、丁度その頃からだ。やがて、二人はそのまま……殆んど何も話さなくなったのだ。ピアノを抜きにしても、ごく近所に住み、幼少より毎日のように一緒に遊び、同じ小学校に通う同じ学年の二人なのに、不自然なぐらいに隔たりが出来たのだった。今、ここで再会するまでは——。

 連絡先を交換した二人は、その日の夜、楓の部屋で改めて会うことにした。一旦別れた後、楓はふと、正気に戻ったような感覚に陥り、あることに気付いた。それは、幼馴染とは言え、彩音との関係は、もう単なる顔見知り程度にまで成り下がっていることだ。
 偶然再会し、軽く言葉を交わしたぐらいで、数年間の空白が埋まるはずもない。実際、楓は、もう彩音のことなんて何も知らない。知っていることは、記憶の中にぼんやりと残っている、小学生までの彩音だけだ。逆もまた然りだろう。そして、重要なことは、今更彩音のことを知りたいとも思わないし、今の自分を知って欲しいとも思わないこと——。そう考えると、単なる幼馴染なんて存在は、ほぼ他人と同じなのだ。
 そうなると、意外性に演出された驚きと懐かしさと勢いだけで、彩音を家に招いてしまったことを、楓は少し後悔していた。今の彩音は、友達より、他人に近い存在なのだ。昔話ぐらいしか共通の話題もない。つまり、ピアノの話にほぼ限定される。あれだけ一緒に過ごしたのに、毎日二人で何をしていたのか、学校でどうやって過ごしていたのか、どんな会話をしていたのか、不思議と何も覚えていない。しかも、唯一共有してるピアノの思い出さえ、途中で断絶させたのは彩音だ。今更、その理由を聞いてもいいのだろうか? いや、限られた話題の中で、その理由に触れずに済むのだろうか?
 彩音と会うことにネガティブな感情を抱いてはいたものの、それが文字通りの「命取り」になるなんて、その時の楓には想像すら出来なかった。

第4章 詠嘆曲~aria~

 加納章博は、少し後悔していた。
 加納の主な肩書きは、愛知県内にある某芸術大学の教授ということになっている。しかし、それだけで収まるような人物ではない。週に一度は東京の音大でも教鞭を執っているし、また、評論家として全国紙の音楽評を長年に渡り担当していた。更に、数年前からは、地元のアマチュアオーケストラの音楽監督に就任し、県の文化事業のオブザーバーも務めている。その上、断続的な執筆活動を継続しつつ、様々なコンクールに審査員として招聘されたりと、一年中不規則で多忙な毎日を過ごしている。

 そんな加納は、多岐に渡る肩書き以上に、たくさんの名ピアニストを排出してきた有能なレスナーとして、その名を馳せていた。数年前のショパンコンクールで入賞した弟子を筆頭に、彼の門下生達は、様々な国際コンクールで入賞してきたのだ。この誇らしい実績により、加納は指導者として、全国的に名の通った存在になった。
 特に、運指(フィンガートレーニング)の指導は卓越していた。人体力学を応用し、科学的に解析した演奏姿勢や運指について、その理論と実践をまとめた論文は、世界中の指導者のバイブルとなり、賞賛されていた。人体の骨格構造や筋肉の動きに精通し、指先の入力による鍵盤からアクションへのエネルギーの伝達を、誰よりも深く理解していた。そこから発展した、指先からハンマーまでより効率的に力を伝達する奏法の確立は、全てのピアニストにとって、とても有意義なセオリーとなるはずだ。実際、それを求め、プロアマ問わず加納のレッスンを切望するピアニストは後を絶たなかった。
 しかし、現在の加納は、基本的に個人レッスンを受けない方針を貫いていた。あまりにも多忙過ぎるのだ。空いた時間にスポットのレッスンなら、タイミングが合えば引き受けることもある。でも、毎週決まった曜日に時間を割き、少しずつ成長を見届ける、いわゆる「普通のレッスン」は、人一倍責任感が強いからこそ、時間的にも精神的にも厳しいと判断していたのだ。
 それなのに、よりによって一気に二人の個人レッスンを引き受けてしまい、後悔していたのだ。

 ……二人とも、同じ地域に住むご近所さんでね、一人は、確か彩音ちゃんって子で、ほら、お父さんがよくテレビにも出てる松永克哉さんだよ。だから、予てから知ってはいた子だ。松永さんは有名人とは思えないぐらい、全く嫌味がない方でね、むしろ、とても気さくで丁寧に挨拶をしてくれるし、自治会の掃除とか夜回りなどもね、お忙しい筈なのに積極的に参加して、楽しい冗談で場を和ませてくれる方なんだ。彩音ちゃんも、すごく賢そうな子で、西洋人形みたいに目鼻立ちのはっきりした可愛らしい顔をしているんだよ。ただ、まだ四歳と聞いて驚いたね。もう小学生ぐらいかな? と思っていたぐらい、身体も大きく言葉も動きもしっかりしているんだ。

 もう一人のお嬢さんは、松永さんちの角を曲がって二、三軒目の……島崎さん、だったかな、まぁ、松永さんのお嬢さんと同じ歳の女の子だよ。そうそう、楓ちゃんだ。確か、お父さんが外交官で、アフリカのナントカという国に赴任しててね、今はお母さんと二人暮らしって言ってたかな。こっちのお子さんは、彩音ちゃんとは正反対で、まだ三歳児ぐらいに見える小さなお嬢さんだよ。恥ずかしがり屋さんなのか、いつもモジモジして大人しい子だ。でも、彩音ちゃんと仲が良いらしくて、同じ幼稚園にも通ってるみたいだし、毎日一緒にいるんだけど、傍から見てたら姉妹みたいだよ。

 二人の親御さんに、ピアノを教えて欲しいとお願いされたんだけど、もちろん断るつもりだったんだ。でも、まぁ、歩いて通えるぐらいのご近所さんだし、同じ日に二人順番に見るってことも納得してくれてね、その上、此方の都合で突然キャンセルになることがあるってことも理解してくれたし……要は、断る正当な理由がなくなっちゃって……
 正直な話、松永さんの押しの強さに閉口したのもあってね、もういいやって根負けしたのが本音かな。でも、まぁ、なんと言うのか、一種の職業病もあってね。自分の教え子が上手くなって、コンクールで活躍する姿を久しぶりに見たくなったのも本当のことなんだ。よく考えたら、小さな子どもさんを一から教えるのって、フィンガーの研究を始めてからはやったことないってことに気付いてね。だから、子どものコンクールも審査員でしか経験したことなくて……そうだな、正直なところ、最終的には僕自身の勉強の為でもあるかな。

 加納は、来月から始める二人のレッスンを後悔しつつも、少しだけ楽しみでもあった。加納自身、子ども相手のレッスンは数十年振りなのだ。この世界に入ったばかりの頃の新鮮な気持ちが少し蘇り、この初々しいような感覚は、素直に味わいたいと思っていた。
 もう一つは、自身が確立したフィンガートレーニングを、幼少の頃から実践するとどのように育つのか、一度試してみたかったのだ。実際のところ、どのような効果が現れるのか、加納自身も全く予測出来ないでいた。だが、やってみる価値はある、と確信に近い感覚でそう思っていた。
 基本的に、加納のフィンガートレーニングは、大人向けのものとして研究してきた。つまり、誤った奏法の矯正というスタンスなのだ。その方が、違いや効果も分かりやすく、だからこそ、ここまでの評価に繋がったのだと自己分析していた。しかし、力の伝達や関節の動きの習得、手の形、肩から肘や手首に向けてのエネルギーの伝播、指先一点へ効率よく力を集約させる弾き方は、きっとこれからスタートする子どもにも出来るはずだ。いや、むしろ真っ白な状態に書き込む方が、ずっと習得が早いに違いない。それに、未就学児の時からマスターすれば、とてつもないピアニストへと成長する可能性も拓ける……加納は、そういった将来性にも楽しみを見出していのだ。
 ただ、まだフィジカルそのものが成長途上の子どもの場合、過度の負荷の継続により、筋肉や関節、靭帯などを痛めてしまう恐れがあることは否めない。特に、足の踏ん張り方と蹴り返しの力の活用は、足の届かない子どもには習得しようがない。肩幅や腕の長さも不十分だ。いずれにせよ、焦らずに、慎重に取組む必要がある。やり過ぎには注意が必要だ。これは、野球選手の肩や肘と同じなのだ。中学、高校で肩や肘を酷使されたピッチャーは、プロになれても寿命が短いと言われている。いや、下手すれば、成熟する前に潰れてしまうのだ。
 それでも、正しい姿勢と弾き方は、身体に染み込ませないといけないだろう。もちろん、人それぞれ身体つきや手の形は異なり、全ての人に一般論が当てはまるわけではない。しかし、少なくとも間違った姿勢、無理な力の入れ方、そして、脱力すべき筋肉が強張ってる弾き方など、人体力学上、相応しくない奏法は避けなければならない。それが一度クセになるとなかなか矯正出来ないし、実際に沢山のプロピアニストでさえそうであるように、ピアノは好ましくない奏法でも弾けてしまうことが一番恐ろしいのだ。
 しかし、誤った身体の使い方をしているピアニストは、例えどれだけ素晴らしい演奏をしていようと、身体の何処かに必ず無駄な負荷が掛かっているのだ。エネルギーのロスも多くなり、その分、余分に体力を消耗する。そして、表現力のレンジも狭められる。また、ピアノのポテンシャルをフルに引き出すことも難しくなる。何より、負荷と疲労の蓄積が靭帯や関節にストレスを与え、最悪の場合、ピアニスト生命を失うことにも繋がりかねないだろう。

 もう、何年も前のことだ。加納は、稀に見る才能に溢れた若いピアニストが、すぐ目の前にある成功を掴む直前に、無惨に散っていく瞬間に立ち合ったことがあった。とても残酷で、悲しい事故だった。ピアニストは、そのまま若くして表舞台から消えた。どれだけ調べても、復帰したと思しき記録には出会えなかった。おそらく、二つと無い天賦の才能は、開花直前に枯れてしまい、誰の目にも触れることなく潰えたのだ。
 加納が本格的にフィンガートレーニングの研究に取り組むようになったのは、その事故を目撃した体験が大きく影響していた。加納は、気付いたのだ。若き天才ピアニストは、その奏法に問題があったことを。弾き方さえ正すことが出来ていれば、彼女は世界に羽ばたいただろう。そう確信していた。

第5章 狂詩曲〜rapsodia〜

 イタリア南部の最大の都市であり、カンパニア州の州都でもあるナポリは、良くも悪くも昔ながらのイタリア気質が、最も受け継がれている街の一つと言えよう。温暖で眩ゆい陽光の海岸線と、複雑に入り組んだ細い路地、所狭しと並ぶ露店、豊富で色鮮やかな農産物と新鮮な海の幸。陽気でお節介なぐらい親切で、喜怒哀楽が極端で、どこか憎めないナポリ人。ワイン、ピッツァ、パスタ、モッツァレラ、生ハムなど、充実した食文化が楽しめる一方で、ホームレスやジプシー、貧しい世帯の子どもによるひったくりも多く、スリや詐欺は実に巧妙な手口で観光客に牙を剥く。慢性的な酷い交通渋滞による排気ガスや喧騒にはうんざりし、バスも電車も時間通りに来ることはない。街中に散らばるゴミ問題も含め、イタリアの良い面と悪い面の両方を凝縮したような街だ。
 しかし、「ナポリを見て死ね (vedi Napoli e poi muori)」と謳われている通り、風光明媚な観光都市としても有名だ。旧市街は「ナポリ歴史地区」として世界遺産に登録されており、昔ながらのナポリ文化や歴史的建造物などが満喫出来る、個性的で風情のある街並みが広がっている。そして、中心地を抜けると、港湾都市でもあるナポリの象徴、サンタルチア海岸に辿り着く。この海岸線からは、広く真っ青なティレニア海が一望出来、セレブ達の楽園とも称される「青の洞窟」で有名なカプリ島が目の前に浮かんでいる。湾曲した海岸に沿って南東に目を走らせると、リゾート地として有名なソレントの街並みが見える。その少し手前の陸地には、否応なくヴェスヴィオ火山の雄姿が目に入る。かつての大噴火で、ポンペイなどの麓の都市が、その独特の文化と共に消失したのも実感出来るぐらい、自然の雄大さを美観と共に訴えかけてくる。

 ナポリには、もう一つ特記すべき伝統がある。音楽文化だ。「帰れ、ソレントへ」「サンタ・ルチア」「フニクリ・フニクラ」「オ・ソレ・ミオ」といったナポリ民謡は、日本でも馴染みがある名曲だ。それだけではない。クラシック音楽の歴史でも、特に十八世紀のナポリは「世界の音楽の首都」と呼ばれ、十九世紀のパリやウィーンに匹敵するぐらい音楽が栄えていたと言われている。後にナポリ楽派と称されることになるバロック期の巨匠、スカルラッティらにより一時代が築かれ、オペラ史に重要な足跡を刻んだ。また、当時ヨーロッパ中で人気を博していた男性ソプラノ(カストラート)の殆どは、ナポリで研鑽を積んだと言われている。
 ナポリ楽派の興隆は、バロック時代の終焉と共にほぼ終息したと言われている。もちろん、それはあくまでも学術的な意味での音楽史の表面上の話であり、実際にはナポリから音楽が途絶えたことはない。古い歴史のあるサンカルロ劇場は、今も尚、イタリア三大劇場の一つとして世界トップクラスの評価を博しているし、1805年に創立したナポリ音楽院も、古くはパイジェッロやドニゼッティ、近年ではムーティやチッコリーニなど、幾多の世界的な音楽家が巣立った名門として、揺るぎない高い評価を継続して博している。

 ナポリ音楽院器楽科の主任教授、ブルーノ・ロレンツォは、毎年恒例の夏季特別ピアノセミナーの責任者として、バカンスを返上して後進の指導に当たっていた。ナポリ音楽院による夏季特別ピアノセミナーは、世界中の音大生から沢山の申込みがあり、毎年抽選で選ばれた十名の若きピアニストに対して、二週間みっちりとピアノ演奏の研修が行われる。主に、ロマン派のヴィルトゥオーゾ系ピアニスト兼作曲家、タールベルグが生み出したと言われているナポリ奏法が学べる機会として、このセミナーは好評を博していた。
 ナポリ奏法とは、その特徴を要約すれば、無駄なアクションを一切除外し、ストイックにピアノだけと対峙する弾き方と言えよう。「手が三本ある」と評されたピアノの名手であるタールベルグ自身は、超絶技巧のトランスクリプションを、書くのも弾くのも最も得意としていたと言われている。ナポリ奏法は、そういった複雑なテクスチュアに適した奏法で、一切の妥協と誤魔化しのない、演奏の技量だけで解決し説得するような弾き方だ。身体を使った表現を排除し、動かす部位は腕と指に限定されると言われている。華やかで激しい曲に適していることとは裏腹に、演奏中の姿勢が微動だにしない見た目から、「頭に辞書を乗せて練習する」という誤った情報が流れるぐらい、静止画のような、ビジュアル的にはとても地味な奏法だ。
 セミナーでは、毎日九時から十三時まで、ナポリ奏法を継承している十名の講師陣により、マンツーマンでピアノのレッスンが行われる。ロレンツォは、直接指導をすることはないものの、全体をオーガナイズする立場として、十名の指導者や学生達と密にコンタクトを取り、セミナーの最後に開催する学生達の修了コンサートの準備にも余念がなかった。しかし、その年は、指導者の一人が急病により途中でリタイアした。ナポリ奏法を継承している指導者は少ない上、バカンス中となるとピンチヒッターはまず見つからない。しかも、ただでさえタイトなスケジュールだ。止むを得ず、ロレンツォが急遽指導することになった。
 その日、時間通りにレッスン室に入ると、まだ少女と言っても通用する小柄な東洋人がロレンツォを待っていた。名前は、Megumi Higashihara、日本人だ。前任者より、「非力ながらとてつもない才能を秘めた優良株」と報告を受けていたが、同時に「ナポリ奏法は合わないのでは?」という疑問符も付け加えられていた。

「曲は何だ?」
 このセミナーでは、最終日の修了コンサートで披露する曲を学ぶのだ。一人約二十〜三十分の曲と決められているが、時代や作曲家などの条件はない。
「マルトゥッチの『巡礼の合唱』です」
 メグミは、辿々しいながらも明瞭なイタリア語で返事した。経歴書を見ると、どうやら彼女はナポリ近郊の都市、アヴェッリーノ(Avellino)にあるチマローザ音楽院に、去年から留学しているらしい。イタリア語で会話が出来ることに、ロレンツォは少し安堵した。実は、彼は英語が苦手だったのだ。
 彼女の選んだ曲は、ワーグナーの楽劇『タンホイザー』の中の名曲『巡礼の合唱』を、ピアノ独奏用に編曲したマルトゥッチの大作だ。ロレンツォは、直感的に目の前の少女には不向きなのではないか? と思った。技巧の水準は定かでないが、見るからに体力が不足している感じだ。つまり、持久力と後半のダイナミクスレンジに不安を抱かざるを得ない。
「では、とりあえず通して弾いてみたまえ」
 メグミは無言で頷くと、数秒掛けて集中力を高め、静かに導入部を奏で始めた。すると、最初の一小節で、ロレンツォは彼女の虜になった。容姿からはとても想像出来ない、膨よかに丸みの帯びた弾力性のある音を、鋭角的に全方位に向けて放射させたのだ。減衰時間の長い伸びやかな音色は、とても澄み切っており、木々を縫う爽やかな春風のように、レッスン室を優しく包んだ。これは、テクニックではなく才能だけに依存する音……つまり、凡人には出したくても出せない音だ。これだけで、ピアニストとしての個性を彩ることが出来、武器にもなる。確かに、才能豊かな優良株……いや、音色や技巧、表現力、曲の解釈、どれを取っても天才と言い切っていいだろう。間違いなく、久しぶりに見る逸材だ。
 やがて、音楽は加速しビルドアップされていく。細くしなやかな指が、ゼンマイ仕掛けのように正確にテンポを刻む。複雑な声部の絡み合いも、数人で弾き分けているかのように聴こえてくる。いや、違う。歌い分けているのだ。音ではなく、それはもはや声だった。時にリリカルに、時にドラマティックにピアノは歌った。表現力や技術的な習熟度が、既に高い水準に達していることを、改めて確認出来た。更に、左右のペダルの踏む量を細かく調整し、微妙な音色の変化を絶妙にコントロールしていることにも気付いた。晩年の名ピアニストのような老練した表現力に似た、デリケートな音作りを難なく熟している。小技も超一流だ。
そして、音楽が終盤に突入すると、全身の筋肉を目一杯に使い、懸命にダイナミクスレンジの拡張を模索し始めるが……あぁ、残念ながら、これだとダメだ。これは唯一の、そして致命的な欠点だろう。足りない、絶対的にボリュームが足りないのだ。
 クライマックスに入ると、一転して、唯一の欠点ばかりが目立つようになる。その前に、出し尽くしてしまったのだ。彼女には、最後に爆発させる体力もレンジも残されていない。ここで、もうあと二〜三目盛分、つまみを回して欲しいのに、その前の段階でマックスに達しているのだ。かと言って、そこまでを抑制すると、つまらない演奏に終始する。つまり、この曲は、ダイナミクスコントロールをフィジカルだけに依存する彼女の弾き方では、到底弾き切れないのだ。単純な音量だけでなく、音の膨らみに限界がある。無理にそれをしようものなら、間違いなく指や手首を痛めるだろう。おそらく、再起不能なレベルで——。

