NOCTURNE〜別れの曲~

NOCTURNE〜別れの曲~

赤波直人、白石真奈美は徐々に黒瀬泉の死の真相の情報を集められている。誰が何を知り、何が起こったのか、更に深く追求していくが…

〜別れの曲~1

傘の中では雨音が鳴り響いていた。凄い土砂降りである。車の音や人の声等は傘にあたる雨音で消されていた。そのため後ろからの声には気付かなかった。
「赤波くん!」
「あ、南。」
顔を覗き込み俺を気付かせた。
「ごめん、全然聞こえなかった。」
大丈夫だよとニコリと笑い、凄い雨だねと話を続けた。
「ねえ、就職か進学決めたの?」
南と肩を並べて登校することになった。進路か…正直今はそんな余裕がない。
「南は決めた?」
彼女はニコニコしていた。ずっと笑っているイメージがあるのは相変わらずであった。
「専門に進学することにした。」
「なにの専門だ?」
そうこう話していると、学校の靴箱に着いた。話しながら歩くと時間があっという間に過ぎるのが不思議だ。
「赤波くんも行く?」
彼女は靴を履き替え、鞄の中から冊子を取り出した。
「赤波くんも一緒に行こうよ。」
なんとも簡単な勧誘だと思った。彼女は一年の時から一緒に一緒にと色々誘ってきてくれる。なんとも、一目掛けてくれている、そんな感じではあった。
「そうだね、考えておくよ。」
俺は一応その冊子を受け取り鞄の中に入れた。
そう言えば…
南は俺が靴を履き替えるのを確認して、再び話を続けた。
「なにか進展はあった?」
最初何の事も話しているのかと思ったが、有無も言わさず南は続けた。
「緑川君から聞いたよ?」
その言葉で何の話か判断出来た。緑川なりに色々調べてくれている、そう思った。
「ぁあ。まだそこまで進展は無いんだけど、駿介と東郷が何か絡んでるかもしれない。」
「北川君と早苗ちゃん?」
靴箱から教室まで二人で歩いた。駿介と東郷のその日の記憶について話した。南は表情変えずに俺の話を聞いていてくれた。
「そうなんだ。それなら、何か知ってるかもしれないね。」
「うん。ただ嘘を付かれたらお終いだから、とりあえず探りは入れないようにしている。」
「そう。分かった。私もなるべく協力出来るようにするね!」
南は俺の手を両手で包み真剣な眼差しで俺の目を見てきた。ありがとう。そう伝えると彼女は颯爽と教室の中に入り、いつも話しているクラスメイトの所に行った。彼女もまた、白石と同じで自分の信念を貫くタイプなので、頼もしい味方がまた出来たと感じた。

────音楽室で、白石と話をしていた。北川駿介や東郷早苗についてだ。質問責めをした所で相手が逃げたら仕方が無い。それに加え、放置しておくのも何かを知っているのに勿体ない。二人の事を話し合っていた。白石は今日ピアノは弾かず、ピアノの椅子に座っていた。
「でも二人だけだとは思えないけどね。」
「そうだな。亮太や一也も、色々協力してくれているし、俺達も調べてみるか。」
「でも、クラスは貴方が調べるより彼等にお願いした方が得策よ?」
「ん?なんでだ?」
「幼馴染で一番近くにいて、目の前で泉は亡くなった。そんなこと、皆知ってるわよね?質問された方からしたら怪しまれてるとしか思えないだろうけど。」
「そうだろうけど、亮太や一也が聞くのも変わらないんじゃないのか?」
俺の言葉を遮るように白石は発した。
「私は貴方が信用できる人を教えて欲しいって言ったの。だから、青峰司、緑川竜二、茶ノ木一也、黄金崎亮太、桃田愛、皆協力してくれたんでしょ?皆が覚悟を決めて、貴方の味方で居てくれるって言ったのよ?」
母親にもこれほど言われたことは無い。黒瀬は俺の事を思って何度か言ってくれた。白石もまた、俺の事を思ってこれ程の、言葉をかけてくれるのだと、涙が溢れそうになった。惨めな自分が、逃げている様な自分が、周りに恵まれている自分が。
「だから、彼等の事を無駄にしないように、変な野次馬と思われないように」
白石は席を立ち俺の方へと近づいてきた。
「私達に出来ることがあると思ったから、貴方も色々しているんでしょ?」
両手で頬を持たれ、下げていた俺の頭を上げた。そして彼女は顎で俺の後ろを指した。音楽室の扉は閉まっていたが、窓から秋口徹也が覗いていた。
「徹也…」
音楽室の扉が開かれ、彼は俺に近付いてきた。
「見つけましたよ。腕よりの探偵を。」
これから怪しい人物を付けてもらおうと、彼の知り合いの探偵をお願いしていたのだ。彼と言うより、彼の父親が。
「直人先輩は一人じゃ何も出来ないので、俺らが支えますよ。」
徹也は笑いながら俺の両肩に手を置いた。また、涙が溢れてきた。

