*星空文庫

【Vaya con dios.】Yazmin

春野 翠 作

  1. 今日のはじまり
  2. ツインテールは騒々しい
  3. 貴方の為に

今日のはじまり

 ジャスミン・オリバスはメリノ家の使用人だ。奴隷だった幼いジャスミンを買ってくれた旦那様と、当時言葉を喋ることすらできなかったジャスミンを実の娘のように育ててくれた奥様の元で、恩返しの意味も込めて住み込みで働いている。
 今日もいつものように早朝から洗濯等の仕事を進めていると、いつもより早起きの奥様から「今日、午後からは休みなさい」と言われた。
「これも持っていきなさい」
 そう言って、奥様は金の入った麻袋をジャスミンに手渡す。屋敷の奥様は気前が良いのだ。
 一体どうしたのだろうか。不思議そうに、渡された相当な額が入っているであろう麻袋を見つめていると、奥様が少し困った笑顔で言う。
「だって今日、あなた誕生日じゃない」
 ああ、言われてみれば。壁に掛けられたカレンダーを確認すると、確かに今日は1月12日。すっかり忘れていたが、自分、ジャスミン・オリバスの誕生日であった。
 そんなに気を遣わなくたっていいのに。そう思いながらも、せっかくの休みと収入を手放すことなどできるわけもなく。ジャスミンは素直に「ありがとうございます」と奥様に頭を下げるのだ。