「まだ十日ある。曲を変えよう」
 演奏を終え、全力疾走をした後のように肩で息をするメグミに、ロレンツォは静かに諭すように言った。無慈悲で、冷酷な通達に聞こえたかもしれない。しかし、彼女の個性には、この曲は向いていない。
「どうしてですか?」
 表面こそ、無表情の仮面で覆っているが、内面は激しい怒りが煮え滾っていることぐらい、ロレンツォには伝わった。翻意させるのは大変だろう。しかし、彼女にとって、この曲はあまりにも危険過ぎる。
「君には厳しい。テクニックや表現力、アーティキュレーションには問題ない。でも、絶対的にダイナミクスレンジが足りないんだ」
 メグミは、今度は仮面を外し、明らさまに不機嫌な表情でロレンツォを睨み付けている。
「確かに私は小柄ですし、パワーもありません。だから、ナポリ奏法を学びたいと思ったのですが、教える価値もないってことですか?」
 悲痛な口調と攻撃的な目付きのギャップは、彼女の意志の強さと相まって、そのキャラクタをチグハグに装飾し、リアクションの予測を困難にする。だからこそ、ロレンツォは慎重に言葉を選んだ。
「どうやら、君は勘違いをしているようだね。ナポリ奏法は運指と表現力を助けるもので、ダイナミクスを拡張する弾き方ではない。君は、とても指は回るし、表現力も優れている。ナポリ奏法なんて学ぶ必要はない。それよりも、君が今学ばないといけないことは、基本的な弾き方だ。特に、姿勢と脱力。音量の不足を、全身の力でカバーしようとしてはいけない。とても危険な考えだ。何よりも先に、弾き方を正しなさい」
 それでも、メグミは聞き入れるつもりはないようだ。攻撃的な眼光こそ少しは抑えられたが、再度無表情の仮面を被り直し、不満と不服を隠そうとしている。しかし、隠そうとしていることまでは、隠し切れない。三回り以上も人生経験の豊富なロレンツォには、少女の本心が透け透けだ。
「私は、ナポリ奏法を学びに来ました。それに、この曲を仕上げたいと思っています。どちらも叶わないのでしたら、ここにいる意味はありません」
 思った以上に、彼女は頑固なようだ。日本人は、もっとお淑やかで控えめな人種だと想像していたロレンツォは、真逆の反応に少し戸惑った。しかし、彼女にマルトゥッチを続けさせるわけにはいかない。才能があるからこそ、大切に育むべきだ。
「私には、君を教える義務がある。意味はなくても、ここにいてもらうよ……さて、曲はどうしたものか? 他に用意してる曲はないのか?」
「ヘクサメロン変奏曲なら……でも、嫌です。マエストロに義務があるように、私にも権利がある筈です。この曲を弾かせて貰えないのでしたら、このセミナーに参加し続けるつもりはありません」
「分かった。一日待とう。義務に反するが、今日はもうレッスンをしない。今から一人で練習して、明日の為にヘクサメロン変奏曲を準備する、或いは、アヴェッリーノに帰る……どちらでもいい。決めるのは君だ。よく考えて決めたまえ」
 ロレンツォは、最終通告のつもりでそう伝えた。そこに少しの猶予を与えたのも、考え直して欲しいからに他ならない。だが、彼女の意志は、想像以上に固かった。
「マエストロ・ロレンツォ、もう決まっています。貴重な時間を割いて頂き、ありがとうございました」
「そうか、残念だな。君のヘクサメロン変奏曲、聴きたかったよ……それでも、私は明日から毎朝九時にここで待ってる。食べて寝て、ピアノを弾いて……もし気が変わったら来ればいい」
「そんな……私は、今日中にアヴェッリーノに帰ります。だから、マエストロ……わざわざお越し頂く必要はありません」
「君が気にすることじゃない。私は自分の義務を全うする。君は、君の権利を行使する。帰ってもいいし、来てもいい。それだけのことだよ」

 翌朝、ロレンツォは九時前にはレッスン室に入っていた。しかし、予想はしていたが、定時になっても彼女は来なかった。そのまま、十三時の終了時間まで彼女を待った。翌日も、その翌日も……そして、最終日の修了コンサートの日も、ついに彼女は来なかった。

第6章 嬉遊曲~divertimento~

 愛知県名古屋市の閑静な高級住宅街の一角を散策していると、その中でも、一際立派な豪邸が否応にも目に付くだろう。度々メディアにも登場する有名な実業家、松永克哉の自宅だ。今でこそ全国的に知名度が高く、カリスマ性もあり、若者からの尊敬も集める松永だが、そのキャリアを振り返ると、決してエリート街道を歩んできたのではないことが分かる。
 松永の生い立ちは、後々の事業の成功からは想像出来ないほど、平凡と言っていいだろう。ごく普通の会社員の次男として生まれ育った松永は、良くも悪くも目立つことのない小学生だった。学業もスポーツも平均を少し上回る程度だったが、唯一の特徴的な個性は、友達関係が非常に良好だったことだ。いわゆる「ムードメーカー」なのか、いつも松永の周りには沢山の友達が集まり、常にクラスの中心に位置するような人気者だった。
 中学生になると、松永のその特性はより顕著になった。また、部活にも励むようになり、クラスメイトだけではなく、先輩後輩や顧問といった、同学年以外の人とも密な関係を持つようになった。ここでも松永は、円滑なコミュニケーション能力を発揮したのだ。相手と自分の立場や距離感を、常に絶妙に見出す本能的な能力が備わっていたのか、顧問には可愛がられ、先輩に気に入られ、後輩には尊敬された。
 中学校生活が終わると、近くの公立高校に入学。卒業後は、一浪の末、地元の二流大学に入学した。在学中はアルバイトと合コンに明け暮れ、遊び歩いた松永だが、奇跡的に留年することはなく、四年後にギリギリの成績で卒業した。そして、当時右肩上がりの急成長を遂げていたWebシステム開発の会社に、ゼミの先生のコネで何とか入社出来、サラリーマン生活を始めることになった。
 しかし、そこは、松永の体内に巣食う劣等感を増殖させ、更に育むような職場だった。同期は勿論、部下さえも「超」の付く一流国立大学出身者が大半だったのだ。表面に否応なく貼り付けられた、学歴というタグで大きく劣る松永は、競争社会で生き抜く自信を喪失し、周囲から蔑まれているような錯覚さえ起こしていた。卑屈なコンプレックスに苛まれる毎日だ。
 一方で、松永は強運の持ち主でもあった。深く考えもせず、適当に書いて提出した企画書が本社上層部の目に留まり、実務への採用も決まったのだ。しかも、松永のアイデアは本社開発部により具現化され、大ヒット商品となったのだ。一支社の平社員が本社を動かすという画期的な快挙により、一気に松永の評価は上昇した。明らかに上司の松永を見る目も変わり、自信を取り戻すことが出来た。そして、松永は気付いた。社内の評価は、学歴や能力だけではない。むしろ、運や処世術、キャラクターなどでそれらを覆すことも可能かもしれない……持ち前の人間力と負けん気の強さを思い出した松永は、冷徹な打算と処世術を武器に、改めて社内競争に立ち向かう決意を固めた。

 松永は、勿論自身の実力を高める努力もしていたが、同時にライバルの評価を下げる術にも長けていた。例えば、自身の能力値を5と数値化するとしよう。そして、周りから過不足のない評価を受けていれば、評価値も5である。その時、前を行くライバルの能力値、評価値が共に8だとすれば、懸命に頑張って自身の能力や評価を少し上げたところで、僅かに差を詰めるのが関の山、立場を逆転させることはとても無理なのだ。
 しかし、様々な策略、謀略を練り、唯一の武器である処世術を駆使して上司や周囲を味方に付け、ライバルの評価を6ぐらいまでに貶めることは可能だ。勿論、相手は高い能力を維持したままだが、能力と評価は必ずしも等価ではない。どこの世界にも、過小評価、過大評価なんてものは、当たり前のように存在する。特に、会社というコミュニティでは、能力値ではなく評価値がモノを言うこともあるのだ。
 ライバルの評価を貶めることに成功すると、ようやく松永にも勝ち目が出てくるわけだ。いや、こうなればもう追い抜く必要はない。評価値が追い付きさえすれば、上から落ちてきた者より、下から上がってきた者の方が遥かに印象は良いものだ。そのようにして、松永は、会社生活で高い地位を確立してきた。自分の評価値を高める術だけでなく、目の前にいる者を上手く引き摺り降ろす謀略に長けていたのだ。
 しかし、松永は三十九歳にして自主退社した。学歴の割には奮闘し、高い地位まで辿り着いた松永だが、そろそろ頭打ちだと気付いたのだ。と言うのも、その先は、今までのやり方が全く通用しない世界なのだ。人の上に立つようになればなるほど、周囲の評価より能力そのものが問われるようになることを悟ったのだ。純粋な能力の評価だけでは、とても通用しないことは、誰よりも自身が痛感していたのだ。

 脱サラした松永は、退職金を注ぎ込み、妻と二人で小さな喫茶店をオープンした。そこでランチタイムに提供していたパスタが評判となり、雑誌やメディアに取り上げられ、一年も経たないうちに二号店をオープンすることになった。おそらく、松永自身にも経営の才覚が具わっていたのだろう。その後も、松永は順風満帆に事業を拡大し続け、いつしか日本の外食産業でもトップクラスのネットワークを築き上げ、わずか数年で大成功を収めたのだ。
 その上昇気流の中、念願の愛娘も授かった。晩婚の松永夫妻にとっては、諦めかけていた矢先の嬉しいサプライズだ。彩音と名付けられた松永の娘は、大切に育てられた。
 幼少の頃から、彩音は誰もが認めざるを得ないほど、可愛らしい女の子だった。また、早熟だったのだろうか、同学年の誰よりも一回り大きく、頭も良く、スポーツも万能で、絵に描いたような優等生だった。小学生に上がる頃には、彩音自身、自分が他の子よりも優れていることに気付いおり、体力と知力で同級生を抑え込み、君臨するようになっていた。もっとも、彩音は何をしても同級生を圧倒的に凌駕しており、そもそも逆らう者などいなかったのだが。
 その上、父親の遺伝だろうか、大人受けの良い言動を本能的に知っていた為、初めて彩音と接する大人は、必ず聡明で可愛らしい女の子という印象を受けただろう。

 松永は、一人娘を過剰なほどに溺愛した。欲しがる物は全て買い与え、どんな我儘も許し、決して叱ることはなかった。とは言え、傍若無人な振舞いを許した訳ではない。その為にも、先ずは自分が手本となるように努めた。特に、地域社会では良識を全うし、自治会のイベントにも積極的に参加した。地域住民とのコミュニケーションを重視し、良い関係を築くように心掛けた。その辺りの人間力の発揮は、演技力も含め、会社員時代から一番の得意技だ。
 彩音が子ども同士のトラブルを起こした時も、相手方へ菓子折りを持って訪問し、頭を下げ、円満な解決を図るように心掛けた。財力も名声も築き上げた有名人なのに、地域社会では決して傲ることなく、謙虚に礼儀正しく振舞ったのだ。
 大抵の場合、有名人の松永に頭を下げられると、とても恐縮し怯んだ。もちろん、それも松永の計算通り。全て愛娘の為。結果的に、松永は地域社会での尊敬を集め、信頼を得、彩音は地域の誰からも愛される娘となった。

 しかし、全てを順調に運んできた松永一家も、初めて大きな挫折に直面することになる。彩音が五年生の時だ。
 近所の友達と一緒に始めたピアノのレッスンは、二人とも飛躍的な成長を遂げ、幾度となく、全国規模のコンクールで二人同時に入賞するようになった。中でも、彩音は常に上位に入り、コンクールによっては全国制覇も達成し、先生にもよく褒められた。しかし、その経歴に暗雲が立ち込めたことがあったのだ。
 コンクールの成績のみならず、普段のレッスンから、彩音は常に友達の前を行っていた。そのことは、彩音の自信に繋がっていたし、その地位を保つことがピアノを弾くモチベーションになっていた。しかし、五年生になって始められた運指のトレーニングは、飲み込みが早い彩音でも全く出来なかったのだ。
 だが、それは当たり前のことらしい。ピアノを演奏する際の指の動きは、日常生活で必要としない動きだ。つまり、いきなりやってみようと思っても、なかなか上手く出来ない動かし方なのだ。だからこそ、訓練して身に付ける必要があるのだが、友達は何の苦労もなく、自然と理想的に動かすことが出来たのだ。そればかりが、その動きを演奏に取り込むと、音色や表現力が見違える程良くなったそうだ。それでも、まだ演奏技術に関しては、彩音は大きく優っている。それなのに、出来上がった音楽に雲泥の差を感じたという。
 つまり、島崎楓は、ピアノに関してはとても太刀打ち出来ない才能に恵まれた少女だったのだ。何事も一番でなければ気が済まず、その為には誰よりも努力し、実際に何事も一番の地位を守ってきた彩音にとって、生まれて初めて「勝てない」と感じた相手が、楓だったのだ。

 基本的に、彩音の教育は全て妻の恭子に任せてきた。その恭子によると、彩音はすっかり自信を無くし、ピアノと向き合うのを嫌がるようになってきたとのこと。全て、楓のせいだ。
 そこで松永は、かつての自分が辿った道を思い出した。絶対的な力量差は、彩音が這い上がるだけでは埋められない。楓を引き摺り下ろすのだ。その為には、楓の練習環境を奪い、彩音には今以上の環境を準備する……持って生まれた才能では劣っても、練習量でカバーすれば、きっと追い越せる筈だ。
 そうと決まれば、行動が早く、躊躇いがないことも松永の長所だ。思い立った翌日には、極秘で自宅の一部屋を防音室に改装すべく、施工業者の選定を始めた。そして、最高級のグランドピアノを購入した。楓に内緒で、防音室で夜遅くまで練習させればいい。あとは、楓の練習環境をいかにして奪うか……この加減は難しい。やり過ぎて、楓がピアノを止めてしまうのは避けなければいけない。これは、彩音が楓にピアノで勝つ為の計画……相手があってこそ勝負事は成立し、勝負に勝ってこそ自信は取り戻せるのだ。
 半年後には、国内で最高クラスのジュニアコンクールの予選が待ち構えている。当然、二人共エントリーすることになっている。そして、上手くいけば、来年に開催される決勝まで、二人揃って勝ち上がるだろう。いや、別に楓は予選落ちでもいい。とにかく、彩音が楓より上位の結果を残せばいいのだ。そうすれば、きっと彩音は自信を取り戻すはずだ。

 翌日、松永は二つ目の手を打つことにした。コンクールの事務局に連絡を取り、関連会社の名義で、文化事業の一環として、大口のスポンサー契約を結んだのだ。

第7章 叙唱~recitativo~

 加納は、三十歳という年齢を一つの区切りとして、後の人生に大きな影響を与えることになる決断を自らに下した。
 音大在学中に自らの演奏家としての資質の限界を痛感し、ピアニストになる夢を断念して研究者の道へと軌道修正した加納にとって、これは、生涯二度目の大きな分岐点になる。卒業以降もずっと所属していた音楽大学の研究室を引払い、ピアノ指導者として生きていく決意を固めたのだ。ある意味では、演奏家以上に競争が激しく、厳しい世界であることは分かっていた。しかし、そもそも、実践を伴わない理論なんて机上の空論に過ぎないのだ。長年に渡る研究も、研究のままで終わっては何の説得力もなく、ピアニストの演奏表現に役立てこそ、初めて意味を成すのである。つまり、いずれは直接的な指導の実践を視野に入れ、奏者に還元する前提での研究だった。そのタイミングが、まさに今だと判断したのだ。
 ただ、加納は、あまりにも特殊なレスナーだった。単なるピアノ演奏指導者ではないのだ。当時は殆んど見向きもされなかった、奏法や運指の理論に特化した「トレーナー」と呼ぶ方が相応しいかもしれない。だからこそ、この時の決断には、一世一代の重みがあったと言えよう。
 元々、大学の研究室でも、ピアノの演奏技法について専門的な研究を重ねていた。主に、ホロヴィッツやグールド、ルービンシュタイン、リヒテル、ケンプ、ミケランジェリ、ゼルキン、バックハウス、ギレリス、ハスキル……など、歴史に名を馳せる名ピアニストの演奏を解析し、人体力学の権威の協力を仰ぎ、打鍵スピードやタッチ重量を算出して、それぞれの奏法での音色(波形)の違いを研究していた。もちろん、調律師とも提携し、アクションの物理的なコンディションの違いによる波動の変化やタッチの解析、発音の効率化、適合する打鍵法なども分析した。そういった科学的アプローチから得た演奏技法の違いは、ピアニストの個性を彩る重要なファクターでもある。そして、演奏表現に活用して貰えるならと、学生達へもオープンに情報を提供し、同時に彼らからのフィードバックも得ていた。
 しかし、様々なピアニストの奏法を解析しているうちに、加納にはある疑問が湧き上がっていたのだ。ピアノには、もっと理に適う弾き方があるのではないかと……

 大学を辞めた加納は、自分自身に人生で最初で最期になるであろう長期休暇を課し、イタリアを旅行した。しかし、持って生まれた生真面目な性格から、どうしても研究やピアノと切り離した時間は作れない性分だ。なので、旅行中も連日のように様々なコンサートへ足を運んでいた。
 コンサートシーズンのヨーロッパでは、どこの街でも至る所で様々なコンサートが行われている。会場は、コンサートホールとは限らない。小さな教会だったり、広場の特設ステージだったり、どこかのサロンだったり。加納は、それがピアノのコンサートであれば、手当たり次第に足を運んでいた。
 当時の加納がピアノのリサイタルへ出向く目的は、演奏ではなく音を聴くこと、そして、音を聴くことよりもタッチを見ることに、より重点が置かれていた。そして、毎日コンサートへ足を運んでいると、様々な現象を窺い知ることが出来たのだ。
 小柄で華奢なピアニストなのに、優雅で豊潤な音を出す女性もいる。一方で、190cmはある格闘家のような男性ピアニストが、繊細で弱々しい音を絶妙にコントロールする。やはり、ピアノの音は、ボリュームも色も、力ではなく鍵盤を叩く位置とスピードでコントロールするべき……今まで研究してきたことの正当性を生々しく再確認出来た加納は、更に推し進め、より合理的な指使いを追求してみようと思うようになった。必然であろう。そして、それはそのまま、加納のライフワークとなったのだ。

 旅行先に、イタリアを選んだことにも理由があった。幸いなことに、懇意にしている雑誌の編集長より、どうせ行くなら記事を投稿してくれないか? と持ちかけられていたのだ。内容は、コンクールのレポートだ。丁度、イタリア南部のアヴェッリーノという都市で、四年に一度のマルトゥッチ国際ピアノコンクールが開催されていたのだ。しかも、運良く、代理店を通して三次予選と決勝のチケットを手に入れることが出来たらしい。加納としても、自身の研究において、コンクールほど有意義な環境はない。言うまでもなく、二つ返事で受諾した。
 マルトゥッチ国際ピアノコンクールは、日本では殆んど知られていないが、ヴィルトゥオーゾ系のピアニストにとって最も価値があるとも言える、技巧と体力と精神力の極限を競うかのようなハードなコンクールだ。ロマン派後期のイタリア人作曲家、マルチェッロ・マルトゥッチの功績を称えたコンクールだが、他のピアノコンクールと比べ、特殊な要素が多々あり、敬遠するピアニストも多い。いや、弟子に出場させたがらない指導者の方が多いだろう。その為、長い歴史の割りにはメジャーな大会として認知されていないが、由緒ある伝統的なコンクールには違いない。
 では、その特殊性とは何か? まず挙げられることは、先述した通り、四年に一度しか開催されない点にある。それだけならまだしも、「決勝の日に二十二歳に満たない者」という、成長途上の若手に限定する参加条項もある為、出場出来るチャンスは非常に限られているのだ。五年に一度の開催で、年齢制限が三十歳までのショパンコンクールと比べても、より出場チャンスが乏しいコンクールと言えるだろう。

