あるデパートの秘密
初めてファンタジー小説を書いてみました。
未熟ですが、お読み頂けると幸いです。
主人公・飛鳥の出会ったデパートはちょっと変わっていて……。
セミがじりじりと合唱している真夏の昼下がり、草野飛鳥は机に向かって考え事をしている。机上には学習ノートが広げられ、人物の名前と特徴が書いてある。傍らにはグラスに入った冷たい緑茶が置かれ、机に鮮やかな緑の影を落としていた。飛鳥は溜息をついた。
「やっぱり、俺には文才がないのだろうか」
かれこれ二時間は考えているのだが、さっぱり次の小説の案が浮かばないのである。飛鳥はカレンダーに目をやる。一週間後、飛鳥は友人の誠に会う予定が入っている。その日に合わせて小説を完成させて、誠に渡そうと密かに計画していた。けれど、このままでは間に合わないかもしれない――。
誠に電話をかけて他愛無い話をしたかったが、誠は社会人だから、忙しくて飛鳥のことを考える余裕がないかもしれない。それに誠に迷惑をかけるのも気が引ける。飛鳥はノートを本棚に戻し、椅子から立ち上がった。気分転換に買い物にでも行こう。小説の代わりにはならないだろうけれど、誠へのプレゼントを選ぶのだ。寝癖が残ったままの髪の毛を直すこともせずに、飛鳥はジーンズの尻ポケットに本革の財布とスマートフォンを突っ込んだ。自宅の鍵を右手の人差指でくるくると回しながら玄関へ向かう。
鼻歌を歌いながら玄関ドアに施錠して、だだっ広いマンションの廊下を右手に折れる。物々しいエレベーターに乗り込み、数分かけて階下に降り立つ。ロビーには絨毯と海外にありそうな来客用ソファーが鎮座している。飛鳥は堂々とした足取りでマンションを出て、徒歩五分の駅へと歩き出した。
飛鳥の住む大鍋町は、都心から電車で一時間半もかかるベッドタウンだ。住宅街には洋服店やスーパーマーケットなど、生活するのに困らない程度の店が建ち並ぶ。大鍋駅の周辺には居酒屋がやたらと多く、好物のもつ煮込みを食べたくなったときに飛鳥も何度か世話になっている。昭和にタイムスリップしたかのような町並みで、昔ながらの煙草屋が今でも残っているほどだ。
マンションから歩いて三分くらいの場所に小ぢんまりとしたコンビニがあり、その前に細い十字路がある。十字路の北側が大鍋駅へと続く道だ。その反対方向である南側の道を進むと飛鳥のマンションが見える。西側には踏み切りがあり、東側は大通りへと続いている。自動車に気をつけながら、飛鳥は北へと進んだ。
左手に見える焼き鳥屋の前を通り過ぎると大鍋駅が見えた。構内の狭いエスカレーターに運ばれ、飛鳥は駅の改札を抜ける。やや傾斜のある階段をおりて、ホームの乗客の列に並ぶ。熱風がホームを包み、飛鳥の背筋を汗が伝う。ブランドのTシャツが肌にまとわりついて、今すぐにでも風呂に入りたかった。もっとも、この暑さじゃ風呂に入るのと何ら変わらない気温だが。
待つこと五分、やっと駅に到着した電車には空席がちらほら見え、飛鳥は車内の中ほどの席に腰をおろす。乗車口付近に座ると、扉が開閉する度に熱風が流れ込むので夏場は避けているのだ。飛鳥は無意識に周囲を見回した。作家を目指す以上、人間観察は怠ることのできない日課なのである。作品の登場人物を考えるとき、実際に見た個性的な人をモデルにすることがある。それで飛鳥は人間観察をするようになった。ただ、相手をじろじろ見るとケンカになりそうなので、人の目を見ないように気をつけている。
何となく中刷り広告を眺めていると、飛鳥はある広告に目が留まった。『肉まんみたいな、肉まんではない飲茶、フルーツまん大集合! 縄島デパートにて期間限定発売!』と書かれている。餡にフルーツの果肉ピューレを用いた飲茶らしい。バナナまん、苺まん、オレンジまんの三種類が販売されるそうだ。この蒸し暑い時期に飲茶なんて、と思ったが、あえて熱い物をたべて汗を流すのも一興かもしれないと飛鳥は考え直す。バナナも飛鳥の好物なのである。
縄島デパートがどんなデパートなのかを飛鳥は知らない。名前すら聞いたこともない。だが、このご時世に情報は掃いて捨てるほど溢れているので調べれば分かるはずだ。飛鳥はスマートフォンを使って縄島デパートを検索した。米田駅から車で十五分の場所にあるらしい。駅前にデパートを建てればいいものを、なぜわざわざ不便な場所に作るのかがいまいち解せない。愛すべき住民の皆様にご愛顧賜りたくてその場所に建てたのだろうか。
大鍋駅から五駅離れた米田駅で飛鳥は下車した。大鍋駅と東京との間にあるはずの米田駅周辺は閑散としていて、人の気配が感じられない。
「はて、場所は合っているはずなのだが……?」
小さな駅舎を出ると、周りに山でも見えそうなくらい、のどかな風景が眼前に広がっている。バス停の時刻表を確認すると一時間に一本しかバスが通っていないことが分かり、飛鳥は俄かに不安に駆られた。帰ろうかと思った瞬間、車道の路肩に一台のタクシーが停車した。大きな風呂敷を抱えた老婆が下車する。この町の長老かと思しき風格をもった老婆である。老婆は飛鳥を一瞥すると、
「兄さん、気を付けなされよ。これからお前さんの行く場所は戦場になるだろう」
