未来(そら)へ

過ちを繰り返し至ってしまった未来。封建制がより冷酷に、よりグロテスクになり蘇りあらゆる価値を破壊していく。だが、変わらない信念と麗しき心は此の世の悪雲を晴ら出るのかも知れない。失われた「価値」を巡る信念の物語。凡てのオタク達に捧ぐ――――

要は図書館戦争みたいな話です

未来へ
いつぞやの会話を思い出す
「・・・人間の世界、実存の世界がすべてその論理で統合されつつあると言う事さ。昔は人間の見てくれや服飾センス、会話技能なんて二次的な優先物として見られていたんだ。大事なのは学校や会社といった社会に参画しているか、その参画した場所で役割を果たしているかと言う事だけだった。大事なのは定められた秩序で身を立てる事とその路線を効率的かつ忠実に踏襲することだった。リアリズムなる幻妄が未だ息を保ってた古きよき時代の話だがな。だが、焦土から蘇った国家とその社会は溢れかえる資本に飲み込まれてしまった。豊かになると言う事は余裕が出ると言う事、贅を覚えた魂はそれ以前の水準には戻れなくなるのさ。より美麗な容貌が欲しい、より賢い頭脳が欲しい、貧しき時はそう願う程度で済んだが豊かになれば手が届くようになる。そして豊かさの果てに在る無限の競争・・・比較し、優位にたち、勝利せねば生はないとする資本主義の論理はあらゆる指標を先鋭化させていく・・・飛びぬけた指標の勝者は社会を脱出しその権勢を見せ付ける。旧秩序の実存生活に根付いた「本質」「合理」「風土」なる価値たちは端的に言えば時代遅れだ。ただの指標だけでなく生活知や倫理道徳の域にまで至った価値だけに、その影響は計り知れない・・・」

「コスパや生活といった、我々が生きる上で基台になっているもの、それにできるだけ近くあろうとする価値が廃れていると言う事か。食事なら味、文藝なら物語、かつて土台とされてきた物が溢れかえる余裕の中土台の地位を追われていると」

「そしてかつての生活者達は『みすぼらしき者たち』へと貶められてしまった。人間にとって大切な事は容貌や会話技能が最上位になってしまったのさ。知能だけは少し例外的だな、これはかつて定められた科学的な情報処理能力と記憶力で測られていたものが、会話等も含めた非指標的なものに変わりつつある。そして最終的には『より多い資本を生み出す能力』へと変貌していくのだろうな。勝者は現世から隔絶された花園に遊び、敗者は揺らぎゆく明日を諦観する・・・そして指標は目まぐるしく変わり、言葉の力が失われていく・・・」

「神代の昔、人は罰として言葉を奪われた。言葉、人を人足らしめる最大の由。およそ人のもつ道具の中で最も古く――最も強大な究極の一.それを奪われると言う事は人は獣に堕ちると言うことだ。だが今や人は神罰無くして言語を捨て去らんとしてる。あの宴席をみたろう。咎を受けるその前に社会がカッコイイ、キモチイイと快楽に腐乱する。その果てにあるのはかつての神罰よりさらに恐ろしい災厄が、顎を開けて待ち構えている――」


 目を覚ましたら、あの日の宴席が夢のなかの記録であった事が漬物石のように私にのしかかってきた。そう、あの日御影が語った言葉を聴き留めた人間がもっと居たら、こんな事にはならなかったのかもしれない・・・
 20XX年、神聖大和皇国 首都、帝京。人々は変わり行くこの町をまるで当然かのように、変化など最初からなかったかのように日常の一風景として通り過ぎていった。
 目に付くのはポスターだ。美観景観などとキャンペーンを貼るにしては以前より増えた気がする。そこで掲示されるのはだらしのない、結果など決まりきった選挙の知らせではなく、少年の心を掻き立てるような好戦的プロパガンダですらない。あるのはただ肥大し切った道徳、もはや倫を失い標としての機能を果たせなくなった徳目が、別の何かにその本質を乗っ取られた「正しきこと」が過剰な美化を施されて不気味に笑っていた。電子映写シートにへばり付く笑みの茂みを通り過ぎ、私こと葛城昭は出勤と言う名目で茹だる様な日常の海原に溺れていった。
 私が通うマルイチ電子表示産業はマルイチグループの中で稼ぎ頭であるマルイチ電子の子会社で、稼げる会社ではないが同グループの恩恵に浸れる、いわゆるどこにでもある会社だが少しばかし待遇はいいといったところである。もっともマルイチグループのグループ採用組には頭は上がらぬし、さらに上には日菱財閥が君臨している。うだつの上がらぬ会社のうだつの上がらぬ社員には関係のない話だが。
 マルイチ電子の朝ははっきりいって最悪である。全社員が便所掃除を行なうのだ、素手で。冬場はこの就業規則のおかげでノロウイルスに感染する社員が後を絶たない。だがこの制度を批判した中堅社員は次の日北海支社網走営業所への転籍を命ぜられた。ぬるぬると滑る陶器をこの手で拭わないといけないと考えると涙が出てくる。
「おい!葛城!貴様手が止まっているぞ!」
 架美由修正係長の怒号が男子便所の中に響く。脳が意図するその前に、髄が命ずる反射として背筋を伸ばし振り向いてしまう。
「貴様のような奴は!修正してやる!」
 ビタン!と勢いのよいビンタが顔面に飛んだ。その勢いのまま係長は振り返る。
「全員集合!これから朝礼所へ向う!駆け足!」
 その言葉と同時にマルイチ社の全てのトイレから社員が朝礼所へと駆け出した。遅れることなど許されない、富野修正局長に詰め修正されてしまうからだ。
 全社員200人を収容するホールでは、400の瞳が9時15分を待ちわびていた。モニターにはマルイチ会長の巽茶久一の縦横30mの肖像画が映写されていた。時間だ。唱和などとは生やさしい、それは怒号の共鳴であった。社員一人一人が腹の底から音声を発射する。その内容は言明するまでもなく社訓である。

 一 マルイチ社員はその身命を社業に捧げるべし
 二 常に笑顔でいるべし、暗い顔は損益の元
 三 人の道を歩むべし、法より道徳、道徳より社訓が上にあると知れ
 四 家族と、地域と、国を尊ぶべし
 五 美しい会社はトイレから、毎日素手で磨くべし

 続いて論語の素読である。マルイチグループは社員研修にて論語は丸暗記させられる、マルイチ会長と並んで孔子の写真が全室に飾られている事で有名である。素読が終われば各部署のミーティングである、これが全て終わってようやく日々の仕事が始まるのだ。
 マルイチグループの社内、社外文書はその全般において綿密極まる形式付けが特徴である。時候の挨拶、細かく多用される敬語の羅列。文面で伝えるべき内容をテキストに落とし込むよりも、文書形式の規範から外れないように書き切る事に必死になってしまう。そして指定される形式とは文面だけでなく、社屋で送る日常生活の全般において不問律のマナーが至る所に張り巡らされている。毎日がマナーのコンテストのような生活だ、服装や勤務態度は基よりエレベーターに乗る順序、トイレの使用回数、社員階級で異なる廊下を歩くスペース。合理性のごの字も存在しないこの社風は、形式への偏執的な拘りが蔓延っている。合理を産む思考や実利への追求はなりを潜め、美徳と一体となった形式性を礼賛するに終始している。実業の実業たる所以である実利希求効率合理性重視と言う本質を否定する社風は形而上の問題ではあるが、偏頭痛のように社員の負担となっていた。
 出勤してから四時間。昼休みにはすっかり精神が磨耗していた。社員食堂で同僚と食する昼飯は、死の10時間の中で唯一生を取り戻せる貴重な時間だった。
 メニューはアレコレあるが、この手の食堂など所詮数週間も通えば何が不味く何が美味いかすぐに判ってくる。私は大体日替わりのB定食か関西昆布出汁饂飩をローテする。ラーメンは外の方が美味いからだ。今日のBは白米とアジフライに牛肉と牛蒡の時雨煮の小鉢、味噌汁に漬け物。大当たりの日である。これで650円は安い。
「おい今日は何にしたんだい」
 同僚である佐々木に話しかける。
「A定だよ、A定」
「コロッケに米、味噌汁ねえ・・・よくもつなお前」
「持つんじゃなくて持たせるの。その分は、な」
「あー晩酌な。飲むんだっけ」
「毎日飲みたいところだが、金と肝臓の負担が大きすぎる。平日2に土曜で週3dana
.
酒の値段も上がってるしよ」
「先月の酒税法改正か」
「日本酒だけは安くなったが、ありゃもうだめだな。職人じゃなくて素材がだめだ。水がすっかり悪くなって昔みたいないい酒が出来なくなってる。駄目になった水を浄水器で漉してるが、とんだお門違いさ。水が澱んでるわけじゃない、水に入っていた眼に見えぬ澱みが何時の間にかすっかり消えうせて、味も香りも飛んじまった。カルキの匂いがしないだけマシって代物しかこの国にはもう湧いてない。だからだれも買わない、買わないから安くする」
「そうなのか・・・悪くなる前に呑んでおけばよかった」
「今じゃ水が駄目になる前の日本酒はプレミア物さ。俺らの安月給じゃ手が届かねえ、だから俺はウイスキーと焼酎に切り換えたんだ。まあそれでも高くなったがな」
「今幾らぐらいするんだ?」
「700mlで安ウイスキーが4500かな、焼酎だと3500円」
「そりゃ高い、a定で節約しなきゃやってられんな」
「貧乏人は酒飲んでないで労働してろってか。やってらんねえぜ、それに最近すっかり世の中おかしくなってら。見ろよ」
 そういうと佐々木はポチとマルイチ主力製品である壁掛けテレビのリモコンを押した。
 写るのは記者会見である。多少のごたごたや空白はあれど70年近く与党として国政を動かしてきた民自党の安田総裁が記者の前でぽつぽつと官僚が書いた文書を読み上げている。
「えー、わが国の人口減少問題及び社会の良俗美風の護持、これを目的として党執行部は先程性的行為氾濫防止法案を国会に提出する事を決議いたしました。この法案では、青少年は基より国を担っていく社会人の皆様が堕落した性愛に溺れる事無く健全な家庭を建設する事をこの法案の骨子としてここに規定しております。何か質問は」
「はい、法案が定める所についてより詳しく、罰則や行政運用も含めてお願いします」
「この法案では国民が徒に性行為をする事を全般的に禁じております。国民の対象としては法的に婚姻している夫婦も含まれます。夫婦間の性行為は例外的な、人口再生産に於いてやむをえない行為として法的に黙認するという形で運用していく所存であります。その他の禁止項目について、自慰行為は勿論口陰行為等の非生殖目的の性交の全面禁止と性交体位について正常位以外を原則禁止として運用していくと」
「罰則についてはどうなっていますか?」
「禁固六ヶ月若しくは五万円以下の罰金となっております」
 中継が変わりコメンテーターが立ち並んでいるスタジオへカメラが写った。
「はい中村さんこの法案についてどうでしょう」
「んーまあいいんじゃないですか。つまりこれは昨今の乱れ切って機能しなくなった性道徳についてこう渇を入れるといった法案ですよね。そのね、みだりにエッチして気持ちよくなるってのは道徳としてよくないってのはまあ自然な事ですよね。そもそも法律と道徳ってのは不可分な関係線上にあるんですよ」
「つまり道徳の問題なのですね、続きまして七崎さんどうぞ」
「まあ、今の日本は経済も調子が悪くて子供もすくない、エッチしてる場合じゃないぞって事ですなあ。エッチしたけりゃ夫婦になれ、でも気持ちよくなっちゃだめだと。子供をつくるために一回だけ濃いエッチをして、子供を育てるために馬車馬のように働きなさいって事ですわなあ。溜まった欲は労働で解消しなさいと。あなた方エッチして気持ちよくなってる暇はないんですよと」
「くだらんなあ全く」
 そう言うとチャンネルを回した。毒にも薬にもならない気の抜けた番組が始まっていた。
「性交禁止、ねえ。全くどこの役所が言い出したんだが」
「決まってるだろ、国務警察省と民自宗教連だよ。性的抑圧と一体になっている宗教道徳を賛揚できるわ道徳と法の合致は出来るわ、ウィンウィンって奴だな」
「ああ、最近国警のキャリアにすごいのが入ったんだっけか。確か」
「錦野旗三。30そこそこで国警の国民安全生活管理部長の社会風紀指導対策主任、また酒の値段が上がるって俺の仲間もヒィヒィいってるぜ」
「利権目当てのお偉いさんか」
「いや、もっと性質が悪い。どうやら使命感なんてはた迷惑なモンに憑かれてるんだそうだ。もとは数年前のオリンピックで文化を始めに小汚ないものを随分掃除したが、まだまだ足りないんだと」
「あれがきっかけで、出版も映画もみんな自主規制団体を通さずに出せなくなったからなぁ。特に酷かったのがオタク界か、全滅どころか絶滅したな。昔は気持ちが悪いと小ばかにしてたが、コンテンツが亡くなったのを期に人まで消えちまった。テレビから、町から、学校からオタクって奴らがいなくなって、それで始めてあれで愛嬌があったんだなあって」
「悪いやつらじゃなかったのに・・・可哀相だったなあ。潜在的にはそりゃあ反対だったろうが、国警にはかてねえよ。それにオタクコンテンツに血道を上げてる連中に連帯闘争の可能性なんてあるわけない。何時の間にか昔の作品もまとめて発禁、単純所持でも懲役五年。図書館や店先、果てはゴミ捨て場まで漁って集めたオタコンテンツ、うず高く積み上げられたこの国の戦後文化そのもの、総数は億を通り越して超に近かった漫画アニメゲーム小説ラノベイラストの類を三月に渡って焼き尽くした有明焼浄却、断絶の三日間が全てを決めちまった。幾らオタクだって頑張ってみたところで寄る辺のコンテンツがなけりゃ烏合の衆さ。有象無象のアニメアイコンが、SNSで涙を流して消えてった」
「最も美しく、最も儚い価値はいつも最初に焼かれるものさ。どれよりも誠実でどれよりも優しくどれよりも人を幸せにしたのにね」
「今度は何が焼かれるのか、溜まったもんじゃないねえ」
「なんでも次は『歴史』だそうだ。国史の編纂は国家の積みかさねた政治意思決定の集積を示すもの、大量にあるデータから国史として残してよいもの、善良な社会風俗を害する可能性のあるもの、資料を分類し国家の統一見解としての国史を発行するのは警察行政の責務でるってよ」
「いつからやるんだ?戦後か?」
「いや、縄文だそうだ。なんでも今不適切墳丘墓の策定からやってるらしい。わが国の歴史において正等たる国史に記載するのに相応しくない古墳を選別し、歴史資料等の管理維持費圧縮のため解体するんだと」
「いよいよって感じだなあ。でもいいのかねそれ、文科省の縄張りだろ?」
「文科省程度が今の国警に逆らえるわけないだろう。それにもうじきだそうだ」
「何が」
「統括内務省だよ、ニュースでやってる」
「復活するのか」
「この国の警察機構最大の悲願、警察行政機構の完全体たる内務省がいよいよ21世紀にこんにちわってわけだ。文化浄化も性交規制も全てはその目的のための駒でしかない」
「しかし揉めるだろうな国会は」
「今でももめてるぜ、またニュースに変えるか」
 再び陰鬱な情報が垂れ流される番組にチャンネルを合わせると、内務省復活特番を放送していた。政治家やコメンテーターが喧々諤々な意見を戦わせる中で、一人別格の男が口を固く結んでいた。
 画面越しでも、テロップが表示されなくても、その男が件の錦野であることに疑いはなかった。眼の光が違う。美男子というわけでも、醜男というわけでもない容貌だが、表情筋が締まった顔だちは意志の強さを厭が応にも見せ付ける。眼の光は意思そのもの。自分の知識、思考とそこから湧く価値観への絶対の信頼と忠実を堅く誓った決意の証。道徳を憂い、堕落を断ずる裁定者としての自己規定。文化なる軟弱には目もくれず、単に美風を保つ秩序を求める治安行政官の純粋存在。それが今、口を開く。
「あの決定的な敗戦から復興、混乱、そして経済成長と21世紀の突入・・・警察行政を取り巻く状況は大きく変わりました。現況として今の行政機構の権限では国家護持と社会治安、安寧保全という行政目的を達成するのに大きなコストと関係省庁への調停業務がかかります。そのコストカット及び業務量圧縮がこの統括戦略内務省の設立目的です」
 す、と緩やかに入れられた意見だがその実は極めて強烈だ。ポジションの答弁に終始しているが、反論を生まぬよう最低限な内容を素早く的確に選出し並べたのである。
 しばしの沈黙後、キャスターが口を開く。
「えーここで中継です。財務省が公式見解として統括内務省設立に慎重な姿勢を打ち出しました。今から記者会見が行なわれます」
「どなたがでるのですか?」
 ビシ、と意見を投擲する錦野。余程不愉快だったのだろう。眉間に皺が震えている。
「ざ、財務省主計局長です。それでは中継どうぞ」
 財務省会見室にカメラが移る。騒然たる報道陣を壇上から大勢の黒縁眼鏡達が見下ろしている。彼らは皆一人一人が格別の知能を誇り卓越した精神を練磨し、あらゆる省庁の長たる財務省に入省したキャリア達である。一騎当千の、郷土の家系の誇りとして尊敬の念を一心に受け、抜群の実務机上能力を日々書類上に発揮する財務官僚達。その頂点に立つのは、ただ一人――
 それは、先程の錦野すら霞むような圧倒の自信と気迫を振りまきながら壇上を歩いて要った。グレーの高級スーツに身を包んだ鼈甲眼鏡はどこからどう見ても行政官僚にしか見えない男だった。並んだ財務官僚達が頭を垂れる事90度。ずらりと最敬礼で出迎える。財務省主計局長、御一新から今日まで途切れる事無く全ての省庁を凌駕する、国家行政機構の要たる財務省。その心臓部主計局の長を務めると言うことは、この国に働く全ての行政官の頂に立つと言う事。一つの年次でただの一人、国家機構の意思決定をたった一人で担う事のできる唯一の男。国の決定を白紙に戻し、己の意思を国の意思にする。国家行政の最重要人物にしてこの国の一切を取り仕切る者。それが、財務省主計局長宮前進である。
「えー財務省としては、今回の内務省設立には慎重さを関係各所に要求したいという所存であります。統括内務省の設立議案には、予算編成と国庫予算調停処理における財務省の指導からの独立という文言があり、国庫を管理し予算を配分する財務省としては到底容認できるものではないと言う立場をここに言明致します。終わり、質問は受け付けません」
 来たときと同じく財務官僚たちの最敬礼を受け退場する。中継はそこで途切れた。
「財務と国警で戦争だな」
「省庁は予算会議が独自で開けるんだっけ、それ関連か?」
「いや、もっとデカイ話だ。統括内務省設立は財務省だけが持ってる特権に目をつけてる、独自予算枠の確保だよ」
「そんな制度あったか?」
「アレだよ、官房機密費問題で揉めた後に出来たやつ。完全黒塗り監査ノータッチ、どこでどう使おうが一切構わない予算。ただし額面だけは決まってる。汚職対策の切り札という名目でどこぞの官僚が馬鹿な野党の議員立法使って通したが、財務の連中だってそう甘くはない。他所の役所にはやらせんぞと法案と行政判断両方使って押さえ込んだ。だがまあ自分達は使っちまうよな」
「なるほど、財務と張り合えるのは同じ三大官庁の国警ぐらい。あとは外務省だがあっちはどうなんだ?」
「外務は随分前に財務と話をつけて官房費云々がある前から機密費を自前と財務から調達する事になってたって話だぜ?序列3位の国警からしたら面白くないよなあ」
「ああやだやだ。どうせ割を食うのは俺ら下級国民だぜ?お偉方の政争も大概にしてくれって」
「そんな愚痴こぼしてっと架美由係長にまた修正食らうぜ。どうせ俺らにゃ関係ないこった。さあ昼休みも終わるし、あと六七時間馬車馬のように働かねえと」
 始業の電子ベルが鳴る。聴覚情報だけだと心地よい金属音は付与される意味を加味した途端鬱屈とした調べが耳の中で残響した。

