リラの花が咲く頃に 第3話
小説家になろうで連載しているリラの花が咲く頃に第3話。
「医者の彼に近づく為に大切なことは」
学校が終わりバイトが休みの為、今日はどうしようかと佳奈子は大通公園のベンチに座り思案していた。
2度にわたる手術が終わって退院してからは北28条東17丁目の猫宮家から北丘珠の燕家へ荷物をまとめて引っ越した。養子縁組とまではいかないが、おばである知世が引き取り、佳奈子が愛する人と結婚するまで面倒を見ると言ったのだ。
そんな優しいおばを思うと家に真っ直ぐ帰り早めに美味しい夕食を作って待っていようと思い、立ち上がって地下鉄大通駅に向かった。大通駅から東豊線に乗って環状通東駅で降りるとバスターミナルで東61の中沼小学校通行きのバスをベンチに座って待っていた。
(冷蔵庫にひき肉とそれから…なす、ピーマンあと…この前中島さんに箱で頂いた札幌黄があった。よし、バス降りたら寿まで歩いてカットトマトとケチャップ、パスタ買えばいいかな。今日はナポリタンっ!)
知世が喜ぶ姿を想像しながらスマホでクックパッドを見ていると横から中年の男らしき声がした。
「野球…好きですか?」
ぞくりと背中に悪寒が走り、声と生温い吐息がかかった方を見ると、男は黒のキャップをかぶり獲物を見る肉食動物の様な目でこちらを見ていた。40代から50代といったところだろう。
「…き、嫌いではないですけどぉ…」
男は佳奈子がずれて逃げてもずれた分またズイズイ近づいてくる。
「ねぇ…ファイターズは…好き?」
(何この人っ気持ち悪いし危険だ…!)
佳奈子はマイメロディのリュックを持ってそのまま走って逃げ、バスターミナルを出た。そのまま右手に折れてマックスバリュの看板が見える方向へ恐怖のあまり無我夢中で走っていく。赤信号でさえ気づかず渡ってしまう程。
マックスバリュの入り口に差し掛かった時だった。
ーードンっ
硬い感触…。気づけば買い物袋を下げて店から出てきた背の高い男性に正面衝突していた。
「ごめんなさいっ!」
「…佳奈子さん?」
聞き覚えのある低い声で名前を呼ばれた。そしてホットケーキを焼いた様な甘い煙草の匂い…。佳奈子は間違いないか確認する為見上げた。記憶に間違いはない、主治医である聊斎聡(りょうさいさとし)先生だ。
「…先生」
先生は童話の王子様の様な甘いマスクで優しく笑った。
「とにかく一旦落ち着きましょう。お時間あるなら…そこでお茶しません?」
先生は先程のバスターミナルの変態オヤジと今の衝突事件のことでパニックになっている佳奈子を落ち着かせる為に左手横の信号を渡った先にあるダイニング&カフェに誘った。
「…え?お茶、ですか?」
「はい」
佳奈子は3秒ほど固まると更に慌てて断ろうとする。
「そそそそんなことしたらっあっあのっ!」
「アールグレイと…パフェでいいでしょうか」
(…パフェっ!!)
甘党な佳奈子はパフェで目が爛々と輝いた。
「カナコ、いっきまーすっ!!!!」
先程のパニック状態から一変し、彼女のオタクモードが発動してしまったので内心先生はびっくりしたが、彼は優しく手を引いて青信号になったところで渡り店に入った。
店に入り席に着くと、アールグレイを2杯と佳奈子の為にフルーツやクリーム、アイスクリーム、お菓子などが沢山盛られた大きなパフェを注文した。
注文して待っている間佳奈子はバスターミナルで出遭ってしまった変態オヤジと短い恐怖体験を一生懸命先生に話す。
「ほんとにほんっとに怖かったんですっ気持ち悪いしっ!」
しかし話している間中先生はクスクス笑っているので彼女はムッとする。
「笑い事じゃないですよ先生っ」
「いや…あんな小さくて素朴だった女の子にも変な虫がつくくらいかわいらしく成長したってことなんじゃないですか?」
「…か、かわいくなんかないですよっ」
佳奈子は両手を頭の前に振って否定する。顔は真っ赤だ。
「かわいいですよ」
先生は真顔で返す。真顔で返されたので佳奈子は「…先生もかっこいい。LINE…交換したいです」と顔を真っ赤に染めてLINE交換をお願いした。
佳奈子のお願いに先生は右手で頬杖をつき少し考え、「いいですよ、ほんとはだめなんですけどね」と言ってLINEを交換した。
そのあと佳奈子は先生の車で北丘珠まで送ってもらうことにした。しかし、“家まで”とはいかない。
「こ、ここまでで大丈夫です」
「え?まだ中学校前ですよ佳奈子さん」
「大丈夫です、ここから歩いていけますんで」
「家まで送りますよ」
「いやいや…だめなんですっその…ご近所の目が…」
「ご近所の目…?」
