*星空文庫

林道の夜

賀茂綾足 作

  1. 林道の夜には
  2. 冬狐の話

林道の夜には

 それは本日のように肌寒く、霧のように雪が舞うひでした。
 朧気に街頭の蔭がちらつき、すもものように赤くなった頬を撫でるのがわかるくらいでございます。
 一日中市街地は真っ暗で、排水溝が寒さで凍ってしまって古ぼけた外套をきた叔父さんたちが総出で様子を見に出て行きました。
 モモはペチカの前で暖を取っていたのだけれども、火の粉が舞うものだから、煙が咽るものだからすこしだけ離れて睫毛のちらつく影や後ろで揺らめく自分自身をただ無心で眺めていました。
 無垢のまどろみと言いましょうか。うとうとしつつも窓に揺れる白樺が折れそうにあたふたしているのに負けじとちいさな頭を傾げても、起き上がり、少し頬を赤らめて反省し、また負けじと今度は壁に春には会うだろう蝶を羽ばたかせて夜更かしをしようとしておりました。
 暖かい家は一階建てのしかも一室しかないこじんまりとした物置小屋のような家屋で中には父親とモモの肘掛け椅子しかなく、その他にはモモの包まっているピンクの毛布しか御座いません。ですから毎晩眠るときはお父さんと一緒に椅子をくっ付けて、毛布を被って、民謡や童話を口ずさみながら、出きるだけ暖炉に近くしてこじんまりとした家のこじんまりとした一角で眠るのでした。
 何せ何もない家屋です。今にも吹雪にやられて飛んで行ってしまいそうです。びゆうと打ち付ける風で飛ばされてドロシーみたいに素敵な温かい春の町に、または陶磁器の町に飛ばされないかしらと鼻の頭を少し擦りながら考えたりします。然しながらお父さんは排水溝のところに叔父さんたちといって居りますから。きっと陶磁器の家まで飛ばされてしまったらお父さんの太い指で頭を撫でられることはないでしょう。それはモモにとっては胸を痛めることなのです。
 ですから待ちました。待って、待って。でもお父さんは帰ってきません。港の大きな船が晦日の鐘を鳴らしましたのがごうごうという音に加えて聞こえます。モモは初めイケナイといわれていた爪を齧り始めました。そうすると天国に行けないのだといわれていましたが、そうしました。次に指を口に突っ込みました。そうして泣き始めると、遂には毛布を体に巻き付けて椋鳥のようにして戸を力いっぱいこじ開けて外に転げ出ました。
 何も見えません。吹き付ける雪に騙されてしまったようです。モモの家は林道の先にありますから誰も助けてはくれません。林道には雪くらいしか踏み込むものはいませんから。
 しかし不安げにしっかりと毛布を肌に巻き付けて走っておりますと何か大きなものに当たりました。
「おや?」という声も聞こえます。モモはとっさに飛びのきました。雪男かもしれません。
「おちびちゃん、怪我はないかね」と言う声とともにお父さんのように太い指が差し出されました。しかしモモはそれに飛びつきません。もしかしたらお父さんが話していた「身売り」という怖い人かもしれません。それにもし怖い人でなくてもついていくなと言われておりますからモモはさらりと冷たい雪に手をついて立ちました。
 熊のように大きな影は近づいてきて「心配はいらないよ」と雪の間からふっと現れました。樵のお爺さんのようでした。丸木を担いでいるのだから一目瞭然です。
「可哀そうに、迷ったのだろう。ついてきなさい。ほくほくの紅茶でも入れてあげよう」とモモの腕を引っ張ります。どうやら怖い人ではなさそうです。
「ごめんなさい。でもお父さんに言われてるから行けないの」とモモも悲しげに顔を伏せて答えます。
「でもおちびちゃん、凍えてしまうよ。ほら自分の手の平を見てみなさい」見るとなるほど雪苺のように腫れています。
「雪がやんだら返してあげよう。おじさんの家は此処の近くなんだ。安心してついてきなさい」
「でも」とモモは下を向いていた首をもっと深く傾げます。
「お父さんはおちびちゃんが凍えて会えなくなってしまうほうが悲しいのじゃあないかい?」それもそうです。やっぱり怖い人ではないのかもしれません。モモはそう思いました。お爺さんのほうも腕を引かれる力が弱くなって行くのを感じてホッとしました。

冬狐の話

 樵の家は白樺の森の中にありました。
 白樺は騒めきあってゆれていましたが、それはモモやお爺さんを嘲笑う声ではなく、またはうそぶくような声でもなく、かと言って老人のように語り掛ける妙に穏やかな声でもありません。それはちょうど優し気で木々の間からモモの整った鼻筋やら白い肌を覗き込むようであり、その木々の細々とした、しかししっかり滑らかな背中に包まれているようでお陰でモモとお爺さんが雪を踏み分け進む林道には悪戯な雪は入り込まないようでした。
 ゆっくりと暖かい白樺の手の平の上でお母さんの中で揺られているような安堵がモモを包みます。今迄の張りつめた冷たい鉄の鋭い糸が嘘だったかのように緩んでモモは気が付くと眠ってしまったようでした。
 目が覚めたのは頬に熱い何かを当てられたからでした。はっとしたときモモは初めこう思いました。きっとお爺さんは怖い人だったのだと。打ち付けられたのは熱せられた熱印であるのだと。「これから売られるんだわ。御免なさいお父さん。」モモは頬を湿原のように濡らしました。
 湿原からは生温かい塩水がお爺さんの赤ただれた肌に落ち、滑りお爺さんの腕をまた潤しました。
「どうしたのだい、おちびちゃん」お爺さんは狼狽して「何処か痛むのかい」とも聞きます。モモもその妙に優しく、滑らかな声につられて瞼を開けました。そうして頬を見るとそこには陶器がありました。磁器からは春の庭のように香ばしいシナモンの匂いがします。
「私を売りつけないの?」と不思議がるとお爺さんは眉を吊り上げ、口を雪の上の足跡みたいに凹ませました。そうして「なるほど、すまないね」とだけ言うと磁器を手渡して椅子を持ってきて目の前にどすっと座りました。
「君は童話は好きかね?」
「好き、だけど冬の冷たい檻ですもの。できれば毛布のほうが。もっと言うならお父さんのところへ。」頬を擦りながら次第にか細くしながら言います。
「檻なんかどうして入れるものだい、おちびちゃん。どれお父さんが帰ってくるまでおじさんが童話を話してあげよう」
            〇

『林道の夜』

大きなものでも赤ん坊なのです。むしろ皆が望むことはすなわち赤子のようで、でも少しばかりは大人ぶらないとならないのです。
すいません。そのような文章を書こうと思いましたが私の力不足でございます。ここまでを未完の作品として挙げておきます。いつか私の力と知識が付いたら。またお爺さんの話を聞きに来てください。

『林道の夜』 賀茂綾足 作

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2017-10-13
Copyrighted

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