*星空文庫

放蕩息子

じゅんじゅん 作

 その夏の「わが街・津山」は、いつもと違った匂いがした。
 私は十六歳で県立校に通っていて、仲の良い友達もそこそこ居て、両親は自営のクリーニング店で家計が苦しいようなことも耳にしていたけれどなんとか遣り繰りできているらしくて、少なくとも私には大きな悩みもなく毎日楽しいことばかりな時期。
 問題の土曜日の前日夕方、帰宅すると、店番をしているはずの母が居間で聞き覚えのない声の男性と話している気配がした。
 いつもなら近寄らず二階に避難するのだけど、血が知らせたのか妙に気になったので、台所へ行くフリをして曇りガラス越しになんとか見えないか探りに行ったら、母に名前を呼ばれたではないか。
「こんにちは」 
と顔を出すと、やはり知らない男の人。母と同い年くらいだから、昔の同級生だろうか。
「大きくなったねー」
 大仰に驚いてみせる痩せた中年男性に、母が一言。
「知らないでしょ」
「いや、抱っこしたことあるよ。盆に一回帰った時」
 母は、言いかけて一瞬、口をつぐんで、諦めて言った。
「それは、陸斗よ」
「じゃあ、下の子?」
「妹の、桃子よ。5つ離れているの」
 私に関係なく私の話が進んでいく。おいていかれた私に、母がようやく言葉を投げかけてくれた。
「桃子。あんたのオジさんよ」