 スケジュール的にも、長期に渡る消耗戦となる。先ずは、十一月の上旬に、推薦及びテープ審査による選考を通過した、最大五十名のピアニストにより一次予選が行われる。六分以内の小品の中から自由に選択出来るのだが、マルトゥッチは生涯に百曲近くの小品を遺している為、選曲には頭を悩ませるだろう。そのいずれもが、短いながらに超絶的な技巧を詰め込まれたヴィルトゥオーゾ系の曲ばかりだ。この弾き切るだけで精一杯の難曲から、技術的な完成度は当然のこと、そこから浮かび上がる叙情性を如何に醸し出せるのかが重要と言われている。ここで、約半数が振り落とされ、残った二十五名前後で二次予選が行われる。
 二次予選までのインターバルは、五日程度しかない。おそらく、ほぼ全ての出場者は、二次予選で弾く曲も予め準備しているだろう。ここでは、マルトゥッチの全ピアノ曲からの自由選択で、何曲弾いても良いのだが、計二十五分以内という時間制限が設けられる。つまり、ピアニストの構成力も問われるのだ。殆んどのピアニストは、審査員へのアピールの為、技巧的なエチュードと抒情的な曲など、趣の異なる二、三曲の組合せで挑むのだが、中には大曲一つだけをぶつけてくる者もいる。ピアニストの個性が、最も表出するステージと言えるだろう。
 そして、このコンクールの一番の難関とも言われる過酷な三次予選には、十二名が選出される。加納が鑑賞出来たのは、ここからだ。幸いなことに、今大会では日本人ピアニストが一人、三次予選に駒を進めていた。
 三次予選では、主催者が選出した二曲の中からどちらか一曲を選択し、予め届け出ることになっている。しかし、これこそが最も過酷と言われる所以でもあるが、曲目は二次予選の結果と一緒に発表されるのだ。選出される二曲は、必ずマルトゥッチのトランスクリプションと決まっている。トランスクリプションとは、簡単に言えば違う編成に書き直された曲のことだ。
 マルトゥッチは、生涯に沢山のオーケストラ曲や弦楽合奏曲などを、ピアノ独奏用に書き直したと言われている。三次予選では、その中でもイタリアオペラの曲のトランスクリプションが選ばれる伝統があった。とは言え、それだけでもマルトゥッチは何十曲と残したのだ。しかも、どの曲も小品とは比較にならないような超絶的な技巧を要する難曲ばかり。二次予選から三次予選までの二週間のインターバルで一曲を仕上げないといけないのだが、これはとても困難な作業になるだろう。この技術的にも精神的にも厳しい三次予選は、毎回棄権する者が出るぐらい、ピアニストは追い詰められる。まさに、心身ともに極限の中で競い合う、サバイバルゲームの様相さえ見せる消耗戦だ。しかし、ここを勝ち抜くと、いよいよ一週間後に行われる決勝の舞台に立てるのだ。

 決勝は、六名のピアニストにより競われることになる。曲は、マルトゥッチのピアノ協奏曲だ。つまり、この最後の舞台では、選ばれたピアニスト達はオーケストラと共演するのだ。
 マルトゥッチは、生涯に三曲のピアノ協奏曲を残した。決勝では、習作で短い一番を除き、二番か三番のどちらかを選択することになっている。当然ながら、オケを相手に全楽章弾かないといけない。体力的にも厳しい戦いだ。ここまで勝ち残った若者達には、もう技量の差なんてほとんどないようなもの。なので、決勝は精神力と勢い、そして「運」の勝負にもなる。
 コンクール期間中に、急成長するピアニストもいる。逆に、スランプに陥る人もいる。体力的に()たない人もいる。タレント性を発揮し、聴衆を味方に付けるピアニストもいる。約一ヶ月の間、コンディションを上手く管理する能力も大切なのだ。些細な精神面の乱れが、ステージパフォーマンスに影響することもある。横並びの実力の中で、より上手く、或いは、運良く(ヽヽヽ)プラスアルファを出せた者こそ、コンクールの覇者となり得るのだろう。そして、四年に一人、そのようにして天才が生み出されるのだ。
 そこは、必ずしも、実力順に評価される舞台ではない。音楽は、実力だけでは優劣が付けられないのだ。それでも、ピアニストは、無情にも勝者と敗者に分別される。そして、最後まで勝ち残った者には、必ず拓けた未来が待っているだろう。
 コンクールとは、そういうものである。

第8章 狂想曲~caprice~

「彩音、今日から夜はこの部屋で練習するのよ。いい?」
 松永恭子は、ようやく工事を終えたばかりの自宅の一室に彩音を連れて入った。八畳程度のほぼ正方形の洋室に、奥行き188cmのグランドピアノが設置されている。
《Steinway&Sons,typeA》
 このクラスのピアノでは、世界最高と評されている名器だ。空調と照明もピアノに合わせて取付け、楽譜棚と簡易的なオーディオセットも準備した。恭子は満足気に室内を見渡した。その瞬間、数週間程前の恐ろしい出来事が脳裏をよぎった。

 その日、加納のレッスンから戻った彩音は、いつになく落ち込んでいるように見えた。俯向きがちに目を伏せ、今にも泣き出しそうにさえ映る。ポジティブで勝ち気で自信家の彩音には、非常に珍しいことだ。どうしたの? と問い掛けるや否や、堰き止められていたダムが決壊したかの如く、彩音は激しく泣き崩れたのだ。
「あ、いけない!」と思う間も無く、彩音は悪霊に取り憑かれたかのように、恐ろしい形相で手当たり次第に物を投げ付け始めた。久し振りに始まってしまったことに恭子は気付き、必死に彩音を抑えようとしたが手遅れだった。学年の割に大柄とは言え、所詮は五年生だ。まだまだ発育途上の肉体の、何処にそんなパワーが秘められていたのか、彩音は恭子を投げ飛ばすかのように振り解き、喚き散らしながら駆け出した。
 ここ数年こそ治まっていたが、幼い頃の彩音は、時々激しい癇癪を起こすことがあった。何事も器用にこなし、要領を掴むのも早く、何をしても常に一番だったからこそ、一番になることが当たり前だと思っていたのだ。
 その反動からか、負けることを極度に嫌い、上手くいかないと荒れて泣き叫んだ。もし、そこに勝ち目がないことを悟ると、癇癪はより攻撃的になった。理性を失い、衝動的な破壊行為や自傷行為を繰り返し、収まりが付かなくなるのだ。成長と共に自制が効くようになったと思っていたが、どうやら治りきってはいなかったのだろう。数年振りに再発したのだ。しかも、過去に例がないほどの激しさをもって——。
 自分の部屋に駆け込んだ彩音は、ピアノへ激情をぶつけ始めた。先ほどとは一転し、今度は半狂乱な泣き笑いを浮かべながら、ピアノに物を投げ付け、椅子で殴り、外装をボロボロに傷付けた。そして、今度はわざわざ大屋根や鍵盤蓋を開けて襲い掛かり、直ぐに譜面台が破壊された。それでも、彩音はひたすらピアノへの攻撃を続けた。涎を垂らしながら動物のような呻き声を洩らし、焦点の合わない目付きで狂人のような表情を浮かべ、箍が外れたように笑っていた。部屋の壁が凹み、照明が割れ、彩音自身、何処からか出血している。

 恭子は、娘が演じる狂乱の舞台を、絶望と恐怖の入り混じった目で茫然と眺めていた。早く止めないと、と思う反面、身体が硬直して手も足も出せないでいる。適切な言葉(そんなものがあるとすればだが)も出て来ない。落ち着いて、落ち着くのよ……と、まるで何かの呪文のように、恭子は必死に自分に言い聞かせた。
 こういう時、夫の克哉は、いつも上手く彩音を鎮めていた。しかし、よりによって昨夜から出張に出ている。しかも、前回の発症から三、四年は経っており、彩音の体格もパワーも、癇癪の激しさも、比較にならないほど強く大きくなっている。だからと言って、放っておくわけにはいかない。私が何とかしなければ……思い出すのよ……確か、克哉も、この状態の彩音には無理に抑えようとはせず、気の済むまでやりたいようにやらせていた。そして、その後、正気に戻ったら……
 その時、ギャーンという激しく巨大な不協和音が鳴り響いた。彩音が、背付き椅子を鍵盤に思い切り振り下ろしたのだ。その衝突音とランダムに鳴らされたピアノの音が合成され、割れた黒鍵が恭子目掛けて飛んできた。黒くて固い飛沫物の接近が、恭子にはスローモーションに見えた。虫が飛んでくる感じだ。そして、思い出した。そうよ、確か虫だわ! 黒い虫よ(ヽヽヽヽ)! ……全ては黒い虫の仕業なのよ(ヽヽヽヽヽヽヽヽヽ)

「すごい! これ、スタインウェイでしょ! お母さん、ありがとう!」
「ここはね、防音室だから何時でも弾いていいのよ。それと、島崎さんには……」
「うん、分かってるわ、楓にはこの部屋のこと内緒なんでしょ? 大丈夫、誰にも絶対に喋らないから!」

 彩音と楓は、加納章浩の指導の下で仲良く切磋琢磨しながら練習に励み、全国規模のコンクールでもトップを競うライバルに育っていた。そして、五年生の夏になると、本格的なフィンガートレーニングも始まった。
 元々、加納の専門は、人体力学と物理学を駆使した科学的な奏法と運指の指導だ。彩音と楓も、四歳で加納の門下に入った時から、手や指の形は厳しく指導されてきた。肩や肘、手首などを上手く脱力し、上半身の力と体重を指先に効率良く伝える姿勢を叩き込まれてきた。そして、その指導はステップアップし、いよいよ指の力そのものを鍛える訓練を始めたのだ。

 実際に指の訓練が始まると、二人の潜在的な才能の差が、残酷なほどに露出したのだった。
 加納の運指の訓練は、独自に編み出した特殊なやり方だ。指と指の間に、シリコンのワックスを塗った特注の小さなビー玉を挟み、掌にはピンポン玉より一回り大きなゴム製のボールを当てがい、指の靭帯だけを上手く使って鍵盤を叩かせてみる。しかし、その為には、最低限必要な筋肉しか使わず、それ以外は上手く脱力しないといけない。それが出来ていないと、指の付け根が痛くなったり、或いは思うように指が動かなくなるのだ。
 先ずは、腕の重みを肩甲骨と背筋だけで支えることから始めてみる。これだけでも、思いの外難しい。その状態で、手首から上腕部、そして肩までを脱力し、手の形をキープ出来ないと、ボールが鍵盤を押さえて音を鳴らしてしまう。とは言え、指先まで完全に脱力してしまうと、今度はビー玉が滑り落ちてしまう。
 つまり、加納の求める理想の形をキープし、脱力と張鎰の適切なバランスが取れた状態でのみ、指の靭帯だけで鍵盤を叩くことが出来る……それこそが、加納が長い年月を掛けて研究してきた、フィンガリング理論の着地点だ。この感覚を身に付けると、全身の力を指先一点に集約出来るようになる。すると、演奏中のエネルギーのロスが無くなる分、ダイナミクスレンジが拡がり、微妙な変化を容易に表現出来るようになるのだ。

 彩音は、加納の指示通り、まずは右手の2と3の指(人差し指と中指)の間にビー玉を挟み、この二本の指だけで弾いてみた。しかし、弾こうとすると、指より先にボールが音を鳴らしてしまう。脱力は出来ても、腕の重みを背中の筋肉で保持出来ていないのだ。肩甲骨を意識し、何とか腕を支えようとすると、明らかに肘や手首が強張っている。自分の身体なのに、こんなにコントロールが効かないなんて……彩音はショックだった。
 それでも、何度も繰り返すうちにどうにか手首より上が固定出来るようになり、ボールが鍵盤を押すことはなくなった。しかし、今度は指が自分の身体の一部とは思えない程に硬直して、もどかしいぐらいに全く動かない。おそらく、まだ肩と腕が完全に脱力出来ていないのだ。腕全体が少し突っ張っている感じがする。何とか力を抜こうすると、ビー玉が落下した。指の付け根は、ビー玉を押さえつけた痕で真っ赤になっており、ジワジワと痛んだ。
 半泣きになりながら何度もトライしたが、結局その日は一度も上手くいかず、今まで自分がどのようにピアノを弾いていたのかも分からなくなってきた。学業もスポーツも音楽も、勘の良さと吸収率の高さから、何でも教わると直ぐに身に付けることが出来た彩音にとって、これは生涯初めて躓いた出来事と言えるだろう。
 しかし、これは非常に困難な訓練である上、加納の話では、プロのピアニストでさえ出来ていない人の方が多いとのことだ。しかも、日常生活では必要のない動かし方、いや、ピアノを弾く為だけと言ってもいい動きなので、初めて取組んでみたところで、上手く出来る方が異常と言えよう。なので、それだけなら、彩音もそこまで落ち込まなかったに違いない。

 彩音は、自分のレッスンが終わってもその日は直ぐには帰らず、楓のレッスンを見学することにした。あれだけトライしても出来なかった訓練……きっと楓にも出来ないだろうし、苦しむ楓を見たかったのだ。
 と言うのも、彩音は二年ほど前から、楓の実力に少し怯えていたのだ。確かに、レッスンの進捗具合やコンクールでの成績は、常に彩音の方が優れていた。それなのに、何故か「勝っている」という意識は芽生えない。むしろ、認めたくはないのだが、楓の非凡な才能に薄々気付き始め少し妬んでいたのだ。
 なぜなら、楓は、ピアノを心底楽しんでいるだけで、頑張ってる感じが全くないのだ。その一方で、彩音は必死だった。毎日、死に物狂いで練習していたのだ。楓に負けたくなかったし、常にトップでいたかったのだ。実際に、その地位はずっとキープしていたが、どれだけ必死に頑張っても、楓を引き離すことは出来ないでいた。それどころか、いつも楽々と直ぐ後ろに付いてくるのだ。

「でも、楓も練習をやめないのだから、やっぱり私は勝てないかも……」
「それもね、ちょっとお母さんに考えがあってね、島崎さんは八時までしか練習出来なくなるわよ」
「本当に?」
「えぇ、本当よ。その代わり、彩音もあっちの部屋では八時までにしてね。八時以降は、コッソリここで弾けばいいのよ。それとね、このことは絶対に島崎さんに言っちゃダメだからね」

 しかし、彩音の願望や期待に反し、楓が加納からフィンガートレーニングの説明を受け、実際にやってみるところを見ると、彩音は絶望的なショックを受けたのだった。「あぁ、難しいー!」と言いながら、楓はしっかり手首より上を固定し、指の力だけで鍵盤を叩いたのだ。更に、メトロノームに合わせ、綺麗にトリルで弾くことも出来た。
 それだけではなかった。楓のセンスに加納も驚いたようで、3と4の指(中指と薬指)、そして、4と5の指(薬指と小指)でも楓にやらせてみた。すると、楓は難なくどちらもクリアしたのだ。更に、左手でも試してみると、楓はこれもアッサリと出来てしまった。しかも、どの指でも粒の揃った綺麗なトリルが弾けるのだ。挙句、この訓練の最終課題である、両手同時にトリルで弾くことさえ、容易くこなせたのだ。やってみたら出来たと言うより、楓はもともとそうやって弾いていたのかもしれない。
 これは、毎日少しずつ継続して、何ヶ月も掛けて両手の指の靭帯を鍛え、それぞれの指が独立して自在に動かせるようになる為の訓練なのに、楓は何もしなくても靭帯が強く、しかも自在に動かせたようだ。そして、脱力も教えなくても出来ている。楓の天性のセンスを目の当たりにしたその時、彩音はもう一つ、驚愕の事実にも気付いたのだ。

「ピアノの音が違う!」

 楓が弾くと、さっきまで自分が弾いていた同じピアノなのに、とても透き通った音に聞こえるのだ。混じり気のないピュアなサウンドは、心地良く彩音の心に染み渡り、細胞の一つ一つを和やかに振動させた。とてつもない敗北感に苛まれ、悔しくて悲しくて腹立たしいのに、楓の奏でる音は、そんな彩音の感情さえ優しく包み込むのだ。
 彩音は、半ば放心状態に陥り、無言で加納の自宅を出た。

「本当に、楓の練習時間、減らせられるの?」
「どうだろうね、でも、やってみるわ。とにかくお母さんに任せて」
「今度のコンクール、楓には勝ちたいの」
「大丈夫よ、いつも勝ってるじゃない。今度も勝てるわ」
「バレエと英語、辞めてもいい? それに部活も。塾は真面目に続けるから、ねぇ、いいでしょう?」
「お父さんにも聞いてみないとね。でも、多分、お父さんも分かってくれるわよ」

 彩音は、早速スタインウェイでシューベルトの即興曲を弾いてみた。調律したばかりの引き締まった音に、新品ピアノ特有の匂いが漂う。滑らかなタッチに過不足のないレスポンス。とても弾きやすい。弾き手の能力を最大限に引き出してくれる。そして、よく響き、よく歌う。
 このピアノでしっかりと練習すれば、楓に負けるわけないわ……彩音は、少しずつ自信を取り戻していた。

第9章 間奏曲~intermezzo~

 加納は、宿泊しているホテルの部屋で、明日行われる三次予選に進んだ十二名のピアニストの名簿に目を通していた。予想通り、イタリア人が最も多く、半数の六名を占めるようだ。これは、マルトゥッチ国際ピアノコンクールが、まだまだメジャーな賞として評価されていないことの裏付けとも言える。マイナーなコンクールでは、どうしても地元のピアニストが絶対数からして多くなるのだ。
 特に、このコンクールは、上手く勝ち進む程現地での滞在期間が長くなる。国外のピアニストにとっては、滞在費だけでも大きな出費となる上、文化や言語の異なる国での長期滞在は、期間中の練習環境の確保も含め、何かと不利になる要素も多い。ましてや、アヴェッリーノという小さな街での開催だ。イタリア人ピアニストの比率が高くなるのも、当然と言えよう。なので、この結果だけを見て、イタリア人ピアニストが優れているという判断も無理がある。

 確認の為に、コンクール事務局から貰った資料を読み直すと、確かに一次予選に出場した五十名のピアニストの内、実に二十三名をイタリア人が占めていた。もちろん、勝ち残った六名は、その中でも選りすぐりの実力者であろうことは否定しない。それに、イタリア人ピアニストは普段から好んでトランスクリプションを弾き、またその演奏技術に長けていることも知っている。何より、マルトゥッチもイタリア人だ。イタリア人ピアニストにとって、母国の偉人を冠したこのコンクールへの思い入れは、他国のピアニストよりずっと強いだろう。人口比率以上の結果を残していても、何ら不思議ではない。
 ただ、それ以上に、ロシア勢の躍進は目を見張るものがある。驚異的とも言えよう。イタリア人に次ぐ四名が、二次予選を勝ち抜いたのだ。それだけではない。一次予選に出場したロシア勢は、僅か五名しかいないのだ。そのうちの四名、つまり、80%が生き残ったことになる。これはおそらく、このコンクールが、ヴィルトゥオーゾ系のピアニストに向いているからであろう。マルトゥッチの作品は、難易度の高い技術を要求されるものが多く、また体力的にもかなり消耗するため、伝統的なロシアのピアニズムに合致するのだ。と考えると、この結果もまた、当然なのかもしれない。
 残りの二名は、近年、世界中の様々なコンクールで上位を席巻しているアジア人が、ここでもキッチリと食い込んできた。一人は、中国系アメリカ人、そして残りの一名が、日本人ピアニストだ。同じく、近年様々なコンクールで躍進の著しいユダヤ系のピアニストは、名簿から推測する限り、一人も残らなかったようだ。自らの研究材料として、少しでもバリエーションに富むサンプルを欲していた加納は、ユダヤ系ピアニストの不在をとても残念に思った。