〜別れの曲~2

「秋口財閥の息子、秋口徹也でラグビー部の後輩だ。」
白石に徹也の紹介をしていた。徹也は礼儀正しく挨拶をした。二人は手を差し伸べて握手をした。すると、白石は少し眉間にシワを寄せた。
「財閥の息子さん…煙草吸ってるの?」
白石はどうやら匂いで分かったようだ。やはり煙草を吸わない人間にとっては、匂いで感知できるものがあるのだと感じた。
「あ、はい。すんません。」
徹也はすぐに手を解いた。
「秋口財閥って聞いた事無いけど大企業なの?」
白石は徹也に聞いた。
「直人先輩の言い過ぎですよ。一応うちの会社は準大手企業に入る分類ですね。資本三億、従業四百人超えていますけど、そこらの大企業に比べたらまだまだです。」
何を言っているか分からないが、出てくる数字は大きいだろと言いたくなっていた。
「有名どころで言えば、楽器ですかね。」
そう言うと彼はピアノに近付いた。そして、ピアノの金色で入れてある文字を指した。
「AKIピアノ、他にもフルートやピッコロだったり、この学校にも寄付しています。」
白石は驚いていた。
「あの、AKIピアノってあなたの所だったの?」
声が大きくなっていた。自分も使っているピアノもそれだと話したり、他にも楽器は弾けると話したり、徹也にマシンガントークを炸裂していた。
「白石先輩は音楽好きなんですね。」
徹也はピアノの椅子を引いて、白石に席を譲った。
「連弾してみませんか?」
白石は喜んでと言わんばかりに椅子に飛びついた。徹也は白石の右側に立った。
「お前、ピアノ弾けるのか?」
「はい、一応こういう会社なのでそういった類の事は習わされてました。」
笑いながら指をポキポキと鳴らしていた。
「じゃあ、英雄ポロネーズを。」
白石は徹也に向かって曲名を言っていた。白石はいすに座り、徹也は立ったまま演奏する様だ。曲が始まると二人は初めてじゃないかのような連弾を披露した。二人とも力強い演奏で聞き入っている自分がいた。弾いている本人達も笑顔になっている。主旋律は白石が弾いているようであった。しかし、徹也は不思議な顔をしていた。弾き終わると徹也はそのまま白石の方を向いた。
「白石先輩、ピアノはいつからですか?」
突然の質問に白石は呆気にとられていた。今更の質問である事は徹也も従順承知のようだ。
「幼稚園の時から…」
「旋律を奏でてるだけに聞こえます。」
以前白石が俺に話したことを思い出した。俺は先輩として、徹也の言葉に怒りを覚えた。
「おい!なんてこと言うんだ!」
白石は黙っていたままでいた。そのまま俺の言葉を無視して徹也は続けた。
「音楽やってる人間なら分かります。感情が英雄ポロネーズの曲と合ってない事を。」
白石は泣き出した。その場には涙する彼女の声が無情にも響き渡っていた。事実、彼女は自分の音について理解していたから、尚更言われたことにショックを受けたのかもしれない。そう考えていると、俺の手は自然に徹也の胸ぐらを掴んでいた。
「やめて、直人くん。」
それを見た白石はすぐさま俺に言い放った。徹也も悪気があって言った訳では無いと話した。
「夜想曲、別れの曲。貴方にはそれがお似合いかも知れません。」
そう言い徹也俺に紙切れを渡した。そこには探偵の電話番号、住所が書かれていた。軽く頭を下げると彼は音楽室を後にした。
今だに声をかけられない。何も言えない自分がいた。彼女は微動だにせず、鍵盤を見ていた。
「早く、泉を…。」
そう言うと夜想曲とは違う音楽を奏でた。いつか聞いた事のある曲であった。

────「西田にも同じ事が言えるぞ?」
「は?俺もお前も同じなんだから、お前から責められるのは、お門違いだ。」
「ちょっと、二人とも…」
体育館裏で二人の男の声と、それを止めようとする一人の女の声が聞こえた。
「あの話は無かった事にするんだろ?今更怯えるなよ!」
あの話…何の事かと思い、耳を澄ませていた。
「おい、誰が聞いてるか分からないんだぞ?俺も、早苗も怪しまれてる状況なんだから。」
三人のうち二人は特定出来た。北川駿介と東郷早苗であった。二人が話す怪しまれているのは、多分俺らが探っている事だろうとすぐに確信がついた。
「二年前だぞ?俺らは何も知らないで解決しただろ?」
やはり、確信は更に大きな物になった。
「西田…、俺ら…」
西田…西田守だ。同じクラスの男。クラス委員長をしており、かなりの優等生。大学も高偏差値の所の進学がほぼ決定している奴だ。しかし、彼が何故ここに居るのかは謎であった。さっきから怒号しているのは西田で確定した。
「緑川…先に戻っていてくれ。」
この現場を押さえたのは緑川だ。北川駿介と東郷早苗が何やら二人でコソコソとここに歩くのを見ていた彼が俺に知らせてくれた。その会あってか、なにか情報を掴みそうだと踏んだ。
「直人…一人じゃ」
緑川は俺の事を心配してくれた。しかし、緑川を巻き込むわけにはいかないと思い、早くこの場から遠ざけた。
「分かった。何かあったら言いたまえ。」
相変わらずの言い回し。それが俺の緊張を解させた。
俺は緑川が去っていくのを確認して再び彼等の方を向いた。まだ話しているようであった。勢いをつけてその場に飛び込もうとした時、後ろから布切れのようなもので口と鼻を覆われた。その瞬間意識が遠のいた。何か残さないと、そう思い後ろを振り向くも何も俺の目には映っていなかった。そのまま俺はその場に倒れ込んだ。