 青年会の会合に出席していた父が帰ってからが、一波乱だった。
 父の留守中に、二十余年間消息不明だった父の弟がひょっこり店に入ってきたということで(寅さんか)、母は仰天して店番を投げ出し居間で対策を練っていた所に私が帰宅。私に叔父を紹介して取り留めもなく時間を過ごしている内に、父帰宅。
 父は、叔父を一目見るなり、口をパクパク言わせて声にならない言葉を上げて、明らかに血が上っている様子だった。
「お父さん、落ち着いて・・・」
 見かねて母が口を挟む。
「コージ、お前・・・よくもまぁヌケヌケと!」
 ヌケヌケと。そんな芝居がかった擬態語を父が使うのなど初めてだ。しかし、無理もない。
「親父が死んで、何年経つと思ってるんだ! お袋だって、聞いたんだろ?」
 父の父、すなわち私の祖父は、私が幼稚園生の時に亡くなっている。その時既に、叔父は我が家には存在しなかった。少なくとも、私は父に弟がいるなど想像したこともなかった。
「お袋のことは、さっき聞いたよ・・・」
 同居の祖母は、元気に家事や家業を手伝ってくれていた。つい最近までは。
 3ヶ月前、お友達と鶴山公園に花見に行った帰り、転んで足を骨折してしまったのだ。幸い、平地での転倒だったのと早急な対応のため、当初は数週間で退院できると言われていたのだが、長引いてしまっている。そうなると話はそれだけに納まらず、恐れている方向へ進み始めてしまって・・・
「私のこと、『小百合ちゃん』って呼ぶのよ。『小百合ちゃん』って」
 母が不快そうに父に向かって吐き出すのを、扉の陰で立ち聞きしてしまった。『小百合ちゃん』? 母は『百合子』だし、祖母は母を『百合ちゃん』と呼んでいたのだが・・・。それは誰?
 また、私のことを祖母の妹と勘違いする時があったり、言動に怪しさが見られるようになってしまったのだ。
「まだらボケ、まで行ってはいないって医者は言うんだ。今まで忙しかったのが急に暇になったんで、脳が休んでるくらいじゃないかって。でも、このまま放置すると本当になってしまうかもしれないんで、病院側も刺激を与える努力はしてくれるそうだけど、家族も気を付けて接してくれって。要は、面会にしょっちゅう来いってことだ」
 父に言われるまでもなく、想定外の入院が不安で、我々はほぼ毎日見舞いに行っていたのだが、より気を付けて足を運ぶようになった。するとそれが常態化したのか、一時は改善されたような祖母の挙動も、元の木阿弥に戻ってしまった。母は毎日忙しい中時間を縫って、新聞好きな祖母のために山陽新聞を持っていくのだが、ここ最近はその度に『小百合ちゃん』呼ばわりされて、イライラが増しているようだ。
「だからね、刺激になると思うの。すごい刺激じゃない」
 母は、叔父をとっておきの珍味のように持ち上げた。
「ムリだ。コイツは死んだことになっている」
「それはお父さんだけでしょ。お義母さんはそんなこと思ってないもの」
「コイツが何したか分かってるのか?」
 父は、顎で目の前の色黒のにこやかな痩せた弟を指した。お腹を中心に所々餅を貼っつけたように肥えた父とは真逆で、叔父はゴツゴツしてでも筋肉がついている風でスマートだ。とても兄弟とは思えない、と言いたいところだが、こうして時間をかけて観察していると、共通するパーツもあるのだと認めざるを得ない。けど、違いすぎ。あと、叔父さんは少しカッコ良いかも。年の割に。
「家出したんでしょ」
「それだけじゃない!」
 あまりに無粋な母の応えに、父は思いがけず大声を出していた。
「家出したくせにヌケヌケと帰ってきたかと思えば、五百万用意しろだと。あの頃、うちの経営状態がどれほどひどかったか覚えているか? 子供は産まれたばかりだったし、とても用立てできなかった。でも、親父は親戚に頭下げたりして無理矢理揃えたんだ。コージの成功のチャンスだからって。それが、その後ドロンだぞドロン! 親父が死んだのはコイツのせいもあると俺は思ってる」
 バブルが弾けた後のしっぺ返しが酷かった話は、私も薄っすら耳にしている。うちの店は潰れかけ、祖父は倒れ、まだ若かった父が当時広まり始めた通信業を取り入れて危機を救ったらしい。今はもうやっていないけれど、一時期は某通信業者と代理店契約を結び、もっぱら父はそちらの業務に携わり、母と祖母でクリーニング店を守り持ち直したそうだ。けれど、叔父の金の話は、全く持って初耳だ。
「でも、帰ってきてくれたんだからいいじゃない」
 父は母の取り成しを無視して、皮肉そうに叔父に言った。
「それで、成功したのか?」
 空気が一変して、硬くなった。母は座卓の下で父を制したけれど効果はなく、叔父は眼を伏せて、自虐的に笑った。
「・・・大失敗だったよ。制作会社に騙されたんだよね。いや、会社ですらない、詐欺だったんだ。情けなくて、言えなかったよ。自力で成功するしかない、と思って頑張ったんだけど、世の中甘くなくてね。気が付いたら四十を超えてて、足を洗ったんだ、音楽からは」
「音楽?」
 ここで、私が初めて口を出した。両親は驚いてこちらを振り返ると、失礼にも、どうして私がここに存在するの、みたいな顔をした。
「えースゴい。なに? バンドとか?」
 気にせず、高揚して話を続ける。だって、ようやく私も加われそうだし、なにより・・・
「オレが高校の時、バンドブームが来てね」
「なに弾くの? ギター? ベース?」
「ギター」
「お兄ちゃんと一緒だ!」
 今度は私は気付かなかったけど、また場が凍りついたらしい。
 叔父は、上目づかいに、口を一文字に結んだ両親を伺いながら、陸斗と?、と抑え目に問うた。
「桃子は、二階に行こうね」
「アイツは死んだ!」
 両親が同時に口を開いて、叔父はようやく察したらしい。
「よく死人のでる家庭だよ・・・」

