*星空文庫

牛のような男

北城 玲奈 作

 牛のような男が好きで、それでついて行った次第である。牛のような男とは、でかい肩に太い首、それにどんと重そうな頭が載っている男のことを指す。若い頃のジョン・レノンを思いだしてみてほしい。

 さて、足をひねった私をなにもいわず背負って彼は、うす暗い道ををずんずん進んでいく。私もなにもいわない。男の体格が気にいっているので、他のことには興味がなかった。どっちだって同じことなのだ。男もなんらかの理由で、しゃべらないのだろう。いい背中だと思い、撫でる。背骨からこう、からだの側面へひろがるように触るとなめらかだが、逆の方向に触るとちくちくと逆らう。友達の家の犬に似た質感である。男は時たま立ち止まり、とんとんと私を揺する。その度に、背を撫でる手が上下に振れるので毛並みも乱れてしまう。男が歩きだすと、再びととのえる。その繰り返しであった。

 一言も発さずとも、男には私の部屋がわかるらしい。道はいつも通りだったが、私がいつもより高いところにいるので街は、どこかで見たような、といった印象にとどまった。まだ10月だというのに見たような街はすっかり冷えきっており、熱を帯びた足首に心地よかった。

 ただ漫然と、背中を眺めたり、撫でたりしていた。このあたりは日が落ちてしまうと、いちめんの闇になる。きょうもやはり、真っ暗になってしまった。冷え込んできたので背中に頬をよせる。なにも見えないが、あたたかい揺れにもたれているとそれでもいい気がしてくる。揺られる先はさっきまでたぶん、自分の部屋だったが、もうわからない。目を閉じて、背中をなめらかにさせたりちくちくさせたりする。

 揺れが小さくひと跳ねした。男が立ち止まったのである。私はまだ目をつむっている。ドアが開く音がし、瞼の裏が明るくなるのを感じた。私はこの感じをよく、知っていた。玄関にこつんと足音が響く。きのうのカレーの匂いがまだ残っている。帰ってきてしまった。私は何度も足を踏み入れたそこへ、そっと降ろされた。

 いやいや目を開けると彼は、顔こそ人間だが角、毛並み、蹄、等々残りは牛の異形の者であった。まなざしは私の目をまっすぐに射る。顔の皮膚と、毛並みのあいだの生え際が自然な感じで馴染んでいるのに感心した。ほんらいの牛に存在する角への移行部が、かえって嘘らしく感じられるほどである。観察するのにいそがしかったが、彼が口を開いたので、やめにした。間もなく地鳴りのような声で、「誕生日おめでとう」と告げられた。時計が鳴るのが聞こえる。日付も変わり、ああ、きょうは私の誕生日なのだ。牛男は突如として倒れ込み、しおれはじめた。私を揺らした背中はみるみるうちに小さくなっていく。あの時間は死んだのだ、と私は思った。牛男は跡形もない。21歳になってしまった。ひねった右足首が痛む。

『牛のような男』

『牛のような男』 北城 玲奈 作

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2017-10-16
Copyrighted

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