メイシュガール ~魔法少女大戦~ 第二話・上

メイシュガール ~魔法少女大戦~ 第二話「再会」・上

 選別試験から一週間後、いつもの通り、研究棟の一室で座学の授業を受けていると、黒いスーツ姿の男が数名とセレナ博士が入ってきた。僕は驚いて眠気が吹き飛んでしまった。
「すまないが、授業を一時休止してもらおう」
 先頭の男が言った。その後ろの男がモニターを消す。
「天羽さん、先日の選別試験の結果が出たわ」
 セレナ博士がまじめな表情で僕に言った。
 ついに結果が出るのか、と僕は息を呑んだ。
「おめでとう、あなたは正規パストラルに任命されたわ。午後一時、研究棟の331検査室に来なさい。そこでデバイスコアの改修作業を行うわ」
「あっ、ありがとうございます。ちなみにパートナーは?」
 僕が恐る恐る尋ねる。
「君のパートナーはデバイスコアの改修後に発表する。ちなみに今の段階であれば正規パストラルを辞退できるが、どうするね」
「正規パストラルになれば、生死がかかる戦場にも出撃することになる。命を惜しむ年齢だとも思うし、辞退したところで我々は君を失格者などとは思わない」
「最低一年ほどは再度選別試験を受けることは出来ないがね」
 男たちがそれぞれ言った。
 そうだ、正規パストラルになれば孤児院はとても助かるし、僕にもお金が入る。学校だってとても評価される。
 でも、戦場に出たら死ぬかも知れない。今まではもう少し後のことだと思っていたけど。今は目前にまでその運命が来ている。
 今さら断るのか。評価は下がらないと言うし。
 ふと、エスの顔が脳裏をよぎった。選別試験後も僕は屋上に行ったが、なぜかエスの姿はなかった。ここ最近は会えていない。でも、彼女のおかげで僕は試験に受かったようなものだ。彼女は僕にとても協力してくれた。そして、僕は正規パストラルになることを目指していた。ここで断るのは彼女との日々を否定するようなものではないのか。
 そう思ったとき、僕は自然と正規パストラルになることを望むことを話していた。
 セレナ博士が静かに笑みを浮かべる。
「では、天羽さん、午後にまた会いましょう」
 セレナ博士はそう言うと黒スーツの男たちと部屋を出て行った。
 今日でウィッチのパートナーも決まる。本当に正規のパストラルになる。なんだか実感がなかった。今後はそのウィッチと組んで戦場へ出て、他国の軍隊やウィッチたちと戦う。その戦いで僕は死ぬ可能性もある。
 怖い、怖いけど。僕にはたぶん、それしかない気がする。両親もいないし、今の社会は僕にパストラル以外の人生を許さないだろう。
世界は異星人との戦いで能力主義を推し進めた。個々人が能力を最大限に発揮できる社会。それだけを聞けば理想的な社会に聞こえるかも知れない。でも、実際は国が必要とする能力を持つ人だけが優遇され、それ以外は、国として興味のない分野(文学や音楽、玩具作りなど)は冷遇され、そんなことに人を使うくらいならば復興のための工事などの力仕事や工場での勤務に従事することが言い渡される。世界は急速に復興するために国から適切な仕事を宣告されるようになっている。もちろん、その通りにしなくてもいい。だけど、その分、適切な仕事として勤務している人よりも成績が悪ければいろいろと冷たい眼で見られる、と学校の先生から聞いていた。
 昔はそうではなかった、と先生たちは言っていた。昔は希望した職業を目指して頑張ることも出来たし、仮に諦めてもいろいろな職業にチャレンジすることも出来たという。
「……そんなことを考えていても仕方ない」
 誰に向かって言ったわけでもない。だけど、僕は言うしかなかった。とりあえず、僕はモニターをもう一度つけて、勉強を再開した。

 昼食を早めにすませて、僕は研究棟へと向かった。すれ違う人たちの一部は僕が正規パストラルに任命されたことを知っているのか、僕を指さして何かを話していた。
 気にしすぎだろうか。パストラル候補生たちも興味深そうに僕のことを見ていたからやはり情報は漏れているのかもと思った。
 331検査室に入り、椅子に座って待っていた。部屋は研究棟の他の部屋と同じく、学校の教室の何倍も広く、いくつかの大きな機械やデータを映すディスプレイ、作業をするための机や椅子があった。
 いくつかある機械のうちのどれかで僕のデバイスコアを改修するのだろう。そして、契約の紋章も彫るのだろう。