ツインテールは騒々しい

 久しぶりの休みに屋敷にこもりっぱなしでいられるわけもない。ジャスミンは仕事を終え、昼食を食べるとすぐに屋敷の制服から着替え、駆け足で屋敷を飛び出した。
 行く先はもう決まっている。この街で一番に仲の良い友人に会いに行くのだ。自分の誕生日をさほど大切な物だとは考えていないが、どうせなら彼女に一番に祝って欲しい。そう考えながら、走り出したくなるのを堪えて街を歩く。ジャスミンが向かうのは、服屋とレコードショップが合体した、なんとも不思議な空間。その服屋のほうに用がある。
 店の前までたどり着いてから思う。今日は彼女は出勤しているのだろうか。いくら親友とはいえ、スケジュールを把握しているわけもなく。まあ、いなかったらそのときは適当に服を買って帰ろう。そう思い店の扉を開けた。瞬間、叫び声。
「ぎゃあああああああああ‼︎ ……ってジャスミンかよ! 驚かせないでよ!」
「えっ、私のセリフだよ、それ」
 叫び声の主は、ジャスミンが会いたいと考えていた友人、ロサードだったようだ。頭の上のほうで束ねられたミルキーピンクのツインテールを揺らしながら、理不尽な怒りをジャスミンにぶつける。
「それで、ロサードは何を叫んでたの?」
 聞くと、信じられないと言うような目で見られる。元々大きな瞳が、更に大きく見開かれたのが分かった。
「店内の放送聞いて何も感じないの?」
 言われてから初めて、放送に耳を傾ける。店内に流れているのは、ホラー系の、聞く者の恐怖を煽るような雰囲気の音楽だった。
「なにこれ」
 ジャスミンが素直にそう告げると、店内に入って左側にあるカウンターのほうから、ロサードのものとは違う、落ち着いた中性的な声がする。
「ロサードが新しく入った曲が聞きたいって言うから聞かせてあげてるんです」
 声の主は、紫がかった黒髪と、同色の眠たそうな瞳をした、中性的な容姿の少年だった。ジャスミンもこの店で何度か会ったことがある。モラドだ。
 そういうことかと頷こうとして、ロサードが不満そうに声をあげた。
「私が期待してたのはこんな曲じゃないの! もっと可愛くて綺麗なさぁ……!」
「失礼な。この曲だってこの間ロシーオで公演した有名な劇団の人達が置いて行ってくれたものなんだけど」
「でももっと、私の好きそうな物選ぶでしょ、普通!」
「ロサードの趣味なんて知らないし、知ってても僕はこの曲選ぶよ」
「性格悪っ」
 2人がいつもの言い合いを始めたので、落ち着くまで放置することにしよう。暇潰しに店内を物色してやろうと思い、店の奥へと歩みを進める。すると、何やら見慣れた後ろ姿。
「何してるの?」
「っうぇ、あっ……ジャスミン、さん……」
 振り返った彼は、ジャスミンの姿を見てひどく狼狽した。ばっと、手に持っていた何かを背後に隠すと、下手な作り笑いを見せた。
 ジャスミンとよく似た髪色と肌色の彼はガエル。父親の経営する酒場で働く少年だ。モラドとガエルは同じ18歳だと聞いたことがある。
「ガエルくん今何隠したの? ていうかここ女物ばっかりなんだけど、ガエルくん着るの?」
 早口にそう言うと、ガエルの目が泳ぐのが分かった。ああ、焦ってる。本当に着るのかな。
「冗談。偶然だね。今日は休みなの?」
 ジャスミンが笑ってそう告げると、ガエルは安心したのか、肩の力を抜いた。しかし背中に隠した物はそのままに口を開く。
「ここにはよく来るんですよ。モラドと知り合いで。今日は夜、店に行きますよ。ジャスミンさんも良かったら」
「ガエルくんが店に私呼ぶなんて珍しいね。いつも嫌そうな顔するのに」
「えっ、あ、う……えと、気分です……」
 今日はなんだか、ガエルの様子がおかしい気がする。いつも挙動不審ではあるのだが、今日は特にだ。だが、ガエル相手にどうかしたのかと尋ねても、なんでもないと返ってくるだけだ。それを知っているジャスミンは「そっか」とだけ言い、笑った。
 2人が話しているうちに店内に流れる曲がいつも流れている優雅なクラシックへと変わり、ロサードとモラドの言い争いも収まっていた。
 もう店に戻ると言うガエルに手を振り、夜遊びに行く旨を伝えると、ガエルは満足そうに微笑み、「じゃあ、また」とガエルらしく遠慮がちに手を振るのだ。
「ね、ジャスミンってあの子と仲良いの?」
