*星空文庫

微笑みたる首

斎田 治矢 作

  1. はじめえとおわり
  2. 一、人喰花
  3. 二、首棚
  4. 三、沈黙
  5. 四、死してなお微笑みたる

ある村をめぐる話。

はじめえとおわり

分かった。あなたのことはもう家族とは思わないことにしようと思う。
 それが、私の最後の言葉になった。運が悪いとは、今のことを言うのかと嫌に納得させられた。

一、人喰花

夏の暑い日の事である。今年の夏はどうもおかしい。私は、お天道様が真上にいるのをぼんやりと眺めながらそんなことを考えていた。
 去年はあれだけ穫れた苦瓜が、今年はまったく出来なかった。いわゆる凶作だ。おかしいのは何も苦瓜だけではない。いつもは、この時期になると林の小道を優雅に飛んでいる黒あげはやら、夜になると鳴く夏の虫が全くもって見あたらないのである。かろうじて、蝉は鳴いているものの、去年のような力強い鳴き声ではなく、弱々しくジリジリとただ泣いているようであった。
 一つ変わらない者がある。大輪の花を咲かせている西洋朝顔である。こいつは、去年と相変わらず立派な葉を付け、毒々しいまでに青紫の大きな花を咲かせていた。蔓をお天道様に向けて延ばす姿は、さながら何かを喰ってしまう怪物のように思えた。

二、首棚

私の村では、夏になると毎年小さながら祭りが催される。屋台やらお囃子やら、年中変わらぬ静かな村が、その時ばかりは活気にあふれるので、村の子供たちは毎年楽しみにしている。なんでも、山に住む大蛇を祀る祭りなんだとかで、神社の裏手にある大きな穴に供え物をたくさん用意して、祈りを捧げるのであるという。私は幼い頃からこの祭りが恐ろしくて成らなかった。
 私がまだ小学生の頃であったか。祭りの最中に、幼なじみが行方知れずになったのだ。三つ編みのかわいい、トキコという女の子であった。折り紙が上手で、内気な性格の私ともよく遊んでくれる優しい子であった。
 祭りの翌日、村のはずれにあるおじいの小屋で、私はトキコの行方が分からなくなったことを訊いた。
「今年は田所の娘が選ばれたんだな」と、郵便のおじさんが小声でしゃべるのを私は聞き逃さなかった。選ばれたとは一体何のことなのか。行方知れずになることが選ばれることとどのような関係が有るというのだろうか。私は話を終えて戻ってきたおじいに、トキコはどこに行ったのか?と訊いた。おじいは苦瓜を食べたときみたいに渋い顔をした。おまえに言うことなど何もないと言われていることは、その表情から明白であった。
 この村に限ってのことではないかも知れないが、大人は何かを隠している。
 その後、トキコがどうなったかは私の耳には入ってこなかった。捜索したとか、遺体が見つかったとか。そういう話以前に、トキコの存在が村から消えたようだった。いっさいトキコの話がされなくなったのである。
 いや、あの日を境に田所トキコの存在がこの村から綺麗さっぱり無くなったのだ。誰も、トキコのことなど思い出そうとも思わない。その後も、村ではたびたび子供が消えたが、トキコの時と同じであった。子供らが確かに存在していた事さえもが、何かに喰われてゆくように錯覚した。
 彼らが隠していることが一体どのようなことなのか、さっぱりと分からなかったが、私にはその隠し事があの忌々しい花のように見えて仕方がなかった。蔓を伸ばして村を覆い、葉で真実を隠してしまう。かくして誰も真実が分からなくなったところで、弱き者の鮮血を根から吸い上げ養分にし、大きなあの毒々しい色の花を色鮮やかに咲かせるのである。化け物。その、一言に尽きる。
 
