*星空文庫

ピンクあるいはブルー

かわら 作

 瑠美ちゃんの姿はとっくに見慣れた。真昼の清廉とした生活のなかでも、潜んで済ます情欲の間でも。
 いやしかし、目にしすぎて飽きてしまったといってもいい。
 容姿がインプットされているからといって、内面まで加えた「全て」を知っていますと奢るつもりは毛頭ないのだけれど。
 それは普通のヒトたちに限った話ではないかとも考えたりする。
 例えば、私がA子ちゃんのスカートを捲るとしよう。もしくはB太くんのズボンを勢いよく脱がした場合。
 私が次にいただくのは熱い平手打ちか、数秒下着を拝む権利くらいである。そう、丸い尻に食い込んだ下着。
 人間だもの。履いていて普通である。
 だが、瑠美ちゃんのスカートを捲ったときはどうなるか。
 薄い夏製スカートがヒダを美しく上下させたあと、巨大な尻尾が露わになってしまう。尻尾を想定した下着などあるはずもないので尻丸出しだ。膝裏より少し下まで延びたそれは、哺乳類のモノと違って爬虫類に近い。はっきりいってグロテスクだ。
 そこそこな顔だちをしているだけに却って不気味さが増すし、私としては興奮の度合いも倍になる。
 また、不思議な話ではあるが、スカートを戻せば尻尾は丸く収まってしまう。なんだか手品のようだがそうではない。
 生えてさえいなければ、先述の通りには考えていなかっただろう。彼女の尻尾は生活のあらゆる面に根付いている。人間性の一部にも奇異な影響を施している。いうなれば尻尾は十であり、尻尾がなければ瑠美ちゃんは瑠美ちゃんではない。ない瑠美ちゃんには好かれることも好くこともありえなかった。
 誰も知りえない領域の間で恋をしているものだから、そういった変な自信がある。
 全部わかっているからとざらついた皮膚に頬ずりする気合いもある。
 つまりはただの長ったらしい惚気だ。
 同時に、恋愛生命を保つための努力でもある。

「しぃちゃんしいちゃん。ちゃんと宿題やってきた?」
 笑顔で横顔をのぞき込んでくる瑠美ちゃん。おそらくはスカートの下で尻尾を揺らしている。
 日常の、数え切れないほど経験した瞬間だ。
「うん瑠美ちゃん」
 朝の冷たい空気を思い切り吸って、間髪入れずに脳と口を動かす。いくつもいくつも考えた何百何千の惚気のうちどれかを、私は言葉にしていく。その息を真横の彼女に何分か捧げる。頭が痛くなるほど、私は瑠美ちゃんに愛を囁くのだ。
 満足するだけの熱量を注いだら、お決まりの流れへ移行する。
「……しぃちゃん」
 返事するだけの息はもうない。
「しぃちゃん……。私も、私もしぃちゃんが大好きだよお」
 僅かに上気した頬、うっとりした様子で瑠美ちゃんは私に抱きついた。耳元に当たる呼吸はどことなく荒く、熱を孕んでいるようにも感じる。
「簡単に忘れちゃうから、すぐになんもわかんなくなっちゃうから、しぃちゃんだけは憶えててね。好き、好きだよ」
 こうして彼女は痛々しいほど愛を求める。理由は更に痛々しい。だからどうしようもなく好きだ。狂おしいほどに愛している。
 今にも震えてしまいそうな背中を、私はそっと撫でた。骨のラインを人差し指が這って、尻尾が跳ね、中から漏れていく。
「あっ」
 気を抜くと瑠美ちゃんはもうセーラー服を着られない身体になってしまう。秘めた部分が丸見えになって悶々とする。
 そして一定まで催すと、互いの肉体はぴったりと尻尾で固定されてしまう。片足さえ動かなくなるので、声をあげるしかない。
「ねえ瑠美ちゃん、休んじゃおうか?」
 瑠美ちゃんは今にも泣きそうだ。大きな二つの瞳は濡れに濡れて、何もかもが零れかけている。
 いつものくだりから既に我慢の限界だったのかもしれない。ただ、普段より辛抱が効かなくなってしまうのが早い気がした。
 私の提案に対し返答はなく、かわりに尻尾だけが緩やかに解けていった。

 中途半端にカーテンを閉じた一室で私たちは横になっていた。
 向かい合う瞳には光が差し、眩しそうにすることもなく、私を穏やかに見つめていた。清々とした面持ちではあるものの、その反面、身体はひどく汗ばんでいた。じっとりと纏わりついていようが、拭くのも叶わなかった。
 何故なら指先は深く絡み合っていたし、もう動かすのも億劫に思えたからだ。人間から解放された姿こそ彼女は美しかった。目を逸らしたくなかった。
 気を急くのは躊躇われた。
 しかし、私たちには余韻に浸る時間は残されていなかった。それだけは、本当に悲しいことだった。
 なんとか切り出そうと指先を動かした矢先、私の右手は強い抵抗を受けた。力強く握られ、より一層に汗が滲んだ。
「喧嘩しちゃったの。あの人が、しぃちゃんと付き合うなって怒鳴ってきたから。いつもは優しいのに、なのに、しぃちゃんをあんな女とかいうから。私、初めてお兄ちゃんを殺そうと思った」
 静かに、けれど力のこもった声で瑠美ちゃんは語り始めた。
「すごい剣幕で怖かったよ。でもねえ、私はしぃちゃんが大好きだから負けちゃだめだと思ったの。ここで負けたら、私は殺されちゃって、奪われちゃうって。お兄ちゃんが背中を向いた瞬間、尻尾を噛んでやった」
 そのときの光景を思い出すかのようにくすくすと笑う瑠美ちゃん。
「すっごい声で叫んでたよ。今までに聞いたことないことないくらい、下品だった。鼻の穴めちゃくちゃ広がっててさあ。で、今度は私がぼこぼこにされちゃった」
 お高く止まった先輩が猛獣のようになるとは、それも溺愛している妹に牙を向けるとは、全く可笑しくはなかった。彼はそういう人だ。
 大方ペットが手を噛んで逆上したといったところだろう。
 他害的であるから、高潔なふりなど平気でしていられる。
 愉快気に話す瑠美ちゃんの前で、鬼気迫る形相が容易に浮かんだ。私も釣られて、息が漏れた。
「痛かったなあ、へこんじゃうかと思ったし。本当。でも、それだけなの。あはは。ずるいよね。あっちは無理やりに通せる力があって、私はなんにもない」
「尻尾、やり返された?」
「噛まれたよお。痛いよ、しぃちゃん」
 泣き真似をしてみせる彼女だったけれども、相当に辛いはずだった。
 本当に、非の打ちどころがない完璧な先輩しか彼女は知らないのだ。自分の兄が、激情のままにわめく人だとは毛頭思わなかっただろう。いつだって見せる顔は、穏やかで理知的な、妹思いの姿だった。本性をどこかで覚えていても、実際に目前にするのとでは大きく違う。
 瑠美ちゃんの感情が沈んでいく。
 私は、太ももの上に転がった尻尾に触れた。
 零れ落ちそうになる先端をすくい、撫でて、口付けをした。胎児のように丸くなって、彼女の尻尾を吸った。
 呼吸が落ち着くまでそうしていた。それだけが唯一可能な、死にゆく彼女への償いだった。

『ピンクあるいはブルー』

続きます

『ピンクあるいはブルー』 かわら 作

トカゲの兄妹。選ぶなら。 即興小説で書いたものです。テーマは「トカゲの百合」

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更新日
登録日 2017-11-15
Copyrighted

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