 取材の依頼を受けた時点では、加納は、このコンクールで日本人が上位に食い込んでいるなんて、全く予測していなかった。マルトゥッチの曲は、技巧的にも体力的にも、日本人ピアニストには不向きと考えられていたからだ。しかし、今回の旅行で、加納はその考えを改めつつあった。技術や体力の不足は、フィジカルに起因するのではなく、日本に蔓延る誤った奏法に問題があるのだ。
 そう、技巧も音量も、日本人は体格で不利とされていたが、今の加納には、それが完全に間違いであると断言出来た。それらは、全て奏法で補えることに気付いたのだ。いや、それどころか、決して西洋人が体格で有利ということもないし、そもそもフィジカルを活かした弾き方もしていないのだ。実際、この旅行で目にしたピアニストも、決して大柄な人ばかりではなかった。日本人よりずっと小柄な女性ピアニストもたくさんいた。でも、その誰もが、音を鋭く飛び出させ、豊かに響かせ、遠くまで飛ばすのだ。そして、見れば見る程、ピアニストは全くフィジカルに依存しておらず、テクニックで音を創り上げていた。
 そもそも、ピアノとピアニストを繋ぐ接点は、鍵盤と十本の指だけだ。そこには、決定的な民族差は生まれない。鍵盤を押さえる指の位置や角度、スピードなどで音をコントロールする。せいぜい60gと言われる鍵盤のダウンウェイトの為に、筋力はさほど重要ではない。それよりも、手の形、手首や肘の脱力、肩と背中の使い方、座る位置や椅子の高さなど、理想的なメカニズムを追求すればいい。実際、こちらのピアニストは、一様に、そして本能的にその感覚を身に付けているように思った。長年の歴史に育まれ、成熟したピアノ文化があるからこそだろう。
 だからこそ、今大会で三次予選まで生き残った日本人ピアニストがいることは、加納にとっては嬉しい衝撃だった。必然と、そのピアニストに関心と期待を抱く。彼女は、どのような指導を受け、どのような弾き方をし、どのような音を出すのだろうか? いよいよそのことを、確認出来る日がやってきた。再び、明日のプログラムに目を通す。演奏順は抽選だ。一番最後に、日本人ピアニストの名前が記されている。

《12》Megumi Higashihara(JPN,20,F)

 メグミ・ヒガシハラ……おそらく、20は年齢、FはFemaleのことだろう。つまり、東原メグミという二十歳の女性ピアニストだと推察出来る。残念なことに、手許の資料からは、それ以上のことは知る由がない。何処の大学で学んでいるのかも分からないし、そもそも国内の大学とも限らない。いや、年齢が二十二歳までだからといって、音大生、芸大生とは限らない。普通科の学生かも知れないし、社会人や主婦の可能性だってあり得るのだ。公式データからだけたと、何も分からないに等しい。

 サプライズと言えば、今大会は関係者に激震を走らせた出来事がある。
 マルトゥッチ国際ピアノコンクールでは、三次予選での課題曲は、二次予選の結果と同時に二曲発表されることになっており、三次予選に進出した者は、曲目発表の翌日にはどちらを選択するか届け出ないといけないのだ。慣例的に、マルトゥッチによるイタリアオペラのトランスクリプションから二曲選ばれることになっていたが、今回選出された曲は、それこそサプライズだった。

◉ヴェルディの「リゴレット」より『女心の歌』
◉ワーグナーの「タンホイザー」より『巡礼の合唱』

 ワーグナー……そう、コンクール史上、初めてドイツオペラが選ばれたのだ。これには、ピアニスト達は戸惑い、選択に頭を悩ませることになった。それはもちろん、ドイツオペラが全くのノーマークだったこともあるが、もう一つのイタリアオペラ曲にも問題があった。『女心の歌』は、逆にメジャー過ぎるのだ。
 マルトゥッチを好んで弾くピアニスト……恐らく三次予選に進出した大半のピアニストにとって、マルトゥッチによる『女心の歌』のピアノソロ版は、あまりにも身近過ぎる曲なのだ。この曲は、ショパンにとっての『革命のエチュード』や『別れの曲』、又は、ベートーヴェンにとっての『月光』や『熱情』といった位置付けにある、マルトゥッチを象徴する代表作と言えよう。つまり、このコンクールに挑む若者なら、必ず一度は弾いたことがある可能性の高い曲だ。二週間という「短い期間で仕上げる」だけの条件なら、これ程好都合な曲はない。ただ、披露する舞台にコンクール(ヽヽヽヽヽ)という条件も付加されるのだ。人と競い、優劣を付ける場である。幾ら演奏経験がある曲とは言え、他の皆も得意とするかもしれない曲で勝負するのは、非常にリスキーで、相当な勇気と覚悟を必要とする選択肢となろう。
 一方で、ワーグナーの選出は意外過ぎた。過去の大会でも、イタリアオペラ以外の選曲は例がない、誰も、全く予想すらしていなかった曲だろう。この曲を選ぶと、おそらくは、譜読みから始めることになるピアニストが殆んどだ。たった二週間でこの難曲を譜読みから仕上げ、勝負に挑むことは、無謀とも言える挑戦だ。だが、見方を変えると、皆が『女心の歌』を選ぶなら、『巡礼の合唱』を選択したピアニストは有利に働くかもしれない。いや、『巡礼の合唱』を選ぶピアニストは間違いなく少ないだろうから、その中で一番良い演奏が出来れば、それだけで決勝に進める可能性は高まるだろう。
 もちろん、そもそも本番までに曲を仕上げることが大前提であり、何とか弾き切れるぐらいの完成度では、全く勝負にもならないだろう。こうなると、もう一種のギャンブルだ。その辺りの駆け引きは見所かもしれないが、当事者は想像以上に苦心するに違いない。

 三次予選当日の日、指定席なのに、加納は早めに会場へ到着した。そして、自分の席につき、プログラムにじっくりと目を通した加納は愕然とした。 どうやら、トップバッターのイタリア人から、六人連続で『女心の歌』を選択したようだ。そして、休憩の後は、また五人連続で『女心の歌』……つまり、十二名中、なんと十一名が『女心の歌』を選ぶという、極端な偏りが発生していた。これは、後々運営のミスとして咎められるだろう。しかも、そのうちの三名が、当日になって棄権することになったようだ。マルトゥッチ国際ピアノコンクールでは、毎回三次予選を棄権するピアニストが出ることも名物になっている。とは言え、三名も棄権するのは、おそらく初めてではないだろうか? それだけ今回の課題曲は、精神的に追い詰めらる過酷な条件だったのだろう。

 幸いなことに、ワーグナーを選択した唯一のピアニスト、「Megumi Higashihara」は、棄権することもなく、プログラムの最後に演奏するようだ。 加納の楽しみは、今ではもう、ほぼ彼女の演奏だけに集約されていた。

第10章 装飾曲~arabesque~

 その地域は、控えめに見ても市内有数の高級住宅地という呼称が相応しい。もちろん、「高級住宅地」というこれ見よがしな表現を使わなくても、市が定めた都市計画書に記載されているデータが、如実にそのことを語ってくれるだろう。実際に、そこは、市によって第一種低層住宅専用地域に指定されており、建造物の建蔽率(けんぺいりつ)は40%以内、容積率は100%以内に制限されている。換言すると、近隣にマンションやビルがなく、広い庭がある住宅だけが集まる地域ということだ。農村や山間部ではない政令指定都市で、こういった条件を満たす集落のことは、やはり高級住宅地(ヽヽヽヽヽ)としか呼びようがない。

 この地域の中でも、特に大きな住宅が並ぶ一角に、島崎楓と松永彩音の自宅があった。角地に建つ彩音の住宅の裏庭の一部は、楓の自宅の裏庭と部分的に接していた。なので、広い意味では隣家とも言えるだろう。この二件を含む自治会では、隔月の第二日曜日に、隣の区画にある公園を清掃する日と決められていた。清掃と言っても、市内でもトップクラスの治安の良い地域だ。吸い殻やゴミのポイ捨ては殆んどなく、実質は、春夏は雑草を抜く作業、秋冬は落ち葉を掃き集める作業が大半を占める。楓の母、島崎愛は、この公園清掃日が何よりも憂鬱だった。
 愛は、基本的に土や草を触ることが嫌いだった。平たく言えば、典型的なインドア派の箱入り娘なのだ。それに、動物も苦手だった。躾の出来ている犬なら何とか触れたが、作業中に出会わずにはいられない虫類となると、もっての外なのだ。以前、旦那がアフリカ勤務を命じられた時も、表向きは、治安や衛生、食文化や生活習慣の問題を理由に娘と日本に残ることにしたが、本音では動物や虫にも怯えていたことも大きな要因だった。
 また、利き手じゃない左手は極度の不器用なのだが、軍手を履くと更に輪を掛け、強く物を持つことさえ困難だった。普段は使うことのない慣れない道具を、変な力の入れ方で不恰好に握る所為か、いつも翌日は酷い筋肉痛に悩まされ、気が滅入るのだ。だからと言って、軍手無しではとてもやりたくない作業だ。もちろん、近所付き合いの都合から考えても、サボるわけにもいかない。特に、メインの公園利用者でもある、小学生以下の子どもがいる家庭は、率先して参加すべきという風潮もあった。至極当然である。要するに、愛にとっての公園清掃は、逃げ場のない苦行なのだ。

 この日も、雑草を抜く小さな鋤のような道具を渡され、悪戦苦闘していた。すると、不意に彩音の母、松永恭子が話し掛けてきた。隣人でもあり、娘同士が同学年の親友でもある松永家は、この地域の中でも一際大きな邸宅に居住している。恭子の旦那、つまり彩音の父でもある松永克哉は、全国的に有名な事業家とは思えないほど地域社会に溶込み、信頼も厚かった。彩音も、成績優秀で礼儀正しく育っており、必然的に恭子も良妻賢母として、地域社会で認知されていた。
 愛も、表面上は恭子と親しく付き合っていた。実際のところ、恭子の人間性に取り立てて不満もなく、娘同士も仲が良いため共通の話題も多い。その上、話していてとても良識的な女性だと思うし、価値観も大きくかけ離れていない。実際、話相手としては楽しい人だ。なので、普段から顔を合わす度に雑談に興じる間柄ではある。それなのに、具体的に指摘出来ないどこかほんの一部だけ、恭子に畏怖にも似た感情を抱いており、全面的に心を許す相手にはなり切れないでいる。早い話が、ちょっと苦手なのだ。

「楓ちゃん、毎日遅くまで頑張ってるわね」
 おそらく、ピアノのことだろう。実際のところ、どうせやるならもっと頑張って欲しいと思うぐらい、楓は根気がない。集中力も続かず、与えられた課題を無視して楽しむ為だけに弾くことも多い。上達の為の練習と言うならば、彩音の方が何倍も頑張っているだろう。高密度、長時間の練習が毎日聞こえてくるし、コンクールでも、いつも楓は彩音の遥か後塵を拝しているのだ。
「うちはね、今日から八時までしか弾けなくなったのよ。昨日の夜、ちょっと怒られちゃってね、でも、何とか八時までならってことで許して貰えたんだけど……」
 恭子は眉をひそめ、小声で不満気に言った。何があったの? と伺うと、どうやら、ご近所さんと揉めたらしい。詳しく聞くと、恭子の家と裏庭が隣接している家庭、つまり、愛の隣人でもある住人から、昨夜練習中に苦情が来たそうだ。

 その家では、本多という退役した自衛官が、病弱な奥様と二人でひっそりと暮らしている。数年に一度ぐらい、息子一家と思しき家族の訪問がある他は、人の出入りが殆どない家庭だ。
 勿論、自衛官としてそれなりの地位まで登り詰め、定年退職した元国家公務員でもあるので、年金や退職金は潤沢にあるはずだが……この地域には似つかわしくない、四半世紀近くは経っていそうな年代物の、いつ壊れてもおかしくないような、外装の塗料が所々剥げ落ちたセダンに乗り、本多は毎日のようにパチンコに入り浸っていた。
 噂では、本多は、酒とギャンブルの依存症のようで、退職金は既に使い果たし、多額の年金も入金されると直ぐに使い込んでしまう為、カツカツの生活を送っているらしい。親しい近所付き合いもなく、頑固で偏屈な老人という噂だ。自治会や老人会にも加入しておらず、ゴミ出しのルールも守らないことが多い。一度、自治会長が注意に伺うと、物凄い形相で逆ギレされ追い返されたらしい。それ以降、本多には誰も関わらないようになっていた。
 だが、愛は、流石に隣人ということもあり、顔を合わせると挨拶は交わしていた。特段親しくはないし、そういった関係を望んでいるわけではないにしろ、特に迷惑な人とも思っていなかった。むしろ、少なくとも愛や楓に対しては、ごく普通に振舞う良識は持ち合わせているように感じていた。

「もう、ホント怖かったわよ。元々変な噂のある人だけど、個人的には、意外と普通の優しいお爺ちゃんじゃないのかなぁ? なんて思ってたのよ。彩音にも優しく話し掛けてくれてたしね。でも、やっぱり噂通りの人だったみたい。突然、凄い剣幕で怒鳴り込んできてね。たまたま主人がいたので上手く宥めて、対応してくれたんだけど……愛さん、今一人でしょ?」
 愛の旦那は、アフリカから帰国して以来、ずっと日本での勤務が続いていたが、数ヶ月前より今度は南米へ赴任していた。前回同様、やはり、愛と楓は日本に残り、単身赴任してもらうことになった為、また数年間は二人っきりでの暮らしになるのだ。そのことを見越し、要するに、恭子は心配してくれているのだろう。
 確かに、今近所の男性とトラブルを起こすと、上手く対応する自信はない。それに、毎日夜遅くまで弾いている現状は、どこかから苦情が出ないかと不安ではあった。しかし、裏庭からも彩音の練習が遅くまで聞こえてくるし、松永家に面と向かって苦情を言う人はいないと思っていた。なので、敢えてうちにだけ言う人もいないだろうと踏んでいて、松永に甘える形で気にしないようにしていたのだ。
 だが、どうやら本多は違ったようだ。ずっと我慢していたのだろう。二人がピアノを始めて、六年になる。蓄積された苛立ちは、いつか沸点に達し、こちらに向かって暴発してもおかしくはない。
「仕方ないから、消音装置付きのピアノに買い替えようと思って、ついさっき、掃除の前に加納先生に相談しに行ったのよ。でもね、アレは絶対にダメだって仰るのよ。フィンガーのトレーニングにならないんだって。もう、八時までしか弾けないなら、楓ちゃんにどんどん差を付けられちゃうわね……」
 遠回しに、楓も八時以降は弾くなと言ってるのだろう。道連れを望んでいるだけだろうが……正論でもある。彩音が約束の時間に弾きやめても、楓がまだ弾いていると、完全に本多のターゲットはこちらになる。立地的に考えても、楓の音の方が本多にはよく聞こえる筈だ。最悪の場合、本多が楓の音を彩音の音と勘違いし、約束を反故にされたと怒り出す可能性も否めない。そうなると、どちらのご家庭にも迷惑を掛けることになる。

「うちも、八時までにした方がいいのかしら?」
「いえ、そんな……だって、愛さんは何も言われてないのでしょ? でも、楓ちゃんの音、本当によく聞こえてくるからね……言われちゃう前に……難しいわね、練習も大切だし……」
 眉間に皺を寄せて深刻げにそう話す恭子が、愛には何故か嬉しそうに見えた。いや、おそらく図星だろう。恭子は、自分だけが怒られたこと、そして彩音の練習だけ制限されることが気に食わないのだ。愛と楓を気遣う素振りは見せているが、やはり道連れにすることしか頭にないのだろう。
 だが、恭子の望み通りにすることは癪に触るが、隣家から苦情が出た以上、何らかの対策は必要だとは思った。ともかく、楓には、八時以降は弾かないようにと伝えるしかない。もっとも楓の場合、彩音のように部活や他の習い事で忙しい訳ではない。また、それ程熱心にピアノに取り組んでいるわけでもなく、毎日なかなか練習を始めようとしないので、結果、遅くまでダラダラと弾いているだけだ。上手くやり繰りさえすれば、練習時間は今とほとんど変わらないだろう。逆に言えば、今はそれだけ練習時間を無駄にしているのだが。
「教えてくれてありがとうね。今日から、楓も八時にやめさせるわ。彩音ちゃんが約束を破ってるって勘違いされたら、ご迷惑かけちゃうしね」
「そう? なんか、楓ちゃんまで巻き添えにしちゃってゴメンね」
 申し訳なさそうな表情の裏側に、とても満足げな笑みを隠し、恭子はそう言った。

 しかし、その晩に限って楓は練習に熱が入り、気付いたら八時を回っていた。すると、インターフォンが忙しく連打され、モニターには阿修羅の如き形相の本多の姿が映し出されていた。画面越しにも、酔っ払っていることは分かった。愛は、執拗で激しい罵声を浴びせられ、ひたすら謝罪するしかなかった。そして、彩音と同じく、今後は八時には練習を終える約束をし、ようやく引き下がって貰えた。

 数週間後、本多は車を買い替えていた。

第11章  譚詩曲〜ballata〜

 国そのものが半島と言ってもいいような、地中海に突き出した長靴型の国イタリアは、海との繋がりの深い海洋国家と言えるだろう。特に北部の街、ベネチアやジェノバは、中世には強力な艦隊により二大海洋共和国として激しく覇権争いを繰り広げていた。その圧倒的な軍事力を背景に、両国は地中海貿易をほぼ独占し、商業の中心地としても栄えていた。
 カンパーニア州の州都ナポリも、ベネチアやジェノバほどではないにしろ、歴史的な港湾都市であり、海との関わりが深い地域だ。現在でもその名残は、ソレントやアマルフィ海岸、サレルノ、ポッツォーリ、カプリ島やイスキア島など、海岸線に沿った観光名所の形で遺されている。これらの街は、全てナポリを拠点に日帰りで観光が出来る距離にあり、温暖な気候や豊富な海産物を楽しめるスポットとして、ツーリストに根強い人気がある地域だ。