燕家がある北丘珠は非常に閉鎖的で何かあればすぐに噂が町中に広がってしまうのだ。それに、先生の車はトヨタ アリオンのダークレッドマイカメタリックの為家の前に停まればかなり目立つこと間違い無いのである。
「そうですか…なんか残念だな」
「え…?」
「こんなかわいいお嬢さんを最後まで送ってあげられないのは男としては残念だなって」
男のプライドというものをこの町は軽く傷つける様だ。先生は寂しそうに笑う。それが見ていてせつない。
車を降りて礼を言って別れる。数歩を歩いて立ち止まるとダークレッドのアリオンが走り去っていった方向を少し見つめた。
もっと一緒に居たかった。そのしてあの寂しそうな笑顔が目に焼き付いて離れず、佳奈子の胸をきゅうと締め付けた。
中学校から北丘珠唯一のスーパー・寿まで歩き、ナポリタンを作るのに足りない食材を買い物した。
買い物をして家に着くと部屋に荷物を置いて早速手を洗い調理をし始めた。冷蔵庫の野菜室にレタスが少しと豆苗、トマト2個があり、更に隣の澤渡さんから先程ポテトサラダを頂いたのでナポリタンにサラダをつけることした。
野菜の下ごしらえを終え、切った玉ねぎを飴色になるまで甘く炒める。炒め終わったら別のフライパンでひき肉を炒め、次に切ったピーマン、なす、先程寿で買ったウインナーを斜めに切ったものとカットトマトなどを炒めてその間に乾麺パスタを別に茹でておく。火が通ったところで先程炒めた飴色玉ねぎとケチャップを忘れたので一緒に軽く炒め塩コショウで味付けする。
茹で上がったパスタと混ぜ合わせて2人分パスタ皿に盛り付けるとレタスとトマトを洗い、レタスをちぎりトマトを切って皿に盛り付けて頂いたポテトサラダを真ん中にのせる。林檎と蜜柑が入った甘いサラダだ。
まだ知世は帰らないので埃が被らない様に料理に蝿帳(はいちょう)を被せ使ったフライパンなどを洗って片付けた。ふとソファーのクッションの上に置いているスマホを見ると光っている。先生からLINEがきていた。料理を作っている最中にきていた様である。
『無事に家に着けましたか?また佳奈子さんとお茶したいです』
(また、お茶…?私とまたお茶したい…?)
鈍感な佳奈子には先生の誘いの意味がわからなかった。しかし、また先生と会えるということだけはわかったのか彼女の小鼻からは鼻血が出てしまっている。本人は気づいていない。
ーーポタっ
(あ…)
スマホの画面に血が一滴落ちたところで佳奈子は気づいてソファー前の白いテーブルの上に置いているティッシュを取り血を拭うと小鼻を押さえてゆっくりソファーの右端に座った。
佳奈子自身もまた先生とお茶したいと思った。
それはただ単にパフェが食べたいという食欲だけからの欲求ではなかった。少しでもいいからもっと先生のことを知りたいと思ったからだ。
カフェでは紅茶しか口にしなかった先生。甘い物は苦手なのか…それとも…ーー
佳奈子は何か引っかかるものを感じたがそれが何かまではわからなかった。ただの甘い物が苦手、というわけではない気がしたのだ。ほのかに香る甘いホットケーキの様な匂いはあれは煙草だ。先程乗った車の中に筒状の吸い殻入れがあったし、佳奈子の母親・佳苗(かなえ)はヘビースモーカーで一時貰ったという甘い煙草を吸っていた。その時の匂いもホットケーキの様な煙草だったのだ。佳苗は一箱吸ってまたすぐにお気に入りのセブンスターを吸っていたが佳奈子はあの匂いが好きだった。まるで、おばが焼いてくれたホットケーキの様な優しい匂いだったから。
もっと先生のことが知りたい、もっと一緒に居たい、お話したい…もっと近づきたいーー
ーーどくんっ
先生のことを考えただけで心臓が高鳴った。佳奈子はメッセージを打つ指を走らせた。
『料理作っててお返事遅くなっちゃいました、すいません>_<
無事に家に着きました(^。^)
今日はお話聞いて頂いた上にご馳走になってしまってすいませんでした。私もまた先生とお茶したいです。
ただパフェがまた食べたいとかじゃなくて、
先生とまたお話したいだけなんですからね?(つД`)ノ』
佳奈子はメッセージと一緒に大好きなマイメロディがウインクしているスタンプを送った。
5分後にまた先生からメッセージがきた。
『ほんとに?今日は我慢してたパフェの追加、してもいいんですよ?(笑)』
今度はブラックジャックのピノコのスタンプつきだ。ブラックジャックが好きなのだろうか。
『先生、ブラックジャック好きなんですか?』
『好きですよ。中学2年の冬休みから。たまに読み返すくらい』
(先生の好きな漫画、ブラックジャックっ!)