 帝京、赤坂。国務警察厚生年金会館。
 六階会議室では年次政策評価提言議事会議が執り行われていた。国警からは錦野旗三が議長として選出されている。関東東海鉄道輸送事業団名誉顧問の西葛西則夫、黄帽商会会長の鍵本喜三郎、大日仏法会会頭の池尻義介、民自党宗教信仰議員連合団の畑中任三郎、各界の有識者が一同に会し国家の明日を憂う会議である。
「会議を始める前に一言。この度は皆様のご協力で本年度重点達成目標である性交渉法的規制を施行することができました。まずはその件に関して厚く御礼申し上げます」
 錦野が謝辞する。満足げに頷く一同。
「いえいえ、こちらとしても当然の、国家の明日を見込んでの賛同ですよ。大体ですねえ、野放図になりすぎとったんですなあ」
「今回の規制も一部の勢力がなんだかんだといっとったんですが、そもそもですよ、一般的な道徳として夫婦以外でですね、セックスをするなって話しのどこが悪いんですか」
「倫理ですなあ倫理」
「まあその倫理が成立するのはこれはもう自明ですわ。そこでその倫理を掛け声だけにしないために法律を施行すると、だいたい倫理的に悪いものを法で裁いてどこがわるいのですか」
「西葛西さんのいうとおりです。これからはこうびしりと筋金をいれてですね」
「あと今回の規制には少子化対策という側面もあるわけですからまあ施行して当然と」
「性欲と言うのはまあ強力な欲ですと、言い方は悪いですけどそのはけ口を一箇所に固定する事でそこにぐわっと集まるわけですな。それで家庭が壊れてもいけないから家庭以外での性交を禁ずると、どうですこれがわが国が世界に誇る少子化対策というわけですな」
「それにですよ、下世話な話になりますがまあこれはきもちいいわけですな、これは仕方ありません。でもきもちいいから何やってもいいのかという話になるわけですよ。大の大人になるまで子供は我慢を覚えねばなるまいし大の大人になると言う事は欲をピシリと律するという事ですからなあ。この国という公共において、よいセックスとは子供を作るセックスだけです。公としてそうね、しっかり宣言するという事には意味があると思いますよ私は」
「大体なんですか、今の経済を見なさいな。若者にはセックスをしている暇なんてありゃせんですがな。一に労働二に労働、三四が無くて五が家庭。こうでなくちゃおしまいです」
「そうですそうです。ところでお昼ご飯はまだですかな」
「確かにまだ食べたような食べてないような」
「では軽食を用意いたしましょう、懐石弁当の量を調整した物をご用意致します」

 中略

「ですからねえ、これからは教育ですよ教育」
 教育、のイントネーションが明らかに外れている声で鍵本会長が意見を述べる。
「今はこう民心が荒み、利己主義が蔓延ってるんですわ。自分だけは汚いものに触れたくない、いい思いをしたい、と。そんな個人主義と我欲をバシリと直すのが教育ですよ。便所掃除です。素手で」
「素手いいですよねえ。輸送団でも今年の冬から取り入れたいとおもっとるんです。やっぱりこう、理屈や合理を越えた何かがあるんですよ」
 西葛西名誉顧問がうっとりとした口調で同調する。心底素手で便所を掃除させると言う行為に惚れこんでいるようだ。
「そうです。何がノロウイルスですか、私らが生まれた昭和の昔にはそんなウイルスなんて居ませんでした、要するに根性が足りないのです。合理合理って心はどこですか心は。素手で心を、気持ちを込めて便所を磨く事で心も便所も綺麗になって社会性が芽生えるんです。理屈じゃないんです」
「我々国警も新人指導と業務の一環に組み込んでいます。では文科省にかけあって義務教育下の子供たちに教育としてさせるという方向で」
「子供にやらせて大人にさせないってのもねえ、法案で何とかなりませんか」
「法案通すより経営連を通じて上手く動かしたほうが効果が高いと思います」
「まあ教育の問題ですから鍵本さん」
「うーん、まあそういうことですなあ。しかし個人主義をなんとかしなければ國の土台から腐っていきますよッ」
「あと教育だと組体操もやってかないと」
「正式カリキュラムで組み込みますか」
「10段、20段とみんなで協力して美しいピラミッドが、タワーが出来るのです。理屈じゃないんです」
「そうですそうです。何がリスクですか、教育ってのはそういうものじゃないんです。どうせ人間死ぬ時は死ぬるんです。ピラミッドに組体操、いいじゃないですか。理屈合理を請えた情と協力の心を育むんです」
「ではこれも文科省に。次は憲法です」
「確か再来年あたりに憲法改正ですか、長かったですねえ」
「ええ、ええ。これまで選挙に力を入れていたかいがありました」
 宗教連の畑中団長と池尻会頭が楽しそうに話し合う。竹馬の友とはこのことである。
「今回の改正案に追加で加える項目について話していきましょうか」
「やはり個人主義の否定でしょう」
「人権の権利主体を個人から家族に移しますか。國があって家族がある、家族があって個人があるとその関係上に個人が生きる義務と権利があるという構造を示すように」
「そもそも権利権利って我欲を剥き出しで道徳的ではありませんよねえ。新時代の憲法なのですからもっと道徳的にいかないと」
「権利関連なんて、正直文書主義で決められるものじゃないと私は思っとるんですよ」
「というと?西葛西さん」
「権利ってのはその時々の経済状況や国家状況で与えられるリソースが異なってくるわけですな。そして受ける個人に資質によっても異なるわけです。それを平等だなんだとって大上段に憲法で保障するってのはまあものの道理に合いませんな」
「うーん、ただしい」
「そもそも人は不平等なんです。だから頑張ったり協力したりするのです。そこを軽んずるっていうのもおかしいでしょうに。でも義務は違う、義務は常に発生します。そしてそれを全うしなければ社会は早晩崩れます」
 うん、うんと頷く各界の重鎮たち。眼は極めて真剣である。
「憲法に記載するのは国民の義務と国家行政の責務、政策実行範囲ぐらいでいいんじゃないですかね。それに権利なんてみんな欲しいわけじゃないですか、わざわざ憲法で保障せんでも適当に上手いことやりますって国民は」
「では権利関連について、削除するとなるとまた揉めて大変な事になるので、国家及び所属集団の定める範疇において限定されるとの文言で調整しましょう」
「おお、そうですそうです。そういう事です」
 この場において最も恐しい事実、それはこの会議の出席者にただの一人も悪人がいないという事実であろう。皆が皆己の発言が絶対の善であるとの確信を抱いている。正義ではなく善である。なぜなら正義とは『より良い価値のために悪をも背負う覚悟』を内包する善性への忠実という意思であるからだ。善は、その正義を従える「よき事そのもの」である。集団への義務履行、我欲の抑止と言う「善」の信奉者達が他者の権利、彼らには見えない善を破壊しつつブレーキのない機関車を滑らしていく。彼らの心は正義ですらない、正義を行なうという意思が不在だからだ。ただ無邪気に善を信奉し、それ以外を見ないことでその善の絶対性は永久に担保されるのである。
「あと宗教連としては政教分離、あれは無くしてもらいたいですな」
「大仏会も同意見です。そもそも国家と宗教を分離すると言う考えはあちらさんの国の考えじゃないですか。この国にあっていませんわなあ」
「道徳と信仰ってのは不可分とまではいいませんが密接に、密接に関わりあっているんです。道徳あって法律がある、法律があって国家がある。つまり信仰無くして国家無しですなあ」
「では政教分離は無くしていくと。でも池尻会頭、お上に取って代わろうなどと思われてはこちらとしても対応せざるを得ませんよ」
「分かっておりますとも。こちらも昔のようにいけいけだけでやってける時代じゃないのです。その点はご安心くだされ」
「では今日の会議はこのぐらいで終わりましょう。皆様お忙がしい中お集まり頂いてありがとうございました」
 重鎮達がそれぞれの部下を連れて帰路につく。その様を見届けた後錦野はブラインドを少し開き、市井の様子を見下ろしながらこう呟いた。
「もうすぐだ。もう少しでこの国は元の姿を取り戻す。美しく気高い亜細亜の覇王が蘇るのだ・・・」

