*星空文庫

卒業

久留戸 作

卒業する季節となった。
三年間お世話になった母校にサヨナラを告げる季節だ。
別れを惜しむもの、はしゃぐもの、記念写真を撮るもの。
僕はどれでも無かった。

「先輩、卒業おめでとうございます」
「ありがとう」

同じ部活の後輩が僕の元に来てくれた。
この子はプライベートでも仲が良い。
よく二人で遊んだり勉強したりしていた。
時間があると僕のところへ来てお喋りをして帰ってゆくので、もしかして友達がいないのでは?クラスで虐められてるのでは?と心配になったりもしたが、移動する際に友達らしき子と歩いていたので友達はいるらしい。
一応ホッとした。
まるで親みたいな立場にいる僕。
いつも楽しそうに笑っている後輩しか知らなかった僕は、目の前の後輩が泣きそうな顔でいるのを見て新鮮な気持ちだった。

「一つだけ我儘言ってもいいですか?」
「うん?」
「先輩の第二ボタンをください」
「いいけど、貰ってどうするの?」
「お守りにします」

僕の第二ボタンなんぞをお守りにして果たして効果はあるのだろうか。
僕からしたらただのボタンだけれど、後輩からしたら大事なものになるらしい。
ブチっとボタンを引きちぎって後輩に渡してやると嬉しそうに握り締めて笑った。
僕の後輩がこんなに可愛い。
そんな後輩が何事も無く平和に学校生活を送れるようにと念を込める。
渡してしまった以上念がボタンに伝わるかどうかは不明だけれど、何もしないよりマシだろう。

「要らなくなったら捨ててね」
「捨てません。大事にします」

大事そうにハンカチに包んで胸ポケットに仕舞い込む後輩。
そこまで大事にされると少なからず僕も嬉しくなる。

「ええ…ただのボタンだよ?」
「先輩が三年間身につけてたボタンなのでいいんです」
「そういうものなの?」
「そういうものです」
「ふうん」

ふふんと威張ってみせる後輩。
一つ一つの仕草が可愛らしい。
流石僕の後輩だ、と誇らしげになる。
目が赤いのは式中に泣いたせいだろう。
僕の前ではいつも通り元気に笑う姿を見せてくれているけれど、たまに今にも泣きそうな顔をしてたりする。
本人は無自覚なんだろうけれど。

「あ!写真撮りましょ!」
「ええ…僕が写真嫌いなの知ってるのにそういう事言うの?」

そう、僕は写真嫌いだ。
撮るのは好きだけれど撮られるのが嫌いだ。
表情筋が硬いだの、目が笑ってないだの、子供泣かせだの散々言われる。
そんな僕に後輩は写真を撮ろうと提案してきた。
嫌いなの知ってるくせに。

「先輩の笑った顔、可愛くて好きですよ?」
「僕が笑ってる?嘘でしょ?」
「たまーに笑ってますよ」

自分の知らない自分を知って少し恥ずかしくなる。
そうか、僕は笑ってたのか。
どんな時にどんな顔をして笑っていたんだろうと想像してゾッとした。
僕の顔が可愛いだなんて言って退けるのは物好きな後輩くらいだろう。

「じゃあ撮りますね。近くに寄ってください」

最近の携帯はインカメラがあって便利だ。
ピント調節も簡単だし自分がどんな顔をして写っているのかも分かるので顔を作ることが出来る。
僕の笑顔なんて不器用で不格好だけれど隣で笑う後輩はふわりと花が咲いたように笑う。
そういうところに男は惚れるんだろうなあ何て考えているといつの間にかシャッター音が鳴る。
え、いつの間に。
顔を作ってない僕は相変わらず無表情でそこにいた。
記念となる写真がこんなものでいいんだろうか。

「こんなのでいいの?撮り直す?」
「これでいいんです」

待受にしますね、と手馴れた操作で待受にされた。
あんな顔を待受にしたら福が逃げそうだ。
満足そうな顔をしてニコニコしている後輩を見たら、まあそれでもいいかなと思えてしまう。
後輩パワーなり。

「それじゃあそろそろ行こうかな」

少し後輩の表情が崩れた。
顔は笑ったままなのに今にも泣きそうな表情。
これは泣くな。

「また会えますよね」
「会えるよ。連絡する」

声を震わせて僕に問う。
来年は後輩は受験生だ。
部活に勉強に忙しくなるだろう。
そうなれば今まで通り、とまではお互い行かないけれど時間を見つけて会うことは可能だ。
卒業したから会えませんなんてそんなこと言わない。
僕だって懐いた後輩に対して少しくらい寂しく思うのだ。
誰だって懐いてくれる後輩に対して邪険には扱わないだろう。

「待ってますからね!」
「うん」
「連絡しますからね!無視しないでくださいよ!」
「しないよ。待ってる」
「はい!」

それじゃあ、と門に向かって歩き出す。
色んな思い出が詰まった母校から遠ざかるにつれて妙な寂しさが襲ってきた。
ああ、泣きそうだ。
後輩の「寂しい」が移ってしまった。
これからは新しい環境で、見知らぬ人と生活する事になる。
不安と期待を胸に前へ前へと歩む。
くるりと向きを変えて後輩の方を見れば今にも泣きそうな顔でくしゃりと笑いながら手を振ってくれる。
見えなくなるまでずっと手を振るつもりだろうか。
そんな姿を想像すると主人を見送る忠犬のようで少し面白くて吹き出してしまう。
見えなくなったら泣くのだろうか。
誰の為でもない、僕のために。
少しの優越感を胸に軽く手を振り向きを変えて帰路につく。

『卒業』

データが消えて最初から書き直しました。
凄くショックだった…
今回も先輩後輩です。
「真面目と不真面目」とは何も関係ない先輩後輩です。
紛らわしくて申し訳ない。
もう少し細かく描写を入れるべきだというシーンが多々あるのでそれは追々加筆修正を加えていこうと思います。
別れは出会いの季節ともいうので、二人はこれから新しいものに出会い、古いものに別れを告げて生きていくんだなあとしみじみ思いながら書き切りました。

『卒業』 久留戸 作

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2017-10-09
Copyrighted

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