〜別れの曲~3

────遠くで声がした。多分俺を呼ぶ声だと…。
「直人!」
ボヤけて見える人影が二人見えた。
「直人くん!どうしたの?」
まだ視野がハッキリとしない。どこかを打った痛みも無ければ、何故ここにいるかの記憶も曖昧だ。
「今から保健室に連れていくならな!」
「いや、大丈夫。」
俺は彼が言った言葉を遮った。
「は?直人、大丈夫なのかよ。」
ようやくピントが合いだしてきた。緑川であった。彼は俺を抱えるかのような姿勢でいた。その隣には心配そうに白石が見ていた。
「大丈夫、どこも問題ない。」
俺は足に力が入るか分からなかったが、緑川を押し返しゆっくり立とうとした。しかし、案の定ふらついてしまった。それを支えるかのように二人は俺の両脇に潜り込んだ。
「本当に大丈夫?」
白石は顔を覗き込ませ聞いてきた。どこも打っていない事を説明し、とりあえずと三人で歩き始めた。
「何があったの?」
二人は俺に歩幅を合わせて歩いてくれた。
「それより、どうして二人とも…」
まずは二人がここに来たことに俺が疑問を持っていた。
「俺様が伝えたのだ。」
今はこいつの言い方なんてどうでも良い感情になっていた。
「私が緑川君に聞いて一緒に来たの。」
そうか。虚ろながら返事を返した。
「あの三人の誰かにか?」
緑川は同じ現場を見ているので誰かは分かっていたようだ。しかし、彼が言う三人では無いことは確実であった。後ろから何かをで口と鼻を塞がれたのを話した。
「クロロホルム...」
緑川がボソッと言った。
「それはないと思う。」
緑川の言葉を否定した。
「実際にドラマとかで使われてるけど、一瞬で気絶する事はないの。大体五分くらい嗅がされないと眠らないし、皮膚に当たっただけでも爛れるのよ。」
「それでは、何故直人は気絶を?」
緑川はいかにもと言った感じで首を傾げた。確かに口元を覆われた記憶はある。一瞬にして覚えてないという確信もある。
「じゃあ、俺はなんで…」
「頚動脈か?」
緑川は片手で首を手刀で軽く叩きながら白石に聞いた。
「有り得るわね。」
二人は俺を抱えるのを苦とも思っていないかのように話をスラスラと進めた。しかし、疑問は残る。
「でも、なんでわざわざそんなことするんだ?」
白石は俺と顔を合わせながら確かにと話した。
「頚動脈を圧迫させると気絶するが、かなりの確率で後遺症は遺る。いずれにしろ、そう言った類の手練じゃなければそんなバランスを図れるハズはない。」
緑川はいつもとは違う口調で話した。大概こういう時は正論を言う時だ。
「つまり、口と鼻を塞ぐのは囮でその手刀が主に使用する物だったかもしれない。」
「それだったら、俺を惑わす為に…」
「可能性はあるかもね。こうやって探られないように。」
白石は緑川の話を続けるように繋げた。
「あの場所に居たのは、西田守、東郷早苗、北川駿介の三人、この三人に関わりある、尚且つそう言った類に詳しそうな奴が、直人を狙った可能性は高い。」
徐々に校舎に近付いていた。大体の予想を俺と緑川はしていたに違いない。同じ意見だと。しかし、何も信憑性がなく、ただ単に可能性である事には変わらないと白石に言われた。あいつらと同じで変に距離を縮めるのは怪しまれると異言を立ててきた。
「何も出来なくて、追い詰めも出来ないなんて...」
本当に自分が惨めになってきた。
「警察には?」
「警察沙汰にはしない。」
「そうか。直人、保健室に行こうか。」

────「軽い貧血で倒れてしまって、」
俺は保健室で先生に話をした。緑川と白石は授業があるため戻った。それに固まっていると怪しまれるとの考えもあった。先生は一時間だけでも横になりましょうとベッドに流した。俺はそのままベッドに仰向けになり、考えていた。あの三人と関わりがあり、尚且つあの様な手口を使うやつは誰かと。ぼーっと天井を見ていると携帯がなった。緑川からのメールであった。
『可能性があるのは、隣のクラスの柔道部元主将。県大会にも行くほどの実力を持ってる。中岡公洋(なかおかきみひろ)という男。』
緑川なりの考えであると思った。体は大きく、それに伴い態度も大きい男である。あまり異性からの評判はよくはないが、気前が良いや男前という事で同性からは人気がある。柔道の推薦で大学も決まっている。
『そうか。でもまだ可能性だから、中々調べられないな。』
『大丈夫。俺様なりに調べておく。』
『ありがとう。』
周りにいる奴らが何かを知っているんでは無いかと疑心暗鬼になるほど、自分が悩んでいるのは自覚していた。誰を信じて、誰を疑えばと。しかし、このように信頼出来る友人がいることにありがたいと思えてきている。他の奴が傷付くならやめてくれ、という考えではなく、俺のために傷付いてくれる奴がいる。その考えで、自分が頑張れる様になっていた。
授業の終わりのチャイムがなった。それを聞いてから俺はベッドから降りた。後々、首の左側が痛い事に気付くが、今は早く友人の所に行きたいと考えていた。

~別れの曲~4

保健室で先生に体調の確認をされていた。
「今は気分大丈夫?」
「はい、横になったら良くなりました。」
「そう。どこか痛む場所とかもない?」
左側の首が痛むようになったが、気にもしなければ感じない程度であった。
「はい、今の所大丈夫です。」
そうこう話していると、保健室の扉が開いた。扉を開けた人物は血相をかいて俺の元に走ってきた。
「赤波くん!大丈夫??」
南であった。どうやら緑川が先生に報告していたのを聞いたらしい。授業が終わってから慌てて来たとの事だった。先生も落ち着いてと促していた。
「南、大丈夫だよ。ただの貧血だから。」
とりあえずこの一件は緑川に任せる事となったので、白石と三人の中の秘密にすることになっていた。
「本当?それなら良いんだけど。」
安堵と言った感じで南は肩の力を抜いた。しばらくして、俺は南と一緒に教室を後にした。
「貧血元々持ってたの?」
「うん。ごく希になるんだ。」
「ヘモグロビンが足りないのね。」
「ヘモグロビン?」
血液の何かである事は分かっているが、奥までは理解してはいない。
「血液の中の蛋白質、鉄分って言ったら分かりやすいかな?」
「へー、詳しいんだな。」
彼女はいきなり歩いている俺の前に出てきて顔を覗き込んだ。
「やっぱり。私があげた冊子、見てくれて無いんだ。」
俺は思い出した。あの雨の日に靴箱で渡された物を。表紙も確認せず、そのまま鞄に放り投げていた事も。
「あ、すまん。」
もー、と南は頬を膨らませていた。
「私、看護師の専門学校に行くのよ。だから赤波くんも誘ったのに。」
だから、と接続詞がおかしいと思ったがそこは流した。
「そうか。鞄の中にあるから、教室に戻ったら見てみるよ。」
彼女は絶対だよ、と言うと再び俺と並行して歩き出した。