漫画・アニメ好きのオタク少女の佳奈子は先生の好きな漫画を知ることができて嬉しかった。
2人のLINEのやりとりはそれから30分程プラックジャックのことで盛り上がり、知世が帰ってきたところで先生もそろそろ実家に用事を済ませに行くというので一旦中断した。
佳奈子がすごく幸せそうな顔をしているので知世は感づいた。
「佳奈子、なんか幸せそうな顔してるよ?なんかあった?」
「ふぇっ⁈」
悟られて佳奈子の顔は紅潮した。そして恥じらいながらも素直に全て話す。そんな姪の姿に「この子も女になっているのね」と思い、知世は成長していく喜びと寂しさを同時に感じていた。
女2人夕食を終え食器を片付けると知世、佳奈子の順に風呂に入った。明日の支度と寝る支度を済ませてベッドの中に入ると佳奈子は目を閉じて先生のことを考えた。
甘いホットケーキの様な匂いのシャツに切れ長の目、177㎝の高身長、低い声…そしてーー
佳奈子は先生と会うことができた。しかし、昼間の現実とは違ってなんだか様子がおかしい。
「…先生」
話しかけても全く相手にされず、何もない殺風景なコンクリートの壁だけに囲まれた世界に2人だけ。好きな人に背を向けられる切なさが現実味を帯び始めると佳奈子の胸は哀しみという刃で斬りつけられた様な痛みが走り、見開かれた目からは大粒の涙がぼたぼたと流れ落ちて止まらない。
(どうして…どうして…あんなに優しかったのに掌を返したみたいに。もしかして、こんな気持ちは私だけ…?先生はただの…遊びなの…?)
もしただの遊びで佳奈子だけの一方通行な気持ちだとしたら、本当にそうなら…ーー
佳奈子は叫んだ。
「昼間の優しさが嘘なら…もう私に構わないでくださいっ!もし私に少しでも気持ちがあるなら何か言ってっ!」
暫く背を向けていた先生が静かに、無表情で振り向いた。口を開いたが何を言っているかわからないうちに現実に引き戻された。目覚め起き上がると夏のせいもあるが尋常ではない程全身にびっしょり汗をかいていた。そして5秒も経たぬうちに彼女を目眩が襲い、視界がぐるぐると回り出すとベッドに倒れこむ様に再び横になって30分程動けなくなった。気分が悪くなると同時に枕元で胃液を吐いてしまい、髪の毛先やシーツはベトベトだ。なんとか身を起こすことができたのはAM7:30。気分が回復したのを感じると急いでシャワーに入り身支度をして家を出た。
その悪夢を見た日から数週間。夏休みに入った。
ここのところずっとお腹いっぱいの様な感じで佳奈子は食欲が湧かなかった。朝から白米5杯はお代わりする彼女が食べないので一緒に暮らし保護者同然の知世は心配になった。
「佳奈子ぉ、ちゃんと食べないと力でないよ?何処か具合悪い?また右耳…?」
問われて佳奈子は小さく首を振り、全く食事に手をつけずに「ごちそうさま」と言ってそのまま身支度を終えるとバイトに行ってしまった。今日は夕方までシフトが入っているはずなので夜まで戻らない。知世は食卓を片付けながら更に心配になった。また何か病気なのか。右耳の次は消化器…?