 声が聞こえた。私は神社の裏手の山道を祭りの供物を両手で抱えて歩いている。足下を風がそよ吹き、青草が揺れる。男の声ではない。女の。しかも、子供の声である。聞き覚えのある優しい声で「こちらにおいで」とささやいている。それはどうやら、大蛇様の穴からまるで小唄のように聞こえてきた。
 頭がぼんやりとし、さえない。私はまるで操り人形のようにふらふらと歩く。足が勝手に動くのだ。しばらくして、ふっと目の前に有るものに気がついた。
あの穴である。大蛇様の穴である。
普段から決められた者しか近づく事が許されない。この大穴に、おじいがたびたび出入りする後を付けていったことがある。毎回すんでのところで見つかっては、大目玉を喰らうのである。
 風がぼうっと吹いて、大穴が低く唸る。こっちに来るなと言っているようで、私は酷く恐ろしくなった。
 恐ろしく逃げたい気持ちと裏腹に、足は地面に縫いついて動かない。それどころか、ゆっくりと大穴の闇に一歩一歩近づいてゆくのである。
 においがした。鉄の香り。何かの腐敗するにおい。ぼやけて居たはずの私の五感が、こう言うときばかりよく働く。暗闇に慣れた目が、棚に置かれた数個のそれを見つけだした。羽虫の音が私の耳元を飛び交い、またそれに戻ってゆく。幾数の羽虫と白くうごめく蛆。それの目標はまさしく、人間の頭部であった。私はその頭の主に見覚えがあった。
「トキコ。」
私は、ぽつりとつぶやいた。二つのおさげが悲しくぶら下がっていた。
 棚に並べられた数個の首を見て、私はある違和感を覚えた。この首は何かがおかしい。もともと、胴体と切り離され、それが集められて、しかもご丁寧に並べられているわけだから、これだけでもかなりおかしな光景なのだが。そうではない。そんなことではなかった。私は、もう一度まじまじと首たちを見つめた。
 ああ。そうか。
 並べられた首たちは一様に健やかに、微笑んでいたのである。それに気づいた瞬間、私は落ちた。否、落ちる感覚がしただけであるらしい。目をあけて、辺りを見回せばいつも布団を敷いて寝ている仏間であった。酷く寝汗をかいたようで背中がぐっしょり濡れていた。あの腐敗した肉のリアルな臭いを思い出し、私は便所に駆け込んだ。

三、沈黙

目の前の、何のたわいもない事柄だったとしても、それらは皆「どうしてこうなった?」と私に問うのである。故に私は幼い頃からよく考える子供だったように思う。
だから私は、トキコの家族が家族でないことも知っていたし、私の家族も例外ではないことを心得ていた。子供は案外、いろんな事に気がついているものだ。そして、まだ知らないと思われるように。秘密は守られていると大人を安心させるために。深く息を吸い込沈黙するのである。本当は、訊きたい事なんて山ほど有るさ。
 あの夢を境に、私は時折異臭を感じるようになった。生き物だった肉片の、鼻を突くような臭いが、時折風に乗って漂ってくるのである。しばらくして、その臭いがあの西洋朝顔が生えた辺りから漂って来ているだろう事を知った。私の鼻がおかしくなったのか、はたまたその花から異臭がしているのか。私にはさっぱり分からなかった。
 おじいの小屋の裏手のあぜ道を、熊手を小脇に歩いていると、数人の子供たちとすれ違った。また、今年も消えてゆくのだろうか。祭りは明日に控えている。村人は神社の周りに集まって、櫓をくんだり提灯をぶら下げたりでせわしない。それに比べて、おじいの小屋の周りはいつもと同じだった。そこだけ違う時が流れているように感じた。
 ここの時間はいつ来ても同じだ。
 植物の時期や天候によりけり、たしかに景色は変わったが、そこ一体の空気感はいつもいつでも変わらぬものだ。そうだ、ここだけは変わらない。私はトキコが消えた次の年から、祭りの時期になるとおじいの小屋にこうやって気を紛らわせに来ていた。祭りが有ろうが無かろうがおじいの生活も別に変わらなかった。朝起きて、畑を耕し、野菜の世話をして、三食簡素な食事をとって、同じ時刻に眠りにつく。彼の日常もまた、この空間とともに変わることはなかった。
 そういえば奇妙な話を聞いた。おじいの庭の片隅に大輪の花を咲かせているあの化け物花は、どうやらおじい本人が植えたものでは無いのだそうな。たしかに。言われてみれば、野菜を育てているところしか見たことがない気がする。
 小屋に戻ると、おじいは、丸椅子に座って鉈を研いでいた。金属のすれる音が聞こえる。いつも薪を割るのに使っている大降りの鉈だ。おじいは私に気がつくと片手を挙げた。これが、私とおじいの挨拶なのだ。私は近くに椅子をおき、おじいの作業をただ眺めていた。
「この鉈、薪割りにつかうのけ?」
おじいに問えば、無言でこちらをみる。いつものように何も言わずにうなづいて他になにに使うというのだね?というような顔で私をみる。いつもなら・・・。
 期待は無惨にも裏切られる。
 おじいは、目を細めて私をにらみつけていた。何かににている。おじいは鉈を研ぐのをやめて立ち上がる。
「残念だが。わしは君を殺さないとならん。」
どうして?問おうとしたものの、声はでなかった。
「冥土の土産に教えてやろう。おまえの親はおまえを捨てた。それを村が引き取った。子供の生首を捧げるために今のおまえの両親はおまえを育てたんだ。」
 私の両親は大変冷たい目をした人だった。だから、本当の子では無いのだろうと言う予測などはもっと昔についていた。驚くべきは、この古びた村のしきたりと、それに疑いもなく従ってきた村人たちである。みんな、自分の家族を神に捧げるなど嫌に決まっているのだ。そもそも、人の命をほしがる神などなぜ崇拝せねばならないのか。そんな神などいる意味がない。神に捧げるという大義名分の後ろからこっちをのぞき込む、子供を殺すという黒い陰。殺されるために拾われ、殺されるために生きる。このおかしな因果を、私は知らずのうちに背負っていた。目の前の薄汚れた目をした人間が、まさに今、たった今、私に申し伝えたのだった。
 目の前のすべての物が、古びて汚らしく、どんどん色が失われてゆくようだった。目の前の人間が鉈を振り下ろす姿さえも、嫌にのろのろと動いているように感じた。
 もう、目の前の人間の顔など思い出せなかった。顔を見ても、もやがかかったように彼の顔がはっきりしないのである。
「わかった・・・。」
 これが、私の最後の言葉になった。運が悪いとは、今のことを言うのかと嫌に納得させられた。どうやら、私はこの人間を割と信頼していたらしいのである。運が悪いというのは、この村に拾われたことも、首を切られたことも、この人間を信頼したこともみんな。みんなそうである。
 生きた人生をこんなに早く振り返る日がくるなんて、私は思っても見なかった。まるでインクをなすったように、私らの世界は薄汚れている。誰がこんな世界を望むものか。

