猫村猫太の話

猫になるためのHow to本

我輩は猫になりたかったヒトである。
今は猫だ。名を猫村猫太という。性別はメスだ。
我輩にはけったいな飼い主がいる。おかあさんとおとうさんだ。
我輩に加藤忍という名をくれた。だが我輩は猫村猫太だ。
自分でつけたこの名前がひどく気に入っている。
今では飼い主も猫太と呼ぶ。
今日は僕も猫になりたいと思っている少年少女に、
我輩がどうやって猫になったかお教えしよう。
 
我輩は幼稚園にいるときふと、猫になりたいと思った。
似合ってもいない髪飾りをつけたけったいな娘に
「似合っているよ」というけったいなお世辞を言うのが嫌だったからだ。
ヒトはどうしてこうもめんどくさいのだ。
我輩は4才ながらにそう思った。

その点、猫はいい。魚を食べて、昼寝をして、ハトを追いかけて、
それから金曜日の集会に出ればいいだけだ。
なんてすばらしい世界なんだろう。
けったいな世辞も、風呂も何も無い。すばらしい世界がそこにある。
いやあ、我輩はそう思ったね。我輩、風呂だけはダメなんだ。

それからその日、家に帰っておかあさんに自分の思いを話した。
「おかあさん、我輩は猫になることにした。いやもう猫なんだ。
名を猫村猫太という。今から旅に出るよ、さようなら」
「そう。いってらっしゃい。それから傘を持っていきなさい」
「いってきます」
おかあさんはそれだけ言った。
いやあ、うちのおかあさんはずいぶんと物わかりのいい人なんだよ。
 
それからしばらく歩いて、塀の上で寝ている猫がいたんで聞いてみた。
「ちょいとお訪ねしますがね」
「なんだい。今昼寝中なんだ」
彼は気持ち良さそうに眠っていた。
これもまた猫のいいとこだ。どこでも寝れるもんな。

「今日の集会はどこでやるんでしょう。いつもの公園で?」
「はい?」
「いやあ、我輩、猫村猫太という猫なんですがね」
「お前はヒトじゃないか」
「何をおっしゃる。我輩は猫ですよ」
「じゃあ耳としっぽはどこだい?耳としっぽの無い猫なんぞ。猫と認められないね」
我輩はそりゃあもうびっくりしたねえ。我輩、耳としっぽが無いんだもの。
「じゃあ、どうすれば?」
「さあ。長老なら知ってるかもしれないがね」
それだけ言うとそいつは眠ってしまった。
はあ、これだから猫というやつは。
 
というわけで我輩はぶらぶらと公園まで歩いていった。二本足で。
今日は金曜日、集会の日なんだ。
公園にはたくさんの猫がいた。
いやあ、思わずほれぼれする光景だったねえ。
なんたって我輩の憧れる猫があっちにも、こっちにも、そっちにもいたんだから。
でもそいつらはけったいな視線を我輩によこして言った。

「なんでヒトがいるんだ」
あれは黒猫だったねえ。我輩はいらえを返した。
「我輩は猫村猫太という。正真正銘の猫である。」

そのときのあいつらの顔といったら、笑えたねえ。
みんなぽかーんとしてこっちを見たり、あっちを見たり。
いやあ、けったいな光景だった。

そのとき長老と思われる猫が言った。
「残念じゃが、お主はヒトじゃよ。しっぽと耳もないし」
我輩は唇をかんだ。
「耳としっぽがあれば...おや」

長老は何かを言いかけて上を見上げた。
雨が降ってきたのだ。
だからっていいかけた言葉をひっこめるやつがあるかい?
我輩は聞き返そうと思ったけど、猫のやつらときたら、
あっちでギャーギャー、こっちでニャーニャー言うもんだから、
我輩の声は消されてしまった。
なんたってあいつらの嫌いな雨が槍のように降ってくるんだからもう。
我輩は猫ながらに傘を持っていたから、振りかざしてこう叫んだ。

「おい猫ども!我輩のもとに集まれ!」

そしたらみんながみんな、こっちを向いていっせいに飛びかかってきた。
とくに灰色のやつなんか自慢の毛が濡れるっていうもんだから、
けったいなスピードで飛びかかってきた。
それから我輩の肩にのぼって一言。

「いやあ、助かったがね。やっぱり君は猫じゃない。傘を持っているし」
なんて言うもんだから我輩、けったいなそいつを振り落としてやった。
ギャー!ウフフ。

雨がやんだ。長老が出てきて、我輩にあくびがでるくらいに長いけったいなお礼を言った。
いやあ、猫とは礼儀正しい種族なんだな。
でも、やっぱり最後に
「感謝はしている。でもやっぱり君は猫ではない。耳としっぽが無いんじゃあなあ」
と宣った。

「ただいまあ」
 我輩はしょぼしょぼしながら玄関をくぐった。
勢いよく出てきただけにバツが悪かったねえ。笑えばいいさ、と思ったよ。

でもおかあさんはいつも通り
「おかえり。こっちへおいで」
と言った。我輩は従順に従った。まるで犬のようにね。

おかあさんは我輩の頭とお尻に何かを付けた。それからか鏡を渡してきた。
いやあ、中をのぞきこんだ我輩はびっくりしたねえ。
なんせ我輩、耳としっぽが生えてたんだもの。

口をあんぐりあけて、我輩はおかあさんを凝視した。
おかあさんは笑って、
「あら、この魔鏡魔女子さんにかかれば朝飯前よ」
と宣った。

 その日から我輩は猫になり、ハトを追いかけて
風呂を拒む生活を送っている。二足歩行で。

どうだい、わかったかい?君も猫になりたいなら、試してみるといいよ。
猫になったら、そうだな、金曜日の集会で会おう。
我輩はいつも出席している。
それでは君に会うけったいな日まで。
ちゃう。

 

猫村猫太の話

猫村猫太の話

猫になりたいな、と思う日々。猫になった猫太の話。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-10-11

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