燕家には複数の病気の家族歴があり、知世の母であり佳奈子の祖母が胃の病気で数年前に他界している。それを思い出すと不安で仕方ない。
しかし、知世もこの後は仕事である。不安になっている時間はこれ以上なかった。
食卓を片付け終えると知世も身支度を整えて家を出た。
夕方バイトが終わった佳奈子は信号を渡って環状通東駅の前にいた。いつも通りバスに乗って帰るはずだが様子がおかしい。
視界がぐるぐる回り出した。自分を支えられなくなった足はガクガク震えてふらついている。
(また目眩だ…気持ち悪い…)
道を行き交う通行人が佳奈子の様子がおかしいことに気づいて立ち止まり見るのの誰も手を差し伸べるものはいない。その中で佳奈子は意識を失い倒れた。
そこをちょうど真っ赤なアリオンが通りかかり停まる。運転席から長身の男性が現れ佳奈子に佳奈子に声をかけるが反応がないので抱き上げて後部座席に寝かせて車を移動させた。
数十分後。甘いホットケーキの匂いのする車中で目が覚めた。起き上がろうとするとまた目眩がした。その物音で運転席に座っている男性が気づいて振り返る。
「気がつきましたか佳奈子さん」
優しい口調、甘いホットケーキの様な匂い…佳奈子は気づいた、自分は今先生の車の中だ。
「…はい。あの、私」
「目眩、でしょ?今日だけですか?」
「…送って貰った次の日も一度」
「すぐ言わなきゃだめ。あと顔色がすごく悪いです。ごはんちゃんと食べてないんじゃないですか?」
「ごめんなさい…なんか食欲ないんです。先生のこと考えるとお腹いっぱいみたいになっちゃって」
先生は一瞬思考が停止した。18歳の女の子にそんなこと言われたら35歳の大人の男でも思春期の男子と同じく体は正直に反応する。しかし大人の彼は表情や態度で悟られない様にポーカーフェイスを決め込もうとする。
「…食欲がなくても何か栄養のあるものお腹に入れないとだめですよ。ただでさえだいぶ経ちましたけど手術2回してるんだし、佳奈子さんおばさんだって一緒に暮らしてるんだから元気なかったらまた心配になってるんじゃないですか?…それに」
言いかけて先生は止めた。表情は変えないものの耳まで紅潮させる。後ろにいる佳奈子が気にかける。
「“それに”って?」
問われて言おうか言わないか少し悩んだが先生は小さく答える。
「…俺だって心配になるからやめて」
「え…」
佳奈子はそっと身を起こしてバックミラー越しに先生の顔を見た。耳まで真っ赤にしている姿に彼の言うことが本気であることがわかる。先生は恥ずかしさでミラーから見えない様に顔を右に向け右手で頭を抱えた。
「ねぇ、先生…私病気なんでしょうか…?」
座席越しに先生の肩に触れ、耳元で囁く。
「先生のことばかり考えちゃったり、先生の前だとすごく緊張したみたいにドキドキしちゃって…あと…絵を描いてても気づけば先生のこと描いてたりして…なんなのこれ…おかしくなっちゃったみたいなの」
先生は何か考えているのか黙っている。その間この前見た夢の話をした。今と状況が似ているせいか記憶が鮮明に蘇って、胸が苦しくなってしまった佳奈子は涙を一筋流す。
「すごく…怖かったの。ただの遊び相手としてお茶に誘ったりしてるのかなって思っちゃって…17歳も歳が離れてるし」
佳奈子の涙が止まらなくなってくると肩に触れている手を優しく触れ、軽く包み込む様に彼女の左手の指を握る。
「…佳奈子さん」
「はい…?」
「俺のこと、好き…?」
問われた佳奈子は真っ赤に顔を染めた。
「これが…“好き”なんでしょうか?」
「そうなんじゃないかな…診断は恋煩いです」
「うん。今俺も同じ病気なんですよね…」
先生は運転席から降りて佳奈子のいる後部座席に乗ってきた。隣に座り扉を閉めると暗がりで2人の距離は0になった。
「夢というのは予知夢とか警告夢というのがあるけど大体は逆夢(さかゆめ)という現実とは意味が逆になるものなんですよ佳奈子さん」
「…はあ」
「佳奈子さんが見たのは逆夢です。遊びとして誘ったわけじゃないから」
「…え」
「俺も佳奈子さんのこと好きだから時間作ってでもまたお話したいなって思ったんです。10年前にぶつかったあの日からずっと気になってた子がこんなに綺麗になって現れたら男としてはどうにか2人きりになりたいものですよ」
「ほんとう…?」
