十五夜

今日は、十五夜という事でお団子を買いに夫と亀戸まで出た。

しかし、駅ビルの中も店の並びにもお団子は置いておらず、あきらめかけていた。そのとき夫が船橋屋のあんみつにお団子(白玉だが)が入ってる、と言ったので、駅前で売っているあんみつを2個買った。黒蜜にした。
その後、回転寿しで寿司を食べ、明日のパンを買って帰るバス停に向かう時、叢雲の月が晴れ、月光が明るい光を放ち出していた。最近の月は大きさは気になっていたが光の鮮やかさについては、私は忘れていたので夜なのに煌々とした白い光だったので驚いていた。
夫はずっと携帯で月を写真を撮ってはfacebookに載せたり、月の影響なのだろうか、Twitterに全然関係ない事を次々と書き続けていた。
夫がfacebookの月の写真のコメントに「感謝」と書いていて、精神世界みたいだなと私は笑っていたが(馬鹿にしている訳ではない)、雲で覆われた夜空が月光でいつもより明るく街を照らしている事に気がついた。私は夫の言葉でいつもよりも明るく夜空全体のトーンを染上げている雲や月の明るさに気がついたのだった。
街全体、もっというと土地を覆う天の光がいつもよりも明るくなっているという事である。それは気がついてみると神秘的な事だった。
人間に視覚があって脳があるのだから月光から何らかの作用があってもきっとおかしくはないだろう。
現代に比べビルも少ない昔の人達が自然に大きく触れていて感じる事も大きいだろう事を思った。
そんな中人は意外にも少なく、空を見上げてる人が時々しかいなかった。意外に現代の人が受けていない恩恵もあると思うが、過去に全て戻る気もない。

やや寒いバス停からバスに乗り込むと、バスは人で埋まっていた。下町のバスは下町の人々の重要な足になっている。
私達はバス停に着くと再び月を見上げた。
夫は相変わらず携帯をいじくっては歩いていた。
私は一文一文を時々考えてはこねくり回していて忘れては歩いていた。
月空の下2人で話した結果、あんみつは量が多くて食べきれないので1個を分けて食べようという事で落ち着いた。
残りの1個は明日の朝食べる事になる。

十五夜

十五夜

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-11-17

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