 契約の紋章とはウィッチとパストラルがリンクするための魔法の効果が入った紋章のことである。どちらかが死ぬか、契約を破棄するまで効果を持ち続ける。能力に与える直接的な影響はないが、通信機器を使わなくても頭の中で会話をすることができ、お互いの身体の状態を自分のことのように把握することができる。ウィッチのためというより、それを管理するパストラル、そして、パストラルからの情報を集めるセイレム機関のための施術である。
 とりあえず、しばらく待つことにする。契約相手の魔法少女はどういう相手だろうか、と考える。やはり、まだ子供である僕が相手なのだから、相手も子供だろうか。それとも、ベテランのウィッチと組ませるのだろうか。
 ……考えても仕方のないことだとは思うが、相手は美少女ならばいいな、と思った。かわいい女の子と組めば、仕事関連でいろいろと会話できるようになる。頭の中で記憶しているウィッチランキングに入っている美少女たちのことを思い出す。
 いろいろと思い出していると、僕は少し困惑した。
「あれ、そういえばパストラルが引退したとか、戦死したなんて話があったかな?」
 そんなニュースは最近なかった。紛争はこの三ヶ月ですでに世界で二十回以上あり、戦死したウィッチやパストラルもいた。でも、この国の関連しているエリアとは別の場所だ。
 それじゃあ、どうして僕が選ばれたんだ? 情報を整理してみるとなんだか納得できない。ということは公表していないところでパストラルが引退でもしたんだろうか。
 想像すればきりがない。そんなことを考えていると、部屋にセレナ博士と数名の研究員が入ってきた。
「天羽さん、早いのね。まだ十五分前よ」
「ちょっと落ち着かなくなって。早めに来てしまいました」
 セレナ博士は苦笑すると、研究員たちに準備を進めるように指示した。部屋の奥の魔法の杖が描かれた機械の傍に立ち、タッチパネルでなにか操作をしていた。
 すると、杖の描かれた正面のパネルが大きく上がった。中からはさらにいくつかの機械と装置のついた椅子が出てきた。
「調子は良いみたいね。天羽さん、準備が出来たらケリュケイオン、あの機械の椅子に座って。デバイスコアの改修作業を進めるから」
 セレナ博士に言われるまま、僕はケリュケイオンと呼ばれる機械から出てきた椅子に座る。左の肘掛けに取り付けられた機械に手をのせる。なんだか得体の知れない機械に対する抵抗がなくなってきた。
 僕の左手にロボットアームが群がり、改造を始める。感覚がないのはいつの間にか麻酔が打たれたからだろう。僕はタッチパネルで操作をしている男性研究員に質問する。
「……デバイスコアを改修すると、どうなるんですか?」
「性能的なところでは戦場に出た時のために、環境対応性、ウィッチとの思念通話能力が上がることになる」
「それじゃあ、強くなるわけでは」
「ないけど、戦闘向けにはなるよ。ただの候補生よりも戦場で戦うのに向いている仕様になるということ」
「実際の戦いになるとそういう仕様でかなり大事だって、前線の魔法少女やパストラルたちもよく言っているよ」
 とにかく戦いに向いたデバイスコアになるんだろう。
「僕のパートナーで決まっているんですか?」
「ああ、決まっているそうだよ。今日、顔合わせもある」
「顔合わせ……ということは、もうここに来ているんですか?」
「そうじゃないかな? 俺も詳細は分からないが」
 研究員も詳しいことは分からないようだ。
 それから二時間かけて改修作業と調整を行うと、能力の再測定を受けた。内心ではウィッチのパートナーを早く知りたかったが、あまりしつこく尋ねるのもなんだか子供っぽくて聞かないようにした。
 能力測定も終わり、デバイスコアの改修が上手くいったことが確認されると、僕は研究棟内のミーティングルームに案内される。そこで、僕は意外な人物と会うことになった。
「エス、どうして君が?」
 僕の部屋の大きさと同じ六畳程度の広さのミーティングルームの窓の傍にエスが立っていた。思わず言った言葉にエスは反応して僕を見ると、少し驚いたようだった。僕は自然と彼女の傍に歩み寄っていた。
「……そう、君が新しいパストラルってこと」
「エス、どうしてここにいるんだ?」
「私は呼ばれただけ。何があるかは知らない」
「もしかして、君が僕の……」
 パートナーなのか、と思ったが、エスなんて名前のウィッチを僕は知らない。
「あら、もう来ていたの、天羽さん、桜」
 ドアが開く音が聞こえてから、セレナ博士の声が聞こえた。天羽とは僕のことだ。桜とは、エスのことか?