────「貧血?軟弱だな!」
司は笑っていた。事実を知らない彼には笑える事だと思った。
「おいおい、少しは心配しろよ。」
司につられて同じく笑っていた。鞄の中から南に貰った冊子を取り出した。
「なんだそれ?」
司は表紙を覗き込んで驚いた表情をしていた。
「看護師なるのかよ。」
「いや、南から貰っただけだよ。」
「南?あー、光か。あいつ看護師になるのか。」
「そうみたいだな。俺も進路決まってないし、一応貰っただけだから。」
「進路な。」
「そういえば、司は決まったのか?」
「え、ああ。教員になろうかと。」
「教員?学校の先生か?」
「ああ。人に教えるのが楽しいんだ。」
司は部活を引退してまでも、後輩にラグビーを教えている。そこで自分の夢を掴もうと考えたのだと思った。
「でもさ、勉強しなきゃだな。」
「直人、それ言うなよ。」
司は自分の夢を掴み始めてる。俺は手に持っている冊子を握りしめながら、自分は何になるのかと問いかけていた。

────「直人先輩が悩んでる。」
「珍しい事もあるんですね。」
夏目薫子、冬井美奈は相変わらず俺を貶してくる。
「馬鹿、俺も悩む時くらいある。」
「だから図書室に来て色々本を読んでるんですか?」
俺は司と話した後、一人で図書室に来て、色々な職種の本を読んでいた。
「お前達はあるのか?夢というのは。」
唐突に夏目と冬井に聞いた。二人は顔を見合わせニヤニヤとしていた。
「私達は二人でCAになりますよ。」
「キャビンアテンダントか?」
「はい。」
二人とも話す時はいい表情であった。
「二人してなんで?」
「元々私達のお母さんがCAなんですよ。」
夏目は携帯を取り出した。
「薫子が私を誘ってくれたんですよ。」
夏目は携帯の画面をこちらに見せてきた。一枚の写真であった。
「これ、お前らか?」
二人は再び顔を見合わせ、笑った。
「二人で制服着た時です。」
その写真は二人のCAの制服を着た写真であった。二人の笑顔は眩しく、見ているこっちも元気になれそうな笑顔であった。
「前々から二人の夢だったんですよ。」
夢...。夢があると楽しく生きられると、彼女達の笑顔を見て思った。

~別れの曲~5

放課後も相変わらず図書室で本を読んでいた。久しぶりに長時間の読書のせいか、少し目や肩が痛くなってきた感覚があった。本の一文字を集中してみるのは好きではないので、正直あまり頭に入ってないのかもしれないと思いながらページをめくる。静かな図書室。その空気に他の人たちのページをめくる音や、カリカリとペンが走る音が心地好く聞こえる。まるで、森の中で聞こえる小鳥のさえずりの様に。
しかし、そのさえずりは台風の様に消え去って行った。
「直人!!」
一際大きい声で、辺りを別の意味で静かにさせた。
「ばっ!おい!ここ図書室だぞ!」
人差し指を自分の口の前に当て、周りの目を気にしながらそいつを制止した。そいつは、ああすまんと言った感じではあったが場所も場所なので、無理矢理手を引き、図書室から出した。
「何考えている!」
そいつは引っ張っていた手を振りほどいてそれどころではないと言い放った。
「どうした緑川。」
いきなり押しかける、図書室で大声を出す等、突拍子の無いことをする奴ではあったが、いつもとは何かが違うのに気付いた。
「直人、白石が!」
その後のセリフを聞いた時に、足が白石の方へ向かっていった。武道館へと。

────桜岡高校では、柔道部、剣道部、空手部、それぞれが各自の武道館を持っている。全国大会に出るなどの優秀な成績を残しているだけあり、各部に一つの建物を用意するのは流石だと感じる。
「さっきは空手館の所に居た!」
俺と緑川は走りながら武道館の一つ、空手館へ向かっていた。
「な、なんで白石がそんなところに…」
向かう足は止まらず、緑川に話した。
「多分…、この前のお前の事だろう…」
二人とも走っていたため息切れは勿論、焦りという感情もあった。
「何?俺か?」
「ああ、お前が保健室に行った後、二人で話をした。」

————「頸動脈を確実に仕留める…。」
「どうした、白石君」
「ねえ、赤波君の事だけど。」
「ああ、今メールしたらまだ保健室で寝ている…」
「うん。誰か心当たりはあるの?」
「いや…、空手部、柔道部である事は確かであろう。」
「やっぱり?」
「確信は無い。だが、あれ程の手練れ、可能性は高いだろう。」
「北川俊介、東郷早苗、西田守。この三人と関係がありそうな人はいる?」
「そこなんのだが…。北川と東郷、西田にも関係性が全く無いのだよ…。だから全くもって見当はつかない。」
「そうなのね…。」
「白石君…。変なことを考えるなよ。今は無理に詮索するのはまずいのだぞ。」
「うん…。」