 しかし、同じカンパーニア州でも、少し趣の違う地域もある。半島とは言え、海から離れた内陸部は山間地になり、オリーブや葡萄の畑が一面に広がっている。ナポリから、海とは逆方向になる東へ約50km行くと、アヴェッリーノという山間部の小さな街に辿り着く。この辺りまで来ると、海洋国家の趣は消え、山々に囲まれたとても静かで落ち着きのある街並みが広がり、人々も穏やかで良くも悪くもイタリアっぽくない地域と言えよう。僅か50kmの距離とは言え、ここでは、食文化からしてナポリとは全く違う趣となる。海の幸よりも山の幸。ジビエ料理など、肉料理が沢山食卓に並ぶのだ。
 また、古のベスビオ火山の大噴火により堆積した火山灰が、この地域に肥沃な土壌を育んだ。ただでさえ、昼夜の寒暖差が大きな地域の中で、日照時間が例外的に長いというミクロクリマが存在する。そして、複雑な丘陵地形による風通しの良さ。これらは、葡萄の栽培に最も適した好条件ばかりだ。必然的に、ワインの名産地としてイタリア全土に名を馳せている。ナポリから車で僅か一時間程度だが、特筆すべき歴史的建造物など目ぼしい名所もなく、観光客がわざわざ足を伸ばすことも滅多にない分、地域の特性や風習が堅実に守られている。

 しかし、四年に一度、アヴェッリーノには国の内外から沢山の人が集まり、少しだけ街が活気付く期間がある。マルトゥッチ国際ピアノコンクールが行われるのだ。
 その年、秋も深まる十一月下旬のこと。マルトゥッチ国際ピアノコンクールの審査員として、数年振りにアヴェッリーノを訪れたブルーノ・ロレンツォは、コンクール事務局から明後日の三次予選に進出したピアニストの名簿とデータを受け取り、目を通していた。約一ヶ月にも渡るコンクールのうち、ロレンツォが審査するのは、三次予選の一日だけだ。明日は、三次予選を担当する七名の審査員が一堂に会し、事務局より審査方法についての説明会が行われる予定だ。
 ナポリからアヴェッリーノへは、公共交通機関を利用しても片道一時間程度。自宅からターミナルまで、そして、アヴェッリーノ内での移動を考慮しても、十分に日帰りが可能な距離だ。だが、車の運転が不得手な上、電車やバスでの移動も苦手なロレンツォは、同じく審査員を務めることになった旧友と再会することもあり、久し振りの休暇も兼ね、敢えてこの地で二泊することにした。
 度々コンクールの審査員を依頼されるロレンツォだが、原則的に一日だけの審査しか請けない方針だ。今回も、一次、二次の予選、及び決勝の審査員は断っていた。なので、三次に出場する十二名が、どの様なパフォーマンスを繰り広げ勝ち抜いてきたのか知る由もなく、逆に言えば、全く先入観のない状態で審査に挑める為、気楽でもあった。と言うのも、ここまでの道程を知っていると、特定のピアニストを贔屓目に見ることは絶対にない、とは言い切れないのだ。
 例えば、一次、二次の演奏に琴線に触れる何かを感じていれば、三次の出来がイマイチでも、期待を込めて加点してしまうかもしれない。審査員にも情はある。公正さが必須だと理解しているが、出演者に評価を下すこと以上に、自らの感情を排除することはとても困難なのだ。だからこそ、教え子が出演する場合は審査員に招聘されないし、教え子に限らず、コンクール期間中に出演者と審査員が接触することも禁じられている。そういった意味においても、出演者と何の接点も予備知識もない今回の三次予選の審査は、ロレンツォにとっては精神的に取り組みやすい条件だった。
 しかし、名簿に目を通していると、否応なく、それが間違いだと気付かされた。知らない間に、接点が出来ていたのだ。つまり、出演者名簿の最後に『Megumi Higashihara』の名前を見つけたのだった。

 突然、三ヶ月前の真夏の記憶が蘇っていた。ナポリ音楽院で開催した夏季特別ピアノセミナーで、ほんの数十分だけだが、彼女と同じ空間で同じ時を過ごした。そして、その時に彼女の演奏を聴いたのだ。今でも目を閉じると、脳裏に彼女の音楽が流れ出す。それぐらい、印象的な演奏だった。瑞々しい感性と、天才的な閃きに溢れた熱演に、これは、久し振りにモノになる逸材だ……そう思ったものだ。
 しかし、演奏が終盤に近付くに連れ、暗雲が立ち込めてきた。そして、クライマックスに入ると、一気に失速した。決定的に、ダイナミクスが足りなかったのだ。
 それでも、何とか全身の力を音に変換しようと、彼女は懸命に体重を指に乗せ、ボリュームを増そうとしていた。だが、それは最もタブーな回答だ。ダイナミクスは、決してフィジカルで解決しようとしてはいけない。そう、彼女の唯一にして、最大の欠点は弾き方にあった。姿勢や運指、脱力、筋肉や関節の使い方……おそらく、幼少時の指導者に問題があったのかもしれない。基礎を叩き込む時期に、曲をどんどん弾かせたのだろう。いや、彼女が弾きたがったのかもしれないし、こういう稀に出没する天才肌の子どもは、弾かせると何でも弾けてしまうのだ。なので、指導者が判断を誤ってしまうことは、有り得る話だろう。
 いずれにせよ、この弾き方を続けると、折角の才能が開花する前に摘まれてしまう。セオリーから、あまりにも外れている。一度、リセットする必要があった。その為にも、彼女は曲を慎重に選ぶべきだし、そう提案したのだが……彼女は、ロレンツォの忠告を頑なに拒絶し、指導を受けることさえ放棄した。
 あれから、もう三ヶ月が経つ。彼女はこのコンクールにエントリーし、ここまで勝ち進んでいた。ある意味、当然とも言える。彼女の才能と実力があれば、優勝だって十分にあり得るだろう。しかし、三次予選は彼女にとって、大きな正念場になることは必至だ。と言うのも、選曲次第では何とでもなったのだろうが、よりによって三次予選で彼女が選択した曲は、あの日と同じ『巡礼の合唱』だった。

 翌朝——即ち、三次予選の前日の朝——、ロレンツォは、アヴェッリーノが誇る数少ない文化施設、チマローザ音楽院に来ていた。ここは、メグミが通う学校だが、彼女に会いに来たわけではない。明日の審査員が集まり、事務局よりコンクールの審査基準についてのガイダンスが行われるのだ。
 マルトゥッチ国際ピアノコンクールにおいて、他のコンクールと最も違う点は、低い年齢制限はさておき、マルトゥッチの作品だけという、ヴィルトゥオーゾ系のピアニズムに特化した曲しか取り上げられないことだろう。まだまだ成長期でもある二十二歳以下の学生達に、超絶的な技巧を求めることに、矛盾や疑問を抱く人も少なくない。
 だが、意外なことに、審査基準を確認すると、このコンクールでは技巧を全く重視していないことが分かる。この審査基準は、コンクール規約にも明記され、オープンにされている。しかも、出演者からのリクエストがあれば、自身の採点に関してのみ、開示にも応じている。つまり、公開されている明確な審査基準があり、出場者は自身の採点結果も確認出来るのだ。これは、裏を返せば、審査員の能力や裁量も問われていることになる。そう、審査員にとっても過酷なコンクールと言えるだろうし、それこそがこのコンクールの一番の特徴かもしれない。
 審査の項目は、表現力、拍節感、構成力、音色、解釈、ディナーミクの六項目に分かれている。これらは更に細分化され、それぞれの配点が決められていた。

【1】表現力[計25点]
 ①楽語、指示語等の正確なアナリーゼ[10点]
 ②ペダリング(技術力、表現力)[5点]
 ③曲調に見合う音量、音色のコントロール[5点]
 ④キャラクタ(ステージマナー、スター性)[5点]
【2】拍節感[計15点]
 ①テンポ設定[5点]
 ②rit、rall、accel、rubato等の表現[5点]
 ③適切なテンポの保持やブレ[5点]
【3】構成力[計15点]
 ①楽曲への理解[10点]
 ②リズム、和声、音色の設定と構成[5点]
【4】音色[計15点]
 ①pp〜ffへ、音量変化に伴う音質の統一性[5点]
 ②表現に適した色彩感[5点]
 ③曲との適合性[5点]
【5】解釈[計15点]
 ①アーティキュレーション、フレージング[10点]
 ②オリジナリティ[5点]
【6】ディナーミク(ダイナミクス)[計15点]
 ①各レンジの音質の切り替え、または統一性[5点]
 ②ディナーミクの幅[5点]
 ③クレッシェンド、ディミヌエンドの連続性[5点]

 ロレンツォは、夏に聴いたメグミの演奏を、記憶を頼りにこの採点基準に当てはめてみた。すると、⑹-②、つまり「ディナーミクの幅」以外の項目は、かなりの高得点が付く。特に、全体の四分の一もの配分になる表現力に関しては、ほぼ満点だ。おそらく、トータルでは、少なく見積もっても、85〜90点に達するだろう。
 今朝の公式ガイダンスによると、過去の大会での決勝進出者の平均点が、82点なのだそうだ。なので、ダイナミクスの弱点を抱えたままでも、彼女は決勝に進出出来る可能性が非常に高い。それに、あれからまだ僅か数ヶ月しか経っていない。根本的な欠点を修正するには、あまりにも短過ぎる。だからこそ、本番では下手にダイナミクスレンジを拡張しようとせず、むしろ、そこは犠牲にしてでも、他の項目で着実に加点出来る演奏をして欲しいと願った。要するに、無理せずに普通に弾けば大丈夫なのだ。
 しかし、一方では、彼女はそういった計算尽くの演奏はしないだろうと思っていた。いや、ほぼ確信していた。勿論、審査基準を熟読し、得点を重ねる為に何が必要なのかを理解する知性は持ち合わせているだろうが、そのまま理知的な演奏で反映させるキャラクタではない。分かっていても、本能や感情に衝き動かされるタイプの演奏家なのだ。だからこそ、音楽の赴くままに、出すべきところはもっと出そうと試みるだろう。それは、心と身体が勝手に反応してしまう本能に近い衝動であり、脳で制御出来ないのだ。
 何とかして、今日中に彼女に会わなければ……ロレンツォは焦っていた。コンクールの審査員が、出演者にアドバイスをすることはタブー中のタブーだ。そんなことは分かり切っているが、彼女にあんな強引な演奏を、ましてや必要のない状況で続けさせてはいけない。コンクールの本番という、ただでさえ熱が入りがちな環境だ。下手すれば、ピアニスト生命を左右する怪我に繋がりかねない。

 夕方に知人と会う予定のあるロレンツォは、チマローザ音楽院の直ぐ傍のBAR(バール)のテラス席でカプチーノを飲んでいた。イタリアの簡易的な喫茶店とも言えるBAR(バール)では、百円程度でエスプレッソが立飲み出来るのだが、座席を利用すると一気に何倍もの金額に跳ね上がる。その分、休憩や待ち合わせなど、寛ぐ場としては最適なのだ。
 ロレンツォは、今朝の会議で配られた採点基準の資料に目を通していた。すると、不意に若い女性に話し掛けられた。
「マエストロ・ロレンツォ?」
 声の方に目を向けると、なんとそこには照れ臭そうに微笑むMegumi Higashiharaが立っていた。
「おぉ、メグミ! 君に会いたいと思っていたんだ」
「私もです、マエストロ。夏の無礼を謝りたいと思っておりました。我儘を言って、申し訳ございませんでした」
 日本人らしく、深く頭を下げ謝罪するメグミに、ロレンツォは優しく語りかけた。
「いやいや、そんなことはどうでもいいよ。それよりも、君は、明日出演するのだろう?」
「ご存知だったのですか?」
「あぁ、私は明日の審査員なんだ。だから、本当は君と会ってはいけないし、話し合うことも禁じられている」
「すみません。でも、私から話し掛けたので、問題があるなら私の責任です。マエストロは無罪です」
「はははっ、そんなこと君は気にしなくていい。それに、私も会いたいと思っていたんだ。どっちからコンタクトしたかは重要じゃない。君は明日演奏する権利と義務がある。それだけは確かだ」
「ありがとうございます。精一杯頑張ります」
「いや、頑張らない方がいい。それを言いたかったんだ。君は、演奏に全身全霊を注ぎ過ぎる。もっと気楽に弾いても、君なら余裕で通過するさ」
 すると、メグミの表情に、少し戸惑いにも不安にも見える影が浮かんだ。
「あの……先生にも同じことを言われました。セーブして弾き通せと。でも……マエストロ、そんなことを私に助言しても大丈夫なのですか?」
「ダメだろうな。審査員失格だよ。でも、それはこちらの問題さ。君には才能があるし、ここで敗退してはいけない。勝ち進んで欲しいんだ。夏にも言ったが、『巡礼の合唱』は君のピアニズムとは合わない。その考えは今も変えないよ。でも、弾き通す技術は間違いなくある。それに、採点基準に当てはめて考えると、この曲を無事に弾き終えれば、君なら十分に決勝に行けるんだ。しかし、無理に音を出そうとして、他のバランスまで崩れると、厳しい採点になるかもしれない」
「マエストロ……ありがとうございます。私、もう行きます。誰かに見られるといけないので。上手くセーブ出来るか分かりませんが、今度はご忠告に従いたいと思います」
「あぁ、そうしてくれると嬉しいよ。健闘を祈ってる」
 メグミは、無言で小さく頭を下げ、逃げるようにロレンツォの元を立ち去った。

第12章 哀歌~elegy~

 あれ程楽しみにしていたマルトゥッチ国際ピアノコンクールの三次予選は、完全に期待外れだったと言えよう。加納は、プログラムが進行するに連れ、落胆の度合いも増していった。まず、代理店の懸命な努力の甲斐あって、何とか入手出来たチケットなので文句は言えないが、加納の席はステージから遠過ぎた。いや、音響的には申し分なく、目的が違えば喜んでいただろう。一般的には、「当たり」の席であるのは間違いない。だが、加納は何よりもピアニストの手や指を見たかったのだ。その席からだと、指どころか奏者の顔すらほとんど見えなかったので、やはり加納にとっては「ハズレ」の席だ。
 また、無聊(ぶりょう)なコンクールになったもう一つの原因として、実行委員のミスも責められて然るべきだろう。あの選曲は、どう考えても失敗だったとしか思えない。三名も棄権が出てしまったことも、選曲との因果関係は否定出来ないだろう。
 しかも、今日になって審査員からも一人、辞退の申し出があったそうだ。一人ぐらいなら審査そのものには大した影響はないだろうが、その理由が明らかにされていない為に、ロビーでは様々な憶測が飛び交っていた。中には、運営に対する抗議なのでは? と邪推する人もいた。単に体調不良かもしれないし、規約に反する言動を咎められたのかもしれない。いずれにせよ、出演者から三名、審査員から一名が予定から消えたことになる。僅か九名で競うことになったことは、退屈な予選になった大きな一因だ。
 もっとも、皮肉なことに、九名に減って良かったという見方も出来る。というのも、その内八人が同じ曲を選んだのだ。しかも、抽選の綾で、八人連続して『女心の歌』を弾くことになったのだから、コンクールとは言え、聞かされる観客はたまったものじゃない。

 ヴェルディの代表的なオペラ『リゴレット』の中の名曲、『女心の歌』をピアノ独奏用に編曲した作品は、マルトゥッチの最も有名な楽曲の一つに挙げられる。おそらく八人共、過去にこの曲の演奏経験があるのかもしれない。全員が、この数日で仕上げたとはとても思えない、自信に満ち溢れた堂々たるパフォーマンスを披露した。
だが、残念なことに、予め申し合わせたかのように、曲の隅々まで似通った解釈とアプローチの演奏に終始した。これは、前回大会で優勝したイタリア人女流ピアニスト、マリア・ザッカルディの演奏に影響されたと推測される。昨年、彼女が出したアルバムにこの曲が収録されており、その録音は非常に高い評価を得ていたのだ。ここまで勝ち残ったメンバーの大半……いや、おそらく全員が、このアルバムを聴いたことがあるのだろう。と言うのも、ザッカルディのアーティキュレーションを、そのままそっくりに真似たとしか思えないコピー演奏だったのだ。
 おそらく、八人が揃いも揃って、オリジナリティを打ち出すよりも、無難にまとめることを選んだのだ。コンクール、しかも準決勝という特殊な舞台だからこそ起こってしまった稀な現象だろうが、これだと審査する側は大変だ。比較材料や加点要素がない分、テンポの乱れやペダリングのズレ、ミスタッチなど、減点法で採点するしかない。つまり、音楽的な評価ではなく、スポーツの採点競技のような技術の選考に陥ってしまう。コンクールの趣旨から逸脱した、音楽性や演奏表現とは別次元の機械的な仕分けだ。それでも、優劣を付けるのが困難な程、全員が似通った演奏を無難にまとめてきた。聴衆にとっては、退屈の極みである。

 だからこそ、今から登場する三次予選最後の奏者、日本人ピアニストには期待を抱いてしまう。ほとんどの観客も、もしかすると審査員でさえ、おそらくヴェルディにはうんざりしているだろう。このタイミングで違う曲を弾くことは、それだけでアドバンテージになり得る。幸運としか言いようがない。
 しかも、今日になって判明したことだが、ここまで演奏した三次予選進出者は全員男性ピアニストだ。偶然だろうが、棄権した三名は、皆女性ピアニストだったのだ。その中には、中国系アメリカ人も含まれていた為、今から演奏する日本人は、本日唯一の東洋人でもある。全てが追い風になり得る条件だ。少なくとも、今日のステージで雰囲気が一変する瞬間には違いない。コンクールを勝ち抜く為には、絶対に運も必要だと言われている。全てが彼女にお膳立てしているような環境は、控え目に考慮してもチャンスとしか思えない。

 東原の演奏が始まると、加納の予想通り明らかに客席の空気は様変わりし、凍り付いたように静まり返った。観客が急に固唾を呑み、息を潜めたのだ。彼女が放つ戦慄的な鋭い音に背筋が伸び、右手が紡ぎ出す超高速のピアニシモがただならぬ緊張感を呼び込んだ。不安と恐怖を予感させ、そして、期待と希望を孕む和音の殻は、微かな光に溶解し、本質を(おもむろ)に剥き出しにしていく。やがて、少しずつ音楽は弾むような律動を始め、ダイナミクスレンジを拡張する。単細胞生物が増殖するように、いや、生物が進化するように、音楽は加速的に膨らみ始めた。
小柄な身体を躍動させ、ピアニストは鍵盤に全精力を注ぎ込む。正確なリズム感を伴うスキル、個性的な解釈のアーティキュレーション、内面を赤裸々に晒す表現力……オリジナリティ溢れるピアニストのアイデンティティを、惜しげも無く披露する。魂を揺さぶる音波の振動は、瞬く間に会場の隅々まで浸透し、跳ね返り、干渉し合い、そして渦巻いた。やがて、熱気を帯びたフォルテの嵐が吹き乱れ、音楽はいよいよクライマックスに差し掛かろうとしていた。

 東原の演奏を聴いていた加納は、途中から不吉な予感が脳裏を支配した。何かがおかしい。とてつもない不安と共に、言い知れぬ違和感に包まれる。演奏は、鬼気迫る熱演で、完全にホールを支配した。プログラムの最後にして、今日、唯一のワーグナー、唯一の女性ピアニスト、そして、唯一の東洋人。これらの幸運なアドバンテージも、彼女には必要がなかったようだ。その音楽は、圧倒的に他者を凌駕し、際立っていた。
 ゆったりとした重厚な和音進行も、軽やかに疾走するパッセージも、完璧に弾きこなす。技術的にも万全のようだ。この音楽は、僅か二週間で築いたものではない。加納は、そう確信していた。彼女は、今大会特有のイレギュラーな選曲でさえ、味方に付けていたようだ。運もタレント性も含め、彼女の潜在能力は計り知れないものがある。このステージが、世界的巨匠へと歩む第一歩になるかもしれない。それなのに、どうしても拭えない違和感が纏わり付いて離れない。何かがおかしい……とその時、加納は気付いた。そうだったのか、違和感の正体は足の位置だ。いや、違う。正確には、椅子の位置と高さだ。改めて、ステージの彼女を見直してみると、遠く離れた席からでも、その演奏スタイルは奇抜で個性的に映る。
 よく観察すると、彼女は殆ど座っているとは言えない姿勢で弾いていた。足の踏ん張りをお尻と背中で受け止めず、全てダイレクトに肩へと伝達させようとしている。そして、一旦肩に集めたエネルギーを、腕と指をしならせるようにして増幅し、鍵盤へ注入しているのだ。