 
 神奈川郡、川崎。かつての繁華街と歓楽街はなりを潜め、中規模商業都市としてささやかな営みを続けているこの町に久方ぶりに降り立った。私用を軽く済ませた後、川崎に居住している古い友人、御影と軽く散策をする事になった。会うのは半年ぶりだったか、お互い何とか飯を食えている。
「なあ。最近、いやいつの頃からか人もなんだか変わり果ててしまったと思わないか。見てみろよ。電柱と高架電線は撤去され、落書きの元たる不要な設置物は軒並み取り除かれ、ホームレスやゴミ収集所の類はさぞ当然とばかり無くなっている町並み。どこに見せても恥ずかしくない、美しく清潔な景観。そして町いく人々の顔、顔、顔。皆そろって美しい。整った顔立ち、一昔前なら振り返るような美男美女が『普通の顔立ちでしょう』とばかり無自覚に歩いている。いや、むしろ今ならそれが普通なというやつか」
「確かになあ、ただそんな事を考えたって俺達の懐には一文も入ってこないし時間ばっかりがせかせかと過ぎてっちまう。無駄を何より忌避する現代社会に於いてはそんな思考こそ単純な浪費でしかなくその妥当性を批評する事になんら意味は付与されない、そういうことさ」
「不要な思考は不幸の始まりか、愚こそ幸とはな・・・近代社会の成れの果てだね」
「むしろオーウェルだろう」
「はは、それだな」
だが内心、御影の発言には納得のいく部分が多くあった。彼の言葉よりむしろ『美くしくない人』が居なくなってきたと言うべきか。いや目を見張って探せば道の端には身を潜めるようにして、私が青少年だった頃で言う『普通の顔立ちの人』がこそこそと歩いている、私達も何時の間にやら同じようにしていたのかもしれない。だがお互い絶対数が少なくどこか怯えた足取りでそそくさと逃げるように動いているから中々眼に止まらないのだ。私の世代の感覚で『明確に美しく無い人』はもっと悲惨である。マスクや服飾品を使用して顔を隠して生きているのだ。当然不審者として警察に職質される、もっと非道い事には顔を隠さなくとも職質され場合によっては身体検査までされてしまうのだ。醜い容貌はそれだけで罪なのだ。
散策をするにも気軽に、堂々と出来なくなってしまった現代と言う時代に複雑な情を抱きながら川崎の町をふらふらと歩いていくと、見覚えのある神社が見えてきた。川崎名物金川神社である。ただし、どのような手段で補助金をせしめたのか記憶にある神社とは格段に整備され建物から境内まで見違えるように小綺麗だ。
金川神社と言えば、かつてコンビニエンスストアで売られていたアングラカストリ雑誌で有名なまらまら祭りである。男性生殖器をかたどった木型やプラスチックの男根御輿をオカマや性産業従職者達と共に担ぐのだ。そして14になる少女達の艶っぽい巫女舞を見つつ酒を煽り男根飴を舐めるのだ。
「やあなつかしい。あのまらまら祭りを大学のサークルで見に来たよ。縄文の昔から繋がる感性の連累を発見しに参ったはいいが、中々どうして気迫に飲み込まれちまって」
「祭りなんざそんなものさ。しかしもう出来ないのかね、まらまら祭り」
「どうだろうね、ちょいと神主さんに聞いてみるか」
 こういう時の御影の迷いの無さは天下一品である。近くにいた初老の神職に話を聞く。
「なんですか?まらまら?何要ってんだあんたら、ここは神聖な神がおわす聖域なのですぞ?穢らわしい」
「あんたこそ何いってんだ、金川の祭りといったらまらまらだろう。老いも若きも男根飴をぺろぺろと舐め、男根御輿を鍛冶の女神に捧げる古代の神事だろうに、ボケてんじゃないのか」
「出て行け不敬者!二度と境内に立ち入るな!」
 追い出されてしまった。
「一体どうしたというんだ?歴史的事実として正しい事を指摘しただけなのだが・・・」
「ネットで検索をかけてみたが、まらまらの記述がみつからない。もしやこれって」
「そういうことさね」
 ゆっくりと吐き出されるような一言に振り向くと、夕日を背に漆黒が立っていた。長身痩躯、上から下まで黒に染めた老人だが、眉と髭だけは目立つ程白い。明らかに、『何者か』である。
「御魔羅様の名を再び聞くとはおもわなんだ。立ち話で済ますには話し応えのありそうな御方とお見受けする・・・刻が許すなら宅によっていかれるかね」
 誘いを受け、老人の住まう安アパート、モルタルの、築40年以上の、申し分ない安アパートに上がらせて貰う。ゴチャゴチャの室内で構うものかと腰を下ろす。
「よくきなすった。私はかつて飴売りで生計を立てていたしがない飴屋。名を銀二郎という、金川様の男根飴を練り続けるは50年。お上に祭が潰されるまでこの稼業一本で生きてきた馬鹿な老いぼれよ」
「銀二さん、ああ・・・思い出した。飴屋のおじさんか、しかし大変でしょう稼業がなくなって」
「わしら渡世の者にはつきものさ、だが昨今は随分ひどい。わしは金川様の他にも幾つか持分があったが、どこも全滅さね。まるで祭りが祭りじゃなくなったようだ」
「国務の締め付けも、何もこんなところまでなあ」
「いや、こんなところまでじゃあない。こんなところからよ」
 老人が茶を啜りながら呟きだす。
「希臘羅馬の昔から、祭りとその周辺の与太者の経済活動は生きながらえてきたが、近代国家システムが構築され衛生と治安、巨大市場が睨みをきかせる現代社会において不衛生かつ国家規模で奨励すべき価値にそぐわない、汚濁とも見られる文化価値の周辺で息を保つような屋台の飴屋なぞ真っ先に潰すべき存在である事に変わりはない。不要であり退廃であると中央権力に睨まれたが最後、香具師テキ屋ゴト師の類は近代国家システムから駆逐すべしと石もて終われだしたのはこの国が焦土の平原から立ち上がって間もない頃からよ」
「近代、なあ。しかしおじいさん随分話せるねえ」
「屋台の飴屋がインテリゲンチャでいて悪い法まではさすがにあるまい。流通、生産、仲介、納税、消費と全てがリンクした巨大経済が国家に出現したその瞬間、伝統の美名を纏う封建社会の落とし子たる小規模閉鎖系経済集団はシステムに服従するか絶滅するかの二者択一を迫れれるのは物の道理よ。わしらは時に稼ぎ、時に逃げ、かつての稼業人の面影を保ち続けるより他の生き方を知らぬ莫迦の集まりだったのさ」
「しかしそういう人達がこの国の文化の一翼を担ってたのもまた事実。なんで壊してしまうかねえ国務の連中は」
「あの忌忌しいオリンピックという国家的祝祭のせいさ。あの莫迦騒ぎが決まってから何もかも世知辛くなってきやがった。外国人観光客の大量入国という予想されうる事実を出しにあらゆる価値体系を編纂するという行為は何処の国でも忌忌しい祭りが行なわれる際に起こりうる事なのよ。国家の恥と見なされる文化、集団、価値観、表層、内心はことごとく排斥抹殺対象として治安機関にリストアップされ、彼らはその官僚的職務忠誠の具現となって対象を屠っていく。屋台も、買春も、オタクも、前近代に端を発する文化体系はそれを絶対に絶滅せねばならないと言う偏執狂的情熱は、半世紀以上昔の文化粛清の際にも洗われた。当時は日本中の寺社仏閣の記録及び祭祀を調査し、外国人観光客の目に入れると国家の品格に関わるとされるそれは祭祀の廃止及びその記録の抹消を申請したとれている。とどのつまりは白人崇拝さね。白人様の御感性にそぐわない価値を消し去って、身も心もアングロサクソンになりたいという、去勢された宦官たちのコンプレクスの発露。非白人国家のオリンピックなんて多かれ少なかれそんなものさ。くだらないったらありゃしない」
「白人達にしたって迷惑には変わりないとは聞くぜ、クラブだのギグだのといった小規模店舗はやられるそうな」
「しかし文化の根を破壊される訳じゃ無かろう。奴等の文化の内輪の話だ」
「非白人文化を白人文化化すると同時に一神教化するという構造変革こそが近代化という語の純粋意味だったと言う事かね」
「助平ども!そんなに白人女を抱きたいのか!」
「ちきしょうと叫びたいが、あの人種は美を固有民族価値体系の中で中核三属として人種史的に重宝してる美麗民族だぜ?しかたないや」
「そこだよそこそこ」
「どこだよ」
「奴等の美さ。純だろうあれは、統一の理、ただ一つ、唯一無二、多様を濁として忌み単一の美を規定した後それ以外の一切を消し去る0の文化美。純白、白一色、白光だけで構築されるセカイ。たった一つの価値しかない、いやあってはならないと言うべきか」
「教科書の言葉を並べてどうする」
「対する我等の美は多種多様、自由放埓清濁一如の極彩色。全てが同時にあって同じ場所に無数がある。合わせ鏡の万華鏡。濁、汚、穢。麗、美、尊。その対立する三字同士が時に入れ替わり時に合体し、時間と空間を攪拌しながら無数と無限を生み続ける、天沼矛で突かれた大地は平成の御世まで動き続けていた、だが、もう・・・」
「あの総力戦か、矢張り」
「いや・・・そうじゃない、そうじゃないぞ」
「どう違う」
「この国、いや世界各国あらゆる時代の治安機関の文明浄化史を省みてみろ。日本文化がその最大まで文化的爛熟を拡大したのは記述史下で加算するに、江戸末期と平成末期だろうに。しかし平成は特殊としても江戸でさえ歌舞伎は禁ざれ落語はご法度、講談艶話に至っては打ち首獄門じゃないか」
「シェイクスピア、アンデルセン、皆一度は本を焼かれている。何処の世界でも同じなのか、では欧米と亜細亜の違いでは説明が」
「いや・・・分かったぞ」
「どうなっているのか」
「つまりだ、社会構造の進化と共に人の心から自然と生まれる悪夢そのものだと言う事ではないのかね。一神教も、道徳の構造暴力化も、すべてはその悪夢の駒でしかなかったとしたら?」
「そうか・・・今までの論考では価値体系の持つ暴力性で抑圧と絶滅が発生したと考えられたが前後が逆なのだな!人の心が望む統一と浄化の渇望が、既存価値と一体化し暴力構造を発生させ抑圧と価値浄化を進行させる。そして価値構造内に暴力装置として構造が埋め込まれ抑圧手段として確立されると言う事か!」
「そうだ・・・そしてその構造を打破し人心をもって諌め人の魂に生きる甘露を与えうるは文化。その極、完成が、最も高貴麗美、全ての抑圧と絶望と、ニヒリズムの地平に至った精神をさえ癒す仙果にも劣らぬ価値体系、非儒教非西欧の純日本庶民文化が確かにこの国に息吹いていた。そして何を恥じようその文化体系で最先端、最新にして最深の、人類史に刻み付ける究極の文化、それまでの全てを内包し全てを超えるトップランナー、そう、オタク文化がかつてこの国で爛熟したんだ。だが、今や・・・」
「嘆いた所で」
「これが嘆かずに!」
「分かっとる、わかっとるなあ・・・流石は弟分に当る価値の担い手達・・・文化の何たるか、実によい了解である」
「弟分・・・?」
「私ら庶民の、お上には分からぬと、不潔だと、白眼視されてきた庶民文化価値を解しその感性を最新へと研ぎ澄ませた、それがオタクというものじゃないか。かわいい弟分さ」
「同じ庶民文化を愛した物同士、息苦しい世の中ですが今日は少し飲りますか。実は自宅にあるのですよ酒が」
「おお・・・これはまた奇特な」
「家近いから取ってきます。どこぞに流せば一瓶50000はする本物の酒ですぜ」
「銘柄は」
「不動王でさ。大昔の頂物で」
「いいなあ・・・いい・・・」
 そう言うが早いか御影は走って出て行き十数分で戻ってきた。小脇に布で巻いた酒を大事そうに抱えて。
「こういう時に飲む物かもしれませんなあ酒とは、銀二郎さん、まずは一献」
 徳利で供される酒を老人が楽しそうに煽る。私も続いて。美味。高級酒特有の吟醸香と米の甘味は控えめだ。質が悪いと言うわけではなく単に抑えたのだろう。代わりに発酵飲料特有の酸味がぴんと一本立っている。御不動様が、しゃんとせえよと叱っているかのようだ。
「くかかーッこれだ!まだこの島に文化たる価値が存在していた頃の酒の味、口の中で稲穂がたわわと揺れてやがるッ」
「うんめなぁ・・・うんめぇ・・・舌にお山の明王像が仁王立ち・・・これが、酒ってやつよ・・・このご時勢に・・・ありがてえ・・・」
 もう一献、と酒を勧める前に老人がすっと立ち上がって奥に消えていった。
「すぐ戻るから、しばしお二人でやってなせえ」
「じゃ飲むか、銀二郎さんの分を取ってないと」
 ぐいぐいと杯を重ねる御影。日頃の鬱憤をつまみに進む進む。
「かああああああっそれにしてもうまいっ文化人が飲むにふさわしい酒だっ」
「文化関係ないでしょうに」
「あるよっ、酒なんてぇもんは文化をまなばにゃ味なんか分からんのだ。だいたいからしてだなあ、スポーツファンなんぞに酒の味が分かってたまるかってんだ」
「飲みすぎだよ」
「ちきしょうめ、明日はエクササイズがあるんだぜうちはよお。何が国民皆運動週間だってんだ」
「うちだって同じさ。太古の海軍式の器械体操とボールだったな、教官が面白いから救いがあるが」
「こっちは面白くねえから困ってんの!大縄にボールなあ、ボールボールって玉がそんなに偉いんですかねえ」
「中世近代の昔より、運動とは賛美される上層文化だ。仕方ないじゃないか。あんまり飲みすぎるなって」
「何が飲みすぎか!この世からこの島の文化が根こそぎ消え去った今酒も飲みすぎもあってたまるかってんだ!どういうことなの?こういうことなんだよ!」
 荒れる御影をなだめていたら、老人が戻ってきた。
「少し待たせたな、これを・・・」
 渡されたのは、肌色に近い白と毒毒しいピンクで彩られた飴である。形は勿論男根を模している。サイズからしてこれが本物なら「ご立派様」というやつである。
「おっちゃん、これ・・・」
「わしゃなあ、この稼業で半世紀も食ってきた。この飴の一練り一練りがわしの人生なんや。だが、もうこいつを舐めて貰う客もおらん、せめて最後の一練りをとおもッとった所にあんたらが来た。わかっとる、わかっとる客がのお・・・」
「おっちゃん・・・」
「御魔羅様の御祭り、既にあらゆる記録やデータから根こそぎ消えてしまったようじゃが、あれは元来この島の・・・真の大和文化を伝えていた数少くない祭祀だったんじゃ・・・神代の昔、この国の祝祭いや日常生活の根に付いていた生命信仰・・・その本質としての性への愛着。穢汚としての性でなく、滑稽、陽楽としての性の賛揚。その最後の形を残していたのが、この飴よ・・・それを伝えた露店も、人心を楊興させたお囃子も、今はもうない。さあ・・・あんたらが最後の客よ。大した味ではないが、男根飴の二本、しっかり舐めておくんなせぇ・・・」
 その歴史、その重みに心がずんと押された気がした。御影など嗚咽しながら男根飴を加えている。私も涙で飴の甘味が塩からい。
「最後の仕事をさせてくれた上に、幾年振りに本物の酒が飲めた・・・この礼、いつかさせてもらいたいのお・・・」
「いやいや、この飴、男根飴の一本で本州に元来根付いてた風土の、文明の香りが楽しめたんです。礼をいうのはこちらのこってして」
「ではそろそろ失礼致します。ご縁があったらまたいつか」
 御影はすっかりべろべろで呂律が回ってない。引き際である。御影の肩を担ぎ老人宅を出る。空を見ると、冷たく光るお月様が寂しげに浮かんでいた。すっかり付与される意味を喪失し、ただただ冷光を撒いている。
「なあ・・・駅前の蕎麦屋よってかんか」
「吐いてもしらんぞ」
「つまみが少なかったから大丈夫だ」
「その前に飲め水」
 自販機のペットボトル水を御影に飲ませながら駅前の立ち食い蕎麦屋に向う。思えばあらゆる価値が変遷していったが、身体性に強く立脚した食と言う価値だけはあの頃と変わらず私達を暖かく迎え入れてくれる。暖簾の向こうで優しく灯る活気と換気口から漏れ出る活気を纏った湯気を見ていたら、そんな気がした。
 頼む蕎麦は何にしよう、もうじき夏だというが、立ち食いときたらかけだろうと権威に頭を垂れてしまう自分を恥ながら注文する。御影はかっちりと冷やしたぬきを注文した。
 何の変哲もない丼に、何の変哲もない蕎麦がよそわれてきた。少量の葱がわびしさを誘う。立ち上る湯気の中に隠れたツユの香りを楽しみながらするすると手繰っていく。
御影の方はがっつりとパワフルな装いだった。葱は勿論だが赤い蒲鉾、いや鳴門か。細く刻まれ並べられる。刻み紅生姜、胡瓜と揃いその上からはこんもりと揚げ玉が振りまけられ、丼の淵に最後の仕上げとばかり粉山葵を溶いた塊が乗っかっている。御影はまず七味をぱぱっと振り掛けた後、嫌いな胡瓜を嫌そうに纏めてよく冷えたツユにくぐらし、一口で片付けるとまっていましたとばかりに整備された丼の秩序をまるで露国のアナーキストの如く徹底的に粉砕した。ぐるり、ぐるり、ぐるり、攪拌すること三度と半。山葵がツユに溶けたのを頃合にずずと勢いよく啜りこむ。
「ふん、酢がいい塩梅だ。よほどの師の下で修行されたのだろうて」
「それ本部から送られてくる出来合いだよ。最初から塩梅も何も全部入ってるんだなこれが」
 後ろを向きながら店長が返す。こんな時間だと言うのに、客がひっきり無しに入ってくる。
「全く、風情もなんもあったもんじゃねえ。しかし繁盛だねえいい事よ」
「温かい方もうまいな。チェーンも、というよりチェーンだからなのか」
「ま、蕎麦なんてもんは実存の食べ物だからな。真に実存として食と経済を考夫したらチェーンに落ちついちまう」
「実存、ねえ」
「本当になあ・・・あの頃、あの頃にウェイ達がこういう蕎麦を食していたらこの国もこうはならなかったかも・・・そう考えたら、はあ」
「彼らは本当何を食べていたんだろうなあ・・・食がおろそかだとは思えんが」
「わからん。俺らにゃわからんセカイよ」
 店を出る。時計の針が帰宅を促す。
「さ、明日はエクササイズだぜ。気乗りしねえなあ・・・」
「また偶の休みには声かけてくれな、待ってるぜ」
 そういうと御影は、町の暗がりに解けていった。

国務警察庁 戦略電子司法対策本部
 大量のモニターから発せられる蒼光は窓のない部屋を不気味な祭壇のように彩る。一人一人、魂を抜き取られたような無表情が眼鏡をかけて電子板を覗き込む。板といきものの組み合わせはすべて画一的。同じスペースに同じ機械、同じ顔に同じ仕草。命が籠っていない金属のような声が常に響く。
「削除対象情報確認。対象コードは3、国家規定史実への反証可能性情報です。プロパイダに進入後当該情報を破棄、情報作成者の特定に移ります」
「削除対象情報発生。対象コード6並び9。公共環境浄化規定への抵触、性的感情扇動。情報作成者及び媒介者の特定完了。国警地方実務稼動署へ指示、三時間後に確保する」
「ただの一人も、ただの一つも取りこぼすな」
 この場で意思なるものを持ちうるのは一人だけ、電子作業従事服や警務作業着を着用しないという極めつけの特権を誇示するように行使している錦野である。銀座一番堂で誂えた自慢のオーダーメイド・スーツと合わせの黒革靴は大企業社員のボーナス三回分はしよう。そのポケットの中で常にスペースを圧迫するは自慢の懐中金時計、国立大学帝京特学区分校、その中で最難間の特珠一類、国行政実務理論法務研究学部を主席で卒えた証である。大昔は次席で卒えた学生と杯を飲み交わし、互いに国家の発展に尽力しようという事で、次席に与えられる銀時計と金時計を真二つに断ち、張り合わせて使う慣習もあったと聞くが錦野の自尊心はそれを許さなかった。
「優先削除情報です。コード1、6。現行政権非難、及び国警への言論攻撃です」
「最優先で対象者、賛同者、共感者を把握し確保。グレーゾーンの被影響可能性者をブラックリストに登録せよ」
 ふう、と息をつき錦野は神経質な手先で用意したアッサム・ティーを口元に寄せる。
「国警への批判はそのまま国警が履行する国家秩序とその制度手続への非難である。我々国警は下々の人民を統治する責務を今までも、そしてこれからも担ってきた。その秩序の擁護者――直接の権力行使者として何よりも肝要なのは権力ではない、権威なのだ。遠い昔から日々の堕情を枕に流す下々と、奴等の担わぬ責務を勤め上げる我等御上は住む所から持ちうる権利まで何から何まで違うのだ。下々の者は御上の名を聞き震え上りその胆の底から御上の権威を畏怖する、いや畏怖せねばならんのだ。その威に泥を投げるような真似を国警として黙って見る訳にはいかぬ。無慈悲な厳罰をもって処断せよ」 
 ぴりと張り詰める空気。それを感じ取った錦野はさらに引き締めにかかる。
「ところで作業中の畑中君。君の私物からこのようなものが発見されたが・・・」
 す、と取り出されたのはブックカバーに覆われた文庫だ。カバーを外すと表紙の類は破られていた。
「ふん、自己防衛のつもりかは知らんが、現代語訳を選ぶところがつめがあまい。これは発行禁止書籍だぞ?」
「ですが・・・警視正、それは日本いや世界最古の文学・・・源氏物語です。もうその一冊しか残っていないんです・・・」
「時代が古かろうが関係ない。数年前、欧州の大統領が『日本で一番古い物語は近親姦と性奔放だ』と言い放った事を忘れたのか?そのような国家の恥は歴史から退場して貰わなければな」
 そう吐き捨てると錦野はこの国で最初の物語、その最後の一冊を破り捨てた。千年もの時を越え語り継がれた御話が乱雑な手つきで紙屑へと成り下がる。かけがいのない価値が永久に失われた。
「ああ・・・」
「この痴れ者がッ」
 錦野は勢いよく畑中の顔面を張り飛ばした。
「よいか!真っ当な社会構成員ならば文学など読む時間などない筈だ!それは時間を浪費するだけでなく無駄どころか社会の安寧を妨げる思考を生む言葉を肥大させる有害物だ!正しい人間は決して本など読まず、日々の労役に精を出し余った休養は運動をして健全な肉体と精神を構築するのだ!身体の伴わぬ思考、娯楽とは精神の退廃を招く濁毒千万でしかない!そんなものこの国務警察に持ち込ません!そんなものこの美しい国土に一つたりとも持ち込ませんぞ!理解ッたなッ」
 畑中は項垂れている。
「畑中警邏係長、修正室五日の懲戒処分とする。反省しろッ」
 両脇を屈強な修正警務官に抱えられながら畑中は部屋の外に消えていった。
「全く、オタクどもめが・・・潰しても潰しても湧いてくる・・・」
そう呟くと、錦野はキャリア専用エレベーターで国務警察庁の上層へと昇っていった。