 ガエルが去ったのを見計らって、ロサードがジャスミンに声をかける。ジャスミンの顔を下から覗き込むロサードは悪戯っぽい表情を浮かべていた。うわ、めんどくさいやつだこれ。ジャスミンが思うと、「声に出てるよ」と言われた。
「別に。いつも行く酒場でガエルくんが働いてるってだけだよ」
「えー、ほんとに? ジャスミンって年下好きなの?」
「いや、全然……?」
「えっ、でもでも、向こうはジャスミンのこと好きそうな感じだったよね?」
 ロサードがしつこく食い下がってくるので、店内にいるもう1人の人物に助けを求めようと目を向けると、運良く目が合う。相手はジャスミンとは反対に、しまったとでも言うように顔を歪める。しかし、ジャスミンの視線に負けたのか、ため息をついてから口を開く。
「ロサード、あんまり聞いたら意味ないよ。そういう気持ちって、自分で段々気付いて行くから面白いんだよ」
「え、恋愛なんてしたことないヤツが何言ってるの」
 レコードの傷を調べながら淡々と言うモラドに蔑むような目を向けるロサード。少々誤解を招く言い方ではあったが、助かったと胸を撫で下ろす。だが、今度はモラドがロサードに絡まれているのを見て苦笑する。仕事しろよ。
「ロサードはうるさいなあ。いい加減黙ることを覚えてほしいね」
「モラドくんひどい! いつもそうやって私のことからかって何が楽しいのっ!?」
「あ、そういえば……」
「無視ですか」
「ジャスミンさんって、今日誕生日ですよね?」
「えっ」
 ロサードをそっちのけにしたモラドから発せられた言葉に、ジャスミンも、ロサードも目を丸くする。モラドに誕生日を教えたことなどあっただろうか。考える仕草を取ると、それを勘違いしたのかモラドが首を傾げる。
「あれ、違いました?」
 咄嗟に「そうじゃない」と否定の言葉を返す。
「ああ、やっぱりそうですよね」
 良かった、間違ってなくて。モラドが言う。
 モラドとジャスミンのやり取りの最中に、カウンターに置かれた小さなカレンダーで日付けを確認したロサードが慌てたように口を開いた。
「あっ、そうだ、そうじゃん。ジャスミン誕生日だ。うわ、え、あ、おめでとう!」
「ロサード動揺しすぎだよ。ありがとう」
 そう言う自分だって、モラドが自分でさえ忘れていた誕生日を知っているのに驚いているのだけれど。
「それにしても、よく知ってたね」
「あー、はい。前にロサードが言ってたんで」
「お前かよ」
「えへ」
 前にモラドに話しただろうかと、うっかり記憶を遡ってしまったではないか。ロサードのおでこを指で弾くと「あう」と声を出して、両手で額を覆った。
「実はさ、ロサードに一番に誕生日祝ってもらいたくて来たんだよね」
「えっ、なにそれ。ジャスミンかわいいね」
 額に手を当てたままのロサードがキラキラとした目でジャスミンを見つめる。その目を直視できずに、目を逸らす。ああ、柄にもなく照れているんだ。
「うるさいなあ」
 恥ずかしさを誤魔化すためにジャスミンがそう言って笑うと、ロサードも笑う。
 祝って貰って気分が良かったので、適当な服を2、3着買おうとすると、ロサードにプレゼントするからお金はいらないと言われた。そんな適当な経営でこの店は大丈夫なのかと思ったが、黙っておいた。
「あー、そういえば、ガエルが結構前からジャスミンさんの誕生日のこと気にしてて……」
 白のシンプルな紙袋に服を詰めてもらいながら、モラドの言葉を聞く。
「商店街巡回したり、あー、この店にもよく来てたんですけど。あいつ、結局どうするんですかね」
 無表情のまま、モラドがジャスミンの目を見る。さっきまでこの場にいたガエルがヤケに焦って見えたのは、自分の誕生日をちゃんと覚えていたからなんだ。そう察した。そしてきっと、良かったら店に、と言う言葉も、ジャスミンの誕生日を気にしての発言だったのだろうと思った。
「なんか、ガエルくん可愛い……」
「うわぁ……」
 小さく呟かれた言葉は、ロサードには聞こえてしまったようだった。ジャスミンに紙袋を渡しながら、「気持ち悪い表情してる」と言う。
「ロサード、モラドくん、ありがとう。ガエルくんのその話聞いたらいてもたってもいられなくなってきた。今から酒場行くね! じゃ、また!」
 言うと、2人の反応など待たずに外へ出て走る。今度は我慢なんてできなかった。下を向いたり上を向いたり、忙しく顔を動かしても、ニヤける口元を抑えられそうにない。

