焼けたクレヨン

 季節の移ろいに境界線があるなら、今日はまだ秋の境界で立ち止まっている。

 十字の格子が入った木枠の窓からは、枯れ葉が落ちた木々が風に揺られているのが見える。心なしか暗いと感じる辺りに冷たい雨が落ちてくるのを予感する。

「はぁー」

 さっきからため息しか出ないダイニングチェアに腰かけいる私は、丸いテーブルに置かれたリンゴとレモンの乗った皿に再び目を向ける。

 膝に乗せたスケッチブックに手元の使い慣れたクレヨンで描いていく。

 赤のクレヨンを取り出して、リンゴの輪郭を浮かび上がらせた、つもりだ。

「はぁー」

 ため息ばかり出るのは寒い冬へと向かう季節への憂鬱か?どうしてもクレヨンの描く色が暗い。黒色にしか見えない。

 今年の春から始めたクレヨンアートは、春に夏にと順調だった。秋になっても前半は良かった。実りと紅葉を描いて結実に向かう気持ちだったから。

 しかし、今から沈んだ気分では、冬はどうなるのか?「雪」の想像から寒さ厳しい印象になるのか?描いたクレヨンが暗がりの黒色から一面雪原の白色に映るのか?

 なら、いっそスケッチブックに何も塗らない白地で表現するのは・・・それは手付かずと変わりない事だ。

 私は自分に呆れながら黄色のクレヨンを掴みかけ、ここは緑で青みを出そうと、緑色のクレヨンを掴み直した、つもりだった。

 緑色のクレヨンの大胆な濃淡でレモンの浴びた太陽の輝きを表した。が、やはり・・・墨汁の濃淡にしか見えない。

 クレヨンアートの制作に夢中に取り組んできたから、日々変わってゆく四季の表情に感化されたのか?

 描きかけのまま私は立ち上がり、モノクロにしか見えない自分の気分を切り替えようと、大きく深呼吸をしてみた。

「んっ?」

 気がつくと、ジャガイモの茹で上がるいい匂いが漂っている。そうか、お昼の時間だったのか?と思えば、急にお腹が空いてきた。

 いつもなら、このタイミングでお昼ご飯の呼び掛けに妻が来て、

「それクレヨンじゃなく炭ですよ」

 と私のうっかりを指摘してくれたら、何も悩まなくていいのだが。

 その時、バタンと扉が開く音がして、顔を覗かせた妻が私を見つめたまま言った。

「なんで部屋の中でサングラスかけてるの?」

「あっ!」

焼けたクレヨン

焼けたクレヨン

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-08-10

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