————「白石は机をずっと見ながら話していた。」
今の緑川の話し方が変わっているのは危ない、何かの予感がするからだと感じた。ましてや俺も同じことを感じていた。
「まさか、白石は…。」
緑川はその問いに有無も言わさず答えた。
「各武道館を全部詮索するつもりだ。」
緑川の発言に驚きが隠せなかった。彼女らしくない、冷静な行動では無い事は確かである。何を急いでいるのか、何を焦っているのか、直接彼女に聞くしかないと思った。長い距離か短い距離か分からないが、マラソンを完走したかの様だった。そして、目の前には、【空手館】の文字が見えていた。

~別れの曲~6

「なんだ、新入部員なら歓迎だが、今日は来客が多いな。」
緑川と俺は息を切らしながら【空手館】と書かれた武道場へと入っていった。おおよそ200畳程もある大きな武道館だ。かなりの人数の人間がここで空手を行っている。
「すまん。大山。」
俺は空手部元主将、大山真司に話をした。彼は同じ学年で、大学も空手推薦で決まっている。大男ながら顔は童顔であり、女子の間でも中々の人気があるとのことだ。三年生になっており、既に引退はしているが、向上心があり今でも練習に混ざっているらしい。
「どうした、赤波、緑川。空手習いに来たのか?」
彼は腕を組みながら体と顔は後輩たちの練習している方を向いていたが、こちらに話しかけてきた。
「ああ、さっき誰か来なかったか?」
そういうと練習風景を見ていた目はこちらに向けられた。
「なんだ。さっきの奴と知り合いか?」
「ああ、つい最近転校してきたばかりだ。」
そうか、と彼は組んでいる腕を解き、体もこちらに向けた。
「彼女は何者だ?」
少し笑いながら、俺らに問いかけてきた。その笑みは武闘家という彼に相応しい鋭い眼光であった。俺は彼女の事を話そうとしたが、前に緑川が出てきた。
「待て、直人。」
俺も緑川も息切れは収まっていた。彼女の狙いが何かが分からないが、こっちから探るしかないと、緑川に耳打ちされた。意外に冷静な緑川に俺は、感心した。
「彼女とは、何か話したのか?」
緑川はそういうと大山の方へと歩いて行った。
「ん?あいつは…」
そういうと道着の上を開け、上半身を露わにした。そして右肘を指さした。そこには血で滲んだ絆創膏が貼られていた。
「やられた、完敗だ、あれは。」
緑川と俺は全く話が掴めず、二人で顔を見合わせた。
「どういうことだ?」
俺も緑川の隣に行き、その絆創膏を見ながら、再び大山に質問した。
「ん?なんだ、聞いてないのか?」
大山はキョトンとした顔で俺らの顔を見た。
「練習中なのに、道着でいきなり入ってきてな…」
大山は再び道着を着なおし、話を続けた。
「この中で一番強い人は誰ですか?って。」
勿論、話が未だに掴めてないとしか言いようのない。不思議な行動であった事には、俺も緑川も触れなかった。
「それで、お前が出ていったのか?」
「ああ、この中で言ったら俺しかいないだろ?」
手を腰に当て、少しふんぞり返ったのは腹が立った。
「名乗り出たらいきなり『一戦お願いしたい。』と。」
「か…彼女が?」
緑川は驚きを隠せなかったらしく、動揺が言葉に出ているのが分かった。
「うん。ちょっと俺もイラッとして、有無を言わさず練習止めて、試合形式でやった。」
「試合形式って、彼女、空手やっていたのか?」
「組んで分かったが、合気道が主だな。」
合気道…。完全に思い出した。彼女と初めて会った時に威圧されたあの言葉は本当だったのか。
「それって試合になるのか?」
俺は緑川の驚きを余所に話を続けた。
「いや、最初に私は合気道で行きますって。まあ、空手は打撃で合気道は投げだから、勝てるだろうと思って特別ルールでやった。そしたら強かった。」
一人で大きく笑いっていた。
「それじゃあ、彼女はどこ行った?」
緑川は落ち着きを取り戻したのか、白石の事を聞いた。
「分からんな。勝ってそのままありがとうございましたって去って言ったぞ。」
「そうか。」
「それで、彼女は何者だ?」
俺と緑川は顔を見合わせ次はあそこだ、と言った感じで柔道館へ向かった。大山の事は完全に無視をしてしまった。
「中岡の事話したのか?」
緑川は首を横に振った。
「いや、話してはおらぬ。」
話し方がいつも通りに戻ったと感じた。兎に角二人とも軽いのだが落ち着いてはきたと感じた。しかし、柔道館から聞こえた声に反応し、再び走り出した。男と女が争う声、そして、歓喜の様な叫び声に。