 私が二階に追いやられてから一悶着あったものの、とりあえず、明日の午前、みんなで病院に行くことになったと、叔父も一緒に囲んだ夕食の席で知らされた。
「えー。明日は、梨咲ちゃん達とB’z巡りするのにー」
「家族のことでしょう。LINEで断っておいて」
 話し合いからは強制退場だったのにこんな時だけ、と不服もあるけれど、母としては場が縺れた時の保険として、『祖母の可愛い妹』役の私を揃えておこうという魂胆なんだろう。
「そうそう、B’zが来るんだってね」
「コージさん、知ってて来たんじゃないの?」
 取り急ぎ誂えた夕食のオカズは、近所の肉屋の唐揚げだった。叔父が大好きだったそうだから、と先ほど母に買いに走らされた物だ。叔父の好物を教えたのは父なのだろうか。
「いえ、もう音楽全然聴かないんで。駅に着いたら、B’z凱旋公演のポスターやら幟やらでびっくりしました。桃子ちゃん、ファンなの?」
 口を噤む私に代わって母が。
「にわか、よ。津山中盛り上がってるんで、伝染っちゃったの」
「でも、何曲が知ってるよ!」
「オレの世代だからねー。オレも稲葉さんに憧れて始めたんだ」
「同じコージでも、大違いだな」
 父の一言で、せっかくの和やかな雰囲気が萎んでしまった。上手いことを言う、と感心する以前に、どうにかしなくてはと、とにかく私は口を開いていた。
「稲葉さんは、『コージ』じゃなくて『コーシ』だよ。叔父さん、コージっていうんだ。アレ?」
 私は一つの事実に気が付いた。
「だから、お父さんは『いっちゃん』って呼ばれているの」
 父は、浩一郎というが、昔馴染みらしいオジさんオバさんからは『いっちゃん』と呼ばれている。叔父は、『コージ』。きっと、『浩二』なんだろう。そういえば祖父は『浩太』だった。
 ビジネスホテルに泊まるという叔父を母は制して、元は兄の部屋で今は物置となっている部屋に寝てもらった。父もこれには反対しなかった。もっとも、宿をとろうにも、明日のB’z津山凱旋公演の影響で、空いている部屋などなかっただろう。
 津山市では、地元出身の稲葉浩志さんがメンバーであるBzが初めて凱旋公演を行うとのことで、春あたりから企画が練られ盛り上がりを見せていた。公演自体は明日の夕方6時からだったが、市外から来るファン向けにおもてなしブースや大きなポスターなど各所でイベントが用意され、私も友人と見学に回ろうと予定していたが、家庭の事情ならば仕方ないので、キャンセルの連絡をして眠りについた。

 翌朝、父の運転する軽ワゴンで病院に向かった。助手席に叔父、後部座席には私と母が座る。時間が経ったためか、前の二人の間の空気が、昨夜とは打って変わってごく自然で、安堵する。むしろ、拍子抜けするくらい。長く離れていたとはいえ、(主に父が)険悪であったとはいえ、家族として過ごした日々があるとはこういうことなのかもしれない。
 とはいえ、病院に近づくにつれ、二人が緊張してくるのが分かった。父はともかく、飄々として見える叔父までも、ひっきりなしに両手を揉みしだいている。
だから私も感染して、なんだかドキドキしてきてしまった。いつも通いなれている病院なのに、近づきづらい高貴な場所に向かっているかのように。母は呑気に新聞を開きながら、B’zの記事ばかりねーとボヤいたが、誰も相手をしてくれないので
「ちょっと、ラジオ点けるわよ」
とダッシュボードに手を伸ばした。
 たちまちB’zの曲が大音量で車内に溢れ、一曲終わるとまた別のBzの曲が流れだす。地元FM局のはからいのようだ。
「スゴいなぁ」
 気付いた私が嘆息すると、叔父が呼応するでもなく誰に言うでもなく呟いた。
「同じ日に、一方のコージは成功して凱旋帰郷して、もう一方のコージは落ちぶれて辿り着く」
 音楽に隠れて母には聞こえなかったようだが、父は確かに耳にした。
「うるさいなコレ」
と言って、比較的ムーディーなバラードなのに、チャンネルを替えてしまった。