「桜、君、桜って名前なの?」
 僕はようやく知ることが出来た彼女の名前にどきどきしながら言った。
「天羽さん、桜は名字よ。名前は彩花。桜 彩花さん」
 桜 彩花? ウィッチ……歴戦の魔法少女。
 最初、その結論に至った時、なんて表現して良いのか分からない気持ちになった。嬉しいとか喜ばしいというほど単純でもなく、悲しみや失望も多少あった。
 なぜ悲しいか。それは僕の記憶にある桜 彩花が太陽のように明るく、笑顔を振りまく最強の魔法使いであった。しかし、目の前にいるのはまるで燃え尽きた松明のように元気がなく、憂鬱としている。同姓同名のウィッチかとも思った。しかし、そんな話は聞いたこともない。
 僕はセレナ博士を見た。博士はいつもと替わらない様子だった。彼女の両脇には黒いスーツの男と適応検査の時にも会ったモントゴメリー博士が立っていた。彼らはさっさと椅子に座った。
「……あの、彼女は、その本当に」
「桜 彩花。かつてはウィッチランキング一位にして、大戦時は人類側の切り札だった少女だ。君もそれくらい知っているだろう」
 モントゴメリー博士は淡々と言った。
「知っていますよ」
「それなら名誉なことだと思いたまえ。今のその状態はともかくとして、かつて世界最強と呼ばれていた魔法少女だ。そんな少女と契約できるなんてとても名誉だろう」
「……博士、今の私はランキングに名前も載っていないのよ」
「だから、ランキング入りするために積極的に戦線投入してあげようとしているんじゃないか。今はランキング外でも次の戦いでライバルを倒せばすぐにランキング入りだよ」
「ウィッチ同士を戦わせてなにが楽しいの?」
「ウィッチ……ああ、君たちは自分のことをそう呼んでいたね。魔法少女は気恥ずかしすぎるからとか言って」
「話題をそらさないで。セイレム機関が発展し始めてからおかしなことばかりだよ。このパストラル制度についても……ぐっ」
 エス、いや桜は首を押さえて、その場に座り込んだ。モントゴメリー博士は鼻で笑った。
「セイレム機関に関する失言は、君の過去の戦績に免じて聞かなかったことにしてやろう」
「くっ、ナノマシンで人を従わせていて、なにが……ぐっ」
 桜はモントゴメリーを睨みながら言ったが、さらに強い痛みを感じて、頭を垂れた。
 なんだ、博士たちは桜に何をしているんだ。
「まあ、とにかく、君たちはこれより契約を結ぶわけだ。記録に残る速さで正規パストラルになった期待の新人とかつての世界最強魔法少女のコンビ。まったくもって素晴らしいと思わないか?」
 モントゴメリーが淡々と言う。どうにもこの人には感情があるのかどうか疑わしいところがある。
「では、自己紹介から初めてもらおうか。コミュニケーションの初歩だ」
 僕と桜はすでに面識があったが、それを話すとややこしくなると思った。桜も頭を垂れたままで、心配だ。
「……それは後日にしませんか? 桜さんが苦しんでいるんですから、まずは治療するべきでしょう」
 僕の提案にモントゴメリー博士は苦笑する。
「そうか、君は知らないのか。魔法少女たちにはナノマシンが埋め込まれていてね。セイレム機関に対して反抗的な態度を取ると、僕らの権限でナノマシンを起動させ、魔法少女たちに苦痛を与えることが出来る。君のデバイスコアにもその機能が搭載されている」
「なんでそんなことを」
「それは魔法少女が危険だからだよ。だから、鞭で制御する必要がある。言うことを聞かないというだけでもナノマシンを使っても良いんだよ、天羽君」
 モントゴメリーが暗い笑顔を浮かべて言った。
 桜の苦しそうな姿を見ていて、僕は呑気にミーティングなんて出来なかった。気づけば桜に肩を貸して、立ち上がっていた。考える前に行動してしまう自分の性格に後悔することもあるが、この時はそんな性分を誇らしげに思った。