~別れの曲~7

「貴様、中々の腕前だな!!」
「あなたも、と言っておこうかしら。」
俺と緑川が、柔道部が活動する【柔道館】へ入ると、二人は対峙していた。一人は白石真奈美。道着と袴を身にまとってはいたが、袖が千切れていた。もう一人は西田守。柔道着の前は乱れ、その胸には引っかき傷があり、血が出ていた。周りの人間は勿論、元部員である西田を応援して盛大に盛り上がっていた。とりあえず、俺と緑川が怪しんでいる中岡公洋が居なくて少しの安堵はあった。緑川は一早く二人の間に入っていった。
「落ち着きたまえ、白石君!西岡!」
二人の間に立ち、両手を広げて制止させたが、西岡はうるさい!と、怒号を飛ばした。
「まだ勝負はついてないんだよ…」
西田は右肩を抑えながら息を切らし、肩で呼吸をしている感じであった。一方の白石は息も切らさず、構えもせず、笑っていた。
「あなた、西田…守君だったわね?」
西田の名前を呼び、西田に向かって人差し指を差した。
「右肩、脱臼しているわよ。」
西田は驚きもせず、笑った。
「勝った気か。肩が外れた位で勝った気でいるのか!」
怒号が柔道館内に響く。あの時に聞いた怒号と同じであった。西田守…あいつは何を知っているのか。
「状態が悪い相手と戦うのは私のポリシーに反するわ。」
再び白石は笑った。白石の黒い部分が見えたと思った。周りの部員たちは未だ興奮が抑えられないような状態で盛り上がっていた。白石を罵声する者や、西田を励ます者まで。騒がしいこいつらに腹が立ち、声を上げようとした。すると、どこからともなく拍手が聞こえてきた。その拍手をした人物は緑川の隣に立ち西田の方を向いた。
「誰が許可もなく練習を中断して模擬戦をしてよいと言った、西田。」
その声が発せられると共に、周りの声も静まり返り、西田は畳に座り込んだ。その男は西田の方に近づき、左手で右肩を掴み動かした。
ああー!
今度は西田の怒号ではなく悲鳴が柔道館内に響いた。
「お前はいつも熱くなると周りが見えなくなり、言葉遣いが汚くなる。」
そう言うと再度右肩を掴み、肩を回し始めた。
「亜脱臼だ。一応填まったが今すぐ病院に行け。」
「でも、まだ練習が…」
「そんな状態で練習しても身体に響くだけだ。しかも、引退した三年が部活動で怪我をしたと言ってみろ。今後後輩達が劣らないように引退後の練習ができなくなるだろ。」
そう言われると西岡は立ち上がりトボトボと歩いて柔道館を後にした。
「何をしている。練習を続けろ。」
彼はそう言うと、部員たちは声を揃え返事をし、練習に戻っていった。
「すまない、うちの部員が余計な事をしたみたいだ。」
白石の方へ歩き、頭を下げた。
「いえ、私から頼んだので謝るのは私の方です。」
「ほほう。君から頼んだのか。」
「あなたは?」
「俺か?俺は中岡公洋だ。」
「柔道部の元主将だ。」
俺は白石の後ろに付いた。中岡は少し顔が強張った感じがした。
「赤波くん!どうしてここに?」
白石は俺の方を振り向いて驚いた様子であった。模擬戦に集中していたのが分かる。
「おお。赤波じゃないか、彼女は誰だ?」
「知らないか?」
俺は中岡の顔を窺いながら質問をした。
「うん。知らないな。」
顔色は変わらず、ほとんど無表情のままの顔であった。
「俺達のクラスに転校してきた子だ。」
白石はじっと中岡を見ていた。
「とりあえず、お邪魔しました。また伺いますね。」
ニコっと中岡に笑顔を見せ俺の手を掴んだ。そのまま柔道館を後にした。
「またいつでも来るといい。」
中岡は顔も姿勢も変えず、じっとこちらを見ていたと、後になり緑川から聞いた。まるで人殺しの様な冷酷な雰囲気であったと。

~別れの曲~8

柔道館を後にした俺たちは、そのまま音楽室へ向かった。白石は先頭で歩き、緑川と俺は後ろ側を歩いていた。白石はその白石はその言葉を発した。
「大体分かったわ。」
急に後ろを振り返り、神妙な面持ちだった。
「その前に…。」
緑川は白石に向かって行き、腕を前に組んだ。
「合気道習っていたのか。なぜそのようなステータスを教えないのだ!」
白石は唖然としていた。俺も。緑川はこんな危険な行為をすることに関して怒っているのだと思った。
「ピアノも弾けて、強くて…まさに才色兼備は勿論、文武両道だな!」
ああ、こいつはそういうやつだった。図書室から今までのこいつの言動から焦りや、不安を感じており、こいつの性格や言葉遣いをすっかり忘れていた。残念だ、カッコいい奴だと思っていたのに…。白石は普通に笑っていた。俺は再三呆れて溜め息が出た。
「緑川…お前もう、帰れ。」
肩を叩き、帰宅を促した。顔はこちらに向けて鼻翼を膨らませていた。
「直人よ!貴様も知っていたのか!?」
相変わらず白石は笑っている。俺は色々あって疲れ果てていたので、緑川の腕を掴み二人で話をすることにした。
「緑川、疲れたな。」
「ああ。そんなことよりだな…」
「少し白石と話がしたい。二人で…。」
そういうと緑川の怒り?か分からないが、落ち着きを取り戻し、肩の力が抜けたようであった。ぐったりと頭を項垂れて、疲れたと一言発した。
「俺様は、帰る。それでは白石君。」
緑川は白石に手を挙げ、白石もそれに反応するように手を振った。
「やっぱり、変な人ね、緑川君。」
白石は緑川を見送ると、すぐさま振り返り音楽室へ向かった。俺は無言のまま彼女の後ろを付いていった。

