*星空文庫

セパレートな王国

野崎くるす 作

 この国は常に変わってゆく。それを推し進めてゆくのは、十年前に施行された法律【種別分離法】、通称【セパレート法】というものだった。
 その法律は日々変化してゆく。それを判断するのは【IQ】という存在で、国民の幸福を唯一の価値尺度としていた。もちろんそこには、権力者も非権力者も関係はなかった。
 まずは交通機関から始まり、居住空間、趣味嗜好などと様々なものへと瞬く間に波及していった。そしてたった十年という年月にも関わらず、この国はこと細かく分離されるに至った。

 ここはそんな国の東端に位置する第十三自治区であり、第二自治区のように三十歳以上でエンジニア、第八自治区のように男かつ十八歳以下の学生というような分離はなかった。
 ではこの自治区では性別、年齢、学歴、職歴、星座、血液型、その他もろもろといった分離ではなく、どういった項目によってそれがなされているのだろうか。
「で、今度の企画はどうなのよ?」
「どうっていわれても、こればっかりはわからんよ」
「広告代理店も乗り気なんだろ?」
「そう簡単にブームなんて起こせんって」
「いや、そこはこうブームですって宣伝すれば」
 スーツ姿の男が二人、ベンチに腰掛けて煙草を吸っている。三十代中頃で、どちらもぎらぎらとした目つきをしている。
 そこは昼下がりの長閑な公園で、道行く人々の年格好も表情も様々で、十年前とあまり変わらぬ光景が広がっている。
 ただじっと見ていると気が付くことがある。それは多くの人々がそこかしこで自由に煙草を吸っているということだった。
「聞いたか?」
「なにが?」
「また【セパレート法】が変わるそうだ」
「ここに関係があるのかい?」
「いや、第三自治区だよ」
「ああ、原始共同体んとこね」
 男はけむりをぷくぅと吐き出し、「どうでもいいよ。ここみたいに自由に煙草が吸えたらね」と皮肉げな笑みを浮かべる。
 そう、ここは男のいう通り〈いつでもどこでも誰もが自由に煙草を吸える地区〉となっていた。

 それから数時間が経過した。公園で煙草を吸っていた男、皮肉げな笑みを浮かべた方だ、がオフィスで帰り支度をしていると、上司であるKから「Sくん」と声をかけられた。
 ちなみに男はSという。Sは手にした鞄を置き、「はい、なんでしょう?」と返す。仕事終わりだというのに、その快活さはいまだ健在といってよかった。
「この間の件だけど」
「ああ、分総局の」
「そうそう。急で悪いんだけど、明日じゃダメかな?」
「明日ですか……」
 Sは頭のなかで予定を確認し、「大丈夫だと思います。自宅から直接向かってもいいんですよね?」と返す。
「それでも構わんよ。あちらには連絡しておく。あとJくんのデータなら既に送ってあるから、あっちでは細かい確認をするだけになると思うんだ。なんなら午後からは休みにしてもらってもいいんだが?」
 Kの提案に、Sは「ありがたいです」と頷く。その頭では、あいた時間の予定を組み立てていた。

 近未来的な建築物の並ぶその一角に、【国家計画省分離総合局第十三支部】のビルは存在する。
 大学のキャンパスのような構造をしており、スーツ姿の人もいればラフな格好をした人の姿もある。
 Sは初めて来る場所を観察しながら歩みを進め、ゲートの前で足をとめた。窓に映った自分の姿をみて、ネクタイを締めなおす。
「こんにちは、D社の者ですが」
 Sはゲートの前に立っていた男、Lに頭を下げる。LはSよりも年上で、いかにもできる人といった印象を受ける。
「これはこれは、お話は伺っております。どうぞこちらへ」
 Lに促され、Sはゲートを越え建物内へ。光を反射し輝くホールを抜けて、エレベーターで階をのぼる。
 そして案内されたのは、【分離総合推進課】というプレートのかかった部屋で、なかでは数人の男女が仕事に励んでいた。
 SはLのあとに従い脇を抜け、無人の小さな会議室へと入る。SはLに促され、品のある椅子に腰掛けた。
「送ってもらったデータから判断するに、Jさんの移住は認められるでしょうね。おそらくは第三十八自治区になるでしょうが、こればかりは【IQ】が決めるので断定はできませんが」
 Lは足を組み、煙草をふかす。細く吐き出されたけむりが、弱光に照らされた室内でゆらゆらと揺蕩っている。
 SはLの言葉を受けて、やはりそうなるかと頷いた。第三十八自治区、そこで効力を持つ法律は【セパレート法】だけだった。
「もしかしたら第二十四自治区も考えられますが、Jさんの幸福は薬物だけではないのでね……。あ、遠慮なさらないで一服してくださいな」
 Lの柔和な笑みを受けて、Sは躊躇はしたものの煙草をくわえ火をつけた。いくらここでは自由に煙草を吸えるとはいっても、年上のそれも職務上関係のある者の前で、無遠慮に煙草を吸うことははばかられたのだ。
 結果がでるのは一週間後。人事課のSにとってはここまでが仕事のようなものであり、ここから先は【IQ】の下した判断により国家が機械的に進めてゆくこととなる。それはJにとっての幸福のためなのであり、Jによる拒否は意味をなさない。