「……とにかく、僕は呑気に自己紹介なんてするつもりはないですよ。とにかく、彼女を医務室へ連れて行きます」
「……大丈夫よ、天羽」
 僕が連れて行こうとすると、桜が耳元で言った。彼女は椅子を指さした。
「……少し休めば、良くなるから」
 それでも僕は医務室へ連れて行こうとするが、桜が踏みとどまる。
「気持ちは嬉しいけど、あいつらに背を見せるつもりはないの」
 彼女の強い意志を感じた。渋々、彼女を椅子に座らせ、僕は隣に座る。
「ふぅーん、なんだか二人とも面識はあるみたいね」
 セレナ博士が僕たちを見て言うと、モントゴメリー博士を見る。
「初対面同士とはいえ、桜さんは歴戦の魔法少女だし、パストラルとの契約数はとても多いわけだから、ここまで仰々しくやらなくていいんじゃないですか?」
「……制度の確認と今後のスケジュールは?」
「私が話しておきます」
 セレナ博士が言うと、モントゴメリー博士は小さく頷き、立ち上がる。黒スーツの男も立ち上がった。
「合理的な判断だな。君は天羽君とも仲が良いし、桜との関係も悪くはない。君に任せる。護衛は必要かな?」
「天羽さんがいるから必要はありません」
「ナノマシンの発動権限もあるからな。では、任せる」
 モントゴメリー博士はそう言って、さっさと黒スーツの男と出て行った。
 ドアが閉まる音が聞こえると、セレナ博士は僕と桜を見る。
「さて、それじゃあ、私の研究室でミーティングをしましょうか。そこなら、仮眠用のベッドもあるから桜も休めるわ」
「セレナ、余計なことは……」
「余計なことではないわ、桜」
 セレナが真剣な表情で言うと、彼女は椅子から立ち上がる。
「博士、どういうことですか?」
「あとで話してあげるわ。そこのかつての最強魔法少女の今の状態をね」
 セレナ博士の言葉が気になったが、とりあえず、桜を楽にするために彼女に肩を貸して、博士の研究室へと向かう。

 研究室に入ると、早速桜を仮眠ベッドに座らせた。セレナ博士は自分のデスクの傍の椅子に座る。僕も適当な椅子を見つけて座った。
「さてと、君たちはこれからコンビになる。それは分かるね」
「まだ信じられないですけど」
 あこがれの魔法少女とコンビになる。夢にまで見た光景だ。残念なことは、あこがれの魔法少女が随分と変わってしまったことだろうか。
「安心して、事実よ。でもね、あなたはこの契約を成功させなければならない」
 契約を成功させる? どういう意味だ?
「僕と桜さんの契約を成功させるって……ただ、機械で登録するだけの話じゃないの?」
「それだけのことじゃない。桜、見せてあげて」
 セレナ博士が言うと、桜は右腕のロンググローブを脱いだ。右腕だけに着けていたロンググローブのことは前から気になっていた。
 そして、それが外された時、何を隠していたかが分かった。
 ×印のついた六つの契約を示す紋章が縦に並んでいた。それらは黒々しく感じ、とても痛ましく見えた。
「……なんですか、それは」
「なにって……契約破棄の履歴だよ。信じられないかも知れないが、彼女はこの半年で六つのパストラル契約を破棄している」
「六人のパストラルとの契約を打ち切っている? ちょっと待ってください、それって」
 パストラルとウィッチの契約を短期間で切り、新たに契約することのリスクを僕は座学で習っていた。短期間に複数のナノマシンを注入する、それは、つまり。
「そう、彼女の身体は毒に犯されている。契約を打ち切った罰だよ」
 契約を打ち切られてもナノマシンは桜の体内を駆け巡っている。六種類ものナノマシンが動いていればそれぞれが攻撃し、身体にダメージを与えることは当然だろう。
「それで、桜さんの魔法ランクが低いんですか?」
「それも一因ね。ついでに言えば、彼女は次の契約も短期間で打ち切れば、確実に死にます」
 僕の質問にセレナ博士はあっさりと答えた。
 死ぬ?