上野山 帝京絵画展示会館 絵画技術選考大和賞 予選

今や大和皇国で絵を描ける場所はここにしかなかった。だがもちろんそれも自由ではない。描かれた絵が「よいもの」か「破壊すべきもの」なのかを規定するのは国民生活管理部の指導部長、大和未成年保護者総会理事長、そして彼らに選ばれたオブザーバー達である。
この場に言い知れぬ怒りを抱いた異端者がただ一人いた。名を坂本三郎、絵師としての名前はぷに尻亭好色。かつて幼い尻を描かせたら右に出る物はいないと言わしめた18禁同人作家である。彼がコンクールに望む際、一つテロリズムめいた真似をしてやるぞと言う覚悟でこの場に立っている。そう、あらゆる絵柄に制約がかかるこのご時勢に彼はなんと『萌え絵』をコンクールに出そうとしていたのである。
「次!251番の作品です、どうぞ」
 オブザーバー達の前に、遠い昔人々を賑わせた可愛い絵が現れる。顔を青ざめさせるオブザーバー達。湧き上がる非難の声、指される指、響く怒号。
「君ねえ・・・こんなわいせつなものを公の場に出すなんて・・・」
「何が猥褻かっこれは私がまだ三十に満たぬ歳のころこの国土のあちこちで見られた絵柄。綺麗、可愛い、そういう印象こそ与えど猥褻など!」
「時代が変わったんだよ・・・若いの・・・」
 その声にキッと振り向いた坂本は、心底驚愕したという表情を浮かべた。壇上の老人は、かつて性表現同人絵師をやっていた人間にとって決して忘れる事のできない人間だったからだ。
 宇治茶春雄、絵師としての名を鬼畜堂惨虐。日本で最も過激な残酷画を描き続けた事でその名を伝説の域にまで至らせた名匠である。単なる下劣、残酷描写の羅列でなく緻密な計算と論理をもってパズルのように読み解ける画風と残酷描写を抜きにしても第一級の名声を得たであろう美しい人物肉体造形。そしてその上に乗せられる『残酷』の徹底。才能とはこの人間のためにあるとインターネットの非合法掲示板では今でもその名を語り継がれる神話の英傑。長年行方不明とされてきたその男は容姿こそ老いれども知る人なら誰もがそうだと指摘する風格までは色あせていなかった。
「残虐御大・・・そんな・・・まさか」
「その名は棄てたよ、筆を折った日にな・・・」
「御大が!嘘だ」
「嘘ではございませんですのよ」
 河馬のように肥えた中年婦人が癇高い声を上げた。鼈甲の眼鏡に大きなイヤリング、太い首元にはさらに誇示するこのように大きな真珠が数珠繋ぎのネックレスだ。
「宇治茶先生は自分が今まで行なっていた事を恥じていらっしゃるんでございますの。今では我々保護者総会の下で社会の美風良俗を保全するお仕事に協力して戴いておられるんですのよ」
「馬鹿な馬鹿な!御大は大焼浄より前の表現規制二十年戦争を最初期から戦い抜いた規制反対三銃士の一人、鋼の心で文化とその担い手を守り抜くと漫画の神様に誓いをたてた反規制四十七士の発起人を勤めた偉人だぞ!規制反対派の中で、権力に阿ったゾーニング派、規制消極賛成派、カンフル効果なる妄言を叫んだ内部浄化派・・・日に日に増える派閥と質の低下の中、誰よりも高潔で誰よりも力強く、誰よりも寛容だった孤高の十一月派、そのただ一人の担い手として表現の自由という旗を、権利自由の旗を最後まで手放さなかった御大が・・・こんな!」
「嘘ではない・・・現に、あの大焼浄より前に私は筆を折りあの世界から足を洗った・・・二度と私は絵を描かぬと誓ったのだ・・・」
 絶句。無理もない、この世がひっくり返るほどの衝撃を受けてまともな言葉を繰れるほど坂本の人間はできていない。
「大焼浄の呼び水となったのは青少年性表現禁止条例の三度目の制定だった。その数年前に、模倣犯があったろう・・・漫画の」
「ああ・・・性犯罪の・・・年端もいかない少女を狙った犯行の。その前後は政局のごたつきやらで遠い昔の第二次コミック追放運動ほどワイドショーで攻撃されなかった・・・」
「だが、インターネットでは盛り上がったな?規制派と反対派の論戦。メディア効果を巡る科学的論拠の是非」
「そうです、そこには貴方も――」
 そう言おうとして、坂本の言葉が止まった。丁度残虐がネットからも紙面からも消えたのは間違いなくそこからだった筈だと気づいたからだ。
「私が丁度40をこえた辺りの事件だった。それまでの論戦で小競り合いを続けていた私は正直、疲れていた。それもあったが創作意欲にも衰えがきた、心が日に日に重くなる毎日、そこで起こったのがあの事件だった。少女が十数人被害にあったと流れ、一部メディアは加害者宅にその方面の漫画の大量所持を報じ、いつもどおりの大論戦。そこで私が感じたのは、怒りだった」
「メディアにですか」
「違うッ」
 これまでとは異なる怒気。おそらくその怒りが本物である証。
「規制反対派の数は正直、初期に比べてとても増えていた。だが質はどうだった?被害者の存在を忘れたかのように自分が助平漫画を見たいという欲望を隠そうともしないで権利だと叫ぶ。果ては被害者達をあざ笑い、事件を出汁に心底つまらん大喜利を始める始末。果ては人種差別まで一緒に始めて吹き上がって楽しんでいた連中だ」
「しかしそれは一部の」
「いや・・・それだけではない。その時、嫌気がさして初めて『もしこの加害者が読んだ漫画が、間接的だとしても多数の少女達の身体と、心と、魂を傷付けたのではないか』と考えた。メディア効果論は科学的ではない。それは知っている。だが犯行手口の模倣犯の可能性は高く、犯人の性癖に影響を与えた可能性は0とは言えない。私達は想像力を使って平面に命を吹き込んでいく、想像の世界の住人だ。誰も傷つけない想像力という遊び場で子供のように毎日遊び尽くす。だが、その想像が他人の人生を狂わしたら?子供と親、家族に深い傷を負わせたとしたら?私が描いた漫画ではない、だがほんの一寸でもその責任が自分達にあるのではないか?そう考えた」
「それはッ」
「そう考えたら、もう描けなくなった。私の描いた世界はとても過激、とても醜悪なものだった。真似をされたら私は絶対に償い切れない。半生をかけて人に嫌われ眉を潜められるような絵を描き続けた、そこに価値があると信じていたからだ。そのために闘った、権利自由を守り抜くぞ、その決意で・・・だが、その果てにあったのは醜い欲望だけだった。欲を否定しようとは思わん、だが限度はある。節度や時宜は守らねばならん。そういう事を一切鑑みず欲望だけを大声で張り叫ぶ連中ばかりが周りにいるように思えて、私は耐え切れなくなった」
「・・・・・・」
「一生で、憎まれ謗られ馬鹿にされるような事ばかりを続けてきた。少女が残酷に殺される、それだけを描き続けた。そして描きたい欲が尽えた時、私は空っぽになってしまった。その時だ、鬼畜堂残虐なるくだらん漫画家が死んだのは」
 坂本はもう、溢れ出す涙を留めるだけで精一杯だった。
「さ、お時間も迫ってきておりますしこの作品は失格という事でいいですわね?では次の方」
 坂本と入れ替わりに少年が入ってきた。神経質そうな表情からその内面に深くたわわな実がありそうな予感がした。非身体の世界の住人だと一目でわかる。坂本は、なんとも言えぬ親近感を少年に抱きながら重い足取りで審議室を後にした。

 インタビュー 鬼畜堂残虐先生 コミック猥雑 八月号付録

――この度はインタビューに応じていただいてありがとうございます。

残虐先生「こちらこそ私のような新人にわざわざ時間を使って取り上げていただいて感謝しております」

――期待の新人ですからね。デビュー作の『硝子の蕾』、1000人の少女の腑をひたすら壜に詰める工場の一日を描いた作品ですがその着想力に編集者は度肝を抜かれたと噂されています。作品裏話みたいなの、ありますか?

残虐先生「アレはアメリカの屠畜場のドキュメンタリーから着想を得ましたね。得てからは動物倫理系の論文と主要書を三週間ぐらいかけて読んだかなあ?その後に作画インして一ヶ月ぐらいで仕上げましたね」

――すごい調査力ですね!もちろんこれは成人向け漫画なのですが、性描写がものすごく機械的で全く感情がないようだと読者も編集も驚いていました。そこもやはり調査から着想されたのでしょうか

残虐先生「それの元はサラブレッドの交配か何かのドキュメンタリーですね、扇情的なポルノは好みではないし正直入れたくないシーンだったのですが作品として性をオミットするのは不自然だと思い一番バランスのよい形を探しました。あとキューボリックの『目玉』も参考にしましたね。キューボリック好きなので、作品全体の調子もキューボリックが流れてます」

――やはりあの淡々とした描写はキューボリックでしたか!その後の作品にも受け継がれている気がします。そして何より今回出版される10000ページの大長編、虐殺絵全集にもキューボリックが強く出ていますね。

残虐先生「キューボリックは感情をオミットした画面構成が魅力なんですよ。対象物に一切感情を移入しないよっていうのが残酷絵と相性がいいんです、とても」

――詳しく説明してもらっていいですか?

残虐先生「僕が残酷画を描く時一番参考になるのは絵のリアルさを追求するような資料じゃなくて、感性感覚を想像するのを助ける資料、テキストの資料が一番ですね」

――テキスト・・・拷問の記録とかですか?

残虐先生「確かにそれも使いましたが、なんと言ってもラス・カサスの『インディアスの破壊について簡潔な報告』が一番ですよ。同じ人間と認識していない、それだけで説明がつかんような本物の『残酷』が淡々と描写される。そこにある本質は、理由は、原理は何かを考えてそれを演繹として美少女キャラクターで再現する。そういう製作理論で創っています」

――資料の読み込みが、あのクオリティに結びついたという事ですね。ではそろそろ紙面が尽きるころなので今回はこの辺りで切り上げさせて戴きます。また最高の次回作を期待しています

残虐先生「期待されてるうちは、応えないといけないですよね。僕の夢は日本のみならず残虐描写なら世界で僕に勝てる奴はいないと言われることなので。これからも精進します。お疲れ様でした」

 数ヶ月の内に、帝京を奇妙な噂が飛び交っていた。財務省と国務警察の対立が関係各所にあらゆる影響を及ぼしていたが、その内の一つに『関東圏電子情報保存センター』を巡るものがある。港湾地区の再開発の際立てられたビルディングは国家機構の廃棄情報を電子化、圧縮し緊急時等に閲覧できるシステムビルだ。その中のデータは完全なブラックボックス、国警ですら無許可の閲覧は出来ないことになっている。後ろ盾は財務省、それだけでなく関係するあらゆる省庁のデータを把握しているという事実はそれだけで武器になる。上手く渡り歩いていた省庁だったが、とうとう命運が尽きて国警の強制捜査が近く入ると言う噂だ。
「つまりアレか?大焼浄で失われた文化が電子化して残っていると?」
「それだけではない、国警と民自党の主導で行なわれた剪定史実規定で破壊された文字媒体記録史実まで残っていると聞く」
「だが全てではないだろう」
「それでも途方もない数だ」
 御影は押し黙る。何か策があるという顔だ。
「これは恐らく運命というやつだろう。実は今、あの大焼浄を生き延びた文化媒体を一箇所に集め、データ化してインターネットで全世界にぶちまけると言う計画が進んでいるんだ」
「壮大じゃないか」
「ミームだよ」
「ミーム?」
「あの時焼かれた文化は、間違いなく我々と我々の先祖が受け継いできた感性によって作り出された価値そのものだ。感性が価値を作り、価値が感性を紡ぐ。その連累が文化全体を構築するのだ」
「生物学的遺伝に対抗する文化的遺伝か」
「DNAは二重螺旋構造だが、人種単位での『遺伝』という観点からも生物遺伝と文化遺伝の相克する理が時に交わり時に離反し連なっていく構造の全体が我々という種が後世に繋がっていくという事なのかも知れないな」
「で、どうするんだ」
「知れた事、準備に五日。六日後にこの国に残ったオタク達全員で突撃をかけ破壊された文明を取り戻す。場所もおあつらえ向きだな」
「電子情報保存センターは港湾輸送情報特区の中心地か。旧施設名は」
「東京ビッグサイト」
「オタクの聖地だ」
「この国のオタクすべてで落とす」
「死ぬぞ」
「覚悟の上。元よりオタクとはそういうもの。子を成し生命を次代に紡ぐ役割を担えぬという人間がオタクという価値体系、形而上的価値の賛美者として加入する傾向が強い。それは即ち生命の維持を担うウェイと異なる役割――文明の護持を担う存在こそがオタクだという事の所作に他ならない」
「だが、電子データだけで本当に文明の復興が可能なのか?ここまで浄化された環境ではもう無理だろう。まるで欧州の城下町のようだ、もう亜細亜とは思えない」
「それでもやらねばならない。もしこの国の、文明の根が枯れ落ちていたとしても、海の向こうの誰かに伝わるかもしれない。その伝わった人々が紡ぐ文明文化の累の中に我等が文明が一滴でも残っているのなら――」
こんなにうれしいことはない、と御影は続けた。