————彼女はピアノの前の椅子に座り俺の方を向いた。
「白石…分かったって…」
俺は開口一番そのセリフを発した。先ほど彼女が言っていた“分かった”とは何かを問おうとしていた。しかし彼女は、俯いたまま顔を上げようとはしなかった。俺は不思議に思い声を掛けた。白石…。声を掛けても尚、俯いたままであった。その時間が数分続いたあと、彼女が顔を上げた。その目には雫が溜まっていた。
「心配…心配したん…だから…。」
目の雫は、零れ落ちていた。彼女は片方の手で道着の裾を掴み、涙を拭った。
「泉に…顔向けできない…、あなたも居なくなったら…私…。」
声を掛けたかった。でも、どう声を掛ければよいか分からなかった。まさかそこまで俺の事を心配していたとは考えてもいなかった。ましてや、泉の名前まで出るとはと。
「頸動脈で後遺症残るかもって、緑川君と話していた時に…、どうなっちゃうのかと思った。でも…無事でよかった。」
白石の姿は、俺の胸の中にあった。熱い呼吸が、涙が胸に当たっていた。背中には彼女の手のぬくもりが。申し訳ないと思った。あの時、緑川を返さなければ一人になることも。何を一人で抱えようとしていたのか。俺にはあいつらがいる。白石がいる。そう思うと俺は、彼女を抱きしめ返していた。
「ごめん…。気を付ける…。一人で抱えすぎた。一人の問題にしていた。ごめん…。」
すすり泣く声が音楽室に響いていた。何分そのままか分からなかったが夕日は綺麗に音楽室の窓から差し込んでいた。

〜別れの曲〜9

落ち着いたようだった。涙も枯れ、完全に体がぐったりとしていた。ピアノの椅子に座った彼女は未だに両手で顔を埋めていた。
「白石…さっきは」
「直人くん。」
え。言葉を遮られた。顔を覆っていた手は離され、目を赤くしてこちらを見ていた。
「中岡公洋、西田守、大山真司。彼らの中に直人くんを襲った犯人が居るわ。」
疑問符と共に、やはり彼女は、その犯人を捜していたのだと言うことが理解できた。
「な、なんでだ?」
「頸動脈の話は覚えている?」
「ああ。」
「それ程の技量、技術を兼ね備えてる人が居たわ。」
「誰なんだ?」
「私の予想が正しければ・・・」
その時、音楽室の扉が開いた。
「ここに・・・居た・・・。」
彼女は息を切らしながらこちらを見ていた。
「桃田?」
桃田はそのまま俺らの方へ歩いてきた。そして、手に持っていた物を俺の顔の前に出てきた。
「何かしらの、関係は、あるかも。」
息は切れていたが、真剣な眼差しであった。彼女が差し出した物は薄い冊子の様なものであった。
「これは?」
俺の顔の前に差し出された冊子を白石は掴みながら桃田に問いた。
「写真、色々見てたらあったの。」
その言葉を聞いて白石はすぐさま、そのアルバムを開いた。中にはグランドや学校内、人物写真など十数枚の写真が綴られていた。その一枚一枚を白石は真剣に覗きこんでいた。俺は黙ってみており、桃田は久々に走ったのか、そのまま足を崩して床に座り込んでいた。
凄い・・・
数分の沈黙の後、白石はアルバムを睨んだままの状態で言った。桃田もその言葉を聞き立ち上がった。
「何の関連性があるかは分からないけど、可能性は高いかも。」
「そうね。桃田さんありがとう。」
白石はそのアルバムを俺に渡してきた。
「直人くん、私の予想は当たってるかも。」
その中の一枚の写真を指し俺に見せた。そこには学校の廊下で女子生徒を撮っている写真があった。白石の指の先を見ると人物が3人写っていた。
「西田、北川・・・。それに、中岡公洋?」
「そうね。他にも・・・」
白石は次のページを開き、また俺に見せた。そこにも同じ3人、更には東郷早苗が中岡と話している写真、その4人が話している写真が写っていた。
「これは・・・。」
「それに日付も見て欲しい。」
そう言われ俺は、彼等が写っている写真の日付を確認した。
・・・・・・・・・
驚愕した。言葉が出なかった。何の関わりもない四人が、その日付以降に急激に話をするようになったと考えたら寒気がした。桃田が言うには、写真内のことだけど、その日付以前を探しても、話している姿や関わっている姿は無かったとの事。
「黒瀬が死んだ日以降に・・・急に関わるようになったのか・・・。」
「それに、早苗ちゃんが中岡君と話してる所なんて見たことない。」
「そうなのね。」
それとね、と桃田はもう一つ冊子を取り出した。
「早苗ちゃんの写真を勝手に見てたら、こんなものが出てきた。」
その冊子の前半には俺と黒瀬が写っている写真が何枚もあり、後半は風景ばかりの写真であった。
「なんで、こんな・・・俺と黒瀬の写真が?」
「日付は?」
白石は横から冊子を覗いていた。
「日付?」
俺は日付を見ていった。前半の俺と黒瀬の写真は黒瀬が亡くなる前の写真であり、その日を境に以降は風景の写真だけであった。
「泉が死んでから、風景の写真になってる。」
「多分違うわ・・・。」
白石は冊子を取り、俺と黒瀬の写真をジッと見た。俺も桃田もそれを黙って見ていた。
「学校の行き帰り、寄ったお店とか、これ殆ど盗撮じゃない!?」
桃田の方を向き、大声で叫んだ。それに俺は圧されたが桃田は白石の目を真剣に見ていた。
「ええ。彼女は人物の写真は撮った事無くて、風景しかないの。」
「やっぱり・・・」
「それじゃあ、東郷早苗が何かを知ってるって事だな?」
可能性が広がった。確実に真実を知っているのは東郷早苗であると言うことは。そして、中岡公洋、彼もまた何かを知っている事も。
「とりあえず何かまたあったら知らせるね。」
桃田はアルバム二冊は俺らに渡して音楽室をあとにした。
「直人くん。中岡公洋が怪しい。」
桃田が出ていった直ぐに、白石が口を開いた。
「ああ、東郷早苗との関係もあるな。」
「それだけじゃなくて」
俺の首の左側を手刀の形でトントンと軽く叩いた。
「あれだけの猛者なら確実に狙える。」
「猛者って、あいつとは戦ってないだろ?」
「ううん。分かる。西田守はまあまあ強かった。そんな男を口だけで制止させて、部員達も怯える程の存在。合間見えなくても私には分かる。信憑性は無いけど。」
なるほど。彼女はその雰囲気だけでも感じ取ることが出来るのかと感心した。俺の様な奴には分からない、何かしらのオーラが彼女には分かったのだろう。その話を聞き、俺は音楽室の椅子に座り、頭を抱えた。北川駿介、東郷早苗、西田守、中岡公洋。あいつらがなんの真実を知っているのか、黒瀬と何の関係があったのか、何故東郷は盗撮をしていたのか。兎に角、色々な事が起きすぎて頭の中が混乱していた。
混乱の最中、ピアノの音が聞こえた。夜想曲では無く、以前聞いた事のある悲しい音色、懐かしい音色が。白石は微笑みながら曲を弾いていた。