 僕はベッドに座る桜を見る。かつてのような輝きはないが、それでも僕の命を救ってくれた偉大なる魔法少女だ。いや、僕だけではない、彼女は世界を救った英傑なんだ。その彼女がそんな簡単に死んでしまうなんておかしい。
「なんで、なんでそんなことになっているんですか?」
「彼女が望んだことよ、天羽さん。桜さんは自ら望んで破滅の道を進んだの」
「なんでそんなことを……」
 僕は桜を見る。彼女は少しも後悔する様子はなく、腕を組んでいた。
「私の勝手でしょう」
 彼女がその一言で片付けようとしたので、僕は思わず苛立ってしまった。
「僕は小さい時に、君に命を助けられた!」
 思ったことをそのまま口に出してしまった。
「僕と年齢が変わらない君は、異星人の攻撃で地獄のようになってしまったあの街に降り立った天使のようだった。僕たちを元気づけるような笑顔を振りまき、異星人たちには無慈悲な魔法を放つ、最強の魔法少女だったんだよ、だから、そんな簡単に死に向かうことが分からないよ。僕たちを死から救ったのに、どうして」
 僕は自分でも困惑するほど、熱く語っていた。それだけ、僕は桜 彩花という魔法少女のことを敬愛していたのだろう。
 桜はそれを聞くと、立ち上がった。
「……未だに私のことをそんな風に思っている人がいるなんてね」
 それは謙遜して言っているのとは違う雰囲気だった。まるで軽蔑、そう軽蔑しているような眼を向けていた。
「……呆れた。大戦からどれくらい経っているか考えたことがないの?」
 桜はそう言って、ふらつきながら研究室を出て行った。
 僕は彼女を呼び止めることが出来なかった。あまりにも衝撃だったからだ。
 桜 彩花は、そんなことを言う娘ではないと思っていた。
 ドアが閉まる音で我に返る。そして、目を閉じているセレナ博士を見る。
「博士、彼女は、彼女は本当に桜 彩花なんですか? 僕が知っている彼女とは随分、違いすぎますよ」
 僕が言うと、セレナ博士はしばらく沈黙した後で口を開ける。
「そうよ、あれが最強の魔法少女の成れの果て、世界を救った英傑の灰、御子の亡骸よ」

 太陽のように輝かしい形容された彼女がどうしてあんな風になってしまったのか、詳しいことはセレナ博士も知らないという。
 僕はあこがれの魔法少女の変わり果てた姿にショックを受けつつ、自分の部屋のベッドで横になっていた。
 セレナ博士でも分からないことか。
 あれこれいろいろと推測してみるが、まったく納得できない。
 ……。
 気がつくと、僕は自分の部屋ではなく、外にいた。夜だったのが、いつの間にか朝になっている。周りを見るとテントがいくつも張ってあり、多くの人々が歩いている。中には軍人もいた。
 別に驚くような光景ではなかった。僕はその光景を見慣れていたのだ。大戦中はどこにでもあった野外避難所というやつで、荒廃した街の中にいたままでは建物が倒壊するなどして二次災害などで危険になる。そこで街の外などにこのような野営地を用意し、家を失った人たちがしばらく生活できるようにしている。
 しかし、どうして僕はこんなところにいるのだろうか。
 ふと、僕の視界の中にどこかで見たことのある少女が入ってきた。
 桜 彩花。しかも、僕がよく知っている明るく元気な頃の姿だった。
 しかし、見た目は僕が出会った頃とほとんど変わらない。どういうことだろう。
「桜さん、その姿は?」
 僕が声をかけるが、彼女は反応しない。すると、桜は表情の暗い軍人に声をかけられる。
「桜 彩花さん、ご苦労様です。あなたほどの方が巡回とは恐れ入ります」
 軍人が畏まって言った。
「そんな畏まった言い方をしないでください。インベーダーの攻勢も強まっていますから当然のことですよ」
 インベーダー? もう撃退した異星人のことを話しているなんてどういうことだ。
「……この戦い、いつまで続くんでしょうか」
「すぐに終わりますよ。私たちも仲間が増えてきていますし、この間の戦いでインベーダーの母船の一つを破壊できました。戦況は良くなってきています」
「本当に魔法少女さんたちのおかげですよ。私たちの武器だけでは限界がありますから」
「そんな、みなさんが支援してくれるおかげで随分と戦いが楽になっているんです。一緒に頑張りましょう」