 帝京 西部方面重要貯水施設付属公園 旧名 多摩湖

 この湖を眺める場所は三箇所ある。左岸と右岸の整備された公園地帯とその真ん中に細く切り通したような道路にお情けとして付いているベンチだ。ベンチからは右岸を遠くに望むことができる、見晴らしだけなら実はこちらが、という意見も少なくない。
 そのベンチに座りて思索に耽ろうとしていた坂本は、先客の存在に気が付いた。上野で会った少年だ。一人で、静かに、絵を描いている。神経質そうな面持ちは変わらない。ただ一心にキャンバスに情念をぶつけている。坂本はその気迫でしばらく声をかけられなかった。
「あ・・・」
 少年が気づいた。
「少し見せてもらえないかね」
 少年は拒む気持ちを不器用な表情で表した。
「大丈夫、仲間さ。ほら、上野で・・・」
少年はそれを聞くと、少しだけリラックスしたように肩をなでおろし、キャンバスをこちら側に向けてくれた。
大きな黒い兵士が剣を振り上げ笑っている・・・顔は角度により西欧の悪魔にも東洋の鬼にも、はたまた崑崙の夜叉のようにも見える。兵士のポーズは仁王像や毘沙門天像を意識しているが、それらに通ずる荘厳さや品格をあえて完全にそぎ落としている。その兵士が踏みつけているのは、女だ。いやこれは女神だ、希臘の女神ミューズとその姉妹とはマイナーなものを。太った子供が泣いている。これは風刺画だ、と坂本は気づく。
『こんな子供がここまですさまじい・・・』
 坂本の嫉妬心と畏敬心がごうごうと燃える。そのさまを見た子供はすこしうれしそうだった。
 しかし坂本とてかつて絵の世界で糧をつないでいた男。それも五年やそこらではない。さすがの貫禄勝ちだ、坂本にはこの絵が目の前の少年が今一番、心の底から描きたい、人生の時間でもっとも優先して描きたいものではないと看破した。
「会ったばっかでこんな事いうのも何だが・・・これ、君が今一番描きたいものじゃないだろう?」
 少年はうつむく。図星だ。
「ねえ・・・おじさんの絵も見せてよ・・・」
「そうか・・・少し待っててくれ」
 スケッチ用紙に高速でビジュアルを映し出す。頼るのは己の脳と指先のみ。なれた手先で描き終わった白紙には、あられもない少女の性交が濃密に描かれていた。
 驚愕する少年。してやったりと得意顔の坂本。そして手がふるふると震える少年が声を絞り出す。
「この画風・・・一体どうやって・・・」
「個人で編んだにしては洗練されすぎているってかい?遺憾ながらその通りさ。これは俺一人の画風ではない、君が生まれる遥か昔から受け継がれ磨かれてきた技法だ」
「でも・・・」
「そう、今は廃れてしまった。残念だ」
「廃れてない」
「ん?」
「おじさんだって継いでいる。そして、僕が今までどうしても描けなかった最後のピース、今埋まった・・・」
 そういうと、少年は神速で線画を引き始めた。簡潔だか、確固たる線だ。ただ一度見た萌え絵でその内に秘められた技法巧達の全てを解読し、自分の画風に取り込もうと模索している。三十分にも満たぬ内に、一枚の萌え絵が完成した。かつて全盛期の秋葉原でも通用するであろうクオリティに坂本は心肝を冷やした。
 飢餓トマト理論という文化史的仮説を坂本は思い出した。トマトを甘く味を濃くするには栄養素をその生存熟成がぎりぎり可能な値にする事でトマトは最も美味くなるという奴である。この時代の文化の担い手は、極限まで制限され抑圧された環境下で、濃密な内面を醸成しているのだろう。圧されたパッションのはけ口が文化ひとつであるならば、その勢いと質たるや過去のそれに比して強靭足るのは道理である。
 坂本は、その才覚に嫉妬を超えた感動を覚えると同時に才を自在に表せぬ時代を大いに恨んだ。多摩湖の向こう、橙に焼けた太陽が数万Lの水量の中に溶けていく。日が落ちんとする今空は星星がその光を強めつつ、紺のヴェールを頭上に張るような夜空が沈む夕日で透くようにまだ明るさを保っている。そう、夜が来る。文化が最も輝く時間。その担い手たる二人はその光景と見つけた仲間、受け継がれる技術に心を潤しながら至福の時をかみ締めていた。

 はじめに言葉あり。これは世界で最も有名な『言葉』であるがそのことばの誕生に関心を払うものは極めて少数である。
 考古学的、純言語学的な事実を記載することが許されるならば最古の言葉とはフランス、アルタミラ遺跡の『失われた洞窟』に残されていたものである。
 アルタミラ遺跡の洞窟群の中で1960年代前後の記録情報上抹消された遺跡に残っていた壁画。絵と文字が分離した瞬間が残るミッシングリンク。視覚イメージを再現可能な形状で『残す』即ち絵の誕生。それとほぼ同時期に起きた意思疎通言語の記録化は絵から派生する形で誕生したと論推される。その証拠として有効な現物は、混乱の60年代を象徴するような出来事、八月のワルツ事件で完全に瓦礫となってしまった。
 壁画の発見とそれが最古の言葉である可能性を国内中央情報局経由で知ったドゴール体制の黒幕である『黒のマリア―ジュ修道会』は『これは神を破壊するものである』として洞窟の爆破及びアルタミラ遺跡の焦土化をルーブル美術館地下十三階にあった第八告解室で決定。アルタミラ遺跡を異端の悪魔と認定し処刑を宣告した。この行為が事実上修道会の議決であったことが後の裁判の焦点、共謀罪の適用になったことはEU法を学ぶ学徒にとって嫌でも思い出されることだろう。
 修道会の暴挙を阻止したのは皮肉にも修道会の目的と全く同じだった集団であることはフランス社会史に聡い読者諸君ならご存知だろうが本書は初学者向けの学部教科書としての使用を想定しているため(編集者と私の食い扶持のためでもある)退屈を我慢していただきたい。修道会と情報局配下の技術部隊(爆破、工作の専門部隊であったとされる。今日に至るまで詳細不明)がアルタミラ全域にナパームとC4による殲滅をかけようと下見をしていた時、封鎖された現場周辺に全く別の武装集団が居た。五月革命を達成した市民運動の中核を担っていた「フランス労働総合連盟」から派生し、独自路線による反ファシズム武装人民前衛党を自称した『栄光の夜明け』が所有する武装組織『人民自由軍』の軍務局長とその側近が遺跡の破壊に向けて行動していたのである。
 『栄光の夜明け』は遺跡を「科学的合理的思考による人民への社会的抑圧からの開放を妨げる封建的権威主義搾取倫理の理論的支柱」として打倒することを党会議にて決定。人民裁判によってアルタミラ遺跡への死刑を宣言、これを爆破するため急遽軍事部隊を派遣したのである。
 当然ながら、街中の本屋に火を放てと指示した件について『聖書を除く全ての書を灰にせよ』とテレビ番組で絶叫し、マルキストに対する悪魔認定宣告を行ったバケットクリュージュ枢機卿(20代のころワインの密造で破門を宣告されているため自称)率いる修道会と、パリ大学におけるアジ演説で『全ての教会を瓦礫にせよ』と咆哮し、パリ中の教会の十字架を小型爆弾で爆破したポニリヒークリュグ人民労働書記長(数日前パンの万引きで逮捕されたため当時不在)率いる栄光の夜明けが鉢合わせたのである。即時に戦闘に突入し遺跡爆破どころではなくなった。数時間に渡る戦闘の末とうとうドゴールは修道会を見限り(この事件以前に、バケット枢機卿との面談時『軍を使って聖遺物を探し出し信仰と神の力でソビエトに宣戦布告すべきだ』と数時間に渡って説得されたのがきっかけであるという説もある)治安部隊を投入。幸いにして遺跡の大半は守られたものの最後の一つ、ことばの遺跡は残念ながら爆破されてしまった。
 だがそれ以前に写真家で画家のキッシュ・ド・べーヌ氏が遺跡の壁画を全て撮影しており、その写真が証拠としてよく取り上げられるが残念ながら現物が破壊された以上、氏の写真の真贋を判定する方法はない。
 ともあれこの遺跡と壁画はあらゆる事を意味する。古代人が畏敬した神とは壁画に描かれたものであったことは有名な学説である。はじめに言葉(壁画)あり、即ち神と絵と文字の誕生は同時だったのである。
 ぺリュヌ ダウフ著 神の誕生日 第七章より抜粋

 八月十三日 帝京 港湾輸送情報特区 
 その日の朝を迎えるまで御影らの顔は暗かった。インターネットによらない前時代的情報伝達手法でどれだけのオタクを動員できるのか定かではなかったためである。しかし、指定時間の半刻前から、ずらり、ずらりとオタク達が揃っていく。
 皆顔に汗を浮かべ、苦悩と希望が同居した表情を宿してきた。その総数はおよそ50万。50万のオタクが一同に会したのである。数が増えるごとに気勢は増していく。ときの声はまだかとざわめきが絶えぬ。頃合だ。
「今からビッグサイトを落とす!総員で突撃しこの国に文明を再び起こすのだ!これより天岩戸作戦を発動する、かかれ!」
 御影はカットラス(もぞうとう)を手にしビッグサイトに向けて突きつける。怒声を張り上げる五十万のオタク達。天に響き地に震える。伝う風は悪臭に塗れ響く地響き鯰の如し。一人一人がてんでばらばらな格好で走り出すがその走り方はみな一様にちぐはぐだった。奇怪な動きでばたばたと手足を動かしビッグサイトに向かっていく。その様子は滑稽そのものだがこれだけの数である、正直恐ろしいと表記せざるを得ない。そう、これはまさに現代におけるバスティーユ牢獄襲撃事件だ。牢獄に囚われ死と絶滅を待つばかりである文化という『価値』を開放するための闘争である。そう、ここに人類史最後のコミケットが開始された。暑い、うだるように暑い、夏の日の物語である。
 
 警備本部

「大量の醜人が迫ってきます!」
「クソ、総員武装し迎撃!国警本部に通達」
「通達完了しました」
「動ける人間は全員篭城して戦闘だ!」
「・・・・・・」
 年季の入った老警備は首を縦にふらなかった。他の警備兵も同様である、戦意は低い。
 それでも指令どおりの配置につき迎撃戦の構えはする。皆職業労働者だからだ。
「よし、威嚇だ。撃てっ」
 無音。激怒する司令官。
「貴様らなぜ撃たんッ」
「撃てませんッ」
「何故ッ」
「あれは人間だからですッ」
「人間だと!?オタクじゃないかッ」
「元来人間はああだったんじゃないですかッ今の世の中御覧なさい、皆一様に美しく、賢く、御洒落だ。だがそれしか居ないじゃないか、あの様を見てください、みんな滑稽なまでに醜かったり体型も服装もちぐはぐぐちゃぐちゃ。凸凹で可笑しくて、でもそれが人間なんじゃないですかッ不揃いで不恰好なのがごろごろ混じって、それが本当の人間でッ」
「うるさいッ」
 口答えした兵の顔を張り飛ばす司令官。だがまだ若い、張り飛ばすより前にこの場が定まっていたことに気づかぬのだ。
「な、なんだお前ら。命を聞け、撃てッ醜人を撃つのだ」
 喪失した戦意に檄を飛ばす。だがもはや届かない。
 くると振り返る兵の顔には諦念が濁っていた。
 手っ取り早い解決法として上官をシバキ倒し縛り上げる。兵達はさっさと引き上げるが老警護官だけは動かない。
「じっちゃんは行かんのか。じき国警が来る、巻き込まれちゃうよ」
「このボンクラの言うがまま撃つのは御免だが、これから起こる事は少しばかし見たくってなあ。それにあと少しで二度目の定年さね、最後の仕事として見守らせてもらおうかね」
「なら俺もご相判に預かろうかね」
「好きにしな。出汁汁がそこの鍋に煮えている、朝飯代わりに米にかけて持ってきてくれい」

 警護の抵抗が無かった事もあり一時間に満たぬ頃合でビッグサイトは占拠され、隠されたデータの抽出及び持参されたデータの結合及び物的情報の電子化作業が開始された。途方もない量の情報を生成しさらに電子空間にアップロードしなくてはならない。その間、作業従事者を守りつつ二つとない貴重なデータを守り抜く覚悟がオタクに問われている。
「旧関東図書館連盟から情報ファイルを持ってきました!30万冊分の書籍情報です」
「国史研究同好会城南本部の秘蔵データです!浄化前史料の大半が保存されてます!」
「旧国立国家博物館の学芸員総会から派遣されてきました!近代以前の書籍刊行全情報です!古典資料の複製はこれ一本で事足ります!」
「でかした!」
 戦場のようなというより戦場そのものの忙しさの中データがまとめられ精製される。日本そのものを構築するかのような作業、日本という魂の電子化だ。
「あの・・・」
「ん?」
「北関東わいせつ同好会です。成人向け書籍300万冊分のデータを同封していただけないでしょうか」
「南房総破廉恥愛好グループです。こちらも黎明期からの成人向け同人誌百万冊、お願いします」
「貴様らこの非常時にわいせつ本だとっ」
 作業指導長が怒る。だが杖の一撃でいさめられる。
「あ、あなたは」
「久しいのう・・・沢木」
 旧国立図書館長にして宮内蔵前院総長、高砂敏明氏がそこに立っていた。日本の司書、学芸員その全ての長であり指導者その人がコミケットに居たのである。
「猥褻、低劣、破廉恥・・・その全てを包摂してなお輝く善悪浄濁の混在一如。それが日本ではないかね。何故猥褻を省こうというのか・・・」
「しかし今は時間が」
「それでは欠けたパズルだ。完成しても日本ではない・・・違うか」
「くっ」
「かまうことはない。おやりなさい」
「ありがとうございますッ」
「そしてこれは私からだ。異本や猥雑書の類・・・江戸とその前のものを集めておいた。そして春画のデータは完全版だ、これより完璧なのはどこにもない。頼むぞ」
「命に代えてもッ」
「老骨に鞭打って出張ってきてよかった。私は下で休んでる、文化の未来は君たち若人の双肩で担うのがふさわしいよ」
 そういうと高砂氏はよろよろと外に消えていった。
「簡単にいってくれるぜ」
「後世に残してぇって誰もが認めるようなモンだけを仕上げるのに精一杯なのによお」
 作業員たちがぼやく。ばつが悪そうなわいせつ同好会たち。
「まあ気にすんなって、あのじいさんのいうとおりさ。猥雑破廉恥否定したら文化なんてもうはもう根こそぎさね。ぺんぺん草も残りゃしねえ、残るのは白人由来のサッカーだけさ」
「相撲も花札も百人一首も、みんな根の部分・・・そう捨てきれない『日本』という島国の猥雑があってこその文化。だからこそ絶滅させられたんだがなあ」
「あの忌々しいオリンピックと国際首脳会談が一年おきにやられて、国土文化健全化運動なんてのが土俵を吹き飛ばし、和歌を爆破した。もうおたくなんてやってられる時代じゃなくなったのさ」
「そのうち健全な容姿体格発声にそぐわぬ『おたく』を健全に修正しようとッてえ地獄が現出して・・・この国から文化はスポーツ、それも欧州由来のそれ以外をのこして綺麗さっぱり消えてしまった。それと軌を一にして水の味が消えて酒がまずくなった。おまけに高い」
「だがそれも今日までにするぞッ」
 作業委員長が気を張る。
「例え情報単位でも、文化の痕跡さえ放出できたら必ずッ必ずつむがれるッ朽ちた焦土にだって稲穂は実るッいや実らせるッ」
 その気合を前に作業員たちもそしてわいせつ同好会たちも共に目前の作業へ集中する。
「ところで、先ほどの後世に残したいのってあなたなんですか?」
「んー、獅子唐粘菌作品とか」
 獅子唐粘菌、伝説のライターである。作品一本一本が長大な事で有名。キャラクター一人に当てる情報量、設定量が莫大であると同時にその心理描写の丁寧さは随一。さらに巨大な世界設定の緻密さ、独創性は他の追随を許さなかった。それだけでなくその世界でキャラクター達が繰り広げる『物語』の濃度は絶後であり、そしてなんといっても全体を描写する文の美麗端逸のことに於いて並ぶものはいなかった。緻密な設定と細やかな感情が交錯し全てが正確に填っていく様は『細工時計の物語』とあだ名され、作者自身は『耽美なる巨人』の異名を持つ。
 おたくじゃないか、とわいせつ達はおかしそうに笑った。

