セーラー服秘歌

セーラー服のOL

 「変わってるね」は呪いの言葉だった。

 子供の頃、母によく言われていたのが「あんた、変わってるね」である。母の言うそれは、「私には理解できない」と同義。
 幼い子供というのは、一人遠くへ行くこともできないし、周囲を観察する能力も未熟だ。自分の属する家庭こそが世界で、常識になる。
 私の家庭は、母の存在が大きかった。母の常識が世間の常識で、母に分からないものは全て「変わっている」だ。そして母が一言にそう片付けてしまうということは、それ以上考えるつもりがないということ。「変わってるね」と言われてしまったら、私の意見は二度と浮上しない。
 恐らく母は、何の気なしにそれを言っている。笑いながら、冗談のように。子供の頃は確かにおかしな行動が目立った私は、何度それを聞いたか分からない。「ああ、これが褒め言葉だったらいいのに」なんて思ったこともある。
 いつしか母にその言葉を言わせないように過ごすことを心がけてきた。そうすることで平和に平凡に、波風立てない穏やかな学校生活を送れたのだから、母の常識感覚は世間とズレの無い正確さはあったのだろう。
 しかし、今になって振り返る私の人生は、あまりになだらかでどこにも引っかかりがない。私には、「あの頃は良かった」に該当する”あの頃”がない。

 母の「変わってるね」を回避する反面、他人の変わってる行動には敏感だった。先生や学校に反発する。人と違う趣味や夢に没頭する。なぜそんな理解されないことをするのか分からなかったが、彼らに向けられた「変わってる」の言葉が私にだけはまるで賞賛のように聞こえた。
 きっと「自分にはできない、だができるものならやってみたい」という羨望が、彼らに対する周囲の目には含まれていたはずだ。「変わってる」が褒め言葉になる世界。私が幼いころ夢見た世界だった。

 20歳の頃、高校時代の同級生が高校の制服を着て街で遊ぶ写真をフェイスブックに載せていた。「私たち変でしょ?」「面白いでしょ?」というアピールが、私には痛々しく見えた。彼女たちのネタ作り、おふざけに楽しげにコメントする輩ごとまとめて、鼻息で吹き飛ばした。

 今、青春の残滓をまとって街に立っている私を見て、母は何を思うだろう。23歳にして、友人とのネタ作りの目的もなく、なんの思い入れもないセーラー服を着て、訳も分からず流れる人通りを眺めている痛々しい私を、母にだけは決して知られたくない。
 ところが心の奥底にほんの少し、偶然に母が通りかかって卒倒する姿を見たがっている自分がいる。あいにく母はここからバスで3時間かかる実家にいて、私が働き始めて3年間ずっと会っていないのだから、その偶然はありえない。

 ありえない。と安心しながら、クローゼットの奥で首を吊っていたセーラー服の孤独と一緒に、流れる人通りをただ眺めている。
 私を気に留めるものは、一人もいない。

上辺の女子高生

 人が若くて美しくある時間は限られている。

 私は、何の変哲もない平凡な子供だ。ただ人よりも少しだけ、「可愛い、可愛い」と、親に愛されて育った。両親の言う可愛いは子供への愛情の意味合いも当然含まれているが、単純に私の外見を褒める意味合いも多分に含んでいるように感じる。
 私自身も、私は可愛いと思う。そしてその為によく仲間はずれにされた。クラスの男子たちにはよくからかわれ、いじめられた。だけどはっきり言って、私にとってはどうでもいいことだ。
 私は女の子が好きだ。可愛い女の子が大好きだ。可愛い自分も大好き。男子に仲間はずれにされたって、なんにも痛くない。ただ、クラスの女の子ともあまり仲良くなれないのが寂しいところ。
 学校には決められた制服があって、なかなかオシャレもできない。私が思いっきり着飾れば、きっとみんな「可愛い」と思うだろう。しかし例えどんなに着飾っても、誰も私を受け入れてはくれない。それは私が男子だからだ。

 高校生になってから、両親は私に「可愛い」と言わなくなった。成長期の男子の私に気を使って、「可愛い、可愛い」と構いたいのを抑えながら放任気味に振る舞う。愛する息子が学校で孤立していることを、両親は知る由もない。

 土曜日になれば、私は女子高生の証を身にまとって街へ出かける。身分を制限するはずのセーラー服が、私を解放する。みんな私を振り返るし、声をかけてくれることもある。
 心まで女の子という訳ではない。ただ女の子が大好きで、可愛い自分も大好きだ。可愛い人間が可愛い格好をして何が悪い。可愛い時間は、今しかないのだ。

セーラー服秘歌

セーラー服秘歌

セーラー服がテーマの掌編。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-11-21

Copyrighted
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