 幸せも愛も、自らの意志で生きる権利さえもが、私の傍らにはまるで存在しなかったのだ。

四、死してなお微笑みたる

祭りが終わって、またひとり。今年も子供が消えていった。私の日常はさして変わらない。私の仕事は山の麓からここまで、郵便物を届けること。家は麓にある。村に入って一番初めによるのが、畑をやっている仙造さんのところ。敷地には柵が施してあり、村に入る道を歩いてくると、一番はじめにみえるのは紫の大きな朝顔の巻き付いた柵である。
 今日もいつものように紫のきれいな花が私を出迎える。今日もご苦労さんとねぎらいの言葉をかけてくれているかのようだ。
 私はふと足を止めた。鉄の臭いが鼻を突く。背中に一筋の汗がつうっと伝った。私は見ることをためらったが、確認しないわけにもいかなかった。仙造さんがいつも身につけていたぼろシャツを着た首のない体が、紫色の朝顔の柵の前に正座していたのだ。首があったところは何かに喰われたみたいに、乱雑にちぎれていた。
 不思議なことに驚きはしたものの何も怖くは無かった。やっと楽になれる・・・と、無い首が微笑んでいるような気がしたのだ。私は、事態を報告すべく村長をさがした。

 同時刻、穴の中の首もまた微笑んでいたのだという。

『微笑みたる首』

今晩は!斎田です。
正直、短すぎて世界観やらそっちのけでとにかく、積めてこんでしまったように思います。
わたしが書くと、いかんせん悲しげな話になるので、どうかとは思いますが。
これを書くきっかけになったのが、人を疑ってしまうという自分の性格なんですが。小さい頃から、大人が隠している真実を探っては、しらないふりをすることばかりしていました。人を信じられないことは、大変悲しいことです。
それでも、信じることが素晴らしいかと言われるとそうでもなくて。
なんでもかんでも信じると、騙されたりその他もろもろ、いいことはない。
どんなに疑っていても、無意識に信じているときがあるわけで。
途中、裏切られたと感じてからおじいの呼び方と見えかたが朧気になってきます。おじいへの失望の念が表れている。
そんなこんなであります。
ちなみに、途中でてくる西洋朝顔のモデルは職場の花壇です。西洋朝顔は元気だったのにゴーヤがだめでした。リアルに。
さいご、おじいがなんで死んだのか。西洋朝顔に食われたのです。西洋朝顔の下のかなり深いところに首以外の遺体を埋めていました。
そこえ急に延びてきた朝顔。なにもないはずがありません。

『微笑みたる首』 斎田 治矢 作

村の話。少々ホラー。短編。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • ホラー
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2017-09-14
Copyrighted

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