 三時間ほどが経ち、作業が進む中日照りは益々強くなる。まるで天照大神の加護のようだ。だが、その加護に挑む闇の力が――
「敵襲!」
 何ッとおたくたち。窓から覗き、双眼鏡はたまた望遠鏡にて状況を確認する者も現れた!その目に映るはまごうことなき絶望である。
 そこに現れるは大軍勢。国務警察の精鋭、即応鎮圧群である。その長たるものは一目見ただけで相わかった。 
 漆黒の巨馬に跨る偉丈夫。おそらく3mなどゆうに超える身の丈とそれを包む筋の鎧の重武装。跨る馬も欧州産の大物でも滅多にお目にかかれないサイズである。もはや警察組織の一員とは思えない格好の怪人物の名を知らぬ者など居ない、音に聞く国警四天王の大将こと武尊寺力坊である。
 前世紀末より悪化する治安環境の中国警の武威を示すため組織された中央戦略鎮圧隊。その名前は裏社会はもとより一般国民にも広く恐れられた、多大な戦果と引き換えの大きな消耗率、挙句治安対策が成功し一般国民への「しめつけ」が必要となるや後方に回され後進育成をお題目に閑職へと飛ばされた敗軍の将である。そしてそれに従う生き残り・・・戦場にて果てるべき命を持ち続けた亡霊達が彼を取り囲むように軍勢の中で異彩を放っている。
「あれが・・・四天王の」
「もう三人なんだよな、確か一人だけ死んでる」
「火炎魔人の異名で知られた鰐間好男、犯罪者とおたくを火あぶりにして喜ぶ破綻者だ。あれに捕まったおたくは皆生きたままコレクションやコンテンツと共に鰐間の炎で焼き尽くされた。おたくに最も恐れられた男の最後は毒殺だったそうだ、死の寸前に残した最後の言葉は『おたくどもめ・・・』だった、笑いながら血を吐いて果てたんだと。おたくに遅れをとるかッと叱責され力坊は失脚した、だがその背景には何らかの謀略があったのではとうわさされる」
「おたく共よ!」
 地を震わすような声が響く。
「此度の狼藉、真に重大である。国警本部は即時鎮圧の命を下した。だが双方への人的被害を最小限にせんがため本官の独断でこの勧告を告げる、降伏せよ。即時降伏せよ。返答なき場合三十分後に鎮圧を開始する」
 広がる動揺。拡大する狼狽。だが一人のおたくが立ち上がりマイクを握った。御影である。
「皆聞いてくれ、聞くんだッここで降伏しては今まで行ってきたすべて、われらが取ったリスクのすべてが水泡に帰す事となる。だが、ここで一滴の勇気さえ奮い起こせばわれらとその祖先が紡ぎ上げた文明とその価値は次代に継承される、その可能性が生き延びるッ!そう、これは終わりのない昼と夜との闘争だ。スポーツ、経済、行政・・・パブリックの美名を掲げ昼の領域で輝ける覇者達は常にその領域を拡大してきた。そしてわれらが文化、神々、物語は夜の女王。人が眠りし影の時間に浮かぶ夢幻を星星の明かりで彩るのだ。夜は昼の経済なくしては小さく萎み、昼は夜の眠りなくして動き回れない!歴史上すべての領域で、昼は夜を照らし上げた。ビロードのカーテンのように美しい夜は昼にあっては物人の後ろで小さくなるしかなかった。だが、明けない夜がないように沈まむ昼もまた存在しないッ我等が戦い抜いてこそ、われらの子々孫々が安穏として眠りにつくことができるのだ!」
 しゃらんと引き抜かれるカットラス。天にむけ絶叫が打ち立てられる。
「旗を掲げよ!禁歌を詠え!これは夜の訪れと神々の再訪を告げる八咫烏の羽ばたきだ!」
 おたくの大絶叫がそこらで響く。50万のおたくが口々に喚起と興奮の叫びを声が枯れるまで打ち立てる。そして旗がビッグサイト中に掲げられる。敵にその拒絶を告げるかのように堂々と太古のアニメ・キャラクターの顔が大きく描かれた旗がビッグサイトの窓からにょきにょきと男根の勃起のように突き出していく。そのなかで一際大きな旗がビッグサイドの踊り場に直角に立てられた。まるで起立した男性生殖器のような旗にはただただ大きく『萌』とだけ堂々と、これ以上なく堂々と書かれていた。

「徹底抗戦の構えです、閣下」
「その様だな」
 中央指揮車の中で冷たい返答が響く。錦野はこの事態を予見していたかのように冷静なトーンを崩さない。
「まあ良いではないか、連中に降伏の意思がないことなど最初からわかっていたこと。それよりこの叛乱を口実に現在、過去、未来の全ての時制に於ける著作、画描、映写、録音等情報物を我々国務警察の監督下に納める特例法案を成立させる事ができるだろう、その意味で連中の反抗はまあ鴨葱だったな・・・」
 既に間接的とはいえ出版芸術映像等全ての創作物を実質的に検閲する制度は整っている。だがこの男はそれをはるかに超える制限と管理・・・そして権力を成立させんと欲している。
「諸田よ、お前は書について何を思う」
「書、ですか。情報媒体と見ます」
「ふむ、ノンキャリアにしては出来た答えだな。だがそれは国民と国家を管理監督し未来へと領導する行政官の答えではないぞ。書とは、乱だ。文字媒体・・・抽象的な情報処理能力を用いて肉体的物質的次元における『現実』とは異なる世界、遥か離れた領域の事柄をも顕しセカイを無限に肥大させる媒体だ。そんなものを庶民が読みてどうするというか。無駄なる思考を巡らし、良からぬ考えに至り、折角我等の先代やまた先代が苦心して作り上げた世に不満を抱くではないか。下々とは目前の労務雑役に日々汗を流し事あれば兵として戦に御向き、子を成して死んで行けばよいもの。それを書だの、文化だの、萌えだの・・・下々が乱れるではないか」
「君主論の補講ですか」
「いや、マキャベリに査読された無名学生の論文だ。後に盗用騒動が起きた。よく知っているな、君も帝大だったか」
「いえ、明慶です」
「私学二番手じゃないか。我々には及ばぬが知恵が回るな、君らのような手足は国警にとって重要だ」
「ありがとうございます」
「では前線に私も出るとしよう。テニスばかりやっていては体が訛るからな・・・武尊寺に突貫させよ」
 錦野は中央指揮車を出た。

 上野、コンクール当日。坂木と少年は連れ添ってやってきた。坂木は顔を見られぬよう変装して、この日のため15キロ瘦せようと努力したが及ばず15キロ太る事により変装を成立させた。
「それで、ボクチャンの絵はすばらしかったと予選では評判だったんでございますけど、本選ではどんなのを描いてきてくれたんでございますんですかねえ・・・」
「・・・・・・・」
 少年は口を開かない。だが、以前坂木が出会った時より遥かに強い意志と魂でこの場に在るのはわかる。そして少年はその絵を――

「総員進軍!騎兵隊を先頭に特車と兵員で三段の吶喊をかけい!」
「中央指揮車より伝達!捕虜は不要!繰り返す、捕虜は不要!」
「捕虜は要らぬ!徹底攻撃!」
 大量の軍勢がビッグサイトに押し寄せる。迎え撃つはおたく。かつて夢を紡いだ港湾の異界は今や未来を願う城址になっていた。
「投石器構え!弓兵部隊は合図を待って狙ってろ!質より量だ、気張りすぎるんじゃないぞ!」
 指揮をするはアイドルおたく界の怪人物、司令塔村本こと通称シバキの村本である。
「酒が届きました!補給部隊が買いあさったそれです!」
「ようし皆のもの!優勝だ!」 
 わあという歓声と共に皆が酒瓶を奪い合って飲み干す。ビール、日本酒、ウィスキー・・・腕を交わして飲み干す兄弟の契りをするものもちらほらいた。
「やっぱおたくやるなら酒いっとかねえとなあ!」
「おい、ビールもうないんかい!こっちゃの方まで回っとらんがな」
「何がビールじゃい、焼酎はよ持って来たれ」
 口々に酒の無心が走る。これは・・・
「あれ、佐々木のおやっさん泣いたはるんでっか」
「こらなあ・・・こらなあ・・・祭りじゃないの・・・」
「はん?」
「酒飲んでなあ・・・楽しゅう騒いでなあ・・・日本じゃあ・・・ここは最後に残った日本なんじゃああ・・・」
 そういうと、周囲のおたくたち皆涙を浮かべた。
「わしら日本の日陰モンやったおたくがのう・・・今じゃ日本の最後の守り手かいな・・・」
「日本だけやない・・・神代の昔、二つに分かれた光と影・・・純化と排斥を理とする『宗教』文明と融和と創造を理とするアニミズム文明・・・アニミズムが、かろうじて、わずかに息をたもっとるんがわが日本文明じゃあ・・・」
「そのアニミズムが息潜めとる最後の場所がのう、わしらおたくの中じゃっちゅうんからなんやら誇らしい限りじゃのう、のう」
「屋台の暖簾に町のネオン、ラーメン丼のグネグネ模様、そげな場所に残っとったアニミズム・・・おたくのどこに潜んどったんじゃろうかいのう、マラっちゅうわけでもなかろうにて」
「やっぱここよ・・・目え開いてみんさいみんさい」
 前川が掲げたポスターは、原初の萌えキャラであるスコッチちゃんが描かれていた。そうぞう町物語のメインヒロインである。80年代を代表するアニメヒロインで知られる「そう町」は悪魔のような姿の宇宙人ヒロインが主人公の家に住み着くドタバタSFラブコメで、民話伝承のキャラクターや狐狸妖怪等々がキャラクターとして描かれる事が特徴である。ギャグのタイミングの良さで好評を博したが、何と言っても全てが作品世界に収まっているのが魅力的。異物怪物なんのその、全てを受け入れ続いていく世界はまるで日本の縮図であると評者を感嘆せしめた。余談であるが、アニメ版のオリジナルキャラクターは68~9年の左翼闘争の論法を多様するナチスマニアのアイドル親衛隊風四人で、監督が現実の思想史や実生活の風情、庶民の悲哀を作品世界に導入するもののその異物性をも飲み込んでしまう作品世界の度量にアニメファンことおたくは狂喜した。一説には『おたくの起源』の一とも言われている。
「むっそれだぁ!」
 全員が指を指して叫んだ。
「あそんどる暇あったら手伝わんかいぼんくら共ッ」
 村本の叱責に大急ぎで武具を調達するおたくたち。決戦の時は近い。

騎兵の大群がビッグサイト前陣地の固めに踏み入る。
「突き崩せー!」
「守り抜けー!」
 相反する二つの絶叫が酷暑快晴の日差しの中天に向かってつき上がる。騎兵に跳ねられたおたくの屍、ポルノが詰まったピンクの脳。その頭蓋を黒馬の蹄が叩き割る。死が体積する。だがおたくは恐れない。何より・・・彼らが命をかけいや彼らの命そのものが破壊されようとしている。かつての急襲には膝を屈し涙を溢れ地に嘆いたおたく達・・・それからようやく奪い返し再び命を天へと還す神霊再誕の儀がこの日に訪れた!
「投石器狙え!打て!」
 簡易作成の投石器から瓦礫の玉が発射され騎兵隊の軍勢が鈍る。だが武具の差は歴然としている、弓では頼りない。
「なんならお前らこんまい事しよってから!どいとれい」
 横柄に横入りするは二次会の西迫である。二次会へいくことを提案するしぐさにおいてこの男の右に出るものは居ない。
「武具ならここの警備室にあったど、数はおおないが作業終わらせるまでならもつやろ・・・おい用意せい」
 へい、とつけ送りの錦戸と大騒ぎの花沢が大きな武器を設置する。これは・・・
「対重機動戦闘車用誘導弾MQ800じゃあ・・・男ならこげにガイな武器扱うて何ぼじゃじゃい。みとれよ、あの戦闘車全部ポンコツにしたるからの」
 そういうとすぐにミサイルを打ち出した。高速で飛来する魔弾から逃れるよりも早く、照準の合った弾は誘導され戦闘車の有効射程外で撃破することができた。
「よしゃ!次じゃ!」
 続けて二両目三両目と破壊するも長くは続かない。敵兵の一斉射撃が発射前に食らう。全身に鉛を撃ち込まれ絶命する三人、そして誘導弾に引火し、ビッグサイト上部で凄まじい轟音と断絶魔が響いた!だがそれより遥かに恐ろしき『死』が下方から迫る。それは、『おたくを滅ぼすもの』であった。