貴方の為に

 華やかな商店街から外れた路地に、その店はある。ガエルの実家――トルドラ家が経営する酒場だ。従業員はガエルの父とガエル、それからあと3名ほど若い男女が働いている程度で、店自体はあまり大きくない。
 この路地には、トルドラ家の営む酒場の他にも、鍛冶屋や、写真屋なんてものもある。どの店も煌びやかな有名店なんてものではなく、ロシーオの中でも知る人ぞ知る穴場スポットなのだ。
 大通りほどではないが、細い道幅を通る人の数はとても多く感じた。さすがに走り疲れていたジャスミンは人も多いし、と路地に入ってからはゆっくりと歩くことにした。しかし、まあ、気持ちは酒場へと急いでいるので、全然ゆっくり進めていないのだが。
 酒場に到着した。だが、ガエルからの誕生日プレゼントを期待してしまっているからか、どうも緊張して中に入れずにいる。2枚扉の開けられた片側の扉の後ろに身を隠すと、深呼吸をして中へ入る機会を伺う。いつも来る場所なのに、やりづらい。建物の壁に入ったヒビをじっと見つめ、気持ちを整理しようと試みるが、それは何者かによってあっさりと阻まれるのだ。
「何、してるんですか?」
「っい、えっ!?」
 ジャスミンよりも随分と低いその声は、今一番ジャスミンが会いたくて、だけれども一番会いたくない人物、ガエルのものだった。背後から声をかけられた驚きから、なんだかよく分からない声が出た。
「うん、ほら、壁のヒビが、さ、ね?」
「……? えと、来るの早かったですね」
 ジャスミンのおかしな発言に首を傾げるも、特に言及はして来なかった。ガエルの落ち着いた様子に、さっきまではあんなにも挙動不審だったのに、と考えるとなんだか気持ちが落ち着いてきた。
「うん、ロサードとモラドくんがぎゃあぎゃあ騒がしかったから逃げてきた」
 嘘だ。騒がしかったのは事実だが、逃げてきたわけではない。自分が、ガエルに会いたくて来たのだ。よくよく考えてみれば、ガエルが店に入るのは夜で、まだ太陽が西に傾きだした今の時間帯では早すぎたのだが。
「そういうことでしたか。あの2人、いつもいつも騒がしいですよね」
 言いながらガエルが店の中へ入るので、先程まで緊張していたのはなんだったんだと言うくらい自然に、ジャスミンも店内へ足を踏み入れる。
 奥から4番目の、ワイン棚のよく見えるカウンター席へと腰掛ける。いつもの席だ。
 ジャスミンが座ったのを確認すると、ガエルはカウンターへと入って行った。今気付いたが、手に紙袋を提げている。夜に向けて買い出しにでも行っていたのだろうか。そうなると、荷物の片付けをしなければいけないので、戻ってくるのは少し時間がかかりそうだ。
 暇だし、なんとなく店内を見渡すと、卓の片付けをしていたガエルの父、ゴイトを見つけた。50代半ばの彼は、シワこそあるものの、ガエルとそっくりな顔立ちだ。彼はジャスミンに気付くと、一度手を止めふわりと笑って軽く頭を下げると、すぐに作業に戻る。ああ、あの笑い方はガエルにはできない。大人の余裕を持ったゴイトの笑みと、まだまだ幼さの残るガエルの笑みを頭の中で比べて、笑う。
「何一人でニヤニヤしてるんですか。気持ち悪いで
 いつの間にか戻って来ていたらしいガエルに言われ、むっと頬を膨らませる。
「ガエルくんはまだまだガキンチョだなって思ってただけだもーん」
「なんですか、それ」
 洗ったばかりのワイングラスを拭きながら優しく笑うガエルを見て、そんな表情もできるんだと思った。
 思えば、自分はあまりガエルを見ていないのかもしれない。ここに来ていつも見ているのは大好きな白ワインや、カラフルなカクテルの入るグラスばかり。ガエルの表情はあまり、よく見ていない。ガエルのことを見るのはいつも、ワイン棚に手を伸ばしたり、他のお客さんに出すカクテルを作ったりするガエルの後ろ姿ばかり。話しているときのガエルの表情や、ジャスミンの話を聞くガエルの顔を、正直あまり思い出せない。
 ガキンチョ扱いしたこと、撤回しなきゃいけないかもなあ。真剣な顔をしてワイングラスを拭くガエルの手は、大人の男性のものと変わらない。
「4歳、かぁ……」
 ロサードに言われた、「年下好きなの?」の発言を思い出して、彼と自分の年の差を数える。
「どうしたんですか?」
 知らぬ間に声に出ていたらしく、ガエルが手を止め顔を上げる。「なんでもないよ」と言うと、ガエルはすぐにまた手を動かそうとして、やめた。
「ああ、ごめんなさい。今父さん、散らかった卓の片付けで忙しいし、僕がお酒用意しなきゃいけないですね」
