*星空文庫

盗賊王の宝

野崎くるす 作

 扉の前に立つ男。燭台を手に、周囲を見回す。頼りない炎が風に揺れ、岩肌にできた影が不気味に揺れる。
 洞窟に入ってから、どのくらい経ったのだろう。この扉の先にも、更に続きがあるのだろうか。
 男は空いた手で扉に触れ、軽く叩く。金属製だ。暗闇に鈍い音が反響をする。まるで寺にある鐘を叩いたかのようだ。
「地図が正しいのなら、この先に宝が眠っているはずだ」
 男はニヤけることを我慢できない。
 扉は両開きで、音から発するに非常に分厚い。それに高さもある。
「鍵は……、開いている」
 扉を押すと、甲高い音を周囲に響かせ、隙間ができる。
 男の額には汗が浮かぶ。開けるだけで一苦労だ。
 けれどこの先に眠るのは、百年ほど前に亡くなった盗賊王の宝なのだ。
「はぁ、はぁ……。あの骨董屋、偽物だったらただじゃおかんぞ」
 男はやっとのことで扉を開けて、その場にへたり込む。身体は熱い汗で湿っている。腰につけた水筒を手に取り、残り少なくなった水で喉を潤す。
 扉の向こうには、同じような景色が続きている。けれど抜けてゆく風が、いくぶん強くなったようだ。
 男は一つ息を吐き、立ち上がる。もうすぐそこに、盗賊王の宝がまっている。そんな予感がしていた。

 男は扉を抜け、姿を消した。それからどのくらい経ったのだろう、やつれた顔の男が戻ってきた。
 ぎっしりと中身の詰まった布袋を担いでいる。それをどさりと地面に置き、「これで俺も億万長者だ」と呟く。どこぞの誰かに自慢しているかのようだ。
 男はその場に腰を下ろし、水筒に入った水で喉を鳴らす。顎をつたう雫を、服の袖でごしりと拭う。
「よし」
 男は立ち上がり、布袋を担ぐ。金属の触れ合う音が響く。一度で宝のすべてを運ぶことはできない。またくる必要がある。
 男は扉を抜け、振り返る。もしかしたら、自分と同じような奴がくるかもしれない。この扉は閉めておいた方がいい。
 重厚な音に、疲れた身体が悲鳴をあげる。男はそれでも時間と労力をかけ、しっかりと扉を閉めた。
「またくるときは、なにか器具でも持ってこよう」
 男はそう呟き、外へと向かい歩みを進める。足音と揺らぐ影が消えてしまうと、真の闇がすべてをすっぽりと覆い隠した。

 あの男が二度目の訪問をする数日前、この扉の前に立った人物がいる。
 白ひげを蓄えた老爺であり、あの男に宝のありかを示した地図を売った骨董屋だった。
「律儀に閉めて帰ったのだな」
 牢屋は白ひげを撫でながら、自分の背の数倍はある扉を見上げる。
「これを外せばいいんだな?」
「ええ、それで店まで運んでください」
「そんなことでいいのか?」
「ええ」
 老爺の背後に立つのは、数人の屈強な男たちだった。
「いいが、これでそんなにもらえるのか?」
「ええ、報酬に偽りはありません」
「わかった」
 屈強な男たちの棟梁は振り返り、「お前ら、てきばきやれよ!」と部下に命じる。すると男たちは、慣れた手つきで扉を外す作業に取りかかる。
 老爺は作業の邪魔にならぬ場所に立ち、重厚な扉が外され寝かされ、引っ張られてゆく様子を眺めている。
「おい、じいさん」
「はい、なんでしょう?」
「なんでこんなところに扉があるんだ?」
「さあ、わかりません」
「なんで運び出すんだ? まさか売りに出すなんてわけないよな?」
 棟梁は腕を組み、疑問に思ったことを口にする。
「まさかまさか、これじゃ売り物になりませんて」
 老爺は首を横に振る。蝋燭の炎に照らされて、笑顔にできた影が揺れる。
「物好きなじいさんだな」
「ええ、ええ、そのせいでずいぶんと損をしました」
 棟梁はふんと鼻を鳴らし、作業へと戻っていった。
「嘘ではないが、真でもない」
 老爺は呟く、誰にも聞き取られない小さな声で。手にしたのは宝の地図。あの男に売ったものと瓜二つ。
 けれどよくみれば、宝のありかを示したバツ印の位置が違っている。あの男が手にした地図のバツ印は、ここより先に書き込まれている。
 対して老爺の手にした地図には、現在、取り外された扉のあった場所、その辺りにバツ印が書き込まれている。
「じいさん、ほれ、おいてくぞー!」
 棟梁の低い声が響く。姿はみえないが、先で蝋燭の炎が揺れている。「はいはい、いまいきますよ」老爺はそちらへ向かい歩みを進める。