(ダメだ! この弾き方では指が潰れてしまう! 靭帯も関節も()たない!)
 加納は、思わず叫びそうになった。東原の音楽は、ちょうどコーダに入り、クライマックスに向けて登り詰めたところだった。

 ロレンツォは、名誉ある審査員を今朝になって辞退した。良心の呵責……その一言で済むのだろうが、全てを語るには表面的過ぎるかもしれない。確かに、出場者の一人と接触し、簡単にとは言え、予選に対峙するにあたっての具体的なアドバイスを行ったのだ。この行為は、審査員の規約に抵触することは勿論だが、それ以前に、一音楽家としての道義的責任も問われかねないだろう。
 だが、もっと根が深い理由もあった。彼女に対しては、公正なジャッジが出来ないことを自分で分かっていたのだ。そもそも、最初から彼女が出場することを知っていれば、審査員なんて受託しなかっただろう。
 従って、一般客としてコンクールを鑑賞することになったロレンツォだが、そのことに対しては全く悔いはなかった。だが、最後に彼女が登壇し、一音目を発した瞬間に、後悔の念が押し寄せてきた。思わず、「マズイ!」と心で叫んだ。伝え方が悪かったのか、説明が下手だったのか……いっそのこと、何も言わない方が良かったのかもしれない。彼女は、全くリラックス出来ていなかったのだ。
彼女の演奏は、張り詰めた緊張感に飲み込まれてしまったのか、過剰な情熱が高いスキルに上乗せされ、鍵盤に必要以上の力が注ぎ込まれていた。唯一の弱点であるダイナミクスのレンジが、曲の前半にして、既に振り切れそうなぐらい高い位置で推移している。しかし、彼女にはこれ以上のボリュームがない筈だ。やはり、本番の舞台ではアドレナリンが出るのだろう。或いは、本能の奥深くを抉り出すワーグナーの音楽に、彼女自身が掻き立てられているのかもしれない。こうなると、もう制御も修正も不可能に近い。
 音楽は、否応にも後半に差し掛かってきた。不十分なダイナミクスを、何と彼女は床を踏み込むことにより体の重みを膨らませ、必死に誤魔化そうとしていた。本能的な行動だろうが、無理がある。音が割れるだけだ。高得点が見込まれていた音色や表現力の項目に、大幅な減点が発生する。それに、こんな弾き方だと、最後まで指が()たないかもしれない。
「誰か止めるんだ! 演奏をやめさせろ!」
 ロレンツォは、今にも叫び出しそうな思いを必死に飲み込み、早く演奏が終わることだけを祈っていた。

 小さな身体で巨大な楽器に立ち向かい、手懐(てなず)けたかのように自在に音を操り、ステージを完全に支配していた女性ピアニスト。何かが乗り移ったような気迫と並外れた技術で、有無を言わせぬダイナミックな熱演を繰り広げていた東原メグミは、音楽がフィナーレを迎える直前で突然演奏を止めた。何が起こったのか分からない客席は、身動き出来ずに固唾を呑む。刹那の沈黙。少しずつ騒つく客席。無言の奏者。おそらくは、ピアニストがミスをしたと勘違いしたのだろう。誰からともなく、励ますような拍手が起きた。すると、それが引き金となり、ほんの数秒後には会場全体に拍手の渦が巻き起こった。
 しかし、ステージ上の小さなピアニストは、そこだけ時間が静止したかのようにフリーズしたままだ。少なくとも、演奏を再開しようとはしなかった。やがて、ゆっくりと椅子から降り立つと、客席に向かい無表情で軽くお辞儀をした。そして、そのまま舞台袖に消えた。呆気に取られた観客は、何とか彼女を呼び戻そうと、一段と大きくなった拍手を止めようとしない。不規則な掌の破裂音は、次第に観客の呼吸が揃うに連れ、リズミカルな手拍子へと統一された。煽るように彼女の再登壇を促すが、結局、そのまま二度とステージには帰ってこなかった。このコンクールの舞台だけでなく、世界の何処のステージにも——。
東原メグミという稀代の天才ピアニストは、そのまま永久にステージに戻ることはなかった。

 客席全体が異様な雰囲気に包まれている中、ロレンツォは彼女が演奏を止めた理由を悟っていた。と同時に、言いようのない絶望感に打ちひしがれた。
「私の所為だ……」前日に彼女と会い、演奏の助言をしたことは、本番の取組みに少なからずの影響を与えたであろう。会わない方が良かったのかもしれない。何も言わない方が良かったのかもしれない。勿論、どの道同じだったのかもしれない。結果論としては、何とでも言いようがある分、正解もない。ただ、少なくとも会って話をしたことは事実だし、彼女が本番で演奏を止めたことも事実なのだ。そこに因果関係を見出すこと、或いは黙殺すること、そのどちらも容易だが、客観的事実はもう動かせない。つまり、彼女の将来の可能性は剥ぎ取られたのだ。
 長い指導者のキャリアでも、稀に見るぐらいの才気溢れた若者だ。だが、もう少し時間を掛けて、奏法を見直すべきだった。四年に一度、二十二歳までという厳しい条件が彼女を焦らせ、将来を奪ったのだとしたら——実際、彼女には今回しか出場の機会がないのだから——何て残酷な結末だろうか。コンクールがピアニストを育てるのではなく、摘花する場になったのだから、受け入れ難いアイロニーだ。

 客席には、もう一人、彼女が演奏を止めた真相を理解した人物がいた。加納だ。彼女が、演奏中に靭帯か関節を酷く損傷したに違いないと思った。と言うのも、途中から、明らかに彼女が奏でる音が変わってきたことに、加納は気付いていたのだ。本当なら、その時点で演奏を止めるべきだったのかもしれない。せめて、少しぐらいはセーブすれば良いものを、彼女はむしろ一層ヒートアップして、アグレッシブに攻め続けたのだ。
 クライマックスへ向かう怒涛のクレッシェンドなので、上手く観客は誤魔化せたかもしれないが、彼女のフィジカルはとうに限界を超えていたのだろう。鍵盤を押さえるのではなく、全体重を鍵盤にぶつけていたのだ。いや、足で蹴った床からの跳ね返りも加味すると、体重の倍近い力をほぼ十本の指先だけで支えていたようなものだ。やがて、指への負荷の蓄積は耐荷重を超え、全てを支え切れなくなった。本来なら、エネルギーの過剰分は流出させないといけない。つまり、力を逃さないといけなかったのだ。
 しかし、彼女にはその術がなかった。いや、そうするつもりがなかったのだろう。余分な力までも音楽のエネルギーに変えようとし、結果的に何かが破壊されたのだ。小さな身体だからこそ、大きな会場を響かせる為に、より大きなパワーが必要だと勘違いしていたのだろう。
 加納は、何ともやり切れない気持ちに気分が滅入った。彼女は、間違った指導の犠牲者だ。単純な力ではなく、効率の良いエネルギーの伝達と打鍵スピードでコントロールすべきだったのに——。その為の弾き方を身に付けず、文字通りの力任せの演奏に終始した。類稀な表現力や音楽センスも、あの奏法だと100%の発揮は不可能だろう。悪いのは彼女じゃない。指導者だ。指導者の無知と誤りが、ピアニストの将来を奪ったのだ。

 それでも、あと僅か数十小節、時間にしてほんの数分だけ堪えることが出来たなら、間違いなく彼女は決勝の舞台に立てただろう。優勝も夢じゃなかった。世界的なピアニストに育ったかもしれない。それぐらい、圧倒的な演奏を披露していたし、会場を味方に付けるタレント性も持ち合わせていた。しかし、結果はどうであれ、いずれ彼女の指は故障したに違いない。あの弾き方を続ける限り、決して負傷からは逃れられなかったと断言出来る。誤ったフォームで投げ続け、肩や肘を壊すピッチャーと同じだ。
 もう少し早く彼女と出会えていたら、少しは役に立てたかもしれない。いや、まだ遅くない。きちんと治療し、完璧に怪我を治せば、まだまだやり直せるはずだ。あれ程の才能を捨てるのは、あまりにも勿体ない。

加納は、東原とどうにかしてコンタクトを取ろうと試みた。数日後、運良く現地の日本人記者にも接触出来たのだが、既に彼女は治療の為に帰国していた。それに、その記者も、彼女の出身地や所属先など、詳しいプロフィールは一切聞き出せなかったそうだ。
 本来なら歴史に名を刻んだであろう東原メグミというピアニストは、一度も陽の目を浴びることなく、マルトゥッチ国際ピアノコンクール三次予選途中棄権と最終経歴を上書きし、そのまま表舞台から消えてしまった。
 一週間後に行われた決勝は、東原の演奏の余韻が残っている加納にとって、ドングリの背比べに過ぎなかった。確かに、最後まで残った六人だけのことはあり、技巧的には超一流の奏者ばかりだ。また、若者ならではの貪欲なモチベーションと勢いは、決勝ともなると更にヒートアップして聴衆に襲い掛かり、会場は熱気に包まれた。
しかし、豊かな音量とミスのないタッチも、乱れないテンポやオケに負けないダイナミクスも——、全てが完璧な演奏ではあるが、東原のような霊的な吸引力は感じられない。心を揺さぶる音でもない。観客を虜にするキャラクタのスター性もない。どこか機械的で、味気ないのだ。この場にいるはずだった東原の姿がないだけで、加納にとっては退屈な一日でしかなかった。
 マルトゥッチ国際ピアノコンクールの鑑賞体験を通じ、ささやかながら唯一の糧となったことは、間接的とは言え、加納に運指法の重要性を切実なまでに知らしめたことだろう。その後、世界的な権威として名声を得る加納だが、本格的にフィンガートレーニングの研究に取り組んだのも、若き天才ピアニストが、無惨に散る瞬間を目の当たりにした体験が大きな転機となったのだ。

第13章 受難曲~passion~

 全日本ジュニアピアノフェスティバルは、子どもを対象にした国内のピアノコンクールでは、最高峰の難易度と権威を誇るコンクールと評価されている。その分、勝ち抜く為には、予選から本戦まで、最低でも三大会に出場する必要がある長期戦のコンクールだ。
 まずは、毎年一月に、一次予選に当たる県大会が行われる。しかし、県によっては、プレ予選や選考会も行われる為、エントリーすれば出場出来るというものでもない。この県大会を勝ち抜くと、三月には二次予選に当たるエリア大会が開催される。全国を八つのブロックに分けて行われ、各ブロックから二〜三名が勝ち残れるのだ。そして、エリア大会を勝ち抜いた計二十名のリトルピアニスト達により、全国大会、即ち決勝が五月に行われる。つまり、年度を跨いで開催されるコンクールなのだ。参加資格は決勝の行われる五月の時点で、小一から中二までの子どもに限られている。つまり、予選が始める段階では、年長児から中一までが出場出来るのだ。
 このコンクールでは、決勝時の学年が小一と小二の学童がAクラス、小三~小五までがBクラス、そして、小六~中二までがCクラスという様に、二、三学年毎に分かれて競い合い、順位を争うことになる。他のコンクールのように、飛び級は認められていない。
 楓と彩音は、加納に師事して以来、毎年このコンクールに出場している。しかも、二人とも、毎年決勝の舞台に立っており、彩音に至っては、五年生で出場した去年の大会で、Bクラスの全国制覇を果たしていた。一方の楓は、毎年決勝の二十名には残るものの、過去の最高位は実質的な八位相当の奨励賞止まりだ。それでも、全国規模の大会で、同じ門下から二名も入賞することは画期的な成果と言える。この功績により、指導者の加納章浩は、昨年度の最優秀指導者賞を受賞した。

 しかし、今大会は二人とも苦戦が予想された。まず、年齢的にCクラスでのエントリーになるのだが、急激に身体の発育が促進されるこの年代は、体格や体力に差が付きやすく、実は過去に六年生がCクラスで入賞した例は僅かしかなかったのだ。優勝ともなると、何年も遡らないと記録が見つからない。流石の彩音と楓でも、中学生相手には容易には太刀打ち出来ないだろう。なので、決勝に進むことが現実的な目標となる。それでも、全国で二十人しか立てない舞台だから、狭き門には違いない。
 もう一つの理由は、フィンガートレーニングに時間を割き過ぎた為、曲の仕上がりにやや不安があったことだ。しかし、加納は、周囲の心配をよそに、決勝進出は大丈夫だろうと踏んでいた。二人のセンスと技術、そして集中力と舞台度胸は、中学生相手にも通用すると確信していたのだ。ただ、フィジカルの差は埋めようがない為、曲の後半の体力やダイナミクスレンジでは差をつけられるだろう。表現力にも影響するかもしれない。それでも予選レベルだと、彩音のテクニックや楓の瑞々しい感性があれば、十分に補えると考えていた。実際に、春休みに開催されたCクラスの最終予選となるエリア大会で、二人揃って見事に勝ち抜くことが出来た。つまり、東海地区の三枠のうちの二枠は、今年もまた彩音と楓で占めたのだ。

 しかし、決勝進出が決まっても、まだまだ問題は山積していた。
 まず、彩音に関しては、フィンガーの訓練が、想定通りに消化出来ていないことを懸念していた。予選は切り抜けられたが、決勝でも良い成績を収める為には、やはり年上の奏者に負けないダイナミクスと体力が必要不可欠なのだ。後半に余力を残す為にも、無駄にエネルギーの消費をしない弾き方は重要になってくる。だからと言って、前半を抑えていては負けるだろう。ダイナミックな表現も大切な要素となる。その為には、どうしてもフィンガートレーニングは欠かせない。加納の望む弾き方をマスターすれば、全て解決出来るのだ。元々、彩音の技術はズバ抜けている。それだけなら、Cクラスでもトップクラスだろう。メンタルも強く、本番で崩れることも考えにくい。
 だからこそ、加納は、そろそろ決断をしなければと思っていた。つまり、一時的に彩音のフィンガートレーニングを休ませ、その分曲に注力し、確実に八位以内を目指す戦略に切り替えるか、或いは、当日までに間に合わなければトップテン入りすら危ういことを覚悟の上、フィンガーの訓練を継続するか……どちらもリスキーである。
 当の彩音は、頑なに後者に拘った。おそらく、負けず嫌いの性格が、最初から半端な順位を目指す戦略を拒絶したのだろう。

 一方の楓は、フィンガリングは鍛える必要がないぐらい、最初からマスター出来ていた。不思議な少女だ。ミスタッチの多発や雑なペダリングで、いつも彩音の後塵を拝しているが、持って生まれた音楽センスは彩音とは比べものにならない。おそらく、Cクラスでもナンバーワンだろう。また、楓にはアーティキュレーションも教える必要はなかった。本能的な感性と感覚で、全て掴み取るのだ。教えた通りに見事に再現出来る彩音の演奏を理知的だとすれば、楓は感情的な演奏と言えるだろう。音楽を感じ、受け止め、湧き上がったイメージや感情を音にトレースする。つまり、天才肌のピアニストなのだ。
 しかし、それではコンクールでは勝てないことを加納は知っている。良い成績を収める為には、彩音の様な確実性や、正確無比に弾く技術の方が重視される。と言うのも、コンクールは、所詮は採点競技。特に、子どものコンクールほどその傾向が強くなる。
 楓の演奏は、ミスタッチもあればテンポもブレるし、作曲家の指示よりも自分の感性を優先することさえある。幾ら良い演奏をしても、これらは全て減点対象となるミスとして扱われる。誤字脱字だらけの作文と同じだ。幾ら内容が良くても、学校教育の枠組みの中では減点される。子どものピアノコンクールは、まさにそんな感じなのだ。残り数ヶ月で、楓にはその辺りの矯正が一番のテーマとなる。つまり、ピアノコンクールは音楽(ヽヽ)を競うのではなく、演奏(ヽヽ)を競う場なのだ。
 だが、楓は頑固な面もあり、なかなか指導に耳を傾けない。それに、これは彼女の最大の欠点でもあるが、どれだけ説明しようが、結局は理性より感性を優先してしまうのだ。まるで右脳しか使っていないかのように、感情の赴くままにしか弾けなかった。

 そして、いよいよ決勝の舞台に立つ時がやってきた。当日は、抽選により彩音は十三番目、楓は十六番目に演奏することになった。これは、二人ともなかなか良いクジを引いたと言えるだろう。コンクールは、一般的に前半より後半の方が有利とされているからだ。
 決勝に残った二十名のうち、十七名が中学生だった。その内の一人は、去年のCクラスで優勝し、史上初のCクラス二連覇を目指している男の子だ。優勝候補筆頭と目されている。他にも、二年連続で決勝に進出した人が数名いた。小学生の三人のうち、二人は彩音と楓。もう一人も、去年のBクラスで彩音に次ぐ二位になった実力者だ。二人の苦戦は必至だった。
 しかし、幸運は続いた。去年のウィナーの男の子がクジでトップバッターを引いたのだ。彼の演奏が始まると、重圧から緊張したのだろうか、冒頭でいきなり目立つミスタッチがあった。その後も、連鎖反応からか細かいミスを乱発してしまい、自滅したのだ。ノーミスが当たり前の決勝では、絶望的な演奏だったと言わざるを得ない。
 また、九番目に演奏予定だった女の子は、体調不良の為、出番直前になって棄権した。しかも、前の奏者の演奏中、舞台袖で待機している時での決断だった為、次の奏者にも影響した。つまり、急遽繰り上げで予定より早く演奏することになった十番目の奏者は、動揺が治らず、心の準備も儘ならない状態で演奏する羽目になったのだ。当然ながら、実力を存分に発揮出来ず、ミスの目立つ演奏に終始した。この二人は、二年連続して決勝まで来た実力者だったので、これで有力なライバルが三人も消えたことになる。
 そんな中、間も無く彩音がステージに上がることになる。

 順番が近付いてきても、彩音はとても落ち着いていた。もちろん、適度に緊張はしていたのだが、それ以上に集中していたのだ。人を寄せ付けぬただならぬオーラを纏い、戦場に乗り込む兵士のような表情で神経を集中させていたのだ。彩音にとって、ステージはまさに闘いの場なのだ。優劣を付けるのではなく、勝敗を、いや、生死を分ける場だった。彩音は、深く目を閉じ、この数ヶ月を回顧した。習いごとを全て止め、毎日真夜中まで防音室でスタインウェイを弾いてきた。フィンガーの訓練にも必死で取り組み、何とか加納が求めるラインには到達出来た。イメージ通りに、完璧に弾き切る自信もある。
 大丈夫、楓には絶対に勝てる! いや、楓だけじゃない。私が日本一になるのよ! ……そう自分を奮い立たせ、いよいよステージに立つ時が来た。もう、準備は完璧だ。何も不安はない。後は、実力を見せつけるだけよ! ……自信漲る引き締まった表情で、彩音は巨大な黒い塊と対峙した。

