幻の楽園 Paradise of the illusion(三)

幻の楽園 Paradise of the illusion
(三) JUNGLE FLOWER

桜の散る頃に、仲良くなった女性がいた。
肩まで掛かる髪は、深いブラウン色の柔らかくウエーブがかかっている。二重の大きい瞳が魅力的だった。

少し撫で肩で、姿勢の美しさから凛とした雰囲気のある素敵な女性だった。

彼女の洋服のセンスは、いい感じ。
上品で華やかで、女性らしくて好きだった。

いつも、こんな雰囲気の女性とデートしたいと思っていたんだ。

彼女は、いつもルイヴィトンのモノグラムのバックがお気に入りだった。

それは、彼女の雰囲気にとても似合っていた。
バックの中に、薔薇の香りのする、練り香水をいつも携帯していた。
手のひらサイズの円形の缶だ。
缶全体に薔薇のモチーフが描かれている。

勿論、いつも彼女の側に立っていると、ほのかに甘い香りがした。

ある五月晴れの休日に、植物園に二人でデートをかねたピクニックに出かけた。
僕は、洗いざらしにしたブロードのドレスシャツと色の褪せたブルージーンズに、スニーカーだ。
彼女は白いノースリーブのブラウスと淡いブルーグレーのタイトスカートに、ヒールの低いベージュサンダル。

二人が並んで歩くと、お姉さんと弟の様な雰囲気だった。

植物園は休日なのに、閑散としていていた。

昼頃まで、二人で貸し切りの様な温室を散歩して過ごした。

二人で歩きながら、たわいもない事を話して笑った。楽しかった。

不思議なことに、温室の中で誰一人出逢わなかった。

温室の中は湿度が高く亜熱帯の植物や樹々が所狭しと葉を伸ばしている。

まるでジャングルを切り取ってきて硝子の箱に入れた雰囲気だった。

誰もいない。まるで、ジャングルに二人だけいるような錯覚。

誰もいない事をいいことに、目立たない木陰に隠れて、二人は見つめ合った。

そして、口づけ。

何度も確かめ合った恋心。

時計の針が十二時を回ると、僕達は誰もいないジャングルのような温室から外に出た。

初夏の眩しい光が全てを包んでいる正午。

爽やかな五月の風が吹いてくる。周りの樹々は風に揺れてサラサラと心地よい音を立ている。美しい日だ。

二人は、園内にある見晴らしの良い展望台のベンチシートで、昼食を食べた。

彼女は、お弁当を作って来てくれた。

僕は喜んで、お弁当の蓋を開けてみた。

朝早く起きて、不慣れな手つきで作ってきた雰囲気が、盛り付けに感じられる。

海苔で包んだおにぎり、卵焼き、蛸の形のウインナー、ウサギの形のリンゴ......。

お弁当の定番が詰め合わせになっている。
僕はその時、とても幸せな気持ちで一杯だった。

そのお弁当は、美味しかった。

彼女は、ほうじ茶を魔法瓶に入れて持って来ていた。
紙コップに注いだ、熱いほうじ茶は格別に美味しかった。

食事が終わり、彼女が微笑して言った。

「フルーツを持ってきたの」

「食べたいね」

「今、出すね」

彼女が鞄から取り出したフルーツ、それは、アボカドだった......。

僕は、どう応えていいのかわからず。
何かのジョークの後の様に軽く笑った。

あの頃、アボカドは珍しい食べ物だった。

彼女は、本当にフルーツだと思って買ってきたんだ。

アボカドは、果物売り場で売っている。彼女は、甘い果物と勘違いしたのだ。

当然剥ぎ方もわからなかった。二人は困ってしまった。

確かリンゴの皮を剥く様にしたら、上手く剥けず悲惨な形になってしまった記憶がある。

二人は変な形のアボカドを切って、何もつけないで食べた。

二人の間に沈黙が流れていく......。

彼女は、罰の悪そうな表情だった。

その表情がとても可愛くて。

僕は、アボカドのことなんてどうでもよかったんだ。

今となっては、微笑ましいエピソードの一つになっている......。

昼食の後、二人で再び温室を歩いた。

温室の中は、相変わらず誰一人いなかった。

誰もいない。まるで、ジャングルに二人だけいるような錯覚。

彼女が写真を撮りたいと言うので、沢山の植物を背景に撮ることになった。

カメラを彼女から渡された時、ほのかに甘い香りがした。

僕は、カメラのファインダーの向こう側で、微笑する彼女を見て思った。

ジャングルに咲く花が一輪。

僕は、彼女に惹かれ始めていた。

僕は、机の上でうたた寝をしていた。
ふと目が覚めて、顔を上げて時計を見た。

無駄なものは一切ないシンプルな美しい四角い置き時計だ。

あの頃、気に入って買ったものだ。

あの頃から、止まることなく時を刻み続けている。

今は、真夜中過ぎ。

時計の横に、フォトグラフが置いてある。あの時、撮った一枚だ。

ジャングルの様な樹々に囲まれて、彼女が綺麗に立って微笑している。

まるで儚く咲く美しい花の様だ。

僕の記憶が、あの甘いバラの香りを想い出す。

少し、切ない真夜中過ぎ。

僕は、FMラジオのスイッチを入れた。

Welcome to the midnight lounge. Ocean Bay FM.

今晩わ、葉月 夏緒です。

今日と明日が出逢う時間になりました。つかの間の夜の時間に、音楽を添えてお送りします。

それでは、一曲。

JUNGLE FLOWER MARTIN DENNY

エキゾチックで穏やかな曲調のイスタルメンタルの曲が流れ始めた。

JUNGLE FLOWER MARTIN DENNY

Songwriting Les Bax ter

幻の楽園 Paradise of the illusion(三)

幻の楽園 Paradise of the illusion(三)

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-09-08

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