 桜は笑顔を見せた。すると、軍人の表情が次第に明るくなった。なにか不安が払拭されているような様子だった。
「はい、ありがとうございます」
 軍人は敬礼をして、その場を去った。軍人よりも三十センチは背が低い桜なのに、なぜか彼女の方が堂々としていた。
 すると、奥で遊んでいた子供たちが桜へ走り寄ってきた。
「お姉ちゃん、お疲れ様」
「彩花お姉ちゃん、また来てくれた」
「彩花お姉ちゃん、今度は何して遊ぶ?」
 子供たちが笑顔を見せながら桜の傍へ集まる。桜も彼らに出会えてとても嬉しそうな表情を見せる。
 今、目の前にある桜の姿こそ僕がよく知る桜 彩花だ。エスの正体だった桜 彩花が偽物に思えるほどだ。
「私は、あの子たちを守るために戦っていた。ウィッチの仲間たちとともに」
 いつの間にか僕の隣にエス、いや、桜が立っていた。しかし、子供たちと遊んでいる桜もいる。不思議な光景だった。
「私にとってウィッチは仲間、他の人たちは守るべきものだった。それなのに、どうして、私は守るはずの人たちと戦っているんだろう」
 隣に立つ桜が言った。その言葉にはっとして隣を見ると、彼女は泣いていた。
 そこで目が覚めた。
 やはり、僕はベッドにいた。先ほどまでの光景は夢だったのだろう。不思議な光景だったが、桜のことが気になってあんな夢を見てしまったんだ。
 時計を見ると、まだ午前五時だった。僕はため息をついて、もう一度横になることにした。
 しかし、どうして夢の中の桜はあんなことを言ったのだろうか。

「はい、それでは、今日は初めての共同演習をしてみましょう」
 セレナ博士が言った。僕と桜は博士に案内されて練習棟の第一演習場に来ていた。屋外と見間違うほどの広大な場所である。僕たちの他には尾上教官や二、三人の護衛がいた。
「共同演習?」
「要は連携の練習よ」
 イメージできない僕の隣で桜が言った。
「戦場に出る以上は避けて通れないことよ」
「魔法少女が戦うならばパストラルも傍にいないといかんからな」
 セレナ博士に続いて尾上が補足する。
 座学の時間に聞いたから知っている。パストラルはウィッチたちを監視する必要から彼女たちの傍にいなければならない。遠くにいたのでは、彼女たちが暴走した際にそれを適時に止めることは出来ない。そして、傍にいる以上、ただいるだけでは兵器としてのウィッチたちの能力を最大限に活かせない。ウィッチたちを最大限に活かすにはパストラルたちにサポートするという役割も必要になってくる。
「君は戦場に出たいと思う? インベーダーではなく、人と戦う戦場へ」
 桜がセレナ博士たちに視線を向けたまま言った。
「……好きで出たいとは思わないよ」
「それじゃあ、どうして、パストラルになったの?」
「パストラルになることと戦場に出ることは別だよ」
「別じゃないよ。パストラルになったら私たちと一緒に戦場に出て、人を傷つけなければならないんだよ。君はそのことについて、もっと考えないと駄目だよ」
 今まで自分が殺される可能性ばかり考えていたから彼女の指摘は新鮮だった。
 でも、彼女の言うことにはまったく同意できなかった。自分が生き残れるか保証がないのに、どうして他人の心配なんて出来るのだろう。自分から好んで殺すつもりはないけど、向かってくるならば当然反撃するし、その結果相手を殺すことになっても僕のことを恨まないでほしい、それくらいしか考えていない。
「……考える余裕があればね」
「余裕とか、そういう問題じゃない」
 桜は冷たく言った。僕は反論したかったが、セレナ博士が演習についての説明を始めたので遮られてしまった。
 演習内容は単純だった。僕と桜の距離を一定以内にして訓練エリア内のターゲットを破壊することだ。初歩と言うことで単純かつ簡単だ……と思っていた。
 演習はいきなり失敗した。桜が空を飛び、全速力でターゲットに向かったから距離を一定以内にするという条件に失敗したからだ。
 尾上が注意するが、桜は反省していない様子だった。
 二回目の演習の時、僕はファミリア形態に変身して桜の動きについていこうとする。