「おらぁッもっと気張って槍つかんかいッ」
 シバキの村本に負けず劣らずのシゴキ人、千摺り小太郎こと福村小太郎の指揮でおたく軍団は意外にも善戦していた。アメフト上がりのおたくっ子福村の戦闘指揮とおたく達の士気でこの戦線は戦いの後盤まで持つと考えられていた。だが・・・
「はっはっ国警が何ぼのもんじゃいッおのれらが本邦から世界に誇る文化、ポルノゲーム潰しよったときからこうやってシゴいたるッたら決めとったんじゃいッわしらは丁度ポルノゲ全盛期のポルノッ子よ。ポルノ殺すなら死んでなくなれ、最後までポルノと心中したるんじゃああああ」
 解説するならば、彼は他のオタク同様性的コンテンツに執着しているのではなくポルノゲームという文化体系にこそその最大の関心を払っていた。彼がいや彼の世代が熱狂したポルノゲームとはいかなるものだったかについて、やや大仰に答えるならば日本領域における文章娯楽の最先端であり一種の到達点であるといえるだろう。単純な性的ビジュアルの開示のためのストーリーを遥かに超えた水準の物語構成は読者の精神を潤した。キャラクター同士が織り成す物語、そのメタ的な構造そのものを批評性の中に埋め込みて一段階高次のストーリーを構築する手法に多くの評者をも感嘆せしめた。文字を用いて作り上げる芸術文藝作品を「文学」と表記するならば、ポルノゲームとはまさしく最先端の文学であったろう。思考性、物語性、そして設定人物等造形・・・優れた文学、世に残る芸術作品に当てはまる全ての特徴を持っていた。だが、今や・・・
「ほっほっこれはきさんらに縄打たれてぬっ殺された芸術家の分じゃい!次にわしらおたくの分じゃい!そして最後に火をもて焼かれた作品キャラクタ達の分じゃい!!!きさんら外道の血でそん罪ッ」
 だがその言葉が最後まで発せられる事は無かった。一陣の風がオタクの妄執と共に命を彼方へと運び去ってしまったのである。
 ごとり、とおたくの首が落ちた。わいせつ物を浴びるように見た目玉にはもう何も写らない。
 風に色があるかと問われたら何を莫迦なと答えるであろうが、この時の風は間違いなく翠のそれであったと皆感じたであろう。触れればひやと肌が冷めるような碧の諒風が一度吹けば10のオタクの首が飛んだ。その殺戮の風衣を纏う敵兵は戦場にてただ一人、蒼緑の和装にて佇んでいた。その剣は剃刀のように薄く、並みの刀剣に比して余りにも鋭い。刀紋からはうっすらと紺の光が漏れ出している、世に言う宝剣の類だろう。余りにも美しい。顔を覆う頭巾からは目元しか覗けないが、それだけでこの者が一騎当千の傑物である事が伺える。疾風の剣士律本涼、即応鎮圧群の副長である。
「律本じゃあ!さっさと殺れえ!」
 半ば恐怖に引きつった声でおたく達が襲い掛かる、が。
 ひょう。
 旋風が通りすぎたような風音が一度だけ鳴った。一拍。オタクの軍勢が崩れ落ちる。壊れたポンプのように噴出される血潮。転がる手足。
「なんならこんバケモンはッ弓引いて射ッ殺したれ!」
 ゆうに100は越える矢が律本に向けて放たれる。が、律本は動くか動かぬかという所作で己に向う虚弱な殺意をなぎ払った。振る舞い全てが雅にて粋。対するオタクと丁度対称である。
「弓で駄目なら竹槍で突っ込むんや!いくらなんでもこん人数ならどうにかなる!ここで殺らんな後がないでッ」
 死を迎え撃つオタクはゆうに100を超えた。崩れ落ちそうな戦意を建て直し、勇気を奮い起こして別格の魔人に対峙する。だが届かない、あまりにも、格が違う。
 そのオタクの勇気に免じてか、律本はすらりと頭巾を取った。そこには真の『凄み』が潜んでいた。
 全てを射抜くような力強い目。琥珀と見間違う美しさを備えた眼球は宝玉だと言っても通用するだろう。これ以上無いかのように整った目鼻口元。黒絹かはたやブラックパールのように鮮やかな黒髪。全身から放たれる貴人の如き風貌は見る人全てを畏怖させる。美の顕現、麗の象徴。大凡美しいと形容する全ての言葉をこの男に使う事に異論を挟む者はいないだろう。
 その美しさに誰もが見蕩れる、腕が止まる。それが、死。瞬時の動揺を縫うように殺戮の疾風が軍勢を駆け抜ける。振り返る必要もなし、律本の背後にあるのは屍のみ。
「ひッ」
 怯むオタク達、弓の照準もいまや震えて定まらない。ひょう、と律本はまるで踊るように跳ね軽々と二階踊り場に乗り上げた。弓兵達は逃げる間もなく微塵にされる。
「あん化け物ば殺さねばわしらに先はないでッ増援要請!」
「各戦闘区域はもういっぱいいっぱいです!」
「こっちにはもう歩兵ばおりませんッ」
「畜生!」
「なあ・・・」
 呼びかける声に振り向いた戦闘指揮官の大村は厭な顔をした。おたくの中でも嫌われ者、西本敦がそこにいたのである。著名コスプレイヤーつきまとい事件、同人誌及び稀少グッズ大量転売事件、有名声優SNSわいせつ事件、数々の非常識かつ低劣な事件を引き起こした鼻つまみ者。容貌醜悪性格劣悪品性低劣の最低人間である。彼の周りには彼ほどではないが嫌われ者のおたく達がいた。
 くさい。
 そこにいるだけで酷い悪臭がする気がする。おそらく気分の問題だろうがそれにしてもひどい。
「なんなら」
「おれがあいつ殺ってきてやるよ」
「やれるもんなら殺ってみいや」
「そうか、じゃあちょっといってくるけえ・・・弓隊用意しといてくれや、のう」
 そういうと、宝刀片手に戦場を闊歩する絶対的強者の前に西本は立ちはだかった。
方や現代の剣聖とまで謡われ、その美貌と腕力にものを言わせ抱いた女は星の数。かといえば帝大にほいと入ってしまう秀才で、銭を稼いですぐ辞めたという真の強者、いうなれば絶対強者である。
方や高校受験に失敗し、生徒数より壁の穴が多い底辺高をいじめられて中退。何の生き甲斐もなくおたくコンテンツに熱中するも知識量も情熱も他のおたく達に完敗。承認欲求と性欲の入り混じった行為をしては嫌われ、小銭稼ぎでモラルに反しては嫌われ、やけくそで滑稽を演じようとしては袋叩きである。弱者、弱者。絶対弱者。
その二人が今対峙する。鼻で笑うにも当らない弱者を前に律本は口を開く。
「犬死しにきたのかな、まあいいけど」
 鈴が鳴るようなソプラノ・ヴォイスである。無限に聞いていたくなる美声。
「死には来たが、ただじゃあ死ねんのう・・・」
 耳が痛くなるようなだみ声である。酒やけしている。長年のアルコール依存症によるものだ。
 慢心した律本は戦場での足取りをやめていた。だがそれは失策であった。西本は硝子壜を下投げでぽんと放り投げる。かわす律本。割れた壜。漏れ出た液が建物を溶かしている。
「酸かッ」
「今だッ」
 嫌われおたく達がありったけの壜を律本に投げつける。幾らなんでもこの数はかわせない、酸が満タンの壜が雨あられのように降り注ぐ。当然酸の直撃を受け苦しむ律本。その美しい容貌は今や目も当てられない。だが律本は一向に気にしていなかった。そも容姿の美醜に振り回されるのは愚かと思っていた男である。彼の美しさは心も外面と同様いやそれ以上に潔癖で磨き上げられていたそれだ。立ち居振る舞いすべてにそれが現れている。今更容姿の美しさを失ったといえ気にも留めず敵兵を蹂躙しに駆ける。だが気にするのは彼でなく周囲である、攻撃を躊躇わせる美貌を失い酸で動きが鈍った今、オタクが弦を引くを躊躇う理由はどこにもない。百を越える矢が律本めがけ射たれた。その大半は彼のしなやかな肢体を貫き、世にも稀な美が破壊されていく。この場にいた誰もが『もったいない』と思いつつ密やかな興奮を覚えていた。大凡美しいものを見た時思う事は『掛け替えのない』と『破壊したい』という相反する愉悦である。中でも西本はその破壊願望を隠そうともしなかった。ある意味において彼はオタクの具現者である。弱者で、醜悪で、心根が歪んでいる。その捻じ曲がった根性は美への、絶対に獲得できない価値への羨望を生む。だが羨望はやがて絶望に、そして煮え立つ憎悪へと姿を変える。彼は今その憎悪を満たす事ができた、憎しみの中彼は人生で唯一の自己実現を成し遂げた、だが当然彼を誉める者はいない。美の喪失が悲しいからだ。
「美は醜を駆逐し、醜は美を破壊する。陰陽模様然り美醜もまた禍福同様糾える縄の如し。美しきものはその光で闇を抱えた醜きものを駆逐する。醜きものはその闇で美しきものを冒すのだ。洗練されし美の前に醜は退き、美は美たる制約のもと恥も誇りもかなぐり捨てた醜の前に膝を屈する・・・この世の道理を味方に付けたか。だが」
 ずん、と地が震えるような衝撃。とてつもない質量が降りて来た。
「強弱の差は覆せぬぞ、わが副将の死を貴様ら弱卒10000人ほどの命で埋めてもらおう」
 そういうが早いか裏拳で大村の頭を張り飛ばす。空の彼方へと消えていくオタクフェイス。暴力そのものが肉体を得て動きまわす。先程の雅はどこへやら。破壊音と悲鳴の中人の命が肉片へと変わり吹き飛ばされる。
 最後の一人、西本だけが残る。なす術はない。だが西本はへらへらときもちわるい顔できもちわるい笑みを浮かべた。
「どうする、弱者よ。もはや貴様には術はない、懐の短銃か?人は強弱を覆すため道具を創った、それに頼るのは道理だな。だがこの距離よ。お前が銃に手を伸ばす前に私はお前を挽肉にするぞ」
「あんたはきいちょらんかったろうが、わしらオタクはここに死にに来とんじゃあ。丁度ええ、これがわしの死に様よ・・・」
 そう言うと服を裂き腹部を見せつけた。中にはこれでもかと言う大量の爆弾を抱えたベストが・・・
「わしゃあ嫌われモンじゃけえ、今更変えられん。幾らでも汚なか事しちゃるね・・・この世で生きる価値ば見出せんかったわしの命に幾許の希望、潤いばくれたオタクコンテンツのためならわしなんぞの命、鴻毛より軽か・・・」
「自爆か、貴様程度の命で本官の命が賄えるとでも?」
「そんなわけなか。こりゃあズルじゃけん、わしの得意技よ・・・どうやら見てくれでわかる通り随分重か命の持ち主のご様子・・・わしば命でまかなうなら、もうけもんじゃけんね・・・沢木しゃん!」
 隠れていた作業指揮官の沢木に声をかける。
「はよ逃げんしゃい。それと、ここにおったオタクば連中を代表して頼んますわ・・・オタクば、オタクばこの世に残してつかぁさい・・・わしらが涙ながして喜んだもん・・・これからも・・・お頼み申しますわ・・・・」
 そういうが早いか西本は爆弾ベストを起動させた。アニメのように真っ赤な爆炎が立ち上るわけはない。周囲が歪むような衝撃波でその場の人、物が派手に飛ばされ黒と灰の煙が勢いよく空間を飲み込んでいく。勢いよく飛散する破片と共に人肉片や血飛沫が混じる。一瞬の出来事だ。だが二人の人命が失われた。国務警察の最強兵士、くすぶり続けた中年童貞。方や命をかけ命令を、方や命をかけ信念を貫こうとした。命の価値という問いには、これはもう五分の分けといっても良かったのではなかろうか。そういうことを考えながら沢木はひた走る。屍と怒声。黒煙と薬莢が散乱するビッグサイトの長通路を――

「一体なんですのこれはッ」
 少年が見せた絵は、萌えだった。
 彼が教えた萌え絵の画法と著名な萌え絵師の画風、当然彼自身の画風も入っているが彼のそれを遥かに上回る再現度だった。あらゆる画法と技巧を尽くして描かれた『萌え絵』を彩るキャラクター達は共通項があった。アルテミス、ヘラ、ヴィナス、アテナ、アマノウズメ、コノハナサクヤ、イザナミ、アマテラス・・・全て女神を象ったそれだった。神々だ、これは神々の宴を表している・・・権威と悪意に浄化され、此の世に在り場を失った神々が再び息吹かんとしている・・・その意味を感じ取った坂本はアツイ涙を禁じえなかった。だがそんな芸術の高次に属する事柄、目前の豚に理解るはずをも無かったのである。
「わいせつッこれはわいせつですッ。女性を記号で描くヘイトスピーチであり憎悪表現描写物ですッこういうものが存在するから性犯罪は許容される行為であるという非言語的なメッセージが社会に流通し人権は侵害されるんですッこんなものを創るという行為自体を法律で禁止して製作者をショケイしなければ人権は達成されないんですッ全ての創造物は人権と言う観点で精査されなきゃいけないんですッそのクソエロガキを電気椅子に送りなさいッ」
 警備員が少年を連行しようとする、取り上げられんとする絵、だが。
「やめんかッ」
 まさかという人物が声を上げた。宇治茶春雄。残虐絵の第一人者、だが今や全てに絶望して権力の犬に成り下がった。だが今この瞬間この男の目玉は死んではいなかった・・・そう、かつてこの国の、大和文明の守護者として、ありとあらゆる悪意と破壊から文化を守り抜こうとした静かなる戦士の目をしていた・・・
「私は、私はかつてこの国の子供達の未来のため、筆を折った。描けなくなってきたことへの逃げだったかも知れんが、子供達のためと言うことは本当だ。四十を超えた中年は、日々薄くなる己の欲望ではなく未来へ意識がむく・・・それが当然だし、道理だ・・・」
「御大・・・」
「だが今、今このとき、子供達が好きな絵を好きな場所で描く、その権利が奪われんとしている。世が変わり果てて私も臆病になった、日々過剰になる道徳と法律が一体となって人の権利と思考を去勢している、それを当然と思い込んだ。だが今その小さな勇者が勇気を示した。人として、大人として、護るべきものは何か・・・私の答えはこれだッ」
 そういうと宇治茶は手元にあった丸ペンを、見た目だけでなく魂まで腐って肥えたみにくいどうぶつの脳天に突き立てた。この老体のどこにそんな力が残っていたかと言わんばかりの一撃。即座に警護が老人に鉛を叩き込む。崩れ落ちる老人。それを見た坂本は銃を奪い一人を撃つ。もう一人を叩きのめし宇治茶のもとへ駆けつける。
「御大ッ」
「わたしは、もうだめだ・・・坂本君、彼の絵を・・・」
坂本は絵を血で汚さぬよう宇治茶に見せた。
「いい線だ・・・細かく、かつ大胆で・・・もっとお描きなさい。それで自分の線をより掴んで放さないように。そうすれば、いい絵描きになれる」
 少年は涙目だ。坂本も嗚咽している。無理もない、偉大な芸術家が今世を去ろうと言うのだ。
「少し、わがままをしていいかな」
 少年が頷くと宇治茶は絵の余白に素早く描き込んだ。早い、余りにはやい。それは彼のデビュー作で惨殺された少女、麻衣だった。幸せそうな笑顔で笑っている。
「私を世に出したこの子を、ずっと幸せにしてやりたくてな・・・最後の絵だ。頼むから、残してくれ・・・」
 坂本が嗚咽しながら頷く。
「さあ・・・逃げなさい。そして描くのです、伝えるのです・・・私達の、創造を・・・」 
 それが、宇治茶の最後の言葉だった。坂本と少年は逃げる、どこまでも、どこまでも・・・

「ふむ、即応鎮圧群でも膠着か・・・よかろう。機動警邏団を出陣させよ。私も前線へと向う」
 機動警邏団。国務警察最古の重武装兵団である、中央警備監察本部直属のエリート実務部隊。龍の紋章を掲げる圧巻の実力組織。それが今、動く。
「全く・・・こんな事になる前に、昭和平成の御世の頃に、オタクなるものを我々国警の監督下に置いておけばこんな事にはならなかったろう・・・そもオタクなるものは抽象的、ヴァーチャルリアリティの風俗産業である。非身体性とはいえ性は性・・・我々が監督し隙あらば解体するが道理よ・・・野放図に放置したせいで、性に溺れた痴れ者がこんなにも・・・まあ今からでもおそうはない。臣民を惑わす悪しき言葉の記録・・・我等が武威で今こそ粉微塵に砕いてくれようぞ・・・」
 紺に似たスーツを身に纏う錦野。スーツはローマの生地で誂えフィレンツェのデザイナーに仕立てさせたオーダー・メイドである。警邏服代わりにそれを纏い軍勢を指揮していく。膠着状態の前線に大量の兵員が投下された。
「何ならッ新手きよったでットンでもない強さじゃッ」
 その声を掻き消すように重装甲兵の199型ヘヴィバルカン砲がオタクをミンチにしていく。指揮官は戯れに、この騒動の源である踊り場に進んでいく。
「積乱雲じゃッでっかいぞ!」 
 しばらく闘争に明け暮れていたオタクの一人が天候の変化に気がつく。これでもかと言うほど巨大な入道雲がビッグ・サイトに頭をもたげていた。ぱかりと光る天。地を包む影。ひやと身を切る冷気と、首元にこみ上げる泥の匂いがながれ切らぬ内に、大粒の雨が大地に叩きつけられた。土砂降りである。
 降り注ぐ水流を受けずぶ濡れになるオタク達。風呂に入らぬ連中にとっては久方の入浴だと笑うものも多い。
 天に走る雷の閃光は。龍の轟きを感じさせる。それを真近で感じさせられるビッグ・サイトの屋根部分でオタクの蜂起、それを領導した名も無き代弁者と、冷徹な駆逐者が今、対峙する。
「ふむ、貴様がこの騒動の源か・・・愚かな、今更文化なぞ志してなんとする」
「それが我々の生命、その全てに値する理由であるからだ」
「ならば我等にもそれを破壊せんがための道理はあるぞ。そも文化なるは政と経の両輪が満たされ生まるる和、その上にしか有得ぬ蜃気楼である。肉体なくして政なく又同様に経済も有得ぬのだ。その身体を超え存在する愉悦。幾許の銭を払いて得られる快楽。醜悪至極。そのような文化など肉体と実存の上に生えた苔、黴、穢汚でしかあるまいて。そのような黴が肉体を冒すか、生命の再生産を妨げ次なる細胞を腐らせるか。許さぬ、それは許さぬぞ。国家とは一つの肉体である、それを支配するは脳。国家の頭脳、我々行政官僚こそこの肉体の所有者にして全身の細胞全てに責任を負うものである。細胞を護り、肉体を防衛し、脳を腐敗から救うため、貴様らの汚濁は消えて貰う」
「肉体の目的、それは何か」
 問いかける御影。即答する錦野。
「美だ。肉体の美は覇者の証にして生存闘争の武具である。美は端正と強靭に宿る物、国民を美しくし、経済を強め、国家の男根たる軍需を増大させるは行政の義務。国民も国家も強く美しくなければならぬ。そのためには競争よ、より美しく強い者には褒美をとらせ、劣った者には罰を与える。そう、それを妨げるは貴様らの崇めるオタクよ。オタクたる文化は美しくなくとも人心を癒し、弱者に生への渇望を与える。これは悪だ、破壊せねばならぬ。この国に美しくなきものは要らぬのだ」
「ふん、いかにもな返答よな。これが日本の行政官とは情けなし」
「何故」
「オタク、その論理的本質は何とする?貴様が今示した惰情と下劣の苔とな?否ッ貴様の理は欧米のそれだ。焼かれた森、斃された木々、打ち払われし精霊・・・深く暗い森に息吹いていた精霊達を全て破壊する事で統一と競争、分断と絶滅の理を得た欧州の理よ。否、欧州ばかりではない。天と地が分かれるより前から、此の世の理とは二つ。多様と濁の極彩色。純白と孤独の白。日の本はどちらに属するか貴様にもわかるだろう」
「御維新より前の堕落をこの国の源と捉えるか」
「神話を見れば明らかであろう。元来我等が島、日の本は女神を崇めるアニミズム文明圏。世界でただ一つだけ、数千年続くアニミズム文明圏よ。物語があり、神々があり、人々が助け合って日々を暮らす蓬莱島。その文化を継ぐが――」
「よさんかッ」
「そう、そういうことだ。欧州でのそれが強いのは認めるが、わが島に無かったわけでもない。人間を二分する統一と、多様。濁悪をも含む寛容と、無機質だが世を救いもする不寛容か。我等の礎が寛容にあるは明らかッそしてその寛容を受け継ぐ、今代まで引き継ぎ進化させるはッ」
 ばっと戦闘服を脱ぐオタク。服の下にはアニメ・キャラクターのTシャッツが汗をと雨を吸ってぐっしょりと濡れていた。おたくの背後には、この嵐にも似た暴風の中ばたばたとその威信を誇る『萌』の文字が強い意思をもってたなびいている。
「オタクなり」
「はや言葉は不要か・・・」
 錦野は軍刀を抜く。御影もカットラスを構える。最後の戦いの幕が開けた。
「データ整備完了!後はアップロードを待つばかりです!」
「開始!開始!」
「これでアップロード・・・できませんっ」
「何ッ」
「ジャミングですッ」
「こ、ここまできてか・・・」

