*星空文庫

楽園・惑星Q

野崎くるす 作

 調査のために、男は惑星Qへと降り立った。
 予想通り、そこは男の故郷と同じような環境だった。宇宙服がなくても、なんら人体への影響はなさそうだ。
「ああ、なんて素晴らしいんだ」
 男は満面の笑みを浮かべ、大きく息を吸い込んだ。木々の匂いに土の匂いが、どこか懐かしい。男は宇宙船をその場に残し、近くを散策することにした。
 男の手にした携帯端末には、着陸する前に用意していた、この惑星の空中画像が映し出されている。男は指先でそれを拡大し、慎重に確認しながら歩みを進める。
「これは……、住居だろうか?」
 男の目の前には、石造りの簡易な建築物がある。それを何枚か写真にとり、保存した。
 見たところ、我々よりも文化水準は低いと思われるが、それでも知的生命体が存在することに間違いはなさそうだ。
 男は窓らしき穴に顔をくっつけ、住居のなかを覗き込んだ。机や椅子のような家具、調度品が確認できる。
「誰もいないな……」
 けれど肝心な生命体の確認はできなかった。男は住居のなかも写真にとり、更に歩みを進めることにした。
「街か」
 先ほどの住居と同じような造りの建造物が密集し、その間を路地が走り、開けた場所は広場だろうか、噴水がある。涼やかな音色に光を浴びて輝いている。
 男は広場へと足を踏み入れる。石畳には、落書きだろうか、文字のようなものが彫り込まれていた。
「言語を介したコミュニケーションが可能のようだ」
 男はその文字を写真にとった。
 その時、背後で微かな足音がし、男はすぐに身構えた。その右手は、懐に忍ばせていた光線銃へと触れている。
 男が振り返ると、そこには自分たちとよく似た容姿の少年が立っていた。なにやら聞いたことのない言語を使い、男に話しかけているようだった。
 男は光線銃ではなく、自動翻訳機を取り出して、少年の言葉を解析しだす。その間、相手に敵意のないことを伝えようと笑みを浮かべ、手を振り続けた。
「外国の人?」
 自動翻訳機が、抑揚のない声で、少年の言葉を男の理解できることばに訳した。
「はじめまして。私はこの惑星の者ではありません。別の惑星への航行中にデブリに巻き込まれ、偶然、やってきたのです」
 男の言葉を、今度は少年に理解できるよう自動翻訳機が訳して伝える。
「宇宙人?」
「そうなります。ここは我々の惑星とよく似ていて、宇宙船の修理や燃料、食料があると考え立ち寄ったのです」
「それなら、町長さんに会うといいよ。ぼくが案内するからさ」
 少年は邪気のない笑顔でそういと、先に立って歩き出した。男は警戒しながらも、その後に続いた。

 今までどこかに隠れていたのだろうか、街中は多くの人々の姿で賑わいだしていた。
 男と少年は市場でりんごのような果実を二つ買って、それをかじりながら町長のもとへと向かった。
「こりゃまた、宇宙からのお客さんとは初めてじゃ。我々にできることならば、なんでもいたしましょう。ゆっくりしていってくださいな」
 町長は人のよさそうな老爺だった。その言葉の通り、男にはいたれりつくせりの日々が待っていた。
 清潔な住居に召使い、言語の先生もつけてもらった。食事も図書館での書籍の類も自由に借りることが許された。
「ずいぶんと長居をしてしまったな」
 あれから一年、男の髪は伸び、肌もこんがりと焼けていた。自動翻訳機がなくとも、この惑星の人間と交流ができるまでになっていた。
 男はこの街で、機械工学の講師となっていた。その間も宇宙飛行士の任務のことを忘れたことはなく、街を散策しては記録にし、他の地域にも出かけていった。
「先生! モニタが動きました!」
 この惑星で初めて会った少年が、目を輝かせて宇宙船から飛び出してきた。
 男は「ほんとか」とすぐさま宇宙船へと飛び乗って、機器をいじくる。とぎれとぎれの電子音が、狭い操縦席に響く。
 少年は機器と格闘する男を、鼻の穴を膨らませて見守っている。

――こちら宇宙ステーション―― 

 女の声が聞こえてきた。
「繋がった。こちらナインティーエイト・スプーク、応答願う」
 男は嬉しそうにはなしかける。

――ナインティーエイト・スプーク。無事だったのですね――

「デブリに巻き込まれ、惑星Qに着陸した。宇宙船の修理を試みているが、そちらに戻ることはできなさそうだ」

――データは送れますか?――

「ああ、問題ない。すぐに送る」
 男は機器を操作し、宇宙船にため込んでいたデータを宇宙基地へと転送した。
「大発見だよ。惑星Qは我々の惑星とほとんど同じ、人類のようなものも存在する」

――本当ですか! それは我々の宇宙開拓における大きな一歩となるでしょう――

 理知的な女の声が、心なしか弾んでいる。
「この子が手伝ってくれたんだ。ほら、我々にそっくりだろ。知的水準も高く、友好的だ」
 男は少年を手招きし、カメラの前に立たせた。少年は人懐っこい笑みを浮かべ、カメラに向かって手を振った。

 ここは惑星Qから遠く離れた位置にある惑星、そこにある宇宙基地。
 モニタを見つめる女が、不思議な顔で首を傾げている。そこには、惑星Qにいる男の姿が映っていた。
「どうした?」
 女性にはなしかけるのは、上司の男だった。
「何度見ても、少年なんて映ってはいなんですよ」
「確かに、映っているのはあいつだけだな」
 上司の男も首を傾げた。

――この子が手伝ってくれたんだ。ほら、我々にそっくりだろ。知的水準も高く、友好的だ――

 男は誰かを手招く仕種をし、誰かの肩に手を回したような格好でカメラを見ている。
「それに、この画像を見てください」
「なんだ?」
「広場にある噴水のようなのですが……」
「ぼろぼろだな。水も枯れてる。いわれなければわからんな」
「乗組員によりますと、緑豊かで住むものの知的水準も高いということなのですが……」
 女は男から送られてきた画像をモニタに映し出し、「乗組員が市場だというところには、所々、石畳の名残のようなものはありますが、そのほとんどは剥き出しの大地です」といった。
「それに……」
「ん? 核戦争の形跡あり?」
「はい。解析班によりますと、この惑星では遥か昔に核戦争があっただろうと予想されるそうなのです」
 惑星Qが丸々とおさまった画像を見れば、どこにも木々の緑や川や海の深い青は存在せず、ただ干からびた大地の白や茶が広がっているだけだった。
「生物の存在する可能性は、限りなく低いそうなんです……」
 女は目を伏せ、物悲しそうにそういった。
 上司の男は、画像のなかで満面の笑みを浮かべ、宇宙船を修理する男の姿を見つめ、「いったい、あいつにはなにが見えているというんだ……」と呟いた。

『楽園・惑星Q』

『楽園・惑星Q』 野崎くるす 作

  • 小説
  • 掌編
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2017-11-13
Copyrighted

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