 祖母の病室は2階の角の4人部屋だ。相部屋の患者は、皆祖母と同年代の女性ばかり。必然的に見舞客も私の両親と私くらいの世代となる。祖母のベッドは建物外側の一番廊下側だ。
 病室まで威勢よく先陣を切っていた父と叔父だが、ドアの前で止まると先に行けと言わんばかりに母に場所を譲る。母は呆れ顔で、自分の荷物(リネン類)と私に預けた物(新聞と叔父の土産)を確認すると、大きく深呼吸して、勢いよくドアを開けた。
「おはようございまーす。おはようございまーす。おはようございまーす」
 初めの挨拶は部屋全体に、次の挨拶は祖母の向かいの方と斜め向かい。最後の一回を、ベッドに横渡る祖母越しに隣の方に投げかけると、わぁ一番乗り、とわざとらしい明るさで付け加えた。思ったとおり、まだ他の見舞客は来ていない。そのために面会時間開始直後に到着したのだ。
「お義母さん、おはようございます。朝ご飯しっかり召し上がった? おかずはなんでした?」
 荷を置いて、祖母の身体を起こす手伝いをする。その間に、私はベッドを囲うようカーテンを一杯に引く。
「小百合ちゃん、おはよう。朝ね、アンタの大好きなトマトが出たのよ。美味しかったわ」
「お義母さん、私、小百合じゃなくて百合子ですから。小さくともなんともない百合ですから。あと、トマト、私嫌いです」
 いつもの遣り取りを、カーテン越しに聞いた叔父が小さな声で呟くのを私はしっかり聞いてしまった。
「『小百合ちゃん』って、兄貴の高校時代の彼女じゃなかった?」
 父は答えない。
「お袋、本当にボケてるの?」
 ひょっとして、そうかもしれない。入院が長引いてイライラして、ボケたフリして当り散らしているだけなのかもしれない、と仄かな希望が湧いてきた。
「今日はね、お義母さん、珍しい方がいらして下さってますよ」
「桃ちゃんは、昨日来てくれたよ」
 今日は私を孫と、ちゃんと認識している。しかし、私が病院に行ったのは先週と随分前だけど。これは皮肉なのか? それとも本当に分からないのか?
「桃子じゃないですよ。入ってください」
 私は、ドキドキしている。母もきっとそうだ、瞳がランランと輝いているから。呼びかけに応える形で、カーテンを掻き分けて、まず父が、そしてバツが悪そうに叔父がとうとう入ってきた。私たちは皆、祖母の顔を一心に見つめる。
「・・・どちら様でしょうか」
 誰も何も説明しないので、渋々と言った風に祖母が切り出した。
「お義母さん、しっかりお顔拝見して考えて。当てて下さいよ」
 母は励ますようにハッパを掛けると、父を押しのけ叔父の腕を取り祖母の傍に引き寄せる。叔父は硬くなっているらしく、近付く時少しよろけた。
「そんなこと言われても、分かんないわ」
 これが逆効果で、祖母は気分を害してしまい、頭を振ると傍らの古い新聞を取り上げた。大事に取って置いてある、いつもの新聞だ。
「お義母さん!」
 焦って母が声を荒げたが、叔父が小さな声で、いいんですと止めた。
「ねえ、お兄さん。これ見てくださいよ」
 案の定、祖母は『いつもの新聞』を開いて、地方欄の写真付きの小さな記事を指差した。赤ペンで囲ってある部分だ。
「『商店街青年会会長に稲田浩一郎氏(稲田クリーニング)が歴代最年少で就任。』」
 見出しだけ読み上げて、後は自分で読めという風に叔父に記事を突きだす。
「この子は一度潰れかけた店を、必死の努力で持ち直して前以上にしたんですよ。周りの人もそれを見ているから、地域の活性化に貢献してほしいと会長に推されてねぇ。本当は自分から前に出るような子じゃないんだけど、責任感が強いから本業が忙しいのに引き受けたんですよ」
 数年前、取り上げられた父の記事だった。経緯は祖母の話した通りだが、会長とは言え雑用ばかりの損な役割を押し付けられたというのが実態のように思えてならない。けれど、黙々と責務をこなしつつ新しいことを取り入れ、地道に説得して協力者を集めつつある父の努力を私達家族は理解していて、祖母が何かにつけ記事を自慢するのを止めることはしていなかった。でも今は。
「母さん、止めてくれよ」
 母より先に、父が新聞を取り上げた。祖母はきょとんとした表情で宙ぶらりんの手を持て余している。私は、叔父のことも両親のことも見るのが辛くて、下を向いたまま、持っていた今日の山陽新聞を祖母の空いた手に押し付けた。
 それがスイッチ切り替えとなって、祖母は中途半端な自慢のことをすっかり忘れ、今日の新聞閲覧を開始した。母は、いたたまれず一歩退くと、壁の方を向いた。叔父は、片手を挙げてもごもご呟くと、カーテンを掻き分けて出ていく、父がそれを追いかける。
 私は、しばらく一心不乱に新聞を読む祖母の横で、真下に顔を向けたまま立ちすくんでいたが、気付かれないようにそっと移動して父達の後を追った。
 父達は病室を出てすぐの廊下にいて、父は謝っているようだった。叔父はうつむいて何も言わないか、言葉にならない音を発するだけだったが、やがて顔を上げるとしっかり父を見つめて言った。
「いっちゃんが居てくれて、本当に良かった」
 叔父の瞳は少し潤んでいたが、清々しい表情をしていた。
「小さい時から、真面目な兄貴ばかり親父やお袋は自慢していて悔しいことが多かったけど、今は本当に思うよ。兄貴がお袋のそばに居てくれて、本当に良かった。オレじゃなくて良かった。有難う」
「浩二・・・」
「皮肉でも自虐でもないよ、オレはなにも孝行できなかったから。できないばかりか迷惑かけて・・・本当にすまなかった」
「親父もお袋も、迷惑なんて思ってなかった。そればかりか、縛られずに自分のしたいことをするお前を誇りに思っていたよ。オレも」
 父がそんなことを言うなんてびっくりだ。ならばどうして、お兄ちゃんをボロクソに言うのかしら。叔父さんと同じことをしているだけなのに。
「でも、結局オレは失敗したんだ。落ちぶれて、空っぽになって、せめて死ぬ前にお袋に会いたいと思って帰ってきただけなんだ」
 父が何か言おうとした時、背後から母の声がした。
「ちょっとアンタ達、みんな入ってきて!」
 ベッドでは、相変わらず祖母が今日の新聞を読んでいた。祖母はいつも、社会面から見始める。
「お義母さん、さっきなんておっしゃいましたっけ」
「七十五過ぎたら免許は返納しなくちゃねー」
「違う、その後!」
 母は、社会面のど真ん中、四分の三を占めているその記事を指差した。
「うちのコージが帰ってきたって、皆が誉めてるよ」
 それは、B’z稲葉さんの故郷凱旋公演の記事だった。
「おばあちゃん、それ違うよ。コージじゃなくてコーシだよ」
 私は思わず間違いを指摘した。年寄りとは言え、違うことは違うと言わなくては。
 しかし、祖母は首を振った。
「いいえ、コージです。うちのコージが二十年以上経って帰ってきたのを誉めているんです」
 笑いたいのか泣きたいのか、奇妙な表情で叔父が言った。
「誉める理由がないじゃないか。そのコーシは、成功して故郷に錦を飾って町を挙げて歓迎されているんだよ。うちのコージと正反対じゃないか。うちのコージに誉められる理由なんてないじゃないか」
 祖母は、胸を張って、声高らかに宣言した。
「うちのコージは、忘れなかった、二十年以上経っても、親や兄、故郷のことを忘れずちゃんと帰ってきた。これだけで、誉めるべき理由として十分でしょう」