 彩音が選択した曲は、ベートーヴェンのソナタ『熱情』の三楽章だ。細かい機動力と正確にテンポを刻む技術、情熱と憂いを帯びた歌、最後に激しくテンポアップする為の体力の分配など、たくさんの要素が盛り込まれた難曲だ。
 演奏が始まると、彩音は一つ目の音で空間を支配した。客席の視線を独占し、己の自信へと変換する。そのポジティブな切り替えこそ、彩音の最大の武器だ。そして、冷静に、慎重に課題をクリアしていく。
 ピアノは、家のスタインウェイよりややタッチが重く、その分レスポンスも鈍いが、導入部の数小節で順応する。これこそ、フィンガートレーニングの成果だろう。ピアノの個性に左右されず、音を上手くコントロール出来、疲労の蓄積もないスムーズな発音が可能なのだ。大丈夫、弾き切れる! 不安と緊張もまた、自信に転換された。
 その後も数小節に一度は出てくる難所を、一つ一つ丁寧に越えていく。テンポは崩さず、ペダルも丁寧に踏み、各声部を弾き分け、音の粒を揃える。音もタッチもテンポも、一切ブレることのない幾何学的な均整の取れた演奏は、ベートーヴェンに最も適したピアニズムかもしれない。選曲も正解だ。そして、ついにコーダに入ると、使わずに残しておいたエネルギーを、いよいよ発散させるのだ。いつもより蓄えは多いようだ。そのまま一気にトップギアに入れ、音楽は急加速しながら躍動する。もっと速く! もっと強く! もっと激しく情熱的に!
 そして、最後まで完璧に弾き切った彩音は、「勝った……」と小さく呟いた。何一つミスのない、教えられた通りの演奏が出来た充実感で、自然と胸が込み上げてくる。やれることは全てやった。したいことも全て出来た。防音室とスタインウェイ、そして極秘のフィンガートレーニングのお陰だ。自分の能力の限界を絞り切れたと実感した。客席から、間違いなく今日一番であろう暖かい拍手が降り注ぎ、その心地良い温もりを全身全霊で受け止めた。このまま永遠に余韻に浸っていたい。彩音は、とても満たされた表情で、名残惜しげにステージを後にした。

 数人の演奏を挟み、今度は楓の番が回ってきた。彩音は、客席で聴くことにした。楓の選んだショパンのバラード1番も、かなり難易度の高い名曲だが、楓がこの難曲をどう料理するのか、彩音はいろんな意味で楽しみにしていた。きっと今頃は、ステージ脇で極限まで緊張し、集中して待機しているのだろう。
 ところが、名前を呼ばれステージに出てきた楓は、彩音の予想に反し、全く緊張しているようには見えなかった。それどころか、普段の学校生活で見せる表情と全く同じに見えたのだ。そう、いつも通りの楓……おっとりとした性格なのに、少し頑固で、優しくて、笑顔を絶やさない人気者の楓。緊張も過度な集中もしておらず、友達と楽しくお喋りしてる時の楓そのままだ。そして、これまた普段通り、ニコニコと愛らしい笑みすら浮かべていることに気付き、彩音は先ほどの余韻と充実感が急激に冷め、畏怖と驚愕と諦念に似た感情が混じり合った。
(どうして、あの場で笑えるの? 私はきっと怖い顔をしていたに違いないのに! あのゆとりは、どこからくるの? やっぱり、楓には勝てないのかも……)

 楓の演奏が始まると、彩音はますます動揺し、混乱に陥った。いや、その前から予兆はあった。楓の表情が、ピアノに向かうや否や一変したのを見て、彩音は恐怖すら感じていたのだ。ついさっきまであどけない笑顔を浮かべていた少女が、ピアノ椅子に座った途端、突然何かが憑依したかのように険しく鋭く豹変し、観客はその変貌ぶりに圧倒され、完全に楓の放つ空気に飲み込まれたのだ。
 とは言え、その指が紡ぎ出す演奏には、全く気負いは感じられなかった。あまりにもいつも通りの演奏だ。楓自身は、全く緊張していないのだろう。相変わらずミスタッチもあれば、テンポも安定しない。曲が常に上下に揺れ動いてる感じだ。それなのに、その浮遊感がとても心地よい。柔らかなクッションのような安心感が、心を鎮め、和ませてくれる。
 反面、時折発する華やかで煌めくような響きに魅せられ、芯のある面取りされた音の伸びを、心ゆくまで聴き入ってしまう。曲調の変化に応じて、時に力強くもあり、時に暖かく遠鳴りする。この心揺さぶる表現力は、ペダリングの妙技と思いきや、彩音は楓が最低限しかペダルを使っていないことに気付き、唖然とする。繊細な指先のコントロールだけで、丁寧に色を塗り分けるように響きに変化を付けているのだ。
 激しく本能の奥底を刺激する荒々しい音波のうねり。そして、安心出来るタイミングの、観客と同期した深い呼吸。彼女の指が紡ぐ音の連動の、荘厳なまでの神々しさ……その時、彩音は悟った。これこそが音楽なのだ! ピアノって、こんなに素敵な楽器だったのだと——。頭を強く殴りつけられたような感覚と共に、己の才能の欠如を思い知らされた。そう、演奏技術の優劣なんて関係ない! 楓こそが観客を魅了し、ピアノに選ばれたピアニストなのだ!
 それは、彩音が確実に全てを理解した瞬間でもあった。どんなに練習を重ねても、とても楓には敵わないことを——。彩音は、急に自分の演奏が稚拙に思えてきた。恥ずかしいぐらいに。ただ完璧に弾くことだけを考えて、全く音楽になっていないのだ。考えてみると、加納からピアノの弾き方は習ってきたが、音楽の創り方なんて学んでいない。楓のピアノは、人の声のように、感情に満ち溢れた音楽(ヽヽ)なのに、彩音の弾く音は、まるで電子音のように、無機質な音の羅列(ヽヽヽヽ)に過ぎないのだ。いくら完璧に、或いは理想的に音を並べても、それは単に空気振動の記録に過ぎず、美しい物理現象には成り得ても、決してそれは音楽ではない。

 彩音は、初めてフィンガートレーニングを始めた日、楓のセンスと才能に打ちのめされたことを思い出していた。それでも何としても楓に勝つことだけを考え、色んな手を尽くしてもらったのだ。でも、引き摺り降ろすだけでは到底勝てない。だから、こちらがのし上がるしかない。そう信じて、彩音は特別な環境を築いてもらい、ピアノだけに打ち込んできた。楓の何倍も練習してきたのだ。
 でも、おそらく楓は、一瞬たりとも彩音のことなんて眼中になかったのだろう。楓にとっての彩音は、単なる幼馴染み、親しい友人でしかなく、ピアノで張り合う相手ではなかったのだ。いや、そもそも、楓は誰とも競っていない。彩音との位置関係にも、自分の順位にも興味がない。常に自分のペースで、弾きたいように音楽を楽しんできただけなのだろう。彩音は、そんな楓相手に一人で張合い、何としてでも陥れようとし、必死になって優位に立とうとしていた。その時点で、とっくに負けていることに気付かなかったのだ。

 その年の全日本ジュニアピアノフェスティバルは、Cクラスで小学生が優勝するという、約二十年振りの快挙が達成された。しかし、この結果には批判もあった。優勝した小学生は、確かにミスのない教科書通りの、ある意味では完璧な演奏だったが、最後に演奏した男子中学生は、より情緒的に、より豊かな表現力で演奏し、観客からスタンディングオベーションが巻き起こったのだ。おそらく、殆んどの観客は彼の優勝を確信していたのだろう。
 そのこともあってか、優勝した小学生は最後まで硬い表情を崩さず、結局、一度も笑顔を見せることはなかった。残り二人の小学生は、トップテン入りすら逃したが、コンクール後にはまだあどけない満面の笑みが溢れていた。

 終演後の関係者控室では、コンクールの公式スポンサーの実質的なオーナーである松永克哉が、コンクールの事務局長と審査委員長を前に、分厚い封筒を差し出していた。

第14章 二重唱~duetto~

「パパ、あたし、どうしちゃったの?」
「彩音はどうもしないよ。悪い虫が付いてたから、パパがやっつけてたんだ」
「ふーん、そうなんだ。ねぇ、その虫、どんな虫なの? どこに行ったの?」
「真っ黒な悪い虫だよ。でも、大丈夫、もう二度と来ないさ」

 全日本ジュニアピアノフェスティバルを終え、幼い頃からいつも一緒に過ごし、姉妹のようだと言われていた彩音と楓の関係は、少しずつギクシャクするようになっていった。とは言え、まだ同じ学校に通う小学生同士。家もすぐ近所なので、毎日のように顔を合わす関係には違いない。だからこそ、顔を合わす度に、余計に気まずい感じになったものだ。
 コンクールが終わると、彩音は予てから目標にしていた中学受験の為、今後は学業だけに専念したいという口実で加納のレッスンを止めた。いや、ピアノそのものを止めると言い出したのだ。自分の才能の限界を悟ってしまったのが理由だが、負けず嫌いの性格から、誰にもそのことは告白しなかった。プライドが高く、何事も一番でありたい彩音にとって、これ以上、楓の側でピアノを続けることは、堪え難い苦痛でしかないのだ。それに、彩音は過剰なフィンガーの訓練を長期間続けてきた為、少し指の靭帯を痛めていた。コンクール本番は問題なく弾き切れたが、もう少し曲が長ければ、故障していたかもしれない。極秘で練習してきた手前、楓や加納には隠し通したが、この状態ではどうせしばらくはピアノなんて弾けそうにない。止めるには、丁度いいタイミングでもあったのだ。

 一方の楓は、ピアノを続けていた。しかし、彩音と同じく、加納のレッスンはコンクール後に止めた。
 楓は、元々型にはまった演奏は望んでおらず、コンクールにも全く関心がなかった。誰とも競う気はないし、誰とも比べられたくない。相対的な評価ではなく、絶対的な価値を追求したいのだ。つまり、自分の感情を音楽で表現したいだけなのに、加納の指導は、そういった自由度の高い演奏を否定しているのだ。それだと評価されない、コンクールでは勝てないと。先日の結果についても、加納に厳しく責められた。加納の指示に従った演奏をしていれば、少なくとも奨励賞ぐらいは取れたのに、というわけだ。確かに、そうかもしれない。でも、賞が欲しくて弾いてるわけではないし、コンクールも勧められたから出たまでで、望んでなんかいない。何より、嫌なモノは嫌……そもそも、ピアノを弾く楽しみを奪われてまで、演奏する意味はない。コンクールでの結果を求めているならまだしも、ピアノを弾きたいと思うモチベーションが違う所にある以上、加納と楓の共同作業は、コンセプトからして噛み合わないのだ。つまり、継続困難に陥ったのも、必然でしかない。

「あたし、何かしたの? どうしてお部屋がぐちゃぐちゃなの?」
「彩音は悪くないよ。全部、虫がやったんだ」
「また虫が来たの? お人形さんも、虫が壊したの?」
「あぁ、そうだよ。でも、もう大丈夫だ。今度こそ、パパがやっつけた」
「よかったぁ、じゃあ、もう来ないよね?」
「あぁ、もう二度と来させないよ」

 彩音は、中学受験に合格し、中高一貫教育の名門校に通うようになった。すると、予てから少し興味のあった新体操部に入ったのだが、バレエで培った柔軟性とピアノで身に付いたリズム感、そして、持って生まれた身体能力の高さを生かし、あっという間に頭角を現すようになった。一年生ながら、代表チームに抜擢され、上級生からも実力を認められるようになった。しかし、彩音はかつてのピアノように一番を追求しようとはせず、楽しむことに専念していた。いや、順位に捉われずに、純粋に楽しんで取り組むことを、ようやく知ったのかもしれない。
 その後、高校に進学しても、彩音は新体操を続けた。その恩恵だろうか、彩音はこの頃から、持って生まれた美貌とスタイルの良さに更に磨きが掛かり、スカウトされたのを機に、モデルのバイトもするようになっていた。その一方で、学業はずっとトップをキープしており、東京の名門難関大学を目指していた。父親の事業を継ぐことを目標に、経営学部に絞って学業に励んでいた。

 楓は、地元の公立中学校、公立高校に通いながら、部活やバイトは一切やらず、ひたすらピアノに明け暮れる毎日だった。隣家からのクレームの所為で、午後八時までに練習が制限された楓にとって、夕方は貴重な時間だったのだ。それでも努力の甲斐あって、楓は推薦入試で都内の音大に合格した。しかも、学費免除の特待生だ。
 いつしか、真剣にピアニストを目指すようになった楓は、八時までしか弾けない我が家の環境を恨んでいた。なので、音大生用の防音室完備の部屋を借り、毎日好きなだけ弾ける環境を得てからは、とにかく一日中ピアノを弾きまくったものだ。と言うのも、大学入学は通過点に過ぎないのだ。楓は、高校生の時にたまたま見つけた記事に衝撃を受けたことを機に、数年振りにあるコンクールに——大嫌いなコンクールに——出場することを目指していたのだ。

 彩音もまた、希望通りの難関大学に入学し、都内での生活を始めていた。モデル業も、より市場の大きな都内の事務所に移籍出来、広告や雑誌といった紙媒体の仕事だけでなく、テレビやネットなどのメディアへの露出も少しずつ増えていた。また、あるSNSでは公式サイトが開設され、少しずつファンも増えていた。
 自身がかつてピアノを弾いていた事実は、今ではもう、思い出すこともなく封印している。

「それにしても、ゆっくり会うのってすごい久しぶりだよね」
 楓の部屋を訪れた、彩音の第一声だ。長年別々に流れてきた水流が、今日、偶然東京で交じり合ったのだ。二つの水流がぶつかる時、波が立たないわけがない。上手く混じり合うにしろ、片方がもう一方をのみ込むにしろ。
 二人は、楓の部屋で数年振りに話し込んだ。昔話で盛り上がった。実際のところ、それぐらいしか話題もなかったのだが、それはそれで楽しかった。地元の話、加納先生の話、小学校の話……などを懐かしみ、笑いあった。二人とも、まだ慣れ切っていない東京での一人暮らしの中、知らず知らずのうちに、心も身体も張り詰めていたのかもしれない。おそらく、久しぶりに自己を開放出来る瞬間だったのかもしれない。長年、会うこともなかった二人だが、幼少時は姉妹のように一緒に過ごした仲でもある。つい気を許してしまう相手には違いない。そして、いつしか彩音が封印していたピアノの話になった。いや、なってしまったのだ。

「私、結局彩音には、勝ったことがなかったよね」
 いや、そんなことはない……彩音は、そう口に出しかけたが、何とか思い留まった。確かに、コンクールでは一度も楓に負けたことがない。しかし、数字や履歴に残る結果とは別に、楓の才能には、完膚なきまでに打ちのめされたのだ。あのコンクール以降、毎日何時間も弾いていたのが嘘みたいに、全くピアノを弾く気にならないまま今に至っている。
 彩音は、自分をこれだけ苦しめた張本人が、今も尚、そのことに全く気付いていないことを、少し腹立たしく思った。

「彩音の演奏、いつもすごいなぁ、って思ってたよ。どうしてあんなに指が回るんだろうってね。絶対に間違えないし、乱れないもん」
 そう、まるで機械のようにね……彩音は、再び台詞を飲み込んだ。間違えずに乱れない演奏は、音楽センスがなくても、訓練すれば出来るようになる。ピアノの才能なんて大して必要のない、努力だけで固めた結晶なのだ。それぐらい、努力し尽くした自負もある。しかし、辿り着いた先は、何も感じない無機質な演奏だった。そして、それこそが彩音の欠点でもあり、楓には絶対に勝てないと悟らされた要因だ。それなのに、そこを楓に褒められるとは皮肉なものだ。
 いや……ひょっとして、全てを見越した上で、馬鹿にされてるのかもしれない。彩音は、自分の体内の奥深くで、何かが蠢いているような気がした。

 今度は、彩音が質問した。「本多さんのこと覚えてる?」と。表向き、二人は本多のせいで練習時間が削られたことになっている。しかし、楓の反応は、彩音にとっては意外に思えた。
「もちろん、覚えてるわよ! あれって、コンクールの前だったよね? 私、あの頃は練習嫌いだったから、八時以降弾いちゃダメなんて、メチャクチャ嬉しかった! お母さんが、毎日弾け弾けって煩かったからね。それに、短い方が集中して練習出来たみたいで、あの時の私には合ってたのかな? って思ってる。あのジジイのこと恨んだのは、中学生になってからかな」
 なんということか、楓の練習時間を奪い、楓を苦しめる為に行った裏工作が、全く逆効果だったのだ。今度は、ハラワタの奥底で、はっきりと何かが動き始めた感覚がある。
「実はね、ずっと内緒にしてたけど、本多さんとの一件の後、家に防音室作ってもらったんだ」
 何故かは分からない。だが、こうなったら、何としてもでも楓を悔しがらせたくなった彩音は、本当のことを話してみた。流石に、本多を買収したことまでは言えないが、防音室でコッソリ練習していたことは、もう話しても構わないだろう。
 しかし、楓はここでも想定外の反応を示した。
「うん、気付いてたよ。お母さんも言ってたけど、彩音の練習してる音が、毎日昨日と今日で違い過ぎたもん。あれ? 昨日、あの後何処かで練習したのかな? って思う日がいっぱいあってね。あ、もしかして防音室もあるんじゃない? ってことぐらい、簡単に思い付くよ。あぁ、可哀想に、って思ってたわ」
「可哀想? どうして?」
「だって、あんなつまらないフィンガートレーニング、毎日何時間もやってたんでしょ? 私なんて、ピアノの練習なんか、頑張っても二時間が限界だったもん。フィンガーなんて、家ではやったことないわ。先生には、やってますって言ってたけどね。だから、八時まで弾けたら十分だったかな」

 彩音は、少しずつ苛ついてきた。自分がやってきたことを、全て否定された気になったのだ。
 そもそも、楓のせいで彩音は挫折した。生涯唯一と言ってもいい、少なくとも人生で最も大きな敗北だ。しかも、勝つ為に色んな手を尽くしたのに……道徳に反する卑怯な手段も厭わなかった。それなのに、楓には何の影響もなかったとは!
 暖簾に腕押しとは、まさにこのことだ。お腹で蠢いていたアイツらは胃袋を喰い破り、ムズムズと体内を不快に這い回っている。胃がキリキリと痛む。
「防音室には、スタインウェイを置いてたんだよ。実はね、毎日スタインウェイで練習してたんだ」
「凄いね! ……あっ、でも、だから本番の演奏は音が飛ばなかったのかな?」
「え? どういうこと?」
「私は、ずっとお母さんが使ってたボロピアノだったけど、タッチが重くて反応も悪くて、音もコントロールしにくくてね。でも、そのおかげで本番はいつも弾き易く感じたわ。彩音は、ミスタッチとかは絶対にしないけど、特にあのコンクールの時は音が飛んでないなぁって感じたの。それでも優勝しちゃうんだもんね、やっぱり彩音はすごいなぁって思ったわ。確かに、演奏は完璧だったもんね」
 言われてみると、練習のピアノが良過ぎた為か、家では弾けてもレッスンでは上手く弾けなかったこともある。あのコンクールの時もそうだ。間違えずに弾き切ったとは言え、弾きにくいと感じたことには違いない。ピアノに関しては、何をやっても好転した楓に対し、彩音は何をやっても裏目に出ていたようだ。それも才能なのだろうか。
 彩音は、あのコンクール以来、ずっと忘れていた絶望的な敗北感が、胸の奥からジワジワと滲み出てくる感じがした。やがて、それは憎悪と敵意に転じ、自己嫌悪も掻き消すぐらいに膨張していった。更に、何かがずっと体内を這い回るから、尚のこと苛ついてくる。しかも、ヤツらは少しずつ大きくなり、増殖している。