~別れの曲~10

「ショパン、練習曲作品10第3番ホ長調」
白石はピアノを弾きながら話を続けた。
「日本では『別れの曲』として知られているわ。ショパンの生涯を描いたドイツ映画の別れの曲の中で使われていたことから、そう言われているわ。ショパンがポーランドからパリへ移住する際に『パリでの成功を夢見る心情』、『田舎を懐かしむ心情』が組み込まれている作品でもあるの。エチュードと言われる練習曲としても知られているのよ。ショパンも自分がこれ以上に美しい旋律を作ったことはないと言っていたらしいのよ。」
彼女は楽しそうに旋律を奏でていた。エチュード、練習曲と言われて聞いているのだが、練習曲にしては難しそうな曲だと感じていた。
「多分、エチュードには少し難しいのかもね。テクニックの練習よりも、もっとその奥深い、感覚とか感情とか旋律の美しさを練習する曲だと思う。」
白石は俺の感情を汲み取ったかのように話を続けていた。
「私はほとんど練習していなかったけど、泉がね。あの子の練習に付き合っていたわ。」
「うん?泉の練習曲なのか?」
「そうね。あの子手が小さいじゃない?」
「ああ、そうか。」
「ショパンもね、手が小さかったの。泉もショパンも同じで手が小さくて、奏でる音が小さいってよく先生に言われていたわ。それを克服するため、小さい音をカバーするための練習。あの子は手首が柔らかいからね。そのせいか、音が小さくても演奏自体には何の支障もないことが証明されたのよ。」
俺はふと、白石が弾いている指を見た。白く長く、綺麗な指であった。その視線を上げると、まだにこやかに、綺麗な顔の彼女がいた。そのまま演奏が終わるまで、彼女の顔をずっと見ていた。
「どうしたの?直人くん?」
演奏がいつの間にか終わっていた。気が付くと彼女と目が合っていた。そこで、彼女が俺の胸で泣いていた事を思い出してしまった。顔が熱くなった。恥ずかしいのか?自分でも分からなかった。
「いや…、綺麗だなと思って。」
咄嗟に出た言葉。何が、という事を言ってないことをすぐに気が付いた。
「あの、音色がね!」
大声で言ってしまった俺の顔を、不思議そうに白石は見ていた。
「わかっているよ?」
悪戯の様な笑い方。それもまた可愛かった。

————「言動全て見ている必要があるのか?」
翌日、屋上で黄金崎、茶ノ木、青峰、緑川と話していた。俺は俺が襲われた件、桃田の写真の件を話した。その話を聞いて青峰は、中岡公洋、東郷早苗を監視したほうがいいのかと話しかけてきた。
「直人はどう思う?」
茶ノ木は青峰の言葉に対しての意見を問いただしてきた。
「ああ。今言動を見るのは違うと思うな。ただでさえ俺達が固まっているのは知られていて、尚且つ、俺を襲ったのが本当に中岡なら、あいつのことだから警戒していると思うが。」
「そうだな。なんにせよ、何が彼等を繋げているのか、何の秘密を握っているのか。」
「まずもって、本当に黒瀬が死んだことと何か関係があるのか?」
黄金崎が口を開いた。確かにその通りだ。彼等が怪しい怪しいと言ってはいるが、そもそもの黒瀬との関係性がない。
「兎に角、何故直人と泉君の写真を撮っていたかだ。」
そこだな。茶ノ木は緑川の言葉に反応した。
「愛には感謝だ。愛なりに努力しているな。」
「ああ。アルバムを持ってきてくれた時は本当にありがとうと思った。後、皆協力してくれてありがとう。」
「何だ。まだ解決してないだろ。明日、秋口と一緒に探偵の所に行くんだろ?」
「ああ。時間がやっと合った。」
そうか。黄金崎は頷いき、屋上からグランドを見ていた。
「卒業までには真実が知りたい。俺らはそう思っているから。直人頑張ろう。」
緑川竜二、黄金崎亮太、茶ノ木一也、青峰司。卒業の言葉を聞くと、こいつらと離れるのかと不安になった。分からないが、寂しいのか、一人でやっていけるのかの不安か、はたまた別の事なのかと。彼らの顔を見るたびに今までの事が頭を過ぎった。

NOCTURNE〜別れの曲~

NOCTURNE〜別れの曲~

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-11-12

CC BY-NC-ND
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  1. 〜別れの曲~1
  2. 〜別れの曲~2
  3. 〜別れの曲~3
  4. ~別れの曲~4
  5. ~別れの曲~5
  6. ~別れの曲~6
  7. ~別れの曲~7
  8. ~別れの曲~8
  9. 〜別れの曲〜9
  10. ~別れの曲~10