「うん…仕事中は切り替えるから通常はそういう目で見ないけど、あなたの前だとなかなか切り替えができません。もう…俺をどうする気なんですか…」
先生は佳奈子をぎゅうと抱きしめる。髪から香るシャンプーの香りが先生の鼻をくすぐると守ってあげたくなる様な女の子らしさを感じ胸がきゅうと痛んだ。
一方佳奈子も甘い煙草の香りの他に35歳の大人な自然で男性的な匂いが鼻をくすぐって胸がきゅうと締め付けられていた。
「先生…恋煩いに処方箋はないの?」
「処方箋…?んー、じゃあ俺とご飯行くこと。何が食べたい?」
「んーと…カルビとねー、タン食べたい♡」
「焼肉?」
「うん。あ、その前に…」
「ん?」
佳奈子は顔を上げると自分の口元に人差し指を持っている。
「…キス、してほしい」
「俺の舌から食べるの?」
「うん…♡」
2人は初めて唇を重ね舌を絡めた。キスをしながら先生は愛しい佳奈子の頭を撫でる。
好きな人とのキスは互いを幸せにした。そして食事も。
焼肉店に行くまでの車中BGMは大塚愛の「黒毛和牛上塩タン680円」。甘い声でかわいく、そして官能的な焼肉の世界は今の2人そのもので、店で塩タンを焼いていても側から見れば先程の深いキスが2人で初めて交わしたキスなんて思えない程親密だ。
「お味はいかが…?」
「美味しいよ?」
「…私も?」
一瞬先生の動きが止まった。酒を飲んでいないのに顔が真っ赤になる。先程のキスを思い出したらしい。
「え?あ…美味しいです」
「…今度は、えっち…だね」
「っけほっ!けほけほっ!」
あまりにも色っぽい顔をして言ったので先生は動揺して咳き込んだ。烏龍茶を飲む。
「大丈夫ですか?」
「だっ、大丈夫です」
「…先生?」
「はい?」
佳奈子は一旦箸を置いて少し改まる。
「どうしました…?」
あんな色っぽい顔をしたのに今度は紅潮したウブな女の顔をしている。
「あのね…実は」
「なぁに?」
先生が優しい声で少し大人の余裕を見せる。
「私…まだしたことなくて」
「…ん?…1度も?」
「はい」
「…じゃあ、キスも?」
「ううん、キスは2回目」
「えっちが、まだ…?」
「はい…」
「あんな色っぽい顔して『今度はえっちだね』って言ったのに?」
「…うん」
網の上の塩タンが甘い嬌声の様にジュウ〜と音を立てる。
「じゃあ、もっといっぱいお互いのこと知ってからにしましょうか」
片面が焼けた塩タンをひっくり返すとまたジュウ〜と鳴いた。
「…はい」
「今日は先ずお腹いっぱい食べて、元気になってください。元気な佳奈子さんが一番かわいいから」
ーーどきんっ
ときめいて体が火照っていくのを感じた。自分がまるで網の上で先生に焼かれて火照らされている、そんな感覚。
先生にときめいていると目の前の小皿に先に焼けた塩タンが置かれる。
「どうぞ。ご飯もたくさんお代わりして構いませんから」
「…はい」
「今もかわいい」
そういうとふわっと優しく微笑んだ。
やっぱり年上なだけあって一枚上手な気がした。
食事を終えて北丘珠まで車を走らせた。
2人が互いに傷つかない様に付き合う為決め事を作った。病院では今まで通り医者と患者でいること、学業・仕事優先でいること…年の差で医者と患者、また佳奈子が未成年であることもあり付き合う為には決め事を作るしかなかった。
「いつも以上に忙しい時期もあるからその時はごめんね。でもなるべく時間会いたいとは思ってるから」
「大丈夫、私も待てます…お仕事だからしょうがないもん」
「ありがとう…」
中学校前で車を停めると先生は優しく佳奈子を抱きしめた。佳奈子も先生の温もりを確かめる様に力を込めて抱き返した。
家に着くと玄関に男性用のアディダスのスニーカーがきちんと並べて置かれていた。諒が来ている。佳奈子は急いでアクシーズファムのマリンモチーフクロスサンダルを脱ぎ今に行くと黒のスウェット姿の諒が長ソファーと白いテーブルとの間に不機嫌そうに胡座をかいて座っていた。
リラの花が咲く頃に 第3話
今回も最後まで読んでくださりありがとうございます。
冒頭に出てきた気持ち悪いおじさんはかぐらが高校生のときに実際に遭遇しました…。かぐらの場合は後ろに座っていたお兄さんに助けていただきまして、その日は父の車で帰ったのを記憶しております。いやぁー、気持ち悪かった…( ̄▽ ̄;)
さて、次話も更新いますのでまた引き継ぎよろしくお願いします(*´ω`*)