 老爺が扉を運び出した数日後、あの男は前回よりも大きな布袋を三つも用意してやってきた。二度目とあってか、男に疲労の色はみられない。
 ちょうどあの扉のあった場所に差しかかり、男は「ん?」と首を傾げた。最初はその異変に気がつかなかったが、すぐに「あ!」と上ずった声をあげた。
「誰かきたのか?」
 まさか、自分以外に宝を狙う奴が現れたのか。そいつ、もしくはそいつらが扉を外してどこかへとやってしまったのか。
 繰り返される自問自答。男のなかに焦りが広がってゆく。宝は無事か。男は一目散に駆け出した。

 それから数時間後、男が満足気な様子で戻ってきた。肩にはぎっしりと詰まった布袋を三つ担いでいる。
 男は立ち止まることなく扉のあった場所を越え、歩みを進める。数時間前の醜態などは忘れてしまい、消えた扉のこともどうでもよくなっていた。
「さすがに布袋三つはきついな」
 まだ宝は山ほどある。次にくるときは、布袋は二つにしよう。そろそろ家も宝で埋もれてしまうので、例の骨董屋に買い取ってもらおう。
 男はそんなことを考えながら、のしのしと家路をたどる。あんなみすぼらしい我が家ではなく、妄想の生み出した豪邸へ。

 骨董屋を営む老爺は、今日もつまらぬ鑑定をし、それなりの金額で物を買う。売れもしないと知りながら、それらを店先に並べてゆき、その景色に満足する。それが老爺の生きがいだった。
 その骨董屋から少し離れた場所に、老爺の屋敷は建っている。年季の入った家屋に比べて庭は広く、そこにはあの巨大な扉が寝かされており、その姿をみられたくはないのだろう、わざわざ特注した布で覆われている。
「さてさて、どうしたものでしょう」
 昨日、あの男が宝の入った布袋を手に店へとやってきた。思ったとおり、これらを買い取って欲しいという話だった。
 老爺は期待に急かす男を脇に置き、一つ一つ丁寧に鑑定をしていった。王冠、彫刻と様々で、それなりの値段で買い取った。
 男は「またくるよ」と笑顔でいい、店を後にした。それらも老爺の思ったとおり、盗賊王の隠したものに違いなかった。
「あれはあれで素晴らしいものでした」
 けれど盗賊王にとって、それらは目くらましにすぎなかった。真の宝は、現在、目の前にある扉なのだ。
 老爺が布をめくると、くすんだ色をした金属が露となる。けれどこれこそが盗賊王の隠した宝、純金でできた扉である。
「あの若者は実に勇敢でした」
 老爺は残された地図と伝聞から、その事実を知っていた。けれど自らが直に洞窟へと入り、それを確認するということはしなかった。あの盗賊王のことである、どんな罠が仕掛けられているともわからないからだ。
 そこで宝の地図、これらは盗賊王の用意していた偽物だけれど、を売り、洞窟内がどうなっているのかを調べていたというわけだ。現在、売った宝の地図は四つ。無事に洞窟から生還したのは二人だけ。
「はたして、扉はいくつあるのでしょうね?」
 まだ宝の地図は残っている。老爺の知りうる限り、純金製の扉はあと六枚存在する。もしかしたらその数は増えるかもしれないし、減るかもしれない。
 現在、手元にある扉は二枚。同型で数あれば、何枚かは溶かしてしまおう。それぞれに違う特徴があり、もしくはそれらを揃えることでなにか意味をなすのなら溶かすことはやめておこう。
 その場合に問題となるのは、この扉の保存場所である。数も増えるだろうし、いつまでもこうしておくわけにはいかない。どこぞの博物館にでも売りつけようか。そうするとこの扉の歴史的価値だけでなく、材質の価値までも判明することだろう。
「おじいさん、お店の方にお客さんがきてますよ」
「ほいほい、わざわざあんがとね」
 近所に住む若い女が知らせにきてれた。老爺は布をかぶせ扉を隠し、店へと向かう。もしかしたら地図を売った一人かもしれない。
 もしそうならば、その奥で手に入れた宝を売りにきたのだろう。歴史的価値のあるものばかりで、鑑定士にとってはこの上もない喜びだ。
 それをいい値で買い取ってやる。扉一枚の値段にも満たないだろう。けれど老爺だって無尽蔵に金があるわけではない。
「一枚くらい、金に変えてしまおうか」
 それだけで一生遊んで暮らせるだけの金が手に入る。骨董屋なんてやめてしまい、気ままに世界でも旅しようか。
 老爺はそんなことを考えながら、まだみぬ客のもとへと向かう。もしかしたら勇敢なる者かもしれない。けれど老爺にとっては些細なことだった。

『盗賊王の宝』

『盗賊王の宝』 野崎くるす 作

  • 小説
  • 掌編
  • 冒険
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2017-10-31
Copyrighted

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。