 結局、祖母が本当に呆けていたのか、照れ隠しで呆けたフリをしていたのかは分からない。ただ、その日を境に、頓珍漢な言動は少なくなり、怪我の具合も改善して来週退院の予定だ。
 叔父は、初めは都会に戻る意向だったのだが、父の説得で地元に残ることにした。その後しばらくうちに滞在していたが、地元の友人のツテで、仕事と近くに安いアパートを見つけて引っ越した。今も、週4でうちに夕飯を食べに来る。
父は、事業を拡大して叔父に手伝ってもらえるくらいにしたいと意気込んでいる。新たな目標ができて、仕事への意欲も増したそうだ。
音楽をやりたくて家出した私の兄だが、実は母と隠れて連絡を取り合っていたことが判明した。でも、今や家族中がその事実を知っているので、次の正月には帰省してくるかもしれない。家出中なのに。しかも、母に時折小遣いももらっているらしい。アイツは根性がない、と呆れて父が吐き出す。
 叔父が遊びに来ると、ギターを弾いてもらったり教えてもらったりしている。好きなだけあって、叔父はB’zの曲が上手い。最近は、古い友人達と中年バンドを組むんだと張り切っている。父は、ほどほどにな、と助言したが、キーボードの女性が叔父の昔の彼女で今はバツイチと知ると、俄然応援しだした。
 あのB’z津山公演のあった日、私は夕方から友達と合流して、会場の外で公演の様子を伺っていた。終盤、会場のドアが開け放たれたそうで、一斉に大きな音が流れ込み、周囲が大いにどよめいた。
 歓声に包まれながら、叔父のことが、叔父がここに居たらどんなに喜んだろう、と一瞬頭をかすめたがすぐに打ち消した。その日の叔父は、歓喜の渦の一端ではなく、中心に居たのだ。帰ってきた、おめでとう。覚えていた、有難うと街中から歓迎されていたのだから。

『放蕩息子』

『放蕩息子』 じゅんじゅん 作

岡山県北・津山市を舞台にした一家の特別な日を描きました。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2017-11-16
Copyrighted

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