 対談を終えたSは、馴染みの喫茶店にいた。昼食のナポリタンを平らげて、クリームソーダを啜っている。
 するとSの胸ポケットで携帯端末が鳴りだした。Sは吸いかけの煙草を灰皿の縁にのせ、通話を始める。
『休みのとこ悪いね』
「いえいえ」
 相手は上司のKだった。Sは深く椅子に腰掛けて、Lとの話の内容を要点をおさえて伝えてゆく。
『まあ、そう荒れる事案でもないだろ』
「だと思います」
『でだ、悪いんだがもう一つ厄介なことが起こってね』
 Kの声が低くなる。Sは煙草のけむりを眺めながら、だろうなと頷く。
『技術部にBという奴がいるんだが、そいつに今朝方【第五・一令状】が届いたんだ』
 それを聞き、瞬時にSの眼光は鋭くなる。背筋を伸ばし、煙草を指で挟み上げる。
「で、移住地区は……?」
『それが黒塗りになってるんだ』
「黒塗り? 機関に問い合わせたんですか?」
『ああ、もちろんだとも。けれど教えられないのだそうだ』
 二人のいう【第五・一令状】というのは、ある人物に対して移住を命じるものだった。それを決めるのも【IQ】なのであり、もちろん対象者の幸福を第一としている。
 Kがいうのには、Bに特段変わったことはなく、本人にも理由がわからないという話だった。後日、Bは【国家計画省分離総合局第十三支部】にゆくことになる。
『Bは優秀な技術者で、他所へゆくとなると、うちとしては痛手となるし、脅威となるやもしれん』
 SにはKがなんといおうとしているのか理解できた。なので間髪いれずに、「わかりました。こちらからも分総局に探りをいれてみます」といった。
 それに対しての返事はなく、ただKの『椅子をあけておくよ』という声を最後に通話は途切れた。Sは悩ましげに髪をかきあげ、これからジムにいこうかどうかと考えた。