 ともに空を飛んだところまでは良かったが、桜はジグザグに飛行し始めると、アクロバット飛行を繰り返した。鳥になれるとはいえ、複雑な動きが出来るほどマスターしていない。気がつけば、僕は地面に倒れていた。もう一度挑戦しようとするが、身体がひどくふらついたので、演習は中止となり、僕は医務室で休むことになった。
 医務室で横になっている時、僕は右手の甲を見る。顔合わせの翌日には契約作業がおこなわれた。もう三日前のことだ。
 ダイヤ形のシンボルの左右に翼が彫り込まれている、それが僕と桜の契約の紋様だった。
「評価はなし。つまり、問題外ということよ」
 セレナ博士の声が聞こえたので、はっとして起き上がった。
 ベッドの傍に白衣姿のセレナ博士が立っていた。青い瞳が僕に同情するような視線を向けていた。
「気にすることはないわ、彼女はいつもそうなのよ。誰と組むことになってもああいうことをする。困ったものよ」
「誰でも?」
「今までに契約した六人のパストラル。そのいずれもが短期間で彼女と組むことを挫折し、契約を打ち切った」
 あんな態度をされれば分かる気もする。
「……そして、次の契約も打ち切られれば死ぬ、か。それなら成功するまで挑戦すれば」
「それはあまり期待しない方がいいわ」
 セレナ博士は抑揚もなく言った。僕の希望を打ち消すかのような言い方だ。
「天羽さん、別にあなたがパストラルとして劣っているからということではないの。いいえ、どちらかといえば優秀な部類に入るわ。でも、死へと向かう魔法少女の運命を変えることは出来ない」
「どういうことですか、まるで分からないですよ」
 なぜ、諦めろと勧めるようなことを言うんだろうか。セレナ博士は椅子に座る。
「三回」
「?」
「三回までなの、共同演習のテストは。すでに二回失敗している。来週までに改善される可能性は絶望的でしょう」
 三回失敗したら、契約を解除するということか?
「そんなこと初めて聞きましたよ」
「普通はどんなに相性が悪くてもあんな初歩的なレベルで二回も失敗しないの」
「でも、特殊なケースってことで」
「決まりよ。それにセイレム機関の上層部はあの厄介なかつての最強魔法使いを死なせたがっている。ただ合法的に死なす手段がないからこういう遠回しなことをしているの」
「えっ」
 世界を救った魔法少女を死なせたがっている? 僕には理由がまるで見当もつかなかった。信じられない。
「どうして、桜さんはなにかしましたか? 大戦では多くの敵を倒し、僕も含めて多くの人を助けたのに」
 僕の訴えにセレナ博士は目を閉じて聞いていた。
「……彼女はセイレム機関の、今の世界の秩序に従わない反抗的な魔法少女だから」
「それだけ、それだけの理由で彼女を死なせるんですか?」
 セレナ博士は立ち上がると背を向けた。
「……まだ死ぬと決まったわけじゃない。来週の三度目の演習で問題がなければ猶予期間が出来る。演習を続けて、問題なければ、実戦に参加できるレベルであれば次に戦場へ出撃する。そうやって、延命させていくことが出来る」
 戦場へ行くことが桜を延命させる方法というわけか。
「しかし、彼女の動きをどうやって把握すれば」
「これまでの六人のパストラルたちの連絡先をメールで送っておくわ。それと過去の演習を記録した動画も用意してあげます。それを参考に対策を考えると良いと思いますよ」
 セレナ博士はそう言うと、僕の前から立ち去った。

メイシュガール ~魔法少女大戦~ 第二話・上

なんだか妙な時間に投稿していますが、仕事による影響が大きいです。しばらくすると安定してくると思います。

メイシュガール ~魔法少女大戦~ 第二話・上

遼斗は選別試験を勝ち抜き、正規パストラルになることになった。ペアになる魔法少女のことをあれこれ考える。そして、彼のペアとして選ばれたのは修行を手伝ってくれた少女、エスであった。彼女の本当の名前が明かされ、驚く遼斗。そして、ペアとなったエスは修行の時と異なり遼斗に対して非協力的な姿勢を見せるのだった。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-08-25

CC BY-NC-ND
原著作者の表示・非営利・改変禁止の条件で、作品の利用を許可します。

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