 チャンバラを続ける二人。だが一報が入る。
「ジャミングを受けていますッアップロードできませんッ」
「ははは、こういう勝負ははじめからついてるもの。貴様らに勝たせると、本気で思うてか」
「ふん、まそういう事だろうな」
 まるで予期していたかの応答に錦野は少し違和感を覚えた。
「何?」
「この付近に国立電子戦対応センターがある。そこを使えばジャミングなど容易かろう、ならばそれへの策を考えねばな」
「策など無かろう、貴様らには」
「そう思うか?我等オタクが魂、満たした数々の麗しきコンテンツ。それに欠ける愛情、忠誠・・・見くびったな。我等が覚悟、しかと焼き付けい」
 そういうと御影はワイヤー・ガンを発射し戦線から離脱した。細くしなやかなワイヤーを頼りに宙を舞う姿は糸を垂らした蜘蛛のようだった。
 短銃で御影を撃つ錦野。だが早すぎる、狙いが定まらない。御影は付近をワイヤー・ガンで動き回ると高架にある湾岸輸送軌道式鉄道に飛び乗った。古い巨獣が目を覚ましたように、モノレールのライトが点灯し動き出す。その旧名は――
「ゆり・・・・かもめッ」
 走り出した鉄の疾走車はもう止まれない。火花を手向けと言わんばかりに撒き散らしながら暴走を続ける。
「翼竜を向わせろ、撃破するんだ」
「了解」
 モノレールの速度が増していく中、その背後に黒い影が迫る。RHX新式浮揚型強襲機だ。通称、翼竜。翼を広げ対象に襲い掛かる姿は古代の翼竜のそれを思い起こさせる事からつけられた通称。黒光りする鉄は暴力の象徴。今その口から紅く焼けた弾が音速の勢いで放たれる。それは神話のドラゴンが火炎を吐く姿にそっくりだったであろう。
「何とかならんのか対空兵器とか」
「そんなこじゃれたモン用意しとらん!気合で逃げ切るしかない!」
「いくら気合ったって誘導弾使われたら終わりやぞ!」
「おのれぇ・・・ここまで来て・・・」
 だが、邪龍が破壊の一撃を放つ前に状況は急変した。悪魔の腸を穿つ銀槍が翼竜の下腹に叩きつけられる。炎を纏い崩れ落ちる龍。
「な・・・あれはッ」
 その一撃・・・誘導型対空機動砲を放った主は、見覚えのある漆黒だった。
「飴屋のおっちゃん!?」
 老人は、聞こえないだろうと言う諦観が篭った口調で
「あの一杯の礼よ・・・受け取ってくれい」
 と呟いた。
「何でもいいからスピード上げろッ追いつかれるぞッ」
 暴走列車はレールを駆け抜けていった。

「そこまでだッ」
 老人を包囲する機動警邏団。指揮官がアサルト・デストロイ・ライフルを構えながら老人を威嚇する。
「何奴ッ国警に歯向かうとはただではおかぬぞッ」
「名はとうに捨て申した。今ここにあるは路傍に生きし日銭稼ぎの輩にして啖呵買を生業と為す半端者・・・ただの飴屋に御在います・・・」
「飴屋、だと?」
 その疑問を口にする瞬間、寸分の隙を銀次郎は見逃さなかった。老体からは考えられぬ速度で瞬時光を帯びた輝きが投擲される。目に見えるか見えぬかの針だ。それをうけた兵はびくりと振るえ地に付す。
「な・・・」
「心配めさるな。ただの痺れ薬にして命までは取りませぬ」
「ただの飴屋がここまでやるとは・・・」
 はっと気づく指揮官。
「貴様よもや山人の類かッ」
 発射された銃弾をかわし銀次郎はビル屋上から地上へと飛び降りる。
「逃がすなッ追えッ」
 命じる指揮官。だが副官の井之頭は動かない。
「なぜ動かんッ」
「班長、あなた今山人とおっしゃいましたな」
「それがどうしたッ」
「我々の住む国土とその歴史において、山人なる非定住性を帯びた脱規範的集団は存在してはならない。これは国務警察の公的見解ですが、その存在してはならないものの存在を許容するほど我々は無能でもなければ非規律的存在ではないのです。さらにその在るはずのない集団、在ってはならない集団に関する知識など我々政治的、行政的機構の一員たる国警は持っているわけがないのです。お分かりですな?」
 指揮官は後悔の色を顔に浮かべる。
「その存在するはずのない集団に関する非公式的見解を班長殿はお持ちのご様子・・・その行為そのものが我々の所属する集団とその規範への反逆行為である上班長殿が敵組織からの間諜である可能性をも吟味せねばならない・・・そして、今ここで重要なのは班長殿がお持ちの非公的かつ破廉恥な、行政官として不適格な知見を行為を持って修正するという結論に他なりませんなあ・・・」
 構えられる銃。
「話せばわかる!」
「問答無用!」
 粛清劇の後、井之頭は指揮腕章を腕につけ兵に命ずる。
「敵は一人、早く片付けろ」

 銀次郎を追う兵士達。だが放たれた猟犬は全て斃されていった。神出鬼没とばかりにあちこちに身を隠し、毒針を投擲する老人。そのただ一人に1個小隊ほどの人数が潰された。しかし銀次郎の快進撃もいつまでも続かない。業を煮やした井之頭は最後の手段に打って出た。
「出番だぞ、ジョー」
 まるで天狗か魔物かという具合に動き回る銀次郎。だがその残像を、捉えた。まるでこの世全てを諦観するかのように乾き切った熱砂の風鳴りとばかり聞き間違う銃声。銀次郎のマントに空いた風穴から布の焦げる煙がたなびき、老人の肌から冷や汗がぽつり、と落ちる。
「おいたはそこまでだぜ、爺さん」
 キューバ葉巻の粋な紫煙を煙らせながら、ブーツの拍車を鳴らして現れし益荒男が独り。バーボンの苦い匂いが葉巻と混じり、ガチャガチャと金属音が鳴り響く。その瞬間まるで結界のように辺りの雰囲気が一変した。カウボーイ・ハットをリボルバアでクイと持ち上げた後に在る伊達男の気障なにやけ顔。四天王最後の一人、早撃ちのジョーである。
「あんたの針が早いか、俺のマグナムが早いか、一回こっきりの勝負でつけようじゃねえか」
「・・・・・・」
 無言。だが応戦の構え。
 まるで名画の決闘のシーンのような一面である。沈黙と緊張。無限にも思える時間の後、動く。
 悲しみを帯びた銃声と空を切る針の音。勝負は、勝負は・・・
「ッ」
 ジョーが聞き手に刺さった針を抜く。そして銀次郎を見直す。
「・・・まだまだ、師匠にゃあ及ばねぇってか・・・」
「奥義、音無し三寸を使った。生涯に三度使えるか使えぬかの技よ。今のお主には、そこまでせねば勝てなんだ」
「あんたの針に勝つために、コイツを極めたつもりなんだがな・・・」
「嘘をつけ、お主が針を捨て銃を選んだのも、屋台を捨て権力に阿ったからであろう。幾ら生きるため誇りを捨てるとほざいたその口も、そのままお主が針を持ち続けるを恥としたからに他ならぬ。そうだろう?アメリカンホットドッグのジョーよ・・・」
 アメリカンホットドッグのジョー。アメリカンホットドッグを作らせれば業界で右に出る物なしの傑物である。ホットケーキミックスを卵で溶きて作る衣の絶妙な味加減と揚げの芸達者ぶりはもはや神域である。
「お主のホットドッグ・・・ただのパンケーキミックスではあるまい。微かな甘味が粉の中に落ちておった・・・あれは・・・」
「蜂蜜さ、ほんの一垂らしの蜂蜜が衣の味にカンザスのような奥行きを与える・・・だが、もう要らぬ知恵よ・・・」
「要らぬのではなく、捨てたのであろう」
「同じ事よ」
「お主は生きる事に誇りを見出した、見出しすぎたのだ・・・・今ではくだらぬ番犬に成り下がって、何とする」
「流るるままに、よ」
「見よ、あれを」
 ビッグ・サイトの方面を指差す。
「我等より遥かに虚弱な弟分達が、我等ですらできなんだ勇気を振り絞り戦っている。この国の、いや真なる日本列島の文明を後に伝えんがため体を張っておる。お主、アメリカンホットドッグのジョーともあろうものがそのざまで、恥ずかしくないのか」
「・・・・・・」
「動くなっ」
 井之頭が兵を連れ包囲する。
「ジョーよ、貴様が破廉恥漢だという事は知っていたが山人なる反体制的存在の一員であったとはな。その命で贖ってもらおうッ罪人めがッ」
 構えられる銃。再び立ち上がる戦士。リボルバアのシリンダーがカチリ、と鳴る。戦闘開始だ。
 瞬殺。瞬殺である。怒涛などを超えた神速でマグナムから弾丸が発射され兵の頭蓋をぬいていく。その速さ、その精度、その無慈悲・・・悪魔か天使か、本物の怪物がそこにいた。その強さ・・・鬼神の如し。ジョーは最後の一発を井之頭の大きな、かぼちゃ一玉はあろう頭に見舞うとお気に入りのキューバ葉巻を燐寸で点火。ふうと濃い煙幕を吐き出した。
「取り戻したか、誇りを」
 そこには濁った目玉の気障男などではなく、孤高の戦士があった。戦士は兵が乗り捨てた高機動吶喊車に乗り込むと
「さっさとずらかるぞ、とっつぁんよ」
 とここ十年で最高の笑顔を見せた。

「追えッ追えッ」
 高機動車が爆走し兵が追っていく。車上の銀次郎が搭載のM899型ガドリング殲滅機銃で兵を破壊していく。お次にとばかりに翼竜がM221型誘導爆砕弾を連射する。ジョーが車の窓越しにリボルバアで一発を撃墜する。だがもう一発は防げない、急旋回で一瞬の隙を作るジョー、その好機を逃さず機銃で破壊する。
「大丈夫かとっつあん!」
「老体にゃ堪える、はやくずらかるぞ!」
「いわれなくともよ!」
 追われる屋台人たち、追う兵士。それは、きっとこの国の歴史そのものだったのだろう。凄惨な戦場の中で、そこだけが微笑ましく見えた。

 爆走するゆりかもめ、中では古のアニメ・ソングが高らかに謡われる。
 御影が最後のアジをおっぱじめる。
「いくぞオタク達。これが我等の最初で最後の御奉公。我等産みし文化、文明を称える献身よ!胸に誇れぃ!」
 ここぞというタイミングで、目指す電子戦対応センターが見えて来た。
 ゆりかもめの先頭車以降を切り離す。そこには高純度ハイプラズマ型ブースター・エンジンが拵えてあった。
「さあ!散華の時ぞ!未来の文明に!過去の栄華にッ」
 点火されるブースター。リニアが銃弾のように急速で目標物に一直線。その姿は、まるで神話の天馬にもにた飛翔だった。プラズマブースターの翠光が曳になって眼に焼きつく。一瞬で建物に討ち入ると、緑光と共に辺りを吹き飛ばした。その轟音は祈りにも似た咆哮となって、オタクの魂を天に誘っていった。

「ジャミング解除!アップロード可能ですッ」
「速くッ速くッ」
「あと三十秒ッ」
「ああ・・・頼むッ」
「完了ッ」
 わあというオタクの歓声が、数十万の口から一斉に吹き出した。壮観この上なし。
「ずらかるぞっ」
 最後の作業指揮官だった葛城が先導する。そう、オタクはだれでも最初からオタクではないのだ。その情熱と知性と感性を認めし人間がオタクになる、という事もあるのである。

「な・・・電子部門の総力を上げても、削除できんのかッ」
「申し訳ありませんッ」
 既に全世界に拡散したオタク、その排除、絶滅はもう無理だろう。
 錦野の電話が鳴る。青ざめる錦野、その主が誰だかわかっているからだ。
「随分ご活躍のようだねえ・・・」
 品格と余裕の溢れる声。その主は、国務警察そのものの主である。
 大田原顕二。国務警察総執行部官房執務長。彼の権力の源は、その胸ポケットにしまいし白金時計である。そう、帝大を主席ででれば金時計。だが主席を上回る、別格の知性を認められた者はその上のプラチナ・イン・ゴッドで作られた白金時計を持つのである。その時計が作られたのは、歴史上でも六回しかない。英国製スーツの胸ポケットにしまわれし白金時計の行政官、霞ヶ関の妖怪と恐れられた官僚の二つ名は、第六の男。
「それは、その」
「翼竜二機に電子戦対応センター、おまけにビッグサイトも潰しちゃったね。あと兵達もか。君のおこずかいじゃ賄えないねえ・・・・おまけに、あれだけ風紀だのなんだのって拘った文化文明も、元の木阿弥とは情けない・・・」
「・・・・・・」
 叱責に無言で応答する錦野。
「錦野警視正、貴官を本日付で網走鑑別矯正所長に任命する。それが、答えだから。ああ、僕好きだからメロン送ってね、お歳暮には。では」
 膝から崩れ落ちる錦野。
「わ、私のキャリアが・・・」
 落ちぶれたエリートほど哀れなものはない。ふらふらと錦野は幽鬼のような足取りで踊り場の端に寄っていき、そのまま地に身をなげた。哀れな、最後であった。

「錦野警視正は自死したようです」
「最近のキャリアは弱くていけないね。それより、統括内務省の件はどうなりましたか」
「それは・・・あと一票で見送りとのことです・・・」
「ほう・・・」
 男の目が動く。
「誰が裏切りましたか」
「畑山議員です」
「ふむ・・・彼の地元は空港がありましたね」
「空港職員組合が地盤です」
「なるほど、伏魔殿が動きましたか・・・」
 うん、と考える官僚。英国製の雑貨類で誂えた執務室はシックさの奥底にじんと染みる優雅さが薫る。
「君、休暇とってますか?」
「最近は、全然」
「ならシンガポールでもいってきなさいな。そのついでに、大使館の斑目大使室長に会って来て、こう伝えてください。出入国管理部門の執行理事は全て外務省人事とする、と」
「それは!二十年来あの部署は我々の牙城です!」
「ま、それぐらいしなければ伏魔殿も首を縦に振らんでしょう。我々の諍いにかこつけて、あちらからも上手い条件を引き出す算段に違いない。なら早めに決め手を出して、長年財務省より一格劣ると嗤われて来た雪辱を、一つ晴らしてやろうというこちらの誘いに載せるほうが得でしょうなあ」
「では、そのようにいたします。それと・・・オタクの件ですが、どうしますかね」
「元来こういうものは揺れ戻しと引き締めの繰り返しです。そろそろの頃合だったから、いいじゃないですか。倫理審議機構を設立して、そこを我々の牙城にするのです。これでポストのプラマイは0でしょう」
「わかりました、そのように・・・では私は早退して、シンガポールに向かいます」
「お土産、期待しているから」

 ビッグ・サイトを逃げ回るオタク達。追う兵士の熱は指揮官亡き今不調だが、それでも仕事とばかりに真剣である。
 
 ぱちり、ぱちりと宮内蔵前院の高砂氏と老警備兵士こと志村が将棋を打っている。
「此度の戦、オタクの勝ちか・・・道理よな」
「道理?」
 若者が高砂の言葉に首をかしげる。ははと嗤う志村氏。
「そもオタクとは境界に湧くもの・・・前近代では生きられず、高度近代ではまた居場所を失う・・・歴史の狭間、中世の野蛮さを逃れつつ、近代の合理と過剰倫理の息苦しさを嫌うもの」
「血と暴力の混沌では生きられず、秩序と統制の管理でも生きられぬ。二つの理の狭間でもがく命、それがオタク、それが人よ・・・」
「此度の戦は前近代の暴力と抑圧が、近代の衣を纏いて起こしたもの。オタクだからこそそれに歯向かいて勝つることができた。そう、道理である」
「さて、これより世はどうなるか・・・文明の担い手たるオタクがどうするか、見ものですなあ」
「どうなるんでしょう」
 若者が問う。
「彼らは追われるでしょうなあ」

「追えッ追えッオタクを殺せッ」
 兵士が叫びオタクに銃口が向けられる。

「犬も放たれるでしょう」

「犬を放てッ」
 猛犬がオタクの群れにむけ放たれる。くさいおたくにくらいつく猛犬、噛み切られるオタクの喉笛。噴出す血潮。
「逃げろッ逃げるんだッ」

「しかし彼らは逃げ延びる」


「なぜ追われるのでしょうか」
「それは此の世の道理だからよ。彼らの放埓を許して世は回らない。だが彼らを殺しても回らない」
「そう・・・文明の守護者にして、民主主義の具現者。人々の網から崩れた者を掴む天使。彼らの名は」

「オタクだ。」
 オタク達は逃げていく。相変わらず奇ッ怪なフォームで。その先に未来があると信じて。その姿は、少しだけ、美しく見えた。
                   完

未来(そら)へ

オチはノーランです、面白がってくれたら幸いです

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  • 小説
  • 中編
  • ファンタジー
  • 冒険
  • アクション
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-11-21

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