影のない足音 新宿物語(2)

影のない足音 新宿物語(2)

(8)

 --わたしは考えた。これから、どんな風に行動すればいいんだろう? 何処へ行けば女に会えるのか?
 取り合えず、また「蛾」へ行ってみよう、と考えた。女が来るかどうか分からなかったが、辛抱強く待ってみるつもりだった。あちこち探し廻っているうちに、偶然、女に出会うかも知れない。
 新宿はわたしに取っては、自分の家の庭にも等しい場所だった。
「蛾」には、二度、三度と足を運んだ。
 女は来なかった。
 わたしが気にした二人連れの男達が姿を見せる事もまた、なかった。
「刑事みてえな男達は、まだ、うろうろしているのか?」
 わたしは白木に聞いた。
「いや、このところ見えねえな」
 白木はそんな事など忘れてしまっていたかのように言った。
 わたしは深夜に帰宅すると、何度もアパートの自分の部屋から外の様子を窺った。誰かに付けられていなかったか?
 だが、格別に変わった事はあの夜以来、何も起こらなかった。怪しい人影を見る事もまた、なくなった。わたしはなぜか急に静かになった思いのする身辺に、拍子抜けの感を抱いた。いったい、訳の分からないあの男達はなんだったんだろう?
 二か月近くが過ぎても何も起こらなかった。かえってわたしは、その事に不自然さを感じて、もう一度、あの女の消えた場所を訪ねてみようか、という気持ちになっていた。訪ねて行けば、あるいは何かの手掛かりが得られるかも知れない。
 その土曜日、わたしは午前零時の看板まで「蛾」で過ごした。その後、タクシーを拾って目的の場所へ向かった。上着の内ポケットにはナイフが忍ばせてあった。
 この前と同じように大通りでタクシーを降りると、既に馴れ親しんでいる小道に入った。右手にはポケットから取り出したナイフが、刃を柄に収めたまま握られていた。もし、身辺に危険が迫ればいつでも使う心構えは出来ていた。
 わたしが歩いて行く深夜の路上にはだが、以前のように神経を逆なでするような出来事は何一つ起こらなかった。暗闇でうごめく人の影もなく、そばだてた耳に聞こえて来る足音もなかった。暗い外灯の明かりの下で静まり返った小道が、大方の家々の門灯が消された夜の中で、ひっそりとして続いているのが見えるだけだった。

     六

 わたしはある種の虚脱状態の中にいた。急に静かになった身辺が、かえって女の不在感を強く感じさせた。事改めて、女を探すつもりはなかったが、わたしの心の隅の何処かにはまだ、女の姿を追い求めるものがあった。わたしはあちこちのバーを頻りに飲み歩いた。
 五月雨が続いていた。わたしは白木がチーフを務めるバーで以前と同じように働いていた。
 雨のせいか客は少なかった。なん組かの客を送り出すと、カウンターには若い男女の一組がいるだけになった。わたしは手持無沙汰になって、馴染みの客が置いていった古い週刊誌を手に取った。
 グラビアは相変わらず、芸能人のスキャンダルや若い女性のヌードだった。わたしは気の乗らないままにページをめくっていった。そのページの中ほどでは、三十二歳の女性服飾デザイナーが、自分を裏切った男を殺害し、自宅の裏庭に埋めて置いた、という事件が報じられていた。死体は一年近くが経過し、掘り出された時には腐乱していたーー。警察では行方不明の男の捜索願いが出されるのと共に、男の行方を捜していたが、その捜査線上に浮かび上がったのが男と交際のあった、服飾デザイナーの女だった。そして、その証拠を固めた時には、女は姿をくらましていたーー。
 警察が女を逮捕したのは、茨城県大洗の女の友人宅での事であった。女の告白によってすべてが明らかになった。
 わたしは、世間にはよくある話しだ、と思いながら、たいした関心も抱かずにページをめくっていった。次の瞬間、わたしは、思わず息を呑んでいた。--そこにはわたしの探していた、あの女の顔写真が大きく掲載されていた。そしてそれは、決して見誤る事のない鮮明な犯人の顔写真だった。 完
 

影のない足音 新宿物語(2)

影のない足音 新宿物語(2)

  • 小説
  • 掌編
  • 青年向け
更新日
登録日
2017-08-03

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