 Sの一日に吸う煙草の本数は減っていた。それに反してジムで汗を流す日が多くなってゆく。
 Bの履歴、家族構成、思想・信条、趣味嗜好と事細かにSは調べた。けれど【第五・一令状】に至る理由がわからない。
 Lとの接触で探りを入れてみても、上手く避けられてしまい有益な情報は得られず、袋小路へと迷い込んでいた。
[進展なし。明日は【国家計画省法務局】へ]
 Sはそう打ち込み、Kへと送る。休みの日であっても、このことばかりを考えてしまう。
 するとインターホンが不気味に響く。Sはその嫌な音に背筋が震える。
「はい……」
 カメラをみれば、玄関の前にスーツ姿の男、Lが一人で立っていた。
 どうしてLは自分の家の場所を知っているのか、Sはそう訝しみながらも玄関のドアを開けた。
「いやいや、突然申し訳ありません」
「いえ、なにかご用でしょうか?」
「Bさんのこと、といえばよろしいのでしょうか?」
 Sは本人の意に沿ったJの移住話だとばかり思っていたので、それは予想外の展開だった。
 Lは椅子に腰掛けて、煙草を吸う。Sは紅茶を啜りながら、その様子を観察する。
「ごく稀にBさんのようなケースもございますが、他地区への移住の大半は本人の希望によります。そしてそのどちらもが対象者の幸福のためなのです」
 Lはそういうと、スーツのポケットに手を突っ込み、一枚の用紙を取り出した。
「これはBさんへの【第五・一令状】の写しになります」
 Lは用紙を机の上に置く。Sはそれを覗き込み、すぐにあることに気が付いた。
「どうしてこれを?」
 D社に送られてきたBへの【第五・一令状】には黒塗りの部分が多々あった。けれどこれにはそれがない。
「Bさんのプライバシーに関わる部分には、墨を入れさせてもらいました」
 LはSの言葉には答えない。プライドの高いSのなかに怒りと焦り、恐怖が広がってゆく。
 Sの視線は文字をなぞり、あるところで停止する。確か黒塗りとなっていた部分、Bの移住理由についてのところでだ。
「移住理由については、空白となっていますが?」
 長い黒塗りだった部分、その下には文字がない。印刷ミスだろうか、とSは考える。
「いいえ、間違いはありません。Bさんの理由は、ここに記載する必要がないのです」
 Sは指先をかじりながら、「移住先についても空白ですが?」と尋ねる。
「ここではないどこかですよ。Bさんは気づいてしまったのです、管理されているのだということに。それは子供じみたものではない、恐怖となって」
 SにはLのいっていることが理解できない。どうKに報告すればいいのかと必死に言葉を組み立てる。
「これからはSさん、あなたに関係のある話をしましょう。これをみてください」
 Lは携帯端末を取り出すと、それをSの前に置く。画面に映し出されるのは、Sには馴染みの喫茶店だった。
「な、なんです、これは!?」
 Sのポケットへと伸びた手が止まり、ぎこちなくカップの把手を掴む。一昨日のことだ。
 映像が切り替わり、今度はジムでの一コマへ。その次は現在と変わらぬ光景へ。
「どういうことです! 盗撮してたんですか!」
 Sは物凄い剣幕でまくし立て、室内に設置されているであろうカメラを探す。けれどいくら目を凝らしてみても、そんなものはみつからない。
 Sは机を激しく叩き、「こんなこと、許されるわけがないじゃないか!」と叫ぶ。机の上に置かれたカップが揺れて、紅茶の飛沫が周囲を濡らす。
「カメラなどはありません。皆がそうです」
 Lはもう一枚、別の用紙を手にしていた。それは【第五・一令状】で、Bが対象のものではない。
「Sさん、煙草を吸う量が減りましたね」
「そんなことはない」
「いえ、数字をみれば明らかです」
 Sは平静を装うが、その声は震えていた。目に入るのはもう一つの【第五・一令状】で、対象者はSとなっていた。
「私にも移住しろと?」
「近からず遠からず、といったところですね」
 Lはまだ長い煙草を灰皿で揉み消して、Sの用意してくれた紅茶で喉を潤す。
「Sさんは煙草を吸う本数を減らしたい、もしくはやめたいとお考えのようです。けれど身体の方はそうではない。精神と肉体、精神と精神、肉体と肉体とが相反しているのです」
 Sは指先を忙しなく擦り合わせ、「煙草の吸えない地区にでも飛ばすのか?」と言葉を挟む。
「それでは意味がない、と【IQ】は判断なさった。一人を事細かく、それもその人の幸福を考慮し分離するというのも難しい、不可能だと思ってもらっても構いません」
「だとしたら? Bと同じで、他国にでも飛ばすのかい? まさかあなたのいうところの精神と肉体、精神と精神、肉体と肉体とでわけるとでもいうのかい?」
 Sは最大限の皮肉を込めて笑みを浮かべる。けれどLが動じることはない。
 Sに対する【第五・一令状】に黒塗りの部分はない。移住先の部分は空白となっている。

「不可能に近い、というだけです」

 長い沈黙。一つのなかでいくつにも切りわけられて、それで幸福になることに意味などあるのだろうか。
 Sの唾を飲み込む音。頭ではこの事態を理解しつつある。けれども恐怖が理性を殺し、悲痛な叫びが室内に虚しく響く。

『セパレートな王国』

『セパレートな王国』 野崎くるす 作

  • 小説
  • 短編
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2017-10-26
Copyrighted

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