「実はね、私も楓はすごいなぁって思ってたの。特に、フィンガートレーニング始めた時ね。私、絶望的なぐらいに出来なかったのに、楓は直ぐに出来たじゃない」
「だって、私、バイエルやってる頃からね、お母さんに手の形とか弾き方を口煩く言われてたの。お母さんね、昔ピアノ習ってたけど、弾き方がメチャクチャだった所為で限界を感じて止めたんだって」
 これは、彩音には初耳だ。加納だけでなく、楓にはもう一人指導者がいたのだ。私に内緒で、一人でコッソリ練習してたなんて……ズルいよ、卑怯者! ……彩音は、自分のことを棚に上げ、楓に裏切られたと思い込み、明確な憎しみが芽生え始めた。

「そう言えば、楓、またコンクール出るって言ってたよね? 嫌いじゃなかったの?」
「うん。今でも大嫌いだけど、マルトゥッチ国際ピアノコンクールってのにね、まだ出れるかは分かんないけど、目指してるわ」
「どうして?」
「う〜ん、ちょっと長くなるんだけど……ねぇ、『La Pianista』って雑誌、覚えてる? いつも加納先生の部屋にあったやつ」
「あぁ、あったねそんなの。懐かしい。覚えてるわ。待ち時間によく読んでたもん」
「私ね、高校に入ってからあの雑誌を購読してたんだけど、高二の夏頃に廃刊になっちゃったの。その時にね、お母さんにお願いして、バックナンバーを沢山買って貰ったんだ。で、古いナンバーを読んでたらね、加納先生の手記が載ってたのよ」
「へぇ、加納先生、そんな仕事もしてたんだ。で、どんな記事だった?」
「三十年ぐらい前の記事でね、先生がイタリア旅行に行った話だった。でね、その旅行中にピアノコンクールを聴きに行ったみたいで、あるピアニストが演奏中のアクシデントで棄権した瞬間を見て、衝撃を受けて……って話。だから、フィンガートレーニングは大切だよって、いつものゴリ押しね。それはともかく、実はね、先生が本格的に研究を始めたのも、その体験があったからなんだって。っていう、いかにも先生らしい記事なんだけどね」
 そう言いながら、楓は楽譜棚からファイルを取り出し、古い新聞記事のコピーを彩音に見せた。
「これ、その時の新聞記事。ちょっとそのコンクールのことで気になることがあってね、図書館で当時の新聞を片っ端から探したの。もちろん、この新聞記事を書いたのは加納先生じゃないけど、先生が観たコンクールの報道よ」

『イタリアのアヴェッリーノで開催された第七回マルトゥッチ国際ピアノコンクールは、○○日に決勝が行われ、ロシアの新鋭、セルゲイ・プレシュトニコフ(17)が最高位(一位なしの二位)に輝いた。また、三次予選の演奏中に指の靭帯を断裂し、棄権した日本人ピアニスト、東原愛(めぐみ)さん(20)が、観客賞を受賞した。決勝に残れなかったピアニストの受賞は、前例がないとのこと。東原さんは治療の為、受賞式と会見は欠席した。』

「お母さんの旧姓がね、東原なの。年齢も計算が合うし……お母さんね、昔から左手の中指と薬指が動かないの。確認はしてないけど……まぁ、どうせ認めないからね。でも、間違いないわ。だから、私がリベンジしてやろうと思ってね」

 彩音は、半ば放心状態で楓の話を聞いていた。

 いけない、もう憎悪と敵意が抑えられそうにない……だって、そんなのズルいよ。楓は……生まれた時から、才能を受け継いでいたんだ……どんなに頑張っても、私なんかが勝てるわけなかったのね。それなのに、私、必死であなたを打ち負かそうとして、死ぬ程練習したわ。何年間も、毎日何時間もピアノを弾いたのよ。全て、あなたに勝つ為に。でも、あなたは涼しい顔で通過して行ったのよ。私の半分も練習しなかったくせに、簡単に上達して、どうやっても出せない綺麗な音を労せずに出して、理論的じゃないのに素敵な音楽を創ったよね。そんな才能見せつけられたら、どんな気持ちになると思う? 分かる? あなたに勝つ為に、私がどれだけのモノを犠牲にしてきたのか。どんなに辛く、悔しい思いをしてきたのか……私を諦めさせたピアノの道で、あなたはきっと成功を掴むのでしょうね……いえ、そんなこと許せないよ。絶対に。今度こそ、私が邪魔してみせる……

 さっきから、私の体内を這い回っていたヤツが、遂に外へ出て来たわ。いけない、黒い虫(ヽヽヽ)だ! 私の口から、目から、そして身体中から、皮膚を突き破って続々と飛び出してくるわ。いつも、部屋中を滅茶苦茶に荒らした虫よ。私の身体の中に隠れていたのね。どうしよう、今日はお父さんがいないわ。誰が虫を止めるの? 私には無理よ。ダメだわ、虫がピアノを壊そうとしてる。誰か、虫を止めて! 危ない! 楓、虫から逃げるのよ! 早く! 早く!

 静まりかえった一室で、彩音は目を覚ました。あぁ、また虫が、部屋中をメチャクチャにしたようね……彩音は、ボンヤリとそんなことを考えていた。本棚から沢山の楽譜が引っ張り出され、狭い防音室の床をランダムに覆っている。そして、外装をボロボロに破壊されたピアノの足元で、楓が横たわっている。防音室から逃げ出そうとしていたかのように、開かれた扉から上半身だけ廊下にはみ出している。床や壁の所々に、赤い染みが、眩い星のように散りばめられていた。

「どうしました? 大丈夫ですか? 誰かいますか? 開けてください!」
 呼び鈴の連打と共に、誰かが玄関のドアを激しく叩き、大声で何か叫んでいる。
—— 楓、誰か来たわよ。ねぇ、楓、どうしたの? 無視していいの? 起きてよ、楓!

第15章  鎮魂歌~requiem~

 被害者と加害者……努力と才能が吸引し合い、また時として反発し合う複雑な力学の裏側で、当事者さえ気付かないうちに、嫉妬と羨望が憎悪へと変貌しつつあった。そのちょっとしたタイミングの妙と片方の純真な無知が、妬み妬まれる関係を築き上げ、殺す者と殺される者に分別した。単純な罪悪で測られるべきではなく、かと言って運命という陳腐な現象とも思えない。一つだけ確かなことは……様々な巡り合わせが育んだ悲劇ではある。

 私が二人の少女に興味を持ったのは、単なる野次馬根性からではない。記者としての功名心でもない。それこそ、「運命」だなんて言うつもりもないのだが、彼女達同様、様々な巡り合わせにより導かれたとしか思えない。
 少女が少女を撲殺するというショッキングな事件が起きた時、私はたまたま別の取材で現場の近くにいた。けたたましく鳴り響くパトカーと救急車のサイレンが近くで止まると、記者としての本能から現場を探し当て、上司への報告よりも先に取材を始めた。近隣住民や警察から概要を聞き出し、これは大事件になるだろうと予感した。
 可憐であどけない少女が殺害され、端麗で美しい少女が連行されたのだ。どうやら、どちらも未成年らしい。私の予想は的中し、数日後には全国ネットのワイドショーで仰々しく取り上げられるようになった。
 しかし、私の興味が昂ぶり、本格的に取材をしようと決断したのは、事件の特異性に関心を持ったからではない。実は、被害者が大切に所持していたと思しき古い新聞記事の切抜きが、殺害現場に落ちていたのだ。顔馴染みの捜査官に頂いたその記事のコピーは、私の記憶を呼び戻し、感情を混乱させるのに充分だった。

『イタリアのアヴェッリーノで開催された第七回マルトゥッチ国際ピアノコンクールは、○○日に決勝が行われ、ロシアの新鋭、セルゲイ・プレシュトニコフ(17)が最高位(一位なしの二位)に輝いた。また、三次予選の演奏中に指の靭帯を断裂し、棄権した日本人ピアニスト、東原愛(めぐみ)さん(20)が、観客賞を受賞した。決勝に残れなかったピアニストの受賞は、前例がないとのこと。東原さんは治療の為、受賞式と会見は欠席した。』

 Megumi Higashihara……私は、彼女の名前を知っていた。いや、実際に彼女の演奏を聴いたことがあった。もう何年も前のことだ。記者になって間もない私は、イタリアで行われるピアノコンクールの取材で、南部の小都市アヴェッリーノを訪れたのだ。
 それほどメジャーではないコンクールだが、幸いなことに、圧巻の演奏で予選を勝ち進む日本人ピアニストがいた。クラシック音楽に関心のなかった私でも、一次と二次の予選で見せた、彼女の他者を圧倒する刺激的な演奏パフォーマンスに深く感銘し、そのまま優勝するのでは? と期待していたのだ。

 そして、ついに準決勝を迎えた。最後に演奏した彼女は、瞬時に会場の空気を張り詰めた緊張で凍らせ、観客に息を吐く間も与えず、激しく、そして情熱的に演奏した。愛らしい外見とは裏腹の、別の人格に心身を乗っ取られたかのように疾走する狂気的な演奏に、観客は文字通り固唾を飲んで注視した。
 綱渡りのような危うさと加速するスピード感は、とてもスリリングな緊張を齎らすのだが、彼女は決してミスは犯さず、矛盾を楽しむかのように安定していた。一方で、小さな身体から漲るエネルギーは、凍り付いた会場の空気を少しずつ溶かし、ダイナミクスの変動は熱を帯びたうねりとなり、次第に会場はトランス状態に陥りかけていた。
 しかし、いよいよクライマックスに差し掛かろうとする時、彼女は突然演奏を止めた。刹那の静寂の後、会場は少しざわめき、次第に聴衆は一体化したかのように拍手と歓声を湧き上げた。どうやら、聴衆はピアニストがミスを犯して演奏を止めたと思い、彼女を励まそうとしたのだ。しかし、そっと椅子から降り立ったピアニストは、無言で小さくお辞儀をし、そのままステージの下手へと捌けて行った。それでも、何とかして彼女を呼び戻そうと、客席のボルテージは一段と強まり、やがて、それは呼吸の揃った手拍子へと進化した。しかしながら、結局彼女はステージに戻ってくることはなかった。
 残念なことに、あと僅かだったとはいえ演奏を中断した彼女は、コンクール主催者から「棄権」とみなされ、決勝のステージに登ることは出来なかった。コンクールも一種の「競技」である。こればかりは致し方のない、妥当な判断と言える。ただ、甘い裁定が下ったところで、どちらにしても彼女は演奏出来なかっただろう。公式発表によると、彼女の怪我は靭帯断裂という重傷だ。治療の為、急遽帰国した彼女は、そのまま永久に表舞台から消えてしまった。類い稀なる才能は、自ら箱に篭って蓋を閉め、恒久的な眠りに就くように、ずっと陽の目を見ることはなかった。

 準決勝の数日後、ホテルのロビーで寛いでいると、私と同世代、今で言うアラサー世代の日本人男性に話し掛けられた。コンクールを観に来ていませんでしたか? と彼は尋ねてきた。準決勝の会場で、私を見掛けたそうだ。確かに、外国人観光客の少ないアヴェッリーノで、コンクールを、しかも予選を聴いている日本人なんてまずいない。なので、自分でも知らないうちに、会場では浮いた存在に映っていたのかもしれない。「えぇ、取材で一次予選から聴いていますよ」と答えると、聞きたいことがある、と強引に会話に引き摺り込まれた。
 彼は、とても苛立っていた。いや、焦っているようにも見えた。そして、先日の日本人ピアニストについて、矢継ぎ早に質問してきた。彼女は何処の学生なのか? 何処に住んでいるのか? 誰に師事しているのか? 今は何処にいるのか? 会える方法はあるか? 彼女について知っていることがあれば教えて欲しい……と執拗に聞いてきた。
 残念ながら、私は何の役にも立てなかった。と言うのも、私も彼女については何も知らなかったのだ。そもそも、彼女の関係者でも何でもない。直接話したこともないし、何処に宿泊しているのか、或いは近くに住んでいるのかも知らない。私の取材対象はコンクールであって、彼女はたまたまそこに出場し、勝ち進んでいただけだ。
 彼は、大袈裟な演技と見間違うばかりに、落胆した様子を隠そうともしなかった。何故、そんなに知りたいのだ? と尋ねると、「彼女は稀に見る天才だ。弾き方さえ正せば、世界的なピアニストになる。おそらく靭帯を損傷したのだろうが、まだ若い。キッチリと治療して出直して欲しい。僕は、ただその手助けがしたいんだ」と熱く語った。
 しかし、どうやら彼も東原愛と会うことは叶わなかったようだ。

 決勝まで見届けた私は、現地で新聞に載せる記事を書いた。滞在日数に比して、とても小さな新聞記事だ。もちろん、それだけだと大赤字なので、ナポリやソレント、カプリ島やポンペイの遺跡、アマルフィ海岸といった、イタリア南部のカンパーニア州の名所を巡る旅行記を執筆していた。所属する新聞社の系列出版社から、依頼を受けていたのだ。しかし、メインである筈の新聞記事は、誰の目にも止まらないぐらい小さな扱いで、虚しさすら覚えたぐらいだ。
 そのような、自分で書いたことさえ思い出せなかった小さな記事のコピーを、被害者の少女は大切に保管していたのだ。やはり、これは前言を撤回し、運命(ヽヽ)と呼ぶべきなのかもしれない。大昔に自分が書いた記事が何年もの時空を越え、悲劇の現場で発見された。それを、再び私自身の目で確認したのだから。
 彼女が記事を保管していなければ、私には事件の全容を解明しようなんて思わなかっただろう。むしろ、他のメディア関係者と同じく、事件よりも二人に関するゴシップネタを探し、一般受けするように面白おかしく書き立てていたかもしれない。しかし、皮肉にも自分で書いた記事をきっかけに事件に興味を持ってしまい、深く調べてみたくなったのだ。そして、なんと彼女が『Megumi Higashihara』の娘であり、その指導者があの時の彼……加納章博だったことを知ったのだ。こんな形で二人と再会することになるとは……敢えて安っぽい表現をすれば、「運命の悪戯」に他ならないだろう。
 だが、果たして、加納は東原愛の正体に気付いていたのだろうか? そこまでは確認出来なかったが、おそらくはNOだ。根拠はないが、もし気付いていれば、愛にも楓にも平常心で接せられたとは到底思えない。また、彼は私があの時の記者であることにも気付いていない。三十年も前に、異国で数分話しただけの関係だから当然だろうが。でも、何事も知らない方が良いこともある。なので、私からはどちらの正体も明かすつもりはない。

 彩音が楓を殺害した要因の一つに、私の書いた記事が少しでも影響しているのなら、とても申し訳ない思いに胸が押し潰されそうになる。だからという訳ではないが、この手記に収めた事件の概要は公にしないことに決めた。ワイドショーでの好き勝手に歪曲された報道を目にする度、何とも腹立たしく思うのは事実だ。何より、あの記事さえ見つからなければ、自分自身も同じことをしていたであろうことが、より怒りを増幅させた。しかし、(記者失格だろうが)真実を公開することが必ずしも正義とは思えなくなってきた。真実を歪めることは否定しても、時として、真実を伏せることは大切かもしれない。
 報道でも明らかにされていたが、加害者の両親は事件後に離婚し、その数日後に母の恭子は自殺した。父の克哉は、その後ずっと行方をくらませている。そして、当の彩音は……完全に壊れてしまったようだ。精神鑑定はまだこれからだが、複数の専門家によると、一種の間欠性爆発性障害(IED)という見解で意見が一致しているそうだ。これは、衝動制御障害の一つで、怒りの感情を上手くコントロール出来ず、物や人に対し、破壊的、または暴力的な言動をとってしまう障害だ。ただ、一般的なIEDと比べ、彩音の場合は発症の頻度が極めて少ないことが特徴だ。これは、幼少より何不自由なく育てられた上、際立って頭脳が明晰で容姿も端麗な彼女にとって、怒りの感情を抱く機会そのものが稀だったのかもしれない特殊なケースだと言えよう。だが、その反動から、発症した時の攻撃性が、より一層激しくなったのではないだろうかと推測されている。
 また、彼女のIEDには、もう一つ、例外的な特徴もあった。発症時の記憶が、全く残っていないのだ。自分で犯した罪を理解しておらず、それどころか、大量の虫が楓を襲ったのだと主張し、現実との整合性を見失い、挙句正気を失った。これは、発作が起きる度に、虫が来たのだと言い聞かされて育ち、いつしかそう思い込むようになったのだと推察される。一種の洗脳だ。そうすると、おそらく犯行時の心神喪失も認められ、現行法では無罪になる可能性が極めて高い。少なくとも、心神耗弱状態には違いなく、罪が問われるとしても大幅な減刑になるだろう。
 少年法との兼ね合いも無視出来ない。十八歳の彩音の場合、殺人の「故意犯」なら成人と同じ刑罰を受けることになる。だが、彼女は「故意犯」とは認められないだろう。つまり、刑事事件とは言え、少年法が適用されるケースでもあるのだ。
 しかし、事件の代償はあまりにも大きい。彼女は、もう二度と元の世界に戻って来れないのではないだろうか。完全に箍が外れてしまったようだ。そのまま、精神病院で生涯を終えることになるかもしれない。もし、将来的に退院出来たとしても、社会復帰は容易ではない。しかし、これらの情報の開示は、一般人に何の役に立つのだろうか?
 被害者の両親は、事件直後はメディア相手に気丈に振舞っていたが、現在は静かに自宅に閉じ籠っているそうだ。愛娘を幼馴染に殺害され、未来の可能性を志半ばで突然閉じられたのだ。「犯人に対してどう思いますか?」などと本音を聞き出すことが、どれだけ重要なのだろうか? 誰がそれを知りたいのだろうか? 知ってどうするのだろうか? ……やはり、真実は伏せておくことも必要なのだ。

 個人的には、この事件は、単純な善悪で処理すべきではないと思っている。加害者を擁護するつもりはないが、被害者の生命と一緒に、加害者の魂も死んだのだ。それを、自業自得の一言で片付けられる程、人は非情になってはいけないだろう。
 娘の精神の異常に気付きながら、受け止めることが出来ず、見て見ぬ振りして、いや、むしろその異常を増幅させるかのように育ててきた両親の責任は、とても重い。また、実際に誰よりも努力したであろう加害者が、それでも敵わない真の才能に触れた時の絶望は、計り知れないものがあっただろう。一方的な嫉みと報復……表面上はその通りだが、簡単にそう割り切れる事件だとはどうしても思えないでいる。
 そして、何よりも、若くて才能溢れる二つの魂が、今はただ、穏やかに鎮まってくれることを切に願う。


【La Pianista】 櫟 茉莉花
(FINE)

【La Pianista】

【La Pianista】

  • 小説
  • 中編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-12-04

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 第1章 序奏~introduction~
  2. 第2章 序曲~ouverture~
  3. 第3章 前奏曲~prelude~
  4. 第4章 詠嘆曲~aria~
  5. 第5章 狂詩曲〜rapsodia〜
  6. 第6章 嬉遊曲~divertimento~
  7. 第7章 叙唱~recitativo~
  8. 第8章 狂想曲~caprice~
  9. 第9章 間奏曲~intermezzo~
  10. 第10章 装飾曲~arabesque~
  11. 第11章  譚詩曲〜ballata〜
  12. 第12章 哀歌~elegy~
  13. 第13章 受難曲~passion~
  14. 第14章 二重唱~duetto~
  15. 第15章  鎮魂歌~requiem~