という呪詛めいた言葉を残し、老婆は駅舎へと姿を消した。なんとまあ、不吉なことだ! 飛鳥は瞬時ためらいつつ、タクシーに乗り込んだ。
「縄島デパートまでお願いします」
サングラスをかけた髭の運転手は頷き、黙って車を走らせる。びゅんびゅんと過ぎ去る窓外の風景は更に緑が濃くなっていく。人家すら見えなくなるので飛鳥は次第に心細くなった。鏡に映った運転手の顔を凝視して助けを求めてみたが、運転手はシャイなのだろう、何の反応もしない。
やがてタクシーが広大な敷地に停車した。運賃を払って下車すると、廃工場のような外観の建物が待っていた。錆びた看板には『縄島デパート』と赤いペンキで記されている。
「これがデパートだと? 曰く付きの心霊スポットの間違いではないのか?」
タクシーと入れ違いに駐車場に入ってきた赤いハーレーに気付いた飛鳥は、運転席に目をやる。真っ赤なヘルメットを取り、肩までの金髪に、大きなサングラスを掛けた青年がバイクから降りた。首元には金のネックレスがぶら下がり、耳には十字架のピアスが揺れている。青年は飛鳥に声をかけた。
「この工場のこと、まだそんなに噂になってないと思ってたけど、アンタも嗅ぎ付けて来たわけ? ま、お手柔らかによろしく」
「噂とは何だ? フルーツまんのことか?」
青年は噴き出しながら、にやにやしている。
「マジで言ってんの? アンタ、何も知らないでここに来たんだ? 可哀想だから教えてあげる。縄島デパートには財宝が眠ってんだよ。で、十年に一度だけ開催される『縄島デパート夏の陣』で勝ち残った者だけが財宝を手に入れられるってわけ。これ、有名な話だけど?」
「そうなのか。だが、財宝には興味がない。俺はフルーツまんを食すために来たのだから」
青年は口を尖らせた。
「そんなこと言っちゃ、しらけるっしょ。もしかしたらフルーツまんが食べられるかもしれないし、アンタも一緒に来てみれば。保証はできないけど。俺は野村淳。淳って呼んでいいよ。アンタは?」
「草野飛鳥だ。歳は二十五になる」
うへぇ、と淳は声を上げた。
「アンタ、年上なんだね。意外。俺はぴちぴちの二十二歳、まだ大学生。アンタが年上だからって敬語は使わない主義なんで、よろしく。敬語なんて堅苦しくて嫌いなんだよな。飛鳥って呼ばせて貰うよ」
「好きにしろ」
二人は連れ立って店内に足を入れる。真っ暗だった室内に照明が灯る。床には赤い絨毯が敷き詰められ、辺りに招き猫が点在している。淳は気味悪そうに招き猫を見下ろした。
「この招き猫、呪われてたりしないよね。別に怖くないけど、飛鳥が泣き出したら嫌だからさぁ」
飛鳥は淳の足元を指差した。
「脚が震えてるぞ、俺の見間違いでなければ」
「武者震いだってば。これから何が出てくるのか、わくわくするでしょ」
ひんやりとした店内を歩いていると、招き猫に交じって眼鏡をかけた青年がこちらを窺っていた。淳は驚きの余り、叫び声を上げる。青年は眼鏡の縁を指で押し上げ、眉根を寄せた。
「僕は幽霊じゃないです。ほら、ちゃんと足だってある。あなたには見えないんですか」
飛鳥は頷く。
「そのようだ。ところで君は誰だ?」
「川本慎也と申します。理工学部の大学三年生です。あなた方は?」
飛鳥は名乗った。慎也はタブレット型端末を操作しながら聞いている。淳は不思議そうな顔をした。
「アンタ、人の話を聞いてないんじゃないの」
「いいえ、メモを取っているんです。人の名前を覚えるために。記憶するのは機械の得意分野ですから。あなたの名前は?」
淳は名乗り終えて、飛鳥に耳打ちした。
「あの人、随分変わった人みたいだね。俺、ついて行けないかも」
飛鳥は慎也に尋ねる。
「川本君も財宝とやらを探しに来たのか?」
「ええ、噂が本当かどうかを確かめに来ました。半信半疑といったところですね。噂なんて非科学的なものだけど」
淳はおどけて明るく言った。
「三人で一緒に行けば怖くないっしょ! いや、俺は怖くないけどね。財宝を探す者同士、手を組むのも悪くないじゃん?」
慎也は肩を竦める。「ま、仕方ないですね。出会ったのも何かの縁です」
飛鳥が「いや、俺はフルーツまんを……」と抗議するのを淳は制止する。
「財宝探しは男のロマンだもんな!」
三人が招き猫の列の間を縫うように歩いていくと、突然スピーカーから声が聞こえた。
「縄島デパートにお集まりの皆様、本日はご来店ありがとうございます。さて、只今より『縄島デパート夏の陣』を開催します。会場の準備のために一旦、照明を落としますがご理解頂きますよう、よろしくお願いします」
室内の照明が一斉に消え、辺りは闇に包まれる。飛鳥の服の袖が何者かにぐいぐい引っ張られた。振り解こうとすると淳の情けない声が聞こえた。
「俺、幽霊とか信じないタイプだけど、場所が場所だから暗くなるのはキツイかもしれない」
慎也は冷静に答える。
「幽霊なんて存在しませんよ、非科学的なんですから。全て、人の生み出した妄想です。しっかりしてください」
あるデパートの秘密
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