星逢

「なーなー、戸田、これなに?」 古ぼけた革の表紙を向けて尋ねたあの時。 彼女はふっと笑って言ったんだ。

「私が居なくなったら、開いていいよ」って。

エマージェンシー、エマージェンシー。
どうやってしたらあの子を探し出すことが出来るだろうか。

「結城、葵見つかった?」

首をふた振りして、気持ちを伝える。
葵が居なくなって2日。警察には届けを出して、彼女の親も必死で探してるけどあの子が見つからない。
ある日突然姿を消す、なんて身の回りで起こりうるなんて知らなかった。
しかも、自分の彼女が。

「葵もどこ行っちゃったんだろうね、旅行かな?」
「そんな悠長なこと言ってる場合じゃないと思うんだけど。佐奈、流石に無神経。」
「じゃあ陸斗はなんでだと思う?」
「何が。」
「葵が結城に何も言わずに姿を消した理由?」

俺が知りたいよ、と伝えそびれて飲み込んだ。
居なくなるその日まで、普通に過ごして居たのに。

「戸田さんにもなんかあるんじゃねーの?」
「陸斗適当すぎ、もうちょい考えなよ」
「…大学が嫌になったとか?ないか。戸田さんだし。」
「なんだよね。葵だしなぁ…」

2人の会話を聞きながら、夏を仰ぐ。
青色の日差しの中、俺は君のことを探すことにした。

****
「戸田葵さんは都南大の三年生。で、結城くんは戸田さんとお付き合いしていた、ここまではいいか?」
「はい。」
「もういい大人だしふらっと旅にでも出てるんじゃないの?君と喧嘩したとか。」

目の前の真剣味のない警官に掴みかかりたい衝動を抑えながら、もう一度尋ねる。

「葵は、そんなことする子じゃないんです。何か手がかりとか無いんですか」
「戸田さんについて聞き込みするとみんなそういうんだよね。成績優秀、容姿端麗、歩く姿はユリの花ってな」

2つ容姿の話が混ざってんぞおっさん。
なんていうわけにもいかない。

「その通りなんです。真面目でしっかりしてて、何も言わずに姿を消すようなやつじゃないんですよ。」
「ふぅん…まぁねぇ、事件性についてはまだ調べ中だからなんとも言えんってとこが大きいけどなあ。」
「手がかりとかないんですか。」
「さっきからそうは聞くけど。というか君は無いの?恋人なんでしょう?普段の様子と違うとことかなかったの?」
「……無かったとは思ってはいます。」
「とはいっても、ほらさ、死にたいとかいってなかった?」
「無かったんですよ。普段通りの葵でした。」
「ほら、とはいっても大学生だしね、ストレスでつい、なんてあるんじゃないの?」
「いい加減にしろよおっさん。」
「…え?」

扉をバタンと閉めて、窓口を飛び出した。
真剣味のない警察に腹を立ててくいかかっても仕方がないのかもしれないけれど、どうにも腹が立って仕方がなかった。

「ストレスでつい、なんてタイプだったら俺も言ってないっての。」

死にたいなんていうタイプでは無い。
葵からsosは出てなかったはずだ。
…はずだってあたりが情けないけれど。

「結城さん!!」
「…え?」

後ろを振り向くと小さい葵が居たとかそういうわけでも無く。

「ちょっとお話、良いですか?」

彼女の3歳下の妹、戸田初音が立って居た。

****
「…初音ちゃん、アイスコーヒーのアイスが溶けて水浸しって感じなんてだけど…どうしたの?」
ここじゃなんだから、どこか入りましょう、結城さん、なんて言うからスターバックスに入ったのにだんまりのままの初音ちゃんに辟易して、ついに口を出してしまった。

「…結城さん。お姉の日記、知りません?」
「日記?」
「茶色の革の奴です。」
「見つかると何かあるの?」
「手がかりになるかと思って」

いつも笑顔がトレードマークの初音ちゃんが思いつめた顔で言うので、記憶をさぐる。
茶色の革の…

「猫の鍵?」
「猫の…?」
「初音ちゃん、それ猫の鍵のイラストのやつ?」
「猫…多分それです!」
「場所は知らないけど、知ってる。存在は。」
「探しに行って良いでしょうか?姉の部屋。」

いいよ、といいかけて声がうかぶ。
「なーなー、葵さんこれなに?」
「ん…私が居なくなったら開けていいよ」

鍵をくれと言わんばかりに差し出したに手に声を向ける。
「初音ちゃん、ごめんだけどその役目俺にくれんかな。」

***

「あった。」
引き出しを開けて中身を出してを繰り返したせいで部屋はぐちゃぐちゃ。
葵に怒られちゃうよな、なんて思うけれど、エマージェンシー、エマージェンシー。許してくれるだろう。

古ぼけた茶色の革の手帳に猫の鍵。
この手帳だ。間違いない。
何があるのか、それとも何もないのか。
猫のみぞ知る。

星逢

星逢

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更新日
登録日
2017-09-12

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