歴史改変現象の観察

年老いた平野博士は、独自の研究の末についにタイムマシン開発に成功した。
早速、たった一人で助手をつとめてくれた学生の柿下君とともに、タイムマシンを用いた実験を実施することにした。
「わしが考えているのはな………歴史上の有名人を殺したら、歴史は変わるよな?幕府を開く前の源頼朝を殺したら、歴史の教科書が変化する。では具体的に教科書はどういう経過をたどって変化するのか?映画なんかみたいに、教科書の文字が溶けるように消えて、新しい文章が浮かび上がってくるのか。
具体的にどんな現象が起こるのだろうか。それを確かめるために実験しようというわけだ。」
「なるほど、じゃあ平安時代の終わりごろに行くんですね?」
「いや、そこら中が武士だらけの時代は怖いな。それにわし、ヨーロッパに行きたい。
そうだ、船長になる前のキャプテン・クックを殺したら、動物図鑑のカンガルーの名前が変わるんじゃないかな。」
「でも博士、ほんとに殺せます?僕は人殺しなんかやりたくないんすけど。」
「………………」
「それに気持ち的にやれるとしても、どうやって殺すんすか?武器とか無いし。」
「いや、それはほら、なあ、大きい石で頭を殴るとか…」
「いけますかね、絶対クックの方が僕らより強いすよ?下手したら反撃されてこっちが殺されるんじゃないすか?」
博士はしばらく考え込んだ。
「やっぱり殺人はやめよう。別のやり方で歴史を変えるには………ニュートンの前でリンゴが落ちる時に目隠しするとか。」
「凄くタイミング難しいし!だいたい、勝手に木からリンゴが落ちたってことは、リンゴが熟しきった時期ってことだと思うんすよね。多分ちょくちょくリンゴ落ちるんじゃないすか?」
「うーん……………ゴッホが有名になる前に名画を何枚か盗むとか………美術の教科書から『ひまわり』とか消せる………」
「それ、なんか可哀想じゃないすか?」
博士は苦悩した。
「うーむ……………………歴史上の、またとない重要な出来事の最中に、絶対に記録に大きく残されるような大ハプニングを起こせればなあ………」
「歴史上の重要な出来事ですか。ナポレオンの戴冠式とか。」
「柿下君!それはいい!ナポレオンの戴冠式か。もし、式を中止に追い込めるくらいの騒ぎが起きたら…………」
「全裸の女が乱入するとか!」
「その女はどうやって用意するんだ…………それになあ、そういう面白エピソードって歴史の本での扱いは案外小さいんだよな。教科書にはまず載らないし。」
「じゃあ、大音量で音楽流したらどうでしょう?」
「それだ!式典に参加した人全員に聞こえるくらいのボリュームで今どきの日本の曲でも流したら、物凄い超常現象だな。それで式がやり直しにでもなれば戴冠式の日付が変わる!それでいこう!」
博士は実験のために費用をかけて音響器具を調達した。ナポレオンの時代には電源が無いから、バッテリーも揃えた。ナポレオンの戴冠式について詳しく記された本も買った。
そして柿下君とともに時間旅行にいどんだが、結果として計画は失敗した。
念入りに準備した機材を、警備が厳重過ぎて会場に持ち込めなかったのである。
「どうして上手くいかんのかな………SF物でよく言う歴史の自己防衛力とかいうのが働いてるのかな?まさかなー、そんなの無いと思うんだが……」
「あの、博士。話したいことがあるんですが……」
「どうした柿下君、真面目な顔して。イケメンぶるなよ君らしくないぞ。」
「うるせえいや失礼しました。あのですね、長い話になるんですが………博士、アカシック・レコードって言葉はご存知ですか?宇宙が誕生してからの全ての出来事が書かれた計画書で、つまり歴史の脚本みたいなものですね。歴史上の出来事は全部、その脚本の通りに起こるという…」
「うん、まあ知ってる。そんなよくは知らないが。」
「僕もぼんやりとしか知りませんけどね。まあ、例え話ですんで。そういう脚本が実際あると仮定しましょう。その脚本には何でも書かれてる。ナポレオンのことも書いてあるし、どこかの子供が今日、アリを何匹踏み潰したとかも書いてある。だったら、博士がタイムマシンを発明することも書いてありますよね?」
「そうだなあ。」
「なら、今、ここに……昔のフランスに行くことも書かれてる。ということは、この時代のフランスのページを見たら、未来から僕らが来ることも書いてあるはずですよね?だって、博士がタイムマシンを作るのも、実験のやり方を決めるのも行き先を決めるのも脚本通りなんですから。時間旅行者に歴史は変えれないわけです。僕らがこの時代で何しようが脚本のままなんですから。正しい歴史と変えられた歴史があるっていう考え方が間違ってるんですよ。」
博士は唖然とした。柿下君の話の内容というより、柿下君にこんな思考能力があったことに唖然としていたのだが、落ち着いて考えてみると一理あるように思えた。
「君の言うことは筋が通ってると思う。しかし疑問があるな。わしらがこの時代ですごい大それたことをしても歴史の教科書に変化はないものかな?まあ、結局のところわしらに大したことは出来ないようだ。SF映画みたいな都合のいい便利なメカとか持ってないと、なかなかな………。
でもな、今後、タイムマシンが世の中でたくさん作られてたくさんの人が時間旅行するようになったら、その中にはわしらと違って平気で人を殺せるような奴もいるかもしれない。」
「うーん、これもSF的な考えですけど……時間旅行が一般化した時代では、過去に行ってやった殺人も普通に殺人罪になると思うんです。過去でなら何してもいいってことになったら人を殺すことに抵抗感ないような奴が増えて社会がおかしくなっちゃいますし。過去の人相手でも殺人罪とか窃盗罪とか適用されるんなら、時間旅行者が悪いことしないようチェックする方法もちゃんとつくられるだろし、タイムマシン利用者の中に変質者とかいてもあんまりろくでもないこと出来ないんじゃないすかね。あ、それこそSFで、バーミューダ・トライアングルとかの人間蒸発事件が未来人の仕業って話があるじゃないすか。もしかしたらあれが事実で、逆に言えば時間旅行者のやった悪いことはそんくらいしかないのかもしれませんね。」
「んー………それが正しいのかもしれないが………」
博士は納得がいかないようだった。
「柿下君の言う通りの可能性もあるがね。でもな、例えばインターネットの普及前と後とを考えてみろ。世の中の常識とか価値観とかルールが大きく変わったと言われてるな。時間旅行が自由化した時代の法律も、とんでもないことになってるかもしれない。過去の時代での殺人が合法化されて、歴史有名人ハンターが大量に出現するかも………まあ、仮にの話だがね。そうなった場合に、ハンター達が歴史の教科書を変えてやろうと明確な目的意識を持っていくら活動しても教科書に変化は起こらないのだろうか。君はどう思う?」
柿下君は少し考えてから言った。
「僕にはわからないですねー。実際そうなってみないと、どうなるかわかりません。結局歴史はなるようにしかならないんですね。」

歴史改変現象の観察

歴史改変現象の観察

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-10-15

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