*星空文庫

裏切り者の消失

斎田 治矢 作

  1. アクション
  2. 負け犬
  3. 本質
  4. 消失
  5. 裏切り
  6. かれもまた

薬局によくいるあいつの話。

アクション

不意に体が宙を浮き、ボクには何が起きているのかさっぱりと分からない。頭から落ちてゆくと思ったら、膝への猛烈な衝撃とともに、このアクションは膝からの着地であるとぼんやりと理解する。力の方向は下よりも横に向いているらしく、膝の肉がすり切れる。
 横に移動する力は弱まったものの、次の落下は止まらない。これから、上半身、肘、頭と落下してゆくに違いないのだ。
 これが俗に言う、「転ける」というアクションの一般的動作である。
 そうだ。ボクは転けた。恥ずかしさで顔を真っ赤にしながら、赤く染まった膝小僧を抱え込んでいる。恥ずかしがったり、痛みを感じたり、人間の感情は実にせわしないものだと思った。膝小僧を押さえつつ、今の一連の流れが誰の目にもとまっていないことを確認した。よかった。誰もいない。ボクはふうっと息を吐き出した。遠くの方から小声で、「誰も見てないと思うなよ。」とボクをあざけり笑う声が聞こえた気がして、更に顔を真っ赤にした。

負け犬

思い起こせば、ボクは幼い頃からケロンパを知っていた。とはいっても、ケロンパと話すようになったのは、ここ数日の話で。それも、転けたところを見られるという最低にして最悪な出会いであった。ケロンパは家をでてすぐ角にある、つぶれた薬局の軒下にいつもひとりで、ただ突っ立ている。晴れの日も雪の日も、彼はいつでもそこにいた。
「お、坊主。今日も来たのか。」
 ケロンパは、大きな丸い目でこちらをみた。しゃべり方こそおっさんとしか思えないが、青いシャツを着ており首もとに赤い蝶ネクタイをしている。腕を手前で組んで、来る人を迎えるような形でたっている。背丈はボクより少し高いぐらいで大変かわいらしい。
 ボクはケロンパの方を見てうなづくと、ケロンパはあきれたようにボクをみた。「毎日こんなとこに遊びに来て暇人だな、お前。」友達いねえのか?という言葉が遠回しに聞こえて来るような気がした。
 実際のところ、ボクには友達と言える友達がいなかった。物心ついたときから、ボクの周りには人がいなかったように思う。厳密に言えば、人間が存在しないなどという大それたことではなく、親しいと思える人間がいないことを指している。
 親しい人がいないと言えば、聞こえはいいが。ボクの日常におけるポジションと言えば、「いじめられっこ」が相応しい。故にボクの孤独というのは負け犬の孤独である。未だに近所のガキ大将に、言われるだけ言われて、踏みにじられ。あまつさえ、殴られ蹴られをされようにも、ボクはそれに反発する勇気だとか言うようなものは、持ち合わせてはいなかった。勇気がないとひとくくりに言ってしまうよりかは、そいつに反発する労力がもはや無駄なものなのではないかと考えるが故なのだと言った方が、ボクの視点からしてみれば正しい。
 ボクからみていくら正しいことでも、世間様の言うところの常識ってやつは、いつでも多数派につき従っている。だから、いくらボクが理由付けをしようと、「負け犬」であることは変わらない。ボクがいくら吠え叫んだところで、世間様の目にには「負け犬の遠吠え」ぐらいにしか写らないのである。

本質

裏切りというものは、裏切られた当事者にしか分からないものさ。
 あるときケロンパは、遠い目をしてそんなことを言った。ボクは今まで裏切られたという気持ちを考えたこともなかった。だから、その話はいつも以上にぴんとこなかった。

消失

それから数日後のことである。消えていた。綺麗さっぱり、消えていた。廃薬局の軒先のあいつが、綺麗さっぱり消えていた。魔法にかかったことはないけれど、言うなれば魔法が溶けたときのような感覚だ。夢の終わり。悲しい悲しい夢の終わり。ボクの、生まれて初めての「親しい者」と呼べる物は、夢のまにまに消えていた。どこから聞こえる鐘の音、午前0時の鐘が鳴る。魔法が溶けるわ、シンデレラ。カボチャの馬車にお乗りなさい。
 魔法が溶けたシンデレラの気持ちって、こんなものなのかしら・・・。

裏切り

裏切り者。彼は、ボクの中で裏切り者になった。何故、ボクに言わずにいなくなったのか。何でボクをおいていくのだ。せめて、言ってくれればお別れぐらいは言えただろうに。ボクはこんなに親しいと思っていたのに、親しいと思っていたのはボクだけだったのか。
 裏切ったというよりか、裏切られたと思っていると言った方が近い。ケロンパに対する不満が憎しみを産み、憎しみと親しさが裏切りを生む。たとえ、彼がどんなに裏切りではないと弁解しても、ボクからしてみれば裏切り行為に違いない。彼の言ったとおり。この裏切りは、ボクにしか分からない。ああ、なんてことだ。

信じるものがいなければ。
親しいものがいなければ。
裏切られることはないだろうか。

信じることは、罪だろうか。

さようなら親しいもの。
 さようなら裏ぎりもの。
 裏切り者は、消失する。 
 ボクの親しきは、そこから生まれた裏切りと手を取り合って消えてゆく。さようなら。さようなら。手を振りながら消えてゆく。

 消失する。

かれもまた

雨である。ゴミ置き場のすみに彼はいた。
廃薬局の土地の持ち主が、いらなくなった彼を撤去するように業者に委託したのである。大きな目から流れる滴は、雨かそれとも。

 憎しみは裏切りを生む。
 裏切りは悲しみを生む。
 悲しみを消すには、
 信じることを捨てること。

『裏切り者の消失』

なんだか、わかりづらい話になりましたが。
裏切りものって多分、じぶんだけが相手に感じているんじゃないかというのがあって。
信じることが、裏切りを生みます。
信じなければ、裏切りもなにもない。
そう考えますと。そもそも、信じることが悪いのだろうか。と、ひねた私は考えるわけだ。
作中の僕は、やっと信じたケロンパの消失を裏切りと感じ、つらい思いをするならば信じることごと、裏切りを消し去る。
彼はそういった選択をするわけです。

ケロンパに関しては、まさか自分が捨てられる日がくるなんて思ってもみませんでした。自分が捨てられることを悟ったとき、彼は裏切りの教えを僕に残したわけです。
ケロンパもまた裏切られた側なのです。
ちなみに、ケロンパは薬局によくいるカエルの置物がモデル。
解説をつけても、少々強引な話になってしまいました。すいません 汗

『裏切り者の消失』 斎田 治矢 作

薬局にいるあいつの話。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • ホラー
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2017-09-14
Copyrighted

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。