 恥ずかしそうに笑うその顔は、年相応のもので。ころころと表情を変えるガエルを見て、なんだか面白いな、そう思った。
「そういうわけじゃ、ないんだけどね」
「? まだ飲まないんですか?」
 不思議そうな顔をするガエルに、「ふふっ」と笑みをこぼす。
「飲むよ。白ね。オリーブもちょうだい」
 ニコニコと機嫌が良さそうなジャスミンを不思議に思いつつも、「わかりました」と返事をする。
「それじゃ、ちょっと待っててくださいね。すぐ用意しますから」
 言うと、ガエルは一度カウンターの奥の物置へと消える。どうしたのだろう。ワイン棚はすぐそこなんだけどな。
 そう思いながらも黙ってガエルを待つと、まだ開いていないボトルを持ったガエルが戻ってくる。ラベルの文字は見たことのない字体をしており、なんと書いてあるのかさっぱりだ。
「説明は後からします。すぐ出しますから待っててください」
 慣れた手つきで素早くコルクを抜く。縦長の口が窄まったグラスにそれを注ぐと、ガエルはそっと、音を立てずにジャスミンの前へ出した。
「どうぞ、飲んでみてください」
 アルコールの香りがする。出されたワインを、恐る恐る口にする。甘酸っぱくて、みずみずしい、とても好きな味だ。そう思った。
「これ、おいしいね」
「……よかった」
 どうやらガエルは大層緊張していたようだった。こんなにも寒い時期だと言うのに、額に汗が滲んでいた。だが、ジャスミンがワインの味を気に入ったと知り、安堵する。
「これ、ロシーオよりも遥か東に位置する島国原産の物なんです。商店街のどの店でも取り扱ってなかったので、取り寄せました」
 だから文字が読めなかったのか。手を出すと、まだたくさんワインが入ったボトルを渡される。まじまじとボトルを観察するも、感嘆の声しか出てこなかった。
「父さんが、ジャスミンさんは結構子供舌だからって、言ってて。甘くて、フルーティなもの、探したんです」
 いつもより饒舌なガエルをちらりと一瞥すると、その視線はジャスミンの前のグラスに注がれているのが分かった。
「ガエルくんも飲む?」
 ひたすらグラスを見つめていたので、飲みたいのかと思い尋ねると、「へ?」と間抜けな声が返ってくるのだ。その後すぐに、ガエルは手を顔の前でブンブンと振り、ついでに首も振る。
「そのワインは、1滴もジャスミンさん以外の人に飲んで欲しくないんです」
 ガエルが珍しく相手の目を見て、妙に真剣な様子で発せられた言葉に、ジャスミンは動揺する。それを悟られないようすぐに笑顔を作って「何言ってるの」と言ってやる。
「これ一応、僕……と、父さんからの誕生日プレゼントだから」
 素直に僕からの、と言えばいいのに。と思うが、ガエルは恥ずかしがりだからそんなこと言えるはずないことはよく知っている。
「僕、今日に間に合わなかったらどうしよう、とか。気に入ってもらえなかったらどうしよう、とか。今日は白頼まなかったらどうしよう、とか。……色々、考えちゃって」
「だから今日、ロサードのお店で女物の服見てたの?」
「なっ……はい、そうです」
 ああ、嬉しい。ただの客だと思われているのだろうと考えていたから、こんなにも自分の誕生日を祝うことに一生懸命になってくれるのが、すごく、嬉しい。
「ガエルくん良い子だね」
 椅子から少し腰を浮かせて、少し高い位置にあるガエルの頭を撫でようと手を伸ばす。「やめてください」と躱されるが、なんだかそんな対応ですら嬉しく感じてしまうのだ。もう酔ってきたのかな、とまだ数口しか飲んでいないワインを見る。グラスに残ったワインを一気に煽ると、「おかわりちょうだい」と空のグラスをガエルに差し出すのだ。
「あんまり飲みすぎないでくださいね」
 ため息混じりに紡がれるその言葉は、いつものガエルと変わらない、同じもので。ワインが注がれたグラスと一緒に、今度はオリーブもカウンターに置かれる。
「ああ、そうだ」
 オリーブをつまみにワインを飲んでいたら、思い出したようにガエルが口を開く。どうしたのかと尋ねれば、どこか気恥ずかしそうに、目を逸らして言うのだ。
「お誕生日、おめでとうございます」
「ふふ、ありがとう」
 今年の誕生日は、なんだかとても幸せだ。

『【Vaya con dios.】Yazmin』

『【Vaya con dios.】Yazmin』 春野 翠 作

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2017-09-14
Copyrighted

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