*星空文庫

漂流物

いなかもの. 作

 ひしゃげたペットボトルを手に取ると、蓋口から潮水がこぼれ落ちた。
ラベルには、日本語でも漢語でも、英語でもない文字が刻まれていた。
風が強かった。背黒カモメが、飛んでいるのか飛ばされているのか分からない風体で、空を舞っている。
横に長い砂浜が、ゆるやかな曲線を描いて、どこまでも続いていた。
波打際に釣竿が掛けてあって、海に向かって見えない糸を垂れている。
「サケの遡上さ」
釣人は言った。
「秋口になると戻ってくるんだ。奴らは、自分の故郷を覚えているから」

曲線に沿って歩いた。
砂浜は、漂流物が多かった。
空き壜や化粧品のようなものがあたりに散乱し、遠くには、歪な形をした流木が横倒しになっていた。
足を踏みしめる度に、くるぶしが砂底に沈んだ。

流木に見えたそれは、乾いた鯨の屍骸だった。
広大な海を泳ぐ巨大な鯨も、打ちあがってしまえば、ひしゃげたペットボトルと同じ、漂流物に過ぎなかった。
せり出した背骨の先に、背黒カモメが降り立って、こびりついた肉を啄ばんだ。
足元には無数の蟹が、屍骸の腹部をえぐるようにして張り付いている。
いずれ鯨は、干乾びた骨となって、いよいよ流木と見紛うようになっていくのだった。
人間が現れて、屍骸の処理をすることもあるが、そんな真似は差し出がましいことに思えた。

彷徨いながら歩いた。
太陽が水平線に傾き始め、海面に佇む漁船を赤々と照らしている。
海の色が変わり出すと、漁船はゆっくりと旋回し、港のある方角へ去っていった。
オホーツクの海が、夜の気配を帯び始める。

付近に転がっていたペットボトルを見た。
やはり、解読不能な文字が刻まれていた。
目前の海の先、ロシア領.サハリン島の漂流物だろう。
打ち捨てられたこの残骸は、サケや漁船のように、故郷に戻ることはない。

 投じた漂流物は、弧を描きながら、波打ち際に落下した。
忽ち、砂浜に押し戻されるかと思われたが、久しい海の感覚を覚えたそれは、引き波に乗じて、浮き沈みを繰り返しながら波を漂い、広漠とした海原の外へ消えていった。

『漂流物』

『漂流物』 いなかもの. 作

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2017-10-27
Copyrighted

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